群論1:群の定義と例

提供: Mathpedia

---工事中---

このページでは、群を定義し、その例を紹介する。

このページからの内容を理解するためには、集合論の初歩について理解していることが必要である。必要な知識は集合論でまとめられている(かっこの付いていない部分を読んでいれば十分である)。

群の定義

群の定義には二項演算の概念が使われる。ここでその二項演算について簡潔に説明しておく。(二項演算については、集合論のかっこが付いた部分に一応説明があるが、ここで必要なのは定義と簡単なイメージのみであるからここで説明してしまう。)

定義 1.1(二項演算)

$X$ を集合とする。直積集合 $X\times X$ から $X$ への写像 $m \ \colon X\times X \to X$ を、$X$ 上の二項演算(binary operator)という。$\square$

素朴な言い方をすれば、二項演算とは「 $X$ の2つの元から $X$ の1つの元を得る規則」である。二項演算の例として、整数2つの足し算や引き算、掛け算などがある。また、二項演算という用語には定義域と終域の形を制限する意味しかなく、写像の具体的な値については一切条件がない。したがって、人工的に複雑な写像を考えたとしても、それが $X\times X$ から $X$ への写像でありさえすれば、二項演算と呼んでしまうのである。

二項演算は、以下の性質を持っている。

  • $X$ の2つの元 $a,b$ から$X$の元 $m(a,b)$ を得たとして、この元と別の元 $c$ からさらに写像 $m$ により $X$ の元 $m(m(a,b),c)$ を得ることができる。(もちろん $m(c,m(a,b))$ も得られるし、さらに $m$ を施すこともできる)

この二項演算を用いて、群を以下で定義する。

定義 1.2(群)

集合 $G$ と、$G$ 上の二項演算 $m \ \colon G\times G\to G$ が与えられていて、以下の条件が成り立つとする。

  • (1) $G$ の任意の元 $a,b,c$ に対して、$m(m(a,b),c)=m(a,m(b,c))$ が成り立つ。
  • (2) $G$ の元 $e$ がただ1つ存在して、$G$ の任意の元 $a$ に対して、$m(e,a)=a$ 、$m(a,e)=a$ が成り立つ。
  • (3) (2)の $e$ についてさらに、$G$ の任意の元 $a$ に対して、$G$ の元 $a'$ がただ1つ存在して、$m(a,a')=e$ 、$m(a',a)=e$ が成り立つ。

このとき、$G$ と $m$ の組 $(G,m)$ を群(group)と言う。あるいは、単に $G$ を群と言ってしまう。$\square$

この定義で課せられている3つの条件は、何の脈略もなく考え出されたものではなく、よく知られた数学的対象がもつ性質を取り出して抽象化したものである。このことを次の例で説明しよう。

例 1.3

$X$ を集合として、$X$ から $X$ 自身への全単射な写像全体の集合を $G$ とおくと、写像の合成をする写像 $m \ \colon G\times G\to G \ ; m(f,g)=f\circ g$ との組 $(G,m)$ は群となる。このことを確かめよう。

Proof.

まず、条件(1)は写像の合成について成り立つ性質である(集合論写像の合成、写像の拡大と制限を参照)からよい。
次に、条件(2)を確かめる。$e$ として $e=\text{id}$ をとれば、恒等写像は「何もしない写像」であったから任意の $a\in G$ に対して $\text{id}\circ a=a$ 、$a\circ\text{id}=a$ となる。また、もう1つの元 $e'$ が同様の条件を満たすなら、$e'=e\circ e'=e$ となるから、同様の条件を満たす $e$ はただ1つである。
最後に、条件(3)を確かめる。与えられた $a\in G$ に対して、$a$ が全単射な写像であることから、$a'$ として $a$ の逆写像 $a'=a^{-1}$ をとれば、逆写像の定義により $a\circ a'=\text{id},a'\circ a=\text{id}$ となる。また、もう1つの元 $b'$ が同様の条件を満たすなら、$b'=\text{id}\circ b'=(a'\circ a)\circ b'=a'\circ(a\circ b')=a'\circ\text{id}=a'$ となるから、同様の条件を満たす $a'$は(各 $a$ に対して)ただ1つである。


前ページ「群論0:導入(対称性の記述)」で考えた「図形 $X$ の合同変換全体の集合」を $G$ とおくと、合同変換の合成をする写像 $m \ \colon G\times G\to G \ ; m(f,g)=f\circ g$ との組 $(G,m)$ は群となる。このことも全く同様にして「確かめる」ことができる(合同変換を定式化した後であれば)。$\square$

