環上の加群論

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(この記事は充分に執筆されていません) (この記事は査読がなされていません)

  • 環上の加群論のお試し記事。サクラ 2020年11月23日 (水) 14:41 (JST)
  • 環論と加群論とは相補的なものなので,環論の記事になるかも.その場合は一部を切り出して別に加群論の初歩のページを作ります.

モチベーションと本稿の構成

環上の加群を考える理由

空間を調べるときに空間上の函数全体を調べるのが役に立つ。 群を調べるときに群の表現全体を調べるのが役に立つ。 同様に環を調べるときには環の表現全体を調べるのが役に立つ。 このように対比すると「環の表現論」が環論に於いて重要であることが示唆される。 本稿では「環の表現論」であるところの「環上の加群論」について、 その理論の基礎となる部分を取り扱う。

先の対比に注意して環 $\ring$ 上の(左)加群の全体 $\Modcat{\ring}$ を考えると、 $\Modcat{\ring}$ の性質が環 $R$ の性質を規定することがあると判明する。 これが環の表現全体を集めてきた構造である加群の為す圏 $\Modcat{\ring}$ を考察することの環論に於ける位置づけの一つである。

本稿で扱うこと

本稿では、発展的な加群論やより進んだ環論を扱うための前提となる基本的な事柄を整理することが目標である。 本稿は大雑把には二分することができ、二章から四章までが前半で、それ以降が後半である。 前半ではより発展的な記事を読む上では必ず前提となる事柄をまとめており、基本的には順に読むことを想定して書かれている。 一方、多くの分野で基本的な役割を果たすものの、必ずしも前提になるとは限らない事柄については五章と六章にまとめてある。 これらは互いに独立であるため、例えば五章を飛ばして先に六章を読むことも可能である。

各章で扱うこと

既に前節に於いて本稿の構成を大まかに説明したが、 各章の内容に踏み込んで説明する。 先ず何はともあれ「二章:加群論の基礎」に於いて必要最低限度の環論の復習と、加群の定義とその基本性質を述べる。加群の定義は立場によって幾つか同値なものが使い分けられており、この同値性を丁寧に確認する。 左加群 $\module$ が与えられるとEnd環が定まり、元の左加群 $\module$ には自身のEnd環からの右作用が自然に定まり、両側加群と見做される。 この事実は本稿の五章で扱う森田理論に於いても自然に用いられるし、本稿で詳細を述べることはできないが多元環の表現論という一大分野で中心的な役割を果たす理論である傾理論(Tilting Theory)に於いて基本的である。 二章の最後では準同型定理を示し、それを用いて部分加群の為す束に関する基本的な事実を証明する。

次に「三章:加群の構成」に於いて以降の加群論で用いる基本的な加群の構成について述べる。本稿では加群の作用による定義に基づき素朴に議論し、その後に普遍性で特徴づけるという順で議論を進める。 実装ではなく機能に重きを置くべき場合が少なからずあるため普遍性を定義に据えてもよい(実際、環上の加群のホモロジー代数に於いて加群論の復習をする際はそのようなスタイルを採っている)のだが、 初学者の段階では困ったときには元を取ってとにかく手を動かすことも亦た重要であると考え、敢えて古典的な方法を採用した。 この節の段階でより現代的な立場で書いている環上の加群のホモロジー代数と比較検討することも可能であり、このような作業は有意義だろうと考えている。 また、加群の構成に際しては作用による定義に基づく旨を既に述べたが、この方法以外にもアーベル群に関する知識を仮定することで加群の構造射による定義に基づいた議論ができたり、環を一点 $\Abelcat$-豊穣圏と見做して豊穣圏の一般論を適用できたり、普遍代数の視座から捉えられたりする。このうち加群の構造射による定義に基づいた議論については、環上の加群のホモロジー代数で扱っており、一点 $\Abelcat$-豊穣圏として見做して豊穣圏の一般論を適用する議論については、前加法圏論豊穣圏論で扱う予定である。普遍代数の視座から捉えられる点については、1-圏論としてのモナドで扱う予定である。

「四章:特別な加群:ホモロジー代数と関連が強い概念」では、加群の為す圏 $\Modcat{\ring}$ に於いて前節の構成がどのように捉えなおせるかを確認するところから始め、有限性条件の一つである有限生成加群、有限表示加群、連接加群などを導入し、その圏論的な性質を調べていく。 次いで自由加群、射影加群、入射加群などを導入し、$\Modcat{\ring}$ の性質が環の性質を規定するという事実を紹介する。この詳しい証明は環上の加群のホモロジー代数に書く予定である。


「五章:加群の為す圏 $\Modcat{\ring}$ と森田理論」では、森田理論を扱う。森田統馭(Morita Context)もやる予定です。 「六章:特別な加群:Noether加群、Artin加群」では、Noether加群とArtin加群を導入し、その基本的な性質を調べるところから始める。次いでNoetherかつArtinな加群と同値な条件として長さ有限な加群を考えることができ、長さ有限な加群に対してはKrull-Schidtの定理など顕著な結果が幾つか知られているため、これを紹介する。 「七章:展望」では、本稿では述べることができないより発展的な内容について幾つか紹介をする。

加群論の基礎

この章では加群論で使う最も基本的な概念とその性質を述べる。内容は以降の全ての前提となる。

この節では次の概念を導入する。暫く用いない概念については初めてそれを用いる節番号を続けて記した。これを参考にしつつ、知らない概念や理解しにくい概念であっても一旦読み飛ばすことも可能である。

  • 可逆元
  • 環の準同型
定義 1 (環の定義)

五つ組 $\ringformal$ が環であるとは、次の三条件を満たすことである。

  1. 三つ組 $\addgrp$ が可換群である
  2. 三つ組 $\mulmon$ がモノイドである
  3. $+$、$\times$ に関して両側分配律が成り立つ。

ここで $+$、$\times$ に関して両側分配律とは、

  1. (右側分配律) $\ring$ の任意の元 $a$、$b$、$c$ について、$a\times(b+c)=a\times b+a\times c$ が成り立つ。
  2. (左側分配律) $\ring$ の任意の元 $a$、$b$、$c$ について、$(a+b)\times c=a\times c+b\times c$ が成り立つ。

の両方を満たすことである。これを含めてより明示的に書けば、

  1. (加法の結合律) $\ring$ の任意の元 $a$、$b$、$c$ について、$a+(b+c)=(a+b)+c$ が成り立つ。
  2. (加法の単位律) $\ring$ の任意の元 $a$ について、$a+0=0+a=a$ が成り立つ。
  3. (加法の逆元の存在) $\ring$ の任意の元 $a$ について、$a+b=b+a=0$ が成立する元 $b$ が存在する。
  4. (加法の可換律) $\ring$ の任意の元 $a$、$b$ について、$a+b=b+a$ が成り立つ。
  5. (乗法の結合律) $\ring$ の任意の元 $a$、$b$、$c$ について、$a\times(b\times c)=(a\times b)\times c$ が成り立つ。
  6. (乗法の単位律) $\ring$ の任意の元 $a$ について、$a\times 1= 1 \times a= a$ が成り立つ。
  7. (右側分配律) $\ring$ の任意の元 $a$、$b$、$c$ について、$a\times(b+c)=a\times b+a\times c$ が成り立つ。
  8. (左側分配律) $\ring$ の任意の元 $a$、$b$、$c$ について、$(a+b)\times c=a\times c+b\times c$ が成り立つ。

を満たすことである。

定義 2 (可換環の定義)

