正規直交基底

同義語:orthonormal basis

概要

正規直交基底(orthonormal basis)とは、実または複素の内積空間の基底 $e_1,\dots,e_n$ で、各ベクトルの長さが $1$ で互いに直交する、すなわち $\langle e_i,e_j\rangle=\delta_{ij}$ を満たすものである。正規直交基底に関するベクトル $v$ の座標は内積 $\langle v,e_k\rangle$ で与えられ、長さの 2 乗はその絶対値の 2 乗の和に等しい(Parseval の等式)。有限次元の内積空間は Gram–Schmidt の直交化により必ず正規直交基底をもち、2 つの正規直交基底の間の取り替えの行列はユニタリ行列(実数の場合は直交行列)である。長さが $1$ でない直交基底や直交しない基底では、内積はそのままでは座標にならず、これは内積の選び方にもよる。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 内積空間, 基底と次元, 行列

平面 $\mathbb{R}^2$ の標準的な座標軸の方向 $e_1=(1,0)$、$e_2=(0,1)$ は、長さが $1$ で互いに直交している。座標軸を角 $\theta$ だけ回した $f_1=(\cos\theta,\sin\theta)$、$f_2=(-\sin\theta,\cos\theta)$ も同じ性質をもち、この新しい座標軸でのベクトル $v$ の座標は、$v$ と $f_1,f_2$ の内積 $\langle v,f_1\rangle$、$\langle v,f_2\rangle$ で求まる。一般の基底では座標を求めるのに連立1次方程式を解く必要があるが、長さ $1$ で互いに直交する基底なら内積を計算するだけでよい。このような基底が 正規直交基底 である。
具体例として、$\mathbb{R}^3$ の基底 $v_1=(1,1,0)$、$v_2=(1,0,1)$、$v_3=(0,1,1)$ に Gram–Schmidt の直交化(Gram–Schmidtの直交化。前のベクトルの方向の成分を引いてから長さを $1$ にする操作)を施すと
$$ e_1=\tfrac1{\sqrt2}(1,1,0),\qquad e_2=\tfrac1{\sqrt6}(1,-1,2),\qquad e_3=\tfrac1{\sqrt3}(-1,1,1) $$
が得られる。たとえば $e_2$ は $v_2-\langle v_2,e_1\rangle e_1=(1,0,1)-\frac12(1,1,0)=\frac12(1,-1,2)$ を長さ $1$ にしたものである。$v=(1,2,3)$ の座標は $\langle v,e_1\rangle=\frac3{\sqrt2}$、$\langle v,e_2\rangle=\frac5{\sqrt6}$、$\langle v,e_3\rangle=\frac4{\sqrt3}$ であり、その 2 乗の和 $\frac92+\frac{25}6+\frac{16}3=14$ は $v$ の長さの 2 乗 $1^2+2^2+3^2$ に一致する。
本記事では、有限次元の内積空間の正規直交基底について、座標が内積で与えられることと Parseval の等式、正規直交系が基底であるための同値条件、正規直交基底に関する表現行列の成分、正規直交基底どうしの取り替えの行列がユニタリ行列(実数の場合は直交行列)であること、QR分解を証明する。正規直交系が線形独立であること、Gram–Schmidt の直交化による存在、直交射影と最良近似は 内積空間 の記事にあるので、そちらの結果を引用する。

定義

以下、$F$ は実数体 $\mathbb{R}$ または複素数体 $\mathbb{C}$ とし、$\bar a$ で $a\in F$ の複素共役を表す($F=\mathbb{R}$ なら $\bar a=a$)。内積 $\langle\cdot,\cdot\rangle$ は 内積空間 の記事と同じく第 1 変数について線形、第 2 変数について共役線形とし、$\|v\|:=\sqrt{\langle v,v\rangle}$ と書く。$F^n$ には標準内積 $\langle x,y\rangle=\sum_kx_k\overline{y_k}$ を入れる。

正規直交基底

$V$ を $F$ 上の内積空間とする。$V$ のベクトルの族 $e_1,\dots,e_n$ が
$$ \langle e_i,e_j\rangle=\delta_{ij}=\begin{cases}1&(i=j)\\0&(i\ne j)\end{cases} $$
を満たすとき 正規直交系(orthonormal system)といい、正規直交系であってしかも $V$ の基底であるものを $V$ の 正規直交基底(orthonormal basis)という。「正規」は各ベクトルの長さが $1$ であること、「直交」は異なるベクトルが直交することを表す。$\langle e_i,e_j\rangle=0$($i\ne j$)だけを満たし、長さを問わないものは 直交系、基底なら 直交基底 という。

