Banach環とC*-環のスペクトル理論

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本稿においては、Banach環と$C^*$-環のスペクトルに関する基本的なことを述べる。特に正則汎関数計算(holomorphic functional calculus)、Gelfand変換、連続汎関数計算(continuous functional calculus)などについて述べる。(なお、Hilbert空間上の作用素論8においてBorel汎関数計算(Borel functional calculus)について論じている。)本稿では、多元環、$*$-環(速習「線形空間論」定義1.4)、Banach環、$C^*$-環(位相線形空間1:ノルムと内積定義1.4)と言えば、断ることなく $\mathbb{C}$ 上のものを指すこととする。また単位的なBanach環(位相線形空間1:ノルムと内積定義1.4)に関してはその単位元のノルムは断ることなく $1$ とする。 $\mathbb{N}=\{1,2,3,\ldots\}$、$\mathbb{Z}_+=\{0,1,2,3,\ldots\}$ とする。

1. 単位的Banach環の元のスペクトルの定義と基本的事実

定義1.1(単位的多元環の可逆元全体 ${\rm GL}(\mathcal{A})$)

$\mathcal{A}$ を単位的Banach環とする。$A\in \mathcal{A}$ で乗法逆元 $A^{-1}\in\mathcal{A}$ を持つものを $\mathcal{A}$ の可逆元と言う。そして $\mathcal{A}$ の可逆元全体を ${\rm GL}( \mathcal{A})$ と表す。

命題1.2(Neumann級数)

$\mathcal{A}$ を単位的Banach環とする。$A\in\mathcal{A}$ が $\lVert A\rVert<1$ を満たすならば、$\sum_{n\in\mathbb{Z}_+}A^n$ は絶対収束(位相線形空間1:ノルムと内積定義5.5)する。そして、 $$ 1-A\in{\rm GL}(\mathcal{A}),\quad(1-A)^{-1}=\sum_{n\in\mathbb{Z}_+}A^n $$ が成り立つ。

Proof.

$$ \sum_{n\in\mathbb{Z}_+}\lVert A^n\rVert\leq\sum_{n\in\mathbb{Z}_+}\lVert A\rVert^n=\frac{1}{1-\lVert A\rVert}<\infty $$ であるので、$\sum_{n\in\mathbb{Z}_+}A^n$ は絶対収束する。そして、 $$ (1-A)\sum_{n\in\mathbb{Z}_+}A^n=\left(\sum_{n\in\mathbb{Z}_+}A^n\right)(1-A)=\sum_{n\in\mathbb{Z}_+}A^n-\sum_{n\in\mathbb{N}}A^n=1 $$ であるから $\sum_{n\in\mathbb{Z}_+}A^n=(1-A)^{-1}$ である。

命題1.3(単位的Banach環の可逆元全体 ${\rm GL}(\mathcal{A})$ は開集合)

$\mathcal{A}$ を単位的Banach環とする。$\mathcal{A}$ の可逆元全体 ${\rm GL}(\mathcal{A})$ は $\mathcal{A}$ の開集合である。

Proof.

任意の $A\in {\rm GL}(\mathcal{A})$ を取る。$\lVert B-A\rVert<\frac{1}{\lVert A^{-1}\rVert}$ なる任意の $B\in\mathcal{A}$ に対し、 $$ \lVert A^{-1}(A-B)\rVert\leq \lVert A^{-1}\rVert\lVert A-B\rVert<1 $$ であるから、命題1.2より $1-A^{-1}(A-B)\in {\rm GL}(\mathcal{A})$ である。よって、 $$ B=A-(A-B)=A(1-A^{-1}(A-B))\in {\rm GL}(\mathcal{A}) $$ である。これより $A$ を中心とする半径 $\frac{1}{\lVert A^{-1}\rVert}$ の $\mathcal{A}$ の開球は ${\rm GL}(\mathcal{A})$ に含まれるので ${\rm GL}(\mathcal{A})$ は $\mathcal{A}$ の開集合である。

命題1.4(逆元を取る演算の連続性)

単位的Banach環 $\mathcal{A}$ に対し、 $$ {\rm GL}(\mathcal{A})\ni A\mapsto A^{-1}\in{\rm GL}(\mathcal{A})\quad\quad(*) $$ は同相写像である。

Proof.

$(*)$ の逆写像は $(*)$ 自身であるから $(*)$ が連続であることを示せばよい。任意の $A_0\in{\rm GL}(\mathcal{A})$ を取り $A_0$ における連続性を示す。$\lVert A-A_0\rVert<\frac{1}{2\lVert A_0^{-1}\rVert}$ を満たす任意の $A\in {\rm GL}(\mathcal{A})$ を取る。 $$ \lVert A^{-1}-A_0^{-1}\rVert\leq \lVert A_0^{-1}\rVert\lVert A_0A^{-1}-1\rVert\quad\quad(**) $$ の右辺の評価を考える。 $$ AA_0^{-1}=(A_0-(A_0-A))A_0^{-1}=1-(A_0-A)A_0^{-1} $$ であり、 $$ \lVert(A_0-A)A_0^{-1}\rVert\leq\lVert A_0-A\rVert\lVert A_0^{-1}\rVert<\frac{1}{2}\quad\quad(***) $$ であるから、命題1.2より、 $$ A_0A^{-1}=(AA_0^{-1})^{-1}=(1-(A_0-A)A_0^{-1})^{-1}=\sum_{n\in\mathbb{Z}_+}((A_0-A)A_0^{-1})^n $$ である。よって、 $$ A_0A^{-1}-1=\sum_{n\in\mathbb{N}}((A_0-A)A_0^{-1})^n $$ であるから $(***)$ より、 $$ \begin{aligned} \lVert A_0A^{-1}-1\rVert&\leq\sum_{n\in\mathbb{N}}\lVert(A_0-A)A_0^{-1}\rVert^n =\frac{\lVert(A_0-A)A_0^{-1}\rVert}{1-\lVert(A_0-A)A_0^{-1}\rVert}\leq2\lVert(A_0-A)A_0^{-1}\rVert\\ &\leq 2\lVert A_0^{-1}\rVert\lVert A_0-A\rVert \end{aligned} $$ である。よって $(**)$ より、 $$ \lVert A^{-1}-A_0^{-1}\rVert\leq \lVert A_0^{-1}\rVert\lVert A_0A^{-1}-1\rvert\leq2\lVert A_0^{-1}\rVert^2\lVert A_0-A\rVert $$ となる。これより $\lim_{A\rightarrow A_0}\lVert A^{-1}-A_0^{-1}\rVert=0$ であるから $(*)$ は連続である。

定義1.5(単位的Banach環のスペクトルとレゾルベント集合)

$\mathcal{A}$ を単位的Banach環とする。任意の $A\in \mathcal{A}$ に対し、 $$ \sigma(A)\colon=\{\lambda\in\mathbb{C}:\lambda-A\notin {\rm GL}(\mathcal{A})\} $$ を $A$ のスペクトルと言う。また $A$ のスペクトルの $\mathbb{C}$ における補集合 $$ \rho(A)\colon=\mathbb{C}\backslash \sigma(A)=\{\lambda\in\mathbb{C}:\lambda-A\in {\rm GL}(\mathcal{A})\} $$ を $A$ のレゾルベント集合と言う。

命題1.6(単位的Banach環の元のレゾルベント集合は開集合)

$\mathcal{A}$ を単位的Banach環とする。任意の $A\in\mathcal{A}$ に対し $A$ のレゾルベント集合 $\rho(A)$ は $\mathbb{C}$ の開集合である。

Proof.

$\rho(A)$ は連続写像 $$ \mathbb{C}\ni \lambda\mapsto \lambda-A\in \mathcal{A} $$ による ${\rm GL}(A)$ の逆像であり、命題1.3より ${\rm GL}(\mathcal{A})$ は $\mathcal{A}$ の開集合であるから、$\rho(A)$ は $\mathbb{C}$ の開集合である。

命題1.7(レゾルベント等式)

$\mathcal{A}$ を単位的Banach環とする。任意の $\lambda_0,\lambda\in\rho(A)$ に対し、 $$ (\lambda-A)^{-1}-(\lambda_0-A)^{-1}=(\lambda_0-\lambda)(\lambda-A)^{-1}(\lambda_0-A)^{-1} $$ が成り立つ。そして、 $$ \rho(A)\ni \lambda\mapsto(\lambda-A)^{-1}\in \mathcal{A}\quad\quad(*) $$ はBanach空間値正則関数(複素解析の初歩定義1.4)である。

Proof.

任意の $\lambda_0\in \rho(A)$ に対し、 $$ \begin{aligned} (\lambda-A)^{-1}-(\lambda_0-A)^{-1}&=(\lambda-A)^{-1}\{(\lambda_0-A)-(\lambda-A)\}(\lambda_0-A)^{-1}\\ &=(\lambda_0-\lambda)(\lambda-A)^{-1}(\lambda_0-A)^{-1} \end{aligned} $$ である。これより、 $$ \frac{(\lambda-A)^{-1}-(\lambda_0-A)^{-1}}{\lambda-\lambda_0}=-(\lambda-A)^{-1}(\lambda_0-A)^{-1}\quad(\forall\lambda\in \rho(A)\backslash\{\lambda_0\}) $$ であり、命題1.4より、 $$ \rho(A)\ni \lambda\mapsto-(\lambda-A)^{-1}(\lambda_0-A)^{-1}\in \mathcal{A}, $$ $$ \rho(A)\ni \lambda\mapsto-(\lambda-A)^{-2}\in \mathcal{A} $$ は連続であるから、$(*)$ はBanach空間値正則関数である。

命題1.8(単位的Banach環の元のスペクトルは非空)

$\mathcal{A}\neq\{0\}$ を単位的Banach環とする。任意の $A\in \mathcal{A}$ に対し $\sigma(A)\neq\emptyset$ である。

Proof.

ある $A\in \mathcal{A}$ に対し $\sigma(A)=\emptyset$ であると仮定して矛盾を導く。このとき $\rho(A)=\mathbb{C}$ であり、命題1.7より、 $$ \mathbb{C}\ni\lambda\mapsto (\lambda-A)^{-1}\in \mathcal{A}\quad\quad(*) $$ はBanach空間値整関数である。また命題1.4より、 $$ \lVert(\lambda-A)^{-1}\rVert=\lvert\lambda\rvert^{-1}\lVert(1-\lambda^{-1}A)^{-1}\rVert\rightarrow0\quad(\lvert\lambda\rvert\rightarrow\infty)\quad\quad(**) $$ であるから $(*)$ は無限遠で消える連続関数なので有界である。よってLiouvilleの定理(複素解析の初歩注意9.5)と $(**)$ より $(*)$ は恒等的に $0$ である。しかし $\mathcal{A}\neq\{0\}$ であるから $0$ は可逆元ではないので矛盾する。

定義1.9(スペクトル半径)

$\mathcal{A}$ を単位的Banach環とする。任意の $A\in \mathcal{A}$ に対し、 $$ {\rm spr}(A)\colon=\sup\{\lvert\lambda\rvert:\lambda\in\sigma(A)\} $$ を $A$ のスペクトル半径と言う。

命題1.10(単位的Banach環の元のスペクトル半径はノルム以下)

$\mathcal{A}$ を単位的Banach環とする。任意の $A\in \mathcal{A}$ に対し ${\rm spr}(A)\leq \lVert A\rVert$ が成り立つ。

Proof.

$\lVert A\rVert<\lvert\lambda\rvert$ を満たす任意の $\lambda\in\mathbb{C}$ に対し $\lVert \lambda^{-1}A\rVert<1$ であるから、命題1.2より $\lambda-A=\lambda(1-\lambda^{-1}A)\in {\rm GL}(\mathcal{A})$、したがって $\lambda\notin \sigma(A)$ である。よって 任意の $\lambda\in \sigma(A)$ に対し $\lvert\lambda\rvert\leq \lVert A\rVert$ であるから ${\rm spr}(A)\leq \lVert A\rVert$ である。

系1.11(単位的Banach環の元のスペクトルは空でないコンパクト集合)

$\mathcal{A}$ を単位的Banach環とする。このとき任意の $A\in \mathcal{A}$ に対し $\sigma(A)$ は空でないコンパクト集合である。

Proof.

$\sigma(A)$ が空でないことは命題1.8による。命題1.6命題1.10より $\sigma(A)$ は $\mathbb{C}$ の有界閉集合であるからコンパクトである。

2. 正則汎関数計算(holomorphic functional calculus)

補題2.1

$\Phi$ を $\mathbb{C}$ の長さが正の線分(複素解析の初歩定義4.1)からなる空でない有限集合とし、任意の $z\in \mathbb{C}$ に対し $z$ を始点とする $\Phi$ の元の個数と $z$ を終点とする $\Phi$ の元の個数が一致するとする。このとき $\Phi$ に属する全ての線分の和はサイクル(閉路の和、複素解析の初歩定義3.1)である。

Proof.

今、互いに異なる $c_1,\ldots,c_m\in \Phi$ で、各 $j\in\{1,\ldots,m-1\}$ に対し $c_j$ の終点と $c_{j+1}$ の始点が一致するようなものが取れているとする。もし $c_m$ の終点が $c_1$ の始点と一致しないならば、$\{c_1,\ldots,c_m\}$ の元のうち終点が $c_m$ の終点と一致するものの個数は、$\{c_1,\ldots,c_m\}$ の元のうち始点が $c_m$ の終点と一致するものの個数より一個多い。よって仮定より $c_{m+1}\in \Phi\backslash \{c_1,\ldots,c_m\}$ で、始点が $c_m$ の終点と一致するものが取れる。もし $c_{m+1}$ の終点と $c_1$ の始点が一致しないならば、$\{c_1,\ldots,c_{m+1}\}$ のうち終点が $c_{m+1}$ の終点と一致するものの個数は、$\{c_1,\ldots,c_{m+1}\}$ のうち始点が $c_{m+1}$ の終点と一致するものの個数より一個多い。よって仮定より $c_{m+2}\in \Phi\backslash \{c_1,\ldots,c_{m+1}\}$ で始点が $c_{m+1}$ の終点と一致するものが取れる。同じことを繰り返せば、$\Phi$ が有限集合であることから、最終的に互いに異なる $c_1,\ldots,c_m,c_{m+1},\ldots,c_{m'}\in \Phi$ で各 $j\in\{1,\ldots,m'-1\}$ に対し $c_j$ の終点と $c_{j+1}$ の始点が一致し、$c_{m'}$ の終点と $c_1$ の始点が一致するようなものができる。よってこのとき、 $$ c_1+\ldots+c_{m'} $$ は閉路である。今、この閉路を構成する互いに異なる $\Phi$ の元 $c_1,\ldots,c_{m'}$ を改めて $c_{1,1},c_{1,2}\ldots,c_{1,m(1)}$ と表し、 $$ \Phi_1\colon=\Phi\backslash\{c_{1,1},\ldots,c_{1,m(1)}\} $$ とおく。もし $\Phi_1\neq\emptyset$ ならば、$c_{1,1}+\ldots+c_{1,m(1)}$ が閉路であることから、任意の $z\in \mathbb{C}$ に対し $z$ を始点とする $\Phi_1$ の元の個数と $z$ を終点とする $\Phi_1$ の元の個数は一致する。 よって上と全く同様にして互いに異なる $c_{2,1},c_{2,2},\ldots,c_{2,m(2)}\in \Phi_1$ で、 $c_{2,1}+\ldots+c_{2,m(2)}$ が閉路となるものが取れる。 $$ \Phi_2\colon=\Phi_1\backslash \{c_{2,1},\ldots,c_{2,m(2)}\} $$ とおき、$\Phi_2\neq\emptyset$ ならば同様に閉路を構成する互いに異なる線分を $\Phi_2$ から取り、それらを除いたものを $\Phi_3$ とおく。この操作を続けて行けば、最終的に、 $$ \Phi_k=\Phi_{k-1}\backslash\{c_{k,1},\ldots,c_{k,m(k)}\}=\emptyset $$ となる。このとき、 $$ \Phi=\{c_{1,1},\ldots,c_{1,m(1)}\}\cup\ldots\cup\{c_{k,1},\ldots,c_{k,m(k)}\} $$ であり、$\Phi$ に属する全ての線分の和は $k$ 個の閉路の和 $$ (c_{1,1}+\ldots+c_{1,m(1)})+\ldots+(c_{k,1}+\ldots+c_{k,m(k)}) $$ である。

定理2.2(基本定理)

$K,V$ をそれぞれ $\mathbb{C}$ のコンパクト集合と開集合とし、$K\subset V$ であるとする。このとき $\mathbb{C}$ のサイクル $c$(複素解析の初歩定義3.1)で、次の条件を満たすものが存在する。

  • $(1)$ $c^*\subset V\backslash K$.
  • $(2)$ ${\rm Ind}_c(z)\in \{0,1\}$ $(\forall z\in \mathbb{C}\backslash c^*)$.
  • $(3)$ ${\rm Ind}_c(z)=1$ $(\forall z\in K)$.
  • $(4)$ ${\rm Ind}_c(z)=0$ $(\forall z\in \mathbb{C}\backslash V)$.

ただし $c^*$ は $c$ の跡(複素解析の初歩定義3.1)であり、 ${\rm Ind}_c(z)$ は $z\in \mathbb{C}\backslash c^*$ における $c$ の回転数(複素解析の初歩定義5.2)である。

Proof.

$K\subset V$ で $K$ はコンパクト集合、$V$ は開集合であるから、十分小さい $\delta\in (0,\infty)$ を取れば、 $$ d(K,\text{ }\mathbb{C}\backslash V)>\sqrt{2}\delta\quad\quad(*) $$ となる(超関数の定義と基本操作命題2.2の $(4)$ を参照)。そこで複素平面 $\mathbb{C}$ において各 $n\in \mathbb{N}$ に対し実軸からの距離が $n\delta$ の直線と虚軸からの距離が $n\delta$ の直線を引く。こうして複素平面に間隔 $\delta$ の格子を作る。今、その格子がなす一辺の長さが $\delta$ の正方形(辺と内部)のうち、$K$ と交わるものを全て取り、それらを $Q_1,\ldots,Q_m$ とする。このとき各 $Q_j$ の直径は $\sqrt{2}\delta$ であるので $(*)$ より、 $$ K\subset \bigcup_{j=1}^{m}Q_j\subset V\quad\quad(**) $$ が成り立つ。今、各 $Q_j$ に対し $4$ つの線分(複素解析の初歩定義4.1)$c_{j,1},c_{j,2},c_{j,3},c_{j,4}$ で、その跡がそれぞれ $Q_j$ の辺であり、 $$ c_j\colon=c_{j,1}+c_{j,2}+c_{j,3}+c_{j,4} $$ が $Q_j$ の周を反時計周りに周る閉路であるものを取る。このとき $\mathbb{C}$ の線分からなる有限集合 $$ \widetilde{\Phi}\colon=\{c_{j,k}:j\in\{1,\ldots,m\},\text{ }k\in\{1,2,3,4\}\} $$ は明らかに補題2.1の条件を満たす。$\widetilde{\Phi}$ の元で跡が $K$ と交わるもの全てを除いたものを $\Phi$ とおくと $\Phi$ も補題2.1の条件を満たす。なぜなら $\widetilde{\Phi}$ の元で跡が $K$ と交わるものに対し、それと跡が等しく向きが逆の $\widetilde{\Phi}$ の元が存在するからである。そこで $\Phi$ の全ての元の和からなるサイクルを $c$ とおき、$\widetilde{\Phi}$ の全ての元の和からなるサイクルを、 $$ \widetilde{c}\colon=\sum_{j=1}^{m}\sum_{k=1}^{4}c_{j,k}=\sum_{j=1}^{m}c_j $$ とおく。明らかに $c$ の跡 $c^*$ は $V\backslash K$ に含まれるので $(1)$ が成り立つ。各 $j\in \{1,\ldots,m\}$ に対し、 $$ {\rm Ind}_{c_j}(z)=\left\{\begin{array}{cl}0&(z\in\mathbb{C}\backslash Q_j)\\1&(z\in Q_j^{\circ})\end{array}\right. $$ (複素解析の初歩命題5.4とCauchyの積分定理(系7.5)による。)であるから、任意の $z\in \mathbb{C}\backslash \widetilde{c}^*=(\mathbb{C}\backslash\bigcup_{j=1}^{m}Q_j)\cup\bigcup_{j=1}^{m}Q_j^{\circ}$ に対し、 $$ {\rm Ind}_c(z)={\rm Ind}_{\widetilde{c}}(z)=\left\{\begin{array}{cl}0&(z\in\mathbb{C}\backslash \bigcup_{j=1}^{m}Q_j)\\ 1&(z\in \bigcup_{j=1}^{m}Q_j^{\circ})\end{array}\right.\quad\quad(***) $$ である。また任意の $z\in \widetilde{c}^*\backslash c^*$ に対しある $j\in\{1,\ldots,m\}$ が取れて $z\in \partial Q_j$ であり、$z$ に収束する $Q_j^{\circ}$ の列 $(z_n)_{n\in \mathbb{N}}$ を取れば、回転数の連続性(複素解析の初歩命題5.3)より、 $$ {\rm Ind}_c(z)=\lim_{n\rightarrow\infty}{\rm Ind}_{c}(z_n)=\lim_{n\rightarrow\infty}{\rm Ind}_{\widetilde{c}}(z_n)=1 $$ である。よって、 $$ {\rm Ind}_c(z)=1\quad(\forall z\in \widetilde{c}^*\backslash c^*)\quad\quad(****) $$ である。$(***), (****)$ より任意の $z\in \mathbb{C}\backslash c^*=\mathbb{C}\backslash \widetilde{c}^*\cup \widetilde{c}^*\backslash c^*$ に対し ${\rm Ind}_c(z)$ は $0$ か $1$ なので $(2)$ が成り立つ。任意の $z\in K$ に対し $(**)$ より $z\in Q_j$ なる $j\in \{1,\ldots,m\}$ が取れる。もし $z\in \partial Q_j$ ならば $z\in \widetilde{c}^*\backslash c^*$ であるから $(****)$ より ${\rm Ind}_c(z) =1$ である。またもし $z\in Q_j^{\circ}$ ならば $(***)$ より ${\rm Ind}_c(z)={\rm Ind}_{\widetilde{c}}(z)=1$ である。よって $(3)$ が成り立つ。任意の $z\in \mathbb{C}\backslash V$ に対し $(**)$ より $z\in \mathbb{C}\backslash \bigcup_{j=1}^{n}Q_j$ であるから $(***)$ より ${\rm Ind}_c(z)={\rm Ind}_{\widetilde{c}}(z)=0$ である。よって $(4)$ が成り立つ。