五つ組 $\ringformal$ が環であるとは、次の三条件を満たすことである。

  1. 三つ組 $\addgrp$ が可換群である
  2. 三つ組 $\mulmon$ が可換モノイドである
  3. $+$、$\times$ に関して両側分配律が成り立つ。

よって可換環とは、乗法に関する可換律が成り立つ環といえる。より明示的に書けば、

  1. (加法の結合律) $\ring$ の任意の元 $a$、$b$、$c$ について、$a+(b+c)=(a+b)+c$ が成り立つ。
  2. (加法の単位律) $\ring$ の任意の元 $a$ について、$a+0=0+a=a$ が成り立つ。
  3. (加法の逆元の存在) $\ring$ の任意の元 $a$ について、$a+b=b+a=0$ が成立する元 $b$ が存在する。
  4. (加法の可換律) $\ring$ の任意の元 $a$、$b$ について、$a+b=b+a$ が成り立つ。
  5. (乗法の結合律) $\ring$ の任意の元 $a$、$b$、$c$ について、$a\times(b\times c)=(a\times b)\times c$ が成り立つ。
  6. (乗法の単位律) $\ring$ の任意の元 $a$ について、$a\times 1= 1\times a= a$ が成り立つ。
  7. (乗法の可換律) $\ring$ の任意の元 $a$、$b$ について、$a\times b=b\times a$ が成り立つ。
  8. (右側分配律) $\ring$ の任意の元 $a$、$b$、$c$ について、$a\times(b+c)=a\times b+a\times c$ が成り立つ。
  9. (左側分配律) $\ring$ の任意の元 $a$、$b$、$c$ について、$(a+b)\times c=a\times c+b\times c$ が成り立つ。

を満たすことである。

注意 3 (環の構成要素の名称と略記)
  • 環 $\ringformal$ と書くかわりに、混乱が生じない限りは単に $\ring$ と書く。
  • 環 $\ring$ の備える二つの演算 $+$、$\times$ をそれぞれ加法、乗法という。
  • 環 $\ring$ の乗法 $a\times b$ は、しばしば $a\cdot b$ や $ab$ と書く。


例示 4 (環である例:零環)

一元集合 $\{*\}$ について考える。一元集合上どうしの直積は $$\{*\}\times\{*\}=\set{\ordpair{a,b}}{\text{$a\in\{*\}$かつ$b\in\{*\}$}}=\{\ordpair{*,*}\}$$ と計算できることから一元集合であることに注意する。 一元集合から一元集合への写像は一意的に定まるので、一元集合の上の二項演算は一意的に定まる。 これを $+$ と書くとき $*+*=*$ が成り立っているので三つ組 $\langle \{*\}, +, *\rangle$ は可換群を為し、 $ * + ( * + * ) = * + * = ( * + * ) + ( * + * )$ と計算できるので $+$、$+$ に関して両側分配律が成り立つ。 よって五つ組 $\langle \{*\}, +, *, +, *\rangle$ は可換環である。 これを零環や自明環といい、$\zeroring$ と書く。

例示 5 (環である例:有理整数環 $\mathbb{Z}$、有理数体 $\mathbb{Q}$、実数体 $\mathbb{R}$、複素数体 $\mathbb{C}$)

整数全体の集合 $\mathbb{Z}$ について考える。 この集合には標準的に加法と乗法が定めることができ、 加法については可換群を為し、 乗法については可換モノイドを為すことが知られている。 更に標準的な加法と標準的な乗法に関して分配法則が成り立つので、五つ組 $\ordpair{ \mathbb{Z},+,0,\times,1 }$ は可換環を為す。 これを有理整数環といい、混乱が生じない限り $\mathbb{Z}$ と書く。 集合論的な構成やモノイド論的な構成などの比較については、整数を参照されたい。

同様に有理数全体の集合 $\mathbb{Q}$、実数全体の集合 $\mathbb{R}$、複素数全体の集合 $\mathbb{C}$ には可換環の構造が定まる。 これをそれぞれ有理数体、実数体、複素数体という。 ここで「有理数環」ではなく「有理数体」と呼んだのは、可換環の中でも特別なクラスである「体」の例になっているからである。 「体」は可逆元の定義とその基本性質を見た後で定義する。

例示 6 (環の構成方法:多項式環)

$R$ を環とする。このとき $X$ を不定元とする多項式全体の集合 $$ \set{ P(X) }{ \text{ $P(X)=\sum_{i=0}^nr_iX^i$ なる $R$ の元 $r_0,\ldots,r_n$ が存在する } }$$ を $\polyring{\ring}$ と書く。 このとき $\polyring{\ring}$ には次のように二項演算を定義することができる: $$ \text{$\map{+}{\polyring{\ring}\times\polyring{\ring}}{\polyring{\ring}}$ ; $\ordpair{\sum_{i=0}^nr_iX^i,\sum_{i=0}^ms_iX^i}\mapsto\sum_{i=0}^{\max{n,m}}(s_i+r_i)X^i$}$$ $$ \text{$\map{\times}{\polyring{\ring}\times\polyring{\ring}}{\polyring{\ring}}$ ; $\ordpair{\sum_{i=0}^nr_iX^i,\sum_{i=0}^ms_iX^i}\mapsto\sum_{k=0}^{n+m}\sum_{i+j=k}(s_ir_j)X^k$}$$ ただし、$n$、$m$ のうち小さくない方を $l$ とするとき、$l$ より大なる $k$ で $r_k$ または $s_k$ が定義されていないならばそれらを $0$ と置くこととする。 このとき五つ組 $\langle\polyring{\ring},+,0,\times,1\rangle$ が環を為すことは容易に確かめられる。 ここで $0 = \sum_{k=0}^00$、$1 = \sum_{k=0}^01$ である。

証明の詳細は[展開する]を押してください:

∵) まず加法に関して三つ組 $\langle\polyring{\ring},+,0\rangle$ が可換群を為すことを示す。 結合律については、$\polyring{\ring}$ の元 $P(X)$、$Q(X)$、$R(X)$ を任意に取るとき、$\polyring{\ring}$ の定義より $$ P(X)=\sum_{i=0}^lp_iX^i, Q(X)=\sum_{i=0}^mq_iX^i, R(X)=\sum_{i=0}^nr_iX^i $$ なる $R$ の元 $p_i$、$q_i$、$r_i$ が存在する。このとき $$ (P(X)+Q(X))+R(X) = \sum_{i=0}^{\max{l,m}}(p_i+q_i)X^i + \sum_{i=0}^nr_iX^i = \sum_{i=0}^{\max{l,m,n}}(p_i+q_i+r_i)X^i $$、 $$ P(X)+(Q(X)+R(X)) = \sum_{i=0}^lp_iX^i + \sum_{i=0}^{\max{m,n}}(q_i+r_i)X^i = \sum_{i=0}^{\max{l,m,n}}(p_i+q_i+r_i)X^i $$ と計算できるので $(P(X)+Q(X))+R(X)=P(X)+(Q(X)+R(X))$ が得られる。多項式の取り方は任意であったから結合律が示された。 交換律については、先と同様に多項式 $P(X)$、$Q(X)$ を任意に取った上で $R$ の元 $p_i$、$q_i$ を用いて表示する。 このとき、 $$ P(X)+Q(X) = \sum_{i=0}^{\max{l,m}}(p_i+q_i)X^i = \sum_{i=0}^{\max{m,l}}(q_i+p_i)X^i = Q(X)+P(X) $$ と計算できる。多項式の取り方は任意であったから交換律が示された。 単位律については、先と同様に多項式 $P(X)$ を任意に取った上で $R$ の元 $p_i$ を用いて表示する。 このとき $$ 0 + P(X) = \sum_{i=0}^{\max{0,l}}(0+p_i)X^i = \sum_{i=0}^{l}p_iX^i = P(X) $$ と計算でき、既に加法の交換律を示していることに注意すると $P(X)+0=0+P(X)=P(X)$ が従う。多項式の取り方は任意であったから単位律が示された。 逆元の存在については、先と同様に多項式 $P(X)$ を任意に取った上で $R$ の元 $p_i$ を用いて表示する。 このとき $Q(X) = \sum_{i=0}^l(-p_i)X^i$ とおくと、$\polyring{\ring}$ の定義より $Q(X)\in\polyring{\ring}$ であり、 $$ P(X)+Q(X) = \sum_{i=0}^{l,l}(p_i+(-p_i))X^i = \sum_{i=0}^l(0)X^i = 0 $$ と計算できる。$+$ に関する単位元は $0$ であるから、加法の交換律を既に示していることに注意すると $Q(X)$ が $P(X)$ の加法逆元であることが分かる。 多項式 $P(X)$ の取り方は任意であったから逆元の存在が示された。