正規直交系・直交系の定義は 内積空間 の記事の定義「直交性と正規直交系」と同じである。本記事では主に有限次元の内積空間を扱う(無限次元については rem-onb-infinite)。有限次元の内積空間はつねに正規直交基底をもち、任意の正規直交系は正規直交基底に延長できる(内積空間 の記事の定理「Gram–Schmidtの直交化法」)。

ユニタリ行列と直交行列

$Q\in M_n(F)$ が $Q^*Q=I_n$ を満たすとき、$Q$ を ユニタリ行列(unitary matrix)という。ここで $Q^*:=\overline{Q}^{\top}$ は $Q$ の共役転置(転置行列)である。成分が実数のユニタリ行列、すなわち $Q^{\top}Q=I_n$ を満たす $Q\in M_n(\mathbb{R})$ を 直交行列(orthogonal matrix)という。

$Q^*Q$ の $(i,j)$ 成分は $Q$ の第 $j$ 列と第 $i$ 列の標準内積 $\langle q_j,q_i\rangle$ なので、$Q^*Q=I_n$ は「$Q$ の列ベクトルが $F^n$ の正規直交基底である」($n$ 個の正規直交系は基底である。prop-onb-equivalent)ことと同値である。また $Q^*Q=I_n$ なら片側の逆行列で十分なので $QQ^*=I_n$ でもあり、$Q$ は正則行列で $Q^{-1}=Q^*$ である(正則行列 の記事の定理「片側の逆行列で十分であること」)。

直感

座標系を選ぶことは基底を選ぶことである。どの基底を選んでも座標は定まるが、長さや角度を座標で計算できるのは、座標軸が互いに直交し、目盛りの長さが $1$ である場合に限られる。正規直交基底は内積空間の「直交座標系」であり、これを選ぶと、どんな $n$ 次元の内積空間も、内積まで含めて $F^n$ と同じに扱える(thm-onb-parseval)。
正規直交基底の取り替えは、長さと角度を保つ座標変換、すなわち回転や鏡映にあたる。その行列がユニタリ行列・直交行列である(thm-onb-change)。行列の対角化でも、実対称行列や正規行列は正規直交基底をとって対角化できる(スペクトル定理)ので、座標の取り替えの逆行列を共役転置で済ませられる。

例と反例

回転した座標軸と三角関数
  1. $F^n$ の標準基底 $e_1,\dots,e_n$ は正規直交基底である。
  2. 冒頭の $f_1=(\cos\theta,\sin\theta)$、$f_2=(-\sin\theta,\cos\theta)$ は $\|f_1\|^2=\|f_2\|^2=\cos^2\theta+\sin^2\theta=1$、$\langle f_1,f_2\rangle=-\cos\theta\sin\theta+\sin\theta\cos\theta=0$ を満たし、$\mathbb{R}^2$ の正規直交基底である。
  3. 閉区間 $[-\pi,\pi]$ 上の実数値連続関数に $\langle f,g\rangle=\int_{-\pi}^{\pi}f(t)g(t)\,dt$ を入れた内積空間(内積空間 の記事の例「連続関数の空間」)で、$1,\cos t,\sin t$ の張る 3 次元の部分空間 $W$ を考える。$\int_{-\pi}^{\pi}\cos t\,dt=\int_{-\pi}^{\pi}\sin t\,dt=\int_{-\pi}^{\pi}\cos t\sin t\,dt=0$、$\int_{-\pi}^{\pi}\cos^2t\,dt=\int_{-\pi}^{\pi}\sin^2t\,dt=\pi$ なので
    $$ \frac1{\sqrt{2\pi}},\qquad\frac{\cos t}{\sqrt\pi},\qquad\frac{\sin t}{\sqrt\pi} $$
    は $W$ の正規直交基底である。$f\in W$ の座標 $\langle f,\cos t/\sqrt\pi\rangle$ などは、Fourier級数の係数の出発点である。
反例:直交基底では座標の公式が変わる