定義2.3($K\subset V\subset\mathbb{C}$ なるコンパクト集合 $K$ と開集合 $V$ に対し $K\prec c\prec V$ なるサイクル $c$)

$K,V$ をそれぞれ $\mathbb{C}$ のコンパクト集合と開集合とし、$K\subset V$ であるとする。$\mathbb{C}$ のサイクル $c$ が定理2.2の条件 $(1)\sim(4)$ を満たすことを、 $$ K\prec c\prec V $$ と表すこととする。

定義2.4($\mathcal{H}(K)$)

$K$ を $\mathbb{C}$ の空でないコンパクト集合とする。$K$ を含む $\mathbb{C}$ のある開集合上で定義された正則関数全体を $\mathcal{H}(K)$ と表す。そして任意の $f\in \mathcal{H}(K)$ に対し $f$ の定義域を $D(f)$($K$ を含む開集合)と表す。任意の $f,g\in \mathcal{H}(K)$、任意の $\alpha\in \mathbb{C}$ に対し、$f+g,\alpha f,fg\in \mathcal{H}(K)$ を、 $$ \begin{aligned} f+g&:D(f+g)\colon=D(f)\cap D(g)\ni z\mapsto f(z)+g(z)\in\mathbb{C},\\ \alpha f&:D(\alpha f)\colon=D(f)\ni z\mapsto \alpha f(z)\in\mathbb{C},\\ fg&:D(fg)\colon=D(f)\cap D(g)\ni z\mapsto f(z)g(z)\in\mathbb{C} \end{aligned} $$ と定義する。

定義2.5($H(K)$)

$K\subset \mathbb{C}$ を空でないコンパクト集合とする。 $f,g\in \mathcal{H}(K)$ に対し、$K$ を含む開集合 $U\subset D(f)\cap D(g)$ で $f(z)=g(z)$ $(\forall z\in U)$ を満たすものが存在するとき $f\sim g$ と表すこととする。このとき $\sim$ は 明らかに $\mathcal{H}(K)$ における同値関係である。そこでこの同値関係による商集合と商写像を、 $$ H(K)\colon=\mathcal{H}(K)/\sim,\quad \mathcal{H}\ni f\mapsto [f]\in H(K) $$ と表す。そして任意の $[f],[g]\in H(K)$、任意の $\alpha\in\mathbb{C}$ に対し、 $$ [f]+[g]\colon=[f+g],\quad \alpha[f]\colon=[\alpha f],\quad [f][g]\colon=[fg] $$ と定義(well-defined)する。 $H(K)$ はこれらを加法、スカラー倍、乗法として $\mathbb{C}$ 上の可換な単位的多元環をなす。

定義2.6(正則汎関数計算)

$\mathcal{A}\neq\{0\}$ を単位的多元環とし、任意の $A\in \mathcal{A}$ を取り固定する。$A$ のスペクトル $\sigma(A)$ は $\mathbb{C}$ の空でないコンパクト集合である(系1.11)。そこで $H(\sigma(A))$(定義2.5)を考え、写像 $$ H(\sigma(A))\ni [f]\mapsto [f](A)\in \mathcal{A}\quad\quad(*) $$ を次のように定義する。すなわち、任意の $[f]\in H(\sigma(A))$ に対し、$[f]$ の代表元 $f:D(f)\rightarrow\mathbb{C}$ と $\sigma(A)\prec c\prec D(f)$ を満たすサイクル $c$(定義2.3)を取り、Banach空間値正則関数 $$ D(f)\backslash \sigma(A)\ni \lambda\mapsto f(\lambda)(\lambda-A)^{-1}\in\mathcal{A} $$(命題1.7を参照)の複素線積分(複素解析の初歩定義9.2)によって、 $$ [f](A)\colon=\frac{1}{2\pi i}\int_{c}f(\lambda)(\lambda-A)^{-1}d\lambda\in\mathcal{A} $$ と定義する。このとき次の命題2.7により写像 $(*)$ はwell-definedである。$(*)$ を $A$ に関する正則汎関数計算と言う。

命題2.7(正則汎関数計算がwell-definedであること)

定義2.6における写像 $(*)$ はwell-definedである。

Proof.

任意の $[f]\in H(\sigma(A))$ に対し $[f]$ の任意の代表元 $f_1,f_2\in \mathcal{H}(\sigma(A))$ と $\sigma(A)\prec c_1\prec D(f_1)$、$\sigma(A)\prec c_2\prec D(f_2)$(定義2.3)を満たす任意のサイクル $c_1,c_2$ を取る。このとき、 $$ \frac{1}{2\pi i}\int_{c_1}f_1(\lambda)(\lambda-A)^{-1}d\lambda=\frac{1}{2\pi i}\int_{c_2}f_2(\lambda)(\lambda-A)^{-1}d\lambda\quad\quad(*) $$ が成り立つことを示せばよい。$f_1\sim f_2$ なので $\sigma(A)\subset U\subset D(f_1)\cap D(f_2)$ なる $\mathbb{C}$ の開集合 $U$ で $f_1(z)=f_2(z)$ $(\forall z\in U)$ を満たすものが取れる。そこで $\sigma(A)\prec c\prec U$ を満たすサイクル $c$ を取る。このとき各 $j\in\{1,2\}$ に対しサイクル $c_j-c$ は跡が $D(f_j)\backslash \sigma(A)$ に含まれ、 $$ {\rm Ind}_{c_j-c}(z)={\rm Ind}_{c_j}(z)-{\rm Ind}_c(z)=0\quad(j=1,2,\text{ }\forall z\in \mathbb{C}:z\notin D(f_j)\backslash \sigma(A))\quad\quad(**) $$ である。そして $D(f_j)\backslash \sigma(A)\ni \lambda\mapsto f_j(\lambda)(\lambda-A)^{-1}\in\mathcal{A}$ はBanach空間値正則関数であるから、$(**)$ とCauchyの積分定理(複素解析の初歩注意9.5)より、 $$ 0=\int_{c_j-c}f_j(\lambda)(\lambda-A)^{-1}d\lambda=\int_{c_j}f_j(\lambda)(\lambda-A)^{-1}d\lambda-\int_{c}f_j(\lambda)(\lambda-A)^{-1}d\lambda\quad(j=1,2)\quad\quad(***) $$ が成り立つ。ここで $c$ の跡は $U$ に含まれ、$U$ 上で $f_1$ と $f_2$ は一致するので、 $$ \int_{c}f_1(\lambda)(\lambda-A)^{-1}d\lambda=\int_{c}f_2(\lambda)(\lambda-A)^{-1}d\lambda\quad\quad(****) $$ である。よって $(***),(****)$ より $(*)$ が成り立つ。

定理2.8(正則汎関数計算の基本的性質)

$\mathcal{A}\neq\{0\}$ を単位的Banach環、$A\in \mathcal{A}$ とする。$A$ における正則汎関数計算(定義2.6) $$ H(\sigma(A))\ni [f]\mapsto [f](A)\in \mathcal{A} $$ について次が成り立つ。

  • $(1)$ $1\colon\mathbb{C}\ni z\mapsto 1\in \mathbb{C}$ と $\text{id}\colon\mathbb{C}\ni z\mapsto z\in \mathbb{C}$ に対し、

$$ [1](A)=1,\quad [\text{id}](A)=A. $$

  • $(2)$(正則汎関数計算の準同型性) 任意の $[f],[g]\in H(\sigma(A))$ と任意の $\alpha\in\mathbb{C}$ に対し、

$$ ([f]+[g])(A)=[f](A)+[g](A),\quad (\alpha[f])(A)=\alpha[f](A),\quad ([f][g])(A)=[f](A)[g](A). $$

  • $(3)$(スペクトル写像定理) 任意の $[f]\in H(\sigma(A))$ に対し、

$$ \sigma([f](A))=f(\sigma(A)). $$

  • $(4)$(正則汎関数計算の合成)任意の$[f]\in H(\sigma(A))$ と任意の $[g]\in H(\sigma([f](A)))=H(f(\sigma(A))$ に対し、

$$ [g]([f](A))=[g\circ f](A). $$

  • $(5)$(正則汎関数計算の連続性) $\sigma(A)$ を含む開集合 $U$ 上で定義された正則関数の列 $(f_n)_{n\in\mathbb{N}}$ が $f:U\rightarrow\mathbb{C}$ にコンパクト一様収束(超関数の定義と基本操作定義3.2)するならば、$f$ は正則関数であり、

$$ \lim_{n\rightarrow\infty}[f_n](A)=[f](A). $$

Proof.

  • $(1)$ 任意の $m\in\mathbb{Z}_+$ に対し $[\text{id}^m](A)=A^m$ が成り立つことを示せばよい。$\lVert A\rVert<R$ を満たす実数 $R$ に対し、命題1.10より $\sigma(A)\subset B(0,R)=\{z\in\mathbb{C}:\lvert z\rvert<R\}$ であるから、

$$ [\text{id}^m](A)=\frac{1}{2\pi i}\int_{\partial B(0,R)}\lambda^m(\lambda-A)^{-1}d\lambda $$ である。(ただし右辺は $\partial B(0,R)=\{z\in\mathbb{C}:\lvert z\rvert=R\}$ 上を反時計周りに周る閉路上の複素線積分である。)ここで命題1.2より、 $$ \lambda^m(\lambda-A)^{-1}=\lambda^{m-1}(1-\lambda^{-1}A)^{-1}=\sum_{n\in\mathbb{Z}_+}\frac{\lambda^m}{\lambda^{n+1}}A^n\quad(\forall \lambda\in\partial B(0,R)) $$ であり、右辺の級数は $\partial B(0,R)$ 上で一様収束するので、 $$ [\text{id}^m](A)=\frac{1}{2\pi i}\int_{\partial B(0,R)}\lambda^m(\lambda-A)^{-1}d\lambda =\sum_{n\in\mathbb{Z}_+}\left(\frac{1}{2\pi i}\int_{\partial B(0,R)}\frac{\lambda^m}{\lambda^{n+1}}d\lambda\right)A^n $$ である。ここで $n\neq m$ ならば $\mathbb{C}\backslash \{0\}\ni \lambda\mapsto\frac{\lambda^m}{\lambda^{n+1}}\in \mathbb{C}$ は原始関数を持つので複素解析の初歩命題3.6より、 $$ \frac{1}{2\pi i}\int_{\partial B(0,R)}\frac{\lambda^m}{\lambda^{n+1}}d\lambda=0\quad(\forall n\in\mathbb{Z}_+:n\neq m) $$ であり、命題5.4より、 $$ \frac{1}{2\pi i}\int_{\partial B(0,R)}\frac{\lambda^m}{\lambda^{m+1}}d\lambda =\frac{1}{2\pi i}\int_{\partial B(0,R)}\frac{d\lambda}{\lambda}=1 $$ であるから、 $$ [\text{id}^m](A)=\frac{1}{2\pi i}\sum_{n\in\mathbb{Z}_+}\left(\int_{\partial B(0,R)}\frac{\lambda^m}{\lambda^{n+1}}d\lambda\right)A^n=A^m $$ である。

  • $(2)$ 加法と複素数倍を保存することは自明である。任意の $[f_1],[f_2]\in H(\sigma(A))$ を取り、

$$ [f_1f_2](A)=[f_1](A)[f_2](A) $$ が成り立つことを示せばよい。$\sigma(A)\subset U\subset D(f_1)\cap D(f_2)$ なる開集合 $U$ を取り、$\sigma(A)\prec c_1\prec U$(定義2.3) なるサイクル $c_1$ を取ると、 $$ [f_1](A)=\frac{1}{2\pi i}\int_{c_1}f_1(\lambda)(\lambda-A)^{-1}d\lambda $$ である。回転数は台が有界な連続関数である(複素解析の初歩命題5.3)から $\{z\in \mathbb{C}\backslash c_1^*\colon{\rm Ind}_{c_1}(z)=1\}$ は $\mathbb{C}\backslash c_1^*$ の有界閉集合であり、$c_1^*$ はコンパクトであるから、 $$ c_1^*\cup\{z\in \mathbb{C}\backslash c_1^*:{\rm Ind}_{c_1}(z)=1\} $$ は $\mathbb{C}$ の有界閉集合、したがってコンパクトである。また $\sigma(A)\prec c_1\prec U$ より、 $$ \sigma(A)\subset \{z\in \mathbb{C}\backslash c_1^*:{\rm Ind}_{c_1}(z)=1\} $$ であるから、 $$ c_1^*\cup\{z\in \mathbb{C}\backslash c_1^*:{\rm Ind}_{c_1}(z)=1\}\prec c_2\prec U\quad\quad(**) $$ なるサイクル $c_2$ を取れば $\sigma(A)\prec c_2\prec U$ である。よって、 $$ [f_2](A)=\frac{1}{2\pi i}\int_{c_2}f_2(\lambda)(\lambda-A)^{-1}d\lambda $$ である。$(**)$ より $c_1^*\cap c_2^*=\emptyset$ であり、任意の $\lambda_1\in c_1^*$、$\lambda_2\in c_2^*$ に対し命題1.7より、 $$ (\lambda_1-A)^{-1}(\lambda_2-A)^{-1}=\frac{1}{\lambda_2-\lambda_1}((\lambda_1-A)^{-1}-(\lambda_2-A)^{-1}) $$ であるから、 $$ \begin{aligned} [f_1](A)[f_2](A)&=\frac{1}{(2\pi i)^2}\left(\int_{c_1}f_1(\lambda_1)(\lambda_1-A)^{-1}d\lambda_1\right)\left(\int_{c_2}f_2(\lambda_2)(\lambda_2-A)^{-1}d\lambda_2\right)\\ &=\frac{1}{(2\pi i)^2}\int_{c_1}\left(\int_{c_2}f_1(\lambda_1)f_2(\lambda_2)(\lambda_1-A)^{-1}(\lambda_2-A)^{-1}d\lambda_2\right)d\lambda_1\\ &=\frac{1}{2\pi i}\int_{c_1}\left(\frac{1}{2\pi i}\int_{c_2}\frac{f_2(\lambda_2)}{\lambda_2-\lambda_1}d\lambda_2\right)f_1(\lambda_1)(\lambda_1-A)^{-1}d\lambda_1\\ &+\frac{1}{2\pi i}\int_{c_2}\left(\frac{1}{2\pi i}\int_{c_1}\frac{f_1(\lambda_1)}{\lambda_1-\lambda_2}d\lambda_1\right)f_2(\lambda_2)(\lambda_2-A)^{-1}d\lambda_2\quad\quad(***) \end{aligned} $$ ($3$ 番目の等号の複素線積分の順序の入れ替えについては複素解析の初歩補題7.2を参照)となる。ここで $(**)$ より、 $$ {\rm Ind}_{c_2}(\lambda_1)=1\quad(\forall \lambda_1\in c_1^*),\quad {\rm Ind}_{c_1}(\lambda_2)=0\quad(\forall \lambda_2\in c_2^*) $$ であるから、Cauchyの積分公式(複素解析の初歩注意9.5)より、 $$ \frac{1}{2\pi i}\int_{c_2}\frac{f_2(\lambda_2)}{\lambda_2-\lambda_1}d\lambda_2 ={\rm Ind}c_2(\lambda_1)f_2(\lambda_2)=f_2(\lambda_2)\quad(\forall \lambda_1\in c_1^*), $$ $$ \frac{1}{2\pi i}\int_{c_1}\frac{f_1(\lambda_1)}{\lambda_1-\lambda_2}d\lambda_1 ={\rm Ind}_{c_1}(\lambda_2)f_1(\lambda_1)=0\quad(\forall \lambda_2\in c_2^*) $$ である。これらを $(***)$ に代入すれば、 $$ [f_1](A)[f_2](A)=\frac{1}{2\pi i}\int_{c_1}f_2(\lambda_1)f_1(\lambda_1)(\lambda_1-A)^{-1}d\lambda_1=[f_1f_2](A) $$ を得る。

  • $(3)$ $\lambda_0\notin f(\sigma(A))$ ならば、

$$ \sigma(A)\subset D:=\{z\in D(f):\lvert\lambda_0-f(z)\rvert>0\} $$ であり $D$ は $\mathbb{C}$ の開集合である。そして、 $$ g:D\ni z\mapsto \frac{1}{\lambda_0-f(z)}\in\mathbb{C} $$ は正則関数なので $(1), (2)$ より、 $$ \begin{aligned} &(\lambda_0-[f](A))[g](A)=[(\lambda_0-f)g](A)=1,\\ &[g](A)(\lambda_0-[f])(A)=[g(\lambda_0-f)](A)=1 \end{aligned} $$ である。よって $\lambda_0-[f](A)\in {\rm GL}(\mathcal{A})$ なので $\lambda_0\notin\sigma([f](A))$ である。ゆえに $\sigma([f](A))\subset f(\sigma(A))$ が成り立つ。逆の包含関係を示す。任意の $\mu_0\in\sigma(A)$ を取る。正則関数 $D(f)\ni z\mapsto f(\mu_0)-f(z)\in \mathbb{C}$ は $\mu_0\in \sigma(A)$ において $0$ であるから、正則関数の解析性(複素解析の初歩注意9.5)よりある正則関数 $h\colon D(f)\rightarrow\mathbb{C}$ に対し、 $$ f(\mu_0)-f(z)=(\mu_0-z)h(z)\quad(\forall z\in D(f)) $$ となる。よって $(1),(2) $より、 $$ f(\mu_0)-[f](A)=(\mu_0-A)[h](A)=[h](A)(\mu_0-A) $$ である。これよりもし $f(\mu_0)-[f](A)\in {\rm GL}(\mathcal{A})$ ならば $\mu_0-A\in{\rm GL}(\mathcal{A})$ となり $\mu_0\in\sigma(A)$ であることに矛盾する。よって $f(\mu_0)-[f](A)\notin{\rm GL}(\mathcal{A})$ なので $f(\mu_0)\in \sigma([f](A))$ である。ゆえに $\sigma([f](A))=f(\sigma(A))$ が成り立つ。

  • $(4)$ 

$$ f(\sigma(A))\prec c_2\prec D(g) $$ (定義2.3)なるサイクル $c_1$ が取れる。 $$ W:=\{\lambda\in D(g)\backslash c_2^*: {\rm Ind}_{c_2}(\lambda)=1\} $$ とおくと、$W$ は開集合であり、$f(\sigma(A))\subset W$ より $\sigma(A)\subset f^{-1}(W)$ であるから、 $$ \sigma(A)\prec c_1\prec f^{-1}(W)\quad\quad(*) $$ なるサイクル $c_1$ が取れる。$W\subset \mathbb{C}\backslash c_2^*$ であるから、任意の $w\in c_2^*$ に対し、 $$ f^{-1}(W)\subset \{\lambda\in D(f):\lvert w-f(\lambda)\rvert>0\} $$ である。よって $(*)$ より、 $$ \sigma(A)\prec c_1\prec \{\lambda\in D(f): \lvert w-f(\lambda)\rvert>0\}\quad(\forall w\in c_2^*) $$ であるから、 $$ (w-[f](A))^{-1}=[(w-f)^{-1}](A)=\frac{1}{2\pi i}\int_{c_1}(w-f(\lambda))^{-1}(\lambda-A)^{-1}d\lambda\quad(\forall w\in c_2^*)\quad\quad(**) $$ である。また $(*)$ より $f(c_1^*)\subset W$ であるから、 $$ {\rm Ind}_{c_2}(f(\lambda))=1\quad(\forall \lambda\in c_1^*)\quad\quad(***) $$ である。よって $(**), (***)$ とCauchyの積分公式(複素解析の初歩注意9.5)より、 $$ \begin{aligned} [g]([f](A))&=\frac{1}{2\pi i}\int_{c_2}g(w)(w-[f](A))^{-1}dw\\ &=\frac{1}{2\pi i}\int_{c_2}g(w)\left(\frac{1}{2\pi i}\int_{c_1}(w-f(\lambda))^{-1}(\lambda-A)^{-1}d\lambda\right)dw\\ &=\frac{1}{2\pi i}\int_{c_1}\left(\frac{1}{2\pi i}\int_{c_2}\frac{g(w)}{w-f(\lambda)}dw\right)(\lambda-A)^{-1}d\lambda\\ &=\frac{1}{2\pi i}\int_{c_1}g(f(\lambda))(\lambda-A)^{-1}d\lambda=[g\circ f](A) \end{aligned} $$ である。($3$ 番目の等号の複素線積分の順序の入れ替えについては複素解析の初歩補題7.2を参照。)

  • $(5)$ $\overline{B(a,R)}=\{z\in \mathbb{C}\colon\lvert z-a\rvert\leq R\}\subset U$ なる任意の $a\in \mathbb{C}$ と $R\in (0,\infty)$ に対しCauchyの積分公式より、

$$ f_n(w)=\frac{1}{2\pi i}\int_{\partial B(a,R)}\frac{f_n(z)}{z-w}dz\quad(\forall n\in \mathbb{N},\forall w\in B(a,R)) $$ (右辺の複素線積分は円周 $\partial B(a,R)$ 上反時計周り)が成り立ち、コンパクト集合 $\overline{B(a,R)}\subset U$ 上で $(f_n)_{n\in\mathbb{N}}$ は $f$ に一様収束するので、 $$ f(w)=\frac{1}{2\pi i}\int_{\partial B(a,R)}\frac{f(z)}{z-w}dz\quad(\forall w\in B(a,R)) $$ が成り立つ。よって複素解析の初歩命題5.1より $f\colon U\rightarrow \mathbb{C}$ は正則関数である。今、$\sigma(A)\prec c\prec U$ なる任意のサイクル $c$ を取る。$c$ の跡 $c^*$ はコンパクトであるから $(f_n)_{n\in\mathbb{N}}$ は $c^*$ 上で $f$ に一様収束する。よって複素解析の初歩注意9.3より、 $$ [f_n](A)=\frac{1}{2\pi i}\int_{c}f_n(\lambda)(\lambda-A)^{-1}d\lambda \rightarrow\frac{1}{2\pi i}\int_{c}f(\lambda)(\lambda-A)^{-1}d\lambda=[f](A)\quad(n\rightarrow\infty) $$ が成り立つ。

3. Gelfandの公式、$C^*$-環の自己共役元とユニタリ元のスペクトル

定理3.1(Gelfandの公式)

$\mathcal{A}$ を単位的Banach環とする。任意の $A\in \mathcal{A}$ に対し $A$ のスペクトル半径 ${\rm spr}(A)$ について、 $$ {\rm spr}(A)=\lim_{n\rightarrow\infty}\sqrt[n]{\lVert A^n\rVert}=\inf_{n\in\mathbb{N}}\sqrt[n]{\lVert A^n\rVert} $$ が成り立つ。

Proof.

