位相空間論1:位相空間

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位相空間論1:位相空間

この章は、このテキストの主題である位相空間の概念の定義からはじまる。位相空間は、点の集合に対して「どの部分集合が開集合か」というデータを付加しただけのものであるが、これが何らかの図形や空間を表した概念と思えることは今後明らかになっていくであろう。また、この章ではEuclid空間の距離の性質を抽象化して距離空間の概念を定義し、距離空間から位相空間が定まることを述べる。


入門テキスト「位相空間論」



定義 1.1 (位相空間の定義)

位相空間(topological space)とは、集合 $X$ と、$X$ の部分集合族 $\mathcal{O}$ との組 $(X, \mathcal{O})$ であって、以下の条件 (O1), (O2), (O3) を満たすものである。

  • (O1) $\emptyset\in\mathcal{O},$ $X\in\mathcal{O}$ である。
  • (O2) $U_1, U_2\in\mathcal{O}$ ならば $U_1\cap U_2\in\mathcal{O}$ である。
  • (O3) $\{U_\lambda\,|\,\lambda\in \Lambda\}\subset\mathcal{O}$ ならば $\bigcup_{\lambda\in \Lambda} U_\lambda\in\mathcal{O}$ である。

ここでの集合族 $\mathcal{O}$ を位相空間 $(X, \mathcal{O})$ の開集合系あるいは位相(topology)といい、$\mathcal{O}$ の要素を位相空間 $(X, \mathcal{O})$ の開集合(open set)という。また、$X$ の要素のことを、位相空間 $(X, \mathcal{O})$ の(point)という。集合 $X$ に対して位相 $\mathcal{O}$ を定めて位相空間 $(X, \mathcal{O})$ をつくることを、位相を定める、位相を入れるなどという。$\square$

正式には位相空間は $(X,\mathcal{O})$ という組のことであるが、通常は $\mathcal{O}$ を暗黙のうちに固定されたものとみなし、位相空間 $(X,\mathcal{O})$ と呼ぶかわりに、簡単に「位相空間 $X$」と呼ぶことが多い。

(O1) は空集合 $\emptyset$ と $X$ 自身が位相空間 $X$ の開集合であることを述べている。(O2) は $X$ の二個の開集合の共通部分が $X$ の開集合となることを述べている。(O3) は $X$ の任意個の開集合の和集合が $X$ の開集合となることを述べている。これらの条件は、Euclid空間の開集合については成り立っていたことに注意しよう(命題 0.8)。(O1)-(O3) を「開集合系の公理」と呼ぶこともある。

(O2) は次の条件に置き換えられる。

  • (O2') $U_1,\ldots, U_n\in\mathcal{O}$ ならば $U_1\cap\cdots\cap U_n\in\mathcal{O}$ である。

実際、(O2') で $n=2$ とすれば (O2) が得られるし、逆に (O2) から $n$ についての帰納法で (O2') を導くことができる。以下では、(O2') もいままでの (O1)-(O3) と同様によく用いられる。

続いて、位相空間の閉集合を定義する。

定義 1.2 (閉集合)

位相空間 $X$ の部分集合 $F\subset X$ が $X$ の閉集合(closed set)であるとは、その補集合 $X\setminus F$ が開集合であることをいう。$\square$

ここで、一般に集合 $A,$ $B$ に対して $A\setminus B$ は差集合 $\{x\in A\,|\,x\notin B\}$ を表す。 後に述べる距離空間においては、閉集合が「点列の収束について閉じた集合」と同じものになることが分かる。このことから、「閉」集合という名前に正当性があることが分かる。開集合系の公理 (O1)-(O3) から、次が分かる。

命題 1.3 (閉集合の満たす性質)

位相空間 $X$ に対して、その閉集合全体の族を $\mathcal{F}$ とすると、次のことが成り立つ。

  • (C1) $\emptyset\in\mathcal{F}$, $X\in\mathcal{F}$ である。
  • (C2) $F_1, F_2\in\mathcal{F}$ ならば $F_1\cup F_2\in\mathcal{F}$ である。
  • (C3) $\{F_\lambda\,|\,\lambda\in \Lambda\}\subset\mathcal{F}$ ならば $\bigcap_{\lambda\in \Lambda} F_\lambda\in\mathcal{F}$ である。

また、次のことも成り立つ。

  • (C2') $F_1,\ldots, F_n\in\mathcal{F}$ ならば $F_1\cup\cdots\cup F_n\in\mathcal{F}$ である。
Proof.