次に乗法に関して三つ組 $\langle\polyring{\ring},\times,1\rangle$ がモノイドを為すことを示す。 結合律については、$\polyring{\ring}$ の元 $P(X)$、$Q(X)$、$R(X)$ を任意に取るとき、$\polyring{\ring}$ の定義より $$ P(X)=\sum_{i=0}^lp_iX^i, Q(X)=\sum_{i=0}^mq_iX^i, R(X)=\sum_{i=0}^nr_iX^i $$ なる $R$ の元 $p_i$、$q_i$、$r_i$ が存在する。このとき $$ (P(X)\times Q(X))\times R(X) = \sum_{k=0}^{l+m}\sum_{i+j=k}(p_iq_j)X^k \times \sum_{i=0}^nr_iX^i = \sum_{h=0}^{l+m+n}\sum_{f+g=h}(\sum_{i+j=f}(p_iq_j)X^f)r_gX^g = \sum_{h=0}^{l+m+n}\sum_{i+j+g=h}p_iq_jr_gX^h$$、 $$ P(X)\times (Q(X)\times R(X)) = \sum_{i=0}^np_iX^i \times \sum_{k=0}^{m+n}\sum_{i+j=k}(q_ir_j)X^k = \sum_{h=0}^{l+m+n}\sum_{f+g=h}p_fX^f(\sum_{i+j=g}(q_ir_j)X^g) = \sum_{h=0}^{l+m+n}\sum_{f+i+j=h}p_fq_ir_jX^h$$ と計算できるので $(P(X)\times Q(X))\times R(X)=P(X)\times (Q(X)\times R(X))$ が得られる。多項式の取り方は任意であったから結合律が示された。 単位律については、先と同様に多項式 $P(X)$ を任意に取った上で $R$ の元 $p_i$ を用いて表示する。 このとき $$ 1 \times P(X) = \sum_{k=0}^{0+l}(\sum_{i+j=k}1p_i)X^i = \sum_{i=0}^{l}p_iX^i = P(X) $$ $$ P(X) \times 1 = \sum_{k=0}^{l+0}(\sum_{i+j=k}p_i1)X^i = \sum_{i=0}^{l}p_iX^i = P(X) $$ と計算できるので $1\times P(X)=P(X)\times 1=P(X)$ が従う。多項式の取り方は任意であったから単位律が示された。

最後に加法と乗法に関して両側分配律が成り立つことを示す。 $\polyring{\ring}$ の元 $P(X)$、$Q(X)$、$R(X)$ を任意に取るとき、$\polyring{\ring}$ の定義より $$ P(X)=\sum_{i=0}^lp_iX^i, Q(X)=\sum_{i=0}^mq_iX^i, R(X)=\sum_{i=0}^nr_iX^i $$ なる $R$ の元 $p_i$、$q_i$、$r_i$ が存在する。このとき $$ P(X)\times (Q(X)+R(X)) = \sum_{i=0}^lp_iX^i \times \sum_{i=0}^{\max{m,n}}(q_i+r_i)X^i = \sum_{k=0}^{l+\max{m,n}}(\sum_{i+j=k}p_i(q_j+r_j))X^k = \sum_{k=0}^{\max{l+m,l+n}}(\sum_{i+j=k}p_iq_j+p_ir_j))X^k = \sum_{k=0}^{l+m}(\sum_{i+j=k}p_iq_j)X^k + \sum_{k=0}^{l+m}(\sum_{i+j=k}p_ir_j)X^k = P(X)\times Q(X) + P(X)\times R(X)$$ および $$ (P(X)+Q(X))\times R(X) = \sum_{i=0}^{\max{l,m}}(p_i+q_i)X^i + \sum_{i=0}^nr_iX^i = \sum_{k=0}^{\max{l,m}+n}(\sum_{i+j=k}(p_i+q_j)r_j)X^k = \sum_{k=0}^{\max{l+n,m+n}}(\sum_{i+j=k}p_ir_j+q_ir_j))X^k = \sum_{k=0}^{l+n}(\sum_{i+j=k}p_ir_j)X^k + \sum_{k=0}^{m+n}(\sum_{i+j=k}q_ir_j)X^k = P(X)\times R(X) + Q(X)\times R(X)$$ より $P(X)\times (Q(X)+R(X)) = P(X)\times Q(X) + P(X)\times R(X)$ と $(P(X)+Q(X))\times R(X) = P(X)\times R(X) + Q(X)\times R(X)$ と計算できる。多項式の取り方は任意であったから両側分配律が示された。

ここで集合 $\polyring{\ring}$ を定義する際に用いた不定元 $X$ の正体が気になる人もいるやもしれないが、 多項式の加法および乗法の定義に注目すると、不定元の役割は「係数$r_i$がどの次数のものであったかを記憶しておくこと」のみである。 よって係数を並べた数列と元々の多項式とを同一視することで「不定元」という素朴なアイデアを実装せずに定義することができる[1]。 具体的には $\Homset{\mathbb{Z}_{\geq 0}}{\ring}\colon=\set{f}{\text{ $f$ は非負整数全体 $\mathbb{Z}_{\geq 0}$ から $\ring$ への写像 }}$ を台集合とし、$\Homset{\mathbb{Z}_{\geq 0}}{\ring}$の元$f$について各非負整数$n$の値$f(n)$が「$f$の$n$次の係数」の役割を果たすように加法と乗法とを定義すれば、素朴に定義した多項式環と本質的に同等なものが集合論に基づいて構成できたことになる。 ここでは五つ組 $\ordpair{ \Homset{\mathbb{Z}_{\geq 0}}{\ring},+,0,\times,1 }$ の定義のみを書くに留め、これが環を為すことの詳しい証明は省略する。 $$\text{ $\map{f+g}{\mathbb{Z}_{\geq 0}}{\ring}$ ; $(f+g)(n)=f(n)+g(n)$ }$$ $$\text{ $\map{f\cdot g}{\mathbb{Z}_{\geq 0}}{\ring}$ ; $(f\cdot g)(n)=\sum_{i+j=n}f(i)+g(j)$ }$$ $$\text{ $\map{0}{\mathbb{Z}_{\geq 0}}{\ring}$ ; $0(n)=0$ }$$ $$\text{ $\map{1}{\mathbb{Z}_{\geq 0}}{\ring}$ ; ただし $n>0$ に対して $1(n)=0$ とし、$1(0)=1$ とする }$$