スペクトル写像定理(定理2.8の $(3)$ )より、 $$ \lambda^n\in \sigma(A^n)\quad(\forall \lambda\in \sigma(A), \forall n\in\mathbb{N}) $$ であるから、命題1.10より、 $$ \lvert\lambda\rvert^n\leq{\rm spr}(A^n)\leq\lVert A^n\rVert\quad(\forall \lambda\in\sigma(A), \forall n\in\mathbb{N}), $$ したがって、 $$ \lvert\lambda\rvert\leq \sqrt[n]{\lVert A^n\rVert}\quad(\forall \lambda\in \sigma(A),\forall n\in \mathbb{N}) $$ が成り立つ。よって、 $$ {\rm spr}(A)\leq \inf_{n\in\mathbb{N}}\sqrt[n]{\lVert A^n\rVert}\quad\quad(*) $$ が成り立つ。今、$\lambda\in \mathbb{C}$ が $0<\lvert\lambda\rvert<\frac{1}{{\rm spr}(A)}$[1]を満たすならば ${\rm spr}(A)<\frac{1}{\lvert\lambda\rvert}$ より $\frac{1}{\lambda}\notin \sigma(A)$ であるから、$1-\lambda A=\lambda(1-\lambda^{-1}A)\in {\rm GL}(\mathcal{A})$ である。そこで、 $$ f\colon\left\{\lambda\in \mathbb{C}:\lvert\lambda\rvert<\frac{1}{{\rm spr}(A)}\right\}\ni \lambda\mapsto (1-\lambda A)^{-1}\in {\rm GL}(\mathcal{A}) $$ を定義する。$\lvert\lambda_1\rvert,\lvert\lambda_2\rvert<\frac{1}{{\rm spr}(A)}$ なる任意の $\lambda_1,\lambda_2\in\mathbb{C}$ に対し、 $$ \begin{aligned} f(\lambda_1)-f(\lambda_2)&=(1-\lambda_1A)^{-1}( (1-\lambda_2A)-(1-\lambda_1A) )(1-\lambda_2A)^{-1}\\ &=(\lambda_1-\lambda_2)(1-\lambda_1A)^{-1}A(1-\lambda_2A)^{-1} \end{aligned} $$ であるから命題1.4より $f$ はBanach空間値正則関数である。よって複素解析の初歩定理9.4より $f$ は何回でも複素微分可能であり、$f$ の $n$ 階導関数 を $f^{(n)}$ とすると、 $$ f(\lambda)=\sum_{n\in\mathbb{Z}_+}\frac{f^{(n)}(0)}{n!}\lambda^n\quad\left(\forall\lambda\in \mathbb{C}:\lvert\lambda\rvert<\frac{1}{{\rm spr}(A)}\right)\quad\quad(**) $$ と表せる。一方、$\lvert\lambda\rvert<\frac{1}{\lVert A\rVert}\leq \frac{1}{{\rm spr}(A)}$ を満たす任意の $\lambda\in\mathbb{C}$ に対し $\lVert \lambda A\rVert<1$ であるから、命題1.2より、 $$ f(\lambda)=(1-\lambda A)^{-1}=\sum_{n\in\mathbb{Z}_+}\lambda^nA^n\quad\left(\forall\lambda\in \mathbb{C}:\lvert\lambda\rvert<\frac{1}{\lVert A\rVert}\leq \frac{1}{{\rm spr}(A)}\right)\quad\quad(***) $$ である。よって $(**),(***)$ より、 $$ \frac{f^{(n)}(0)}{n!}=A^n\quad(\forall n\in\mathbb{Z}_+) $$ であるから、 $$ f(\lambda)=\sum_{n\in\mathbb{Z}_+}\lambda^nA^n\quad\left(\forall\lambda\in\mathbb{C}:\lvert\lambda\rvert<\frac{1}{{\rm spr}(A)}\right) $$ が成り立つ。よって複素解析の初歩命題2.2よりBanach空間 $\mathcal{A}$ の列 $(A^n)_{n\in\mathbb{Z}_+}$ を係数とする冪級数の収束半径は $\frac{1}{{\rm spr}(A)}$ 以上であるから、 $$ \frac{1}{{\rm spr}(A)} \leq \frac{1}{\inf_{n\in\mathbb{N}}\sup_{k\geq n}\sqrt[k]{\lVert A^k\rVert}}, $$ したがって、 $$ \inf_{n\in\mathbb{N}}\sup_{k\geq n}\sqrt[k]{\lVert A^k\rVert}\leq {\rm spr}(A) $$ が成り立つ。これと $(*)$ より、 $$ \inf_{n\in\mathbb{N}}\sup_{k\geq n}\sqrt[k]{\lVert A^k\rVert}\leq {\rm spr}(A)\leq\inf_{n\in\mathbb{N}}\sqrt[n]{\lVert A^n\rVert}\leq\sup_{n\in\mathbb{N}}\inf_{k\geq n}\sqrt[k]{\lVert A^k\rVert} $$ であるから、 $$ {\rm spr}(A)=\inf_{n\in\mathbb{N}}\sqrt[n]{\lVert A^n\rVert}=\lim_{n\rightarrow\infty}\sqrt[n]{\lVert A^n\rVert} $$ が成り立つ。

命題3.2(単位的Banach環上の指数関数)

$\mathcal{A}$ を単位的Banach環とし、正則汎関数計算(定義2.6)によって定義される $\exp(A)\in \mathcal{A}$ $(\forall A\in \mathcal{A})$ を考える。このとき、

  • $(1)$ 任意の $A\in \mathcal{A}$ に対し $\exp(A)=\sum_{n\in\mathbb{Z}_+}\frac{A^n}{n!}$ が成り立つ。
  • $(2)$ $AB=BA$ なる任意の $A,B\in \mathcal{A}$ に対し $\exp(A+B)=\exp(A)\exp(B)$ が成り立つ。
Proof.

$$ \sum_{n\in\mathbb{Z}_+}\frac{\lVert A^n\rVert}{n!}\leq \sum_{n\in\mathbb{Z}_+}\frac{\lVert A\rVert^n}{n!}<\infty $$ であるから $\sum_{n\in \mathbb{Z}_+}\frac{A^n}{n!}$ は絶対収束する。正則関数の列 $(f_N)_{N\in\mathbb{N}}$ を、 $$ f_N:\mathbb{C}\ni z\mapsto \sum_{n=0}^{N}\frac{z^n}{n!}\in \mathbb{C}\quad(\forall N\in\mathbb{N}) $$ と定義すると、定理2.8の $(1),(2)$ より、 $$ f_N(A)=\sum_{n=0}^{N}\frac{A^n}{n!}\quad(\forall N\in\mathbb{N}) $$ であり $(f_N)_{N\in\mathbb{N}}$ は、 $$ \exp:\mathbb{C}\ni z\mapsto \sum_{n\in\mathbb{Z}_+}\frac{z^n}{n!}\in \mathbb{C} $$ にコンパクト一様収束するから、定理2.8の $(5)$ より、 $$ \exp(A)=\lim_{N\rightarrow\infty}f_N(A)=\lim_{N\rightarrow\infty}\sum_{n=0}^{N}\frac{A^n}{n!}=\sum_{n\in\mathbb{Z}_+}\frac{A^n}{n!} $$ である。

  • $(2)$ $(1)$ より、

$$ \exp(A)=\sum_{n\in\mathbb{Z}_+}\frac{A^n}{n!},\quad \exp(B)=\sum_{n\in\mathbb{Z}_+}\frac{B^n}{n!}, $$ $$ \exp(A+B)=\sum_{n\in\mathbb{Z}_+}\frac{(A+B)^n}{n!} $$ である。$AB=BA$ より、 $$ (A+B)^n=\sum_{k=0}^{n}\begin{pmatrix}n\\k\end{pmatrix}A^kB^{n-k}=\sum_{k=0}^{n}\frac{n!}{k!(n-k)!}A^kB^{n-k}\quad(\forall n\in\mathbb{Z}_+) $$ であるから、 $$ \exp(A+B)=\sum_{n\in\mathbb{Z}_+}\frac{(A+B)^n}{n!}=\sum_{n\in\mathbb{Z}_+}\sum_{k=0}^{n}\frac{A^k}{k!}\frac{B^{n-k}}{(n-k)!}=\lim_{N\rightarrow\infty}\sum_{n=0}^{2N}\sum_{p+q=n}\frac{A^p}{p!}\frac{B^q}{q!}\quad\quad(*) $$ であり、 $$ \exp(A)\exp(B)=\sum_{n\in\mathbb{Z}_+}\frac{A^n}{n!}\sum_{n\in\mathbb{Z}_+}\frac{B^n}{n!}=\lim_{N\rightarrow\infty}\sum_{p=0}^{N}\sum_{q=0}^{N}\frac{A^p}{p!}\frac{B^q}{q!}\quad\quad(**) $$ である。そして、 $$ \begin{aligned} &\left\lVert\sum_{n=0}^{2N}\sum_{p+q=n}\frac{A^p}{p!}\frac{B^q}{q!}-\sum_{p=0}^{N}\sum_{q=0}^{N}\frac{A^p}{p!}\frac{B^q}{q!}\right\rVert\\ &\leq \sum_{p=0}^{N}\frac{\lVert A\rVert^p}{p!}\sum_{q=N+1}^{2N}\frac{\lVert B\rVert^q}{q!}+\sum_{p=N+1}^{2N}\frac{\lVert A\rVert^p}{p!}\sum_{q=0}^{N}\frac{\lVert B\rVert^q}{q!}\\ &\leq \exp(\lVert A\rVert)\sum_{q=N+1}^{2N}\frac{\lVert B\rVert^q}{q!}+\exp(\lVert B\rVert)\sum_{p=N+1}^{2N}\frac{\lVert A\rVert^p}{p!}\rightarrow0\quad(N\rightarrow\infty)\quad\quad(***) \end{aligned} $$ であるから、$(*),(**),(***)$ より、 $$ \exp(A+B)=\exp(A)\exp(B) $$ である。

定義3.3($C^*$-環の正規元、自己共役元、ユニタリ元)

$C^*$-環 $\mathcal{A}$ の元 $A$ が正規であるとは $A^*A=AA^*$ が成り立つことを言う。$A$ が自己共役であるとは $A^*=A$ が成り立つことを言う。単位的 $C^*$-環 $\mathcal{A}$ の元 $U$ がユニタリであるとは $U^*U=1=UU^*$ が成り立つことを言う。明らかに自己共役元、ユニタリ元は正規である。

定理3.4($C^*$-環の正規元のスペクトル半径とノルムの一致)

$\mathcal{A}$ を単位的 $C^*$-環とする。$A\in \mathcal{A}$ が正規ならば、 $$ {\rm spr}(A)=\lVert A\rVert $$ が成り立つ。

Proof.

まず $A\in\mathcal{A}$ が正規であるとき、 $$ \lVert A^{2^n}\rVert=\lVert A\rVert^{2^n}\quad(\forall n\in\mathbb{N})\quad\quad(*) $$ が成り立つことを示す。$A$ が自己共役である場合は $C^*$-ノルム条件(位相線形空間1:ノルムと内積定義1.7)より、 $$ \lVert A^{2^n}\rVert=\lVert A^{2^{n-1}}\rVert^2=\lVert A^{2^{n-2}}\rVert^{2^2}=\cdots=\lVert A\rVert^{2^n}\quad(\forall n\in\mathbb{N}) $$ であるから成り立つ。$A\in \mathcal{A}$ が一般の正規元の場合、$C^*$-ノルム条件より、 $$ \lVert A^{2^n}\rVert^2=\lVert(A^{2^n})^*A^{2^n}\rVert=\lVert (A^*)^{2^n}A^{2^n}\rVert=\lVert (A^*A)^{2^n}\rVert\quad\quad(\forall n\in\mathbb{N}) $$ であり、$A^*A$ は自己共役であるから、 $$ \lVert A^{2^n}\rVert^2=\lVert (A^*A)^{2^n}\rVert=\lVert A^*A\rVert^{2^n}=(\lVert A\rVert^{2^{n}})^2\quad(\forall n\in\mathbb{N}) $$ である。よって $(*)$ が成り立つ。$(*)$ とGelfandの公式(定理3.1)より、 $$ {\rm spr}(A)=\lim_{n\rightarrow\infty}\sqrt[n]{\lVert A^n\rVert}=\lim_{n\rightarrow\infty}\sqrt[2^n]{\lVert A^{2^n}\rVert}= \lim_{n\rightarrow\infty}\sqrt[2^n]{\lVert A\rVert^{2^n}}=\lVert A\rVert $$ となる。

命題3.5($C^*$-環のユニタリ元のスペクトルは $\mathbb{T}$ に含まれる)

$\mathcal{A}$ を単位的 $C^*$-環とする。任意のユニタリ元 $U\in\mathcal{A}$ に対し、$\sigma(U)\subset \mathbb{T}:=\{\lambda\in\mathbb{C}:\lvert\lambda\rvert=1\}$ が成り立つ。

Proof.

$C^*$-ノルム条件より、 $$ \lVert U\rVert^2=\lVert U^*U\rVert=1,\quad\lVert U^*\rVert^2=\lVert UU^*\rVert=1 $$ である。また $U,U^*$ は可逆であるので $\sigma(U), \sigma(U^*)$ は $0$ を含まない。任意の $\lambda\in\sigma(U)$ に対し、 $$ \lvert\lambda\rvert\leq {\rm spr}(U)=\lVert U\rVert=1 $$ であり、 $$ \frac{1}{\lambda}-U^*=\frac{1}{\lambda}(1-\lambda U^*)=\frac{1}{\lambda}U^*(U-\lambda)\notin {\rm GL}(\mathcal{A}) $$ より $\frac{1}{\lambda}\in \sigma(U^*)$ であるから、 $$ \frac{1}{\lvert\lambda\rvert}\leq {\rm spr}(U^*)=\lVert U^*\rVert=1 $$ である。よって $\lvert\lambda\rvert=1$ である。

命題3.6($C^*$-環の自己共役元のスペクトルは $\mathbb{R}$ に含まれる)

$\mathcal{A}$ を単位的 $C^*$-環とする。任意の自己共役元 $A\in \mathcal{A}$ に対し、$\sigma(A)\subset \mathbb{R}$ が成り立つ。

Proof.

$(iA)^*=-iA$ であるから、命題3.2の $(1)$ より、 $$ \exp(iA)^*=\left(\sum_{n\in\mathbb{Z}_+}\frac{(iA)^n}{n!}\right)^* =\sum_{n\in\mathbb{Z}_+}\frac{(-iA)^n}{n!} =\exp(-iA) $$ であり、$iA$ と $-iA$ は可換であるから、命題3.2の $(2)$ より、 $$ \begin{aligned} &\exp(iA)^*\exp(iA)=\exp(-iA)\exp(iA)=1,\\ &\exp(iA)\exp(iA)^*=\exp(iA)\exp(-iA)=1 \end{aligned} $$ である。よって $\exp(iA)$ はユニタリであるから命題3.5より $\sigma(\exp(iA))\subset \mathbb{T}$ であり、スペクトル写像定理(定理2.8の $(3)$ )より、 $$ \exp(it)\in \sigma(\exp(iA))\subset \mathbb{T}\quad(\forall t\in \sigma(A)) $$ である。ゆえに $\sigma(A)\subset \mathbb{R}$ である。

4. Banach環、$C^*$-環の単位化

定義4.1(多元環、$*$-環の単位化)

$\mathcal{A}$ を単位元を持たない多元環とする。このとき、 $$ \widetilde{\mathcal{A}}\colon=\{(A,\alpha):A\in\mathcal{A},\alpha\in\mathbb{C}\} $$ とおき、任意の $(A,\alpha),(B,\beta)\in\widetilde{\mathcal{A}}$ と任意の $\gamma\in \mathbb{C}$に対し、 $$ \begin{aligned} &(A,\alpha)+(B,\beta)\colon=(A+B,\alpha+\beta),\\ &\gamma(A,\alpha)\colon=(\gamma A,\gamma\alpha)\\ &(A,\alpha)(B,\beta)\colon=(AB,\alpha B+\beta A,\alpha\beta) \end{aligned} $$ とおけば、$\widetilde{\mathcal{A}}$ はこれらを加法、スカラー倍、乗法として多元環をなし、$(0,1)\in\widetilde{\mathcal{A}}$ は単位元である。また $\mathcal{A}$ が*-環である場合は、さらに任意の $(A,\alpha)\in\widetilde{{\mathcal{A}}}$ に対し、 $$ (A,\alpha)^*\colon=(A^*,\overline{\alpha}) $$ とおけば、$\widetilde{\mathcal{A}}$ はこれを対合として単位的*-環となる。単位元を持たない多元環(*-環)$\mathcal{A}$ に対し、単位的多元環(単位的*-環)$\widetilde{\mathcal{A}}$を $\mathcal{A}$ の単位化と言う。

定義4.2(Banach環、Banach $*$-環の単位化)

$\mathcal{A}$ を単位元を持たないBanach環(resp. Banach $*$-環)とする。多元環(resp. $*$-環)としての $\mathcal{A}$ の単位化 $\widetilde{\mathcal{A}}$ に対し、 $$ \lVert (A,\alpha)\rVert:=\lVert A\rVert+\lvert\alpha\rvert\quad(\forall (A,\alpha)\in\widetilde{\mathcal{A}})\quad\quad(*) $$ とおけば、これは $\widetilde{\mathcal{A}}$ のノルムであり、このノルムにより $\widetilde{\mathcal{A}}$ はBanach環(resp. Banach *-環)となる[2]。そこでこのノルム $(*)$ を入れた $\widetilde{\mathcal{A}}$ を $\mathcal{A}$ の単位化Banach環(resp. 単位化Banach $*$-環)と言う。 $$ \mathcal{A}\ni A\mapsto (A,0)\in\widetilde{\mathcal{A}} $$ は等長準同型写像であるから、以後、しばしば $A\in\mathcal{A}$ と $(A,0)\in\widetilde{\mathcal{A}}$ を同一視し、$\mathcal{A}\subset \widetilde{\mathcal{A}}$ とみなす。

命題4.3($C^*$-環の単位化の $C^*$-ノルム)

$\mathcal{A}$ を単位的ではない $C^*$-環とし、$\widetilde{\mathcal{A}}$ を単位化 $*$-環とする。このとき、 $$ \lVert (A,\alpha)\rVert\colon=\sup\{\lVert AB+\alpha B\rVert:B\in\mathcal{A},\lVert B\rVert\leq1\}\quad(\forall (A,\alpha)\in\widetilde{\mathcal{A}})\quad\quad(*) $$ とおけば、これは $\widetilde{\mathcal{A}}$ のノルムであり、このノルムによって $\widetilde{\mathcal{A}}$ は $C^*$-環となる。そして、 $$ \mathcal{A}\ni A\mapsto (A,0)\in\widetilde{\mathcal{A}}\quad\quad(**) $$ は等長準同型写像である。

Proof.