(C1)を示す。$X\setminus \emptyset=X$, $X\setminus X=\emptyset$ は (O1) により $X$ の開集合であるから、$\emptyset$ と $X$ は $X$ の閉集合である。

(C2)を示す。$F_1, F_2$ を $X$ の閉集合とすると、$X\setminus F_1, X\setminus F_2$ は $X$ の開集合である。 $X\setminus (F_1\cup F_n)=(X\setminus F_1)\cap(X\setminus F_n)$ であるから、(O2) により $X\setminus (F_1\cup F_2)$ は $X$ の開集合である。よって、$F_1\cup F_2$ は $X$ の閉集合である。

(C3)を示す。$\{F_\lambda\,|\,\lambda\in \Lambda\}(\neq\emptyset)$ を、$X$ の閉集合からなる族とする。このとき、$\{X\setminus F_\lambda\,|\,\lambda\in \Lambda\}$ は $X$ の開集合からなる族である。 $X\setminus \bigcap_{\lambda\in \Lambda} F_\lambda=\bigcup_{\lambda\in \Lambda} (X\setminus F_\lambda)$ であるから、(O3) により $X\setminus \bigcap_{\lambda\in \Lambda} F_\lambda$ は $X$ の開集合である。よって、$\bigcap_{\lambda\in \Lambda} F_\lambda$ は $X$ の閉集合である。

(C2')は、(C2)から $n$ についての帰納法によって導かれる。

注意 1.4 (ゼロ個の集合の共通部分)

(C3) において、$\Lambda=\emptyset$ の場合は $\bigcap_{\lambda\in \Lambda} F_\lambda=\bigcap_{\lambda\in \emptyset} F_\lambda$ は「ゼロ個の集合の共通部分」であるが、これの取り扱いには注意が必要である。共通部分の通常の定義に基づけば $$ x\in\bigcap_{\lambda\in\emptyset} F_\lambda \Longleftrightarrow \text{すべての }\lambda\in\emptyset\text{ に対して }x\in F_\lambda $$ である。そして、同値記号 $\Longleftrightarrow$ の右側の条件は、論理記号で書けば $$ \forall \lambda [\lambda\in\emptyset\rightarrow x\in F_\lambda] $$ であるから、$x$ によらず真である($\lambda\in\emptyset$ は偽なので、$\lambda\in\emptyset\rightarrow\cdots$ の形の命題は無条件に真となる)。したがって、どんな $x$ も $x\in\bigcap_{\lambda\in \emptyset} F_\lambda$ に属するから、$x\in\bigcap_{\lambda\in \emptyset} F_\lambda$ は「すべてのものの集合」となり、これは、集合論でよく知られているように、集合として存在するには大きすぎる。そのような理由で、ゼロ個の集合の共通部分は考えないのが通例であるが、いまの文脈では、考察しているものは $X$ の部分集合だけである。したがって、$x$ の動く範囲も $X$ の要素に限定して考えるのは自然である。そう考えれば、$\bigcap_{\lambda\in \emptyset} F_\lambda$ は「$X$ の要素すべての集合」すなわち $X$ となる。

以上のことを踏まえて、(C3) においては、$\Lambda=\emptyset$ のときは $\bigcap_{\lambda\in \emptyset} F_\lambda=X$ であると約束する。以降も、ゼロ個の集合の共通部分が現れた場合は、今回と同様の解釈をとる。$\square$

注意 1.5 (閉集合から位相空間を定める)

位相空間を定めるには、開集合のかわりに、閉集合の概念を最初に与えてもよい。このことを説明しよう。

集合 $X$ に対して、$X$ の部分集合族 $\mathcal{F}$ で条件 (C1)-(C3) を満たすものが与えられたとする。すると、$\mathcal{O}=\{X\setminus F\,|\,F\in\mathcal{F}\}$ と定めれば (O1)-(O3) が満たされ、$(X, \mathcal{O})$ は位相空間となる。しかも、この位相空間において $\mathcal{F}$ はちょうど閉集合の全体に一致する。

つまり、集合 $X$ に対して、部分集合族 $\mathcal{F}$ で (C1)-(C3) を満たすものを与え、その要素を閉集合と呼ぶことにすれば、その補集合を開集合と呼ぶことで、位相空間が定まるのである。今後説明するが、位相空間を定める方法には、このほかにも色々ある。$\square$