以上で多項式環の素朴な定義と数列の集合に演算を入れる方法の二通りを紹介したが、実現したかったアイデアは同じであるから、できた数学的対象は(環の性質を議論する上では)本質的に同じものである。 実際この二つは $\Homset{\mathbb{Z}_{\geq 0}}{\ring}$ の元 $f$ を $\polyring{\ring}$ の元であって $X^n$ の係数を $f(n)$ とするものに写す写像 $\Phi$ と、 $\polyring{\ring}$ の元 $P(X)$ を$\Homset{\mathbb{Z}_{\geq 0}}{\ring}$ の元であって $n\mapsto\text{$P(X)$の$X^n$の係数}$とする写像 $\Psi$ とについて考えれば、 これらは互いに逆の全単射を与え、かつ加法や乗法、乗法の単位元についても写す前に計算してから送るものと写してから計算するものとが一致する (すなわち、加法に関して書き下せば( $\Psi(f+g)=\Psi(f)+\Psi(g)$ および $\Phi(P(X)+Q(X))=\Phi(P(X))+\Phi(Q(X))$ などが成り立つ)。 この $\Phi$、$\Psi$ を通して環としては両者は区別できないため、 後者を正式な定義として採用すれば不定元という言葉を導入する必要はなくなる。 なお、二つの環の間に演算と整合的な全単射写像が存在する(よってその写像を用いて同一視できる)とき、二つの環は同型といい、環準同型を定義する直後にこの言葉も正式に導入する。


例示 7 (環である例:アーベル群のEnd環)

$\cgrp$ をアーベル群とする。このとき $$ \End{\Setcat}{\cgrp}\colon=\set{ \map{f}{\cgrp}{\cgrp} }{ \text{ $f$ は写像である } }$$ と定義すると、$\End{\Setcat}{\cgrp}$ の上の結合的な二項演算を $+$、$\times$ が $$\text{ $\map{f+g}{\cgrp}{\cgrp}$ ; $(f+g)(a)=f(a)+g(a)$ }$$ $$\text{ $\map{f\cdot g}{\cgrp}{\cgrp}$ ; $(f\cdot g)(a)=(f\circ g)(a)$ }$$ と定まり、更にこの演算に関して $$\text{ $\map{0}{\cgrp}{\cgrp}$ ; $0(a)=0$ }$$ $$\text{ $\map{1}{\cgrp}{\cgrp}$ ; $0(a)=a$ }$$ と定めるとこれらは中立的に振舞う。 更に五つ組 $\ordpair{ \End{\Abelcat}{\cgrp},+,0,\times,1 }$ が環の公理のうち左分配律を除くものが成り立つことも容易に確かめられる。

証明の詳細は[展開する]を押してください:

∵) まず $f+g$ や $f\cdot g$ が $\End{\Setcat}{\cgrp}$ の元であることは、アーベル群に備わっている演算が写像であることよりよい。 次に加法について考える。 加法 $+$ の結合性については $\End{\Setcat}{\cgrp}$ の元 $f$、$g$、$h$ および $\cgrp$ の元 $a$ を任意にとると $$ ((f+g)+h)(a)=(f+g)(a)+h(a)=(f(a)+g(a))+h(a)=f(a)+(g(a)+h(a))=f(a)+(g+h)(a)=(f+(g+h))(a) $$ と計算でき、$a$ の取り方が任意であったことから $(f+g)+h=f+(g+h)$ が従うのでよい。 加法 $+$ の可換性については $\End{\Setcat}{\cgrp}$ の元 $f$、$g$ および $\cgrp$ の元 $a$ を任意にとると $$ (f+g)(a)=f(a)+g(a)=g(a)+f(a)=(g+f)(a)$$ と計算でき、$a$ の取り方が任意であったことから $f+g=g+f$ が従うのでよい。 写像 $0$ が加法 $+$ に関して単位的に振舞うことは、$\End{\Setcat}{\cgrp}$ の元 $f$、$\cgrp$ の元 $a$ を任意にとると $$ (f+0)(a)=f(a)+0(a)=f(a)+0=f(a)$$ と計算でき、$a$ の取り方が任意であったことから $f+0=f$ が従い、更に加法の可換性を既に示していることから $f=f+0=0+f$ が得られるのでよい。 加法逆元の存在については、$\End{\Setcat}{\cgrp}$ の元 $f$ を任意にとるとき $$\text{ $\map{-f}{\cgrp}{\cgrp}$ ; $(-f)(a)=-f(a)$ }$$ と定めると、$\cgrp$ の任意の元 $a$ に対して $$ (f+(-f))(a)=f(a)+(-f)(a)=f(a)+(-f(a))=0=0(a)$$ が成立するので、$a$ の取り方が任意であったことから $f+(-f)=0$ が従う。 更に加法の可換性を既に示していることから $0=f+(-f)=(-f)+f$ が得られるのでよい。

次に乗法 $\cdot$ について、$\cdot$ の結合性については写像の合成で定義していたことより写像の結合性より従い、 $1$ が乗法 $\cdot$ に関して単位的に振舞うことは恒等写像の性質より従うのでよい。 最後に加法 $+$ と乗法 $\cdot$ とについて、両側分配律が成り立つことを示す。 $\End{\Setcat}{\cgrp}$ の元 $f$、$g$、$h$ および $\cgrp$ の元 $a$ を任意にとると $$ ((f + g) \cdot h)(a)=(f + g)(h(a))=f(h(a))+g(h(a))=(f \cdot h)(a)+(g \cdot h)(a)=(f \cdot h + g \cdot h)(a)$$ と計算できるので、元の取り方の任意性に注意すれば右分配律の成立が分かる。 一方で左分配律については、 $$ (f \cdot (g + h))(a)=f((g+h)(a))=f(g(a)+h(a))$$ および $$ (f\cdot g +f\cdot h)(a)=(f\cdot g)(a) + (f\cdot h)(a)$$ と計算できるので、 $$ (f \cdot (g + h))(a)= (f\cdot g +f\cdot h)(a)$$ が成り立つことと $$f(g(a)+h(a))=(f\cdot g)(a) + (f\cdot h)(a)$$ が成り立つこととは同値である。 よって左分配律が成り立つこと、すなわち任意の $\cgrp$ の元 $a$ について $(f \cdot (g + h))(a)= (f\cdot g +f\cdot h)(a)$ が成り立つことは $f$ が準同型写像であることと同値であり、一般には成り立たないことが分かった。

ここで集合 $\End{\Setcat}{\cgrp}$ を $$ \End{\Abelcat}{\cgrp}\colon=\set{ \map{f}{\cgrp}{\cgrp} }{ \text{ $f$ はアーベル群の準同型である } }$$ に制限すると、二項演算を $+$、$\times$ も制限により整合的に定義でき、 五つ組 $\ordpair{ \End{\Abelcat}{\cgrp},+,0,\times,1 }$ が環であることが分かる。

証明の詳細は[展開する]を押してください:

∵) まず加法 $+$ について考える。 整合的に定義されていることは、 \begin{xy} \xymatrix { \End{\Setcat}{\cgrp} \ar[rrr]|{} &&& \End{\Setcat}{\cgrp}\\ \End{\Abelcat}{\cgrp} \ar[rrr]|{} \ar[u] &&& $$ \End{\Abelcat}{\cgrp} \ar[u] } \end{xy}