$\mathbb{R}^2$ の $g_1=(1,1)$、$g_2=(1,-1)$ は直交基底だが、$\|g_1\|=\|g_2\|=\sqrt2$ なので正規直交基底ではない。$v=(1,0)$ について、正規直交基底の座標の公式をそのまま使うと
$$ \langle v,g_1\rangle g_1+\langle v,g_2\rangle g_2=(1,1)+(1,-1)=(2,0)\ne v $$
となる。正しくは $v=\frac{\langle v,g_1\rangle}{\|g_1\|^2}g_1+\frac{\langle v,g_2\rangle}{\|g_2\|^2}g_2=\frac12(1,1)+\frac12(1,-1)$ である。一般に直交基底 $g_1,\dots,g_n$ では $v=\sum_k\frac{\langle v,g_k\rangle}{\|g_k\|^2}g_k$ であり($g_k/\|g_k\|$ が正規直交基底であることから従う)、この例は「直交基底である」を満たすが「各ベクトルの長さが $1$」を満たさない場合に「座標が $\langle v,g_k\rangle$ である」が成り立たないことを示す。

反例:直交でない基底では内積は座標にならない

$\mathbb{R}^2$ の基底 $h_1=(1,0)$、$h_2=(1,1)$ について、$v=(0,1)$ は $v=-h_1+h_2$ と書け、座標は $(-1,1)$ である。ところが内積は $\langle v,h_1\rangle=0$、$\langle v,h_2\rangle=1$ であり、座標と一致しない。この例は「基底である」を満たすが「直交系である」を満たさない場合に「座標が内積で与えられる」が成り立たないことを示す。

反例:正規直交かどうかは内積による

$\mathbb{R}^2$ に標準内積と異なる内積 $\langle x,y\rangle_w:=2x_1y_1+x_2y_2$(内積空間 の記事の例「重み付き内積」)を入れると、標準基底 $(1,0),(0,1)$ は直交系だが $\langle(1,0),(1,0)\rangle_w=2$ なので正規直交基底ではない。この内積に関しては $(1/\sqrt2,0),(0,1)$ が正規直交基底である。正規直交基底は「ベクトル空間」だけでは決まらず、内積を 1 つ固定して初めて意味をもつ。

性質

以下、$V$ は $F$ 上の $n$ 次元の内積空間($n\ge1$)とする。

座標と Parseval の等式

正規直交基底による座標とParsevalの等式

$e_1,\dots,e_n$ を $V$ の正規直交基底とする。任意の $u,v\in V$ について

  1. $v=\sum_{k=1}^n\langle v,e_k\rangle e_k$、
  2. $\langle u,v\rangle=\sum_{k=1}^n\langle u,e_k\rangle\overline{\langle v,e_k\rangle}$、
  3. $\|v\|^2=\sum_{k=1}^n|\langle v,e_k\rangle|^2$
    が成り立つ。したがって座標写像 $\varphi\colon V\to F^n$、$v\mapsto(\langle v,e_1\rangle,\dots,\langle v,e_n\rangle)$ は線形写像として同型であり、内積を保つ:$\langle\varphi(u),\varphi(v)\rangle=\langle u,v\rangle$(右辺は $V$ の内積、左辺は $F^n$ の標準内積)。
係数を内積で取り出す

1 と 3 は 内積空間 の記事の命題「正規直交系の性質」の 2 である。念のため 1 を示すと、$v=\sum_ka_ke_k$ と書き、両辺と $e_j$ の内積をとれば $\langle v,e_j\rangle=\sum_ka_k\langle e_k,e_j\rangle=a_j$ である。
2 を示す。$u$ に 1 を使い、第 1 変数についての線形性から
$$ \langle u,v\rangle=\Bigl\langle\sum_k\langle u,e_k\rangle e_k,\ v\Bigr\rangle=\sum_k\langle u,e_k\rangle\langle e_k,v\rangle=\sum_k\langle u,e_k\rangle\overline{\langle v,e_k\rangle} $$
である(最後は共役対称性 $\langle e_k,v\rangle=\overline{\langle v,e_k\rangle}$)。3 は 2 で $u=v$ とした場合である。
$\varphi$ は内積の第 1 変数についての線形性から線形である。1 により $\varphi(v)=0$ なら $v=0$ なので単射であり、$F^n$ の元 $(a_1,\dots,a_n)$ は $v=\sum_ka_ke_k$ の像である($\langle v,e_j\rangle=a_j$)から全射である。内積を保つことは 2 を標準内積の定義 $\langle x,y\rangle=\sum_kx_k\overline{y_k}$ と比べればわかる。$\square$

3 を Parseval の等式、2 をその一般形という。正規直交系が基底でないときは 3 の等号が不等号 $\le$ になる(Bessel の不等式、内積空間 の記事の命題「正規直交系の性質」の 3)。次の定理は、逆に Parseval の等式が成り立つことで正規直交系が基底であることを判定できることを示す。