例 1.6 (離散位相)

$X$ を任意の集合とする。$\mathcal{O}_\delta$ を、$X$ のすべての部分集合からなる集合とすると、(O1)-(O3) がすべて成り立つ。このときの $\mathcal{O}_\delta$ を $X$ 上の離散位相(discrete topology)といい、位相空間 $(X, \mathcal{O}_\delta)$を離散空間(discrete space)という。言い換えれば、離散空間とは、すべての部分集合が開集合である位相空間である。これは、すべての部分集合が閉集合である位相空間と言っても良い。$\square$

例 1.7 (密着位相)

$X$ を任意の集合とする。$\mathcal{O}_i=\{\emptyset, X\}$ とすれば、(O1)-(O3) がすべて成り立つ。このときの $\mathcal{O}_i$ を $X$ 上の密着位相(indiscrete topology)といい、位相空間 $(X, \mathcal{O}_i)$ を密着空間(indiscrete space)という。$\square$

例 1.8 (補有限位相)

$X$ を任意の集合とする。$X$ の部分集合族 $\mathcal{F}$ を、$\mathcal{F}=\{X\}\cup\{F\subset X\,|\,F\text{ は有限集合}\}$ で定義しよう。すると、$\mathcal{F}$ は命題 1.3の (C1)-(C3) を満たすことがすぐに分かる。そこで、注意 1.5で述べた通り $\mathcal{O}_f=\{X\setminus F\,|\,F\in\mathcal{F}\}$ とすると、$(X, \mathcal{O}_f)$ は位相空間となる。具体的に書けば、 $$ \mathcal{O}_f=\{\emptyset\}\cup\{X\setminus F\,|\,F\text{ は }X\text{ の有限部分集合}\} $$ である。$\mathcal{F}$ は、$(X, \mathcal{O}_f)$ の閉集合の全体にちょうど一致する。$\mathcal{O}_f$ を $X$ 上の補有限位相(cofinite topology)という。$X$ が無限集合である場合は、$\mathcal{O}_f$ は $\mathcal{O}_\delta$ と $\mathcal{O}_i$ のどちらとも異なる。$\square$

例 1.9 (Euclid空間、とくに実数直線)

Euclid空間$\mathbb{R}^n$には開集合の概念が定義された(定義 0.6)。$\mathbb{R}^n$ の開集合全体の族を $\mathcal{O}_{\mathrm{Eucl}}$ と書こう。このとき、命題 0.8は $\mathcal{O}_{\mathrm{Eucl}}$ が (O1)-(O3) を満たすことを示している。よって、$(\mathbb{R}^n, \mathcal{O}_{\mathrm{Eucl}})$ は位相空間となる。以下では、断らない限り、$\mathbb{R}^n$ を常にこの方法で位相空間とみなし、単に $\mathbb{R}^n$ で表すことにする。

ここで、特に $n=1$ の場合を考えることで、実数直線 $\mathbb{R}=\mathbb{R}^1$ も位相空間とみなせることが分かる。$x\in \mathbb{R}$ に対してノルム $\|x\|$ は単なる絶対値 $|x|$ であり、$x, y\in\mathbb{R}$ に対して距離 $d(x, y)$ は $|x-y|$ である。よって、$x\in \mathbb{R}$ と $r>0$ に対して、開球体 $B(x,r)=\{y\in\mathbb{R}\,|\,|x-y|<r\}$ は開区間 $(x-r, x+r)$ のことである。したがって、$U\subset\mathbb{R}$ が $\mathbb{R}$ の開集合であることは、任意の $x\in U$ に対して $r>0$ が存在して $(x-r, x+r)\subset U$ となることと同値である。このことから、$-\infty\leq a<b\leq +\infty$ となる任意の $a, b$ に対して、開区間 $(a, b)=\{x\in\mathbb{R}\,|\,a<x<b\}$ は $\mathbb{R}$ の開集合であると分かる。次に $a<b$ となる $a, b\in\mathbb{R}$ に対して、閉区間 $[a, b]=\{x\in\mathbb{R}\,|\,a\leq x\leq b\}$ を考えよう。$\mathbb{R}\setminus [a, b]=(-\infty, a)\cup (b, +\infty)$ であり、この左辺は開集合の和集合として開集合となるから、閉区間 $[a, b]$ は $\mathbb{R}$ の閉集合である。また、$[a, +\infty)$ や $(-\infty, b]$ も $\mathbb{R}$ の閉集合である。 $\square$

