Euclid整域

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Euclid整域

Euclid整域(Euclidian Domain)とは、各要素の”大きさ”を測る写像を備え、"除法の原理"が成り立つ整域をいう。除法の原理からEuclidの互除法によって2要素の最大公約元を構成的に求められる。特にEuclid性はある環が単項イデアル整域となる十分条件を与えるが、逆は一般に成り立たない。

定義

$R$ を整域とする。以下の条件を充たす写像 $\phi \colon R \to \mathbb{Z}$ が存在するとき、$R$ をEuclid整域という:

  1. 任意の $x \in R$ に対し、$\phi(x) \ge 0$、かつ $\phi(x) = 0$ $\Leftrightarrow$ $x = 0$;
  2. 任意の $a$, $b \in R \setminus \{0\}$ に対し $\phi(ab) \ge \phi(a)$;
  3. 除法の原理)任意の $a$, $b \in R \setminus \{0\}$ に対し、$q$, $r \in R$ で $$ a = bq + r,\phi(r) < \phi(b)$$ をみたすものが存在する。

上記定義における $\phi$ をEuclid写像という。これは最大公約的な呼称であり、他にノルム、次数、付値などと呼ばれる。実際、代数体の整数環がEuclid環となる場合[1]にはEuclidノルム[2]が、体上の1変数多項式環の場合には多項式の次数[3]が、離散付値環の場合には付値がそれぞれ除法の原理を満たし、Euclid整域をどの例の一般化と考えるかによって呼称は変化する。

典型的な例

  1. 有理整数環 $\mathbb{Z}$ は絶対値写像 $\phi(x) := |x|$ によりEuclid整域となる。
  2. 体 $K$ 上の1変数多項式環 $K[T]$ は $$\phi(f(T)) := \begin{cases} 1 + \deg f(T) & f(T) \ne 0\\ 0 & f(T) = 0 \end{cases}$$ によりEuclid整域となる。定義を厳格に適用すると、次数 $\deg f(T)$ は条件 1. を満たさないので $1$ ずらす必要があるが、論証において $\phi(x)$ が非負性は重要でない[4]場合が多く「次数によってEuclid整域となる」と言ってもほぼ差し支えはない。

剰余の一意性について

除法の原理を示す等式 $a = bq + r$ において、$r$ を $a$ の $b$ による剰余という。一般に、剰余は一意的に定まらない。例えば、有理整数環 $\mathbb{Z}$ は絶対値写像(Euclidノルム)$\phi$ によりEuclid整域となるが、$$ 4 = 3 \cdot 1 + 1 = 3 \cdot 2 + (-2)$$ において $\phi(1) = 1$、$\phi(-2) = 2$ はいずれも $\phi(3) = 3$ より小さいから $1$、$-2$ のいずれも剰余の定義を充たす。$\mathbb{Z}$ においては剰余の一意性のために剰余を非負整数に限定することも多いが、これは $\mathbb{Z}$ に特有の技巧である。

一方、体 $K$ 上の多項式環 $K[T]$ においては剰余の一意性が成り立つ。

証明 $f(T) = g(T) q_1(T) + r_1(T) = g(T) q_2(T) + r_2(T)$、ここで $s = 1$, $2$ に対し $\deg r_s(T) < \deg g(T)$とすると $$r_1(T) - r_2(T) = g(T) (q_2(T) - q_1(T)).$$ ここで $q_1(T) \ne q_2(T)$ とすると、左辺の次数は $\deg g(T)$ 未満、右辺の次数は $\deg g(T)$ 以上である。これは矛盾であり $q_1(T) = q_2(T)$、ゆえに $r_1(T) = r_2(T)$ である。$\square$

定義の揺れに関する注意

値域の一般化

ユークリッド写像による値域を一般の整列集合(任意の空ではない部分集合が最小元をもつ順序集合)にとる場合がある。実際、除法の原理を用いた議論においては値が整数である必要性はほぼなく、

  • 値の小さなものに帰着する
  • ある値より小さな値は高々有限個しか取りえない

という性質を満たせば十分である。

条件 2. の冗長性

上記の定義において、条件 2. を課すことは冗長として省き、1. および 3. のみをもってEuclid整域の定義とする書籍もある。実際に、整域 $R$ が 1. および 3. を満たす写像 $\psi \colon R \to \mathbb{Z}$ をもてば、1. から 3. の総てを満たす写像 $\phi \colon R \to \mathbb{Z}$ を構成できる。

$R$ の要素 $a$ に対し $$ \phi(a) := \min_{x \ne 0} \psi (ax)$$ と定め、これが定義の 1. から 3. をすべて満たすことを示そう。$\psi$ は 1. を満たすので $\phi$ も 1. を満たす。また、任意の $b \ne 0$ に対し $$\phi (ab) = \min_{x \ne 0} \psi(abx)$$ を考える。$bx \ne 0$ から $\psi(abx) \ge \phi(a)$ であり、$x$ の任意性から $\phi(ab) \ge \phi(a)$、すなわち $\phi$ は 2. も満たす。