正規直交系が基底であるための条件

$e_1,\dots,e_m$ を $V$ の正規直交系とする。次は同値である。

  1. $e_1,\dots,e_m$ は $V$ の正規直交基底である。
  2. $e_1,\dots,e_m$ は $V$ を生成する。
  3. $m=n=\dim V$。
  4. すべての $v\in V$ について $v=\sum_{k=1}^m\langle v,e_k\rangle e_k$。
  5. すべての $v\in V$ について $\|v\|^2=\sum_{k=1}^m|\langle v,e_k\rangle|^2$。
  6. すべての $k$ について $\langle v,e_k\rangle=0$ となる $v\in V$ は $v=0$ だけである。
直交成分の長さを見る

正規直交系は線形独立である(内積空間 の記事の命題「正規直交系の性質」の 1)。
1 ⇔ 2:線形独立な族が基底であることは、生成することと同値である。
1 ⇔ 3:基底なら元の個数は $\dim V$ である。逆に $m=n$ なら、$n$ 個の線形独立なベクトルは $V$ の基底である(基底と次元 の記事の命題「有限次元空間における独立系と生成系」の 1)。
1 ⇒ 4:thm-onb-parseval の 1 である。4 ⇒ 2:明らか。
4 ⇔ 5 と 4 ⇔ 6:$v\in V$ に対し $p:=\sum_k\langle v,e_k\rangle e_k$、$z:=v-p$ とおく。各 $j$ について $\langle z,e_j\rangle=\langle v,e_j\rangle-\sum_k\langle v,e_k\rangle\langle e_k,e_j\rangle=0$ なので $z$ は $p$ と直交し、内積空間 の記事の命題「内積とノルムの基本性質」の 4(三平方の定理)と「正規直交系の性質」の 2 により
$$ \|v\|^2=\|p\|^2+\|z\|^2=\sum_k|\langle v,e_k\rangle|^2+\|z\|^2 $$
である。よって 5 の等式は $\|z\|=0$、すなわち $v=p$ と同値であり、4 ⇔ 5 を得る。4 が成り立てば、6 の仮定を満たす $v$ は $v=\sum_k0\cdot e_k=0$ である。逆に 6 を仮定すると、上の $z$ はすべての $e_j$ と直交するので $z=0$、すなわち $v=p$ であり、4 が成り立つ。$\square$

条件 3 により、次元がわかっている空間では、正規直交系のベクトルの個数を数えるだけで基底かどうかがわかる。冒頭の $e_1,e_2,e_3$ は $\mathbb{R}^3$ の 3 個の正規直交系なので正規直交基底である。

表現行列と基底の取り替え

正規直交基底に関する表現行列

$e_1,\dots,e_n$ を $V$ の正規直交基底、$T\colon V\to V$ を線形写像とする。この基底に関する $T$ の表現行列 $A=(a_{ij})$($Te_j=\sum_ia_{ij}e_i$)の成分は
$$ a_{ij}=\langle Te_j,e_i\rangle $$
である。

座標の公式を当てはめる

thm-onb-parseval の 1 を $v=Te_j$ に使うと $Te_j=\sum_i\langle Te_j,e_i\rangle e_i$ であり、基底による表示は一意なので $a_{ij}=\langle Te_j,e_i\rangle$ である。$\square$

一般の基底では表現行列の成分を求めるのに連立1次方程式を解く必要があるが、正規直交基底では内積を計算すればよい。この公式から、正規直交基底に関する随伴作用素 $T^*$ の表現行列が $A^*$ であることも従う($\langle T^*e_j,e_i\rangle=\langle e_j,Te_i\rangle=\overline{a_{ji}}$。随伴作用素の存在は 内積空間 の記事の注意「随伴と正規変換の所在」)。

正規直交基底の取り替えとユニタリ行列

$f_1,\dots,f_n$ を $V$ の正規直交基底、$P=(p_{ij})\in M_n(F)$ とし、$e_j:=\sum_{i=1}^np_{ij}f_i$($j=1,\dots,n$)とおく。このとき、$e_1,\dots,e_n$ が $V$ の正規直交基底であることと、$P$ がユニタリ行列($F=\mathbb{R}$ なら直交行列)であることは同値である。とくに 2 つの正規直交基底の間の取り替えの行列はユニタリ行列(直交行列)である。