任意の $(A,\alpha)\in\widetilde{\mathcal{A}}$ に対し、 $$ \rho_{(A,\alpha)}:\mathcal{A}\ni B\mapsto AB+\alpha B\in \mathcal{A} $$ は有界線形作用素であり、その作用素ノルムは $(*)$ における $\lVert (A,\alpha)\rVert$ である。また、 $$ (\rho_{(A,\alpha)}B,0)=(A,\alpha)(B,0)\quad(\forall (A,\alpha)\in\widetilde{\mathcal{A}},\forall B\in\mathcal{A}) $$ であることに注意すれば、 $$ \widetilde{\mathcal{A}}\ni (A,\alpha)\mapsto \rho_{(A,\alpha)}\in\mathbb{B}(\mathcal{A}) $$ が多元環準同型写像であることが分かる。このことから任意の $(A,\alpha),(A_1,\alpha_1),(A_2,\alpha_2)\in\widetilde{\mathcal{A}}$ と任意の $\gamma\in\mathbb{C}$ に対し、$(*)$ は、 $$ \begin{aligned} &\lVert (A_1,\alpha_1)+(A_2,\alpha_2)\rvert\leq \lVert(A_1,\alpha)\rVert+\lVert(A_2,\alpha_2)\rVert,\\ &\lVert\gamma (A,\alpha)\rVert=\lvert\gamma\rvert\lVert (A,\alpha)\rVert,\\ &\lVert (A_1,\alpha_1)(A_2,\alpha_2)\rVert\leq\lVert (A_1,\alpha_1)\rVert\lVert (A_1,\alpha_2)\rVert \end{aligned} $$ を満たす。今、$(*)$ がノルムであることを示す。そのためには $\lVert(A,\alpha)\rVert=0$ であるとして $(A,\alpha)=0$ が成り立つことを示せばよい。このとき、 $$ AB+\alpha B=0\quad(\forall B\in\mathcal{A})\quad\quad(***) $$ であり、したがって、 $$ BA^*+\overline{\alpha}B=(AB^*+\alpha B^*)^*=0\quad(\forall B\in\mathcal{A})\quad\quad(****) $$ である。もし $\alpha\neq0$ であるならば $(***),(****)$ より、 $$ B=\left(\frac{-1}{\alpha}A\right)B=B\left(\frac{-1}{\overline{\alpha}}A^*\right)\quad(\forall A\in\mathcal{A}) $$ であるから $\frac{-1}{\alpha}A=\frac{-1}{\overline{\alpha}}A^*$ は $\mathcal{A}$ の単位元であることになり $\mathcal{A}$ が単位元を持たないことに矛盾する。よって $\alpha=0$ である。したがって $(***)$ より、 $$ AB=0\quad(\forall B\in\mathcal{A}) $$ であるから、$C^*$-ノルム条件より、 $$ \lVert A\rVert^2=\lVert AA^*\rVert=0 $$ である。よって $(A,\alpha)=0$ であるから $(*)$ は $\widetilde{\mathcal{A}}$ のノルムである。次に $(**)$ が等長であることを示す。 $$ \lVert (A,\alpha)\rVert\leq\lVert A\rVert+\lvert\alpha\rvert\quad(\forall (A,\alpha)\in\widetilde{\mathcal{A}})\quad\quad(*****) $$ であるから、特に、 $$ \lVert (A,0)\rVert\leq \lVert A\rVert\quad(\forall A\in\mathcal{A}) $$ である。そして $\lVert A\rVert>0$ のとき $C^*$-ノルム条件より、 $$ \lVert A\rVert=\lVert AA^*\rVert\frac{1}{\lVert A\rVert}=\left\lVert A\left(\frac{A^*}{\lVert A\rVert}\right)\right\rVert\leq \lVert (A,0)\rVert $$ であるから $(**)$ は等長である。$\widetilde{\mathcal{A}}$ がノルム $(*)$ によりBanach空間であることを示す。$(**)$ が等長であることと $\mathcal{A}$ がBanach空間であることから、 $$ (\mathcal{A},0)=\{(A,0):A\in\mathcal{A}\}\subset \widetilde{\mathcal{A}} $$ は $\widetilde{\mathcal{A}}$ の閉部分空間である。そこで商ノルム空間[3]$\widetilde{\mathcal{A}}/(\mathcal{A},0)$ を考え、商写像を、 $$ \pi\colon\widetilde{\mathcal{A}}\rightarrow\widetilde{\mathcal{A}}/(\mathcal{A},0) $$ とおく。$( (A_n,\alpha_n) )_{n\in\mathbb{N}}$ を $\widetilde{\mathcal{A}}$ のCauchy列とすると、$\pi$ が有界線形作用素であることから、 $$ (\pi(A_n,\alpha_n))_{n\in\mathbb{N}}=(\alpha_n\pi(0,1))_{n\in\mathbb{N}} $$ はCauchy列である。よって $\pi(0,1)\neq0$ より $(\alpha_n)_{n\in\mathbb{N}}$ は $\mathbb{C}$ のCauchy列である。そして、 $$ (A_n,0)=(A_n,\alpha_n)-(0,\alpha_n)\quad(\forall n\in\mathbb{N}) $$ であるから、$(**)$ の等長性より $(A_n)_{n\in\mathbb{N}}$ は $\mathcal{A}$ のCauchy列である。ゆえにある $A\in\mathcal{A}$ と $\alpha\in\mathbb{C}$ に対し、 $$ \lim_{n\rightarrow\infty}\lVert A_n-A\rVert=0,\quad\lim_{n\rightarrow\infty}\lvert \alpha_n-\alpha\rvert=0 $$ となるから、$(*****)$ より、 $$ \lVert (A_n,\alpha_n)-(A,\alpha)\rVert\leq\lVert A_n-A\rVert+\lvert\alpha_n-\alpha\rvert\rightarrow0\quad(n\rightarrow\infty) $$ となる。これより $\widetilde{\mathcal{A}}$ はノルム $(*)$ によりBanach空間である。後は $\widetilde{\mathcal{A}}$ のノルム $(*)$ が $C^*$-ノルム条件を満たすことを示せばよい。任意の $(A,\alpha)\in\widetilde{\mathcal{A}}$ と $\lVert B\rVert\leq 1$ なる任意の $B\in\mathcal{A}$ に対し、 $$ \begin{aligned} \lVert AB+\alpha B\rVert^2&=\lVert(AB+\alpha B)^*(AB+\alpha B)\rVert =\lVert B^*\rho_{(A^*,\overline{\alpha})}\rho_{(A,\alpha)}B\rVert\\ &\leq \lVert \rho_{(A,\alpha)^*}\rho_{(A,\alpha)}B\rVert \leq \lVert \rho_{(A,\alpha)^*(A,\alpha)}\rVert=\lVert (A,\alpha)^*(A,\alpha)\rVert \end{aligned} $$ であるから、 $$ \lVert (A,\alpha)\rVert^2\leq \lVert (A,\alpha)^*(A,\alpha)\rVert\quad(\forall (A,\alpha)\in\widetilde{\mathcal{A}})\quad\quad(******) $$ が成り立つ。これより特に、 $$ \lVert (A,\alpha)\rVert\leq \lVert (A,\alpha)^*\rVert\quad(\forall (A,\alpha)\in\widetilde{\mathcal{A}}) $$ であるから、 $$ \lVert (A,\alpha)^*\rVert=\lVert (A,\alpha)\rVert\quad(\forall (A,\alpha)\in\widetilde{\mathcal{A}}) $$ である。よって $(******)$ より任意の $(A,\alpha)\in\widetilde{\mathcal{A}}$ に対し、 $$ \lVert (A,\alpha)\rVert^2\leq \lVert (A,\alpha)^*(A,\alpha)\rVert\leq \lVert (A,\alpha)\rVert^2\quad(\forall (A,\alpha)\in\widetilde{\mathcal{A}}) $$ であるから $\widetilde{\mathcal{A}}$ のノルム $(*)$ は $C^*$-ノルム条件を満たす。

定義4.4(単位化 $C^*$-環)

$\mathcal{A}$ を単位元を持たない $C^*$-環とする。命題4.3より $\mathcal{A}$ の単位化 $*$-環 $\widetilde{\mathcal{A}}$ は、 $$ \lVert (A,\alpha)\rVert\colon=\sup\{\lVert AB+\alpha B\rVert:B\in\mathcal{A},\lVert B\rVert\leq1\}\quad(\forall (A,\alpha)\in\widetilde{\mathcal{A}}) $$ をノルムとして $C^*$-環をなし、 $$ \mathcal{A}\ni A\mapsto (A,0)\in\widetilde{\mathcal{A}} $$ は等長準同型写像である。そこでこの単位的 $C^*$-環 $\widetilde{\mathcal{A}}$ を $\mathcal{A}$ の単位化 $C^*$-環と言う。以後、しばしば $A\in\mathcal{A}$ と $(A,0)\in\widetilde{\mathcal{A}}$ を同一視し、$\mathcal{A}\subset \widetilde{\mathcal{A}}$ とみなす。

定義4.5(単位元を持たないBanach環、$C^*$-環の元のスペクトル)

$\mathcal{A}$ を単位元を持たないBanach環(resp. $C^*$-環)とし、$\widetilde{\mathcal{A}}$ を $\mathcal{A}$ の単位化Banach環(resp. 単位化 $C^*$-環)とする。このとき任意の $A\in \mathcal{A}$ に対し $A$ のスペクトル $\sigma(A)$ を $A$ を $\widetilde{\mathcal{A}}$ の元とみなした場合のスペクトルとして定義する。つまり $\sigma(A)\colon=\sigma( (A,0) )$ と定義する。

5. Gelfand変換

定義5.1(可換Banach環の指標、指標空間)

$\mathcal{A}$ を可換Banach環とする。$\gamma\colon\mathcal{A}\rightarrow\mathbb{C}$ が次を満たすとき $\gamma$ を $\mathcal{A}$ の指標と言う。

  • $(1)$ $\gamma(A)\neq0$ なる $A\in\mathcal{A}$ が存在する。
  • $(2)$ $\gamma$ は加法、スカラー倍、乗法を保存する。すなわち任意の $A,B\in\mathcal{A}$、任意の $\alpha\in\mathbb{C}$ に対し、

$$ \gamma(A+B)=\gamma(A)+\gamma(B),\quad \gamma(\alpha A)=\alpha\gamma(A),\quad\gamma(AB)=\gamma(A)\gamma(B). $$

そして $\mathcal{A}$ の指標全体を $\widehat{\mathcal{A}}$ と表し、これを $\mathcal{A}$ の指標空間と言う。

定義5.2(極大イデアル)

$\mathcal{A}$ を可換Banach環とする。$\mathcal{A}$ のイデアル(位相線形空間1:ノルムと内積定義2.4)で $\mathcal{A}$ 自身ではないもののうち、集合の包含関係による順序に関して極大なものを $\mathcal{A}$ の極大イデアルと言う。

補題5.3(Gelfand-Mazurの定理)

$\mathcal{A}\neq\{0\}$ を単位的Banach環とする。もし $\mathcal{A}\backslash \{0\}={\rm GL}(\mathcal{A})$ ならば $\mathcal{A}=\mathbb{C}1$ である。

Proof.

任意の $A\in\mathcal{A}$ を取る。$\sigma(A)\neq\emptyset$(命題1.8)より $\lambda\in\sigma(A)$ が取れ、スペクトルの定義より $\lambda-A\notin {\rm GL}(\mathcal{A})$ であるから、仮定より $\lambda-A=0$ である。よって $A=\lambda1\in\mathbb{C}1$ であるから $\mathcal{A}=\mathbb{C}1$ である。

命題5.4(単位的可換Banach環の指標、極大イデアル、スペクトルの対応)

$\mathcal{A}\neq\{0\}$ を単位的可換Banach環とする。このとき次が成り立つ。

  • $(1)$ 任意の $A\in\mathcal{A}\backslash {\rm GL}(\mathcal{A})$ に対し $A$ を含む極大イデアルが存在する。
  • $(2)$ $\mathcal{A}$ の任意の極大イデアル $\mathcal{I}$ に対し $\gamma\in\widehat{\mathcal{A}}$ で $\mathcal{I}={\rm Ker}(\gamma)$ を満たすものが存在する。
  • $(3)$ 任意の $\gamma\in\widehat{\mathcal{A}}$ に対し ${\rm Ker}(\gamma)$ は $\mathcal{A}$ の極大イデアルである。
  • $(4)$ $\gamma_1,\gamma_2\in\widehat{\mathcal{A}}$ が ${\rm Ker}(\gamma_1)={\rm Ker}(\gamma_2)$ を満たすならば $\gamma_1=\gamma_2$ である。
  • $(5)$ 任意の $A\in\mathcal{A}$ に対し $\sigma(A)=\{\gamma(A):\gamma\in\widehat{\mathcal{A}}\}$.
  • $(6)$ 任意の $\gamma\in\widehat{\mathcal{A}}$ に対し $\gamma\in\mathcal{A}^*$ であり $\lVert \gamma\rVert=1$ である。そして $\widehat{\mathcal{A}}\subset \mathcal{A}^*$ は $\mathcal{A}^*$ の弱 $*$-位相(定義10.1)でコンパクトである。
Proof.

  • $(1)$ $A\mathcal{A}=\{AB:B\in\mathcal{A}\}\subset \mathcal{A}$ は $A$ を含む $\mathcal{A}$ のイデアルであり、また $A\notin {\rm GL}(\mathcal{A})$ より $1\notin A\mathcal{A}$ である。よって $\mathcal{A}$ のイデアル $\mathcal{I}$ で、$A\in\mathcal{I}$ かつ $1\notin \mathcal{I}$ なるもの全体は空ではない。そしてそれに集合の包含関係による順序を入れたものを考えると帰納的順序集合である。実際、$\{\mathcal{I}_j\}_{j\in J}$ をその全順序部分集合とすると $\bigcup_{j\in J}\mathcal{I}_j$ は $A$ を含み $1$ を含まない $\mathcal{A}$ のイデアルである。ゆえにZornの補題より極大元 $\mathcal{I}_{\rm m}$ を持ち、$\mathcal{I}_{\rm m}$ は $A$ を含む極大イデアルである。
  • $(2)$ まず $\mathcal{A}$ の任意の極大イデアル $\mathcal{I}$ は閉である。実際、$\overline{\mathcal{I}}$ は $\mathcal{A}$ のイデアルであるから $\mathcal{I}\neq \overline{\mathcal{I}}$ であるならば、$\mathcal{I}$ の極大性より $\overline{I}=\mathcal{A}$ であるから $1\in\overline{\mathcal{I}}$ である。よって $\lVert 1-A\rVert<1$ なる $A\in\mathcal{I}$ が取れ、命題1.2より $A=1-(1-A)\in {\rm GL}(\mathcal{A})$ であるから、$1=AA^{-1}\in\mathcal{I}$ 、したがって $\mathcal{I}=\mathcal{A}$ となり矛盾する。よって $\mathcal{I}=\overline{\mathcal{I}}$ であるから $\mathcal{I}$ は閉である。これより商Banach環[4] $\mathcal{A}/\mathcal{I}\neq\{0\}$ が定義できる。商写像を、

$$ \pi\colon\mathcal{A}\ni A\mapsto [A]\in \mathcal{A}/\mathcal{I} $$ と表す。可換Banach環 $\mathcal{A}/\mathcal{I}$ の任意のイデアル $\mathcal{J}$ に対し $\pi^{-1}(\mathcal{J})$ は $\mathcal{A}$ のイデアルであり $\mathcal{I}\subset \pi^{-1}(\mathcal{J})$ であるから $\mathcal{I}$ の極大性より $\pi^{-1}(\mathcal{J})=\mathcal{I}$ か $\pi^{-1}(\mathcal{J})=\mathcal{A}$ である。よって $\mathcal{J}=\{0\}$ か $\mathcal{J}=\mathcal{A}/\mathcal{I}$ である。任意の $[A]\in(\mathcal{A}/\mathcal{I})\backslash \{0\}$ に対し、$[A](\mathcal{A}/\mathcal{I})=\{[A][B]:[B]\in\mathcal{A}/\mathcal{I}\}$ は $\mathcal{A}/\mathcal{I}$ の $\{0\}$ ではないイデアルなので、$[A](\mathcal{A}/\mathcal{I})=\mathcal{A}/\mathcal{I}$ である。よって $[A]\in {\rm GL}(\mathcal{A}/\mathcal{I})$ であるから補題5.3より $\mathcal{A}/\mathcal{I}=\mathbb{C}[1]$ が成り立つ。ゆえに、 $$ \mathcal{A}=\mathcal{I}\oplus \mathbb{C}1 $$ が成り立つ。そこで、 $$ \gamma\colon\mathcal{A}=\mathcal{I}\oplus \mathbb{C}1\ni A+\alpha1\mapsto \alpha\in\mathbb{C} $$ と定義すると、$\gamma\in \widehat{\mathcal{A}}$ であり、${\rm Ker}(\gamma)=\mathcal{I}$ である。

  • $(3)$ 任意の $\gamma\in\widehat{\mathcal{A}}$ を取る。指標の定義5.1の $(2)$ より ${\rm Ker}(\gamma)$ は $\mathcal{A}$ のイデアルであり、指標の定義5.1の $(1)$ より $1\notin {\rm Ker}(\gamma)$ である。そして $\gamma(1)=\gamma(1^2)=\gamma(1)^2$ より $\gamma(1)=1$ である。これより任意の $A\in\mathcal{A}$ に対し $A-\gamma(A)1\in{\rm Ker}(\gamma)$ であるから、

$$ \mathcal{A}={\rm Ker}(\gamma)\oplus \mathbb{C}1\quad\quad(*) $$ である。今、$\mathcal{A}$ のイデアル $\mathcal{I}$ で、$\mathcal{I}\supset {\rm Ker}(\gamma)$ かつ $\mathcal{I}\neq {\rm Ker}(\gamma)$ を満たすものを取る。 $(*)$ より任意の $A\in\mathcal{I}\backslash {\rm Ker}(\gamma)$ に対し $A=B+\alpha1$ なる $B\in{\rm Ker}(\gamma)$ と $\alpha\in\mathbb{C}$ が取れる。$A\notin {\rm Ker}(\gamma)$ であるので $\alpha\neq0$ であるから、 $$ 1=\frac{1}{\alpha}(A-B)\in\mathcal{I} $$ である。よって $\mathcal{I}=\mathcal{A}$ であるので ${\rm Ker}(\gamma)$ は極大イデアルである。

  • $(4)$ $\gamma_1(1)=1$ であるから、任意の $A\in\mathcal{A}$ に対し $A-\gamma_1(A)1\in{\rm Ker}(\gamma_1)={\rm Ker}(\gamma_2)$ である。$\gamma_2(1)=1$ であるから $\gamma_1(A)=\gamma_2(A)$ である。
  • $(5)$ 任意の $\lambda\in\sigma(A)$ に対し $\lambda1-A\notin {\rm GL}(\mathcal{A})$ であるから、$(1),(2)$ より $\gamma\in\widehat{\mathcal{A}}$ で $\lambda1-A\in {\rm Ker}(\gamma)$ なるものが存在する。$\gamma(1)=1$

より $\lambda=\gamma(A)$ である。よって $\sigma(A)\subset \{\gamma(A):\gamma\in \widehat{\mathcal{A}}\}$ である。また任意の $\gamma\in\widehat{\mathcal{A}}$ に対し $\gamma(A)1-A\in {\rm Ker}(\gamma)$ であり、${\rm Ker}(\gamma)$ は $1$ を含まないイデアルであるから $\gamma(A)1-A\notin {\rm GL}(\mathcal{A})$ である。よって $\gamma(A)\in \sigma(A)$ であるから $\sigma(A)=\{\gamma(A):\gamma\in \widehat{\mathcal{A}}\}$ が成り立つ。

  • $(6)$ 任意の $\gamma\in\widehat{\mathcal{A}}$ に対し $(5)$ と命題1.10より、

$$ \lvert\gamma(A)\rvert\leq {\rm spr}(A)\leq \lVert A\rVert\quad(\forall A\in\mathcal{A}) $$ であり、$\gamma(1)=1$、$\lVert 1\rVert=1$ であるから、$\gamma\in \mathcal{A}^*$、$\lVert \gamma\rVert=1$ である。Alaogluの定理(位相線形空間2:セミノルム位相と汎弱位相定理10.3)より $(\mathcal{A}^*)_1=\{\varphi\in \mathcal{A}^*:\lVert\varphi\rVert\leq1\}$ は弱 $*$-位相でコンパクトであり、$\widehat{\mathcal{A}}\subset (\mathcal{A}^*)_1$ であるので、$\widehat{A}$ が弱 $*$-位相でコンパクトであることを示すには $\widehat{A}$ が弱 $*$-位相で閉であることを示せばよい。そのためには $\widehat{A}$ の弱 $*$-位相による閉包の任意の元 $\gamma$ を取り、$\gamma\in\widehat{\mathcal{A}}$ が成り立つことを示せばよい。ネットによる位相空間論命題2.4より $\widehat{A}$ のネット $(\gamma_{\lambda})_{\lambda\in\Lambda}$ で弱 $*$-位相で $\lim_{\lambda\in\Lambda}\gamma_{\lambda}=\gamma$ となるものが取れる。弱*-位相による収束の特徴付け(位相線形空間2:セミノルム位相と汎弱位相注意10.2)より、任意の $A,B\in\mathcal{A}$ に対し、 $$ \gamma(AB)=\lim_{\lambda\in\Lambda}\gamma_{\lambda}(AB)=\lim_{\lambda\in\Lambda}\gamma_{\lambda}(A)\gamma_{\lambda}(B)=\gamma(A)\gamma(B) $$ であり、$\gamma(1)=\lim_{\lambda\in\Lambda}\gamma_{\lambda}(1)=1$ であるので、$\gamma\in \widehat{\mathcal{A}}$ である。

命題5.5(単位元を持たない可換Banach環($C^*$-環)の指標空間について)

$\mathcal{A}$ を単位元を持たない可換Banach環(単位元を持たない可換 $C^*$-環)とし、$\widetilde{\mathcal{A}}$ をその単位化Banach環(単位化 $C^*$-環)とする。 このとき任意の $A\in \mathcal{A}$ に対し $A$ のスペクトル $\sigma(A)$ は、 $$ \sigma(A)=\{\gamma(A):\gamma\in \widehat{\mathcal{A}}\}\cup\{0\} $$ を満たす。そして、 $$ \widehat{\mathcal{A}}\subset \mathcal{A}^*,\quad \lVert \gamma\rVert\leq 1\quad(\forall \gamma\in\widehat{\mathcal{A}}) $$ であり、$\widehat{\mathcal{A}}$ に $\mathcal{A}^*$ の弱*-位相の相対位相を入れたものは局所コンパクトHausdorff空間である。

Proof.