この環を $\cgrp$ の自己同型環(Endmorphism Ring)やEnd環という。 フォーマルには自己同型環と呼ばれるば、本稿では簡単のためEnd環と書くことにする。


定義 8 (環の元に関する性質)

$\ring$ を環とし、$r$ を $\ring$ の元とする。このとき次の通りに定義する。

  1. $r$ が可逆元であるとは、$\ring$ の元 $r'$ であって $rr'=r'r=1$ が成り立つものが存在することをいう。
  2. $r$ が左零因子であるとは、$\ring$ の元 $r'$ であって $rr'=0$ が成り立つものが存在することをいう。
  3. $r$ が右零因子であるとは、$\ring$ の元 $r'$ であって $r'r=0$ が成り立つものが存在することをいう。
  4. $r$ が零因子であるとは、$r$ が左零因子かつ右零因子であることである。
命題 9 (環の基本性質)

$\ring$ を環とするとき、次が成立する。

  1. 加法単位元 $0$ は一意的である。すなわち、$r$ を加法に関して単位的に振舞う元とすると $r=0$ が成立する。
  2. 加法逆元は一意的である。すなわち、$r$ を $\ring$ の任意の元とすると $r+r'=r'+r=0$ を成り立たせる $\ring$ の元 $r'$ は一意的である。
  3. 乗法単位元 $1$ は一意的である。すなわち、$r$ を乗法に関して単位的に振舞う元とすると $r=1$ が成立する。
  4. 乗法逆元は存在すれば一意的である。すなわち、$r$ を可逆元とする。このとき $rr'=r'r=1$ を成り立たせる $\ring$ の元 $r'$ は一意である。
  5. $0$ は積に関する吸収元である。すなわち、$\ring$ の任意の元 $r$ について、$r0=0r=0$ が成立する。
  6. 乗法吸収元は一意的である。すなわち、$r$ を乗法に関して吸収的に振舞う元とすると $r=0$ が成立する。
  7. $0$ が積に関する可逆元でなるならば、$\ring$ は零環である。
  8. $1$ は可逆元である。
  9. 可逆元は合成で閉じている。すなわち、$r$、$s$ を可逆元とする。このとき $rs$ は可逆元である。
証明

一つ目を示すために加法に関して単位的に振舞う元 $r$ を任意にとると $r=r+0=0$ が成立する。 二つ目を示すために $\ring$ の元 $r$ を任意にとり、$r+r_i=r_i+r=0$ を満たす元 $r_i$($i=1,2$) を任意に取る。このとき $r_1=r_1+0=r_1+r+r_2=0+r_2=r_2$ と計算できるので、$r_i$ は一意的である。 三つ目を示すために乗法に関して単位的に振舞う元 $r$ を任意にとると $r=r\times 1=1$ が成立する。 四つ目を示すために $\ring$ の可逆元 $r$ を任意にとり、可逆元の定義より $rr_i=r_ir=1$ を満たす元 $r_i$ ($i=1,2$) が損刺し、これを任意にとる。このとき $r_1=r_1\cdot 1=r_1rr_2=1\cdot r_2=r_2$ が成立するので $r_i$ は一意である。 五つ目を示すために $\ring$ の元 $r$ を任意にとる。このとき $0$ が加法単位元であることに注意すると、 右分配律を用いることで $r0=r(0+0)=r0+r0$ と計算できる。ここで両辺に $r0$ の加法逆元を加えると、 $0=r0-r0=r0+r0-r0=r0$ が従う。 全く同様に左分配律を用いることで $0r=0$ も従うので、$r$ の取り方が任意であったことに注意すれば一つ目が得られる。 六つ目を示すために乗法に関して吸収的に振舞う元 $r$ を任意にとると $r=r0=0$ が成立する。 七つ目を示すために $0$ が可逆元であると仮定する。このとき $\ring$ の任意の元 $r$ について $r=r1=r\inv{0}0=0$ がと計算できる。ここで二つ目の等号で $0$ が可逆であることを用い、三つ目の等号で $0$ が吸収元であることを用いた。 八つ目を示すために $1$ について考えると、$1$ が乗法単位元であることから $1\cdot 1=1$ が成立することが分かる。 九つ目を示すために $\ring$ の可逆元 $r$、$s$ を任意にとる。このとき可逆元の定義より $rr'=r'r=1$ が成り立つような $r'$ と $ss'=s's=1$ が成り立つような $s'$ とが取れる。これを用いると $rss'r'=r1r'=rr'=1$ および $s'r'rs=s'1s=s's=1$ と計算できるので、$rs$ は可逆元である。

証明終


注意 10 (環の基本性質より分かること)

$\ring$ を環とするとき、先の命題より次の事柄が分かる。

  • $\ring$ に於いて加法の単位元、乗法の単位元は一意に定まっている。よってこれを忘却しても他の三つ組 $\ordpair{R,+,\times}$ から復元することができる。これ故に三つ組として環を定義する文献も少なくない。
  • $\ring$ に於いて $0$ は乗法の吸収元として特徴づけられるので、更に加法に関する構造を忘却した組 $\ordpair{R,\times}$ から復元することができる。しかしここから加法を一意的に復元することはできない。このように吸収元を持ったモノイドをバイノイドといい、特に可換環に関する基礎的な議論は可換バイノイドに一般化することができる。
  • $\ring$ の可逆元全体は乗法に関する単位元を含み、積で閉じている。よって乗法モノイドの部分モノイドを為す。その上可逆元の定義から可逆元全体の集合は逆元についても閉じているので特に群を為す。これを乗法群といい、$\Unit{\ring}$ と書く。
  • 乗法モノイドの部分集合 $S$ で同じ演算で群を為すものを考えると、$S$ の任意の元は環 $\ring$ の可逆元である。よって$S\subset\Unit{\ring}$ が成立する。特に可逆元全体は群を為す乗法モノイドの部分モノイドの中で最大のものとして特徴づけることができる。
記法 11 (環の元に関する記法)

$\ring$ を環とするとき、次の記法を用いる。

  1. $r$ を $\ring$ の可逆元とするとき、$rr'=r'r=1$ を満たす $\ring$ の元 $r'$ は一意に定まるので、これを $\inv{r}$ と書き、$r$ の逆元という。
  2. $r$ を $\ring$ の元とするとき、$\pow{r}{0}=1$ と定め、更に $n$ が $0$ より大きい整数のとき $\pow{r}{n}=r\pow{r}{n-1}$ と書く。また、$r$ が可逆元とき、$\pow{(\inv{r})}{n}=\pow{r}{-n}$ と書く。


命題 12 (環の元の指数に関する性質)

$\ring$ を環とし、$r$ を $\ring$ の元とする。 このとき任意の $0$ 以上の整数 $n$、$m$ について $\pow{r}{n+m}=\pow{r}{n}\pow{r}{m}$ が成立する。 更に $r$ が可逆元ならば、任意の整数 $n$、$m$ について同様の等式が成立する。

証明

環は乗法に関してモノイドを為すので特に半群であり、半群の一般論から従う。 愚直に示す場合は数学的帰納法を用いればよい。

証明の詳細は[展開する]を押してください:

∵) $r$ が一般の元の場合について考える。 $\mathbb{Z}_{\geq 0}\times\mathbb{Z}_{\geq 0}$ の部分集合 $S_l$ を $S_l=\set{\ordpair{n,m}}{n+m=l}$ と定義すると $\mathbb{Z}_{\geq 0}\times\mathbb{Z}_{\geq 0}=\bigcup_{l\in\mathbb{Z}_{\geq 0}}S_l$ が成立するので、 $l$ に関する帰納法で「$S_l$ の任意の元 $\ordpair{n,m}$ について $\pow{r}{n+m}=\pow{r}{n}\pow{r}{m}$ が成立する」を示せばよい。 $l=0$ のときは $S_0=\{\ordpair{0,0}\}$ であるので $\pow{r}{n+m}=\pow{r}{0}=1=1\cdot 1=\pow{r}{0}\pow{r}{0}$ なる計算より成立が分かる。 $l>0$ のときは $l$ 未満での成立を仮定した上で、更に $n$ に関する帰納法を回す。$n=0$ のときは $m=n+m-n=l-0=l$ であり、$$\pow{r}{n+m}=\pow{r}{0+m}=\pow{r}{m}=1\cdot\pow{r}{m}=\pow{r}{n}\pow{r}{m}$$ と計算できる。 $0<n<l$ のときは $n$ 未満での成立を仮定すると、$$\pow{r}{n+m}=\pow{r}{n-1+1+m}=\pow{r}{n-1}\pow{r}{1+m}=\pow{r}{n-1}\pow{r}{1}\pow{r}{m}=\pow{r}{n}\pow{r}{m}$$ と計算できる。ただし二つ目の等号に $n$ に関する帰納法の仮定を用い、最後の等号に $n<l$ と $l$ に関する帰納法の仮定を用いた。 $n=l$ のときは $m=n+m-n=l-l=0$ であり、$$\pow{r}{n+m}=\pow{r}{l+0}=\pow{r}{l}=\pow{r}{n}=\pow{r}{n}1=\pow{r}{n}\pow{r}{m}$$ と計算できる。 以上より $r$ が一般の場合は示された。

$r$ が可逆元の場合について考える。 まず正の整数 $n$ について $\pow{r}{-n}$ が $\pow{r}{n}$ の逆元であることを数学的帰納法で示す。 $n=1$ のときは定義よりよいので、$n>1$ のときを考える。$n$ 未満で成立すると仮定すると、$$\pow{r}{n}\pow{r}{-n}=\pow{r}{n}\pow{(\inv{r})}{n}=\pow{r}{1}\pow{r}{n-1}\pow{(\inv{r})}{n-1}\pow{(\inv{r})}{1}=\pow{r}{1}\pow{(\inv{r})}{1}=1$$ および $$\pow{r}{-n}\pow{r}{n}=\pow{(\inv{r})}{n}\pow{r}{n}=\pow{(\inv{r})}{1}\pow{(\inv{r})}{n-1}\pow{r}{n-1}\pow{r}{1}=\pow{(\inv{r})}{1}\pow{r}{1}=1$$ と計算できるので、$\pow{r}{-n}$ は $\pow{r}{n}$ の逆元である。 このとき $\pow{r}{n}$ が$\pow{r}{-n}$ の逆元であることも同時に分かるので、 負の整数 $n$ について(つまり任意の整数 $n$ についても) $\pow{r}{-n}$ が $\pow{r}{n}$ の逆元であることも示されていることに注意されたい。 これを用いると $$\pow{r}{n+m}=\pow{r}{n+m}\pow{r}{-m}\pow{(\inv{r})}{-m}=\pow{r}{n}\pow{(\inv{r})}{-m}=\pow{r}{n}\pow{r}{m}$$ と計算できるので、$r$ が可逆元の場合についても示された。

証明終
定義 13 (可除環の定義)

環 $\ringformal$ が可除環であるとは、

  • $\ring$ の任意の元 $r$ について、$r=0$ でないならば $r$ は可逆である。

を満たすことである。

定義 14 (体の定義)

環 $\ringformal$ が体であるとは、

  • $\ringformal$ は零環でない可換環である。
  • $\ringformal$ は可除環である。すなわち $\ring$ の任意の元 $r$ について、$r=0$ でないならば $r$ は可逆である。

を満たすことである。

注意 15 (可除環、体に関する注意)

可除環や体を定義したが、これらは本稿で述べる「加群論」の視座から眺めると大変よい性質を満たしていることが後に明らかになる。 以下では線形代数を知っていることを前提とし、詳しい定義は後に回して大雑把な概略を述べることにする。なお分かりやすさのために未定義語は括弧で囲った。 まず「体上の加群」とは「ベクトル空間」のことに他ならず、「可除環上の加群」は「ベクトル空間」の一般化と見做せることに注意する。 これは単に定義が形式的に似ているということ以上の意味を持ち、例えば体 $K$ について成り立つ「任意の $K$-ベクトル空間 $V$ について、$K^{\oplus\kappa}$ と $V$ とはベクトル空間として同型であるような基数 $\kappa$ が存在する」という性質は、可除環 $R$ に対して「任意の $R$-加群が自由である」が成り立つという形で一般化される。

しかしながら「ベクトル空間」で成り立っていたことが「可除環上の加群」で常に成り立つわけではない。 例えば体 $K$ について「任意の $K$-ベクトル空間 $V$ について、$V$ の基底の濃度は一定である」という性質が成り立っていたことを思い出すと、可除環 $R$ に対しても「任意の自由 $R$-加群 $M$ について、$R$ の基底の濃度は一定である」という性質(これをIBN性質という)が成り立つことが期待されるが、これは一般には成り立たない。 よって環論の視座から眺めると、可除環のクラスの中でよい振舞いをするものを調べるという問題意識は意味を持つが、この問題意識は歴史的にも環論に於ける基本的で重要な位置を占めていた。重要性については「半単純環」などの他のクラスとの関係や、「環の局所化」と呼ばれる環の構成方法に関する一般論を述べる上で明らかになっていくが、いづれにしてもこの段階で説明することは容易でない。詳しくは<未了>を参照されたい。

環準同型写像

環準同型写像または環の射の形式的な定義は 二つの環の間の写像であって加法、零元、乗法、単位元という四つの構造を保つものである。 二つの環が与えられたときその間にどのような環準同型写像があるかを調べることは両者の構造を比較する一つの方法である。 例えば全単射な環準同型が存在する場合は、全単射な環準同型写像を通して移りあうそれぞれの環の元を同一視することで二つの環を本質的に同じものだと見做すことができ、 一つも環準同型が存在しない場合は関係性が薄いと考えることができる。

定義 16 (環準同型の定義)

$\ring_1$、$\ring_2$ を環とする。$f$ が $\ring_1$ から $\ring_2$ への環準同型写像であるとは、

  1. $f$ は $\ring_1$ から $\ring_2$ への写像である。
  2. $f$ は加法群に関する群準同型である。
  3. $f$ は乗法モノイドに関するモノイド準同型である。

を満たすことである。より明示的に書けば、

  1. $f$ は $\ring_1$ から $\ring_2$ への写像である。
  2. $\ring_1$ の任意の元 $r$、$r'$ について、$f(r+r')=f(r)+f(r')$ が成立する。
  3. $f(0)=0$ が成立する。
  4. $\ring_1$ の任意の元 $r$、$r'$ について、$f(rr')=f(r)f(r')$ が成立する。
  5. $f(1)=1$ が成立する。