定義 1.10 (位相の比較)

集合 $X$ に対して、二つの位相 $\mathcal{O}_1$, $\mathcal{O}_2$ が与えられているとする。すなわち、$X$ の部分集合族 $\mathcal{O}_1$, $\mathcal{O}_2$ がともに (O1)-(O3) を満たしているとする。$\mathcal{O}_1\subset\mathcal{O}_2$ であるとき、$\mathcal{O}_1$ は $\mathcal{O}_2$ より粗い(coarser)といい、$\mathcal{O}_2$ は $\mathcal{O}_1$ より細かい(finer)という。$\square$

例 1.11 (位相の比較の具体例)

集合 $X$ に対して、離散位相 $\mathcal{O}_\delta$ は密着位相 $\mathcal{O}_i$より細かい。$X$ 上のどんな位相も(とくに、補有限位相 $\mathcal{O}_f$ は)、離散位相より粗く、密着位相より細かい。$\square$

$\mathbb{R}^n$ 上のEuclid距離の性質(定義 0.3)を抽象化することで、距離空間の概念を定義しよう。

定義 1.12 (距離空間)

$X$ を集合とする。写像$d\colon X\times X\to [0,\infty)$ が任意の $x, y, z\in X$ に対して次の性質を満たすとき、組 $(X, d)$ を距離空間(metric space)という。

  • (D1) $d(x, y)=0\Longleftrightarrow x=y$
  • (D2) $d(x, y)=d(y, x)$
  • (D3) $d(x, z)\leq d(x, y)+d(y, z)$(三角不等式)

$d$ を $X$ 上の距離関数あるいは距離(distance function)という。$d$ が文脈から明らかな場合は、距離空間 $(X, d)$ を単に $X$ と書く。$\square$

三角不等式については、移項した形 $$ d(x, y)\geq d(x, z)-d(y, z) $$ をよく使われるので注意する。 もちろん、$\mathbb{R}^n$ の Euclid距離を $d$ とするとき $(\mathbb{R}^n, d)$ は距離空間である。

注意 1.13 (距離の制限)

距離空間 $(X, d)$ と $X$ の部分集合 $A$ が与えられているとき、制限 $d_A=d|_{A\times A}\colon A\times A\to [0,\infty)$ を考えれば、$(A, d_A)$ も再び距離空間となる。以下では、距離空間の部分集合はこの方法で距離空間とみなす。たとえば、$\mathbb{R}^n$ の部分集合は距離空間となる。$\square$

Euclid空間 $\mathbb{R}^n$ のEuclid距離から開集合が定義できて $\mathbb{R}^n$ を位相空間とみなせたのと全く同様にして(定義 0.6例 1.9参照)、距離空間においても開集合の概念を定義し、位相空間とみなすことができる。詳細は Euclid 空間の場合の繰り返しとなるので、証明などは一部略して述べよう。

定義 1.14 (距離空間における開球体)

$(X, d)$ を距離空間とする。$x\in X$ と $r>0$ に対して、$X$ の部分集合 $B_d(x, r)$ および $\overline{B}_d(x, r)$ を $$ B_d(x,r)=\{y\in X\,|\,d(x,y)<r\},\quad \overline{B}_d(x,r)=\{y\in X\,|\,d(x,y)\leq r\} $$ で定義し、それぞれ、$x$ を中心とする半径 $r$ の開球体(open ball)、閉球体(closed ball)という。 誤解のおそれのない場合、添字 $d$ を省略し、単に $B(x, r),$ $\overline{B}(x,r)$ と書く。$\square$

定義 1.15 (距離空間における開集合)

$(X, d)$ を距離空間とし、$U\subset X$ とする。$U$ が距離空間 $X$ の開集合であるとは、任意の $x\in U$ に対して、$r>0$ が存在して $B(x, r)\subset U$ が成り立つことをいう。

命題 1.16 (開球体は開集合、閉球体は閉集合である)

$(X, d)$ を距離空間とする。任意の $x\in X$ と$r>0$ に対して、開球体 $B(x, r)$ は $X$ の開集合である。また、閉球体 $\overline{B}(x,r)$ は $X$ の閉集合である。

Proof.