$\mathcal{A}\subset \widetilde{\mathcal{A}}$ は単位的可換Banach環 $\widetilde{\mathcal{A}}$ の極大イデアルである。よって命題5.4の $(2), (4)$ より $\delta_0\in \widehat{\widetilde{\mathcal{A}}}$ で ${\rm Ker}(\delta_0)=\mathcal{A}$ なるものが唯一つ存在する。また任意の $\delta\in \widehat{\widetilde{\mathcal{A}}}\backslash \{\delta_0\}$ に対し、命題5.4の $(3),(4)$ より ${\rm Ker}(\delta_0)\subset {\rm Ker}(\delta)$ は成り立たないから、$\delta(A)\neq0$ なる $A\in \mathcal{A}$ が存在する。よって任意の $\delta\in\widehat{\widetilde{\mathcal{A}}}$ に対し、$\delta$ の $\mathcal{A}$ 上への制限 $\delta|_{\mathcal{A}}\colon\mathcal{A}\ni A\mapsto \delta(A)\in \mathbb{C}$ は $\widehat{\mathcal{A}}$ に属する。また任意の $\gamma\in \widehat{\mathcal{A}}$ に対し、 $$ \widetilde{\gamma}\colon\widetilde{\mathcal{A}}=\mathcal{A}\oplus \mathbb{C}1\ni A+\alpha1\mapsto \gamma(A)+\alpha\in \mathbb{C}\quad\quad(*) $$ とおけば $\widetilde{\gamma}\in \widehat{\widetilde{\mathcal{A}}}\backslash \{\delta_0\}$ であり、 $$ \widehat{\mathcal{A}} \ni \gamma\mapsto \widetilde{\gamma}\in \widehat{\widetilde{\mathcal{A}}}\backslash\{\delta_0\}\quad\quad(**) $$ は全単射である。よって命題5.4の $(5)$ より、 $$ \sigma(A)=\{\delta(A):\delta\in\widehat{\widetilde{\mathcal{A}}}\}=\{\gamma(A):\gamma\in\widehat{\mathcal{A}}\}\cup\{0\}\quad(\forall A\in\mathcal{A})\quad\quad(***) $$ が成り立つ。任意の $\gamma\in \widehat{\mathcal{A}}$ に対し $(***)$ と命題1.10より、 $$ \lvert\gamma(A)\rvert\leq {\rm spr}(A)\leq \lVert A\rVert\quad(\forall A\in\mathcal{A}) $$ であるから $\gamma\in \mathcal{A}^*$、$\lVert \gamma\rVert\leq 1$ である。今、$\widehat{\mathcal{A}}$ に $\mathcal{A}^*$ の弱 $*$-位相の相対位相を入れ、$\widehat{\widetilde{\mathcal{A}}}\backslash \{\delta_0\}$ に $(\widetilde{\mathcal{A}})^*$ の弱 $*$-位相の相対位相を入れる。命題5.4の $(6)$ より $\widehat{\widetilde{\mathcal{A}}}\backslash \{\delta_0\}$ は局所コンパクトHausdorff空間である[5]。そして $\widehat{A}$ のネット $(\gamma_{\lambda})_{\lambda\in \Lambda}$ と $\gamma\in \widehat{\mathcal{A}}$ に対し $(*)$ より、 $$ \gamma_{\lambda}\rightarrow\gamma\quad\Leftrightarrow\quad \gamma_{\lambda}(A)\rightarrow\gamma(A)\quad(\forall A\in\mathcal{A})\quad\Leftrightarrow\quad \widetilde{\gamma_{\lambda}}(A+\alpha1)\rightarrow\widetilde{\gamma}(A+\alpha1)\quad(\forall A+\alpha1\in \widetilde{\mathcal{A}}) $$ であるから $(**)$ は同相写像である[6]。よって $\widehat{\mathcal{A}}$ の局所コンパクトHausdorff空間である。

定義5.6(指標空間の位相)

$\mathcal{A}$ を可換Banach環か可換 $C^*$-環とする。命題5.4命題5.5より $\mathcal{A}$ の指標空間 $\widehat{\mathcal{A}}$ は $\mathcal{A}^*$ の弱*-位相の相対位相により局所コンパクトHausdorff空間(単位的である場合はコンパクトHausdorff空間)である。以後、$\mathcal{A}$ の指標空間 $\widehat{\mathcal{A}}$ には、断ることなくこの位相が備わっているものとする。

定理5.7(可換Banach環のGelfand変換)

$\mathcal{A}$ を可換Banach環とする。このとき任意の $A\in \mathcal{A}$ に対し指標空間 $\widehat{\mathcal{A}}$ 上の関数 $$ \Gamma(A)\colon\widehat{\mathcal{A}}\ni \gamma\mapsto \gamma(A)\in \mathbb{C} $$ を定義すると、$\Gamma(A)\in C_0(\widehat{\mathcal{A}})$ である。ただし $C_0(\widehat{\mathcal{A}})$ は局所コンパクトHausdorff空間 $\widehat{\mathcal{A}}$ 上の無限遠で消える $\mathbb{C}$ 値連続関数全体に $\sup$ ノルムを入れた可換 $C^*$-環(測度と積分7:局所コンパクトHausdorff空間上のRadon測度定義28.2)である。そして、 $$ \Gamma\colon\mathcal{A}\ni A\mapsto \Gamma(A)\in C_0(\widehat{\mathcal{A}}) $$ は多元環準同型写像であり、 $$ \lVert \Gamma(A)\rVert={\rm spr}(A)\leq \lVert A\rVert\quad(\forall A\in\mathcal{A}) $$ が成り立つ。($\Gamma$ を $\mathcal{A}$ のGelfand変換と言う。)

Proof.

任意の $A\in \mathcal{A}$ に対し $\Gamma(A)\colon\widehat{\mathcal{A}}\rightarrow\mathbb{C}$ が連続であることは弱 $*$-位相の定義(位相線形空間2:セミノルム位相と汎弱位相定義10.1)より自明である。$\Gamma(A)\in C_0(\widehat{\mathcal{A}})$ を示すには任意の $\epsilon\in(0,\infty)$ に対し、 $$ \{\gamma\in \widehat{\mathcal{A}}\colon\lvert \Gamma(A)(\gamma)\rvert\geq\epsilon\}=\{\gamma\in \widehat{\mathcal{A}}:\lvert\gamma(A)\rvert\geq\epsilon\}\quad\quad(*) $$ が $\widehat{A}$ のコンパクト集合であることを示せばよい。そのためには、$\widehat{\mathcal{A}}\subset (\mathcal{A}^*)_1=\{\varphi\in \mathcal{A}:\lVert \varphi\rVert\leq 1\}$ であることとAlaogluの定理(位相線形空間2:セミノルム位相と汎弱位相定理10.3)より、$(*)$ が $\mathcal{A}^*$ において弱 $*$-位相で閉であることを示せばよいので、$(*)$ の $\mathcal{A}^*$ における弱 $*$-閉包の任意の元 $\gamma$ が $(*)$ に属することを示せばよい。ネットによる位相空間論命題2.4より、弱 $*$-位相で $\gamma$ に収束する $(*)$ のネット $(\gamma_{\lambda})_{\lambda\in\Lambda}$ が取れる。弱 $*$-位相によるネットの収束の特徴付け(位相線形空間2:セミノルム位相と汎弱位相定義10.1)より、任意の $B,C\in \mathcal{A}$ に対し、 $$ \gamma(BC)=\lim_{\lambda\in\Lambda}\gamma_{\lambda}(BC)=\lim_{\lambda\in\Lambda}\gamma_{\lambda}(B)\gamma_{\lambda}(C)=\gamma(B)\gamma(C) $$ であり、$\lvert \gamma(A)\rvert=\lim_{\lambda\in\Lambda}\lvert \gamma_{\lambda}(A)\rvert\geq\epsilon$ であるから、$\gamma\in\widehat{\mathcal{A}}$ であり、$\gamma$ は $(*)$ に属する。よって $\Gamma(A)\in C_0(\widehat{\mathcal{A}})$ が成り立つ。任意の $A,B\in\mathcal{A}$、任意の $\alpha\in \mathbb{C}$ に対し、 $$ \begin{aligned} &\Gamma(A+B)(\gamma)=\gamma(A+B)=\gamma(A)+\gamma(B)=(\Gamma(A)+\Gamma(B))(\gamma)\quad(\forall \gamma\in\widehat{\mathcal{A}}),\\ &\Gamma(\alpha A)(\gamma)=\gamma(\alpha A)=\alpha\gamma(A)=(\alpha\Gamma(A))(\gamma)\quad(\forall \gamma\in \widehat{\mathcal{A}}),\\ &\Gamma(AB)(\gamma)=\gamma(AB)=\gamma(A)\gamma(B)=(\Gamma(A)\Gamma(B))(\gamma)\quad(\forall \gamma\in\widehat{\mathcal{A}}) \end{aligned} $$ であるから、$\Gamma:\mathcal{A}\rightarrow C_0(\widehat{\mathcal{A}})$ は多元環準同型写像である。また命題5.4命題5.5命題1.10より、任意の $A\in \mathcal{A}$ に対し、 $$ \lVert \Gamma(A)\rVert=\sup_{\gamma\in\widehat{\mathcal{A}}}\lvert \gamma(A)\rvert={\rm spr}(A)\leq \lVert A\rVert $$ である。

補題5.8(可換 $C^*$-環の指標の対合保存性)

可換 $C^*$-環 $\mathcal{A}$ の任意の指標 $\gamma\in \widehat{\mathcal{A}}$ に対し、 $$ \gamma(A^*)=\overline{\gamma(A)}\quad(\forall A\in\mathcal{A}) $$ が成り立つ。

Proof.

任意の $A\in \mathcal{A}$ に対し、 $$ {\rm Re}(A)\colon=\frac{1}{2}(A+A^*),\quad {\rm Im}(A)\colon=\frac{1}{2i}(A-A^*) $$ とおけば、${\rm Re}(A)$ と ${\rm Im}(A)$ は $\mathcal{A}$ の自己共役元であり、 $$ A={\rm Re}(A)+i{\rm Im}(A),\quad A^*={\rm Re}(A)-i{\rm Im}(A) $$ である。$C^*$-環の自己共役元のスペクトルは $\mathbb{R}$ に含まれる(命題3.6)から、命題5.4命題5.5より、 $$ \gamma({\rm Re}(A))\subset \sigma({\rm Re}(A))\subset \mathbb{R},\quad \gamma({\rm Im}(A))\subset \sigma({\rm Im}(A))\subset \mathbb{R} $$ である。よって、 $$ \gamma(A^*)=\gamma({\rm Re}(A))-i\gamma({\rm Im}(A)) =\overline{\gamma({\rm Re}(A))+i\gamma({\rm Im}(A))}=\overline{\gamma(A)} $$ である。

定理5.9(可換 $C^*$-環のGelfand変換は $C^*$-環同型写像)

$\mathcal{A}$ を可換 $C^*$-環とする。このとき $\mathcal{A}$ のGelfand変換 $$ \Gamma\colon\mathcal{A}\rightarrow C_0(\widehat{\mathcal{A}}) $$ は等長 $*$-環同型写像である。

Proof.

$\mathcal{A}$ は可換であるから$\mathcal{A}$ の任意の元は正規である。よって定理3.4定理5.7より、 $$ \lVert \Gamma(A)\rVert={\rm spr}(A)=\lVert A\rVert\quad(\forall A\in \mathcal{A}) $$ であるから $\Gamma$ は等長である。また補題5.8より任意の $A\in \mathcal{A}$ に対し、 $$ \Gamma(A^*)(\gamma)=\gamma(A^*)=\overline{\gamma(A)}=\overline{\Gamma(A)(\gamma)}\quad(\forall \gamma\in \widehat{\mathcal{A}}) $$ であるから、$\Gamma:\mathcal{A}\rightarrow C_0(\widehat{\mathcal{A}})$ は $*$-環準同型写像である。後は $\Gamma(\mathcal{A})=C_0(\widehat{\mathcal{A}})$ が成り立つことを示せばよい。Stone-Weierstrassの定理(測度と積分7:局所コンパクトHausdorff空間上のRadon測度定理35.5)を用いる。まず $\mathcal{A}$ の完備性と $\Gamma$ の等長性より $\Gamma(\mathcal{A})$ は $C_0(\widehat{\mathcal{A}})$ の閉部分 $*$-環である。また任意の $\gamma\in \widehat{\mathcal{A}}$ に対し指標の定義より $\Gamma(A)(\gamma)=\gamma(A)\neq0$ なる $A\in \mathcal{A}$ が存在する。そして $\gamma_1,\gamma_2\in \widehat{\mathcal{A}}$ が $\gamma_1\neq \gamma_2$ ならば、ある $A\in \mathcal{A}$ に対し $\Gamma(A)(\gamma_1)=\gamma_1(A)\neq \gamma_2(A)=\Gamma(A)(\gamma_2)$ となる。よってStone-Weierstrassの定理より $C_0(\widehat{\mathcal{A}})=\overline{\Gamma(\mathcal{A})}=\Gamma(\mathcal{A})$ が成り立つ。

6. 連続汎関数計算(continuous functional calculus)

定義6.1(部分 $C^*$-環)

$C^*$-環 $\mathcal{A}$ の閉部分 $*$-環は $\mathcal{A}$ のノルムによってそれ自体 $C^*$-環である。そこで $C^*$-環 $\mathcal{A}$ の閉部分 *-環のことを $\mathcal{A}$ の部分 $C^*$-環と言う。

定義6.2($C^*$-環の部分集合から生成される部分 $C^*$-環)

$\mathcal{A}$ を $C^*$-環、$\emptyset\neq \mathcal{E}\subset \mathcal{A}$ とする。このとき $\mathcal{E}$ を含む全ての部分 $C^*$-環の交叉は $\mathcal{E}$ を含む最小の部分 $C^*$-環である。これを $\mathcal{E}$ から生成される部分 $C^*$-環と言い、$C^*(\mathcal{E})$ と表す。

補題6.3(正規元と単位元から生成される部分 $C^*$-環)

$\mathcal{A}$ を単位的 $C^*$-環とし、$A\in \mathcal{A}$ を正規とする。このとき $\mathcal{A}$ の単位元 $1$ と $A$ から生成される部分 $C^*$-環 $C^*(\{1,A\})\subset \mathcal{A}$ は単位的可換 $C^*$-環であり、 $$ C^*(\{1,A\})=\overline{\text{span}\{{A^*}^nA^m:n,m\in \mathbb{Z}_+\}} $$ が成り立つ。ただし $\text{span}(\mathcal{E})$ は $\mathcal{E}\subset \mathcal{A}$ の線形包である。

Proof.

$A$ が正規であることから、任意の $n,m,n',m'\in\mathbb{Z}_+$ に対し、 $$ ({A^*}^nA^m)({A^*}^{n'}A^{m'})={A^*}^{n+n'}A^{m+m'}=({A^*}^{n'}A^{m'})({A^*}^nA^m) $$ が成り立つ。よって、 $$ \mathcal{B}\colon=\overline{\text{span}\{{A^*}^nA^m:n,m\in \mathbb{Z}_+\}} $$ は $\mathcal{A}$ の可換な部分 $C^*$-環である。$1,A\in \mathcal{A}$ なので $C^*(\{1,A\})\subset \mathcal{B}$ であり、 $$ {A^*}^nA^m\in C^*(\{1,A\})\quad(\forall n,m\in \mathbb{Z}_+) $$ なので $\mathcal{B}\subset C^*(\{1,A\})$ である。よって $C^*(\{1,A\})=\mathcal{B}$ である。

補題6.4(コンパクトHausdorff空間の間の全単射連続写像は同相写像)

$X,Y$ をコンパクトHausdorff空間、$f\colon X\rightarrow Y$ を全単射連続写像とする。このとき $f$ は同相写像である。

Proof.

$X$ が閉写像(閉集合の像が閉集合である写像)であることを示せば十分である。$X$ の任意の閉集合 $E$ を取る。$X$ はコンパクトなので $E$ はコンパクトであり、$f$ は連続なので $f(E)\subset Y$ はコンパクトである。$Y$ はHausdorff空間なので $f(E)$ は $Y$ の閉集合である。 よって $f$ は閉写像である。

定理6.5(連続汎関数計算の定義の前)

$\mathcal{A}$ を単位的 $C^*$-環、$A\in \mathcal{A}$ を正規とし、単位的可換 $C^*$-環 $C^*(\{1,A\})$(補題6.3)を考える。また $A$ のスペクトル $\sigma(A)\subset \mathbb{C}$(系1.11より空でないコンパクト集合)上の連続関数全体に各点ごとの演算と $\sup$ ノルムを入れた単位的可換 $C^*$-環 $C(\sigma(A))$ を考える。このとき等長 $*$-環同型写像 $$ \Phi\colon C(\sigma(A))\rightarrow C^*(\{1,A\}) $$ で、 $$ \Phi(1)=1,\quad \Phi(\text{id})=A\quad\quad(*) $$ (ただし $\text{id}\colon\sigma(A)\ni\lambda\mapsto \lambda\in\mathbb{C}$)を満たすものが唯一つ存在する。

Proof.