を満たすことである。

注意 17 (環準同型の定義に関する注意)
  • $\ring_1$、$\ring_2$ を環とする。写像 $\map{f}{\ring_1}{\ring_2}$ が $\ring_1$ から $\ring_2$ への環準同型写像であることを、環準同型 $\map{f}{\ring_1}{\ring_2}$ や $\ring_1\xrightarrow{f}\ring_2$ と書く。
  • 環準同型写像 $\map{f}{\ring_1}{\ring_2}$ が全単射のとき、$f$ を環同型写像という。
  • $\ring_1$、$\ring_2$ を環とする。$\ring_1$ から $\ring_2$ への環同型写像 $f$ が存在するとき $\ring_1$ と $\ring_2$ とは環同型であるといったり、環として同型であるという。このことを $\ring_1\congasring\ring_2$ や単に $\ring_1\cong\ring_2$ と書く。

<予定>:例を幾つか挿入する。

一つの環準同型写像は二つの環の間の関係を示すものであったが、 例えば $\ring_1\xrightarrow{f}\ring_2$、$\ring_2\xrightarrow{g}\ring_3$ という二つの環準同型写像が与えられたとき、 $\ring_2$ を経由して $\ring_1$ と $\ring_3$ とが比較できると便利である。 実際これは可能で、環準同型写像は写像としての合成で閉じている。 このことを命題の形でまとめると次の通りである。

命題 18 (環準同型の合成)

$\ring_1$、$\ring_2$、$\ring_3$ を環とし、$\map{f}{\ring_1}{\ring_2}$、$\map{g}{\ring_2}{\ring_3}$ を環準同型写像とする。 このとき $f$ と $g$ との写像としての合成 $g\circ f$ は $\ring_1$ から $\ring_3$ への環準同型写像である。

証明

$g\circ f$ が環準同型写像であることを定義に従って示す。 $g\circ f$ が加法を保つことについては、 $\ring_1$ の元 $a$、$b$ を任意にとるとき $$(g\circ f)(a+b)=g(f(a+b))=g(f(a)+f(b))=g(f(a))+g(f(b))=(g\circ f)(a)+(g\circ f)(b)$$ と計算できる。$a$、$b$ の取り方は任意であったから加法を保つことが示された。 $g\circ f$ が零元を保つことについては、 $$(g\circ f)(0)=g(f(0))=g(0)=0$$ と計算できるのでよい。 $g\circ f$ が乗法を保つことについては、 $\ring_1$ の元 $a$、$b$ を任意にとるとき $$(g\circ f)(ab)=g(f(ab))=g(f(a)+f(b))=g(f(a))g(f(b))=(g\circ f)(a)(g\circ f)(b)$$ と計算できる。$a$、$b$ の取り方は任意であったから加法を保つことが示された。 $g\circ f$ が単位元を保つことについては、 $$(g\circ f)(1)=g(f(1))=g(1)=1$$ と計算できるのでよい。以上より $g\circ f$ は環準同型写像であることが示された。

これにより環準同型写像の合成ができるようになったが、 写像の合成が結合的であったことに留意すると環準同型の合成が結合的であることも容易に分かる。 本稿では当分使わないが、ここまでを総合すると環を対象とし、環準同型写像を射とすることで圏を為すことが分かる。

部分環

定義 19 (部分環の定義)

加群

この節では本稿で中心的な役割を果たす環上の加群の定義を与える。 まず素朴で扱いやすい定義を与えよう。


定義 20 (加群)

$\ring$ を環とする。四つ組 $\ordpair{ \module, +, 0, \lact }$ が左 $\ring$-加群であるとは、

  1. 三つ組 $\ordpair{ \module, +, 0 }$ はアーベル群である。
  2. $\map{ \lact }{ \ring\times\module }{ \module }$ は写像である。
  3. $\ring$ の任意の元 $r$、$r'$ と $\module$ の任意の元 $m$ について、$\lact(r+r',m)=\lact(r,m)+\lact(r',m)$ が成立する。
  4. $\ring$ の任意の元 $r$、$r'$ と $\module$ の任意の元 $m$ について、$\lact(rr',m)=\lact(r,\lact(r',m))$ が成立する。
  5. $\module$ の任意の元 $m$ について、$\lact(1,m)=m$ が成立する。
  6. $\ring$ の任意の元 $r$ と $\module$ の任意の元 $m$、$m'$について、$\lact(r,m+m')=\lact(r,m)+\lact(r,m')$ が成立する。

を満たすことである。このとき $\ring$ を加群 $\ordpair{ \module, +, 0, \lact }$ の係数環という。 以下では混乱が生じない限り、左作用$\lact(r,m)$は単に$rm$と略記する。この略記のもとで改めて定義を書くと次の通りである。

  1. 三つ組 $\ordpair{ \module, +, 0 }$ はアーベル群である。
  2. $\map{ \lact }{ \ring\times\module }{ \module }$ は写像である。
  3. $\ring$ の任意の元 $r$、$r'$ と $\module$ の任意の元 $m$ について、$(r+r')m=rm+r'm$ が成立する。
  4. $\ring$ の任意の元 $r$、$r'$ と $\module$ の任意の元 $m$ について、$(rr')m=r(r'm)$ が成立する。
  5. $\module$ の任意の元 $m$ について、$1m=m$ が成立する。
  6. $\ring$ の任意の元 $r$ と $\module$ の任意の元 $m$、$m'$について、$r(m+m')=rm+rm'$ が成立する。

左 $R$-加群は正式には四つ組として定義されるが、混乱が生じない限り構造を省略して単に左 $R$-加群 $M$ という。 $M$ が左 $R$-加群であるとき、$R$ は $M$ の係数環という。

加群は次のような概念の一般化であることが分かり、逆にこれらは加群の例である。

  • 線形空間
  • アーベル群
  • イデアル
  • 線形空間とその上の線形変換の組
  • 群の表現

以下ではこれらの事実を観察する前に、作用による加群の定義に適う射の定義と、構造射による加群の定義およびそれに適う射の定義とを行ない、二つの定義が等価であることを見る。

定義 21 (加群の準同型)

$\ring$ を環とする。$\ordpair{ \module_1, +_1, 0_1, \lact_1 }$、$\ordpair{ \module_2, +_2, 0_2, \lact_2 }$を左 $\ring$-加群とするとき、 $f$ が $\ordpair{ \module_1, +_1, 0_1, \lact_1 }$ から $\ordpair{ \module_2, +_2, 0_2, \lact_2 }$ への左 $\ring$-加群の準同型写像であるとは、

  1. $f$ は $\ordpair{\module_1, +_1, 0_1}$ から $\ordpair{\module_2, +_2, 0_2}$ へのアーベル群の準同型写像である。
  2. $f$ は 環 $\ring$ の作用と可換である。

を満たすことである。より明示的に書くと次の通りである。

  1. $\module_1$ の任意の元 $m$、$n$ について、$f(m +_1 n) = f(m) +_2 f(n)$ が成立する。
  2. $f(0_1)=0_2$ が成立する。
  3. $\module_1$ の任意の元 $m$ と $\ring$ の任意の元 $r$ について、$f( \lact_1(r,m) ) = \lact_2(r,f(m))$ が成立する。

加群の準同型写像は加群の射とも呼ばれる。

加群の準同型写像は合成で閉じており、また恒等写像は加群の準同型写像である。 よって環 $\ring$ を固定するたびに対象を左 $\ring$-加群全体とし、射を左 $\ring$-加群の準同型写像とする圏が定まり、 これを $\Modcat{\ring}$ と書く。