$B(x, r)$ が開集合であることの証明は、Euclid空間の場合の命題 0.7と全く同様なので省略する。$\overline{B}(x, r)$ が閉集合であることを示そう。そのためには、補集合 $X\setminus \overline{B}(x,r)$ が開集合であることを示せばよい。そこで、$y\in X\setminus\overline{B}(x,r)$ を任意に与える。すると、$d(x,y)>r$ であるから、$\varepsilon=d(x,y)-r$ とおくとき $\varepsilon>0$ である。$z\in B(y,\varepsilon)$ を任意に与える。すると、 $$ d(x,z)\geq d(x,y)-d(z,y)>d(x,y)-\varepsilon=d(x,y)-(d(x,y)-r)=r $$ であるから、$z\in X\setminus\overline{B}(x,r)$ である。よって、$B(y,\varepsilon)\subset X\setminus\overline{B}(x,r)$ であるから、$X\setminus\overline{B}(x,r)$ は $X$ の開集合である。

命題 1.17 (距離空間から位相空間が得られる)

$(X, d)$ を距離空間とし、$\mathcal{O}_d$ を $X$ の開集合全体の集合とする。このとき、$\mathcal{O}_d$ は開集合系の公理 (O1)-(O3) を満たす(証明は命題 0.8と同様)。したがって、$(X, \mathcal{O}_d)$ は位相空間となる。$\square$

このように距離空間 $(X, d)$ からは常に位相空間 $(X, \mathcal{O}_d)$ が得られる。$\mathcal{O}_d$ のことを $d$ が定める位相という。以下ではいつでも、距離空間をこの方法で位相空間とみなすことにする。

距離空間から位相空間が得られることは分かったが、では逆に位相空間 $(X, \mathcal{O})$ が先に与えられたときに、$X$ 上の距離関数 $d$ をうまく定義して、距離空間 $(X, d)$ から得られる位相空間 $(X, \mathcal{O}_d)$ をはじめの $(X, \mathcal{O})$ と一致させることはできるだろうか。それは一般には可能ではないが、それが可能であるとき、$(X, \mathcal{O})$ は距離化可能であるという。

定義 1.18 (距離化可能空間)

$(X, \mathcal{O})$ を位相空間とする。$X$ 上の距離 $d$ が存在して、$d$ が定める位相 $\mathcal{O}_d$ が $\mathcal{O}$ と一致するとき、$X$ は距離化可能(metrizable)であるという。

距離化可能な位相空間は、距離を用いて調べることができるので扱いやすい。位相空間がどのような条件のもとで距離化可能となるかについては、位相空間論の初期に盛んに研究され、多くの結果が知られている。

注意 1.19 (距離空間と距離化可能空間)

ここで、距離空間と距離化可能空間の概念上の違いに注意しておこう。距離空間と言った場合は距離が一つ指定されているのに対し、距離化可能空間と言った場合は指定されているのはあくまで位相のみであって、その位相を定める距離は(存在はするが)特定のものが指定されてはいない。次の例 1.20で離散空間が距離化可能であることを示すが、それはこの事情のよい説明になっている。離散空間そのものには特定の距離が指定されてはいないが、その位相を定めるようなうまい距離を定義することができるのである。$\square$

例 1.20 (離散空間は距離化可能)

$(X, \mathcal{O}_\delta)$ を離散空間とする(例 1.6)。つまり、$\mathcal{O}_\delta$ は $X$ の部分集合すべてからなる集合である。このとき、$(X, \mathcal{O}_\delta)$ が距離化可能となることを示そう。そのため、距離関数 $d\colon X\times X\to [0,\infty)$ を、$x=y$ のとき $d(x,y)=0$, $x\neq y$ のとき $d(x,y)=1$ とすることで定義する。このとき $d$ は距離の満たすべき定義 1.12の性質 (D1)-(D3) を満たす(確かめよ)。よって距離空間 $(X, d)$ が定まる。さらに、各 $x\in X$ に対して、半径 $1$ の開球体 $B_d(x,1)$ について $B_d(x,1)=\{x\}$ となる。したがって、命題1.16より、各 $x\in X$ に対して、一点集合 $\{x\}$ は $d$ の定める位相 $\mathcal{O}_d$ について開集合である。任意に $A\subset X$ を与えると、$A=\bigcup_{x\in A}\{x\}$ だから、$A$ は $\mathcal{O}_d$ について開集合である。よって、$\mathcal{O}_d$ は離散位相 $\mathcal{O}_\delta$ に一致するから、離散空間 $(X, \mathcal{O}_\delta)$ は距離化可能であることが分かった。$\square$


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