Stone-Weierstrassの定理(測度と積分7:局所コンパクトHausdorff空間上のRadon測度定理35.4)より、 $$ C(\sigma(A))=\overline{\text{span}\{\overline{\text{id}}^n\text{id}^m:n,m\in\mathbb{Z}_+\}} $$ が成り立つ。よって $(*)$ を満たす等長 $*$-環同型写像は一意的である。
存在を示す。まず単位的可換 $C^*$-環 $C^*(\{1,A\})$ の指標空間 $\widehat{C^*(\{1,A\})}$(定義5.6で述べているようにコンパクトHausdorff空間)と、$C^*(\{1,A\})$ における $A$ のスペクトル $\sigma_{C^*(\{1,A\})}(A)$ に対し、 $$ \tau\colon\widehat{C^*(\{1,A\})}\ni \gamma\mapsto \gamma(A)\in \sigma_{C^*(\{1,A\})}(A) $$ なる写像を定義すると、命題5.4より $\tau$ は全射連続写像である[7]。$\gamma_1,\gamma_2\in \widehat{C^*(\{1,A\})}$ が $\tau(\gamma_1)=\tau(\gamma_2)$ を満たすとする。このとき $\gamma_j(1)=1$, $\gamma_j(A^*)=\overline{\gamma_j(A)}$(補題5.8)より、 $$ \gamma_1({A^*}^nA^m)=\overline{\gamma_1(A)}^n\gamma_1(A)^m=\overline{\gamma_2(A)}^n\gamma_2(A)^m=\gamma_2({A^*}^nA^m)\quad(\forall n,m\in \mathbb{Z}_+) $$ であり、$\gamma_1,\gamma_2$ は有界線形汎関数であるから補題6.3より $\gamma_1=\gamma_2$ である。ゆえに $\tau$ は全単射連続写像であるから補題6.4より $\tau$ は同相写像である。よって、 $$ \Psi\colon C(\sigma_{C^*(\{1,A\})}(A))\ni f\mapsto f\circ\tau\in C(\widehat{C^*(\{1,A\})}) $$ とおけば、$\Psi$ は等長 $*$-環同型写像である。そして定理5.9より単位的可換 $C^*$-環 $C^*(\{1,A\})$ のGelfand変換 $$ \Gamma\colon C^*(\{1,A\})\rightarrow C(\widehat{C^*(\{1,A\})}) $$ も等長 $*$-環同型写像であるので、 $$ \Phi\colon=\Gamma^{-1}\circ\Psi\colon C(\sigma_{C^*(\{1,A\})}(A))\rightarrow C^*(\{1,A\}) $$ とおくと $\Phi$ も等長 $*$-環同型写像である。ここで任意の $\gamma\in \widehat{C^*(\{1,A\})}$ に対し、 $$ \Psi(\text{id})(\gamma)=\tau(\gamma)=\gamma(A)=\Gamma(A)(\gamma),\quad \Psi(1)(\gamma)=1=\gamma(1)=\Gamma(1)(\gamma) $$ であるから、 $$ \Phi(\text{id})=\Gamma^{-1}(\Psi(\text{id}))=A,\quad \Phi(1)=\Gamma^{-1}(\Psi(1))=1 $$ である。これより $C^*(\{1,A\})$ における $A$ のスペクトル $\sigma_{C^*(\{1,A\})}(A)$ と、$\mathcal{A}$ における $A$ のスペクトル $\sigma(A)$ が一致することを示せば証明は終わる。スペクトルの定義(定義1.5)より明らかに、 $$ \sigma(A)\subset \sigma_{C^*(\{1,A\})}(A) $$ である。そこで、 $$ \lambda_0\in \sigma_{C^*(\{1,A\})}(A)\backslash \sigma(A) $$ が存在すると仮定して矛盾を導く。Urysohnの補題(測度と積分7:局所コンパクトHausdorff空間上のRadon測度定理27.6)より任意の $\epsilon\in (0,\infty)$ に対し $f_{\epsilon}\in C(\sigma_{C^*(\{1,A\})}(A))$ で、 $$ \lVert f_{\epsilon}\rVert=1,\quad \text{supp}(f_{\epsilon})\subset \{\lambda\in \sigma_{C^*(\{1,A\})}(A):\lvert \lambda-\lambda_0\rvert<\epsilon\} $$ を満たすものが取れる。このとき、 $$ \begin{aligned} \lVert (\lambda_0-A)\Phi(f_{\epsilon})\rVert&=\lVert \Phi((\lambda_0-\text{id})f_{\epsilon})\rVert =\lVert (\lambda_0-\text{id})f_{\epsilon}\rVert\\ &=\sup\{\lvert (\lambda_0-\lambda)f_{\epsilon}(\lambda)\rvert:\lambda\in \sigma_{C^*(\{1,A\})}(A)\}\\ &\leq \epsilon\quad(\forall \epsilon\in (0,\infty)) \end{aligned} $$ であり、$\lambda_0\notin \sigma(A)$ より $(\lambda_0-A)^{-1}\in \mathcal{A}$ が存在するので、 $$ \begin{aligned} 1&=\lVert f_{\epsilon}\rVert=\lVert \Phi(f_{\epsilon})\rVert=\lVert (\lambda_0-A)^{-1}(\lambda_0-A)\Phi(f_{\epsilon})\rVert \leq \lVert (\lambda_0-A)^{-1}\rVert\lVert (\lambda_0-A)^{-1}\Phi(f_{\epsilon})\rVert\\ &\leq \epsilon\lVert (\lambda_0-A)^{-1}\rVert\quad(\forall \epsilon\in (0,\infty)) \end{aligned} $$ である。よって、 $$ \frac{1}{\epsilon}\leq \lVert (\lambda_0-A)^{-1}\rVert\quad(\forall \epsilon\in (0,\infty)) $$ となり矛盾を得る。

定義6.6(連続汎関数計算)

$\mathcal{A}$ を単位的 $C^*$-環とし、$A\in \mathcal{A}$ を正規とする。定理6.5における等長 $*$-環同型写像を、 $$ C(\sigma(A))\ni f\mapsto f(A)\in C^*(\{1,A\}) $$ と表す。つまり定理6.5における $\Phi$ に対し $f(A)\colon=\Phi(f)$ $(\forall f\in C(\sigma(A)))$ とおく。これを $A$ における連続汎関数計算と言う。

定理6.7(連続汎関数計算の基本的性質)

$\mathcal{A}$ を単位的 $C^*$-環、$A\in \mathcal{A}$ を正規とし、$A$ における連続汎関数計算を、 $$ C(\sigma(A))\ni f\mapsto f(A)\in C^*(\{1,A\}) $$ とする。このとき、

  • $(1)$ $A$ の $C^*(\{1,A\})$ におけるスペクトル $\sigma_{C^*(\{1,A\})}(A)$ と、$A$ の $\mathcal{A}$ におけるスペクトル $\sigma(A)$ は一致する。また、

$$ \gamma(f(A))=f(\gamma(A))\quad(\forall f\in C(\sigma(A)),\forall \gamma\in \widehat{C^*(\{1,A\})}) $$ が成り立つ。

  • $(2)$(スペクトル写像定理) 任意の $f\in C(\sigma(A))$ に対し $\sigma(f(A))=f(\sigma(A))$ が成り立つ。
  • $(3)$(正則汎関数計算との無矛盾性)$A$ における正則汎関数計算(定義2.6)を、

$$ H(\sigma(A))\ni [f]\mapsto [f](A)\in \mathcal{A} $$ とすると、任意の $[f]\in H(\sigma(A))$ に対し $[f](A)=f(A)$ が成り立つ。

  • $(4)$(連続汎関数計算の合成)任意の $f\in C(\sigma(A))$ と任意の $g\in C(\sigma(f(A)))=C(f(\sigma(A)))$ に対し $g(f(A))=(g\circ f)(A)$ が成り立つ。
  • $(5)$ $f\in C(\sigma(A))$ に対し、$0\notin \sigma(A)$ か、$0\in \sigma(A)$ かつ $f(0)=0$ であるならば $f(A)\in C^*(\{A\})$ が成り立つ。
Proof.

  • $(1)$ $\sigma(A)=\sigma_{C^*(\{1,A\})}(A)$ であることは定理6.5の証明の後半で示している。Gelfand変換 $\Gamma:C^*(\{1,A\})\rightarrow C(\widehat{C^*(\{1,A\})})$ と、定理6.5の証明における $\Phi,\Psi$ を考えると、任意の $f\in C(\sigma(A))$ に対し $f(A)=\Phi(f)=\Gamma^{-1}\circ \Psi(f)$ であるから、

$$ \gamma(f(A))=\Gamma(f(A))(\gamma)=\Psi(f)(\gamma)=f(\gamma(A))\quad(\forall \gamma\in\widehat{C^*(\{1,A\})}) $$ である。

  • $(2)$ 任意の $f\in C(\sigma(A))$ に対し $f(A), f(A)^*\in C^*(\{1,A\})$ であるから $f(A)$ は正規である。そして、

$$ C^*(\{1,f(A)\})\subset C^*(\{1,A\})\subset \mathcal{A} $$ であるから、 $(1)$より、 $$ \sigma(f(A))\subset \sigma_{C^*(\{1,A\})}(f(A))\subset \sigma_{C^*(\{1,f(A)\})}(f(A))=\sigma(f(A)), $$ したがって $\sigma(f(A))=\sigma_{C^*(\{1,A\})}(f(A))$ が成り立つ。そして 命題5.4の $(5)$ より 任意の $B\in C^*(\{1,A\})$ に対し、 $$ \sigma_{C^*(\{1,A\})}(B)=\{\gamma(B):\gamma\in \widehat{C^*(\{1,A\})}\} $$ であるから、$(1)$ より、 $$ \begin{aligned} \sigma(f(A))&=\sigma_{C^*(\{1,A\})}(f(A))=\{\gamma(f(A)):\gamma\in \widehat{C^*(\{1,A\})}\}\\ &=\{f(\gamma(A)):\gamma\in \widehat{C^*(\{1,A\})}\}=f(\sigma(A)) \end{aligned} $$ である。

  • $(3)$ $\sigma(A)$ を含む開集合 $U\subset \mathbb{C}$ 上で定義された正則関数 $f\colon U\rightarrow\mathbb{C}$ と、$\sigma(A)\prec c\prec U$ を満たすサイクル $c$(定義2.3)を取る。任意の $\lambda\in c^*\subset U\backslash \sigma(A)$ に対し、$(\lambda-A)^{-1}$ は連続関数 $(\lambda-\text{id})^{-1}\colon\sigma(A)\rightarrow \mathbb{C}$ による連続汎関数計算であるから、

$$ (\lambda-A)^{-1}=(\lambda-{\rm id})^{-1}(A)\in C^*(\{1,A\}) $$ である。よって、 $$ [f](A)=\frac{1}{2\pi i}\int_{c}f(\lambda)(\lambda-A)^{-1}d\lambda\in C^*(\{1,A\}) $$ であり、任意の $\gamma\in \widehat{C^*(\{1,A\})}$ に対し $(1)$ より、 $$ \gamma( (\lambda-A)^{-1})=(\lambda-\gamma(A))^{-1} $$ であるから、 $$ \gamma([f](A))=\frac{1}{2\pi i}\int_{c}f(\lambda)\gamma( (\lambda-A)^{-1})d\lambda =\frac{1}{2\pi i}\int_{c}f(\lambda)(\lambda-\gamma(A))^{-1}d\lambda $$ である。ここで、$c$ の $\gamma(A)\in \sigma(A)$ における回転数は $1$ であること(定義2.3を参照)と、Cauchyの積分公式(複素解析の初歩定理7.4)より、 $$ \gamma([f](A))=\frac{1}{2\pi i}\int_{c}f(\lambda)(\lambda-\gamma(A))^{-1}d\lambda =f(\gamma(A))=\gamma(f(A)) $$ である。よってGelfand変換 $\Gamma:C^*(\{1,A\})\rightarrow C(\widehat{C^*(\{1,A\})})$ に対し、 $$ \Gamma([f](A))(\gamma)=\gamma([f](A))=\gamma(f(A))=\Gamma(f(A))(\gamma)\quad(\forall \gamma\in \widehat{C^*(\{1,A\})}) $$ であるから $\Gamma([f](A))=\Gamma(f(A))$ であり、$\Gamma$ は同型写像なので $[f](A)=f(A)$ が成り立つ。

  • $(4)$ $f\in C(\sigma(A))$ を取り固定する。$(2)$ より $\sigma(f(A))=f(\sigma(A))$ である。

$$ \mathcal{B}\colon=\{g\in C(\sigma(f(A))):g(f(A))=(g\circ f)(A)\} $$ とおく。$C(\sigma(f(A)))=\mathcal{B}$ が成り立つことを示せばよい。$\mathcal{B}$ は明らかに $C^*$-環 $C(\sigma(f(A)))$ の部分 $*$-環であり、$1,{\rm id}\in \mathcal{B}$ である。よってStone-Weierstrassの定理(測度と積分7:局所コンパクトHausdorff空間上のRadon測度定理35.4)より $C(\sigma(f(A)))=\overline{\mathcal{B}}$ である。これより任意の $g\in C(\sigma(f(A)))$ に対し $g$ に一様収束する $\mathcal{B}$ の列 $(g_n)_{n\in\mathbb{N}}$ が取れ、このとき $C(\sigma(A))$ の列 $(g_n\circ f)_{n\in\mathbb{N}}$ は $g\circ f$ に一様収束するので、 $$ g(f(A))=\lim_{n\rightarrow\infty}g_n(f(A))=\lim_{n\rightarrow\infty}(g_n\circ f)(A)=(g\circ f)(A) $$ である。ゆえに $g\in \mathcal{B}$ であるから $C(\sigma(f(A)))=\mathcal{B}$ が成り立つ。

  • $(5)$ 補題6.3の証明と全く同様にして、

$$ C^*(\{A\})=\overline{{\rm span}\{{A^*}^nA^m:n,m\in\mathbb{Z}_+,n+m>0\}}\quad\quad(*) $$ であることが分かる。$0\in \notin \sigma(A)$ である場合は ${\rm id}^{-1}\in C(\sigma(A))$ であるから、 $$ A^{-1}f(A)=({\rm id}^{-1}f)(A)\in C^*(\{1,A\})=\overline{{\rm span}\{{A^*}^nA^m:n,m\in\mathbb{Z}_+\}}, $$ したがって、 $$ f(A)=AA^{-1}f(A)\in \overline{{\rm span}\{{A^*}^nA^m:n,m\in\mathbb{Z}_+,n+m>0\}}=C^*(\{A\}) $$ である。$0\in \sigma(A)$ かつ $f(0)=0$ とする。もし $\sigma(A)=\{0\}$ ならば $f=0$ であるから $0=f(A)\in C^*(\{A\})$ である。そこで $\sigma(A)\neq \{0\}$ とする。$f(0)=0$ であるから $f\in C(\sigma(A))$ を局所コンパクトHausdorff空間 $\sigma(A)\backslash \{0\}$ 上に制限した連続関数 $f|_{\sigma(A)\backslash \{0\}}$ は $C_0(\sigma(A)\backslash \{0\})$(無限遠で消える連続関数空間)に属する。またStone-Weierstrassの定理(測度と積分7:局所コンパクトHausdorff空間上のRadon測度定理35.5)より、 $$ {\rm span}\{(\overline{\rm id}^n{\rm id}^m)|_{\sigma(A)\backslash \{0\}}:n,m\in\mathbb{Z}_+,n+m>0\}\quad\quad(**) $$ は $C_0(\sigma(A)\backslash \{0\})$ において稠密であるから、$f|_{\sigma(A)\backslash \{0\}}$ に収束する $(**)$ の列 $(p_n)_{n\in\mathbb{N}}$ が存在する。よって、 $$ \lim_{n\rightarrow\infty}\lVert p_n(A)-f(A)\rVert=\lim_{n\rightarrow\infty}\lVert p_n-f\rVert=0 $$ であり、$(*),(**)$ より $p_n(A)\in C^*(\{A\})$ $(\forall n\in \mathbb{N})$ であるから、 $$ f(A)=\lim_{n\rightarrow\infty}p_n(A)\in C^*(\{A\}) $$ である。

注意6.8(単位元を持たない $C^*$-環の正規元に関する連続汎関数計算)

$\mathcal{A}$ を単位元を持たない $C^*$-環とし、$\widetilde{\mathcal{A}}$ を単位化 $C^*$-環(定義4.4)とし、$A\in \mathcal{A}\subset \widetilde{\mathcal{A}}$ を正規とする。このとき $f\in C(\sigma(A))$ で $f(0)=0$ を満たすものに対し、定理6.7の $(5)$ より、 $$ f(A)\in C^*(\{A\})\subset \mathcal{A}\subset \widetilde{\mathcal{A}} $$ である。

7. $C^*$-環の自己共役部分の順序

定義7.1($C^*$-環の自己共役部分)

$\mathcal{A}$ を $C^*$-環とする。$\mathcal{A}$ の自己共役元全体を、 $$ \mathcal{A}_{\rm sa}\colon=\{A\in \mathcal{A}:A=A^*\} $$ と表し、これを $\mathcal{A}$ の自己共役部分と言う。

定義7.2($C^*$-環の非負元と非負部分)

$\mathcal{A}$ を $C^*$-環とする。$A\in \mathcal{A}_{\rm sa}$ で、 $$ \sigma(A)\subset [0,\infty) $$ を満たすものを $\mathcal{A}$ の非負元と言う。そして $\mathcal{A}$ の非負元全体を、 $$ \mathcal{A}_{+}\colon=\{A\in \mathcal{A}_{\rm sa}:\sigma(A)\subset [0,\infty)\} $$ と表し、これを $\mathcal{A}$ の非負部分と言う。

命題7.3($C^*$-環の自己共役元のJordan分解)

$\mathcal{A}$ を $C^*$-環とする。このとき任意の $A\in \mathcal{A}_{\rm sa}$ に対し、$A_+,A_-\in \mathcal{A}_+$ で、 $$ A=A_+-A_-,\quad A_+A_-=A_-A_+=0,\quad \lVert A_{\pm}\rVert\leq \lVert A\rVert $$ を満たすものが存在する。($A\in \mathcal{A}_{\rm sa}$ の、この条件を満たす $A_+,A_-\in \mathcal{A}_+$ の差への分解を $A$ のJordan分解と言う。)

Proof.

命題3.6より $\sigma(A)\subset \mathbb{R}$ である。そこで、 $$ {\rm id}_{\pm}={\rm max}\{\pm {\rm id},0\}\colon\sigma(A)\ni \lambda\mapsto {\rm max}(\pm\lambda,0)\in [0,\infty) $$ なる ${\rm id}_{\pm}\in C(\sigma(A))$ に対し、連続汎関数計算より、 $$ A_{\pm}:={\rm id}_{\pm}(A)\in C^*(\{A\}) $$ と定義する。${\rm id}_{\pm}$ は実数値であるから $A_{\pm}\in {\cal A}_{\rm sa}$ であり、スペクトル写像定理(定理6.7の $(2)$ )より、 $$ \sigma(A_{\pm})=\{{\rm max}(\pm \lambda,0):\lambda\in \sigma(A)\}\subset [0,\infty) $$ であるから $A_{\pm}\in \mathcal{A}_+$ である。また、 $$ \lVert A_{\pm}\rVert=\sup_{\lambda\in \sigma(A)}\lvert {\rm max}(\pm \lambda)\rvert \leq \sup_{\lambda\in\sigma(A)}\lvert\lambda\rvert=\lVert A\rVert $$ であり、 $$ A_+A_-=({\rm id}_+{\rm id}_-)(A)=0,\quad A_-A_+=({\rm id}_-{\rm id}_+)(A)=0 $$ である。

注意7.4($C^*$-環の任意の元 $A$ はノルムが $\lVert A\rVert$ 以下の非負元の線形結合で表される)

$\mathcal{A}$ を $C^*$-環とする。任意の $A\in \mathcal{A}$ に対し、 $$ A_1\colon=\frac{1}{2}(A+A^*),\quad A_2:=\frac{1}{2i}(A-A^*) $$ とおくと、 $$ A=A_1+iA_2,\quad A_1,A_2\in \mathcal{A}_{\rm sa},\quad \lVert A_1\rVert,\lVert A_2\rVert\leq \lVert A\rVert $$ である。そして $A_1,A_2\in \mathcal{A}_{\rm sa}$ のJordan分解を、 $$ A_j=A_{j,+}-A_{j,-},\quad A_{j,+},A_{j,-}\in \mathcal{A}_+\quad(j=1,2) $$ とすると、 $$ A=(A_{1,+}-A_{1,-})+i(A_{2,+}-A_{2,-}),\quad \lVert A_{j,\pm}\rVert\leq \lVert A_j\rVert\leq \lVert A\rVert\quad(j=1,2) $$ である。

命題7.5($C^*$-環の非負元の冪乗根)

$\mathcal{A}$ を $C^*$-環、$A\in \mathcal{A}_+$ とする。このとき任意の $n\in\mathbb{N}$ に対し $B^n=A$ を満たす $B\in \mathcal{A}_+$ が唯一つ存在し、$B\in C^*(\{A\})$ である。($B$ を $A$ の $n$ 乗根と言い、$\sqrt[n]{A}$ や $A^{\frac{1}{n}}$ と表す。)

Proof.

任意の $n\in \mathbb{N}$ に対し、 $$ \sqrt[n]{\rm id}\colon\sigma(A)\ni \lambda\mapsto \sqrt[n]{\lambda}\in[0,\infty) $$ とおくと、$\sqrt[n]{\rm id}\in C(\sigma(A))$ である。連続汎関数計算により、 $$ \sqrt[n]{A}=(\sqrt[n]{\rm id})(A)\in C^*(\{A\}) $$ と定義すると $\sqrt[n]{\rm id}$ は実数値であるから $\sqrt[n]{A}\in {\cal A}_{\rm sa}$ である。スペクトル写像定理(定理6.7の $(2)$ )より、 $$ \sigma(\sqrt[n]{A})=\{\sqrt[n]{\lambda}:\lambda\in \sigma(A)\}\subset[0,\infty) $$ であるから $\sqrt[n]{A}\in {\cal A}_+$ であり、 $$ (\sqrt[n]{A})^n=(\sqrt[n]{\rm id})^n(A)={\rm id}(A)=A $$ である。今、$B\in \mathcal{A}_+$ が $B^n=A$ を満たすとする。このとき連続汎関数計算の合成(定理6.7の $(4)$ )より、 $$ \sqrt[n]{A}=\sqrt[n]{\rm id}(A)=\sqrt[n]{\rm id}({\rm id}^n(B))=( \sqrt[n]{\rm id}\circ {\rm id}^n)(B)={\rm id}(B)=B $$ である。

補題7.6

$\mathcal{A}$ を $C^*$-環とする。$A\in \mathcal{A}_{\rm sa}$ と $\alpha\in [\lVert A\rVert,\infty)$ に対し次は互いに同値である。

  • $(1)$ $\lVert \alpha-A\rVert\leq \alpha$.
  • $(2)$ $A\in \mathcal{A}_+$.
Proof.

$(1)\Rightarrow(2)$ を示す。$(1)$ が成り立つならば、連続汎関数計算より、任意の $\lambda_0\in \sigma(A)$ に対し、 $$ \alpha-\lambda_0\leq \lvert\alpha-\lambda_0\rvert\leq\sup_{\lambda\in\sigma(A)}\lvert\alpha-\lambda\rvert=\lVert \alpha-A\rVert\leq \alpha $$ であるから $\lambda_0\in [0,\infty)$ である。よって $(2)$ が成り立つ。
$(2)\Rightarrow(1)$ を示す。$(2)$ が成り立つとする。任意の $\lambda\in \sigma(A)$ に対し $0\leq \lambda\leq \lVert A\rVert\leq \alpha$ であるから、 $$ \lVert \alpha-A\rVert=\sup_{\lambda\in\sigma(A)}\lvert\alpha-\lambda\rvert=\sup_{\lambda\in \sigma(A)}(\alpha-\lambda)\leq \alpha $$ である。よって $(1)$ が成り立つ。

命題7.7

$C^*$-環 $\mathcal{A}$ の非負部分 $\mathcal{A}_+$ に関して次が成り立つ。

  • $(1)$ 任意の $A\in \mathcal{A}_+$、任意の $\alpha\in [0,\infty)$ に対し $\alpha A\in \mathcal{A}_+$.
  • $(2)$ 任意の $A,B\in \mathcal{A}_+$ に対し $A+B\in \mathcal{A}_+$.
  • $(3)$ $A\in \mathcal{A}_+$ が $-A\in \mathcal{A}_+$ を満たすならば $A=0$.
Proof.