内積を座標で計算する

$e_j$ の $f$ に関する座標は $P$ の第 $j$ 列 $(p_{1j},\dots,p_{nj})$ である。thm-onb-parseval の 2 により
$$ \langle e_j,e_k\rangle=\sum_{i=1}^np_{ij}\overline{p_{ik}}=(P^*P)_{kj} $$
である。よって $\langle e_j,e_k\rangle=\delta_{jk}$ がすべての $j,k$ で成り立つこと、すなわち $e_1,\dots,e_n$ が正規直交系であることは、$P^*P=I_n$ と同値である。$n$ 個の正規直交系は正規直交基底である(prop-onb-equivalent の 3)ので主張を得る。$F=\mathbb{R}$ なら $P^*=P^{\top}$ である。
後半について、$e_1,\dots,e_n$ と $f_1,\dots,f_n$ がともに正規直交基底なら、$e_j$ を $f_1,\dots,f_n$ で表す係数を並べた行列 $P$ は、前半によりユニタリ行列である。$\square$

この定理を $V=F^n$、$f$ を標準基底として使うと、$P$ の列ベクトルが $F^n$ の正規直交基底をなすことと $P$ がユニタリ行列であることが同値である、という def-onb-unitary の後の注意が再び得られる。ユニタリ行列 $Q$ は $\|Qx\|=\|x\|$ を満たし($\langle Qx,Qy\rangle=\langle Q^*Qx,y\rangle=\langle x,y\rangle$)、ユニタリ行列の積と逆行列はまたユニタリ行列である($(Q_1Q_2)^*(Q_1Q_2)=Q_2^*Q_1^*Q_1Q_2=I_n$、$(Q^{-1})^*Q^{-1}=QQ^*=I_n$)。したがって $n$ 次ユニタリ行列の全体は一般線形群の部分群(ユニタリ群)をなし、直交行列の全体は直交群をなす。

QR 分解

正則行列のQR分解の存在と一意性

$A\in M_n(F)$ を正則行列とする。このとき、ユニタリ行列 $Q$ と、対角成分がすべて正の実数の上三角行列 $R$ で
$$ A=QR $$
を満たすものがただ 1 組存在する。$F=\mathbb{R}$ なら $Q$ は直交行列、$R$ は実行列である。

列ベクトルに Gram–Schmidt を施す

存在。$A$ の列ベクトル $a_1,\dots,a_n$ は線形独立である(正則行列 の記事の定理「正則性の同値条件」の 5)。これに Gram–Schmidt の直交化(内積空間 の記事の定理「Gram–Schmidtの直交化法」)を施して正規直交系 $q_1,\dots,q_n$ を得る。同定理の証明のとおり、$w_j:=a_j-\sum_{k< j}\langle a_j,q_k\rangle q_k\ne0$、$q_j=w_j/\|w_j\|$ であり
$$ a_j=\sum_{k< j}\langle a_j,q_k\rangle q_k+\|w_j\|\,q_j $$
である。$\langle a_j,q_j\rangle=\langle w_j,q_j\rangle=\|w_j\|$($k< j$ の $q_k$ は $q_j$ と直交する)なので、$r_{kj}:=\langle a_j,q_k\rangle$($k\le j$)、$r_{kj}:=0$($k>j$)とおけば $a_j=\sum_kr_{kj}q_k$、$r_{jj}=\|w_j\|>0$ である。$q_1,\dots,q_n$ を列とする行列を $Q$ とすれば $Q$ はユニタリ行列(def-onb-unitary の後の注意)であり、$A=QR$ である。
一意性。$A=QR$ を満たす $Q$(列 $q_1,\dots,q_n$)と $R=(r_{kj})$ をとり、$W_j:=\operatorname{span}\{a_1,\dots,a_j\}$($W_0:=\{0\}$)とおく。$a_j=\sum_{k\le j}r_{kj}q_k$ で $r_{jj}\ne0$ なので、$j$ についての帰納法により $\operatorname{span}\{q_1,\dots,q_j\}=W_j$ である。したがって $q_j\in W_j$ であり、$q_j$ は $q_1,\dots,q_{j-1}$ と、したがって $W_{j-1}$ と直交する。$W_j$ は $j$ 次元で、内積空間 の記事の定理「直交分解と最良近似」を $W_j$ の中で使うと $W_j=W_{j-1}\oplus L_j$、$L_j:=\{w\in W_j\mid w\perp W_{j-1}\}$ なので $\dim L_j=1$ である。$L_j$ の長さ $1$ のベクトル $u$ を 1 つ固定すると、$q_j\in L_j$、$\|q_j\|=1$ から $q_j=cu$、$|c|=1$ と書ける。さらに $\langle a_j,q_j\rangle=\sum_{k\le j}r_{kj}\langle q_k,q_j\rangle=r_{jj}>0$ なので $\bar c\langle a_j,u\rangle>0$ であり、$c=\langle a_j,u\rangle/|\langle a_j,u\rangle|$ と決まる。よって $q_j$ は $A$ だけで決まり、$Q$ は一意で、$R=Q^{-1}A=Q^*A$ も一意である。
$F=\mathbb{R}$ なら上の構成はすべて実数の中で行えるので、$Q$ は直交行列、$R$ は実行列である。$\square$