この例1.3は、群の最も典型的な例であり、数学の様々な理論において対称性を記述する場面で形を変えて現れる。

例 1.4

($0$ でない実数全体の集合を表す記号 $\mathbb{R}^\times$ を用いる。)$\mathbb{R}^\times$ と、通常の掛け算 $m \ \colon \mathbb{R}^\times\times \mathbb{R}^\times\to \mathbb{R}^\times \ ; m(a,b)=a\cdot b$ の組 $(\mathbb{R}^\times,m)$ は群となる。このことを「確かめる」ためには $\mathbb{R}^\times$ や積の定式化が必要であるが、この定式化は長く、またこのシリーズで考えたい内容を逸脱している。そのため、これらの内容については、読者の四則演算の経験を信じて認めることにする。その代わり、$\mathbb{R}^\times$ は例にのみ用いることにして、このシリーズでの群論の理論の構築には用いない。
また、$\mathbb{R}$ と、通常の足し算 $m \ \colon \mathbb{R}\times \mathbb{R}\to \mathbb{R} \ ;m(a,b)=a+b$ の組 $(G,m)$ は群となる。 $\square$

---例1.4はもうちょっと詳しくする---

次に、群の定義に現れるものを指す用語や記号について説明する。(単に名前や記号を割り当てているだけであり、この部分について深く考える必要はない。)

用語・記号 1.5

  • この先、群の演算 $m$ を何度も行う場面があり、そこで $m(a_1,m(a_2,m(a_3,m(a_4,a_5))))$ などと書いていてはとても読みづらい。そこで、例1.4の掛け算にならって、$m(a,b)$ のことを以後 $a\cdot b$ と書くことにする。演算を表す記号も $m \ \colon G\times G\to G$ と書く代わりに $\cdot \ \colon G\times G\to G$ (ドットが演算を表す、と考える)と書いてしまうことがある。また、この演算を、群のと呼ぶことにする。また、文脈によっては、例1.4の足し算にならって $m(a,b)$ のことを $a+b$ 、演算の記号 $m$ を $+$ と書くこともある。この書き方をするときは、この演算を群のと呼ぶ。(ただし、和とみなすのは後で説明する「可換」という条件も成り立っている場合に限る、という暗黙の了解がある。)
    なお、群の演算 $m$ を積とみなすとき、群の定義における3つの条件は以下のように書くことができる。
    • (1) $G$ の任意の元 $a,b,c$ に対して、$(a\cdot b)\cdot c=a\cdot(b\cdot c)$ が成り立つ。
    • (2) $G$ の元 $e$ がただ1つ存在して、$G$ の任意の元 $a$ に対して、$e\cdot a=a\cdot e=a$ が成り立つ。
    • (3) (2)の $e$ についてさらに、$G$ の任意の元 $a$ に対して、$G$ の元 $a'$ がただ1つ存在して、$a\cdot a'=a'\cdot a=e$ が成り立つ。
  • 定義1.2の(1)の性質を結合法則(associative law)という。
  • 定義1.2の(2)における $e$ を、群 $(G,m)$ の単位元(identity element)という。
    単位元を表す記号として、一般にはよく「 $e$ 」が用いられるが、他にも群の演算 $m$ を積と考える場合は「1」が、和と考える場合は「0」が用いられる。
  • 定義1.2の(3)における $a'$ (各 $a\in G$ を決めるごとにただ1つ定まる)を、$a$ の逆元(inverse element)という。
    群の演算 $m$ を積と考える場合は「 $a^{-1}$ 」、和と考える場合は「 $-a$ 」と書く。

定義 1.6(可換群)

$(G,m)$ を群とする。$G$ の元 $x,y$ が可換(commutative)であるとは、$x\cdot y=y\cdot x$ が成り立つことを言う。$(G,m)$ が可換群(commutative group)またはアーベル群(abelian group)であるとは、$G$ の任意の2元 $x,y$ が可換であることを言う。$\square$

$(G,m)$ が可換群であるときに限り、$G$ の積を和と考えることがある。どちらを使うかは単に呼び方の違いであって、論理的な違いはない。

定義についての説明の最後として、数学の基礎に関わる細かい補足をいくつか述べておく。これらは読まなくても先の話を理解するのに影響はない。

補足 1.7

典型的な数学の議論は、集合論と述語論理という体系を基礎にして行われる。(そうする動機としてラッセルのパラドックスが挙げられる。)上の定義も例にもれず、集合論と述語論理の言葉を用いて書かれている。(1)(2)(3)の条件は、日本語の入った文章で書かれているが、実はこれらは述語論理において「論理式」と呼ばれている記号列にうまく翻訳できるように書かれている。それぞれの条件を記号列で表すと、以下のようになる。

  • (1) $\forall a,b,c\in G \quad (a\cdot b)\cdot c=a\cdot(b\cdot c)$
  • (2) $\exists !e\in G \ \forall a\in G \quad e\cdot a=a\cdot e=a$
  • (3) $\forall a\in G \ \exists !a'\in G \quad a\cdot a'=a'\cdot a=e$

また、例1.3で構成した組 $(G,m)$ が群であることを証明したが、この証明も述語論理における「公理」と「推論規則」とよばれるものから作られるフォーマルな「証明」にうまく翻訳できるように書かれている。ただし、こちらは実際に「証明」を書き下すと長いため書き下すことはしない。その代わり、与えられた「論理式(またはそれを日本語で書いたもの)」の「証明」として正しいものを得るための考え方の定石を、例1.3の場合について以下で説明する。

Proof.