  • $(1)$ スペクトル写像定理(定理6.7の $(2)$ )より $\sigma(\alpha A)=\{\alpha\lambda:\lambda\in \sigma(A)\}\subset [0,\infty)$ であるから $\alpha A\in \mathcal{A}_+$ である。
  • $(2)$ 補題7.6より、

$$ \lVert \lVert A\rVert-A\rVert\leq \lVert A\rVert,\quad \lVert \lVert B\rVert-B\rVert\leq \lVert B\rVert $$ である。よって $\alpha:=\lVert A\rVert+\lVert B\rVert$ とおけば、$\lVert A+B\rVert\leq \alpha$ であり、 $$ \lVert \alpha-(A+B)\rVert\leq \lVert \lVert A\rVert-A\rVert+\lVert \lVert B\rVert-B\rVert\leq \lVert A\rVert+\lVert B\rVert=\alpha $$ であるから、再び補題7.6より $A+B\in \mathcal{A}_+$ である。

  • $(3)$ $A\in \mathcal{A}_+$ が $-A\in \mathcal{A}_+$ を満たすならばスペクトル写像定理より $\pm\lambda\geq0$ $(\forall\lambda\in \sigma(A))$ である。よって $\sigma(A)=\{0\}$ であるので $\lVert A\rVert=\sup_{\lambda\in \sigma(A)}\lvert \lambda\rvert=0$ である。

定義7.8($C^*$-環の自己共役部分の順序)

$C^*$-環 $\mathcal{A}$ の自己共役部分 $\mathcal{A}_{\rm sa}$ における二項関係 $\leq$ を、 $$ A\leq B\quad \Leftrightarrow\quad B-A\in \mathcal{A}_{+} $$ として定義する。このとき命題7.7より $\leq$ は $\mathcal{A}_{\rm sa}$ における順序であり、この順序は、 $$ A\leq B\quad \Rightarrow \quad A+C\leq B+C,\quad \alpha A\leq \alpha B\quad(\forall C\in \mathcal{A}_{\rm sa},\forall \alpha\in [0,\infty)) $$ なる性質を持つ。以後、$C^*$-環の自己共役部分 $\mathcal{A}_{\rm sa}$ には、断ることなくこの順序が備わっているものとする。

補題7.9

$\mathcal{A}$ を単位的Banach環とする。任意の $A,B\in \mathcal{A}$ に対し、 $$ \sigma(AB)\backslash \{0\}=\sigma(BA)\backslash \{0\} $$ が成り立つ。

Proof.

$\lambda\notin \sigma(AB)\backslash \{0\}$ として $\lambda\notin \sigma(BA)\backslash \{0\}$ が成り立つことを示す。$\lambda=0$ ならば成り立つので $\lambda\neq0$ とする。このとき $\lambda\notin \sigma(AB)$ であるから $C\colon=(\lambda-AB)^{-1}$ とおけば、 $$ \lambda C=1+ABC=1+CAB $$ である。よって、 $$ \begin{aligned} &(\lambda-BA)(1+BCA)=\lambda(1+BCA)-B(1+ABC)A=\lambda(1+BCA)-\lambda BCA=\lambda,\\ &(1+BCA)(\lambda-BA)=\lambda(1+BCA)-B(1+CAB)A=\lambda(1+BCA)-\lambda BCA=\lambda \end{aligned} $$ であるから、 $$ \frac{1}{\lambda}(1+BCA)=(\lambda-BA)^{-1} $$ である。ゆえに $\lambda\notin \sigma(BA)\backslash\{0\}$ である。これより $\sigma(AB)\backslash \{0\}\subset \sigma(BA)\backslash \{0\}$ である。全く対称的な議論より逆の包含関係も成り立つ。

補題7.10

$\mathcal{A}$ を $C^*$-環とする。もし $A\in \mathcal{A}$ が $AA^*\leq0$ を満たすならば $A=0$ である。

Proof.

補題7.9より、 $$ \sigma(A^*A)\backslash \{0\}=\sigma(AA^*)\backslash \{0\}\subset (0,\infty) $$ であるから $\sigma(A^*A)\subset [0,\infty)$、したがって $A^*A\leq0$ である。 $$ A_1=\frac{1}{2}(A+A^*)\in \mathcal{A}_{\rm sa},\quad A_2=\frac{1}{2i}(A-A^*)\in \mathcal{A}_{\rm sa} $$ とおくと、 $$ A=A_1+iA_2,\quad A^*=A_1-iA_2 $$ であり、スペクトル写像定理(定理6.7の$(2)$ )より $A_j^2\geq0$ $(j=1,2)$ であるので、 $$ A^*A+AA^*=2(A_1^2+A_2^2)\geq0 $$ である。よって、 $$ 0\leq 2(A^*A+AA^*)-AA^*=A^*A\leq 0 $$ であるから $A^*A=0$ であり、$\lVert A\rVert^2=\lVert A^*A\rVert=0$ より $A=0$ である。

定理7.11($C^*$-環の任意の元 $A$ に対し $A^*A$ は非負)

$\mathcal{A}$ を $C^*$-環とする。任意の $A\in \mathcal{A}$ に対し $A^*A\geq0$ が成り立つ。

Proof.

$A^*A\in \mathcal{A}_{\rm sa}$ のJordan分解(命題7.3)を、 $$ A^*A=B_+-B_-,\quad B_+,B_-\geq0,\quad B_+B_-=B_-B_+=0 $$ とする。スペクトル写像定理(定理6.7の$(2)$ )より $B_-^3\geq0$ であるから、 $$ (AB_-)^*(AB_-)=B_-A^*AB_-=B_-(B_+-B_-)B_-=-B_-^3\leq0 $$ である。よって補題7.10より $AB_-=0$ であるから、 $$ 0=A^*AB_-=(B_+-B_-)B_-=B_+B_--B_-^2=-B_-^2, $$ したがって $\lVert B_-\rVert^2=\lVert B_-^2\rVert=0$ であり、 $$ A^*A=B_+-B_-=B_+\geq0 $$ である。

命題7.12($C^*$-環の自己共役部分における順序の基本的性質)

$\mathcal{A}$ を $C^*$-環、$A,B\in \mathcal{A}_{\rm sa}$ とする。$\mathcal{A}_{\rm sa}$ の順序に関して次が成り立つ。

  • $(1)$ $A\leq B$ ならば、任意の $C\in \mathcal{A}$ に対し $C^*AC\leq C^*B C$.
  • $(2)$ $-\lVert A\rVert\leq A\leq \lVert A\rVert$.
  • $(3)$ $0\leq A\leq B$ ならば $\lVert A\rVert\leq \lVert B\rVert$.
  • $(4)$ $A,B\in {\rm GL}(\mathcal{A})$ かつ $0\leq A\leq B$ ならば $0\leq B^{-1}\leq A^{-1}$.
Proof.

  • $(1)$ $B-A\in \mathcal{A}_+$ であるから命題7.5定理7.11より、

$$ C^*BC-C^*AC=C^*(B-A)C=C^*\sqrt{B-A}^2C=(\sqrt{B-A}C)^*(\sqrt{B-A}C)\geq0 $$ である。よって $C^*AC\leq C^*BA$ である。

  • $(2)$ 任意の $\lambda\in \sigma(A)$ に対し $-\lVert A\rVert\leq \lambda\leq \lVert A\rVert$ であるから、スペクトル写像定理(定理6.7の $(2)$ )より、

$$ \sigma(\lVert A\rVert\pm A)=\{\lVert A\rVert\pm \lambda:\lambda\in \sigma(A)\}\subset [0,\infty) $$ である。よって $\lVert A\rVert\pm A\geq0$ であるから $-\lVert A\rVert\leq A\leq \lVert A\rVert$ が成り立つ。

  • $(3)$ $(2)$ より $0\leq A\leq B\leq \lVert B\rVert$ であるから、$\lVert B\rVert-A\geq0$ である。よってスペクトル写像定理より $\lVert B\rVert-\lambda\geq0$ $(\forall \lambda\in \sigma(A))$ であるから、

$$ \lVert A\rVert=\sup_{\lambda\in\sigma(A)}\lambda\leq \lVert B\rVert $$ である。

  • $(4)$ $\sigma(A),\sigma(B)\subset (0,\infty)$ であるから連続汎関数計算により $A^{-1},A^{-\frac{1}{2}},B^{-1},B^{-\frac{1}{2}}\in \mathcal{A}_+\cap {\rm GL}(\mathcal{A})$ が定義できる。$(1)$ より、

$$ 0\leq B^{-\frac{1}{2}}AB^{-\frac{1}{2}}\leq B^{-\frac{1}{2}}BB^{\frac{1}{2}}=1 $$ であるから $(3)$ より $\lVert B^{-\frac{1}{2}}AB^{\frac{1}{2}}\rVert\leq 1$ である。ここで $C^*$-ノルム条件より、 $$ \begin{aligned} 1&\geq \lVert B^{-\frac{1}{2}}AB^{-\frac{1}{2}}\rVert =\lVert (A^{\frac{1}{2}}B^{-\frac{1}{2}})^*(A^{\frac{1}{2}}B^{-\frac{1}{2}})\rVert =\lVert A^{\frac{1}{2}}B^{-\frac{1}{2}}\rVert^2\\ &=\lVert (A^{\frac{1}{2}}B^{-\frac{1}{2}})(A^{\frac{1}{2}}B^{-\frac{1}{2}})^*\rVert =\lVert A^{\frac{1}{2}}B^{-1}A^{\frac{1}{2}}\rVert \end{aligned} $$ であるから $(2)$ より $A^{\frac{1}{2}}B^{-1}A^{\frac{1}{2}}\leq 1$ であり、左右から $A^{-\frac{1}{2}}$ を掛ければ $(1)$ より $B^{-1}\leq A^{-1}$ を得る。

8. $C^*$-環の射影と部分等長元

定義8.1($C^*$-環の射影)

$\mathcal{A}$ を $C^*$-環とする。$P\in \mathcal{A}$ が $P^*=P$、$P^2=P$ を満たすとき $P$ を $\mathcal{A}$ の射影と言う。また射影 $P,Q\in \mathcal{A}$ に対し $PQ=0(=QP)$ が成り立つとき $P$ と $Q$ は直交すると言う。

命題8.2($C^*$-環の射影の基本的性質)

$\mathcal{A}$ を $C^*$-環とし、$P\in \mathcal{A}$ を射影とする。このとき、

  • $(1)$ $\sigma(P)\subset \{0,1\}$ である。
  • $(2)$ $0\leq A\leq P$ なる任意の $A\in \mathcal{A}$ に対し $A=PA=AP=PAP$ が成り立つ。
  • $(3)$ $0\leq P\leq Q$ なる任意の射影 $Q\in \mathcal{A}$ に対し、$Q-P\in\mathcal{A}$ は射影であり、$Q-P$ は $P$ と直交する。
Proof.

  • $(1)$ $P=P^2$ であるからスペクトル写像定理(定理6.7の $(2)$ )より任意の $\lambda\in \sigma(P)$ に対し、

$$ \lambda-\lambda^2\in \sigma(P-P^2)=\sigma(0)=\{0\} $$ である。よって $\lambda\in\{0,1\}$ である。

  • $(2)$ 命題7.12の $(1)$ より、

$$ 0\leq (1-P)A(1-P)\leq (1-P)P(1-P)=0 $$ であるから(ただし $\mathcal{A}$ が単位元を持たない場合は単位化 $C^*$-環に埋め込んで考えている)、$C^*$-ノルム条件より、 $$ \lVert\sqrt{A}-\sqrt{A}P\rVert^2=\lVert(1-P)A(1-P)\rVert=0 $$ である。よって $\sqrt{A}=\sqrt{A}P$ であるから $A=AP$ であり、$PA=(AP)^*=A^*=A$、$PAP=PA=A$ である。

  • $(3)$ $(2)$ より $P=PQ=QP$ であるから、

$$ (Q-P)^2=Q-QP-PQ+P=Q-P-P+P=Q-P $$ である。よって $Q-P$ は射影である。そして、 $$ (Q-P)P=QP-P=P-P=0 $$ であるから $Q-P$ と $P$ は直交する。

命題8.3(射影が直交するための条件)

$\mathcal{A}$ を $C^*$-環とし、$\mathcal{A}$ の有限個の射影 $P_1,\ldots,P_n$ を考える。このとき次は互いに同値である。

  • $(1)$ $P_1,\ldots,P_n$ は互いに直交する。
  • $(2)$ $\sum_{j=1}^{n}P_j$ は射影である。
Proof.

$(1)\Rightarrow(2)$ は自明である。$(2)\Rightarrow(1)$ を示す。$(2)$ が成り立つとし、$P\colon=\sum_{j=1}^{n}P_j$ とおく。互いに異なる任意の $i,j\in\{1,\ldots,n\}$ を取る。このとき命題8.2の $(2),(3)$ より $P_iP=P_i$ であり、$P-P_j$ は射影である。そして $0\leq P_i\leq P-P_j$ であるから、命題8.2の $(2)$ より、 $$ P_i=P_i(P-P_j)=P_iP-P_iP_j=P_i-P_iP_j $$ である。よって $P_iP_j=0$ であるから $P_i$ と $P_j$ は直交する。

定義8.4($C^*$-環の部分等長元)

$\mathcal{A}$ を $C^*$-環とする。$V\in\mathcal{A}$ が部分等長元であるとは、$V^*V$ が $\mathcal{A}$ の射影であることを言う。

命題8.5($C^*$-環の部分等長元の基本的性質)

$\mathcal{A}$ を $C^*$-環とする。$V\in\mathcal{A}$ が部分等長元であるならば、$V=VV^*V$ であり、$V^*$ も部分等長元である。

Proof.

必要ならば単位化 $C^*$-環に埋め込んで考えて、$V^*V$ と $1-V^*V$ は互いに直交する射影である。よって $C^*$-ノルム条件より、 $$ \lVert V-VV^*V\rVert^2=\lVert V(1-V^*V)\rVert^2=\lVert (1-V^*V)V^*V(1-V^*V)\rVert=0 $$ であるから $V=VV^*V$ である。ゆえに $VV^*=VV^*VV^*=(VV^*)^2$ であるから $VV^*$ は射影であるので、$V^*$ は部分等長元である。

9. $C^*$-環の近似単位元、商 $C^*$-環

定義9.1(Banach環の近似単位元)

$\mathcal{A}$ をBanach環とする。ノルムが $1$ 以下の $\mathcal{A}$ の元からなるネット $(U_{\lambda})_{\lambda\in\Lambda}$ が $\mathcal{A}$ の近似単位元であるとは、 $$ AU_{\lambda}\rightarrow A,\quad U_{\lambda}A\rightarrow A\quad(\forall A\in \mathcal{A}) $$ が成り立つことを言う。

補題9.2

$\mathcal{A}$ を単位元を持たない $C^*$-環とし、 $$ \Lambda\colon=\{A\in \mathcal{A}_+:\lVert A\rVert<1\} $$ とおく。このとき任意の $A\in \mathcal{A}$ に対し、 $$ A(1+A)^{-1}=1-(1+A)^{-1}\in \Lambda $$ であり、任意の $A\in \Lambda$ に対し、 $$ (1-A)^{-1}-1\in \mathcal{A}_+ $$ である。(ただし $\mathcal{A}$ を単位化 $C^*$-環 $\widetilde{\mathcal{A}}$ に埋め込んで考えている。)そして、 $$ \mathcal{A}_+\ni A\mapsto A(1+A)^{-1}\in \Lambda\quad\quad(*) $$ と、 $$ \Lambda\ni A\mapsto (1-A)^{-1}-1\in \mathcal{A}_+\quad\quad(**) $$ はそれぞれ順序を保存する全単射であり、互いに逆写像である。

Proof.

$$ f\colon[0,\infty)\ni t\mapsto t(1+t)^{-1}=1-(1+t)^{-1}\in [0,1), $$ $$ g\colon[0,1)\ni s\mapsto (1-s)^{-1}-1\in [0,\infty) $$ はそれぞれ連続写像であり、互いに逆写像である。任意の $A\in \mathcal{A}_+$ に対しスペクトル写像定理(定理6.7の $(2)$ )より $\sigma(f(A))=f(\sigma(A))\subset [0,1)$ であるから $f(A)$ は非負であり、 $$ \lVert f(A)\rVert={\rm max} (f(\sigma(A)))<1 $$ である。そして $f(0)=0$ であることと定理6.7の $(5)$ より、 $$ f(A)\in C^*(\{A\})\subset \mathcal{A} $$ であるから $f(A)\in \Lambda$ である。また任意の $A\in \Lambda$ に対しスペクトル写像定理より$\sigma(g(A))=g(\sigma(A))\subset [0,\infty)$ であるから $g(A)$ は非負であり、$g(0)=0$ であることと定理6.7の $(5)$ より、 $$ g(A)\in C^*(\{A\})\subset \mathcal{A} $$ であるから $g(A)\in {\cal A}_+$ である。$f,g$ は互いに逆写像であるから連続汎関数計算の合成(定理6.7の $(4)$ )より、 $$ A=g(f(A))\quad(\forall A\in \mathcal{A}_+),\quad A=f(g(A))\quad(\forall A\in\Lambda) $$ である。よって $(*)$ と $(**)$ は互いに逆写像である。そして $A,B\in \mathcal{A}_+$ が $A\leq B$ ならば命題7.12の $(4)$ より $(1+B)^{-1}\leq (1+A)^{-1}$ であるので、 $$ f(A)=1-(1+A)^{-1}\leq 1-(1+B)^{-1}=f(B) $$ である。よって $(*)$ は順序を保存する。また $A,B\in \Lambda$ が $A\leq B$ ならば命題7.12の $(4)$ より $(1-A)^{-1}\leq (1-B)^{-1}$ であるので、 $$ g(A)=(1-A)^{-1}-1\leq (1-B)^{-1}-1=g(B) $$ である。よって $(**)$ は順序を保存する。

補題9.3(Diniの定理)

$X$ を局所コンパクトHausdorff空間とし、$(f_{\lambda})_{\lambda\in\Lambda}$ を $C_0(X)$ のネットとする。もし任意の $x\in X$ に対し $(f_{\lambda}(x))_{\lambda\in\Lambda}$ が $[0,\infty)$ の単調減少ネットであり $\lim_{\lambda\in\Lambda}f_{\lambda}(x)=0$ が成り立つならば、$(f_{\lambda})_{\lambda\in\Lambda}$ は $0$ に一様収束する。

Proof.

任意の $\epsilon\in (0,\infty)$ を取り固定する。$C_0(X)$ の定義(測度と積分7:局所コンパクトHausdorff空間上のRadon測度定義28.2)より各 $\lambda\in\Lambda$ に対し、 $$ (f_{\lambda}\geq\epsilon)=\{x\in X:f_{\lambda}(x)\geq\epsilon\} $$ はコンパクトである。そして任意の $x\in X$ に対し $\lim_{\lambda\in\Lambda}f_{\lambda}(x)=0$ であるから、 $$ \bigcap_{\lambda\in\Lambda}(f_{\lambda}\geq\epsilon)=\emptyset $$ である。よってある有限個の $\lambda_1,\ldots,\lambda_n\in \Lambda$ に対し、 $$ \bigcap_{j=1}^{n}(f_{\lambda_j}\geq\epsilon)=\emptyset\quad\quad(*) $$ が成り立つ。そこで $\lambda_0\geq\lambda_1,\ldots,\lambda_n$ なる $\lambda_0\in \Lambda$ を取る。このとき任意の $\lambda\geq\lambda_0$、任意の $x\in X$ に対し、 $$ 0\leq f_{\lambda}(x)\leq f_{\lambda_0}(x)\leq {\rm min}(f_{\lambda_1}(x),\ldots,f_{\lambda_n}(x)) $$ であるから、$(*)$ より、 $$ 0\leq f_{\lambda}(x)<\epsilon\quad(\forall \lambda\geq\lambda_0,\forall x\in X) $$ が成り立つ。よって $(f_{\lambda})_{\lambda\in\Lambda}$ は $0$ に一様収束する。

定理9.4($C^*$-環はノルムが$1$以下の非負元からなる単調増加な近似単位元を持つ)

$\mathcal{A}$ を単位的ではない $C^*$-環とする。このとき、 $$ \Lambda\colon=\{A\in \mathcal{A}_+:\lVert A\rVert<1\} $$ は $\mathcal{A}_{\rm sa}$ の順序により有向集合であり、ネット $(U)_{U\in\Lambda}$ は $\mathcal{A}$ の近似単位元である。

Proof.