ここまでで加群を左作用によって定義し、その最も基本的な例を観察してきた。 本節の残りでは、加群を構造射によって再定義し、両者の定義が本質的に等価であることを示す。 構造射による定義という見方をすると、加群が環の表現であることが比較的理解しやすくなる他、 複数の係数環が同時に現れるような議論をする際に見通しがよくなることがある。

定義 22 (構造射による加群の定義)

$\ring$ を環とする。四つ組 $\ordpair{ \module, +, 0, \str }$ が左 $\ring$-加群であるとは、

  1. 三つ組 $\ordpair{ \module, +, 0 }$ はアーベル群である。
  2. $\map{\str}{\ring}{\End{\Abelcat}{\module}}$ は環準同型写像である。

を満たすことである。

命題 23 (二つの加群の定義が同値であること)


例示 24 (線型空間)

係数環 $R$ を体とする。このとき $R$-加群を指して $R$-線型空間という。 もし既に $R$-線型空間の定義を知っている場合は、(場合によっては係数環を $\mathbb{R}$ や $\mathbb{C}$ まで更に制限する必要があるやもしれないが)$R$-加群の定義と $R$-線型空間の定義が全く同じものであることを確認されたい。

例示 25 (アーベル群)

係数環 $R$ を有理整数環 $\mathbb{Z}$ とする。このとき $\mathbb{Z}$-加群とアーベル群とは本質的に同じ概念である。

証明の詳細は[展開する]を押してください:

∵) まず $M$ を$\mathbb{Z}$-加群としよう。これは正確には、作用により定義されていると考えるならばアーベル群 $\underline{M}$ と $\mathbb{Z}$ の $\underline{M}$ への作用 $\lact$ の組であり、 作用 $\lact$ を忘却することでアーベル群 $\underline{M}$ が得られる。これを $\Phi(M)$ と書くことにする。 次に $A$ をアーベル群としよう。このとき環 $\mathbb{Z}$ からの環の射は一意的であるから、アーベル群 $A$ のエンド環 $\End{\Abelcat}{A}$ への環の射 $\map{\str}{\mathbb{Z}}{ \End{\Abelcat}{A} }$ は一意的であり、これにより $A$ は構造射により定義された $\mathbb{Z}$-加群となっている。これを$\Psi(A)$ と書くことにする。

これらの対応は互いに逆である。実際、$\Phi(\Psi(A))=\Phi( \ordpair{ A, \str } )=\underline{ \ordpair{ A, \str } }=A$ と計算できるので $\Psi(\Phi(M))=M$ を示せばよく、これは $\Psi(\Phi(M))=\Psi(\underline{M})=\ordpair{ \underline{M}, \str }$ と $\underline{M}$ に入る $\mathbb{Z}$-加群の構造は一意であることから $M=\ordpair{ \underline{M}, \str }$ が得られるのでよい。

例示 26 (イデアル)

任意の環 $R$ について、$R$ の加法部分群 $I$ であって $R$ の元を左から掛ける作用が整合的であるものを $R$ のイデアルという。 これは自然に $R$-加群としての構造を定義することができる。


例示 27 (線型空間とその上の線形変換の組)
例示 28 (群の表現)

この例示でのみ群の表現に関する基本的な用語を知っていると仮定する。

加群の構造射による定義

定義 29 (構造射による加群の定義)

$\ring$ を環とする。四つ組 $\ordpair{ \module, +, 0, \str }$ が左 $\ring$-加群であるとは、

  1. 三つ組 $\ordpair{ \module, +, 0 }$ はアーベル群である。
  2. $\map{\str}{\ring}{\End{\Abelcat}{\module}}$ は環準同型写像である。

を満たすことである。


命題 30 (加群の定義の同値性)

$\ring$ を環とし、三つ組 $\ordpair{ \module, +, 0 }$ をアーベル群とする。二つの集合を $$ \mathcal{X} = \set{ \lact }{ \text{四つ組 $\ordpair{ \module, +, 0, \lact }$ は作用により定義された左 $\ring$-加群である} }$$、 $$ \mathcal{Y} = \set{ \str }{ \text{四つ組 $\ordpair{ \module, +, 0, \str }$ は構造射により定義された左 $\ring$-加群である} }$$ と定義するとき、 \begin{xy} \xymatrix { \mathcal{X}\ar[rr]^\Phi &&\mathcal{Y} && && \\ \lact \ar@{|->}[rr]&&\Phi(\lact)\colon \ring \ar[rr] && \End{\Abelcat}{\module} && \\ && r \ar@{|->}[rr]&& (\Phi(\lact))(r)\colon \module \ar[rr] && \module \\ && && m \ar@{|->}[rr] && \lact(r,m) } \end{xy} \begin{xy} \xymatrix { \mathcal{Y}\ar[rr]^\Psi &&\mathcal{X} && \\ \str \ar@{|->}[rr]&&\Psi(\str)\colon \ring\times\module \ar[rr] && \module \\ && \ordpair{ r,m } \ar@{|->}[rr]&& (\str(r))(m) } \end{xy} と定めると $\Phi$ と $\Psi$ とは互いに逆である。

End環

両側加群

Hom集合に入る両側加群の構造

部分加群と剰余加群

準同型定理

部分加群の為す束

加群の生成

単純加群

加群の構成

核、像、余核

直積、直和

特別な加群のクラス1

自由加群

有限生成加群、有限表示加群、連接加群

直既約加群と直既約分解

極限、余極限

一般の加群の有限生成加群による実現

テンソル積

特別な加群のクラス2

平坦加群

純加群

加群の為す圏 $\Modcat{\ring}$ と森田理論

圏論的な言葉の準備

射影加群、入射加群

生成加群、余生成加群

有限生成射影生成子

森田理論

森田理論が帰結するもの

森田双対

特別な加群:Noether加群とArtin加群

束論的な言葉の準備

有限生成加群再論

半単純加群

台座とJacobson根基

Noether加群

詳しくはNoether加群を参照。

環 $R$ と左 $R$-加群 $M$ について、次の各条件は同値である。 これらの条件を満足する左 $R$-加群 $M$ をNoether加群 (Noetherian module) という。

(i) $M$ の任意の部分加群が有限生成である。
(ii) $M$ の部分加群の上昇列

$$M_1\subset M_2\subset \cdots$$ をとると、$i, j$ が十分大きいとき、必ず $M_i=M_j$ となる。

(iii) $S\neq\emptyset$ が $M$ の部分加群からなる集合とすると、$S$ は必ず包含関係に関する極大元をもつ。つまり、$N\in S$ だが、$N\subset L\in S$ のとき $L=N$ となる $M$ の部分加群 $N$ が存在する。

とくに $M=R$ のとき、$R$ がNoether加群であることは $R$ がNoether環であることと同値である。

Artin加群

組成列

長さ有限加群

Jordan-Hoelderの定理

Hilbertの基底定理

Krull-Schmidt-東屋の定理

発展的な話題

いくつかの話題:環のクラスによる分類

半単純環論、原始環論、半素環論

多元環論と箙の表現論

いくつかの話題:手法による分類

環上の加群のホモロジー代数

局所化の理論と捻れ理論

概念自体の一般化

Krull-Schmidt圏

  1. これは不定元のアイデアを形式的に実装できないということを意味しない。実際、$R$ に属さない集合 $X$ を取り、これを用いて集合論的に実装することも可能である。詳細は多項式のページを参照されたい。しかしながら、環論に於いては実装に依らず共通して成立している環論的性質に注目していくことになるため、本稿では集合論的な実装方法は寧ろ非本質的であると考えて本文では一つの方法を紹介するに留めた。