  • (2) まず、条件の最初が「〜が(ただ1つ)存在して〜」の形であるから、$G$ の元 $e$ を、これ以降の主張が成り立つようにうまく取らなければならない。今回は、$e=\text{id}$ とするとよい。この $e$ について、以降の主張は「 $G$ の任意の元 $a$ に対して $\text{id}\circ a=a$ 、$a\circ\text{id}=a$ 」となる。この主張の最初は「任意の〜に対して〜」の形であるから、今度は $G$ の元 $a$ が任意に取られたとして、その $a$ についてそれ以降の主張が成り立つことを示さなければならない。今回は $a$ が任意に取られたとして、その $a$ について「 $\text{id}\circ a=a$ 、$a\circ\text{id}=a$ 」を示さなければならない。あとはこの等式を、写像の定義などを参照して証明すればよい。なお、これは明らかに成り立つ。($\text{id}$ は何もしない写像であった。)
    さらに、このような $e$ が「ただ1つしかない」ことも示さなければならない。この「条件を満たす $e$ がただ1つ」という言葉は、論理的には「条件を満たす $e$ が2つ(相異なるとは限らない)、$e_1,e_2$ と与えられたと仮定すると、$e_1=e_2$ が成立する」という主張を表す。「条件」の指す等式も明示して改めて書き直せば、示すべきことは「 $G$ の任意の元 $e_1,e_2$ に対して、(( $G$ の任意の元 $a$ に対して $e_1\cdot a=a\cdot e_1=a,e_2\cdot a=a\cdot e_2=a$ ) ならば $e_1=e_2$ )が成り立つ」となる。この主張の証明も、$e_1,e_2$ が任意に取られたとして、以降の主張「( $G$ の任意の元 $a$ に対して $e_1\cdot a=a\cdot e_1=a,e_2\cdot a=a\cdot e_2=a$ ) ならば $e_1=e_2$ 」を示さなければならない。すると次に考えるべきことは、「任意の〜に対して〜」の形の主張を用いて等式 $e_1=e_2$ を示すことになるが、今度は証明に役立つような $G$ の元 $a$ をこちらが任意にとってよい。今回は、$a=e_1$ と $a=e_2$ の場合の2種類の等式が役立つ。 これらを代入して得られる等式4つのうち、役立つ2つの等式は $e_2\cdot e_1=e_1\cdot e_2=e_1,e_1\cdot e_2=e_2\cdot e_1=e_2$ である。これらの等式から、$e_1=e_1\cdot e_2=e_2$ となって、目的の等式 $e_1=e_2$ が得られた。これで(2)が成り立つことが証明できたことになる。
  • (3) まず、$G$ の元 $a$ が任意に取られたとする。この $a$ に対し、まず条件を満たす $a'$ が存在することを示そう。今回は、$a$ が全単射であることを用いて、$a'$ を $a$ の逆写像 $a'=a^{-1}$ とするとよい。この $a'$ について、以降の主張は「 $a\circ a^{-1}=a^{-1}\circ a=\text{id}$ 」となり、これは明らかに成り立つ。次に、このような $a'$ がただ1つであることを示そう。$G$ の元 $a',b'$ が任意に取られたとして、「( $a\cdot a'=a'\cdot a=e,a\cdot b'=b'\cdot a=e$ )ならば $a'=b'$ 」を示せばよい。これらの等式と結合法則と単位元 $e$ の性質から、$b'=\text{id}\circ b'=(a'\circ a)\circ b'=a'\circ(a\circ b')=a'\circ\text{id}=a'$ として、目的の等式 $a'=b'$ が得られた。これで(3)が成り立つことが証明できたことになる。

補足 1.8

組 $(G,m)$ を群と言う、という定義をしたが、積 $m$ が何であるか文脈から明らかである場合や、$m$ に注目しない場合は、単に $G$ を群と言ってしまうことが多々ある。多くの場合議論の中心は $G$ やその元であるからである。$G$ を群と呼ぶ呼び方は楽であり、今後このシリーズでも用いていくが、一方問題点もある。それは、群 $(G,m)$ について、集合 $G$ だけが与えられても、積 $m$ は復元できないという点である。(つまり、異なる演算 $m_1,m_2$ が存在して $(G,m_1),(G,m_2)$ がどちらも群になる、という例がある)この点については、「 $G$ を群とする。」などの文を書くときは、その時点で同時に $G$ 上の積 $m$ も指定していると考える、という暗黙の了解がある。

補足 1.9

群の定義には文献によって細かい部分の違いがある。中には条件の見た目が大きく異なるものもあるが、いずれも同様の数学的対象を定める。(つまり、1つの定義による群について、自然にどの他の定義による群もできて、その逆もできる。)

---ここに別の定義を書く---

群の例

---この先もう少し例を述べる予定( $S_n$、正多面体群、$\mathbb{Z}/n\mathbb{Z}$あたり)---