3. $R$ の任意の2要素 $a$, $b \ne 0$ に対して、$a = bq + r$,$\phi(r) < \phi(b)$ なる $q$, $r$ が存在することを示す。$\phi(b) = \psi(bc)$ なる $c$ をとり、$ac$ と $bc$ に $\psi$ による除法の原理を適用すれば $$ ac = Q bc + R,\psi(R) < \psi(bc)$$ なる $Q$, $R$ がとれる。ここで $q = Q$、$r = a - Qb$ とおくと $R = rc$ かつ$\phi(r) \le \psi(R) < \psi (bc) = \phi(b)$、これが証明すべきことであった。$\square$

単項イデアル整域との関係

Euclid整域は単項イデアル整域と強く関連する概念である。

定理(Euclid整域のイデアル)

Euclid整域は単項イデアル整域、すなわちEuclid整域の総てのイデアルは単項生成である。

証明 $R$ をEuclid整域、$\phi \colon R \to \mathbb{Z}$ をそのEuclid写像とする。$R$ のイデアル $I$ が単項生成であることを示そう。$I = 0$ ならば明らかなので $I \ne 0$ としてよい。$b \in I$ を $$ \phi (b) = \min \{ \phi(x) \mid x \in I \setminus \{0\} \} $$を満たすようにとる。$a \in I$ に対し、除法の原理から $$ a = bq + r,\phi(r) < \phi(b)$$ なる $q, r \in R$ が存在する。このとき $r = a - bq \in I$ と $b$ のとり方により $r = 0$ である。特に $a \in (b)$ であり、$I = (b)$。$\square$

Eudlid整域の一般化として概Euclid整域の概念が定義され、この単項イデアル整域であるための必要十分条件を与えることが知られている。

概Euclid整域の定義

$R$ を整域とする。写像 $\phi \colon R \to \mathbb{Z}$ で

  1. 任意の $x \in R$ に対し $\phi(x) \ge 0$、かつ $\phi(x) = 0$ $\Leftrightarrow$ $x = 0$;
  2. 任意の $x, y \ne 0$ に対し $\phi(xy) \ge \phi(x)$;
  3. 2要素 $x, y \in R$ が $y \ne 0$、$x \not\in (y)$ および $\phi(x) \ge \phi(y)$ を満たすとき、$0 < \phi (px - qy) < \phi(y)$ となるような $p, q \in R$ が存在する;

を満たすものが存在するとき、$R$ を概Euclid整域という[5]。またこのとき、$\phi$ をDedekind-Hasseノルムという。

定理(概Euclid整域と単項イデアル整域)

$R$ を整域とする。$R$ が単項イデアル整域であるための必要十分条件は、ある写像 $\phi \colon R \to \mathbb{Z}$ により $R$ が概Euclid整域となることである。

証明は単項イデアル整域を参照されたい。

Euclidの互除法とBezout整域

Euclid整域においては、Euclidの互除法アルゴリズムが適用でき、2要素の最大公約元を構成的に得ることができる。特にEuclid整域はBezout整域である。Euclid整域 $R$ の2要素 $a$, $b$ に対し、以下の手続きによって $R$ の要素列 $\{ r_n\}$ を構成する。

  1. $r_0 := a$、$r_1 := b$ とする;
  2. 除法の原理を用いて、$r_t = r_{t+1} q_t + r_{t+2}$ かつ $\phi(r_{t+2}) < \phi(r_{t+1})$ を充たす $r_{t+2}$ をとる。
  3. 数列 $\{\phi(r_n)\}$ は非負整数のなす狭義単調減少列なので、ある自然数 $N$ で $r_N \ne 0$、かつ $r_{N-1}$ が $r_N$ で割り切れるものが存在する。この $r_N$ が $a, b$ の最大公約元である。

証明 証明は2段階に分かれる:

(1) 各 $t$ に対し $(r_{t-1}, r_t) = (r_t, r_{t+1})$ が成り立つ。

定義式 $r_{t-1} = r_t q + r_{t+1}$ により $r_{t-1} \in (r_t, r_{t+1})$ かつ $r_{t+1} \in (r_t, r_{t-1})$、ゆえに両辺は $(r_{t-1}, r_t, r_{t+1})$ に等しい。特に、総ての $t$ に対し $(a,b) = (r_t, r_{t+1})$ である。また構成法により $r_{N-1}$ は $r_N$ で割り切れるので $(r_{N-1}, r_N) = (r_N)$、ゆえに $(a,b) = (r_N)$ である。

(2) $(a,b) = (r)$ なる $r$ は $a, b$ の最大公約元である。

$a, b \in (r)$ から $r$ は $a, b$ の公約元である。$d$ を $a, b$ の公約元とすると、$a, b \in (d)$ ゆえ $(r) = (a,b) \subset (d)$。これは $r$ が $d$ で割り切れることを意味する。$\square$

関連項目

  1. 後述するように、代数体の整数環は一般にEuclid環ではない。
  2. 複素数体 $\mathbb{C}$ を座標平面と同一視する場合のEuclid距離をEuclidノルムという。
  3. 厳密にいうと、次数写像 $\deg$ はEuclid写像の条件 1. を満たさない。しかし、この点は $1$ を足すことで解決し、また 1. の性質を簡単に言い換えれば重大な齟齬を生じるおそれもほぼないため、次数 $\deg$ をEuclid写像と見做して論じる場合がほとんどである。
  4. さらに言えば、$\phi(x)$ が整数でなければならない理由もなく、議論上では整列集合(いかなる空でない部分集合も最小元を持つような順序集合)ならば十分である。
  5. このような $\phi$ はひとつとは限らない。