$\mathcal{A}_+$ は $\mathcal{A}_{\rm sa}$ の順序により有向集合であるから補題9.2より $\Lambda$ も $\mathcal{A}_{\rm sa}$ の順序により有向集合である。$(U)_{U\in\Lambda}$ が $\mathcal{A}$ の近似単位元であることを示すには、$\mathcal{A}$ の任意の元が $\mathcal{A}_+$ の元の線形結合で表されること(注意7.4)から、ノルムが $1$ 以下の任意の $A\in \mathcal{A}_+\backslash \{0\}$ を取り、 $$ \lim_{U\in\Lambda}UA=A\quad\quad(*) $$ が成り立つことを示せば十分である。任意の $U_0\in \Lambda$ と、$U\geq U_0$ なる任意の $U\in \Lambda$ に対し、命題7.12の $(1)$ より単位化 $C^*$-環 $\widetilde{\mathcal{A}}$ において、 $$ (1-U)^2=\sqrt{1-U}(1-U)\sqrt{1-U}\leq \sqrt{1-U}^2=1-U\leq 1-U_0 $$ であり、 $$ 0\leq A(1-U)^2A\leq A(1-U_0)A $$ である。よって $C^*$-ノルム条件と命題7.12の $(3)$ より、 $$ \lVert A-UA\rVert^2=\lVert A(1-U)^2A\rVert\leq \lVert A(1-U_0)A\rVert\leq \lVert A-U_0A\rVert $$ である。これより $(*)$ が成り立つことを示すには、任意の $\epsilon\in(0,\infty)$ に対し、 $$ \lVert A-U_0A\rVert<\epsilon\quad\quad(**) $$ を満たす $U_0\in \Lambda$ が存在することを示せばよい。今、可換 $C^*$-環 $C^*(\{A\})$ のGelfand変換(定理5.9を参照) $$ \Gamma:C^*(\{A\})\rightarrow C_0(\widehat{C^*(\{A\})}) $$ を考え、 $$ f:=\Gamma(A)\in C_0(\widehat{C^*(\{A\})}) $$ とおく。注意6.8より $\sqrt{A}\in C^*(\{A\})$ であるから、 $$ f=\Gamma(A)=\Gamma(\sqrt{A})^2 $$ なので $f$ は非負値である。任意の $n\in \mathbb{N}$ に対し、$h_n\colon\widehat{C^*(\{A\})}\rightarrow\mathbb{C}$ を、 $$ h_n(\gamma)\colon=\frac{f(\gamma)}{f(\gamma)+n^{-1}}\quad(\forall \gamma\in \widehat{C^*(\{A\})}) $$ とおくと、$h_n$ は $\frac{1}{f+n^{-1}}\in C_b(\widehat{C^*(\{A\})})$ と $f\in C_0(\widehat{C^*(\{A\})})$ の積なので、$h_n\in C_0(\widehat{C^*(\{A\})})$ である。よって $h_n=\Gamma(V_n)$ なる $V_n\in C^*(\{A\})$ が定まり、$h_n$ が非負値であることから $V_n\in \mathcal{A}_+$ である。また、 $$ \lVert V_n\rVert=\lVert h_n\rVert=\underset{\gamma\in \widehat{C^*(\{A\})}}\sup\frac{f(\gamma)}{f(\gamma)+n^{-1}}=\underset{\gamma\in \widehat{C^*(\{A\})}}\sup\left(1-n^{-1}\frac{1}{f(\gamma)+n^{-1}}\right)<1 $$ であるから $V_n\in \Lambda$ である。今、$C_0(\widehat{C^*(\{A\})})$ の列 $(fh_n)_{n\in\mathbb{N}}$ を考えると、任意の $\gamma\in \widehat{C^*(\{A\})}$ に対し、 $$ h_n(\gamma)f(\gamma)\leq h_{n+1}(\gamma)f(\gamma)\quad(\forall n\in\mathbb{N}),\quad \lim_{n\rightarrow\infty}h_n(\gamma)f(\gamma)=f(\gamma) $$ であるから、Diniの定理(補題9.3)より、 $$ \lim_{n\rightarrow\infty}\lVert f-h_nf\rVert=0 $$ が成り立つ。よって、 $$ \lim_{n\rightarrow\infty}\lVert A-V_nA\rVert=\lim_{n\rightarrow\infty}\lVert \Gamma(A-V_nA)\rVert=\lim_{n\rightarrow\infty}\lVert f-h_nf\rVert=0 $$ が成り立つ。ゆえにある $n_0\in \mathbb{N}$ に対し $\lVert A-V_{n_0}A\rVert<\epsilon$ となるから、$U_0\colon=V_{n_0}\in \Lambda$ とおけば $(**)$ が成り立つ。

系9.5($C^*$-環の閉イデアルは自動的に $*$-イデアル)

$\mathcal{A}$ を $C^*$-環、$\mathcal{I}\subset \mathcal{A}$ を閉イデアルとする。このとき $\mathcal{I}$ は$*$-イデアルである(つまり対合で閉じている)。

Proof.

$\mathcal{I}^*=\{A^*:A\in \mathcal{I}\}$ とおき、$\mathcal{B}\colon=\mathcal{I}\cap \mathcal{I}^*$ とおく。このとき $\mathcal{B}$ は $\mathcal{A}$ の部分 $C^*$-環であるから、定理9.4より $\mathcal{B}$ は非負元からなる近似単位元 $(U_{\lambda})_{\lambda\in\Lambda}$ を持つ。任意の $A\in \mathcal{I}$ に対し $AA^*\in \mathcal{B}$ であるから $C^*$-ノルム条件より、 $$ \lVert A^*-A^*U_{\lambda}\rVert^2=\lVert (1-U_{\lambda})AA^*(1-U_{\lambda})\rVert\leq \lVert AA^*-AA^*U_{\lambda}\rVert\rightarrow0 $$ である。よって $A^*=\lim_{\lambda}A^*U_{\lambda}\in\mathcal{I}$ であるから $\mathcal{I}$ は $*$-イデアルである。

定理9.6(商 $C^*$-環)

$\mathcal{A}$ を $C^*$-環、$\mathcal{I}\subset \mathcal{A}$ を閉イデアルとする。(系9.5より自動的に閉 $*$-イデアルである。)このとき商Banach *-環(位相線形空間1:ノルムと内積命題2.5を参照)$\mathcal{A}/\mathcal{I}$ は $C^*$-環である。

Proof.

$\mathcal{I}$ は $\mathcal{A}$ の部分 $C^*$-環であるから、定理9.4より $\mathcal{I}$ は非負元からなる近似単位元 $(U_{\lambda})_{\lambda\in\Lambda}$ を持つ。商写像を、 $$ \mathcal{A}\ni A\mapsto [A]\in \mathcal{A}/\mathcal{I} $$ とする。まず、 $$ \lVert [A]\rVert=\lim_{\lambda\in\Lambda}\lVert A-AU_{\lambda}\rVert\quad(\forall A\in\mathcal{A})\quad\quad(*) $$ が成り立つことを示す。任意の$A\in {\cal A}$ を取る。商ノルムの定義(位相線形空間1:ノルムと内積定義2.1)より、 $$ \lVert [A]\rVert=\inf\{\lVert A-B\rVert:B\in\mathcal{I}\} $$ であるから、任意の $\epsilon\in(0,\infty)$ に対し、 $$ \lVert A-B\rVert<\lVert [A]\rVert+\frac{\epsilon}{2} $$ なる $B\in\mathcal{I}$ が取れる。また $(U_{\lambda})_{\lambda\in\Lambda}$ は $\mathcal{I}$ の近似単位元であるから、$\lambda_0\in\Lambda$ で、 $$ \lVert B-BU_{\lambda}\rVert<\frac{\epsilon}{2}\quad(\forall\lambda\geq\lambda_0) $$ なるものが取れる。よって任意の $\lambda\geq\lambda_0$ に対し、 $$ \lVert [A]\rVert\leq\lVert A-AU_{\lambda}\rVert\leq\lVert(A-B)(1-U_{\lambda})\rVert+\lVert B-BU_{\lambda}\rVert\leq\lVert A-B\rVert+\lVert B-BU_{\lambda}\rVert<\lVert [A]\rVert+\epsilon $$ となるから、$\epsilon\in (0,\infty)$ の任意性より $(*)$ が成り立つ。これより任意の $A\in \mathcal{A}$ に対し、 $$ \begin{aligned} \lVert [A]\rVert^2&=\lim_{\lambda\in\Lambda}\lVert A-AU_{\lambda}\rVert^2 =\lim_{\lambda\in\Lambda}\lVert A(1-U_{\lambda})\rVert^2=\lim_{\lambda\in\Lambda}\lVert (1-U_{\lambda})A^*A(1-U_{\lambda})\rVert\\ &\leq\lim_{\lambda\in\Lambda}\lVert A^*A-A^*AU_{\lambda}\rVert=\lVert [A^*A]\rVert=\lVert [A]^*[A]\rVert \end{aligned} $$ であるから、 $$ \lVert [A]\rVert^2\leq \lVert [A]^*[A]\rVert\leq \lVert [A]^*\rVert\lVert [A]\rVert=\lVert [A]\rVert^2 $$ である。よって $\mathcal{A}/\mathcal{I}$ は $C^*$-ノルム条件を満たすので $C^*$-環である。

10. $C^*$-環上の $*$-環準同型写像の自動的ノルム減少性と自動的ノルム保存性

定理10.1(Banach $*$-環から $C^*$-環への $*$-環準同型写像の自動的ノルム減少性)

$\mathcal{A}$ をBanach $*$-環、$\mathcal{B}$ を $C^*$-環とし、$\pi\colon\mathcal{A}\rightarrow \mathcal{B}$ を $*$-環準同型写像とする。このとき $\pi$ はノルム減少である。すなわち、 $$ \lVert \pi(A)\rVert\leq \lVert A\rVert\quad(\forall A\in\mathcal{A})\quad\quad(*) $$ が成り立つ。

Proof.

  • $(1)$ $\mathcal{A},\mathcal{B}$ がそれぞれ単位的であり、$\pi$ が $\mathcal{A}$ の単位元を $\mathcal{B}$ の単位元に写す場合を考える。このとき任意の $A\in \mathcal{A}$ に対し $\sigma(\pi(A))\subset \sigma(A)$ であるからスペクトル半径に関して ${\rm spr}(\pi(A))\leq {\rm spr}(A)$ が成り立つ。よって任意の $A\in \mathcal{A}$ に対し、$C^*$-ノルム条件と定理3.4命題1.10より、

$$ \lVert \pi(A)\rVert^2=\lVert \pi(A^*A)\rVert={\rm spr}(\pi(A^*A))\leq {\rm spr}(A^*A)\leq \lVert A^*A\rVert\leq \lVert A\rVert^2 $$ である。よって $(*)$ が成り立つ。

  • $(2)$ $\mathcal{A}$ が単位的である場合を考える。$\mathcal{B}$ の部分 $C^*$-環 $\overline{\pi(\mathcal{A})}\subset \mathcal{B}$ を考えると、$\mathcal{A}$ の単位元 $1$ に対し $\pi(1)$ は $\overline{\pi(\mathcal{A})}$ の単位元である。よって $*$-環準同型写像 $\mathcal{A}\ni A\mapsto \pi(A)\in\overline{\pi(\mathcal{A})}$ に対して $(1)$ を適用すれば $(*)$ を得る。
  • $(3)$ $\mathcal{A}$ が単位元を持たず、$\mathcal{B}$ が単位元を持つ場合を考える。$\mathcal{A}$ の単位化Banach $*$-環を $\widetilde{\mathcal{A}}$ とし、

$$ \widetilde{\pi}\colon\widetilde{\mathcal{A}}=\mathcal{A}\oplus \mathbb{C}1\ni A+\alpha1\mapsto \pi(A)+\alpha1\in\mathcal{B} $$ とおくと、$\widetilde{\pi}$ は $*$-環準同型写像であり、$\mathcal{A}\subset \widetilde{\mathcal{A}}$ 上で $\pi$ と一致する。よって $(2)$ より、 $$ \lVert \pi(A)\rVert=\lVert\widetilde{\pi}(A)\rVert\leq \lVert A\rVert\quad(\forall A\in\mathcal{A}) $$ が成り立つ。

  • $(4)$ $\mathcal{A},\mathcal{B}$ が共に単位的ではない場合を考える。$\widetilde{B}$ を $\mathcal{B}$ の単位化 $C^*$-環とすると、$\pi$ は $\mathcal{A}$ から $\widetilde{\mathcal{B}}$ への $*$-環準同型写像とみなせるので $(3)$ より $(*)$ が成り立つ。

定理10.2($C^*$-環から $C^*$-環への単射 *-環準同型写像の自動的ノルム保存性)

$\mathcal{A},\mathcal{B}$ を $C^*$-環とし、$\pi\colon\mathcal{A}\rightarrow \mathcal{B}$ を単射 $*$-環準同型写像とする。このとき $\pi$ はノルムを保存する。すなわち、 $$ \lVert \pi(A)\rVert=\lVert A\rVert\quad(\forall A\in\mathcal{A})\quad\quad(*) $$ が成り立つ。

Proof.

  • $(1)$ $\mathcal{A},\mathcal{B}$ がそれぞれ単位的可換 $C^*$-環であり、$\pi$ が $\mathcal{A}$ の単位元を $\mathcal{B}$ の単位元に写す場合を考える。$\mathcal{A},\mathcal{B}$ の指標空間(定義5.6を参照) $\widehat{\mathcal{A}}, \widehat{\mathcal{B}}$ に対し、

$$ \tau\colon\widehat{\mathcal{B}}\ni \delta\mapsto \delta\circ\pi\in \widehat{\mathcal{A}} $$ なる写像を定義すると、ネットによる連続性の特徴付け(ネットによる位相空間論定理3)より $\tau$ は連続である。今、$\tau$ が全射であることを示す。$\tau$ は連続で $\widehat{\mathcal{B}}$ はコンパクトであるから $\tau(\widehat{B})$ は $\widehat{A}$ のコンパクト集合、したがって閉集合である。よってもし $\widehat{A}\neq \tau(\widehat{B})$ ならば、Urysohnの補題(測度と積分7:局所コンパクトHausdorff空間上のRadon測度定理27.6)より $f\in C(\widehat{\mathcal{A}})$ で、 $$ \lVert f\rVert=1,\quad {\rm supp}(f)\subset \widehat{\mathcal{A}}\backslash \tau(\widehat{\mathcal{B}}) $$ を満たすものが取れる。そこで $\mathcal{A}$ のGelfand変換(定理5.9を参照)$\Gamma_{\mathcal{A}}\colon\mathcal{A}\rightarrow C(\widehat{\mathcal{A}})$ を考えると、$f=\Gamma_{\mathcal{A}}(A)$ なる $A\in\mathcal{A}$ が定まり、 ${\rm supp}(\Gamma_{\mathcal{A}}(A))={\rm supp}(f)\subset \widehat{\mathcal{A}}\backslash \tau(\widehat{\mathcal{B}})$ より、 $$ 0=\Gamma_{\mathcal{A}}(A)(\tau(\delta))=\tau(\delta)(A)=\delta(\pi(A))\quad(\forall \delta\in\widehat{\mathcal{B}}) $$ となる。よって $\mathcal{B}$ のGelfand変換 $\Gamma_{\mathcal{B}}\colon\mathcal{B}\rightarrow C(\widehat{\mathcal{B}})$ に対し、 $$ \Gamma_{\cal B}(\pi(A))(\delta)=\delta(\pi(A))=0\quad(\forall \delta\in \widehat{\cal B}) $$ であるから $\Gamma_{\cal B}(\pi(A))=0$、したがって $pi(A)=0$ となり、 $\pi$ の単射性より $A=0$ となる。しかしこれは $1=\lVert f\rVert=\lVert \Gamma_{\mathcal{A}}(A)\rVert=\lVert A\rVert$ であることに矛盾する。ゆえに $\tau$ は全射である。これより任意の $A\in\mathcal{A}$ に対し、 $$ \lVert \pi(A)\rVert=\lVert\Gamma_{\mathcal{B}}(\pi(A))\rVert=\sup_{\delta\in\widehat{\mathcal{B}}}\lvert \delta(\pi(A))\rvert =\sup_{\delta\in \widehat{\mathcal{B}}}\lvert \tau(\delta)(A)\rvert=\sup_{\gamma\in\widehat{\mathcal{A}}}\lvert \gamma(A)\rvert=\lVert \Gamma_{\mathcal{A}}(A)\rVert=\lVert A\rVert $$ である。

  • $(2)$ $\mathcal{A}$ が単位的可換 $C^*$ -環である場合を考える。このとき $\mathcal{B}$ の部分 $C^*$-環 $\overline{\pi(\mathcal{A})}\subset \mathcal{B}$ は単位的かつ可換であり、$\mathcal{A}$ の単位元 $1$ に対し $\pi(1)$ は $\overline{\pi(\mathcal{A})}$ の単位元である。よって $(1)$ より $(*)$ が成り立つ。
  • $(3)$ $\mathcal{A}$ が単位元を持たない可換 $C^*$-環で、$\mathcal{B}$ が単位的 $C^*$-環である場合を考える。$\widetilde{\mathcal{A}}$ を単位化 $C^*$-環とすると $\widetilde{\mathcal{A}}$ は可換であり、

$$ \widetilde{\pi}\colon\widetilde{\mathcal{A}}=\mathcal{A}\oplus\mathbb{C}1\ni A+\alpha1\mapsto \pi(A)+\alpha1\in\mathcal{B} $$ は $*$-環準同型写像である。$\widetilde{\pi}$ が単射であることを示す。そこで $A+\alpha1\in \widetilde{\mathcal{A}}$ が $\pi(A)+\alpha1=0$ を満たすとする。このとき $\alpha1=\pi(-A)$ である。もし $\alpha\neq0$ ならば $\pi$ の単射性より $-\frac{1}{\alpha}A$ は $\mathcal{A}$ の単位元であることになり矛盾する。よって $\alpha=0$ であり、したがって $\pi(A)=0$ であるので $\pi$ の単射性より $A=0$ である。ゆえに $\widetilde{\pi}$ は単射であるから $(2)$ より、 $$ \lVert \pi(A)\rVert=\lVert \widetilde{\pi}(A)\rVert=\lVert A\rVert\quad(\forall A\in\mathcal{A}) $$ が成り立つ。

  • $(4)$ $\mathcal{A},\mathcal{B}$ が共に単位元を持たず、$\mathcal{A}$ が可換である場合を考える。$\mathcal{B}$ の単位化 $C^*$-環 $\widetilde{\mathcal{B}}$ を考えると、$\pi$ は$\mathcal{A}$ から $\widetilde{\mathcal{B}}$ への $*$-環準同型写像とみなせるので $(3)$ より $(*)$ が成り立つ。
  • $(5)$ 一般の場合を考える。任意の $A\in \mathcal{A}$ を取る。可換 $C^*$-環 $C^*(\{A^*A\})$ 上に $\pi$ を制限したものは単射 $*$-環準同型写像であるから、$C^*$-ノルム条件と $(2),(3),(4)$ より、

$$ \lVert \pi(A)\rVert^2=\lVert\pi(A^*A)\rVert=\lVert A^*A\rVert=\lVert A\rVert^2 $$ である。よって $(*)$ が成り立つ。

系10.3($C^*$-環から $C^*$-環への $*$-環準同型写像の像は自動的に閉)

$\mathcal{A},\mathcal{B}$ を $C^*$-環、$\pi\colon\mathcal{A}\rightarrow\mathcal{B}$ を $*$-環準同型写像とする。このとき $\pi(\mathcal{A})\subset \mathcal{B}$ は閉である。すなわち $\pi(\mathcal{A})$ は $\mathcal{B}$ の部分 $C^*$-環である。

Proof.

定理10.1より $\pi$ は自動的にノルム減少であるから、 $$ {\rm Ker}(\pi)=\{A\in\mathcal{A}:\pi(A)=0\} $$ は $\mathcal{A}$ の閉 $*$-イデアルである。そこで商 $C^*$-環 $\mathcal{A}/{\rm Ker}(\pi)$(定理9.6を参照)を考え、商写像を、 $$ \mathcal{A}\ni A\mapsto [A]\in \mathcal{A}/{\rm Ker}(\pi) $$ とする。このとき、 $$ \widehat{\pi}\colon\mathcal{A}/{\rm Ker}(\pi)\ni [A]\mapsto \pi(A)\in \mathcal{B} $$ はwell-definedであり、単射 $*$-環準同型写像である。よって定理10.2より $\widehat{\pi}$ は等長であるから、$\mathcal{A}/{\rm Ker}(\pi)$ の完備性より、 $$ \pi(\mathcal{A})=\widehat{\pi}(\mathcal{A}/{\rm Ker}(\pi))\subset \mathcal{B} $$ は閉である。

参考文献

関連項目

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脚注

  1. ただし $\frac{1}{0}=\infty$ である。
  2. 測度と積分6:数え上げ測度と $\ell^p$ 空間の26($\ell^1$ 直和Banach空間)を参照。
  3. 商ノルム空間については位相線形空間1:ノルムと内積の2を参照。
  4. 商Banach環に関しては位相線形空間1:ノルムと内積命題2.5を参照。
  5. コンパクトHausdorff空間から一点を除いた集合は相対位相で局所コンパクトHausdorff空間である測度と積分7:局所コンパクトHausdorff空間上のRadon測度命題27.4を参照。
  6. 弱 $*$-位相による収束の特徴付け(位相線形空間2:セミノルム位相と汎弱位相注意10.2)と、連続性のネットによる特徴付け(ネットによる位相空間論命題3.1)を参照。
  7. 連続性はネットによる位相空間論定理3を用いれば直ちに分かる。