冒頭の $v_1,v_2,v_3$ を列とする行列では
$$ \begin{pmatrix}1&1&0\\1&0&1\\0&1&1\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}\frac1{\sqrt2}&\frac1{\sqrt6}&-\frac1{\sqrt3}\\\frac1{\sqrt2}&-\frac1{\sqrt6}&\frac1{\sqrt3}\\0&\frac2{\sqrt6}&\frac1{\sqrt3}\end{pmatrix}\begin{pmatrix}\sqrt2&\frac1{\sqrt2}&\frac1{\sqrt2}\\0&\frac{\sqrt6}2&\frac1{\sqrt6}\\0&0&\frac2{\sqrt3}\end{pmatrix} $$
である。QR 分解は、連立1次方程式 $Ax=b$ を $Rx=Q^*b$ という上三角の方程式に直して解く方法や、固有値の数値計算に使われる。

補足

不定値の計量での正規直交基底

Minkowski空間のように、対称双線形形式 $\langle\cdot,\cdot\rangle$ が正定値でない(不定符号計量)場合にも、$\langle e_i,e_j\rangle=0$($i\ne j$)かつ $\langle e_i,e_i\rangle=\pm1$ を満たす基底を正規直交基底と呼ぶことが多い。このときは $\varepsilon_i:=\langle e_i,e_i\rangle\in\{1,-1\}$ として $v=\sum_i\varepsilon_i\langle v,e_i\rangle e_i$ となる($v=\sum_ic_ie_i$ と $e_j$ の内積をとると $\langle v,e_j\rangle=c_j\varepsilon_j$)。「長さの 2 乗」$\langle v,v\rangle=\sum_i\varepsilon_i\langle v,e_i\rangle^2$ は負にもなり、Parseval の等式の形は符号付きに変わる。$\langle v,v\rangle=0$ となる $0$ でないベクトルは正規化できないので、正規直交基底には含まれない。たとえば $\mathbb{R}^2$ の $\langle x,y\rangle=x_1y_1-x_2y_2$ では標準基底が $\varepsilon_1=1$、$\varepsilon_2=-1$ の正規直交基底である。本記事の定理は、正定値の内積を仮定して証明している。

無限次元の場合

完備な無限次元の内積空間(Hilbert空間)では、「正規直交基底」は通常、線形代数の意味の基底(有限個の線形結合ですべてのベクトルを表す)ではなく、prop-onb-equivalent の 6 に相当する条件(すべての $e_k$ と直交するのは $0$ だけ)を満たす正規直交系を指す。たとえば 2 乗総和可能な数列の空間 $\ell^2$ で、第 $k$ 成分だけが $1$ の数列 $e_k$ の全体はこの意味の正規直交基底だが、その有限個の線形結合は有限個の成分以外が $0$ の数列に限られ、$(1,\frac12,\frac13,\dots)\in\ell^2$ を表せないので、線形代数の意味の基底ではない。完備性により、この場合は $v=\sum_k\langle v,e_k\rangle e_k$ が無限和(ノルムでの収束)として成り立つ。空間が完備でないと、この条件を満たす正規直交系があっても展開が成り立つとは限らないので、完備性の仮定は落とせない。この扱いの詳細は Hilbert空間 の記事に譲る。

文献

正規直交基底の定義・$\dim V$ 個の正規直交系が基底であること・座標と Parseval の等式は Axl24 6.27・6.28(p. 199)、6.30(p. 200。本記事の thm-onb-parseval の 1〜3 にあたる)、Gram–Schmidt の直交化と正規直交基底の存在は 6.32(p. 201)・6.35(p. 202)、ユニタリ行列の定義と特徴づけは 7.56・7.57(p. 263)、QR 分解は 7.58(p. 264)にある(同書は $\mathbf{F}=\mathbb{R},\mathbb{C}$ で述べている)。Bee15 は $\mathbb{C}^m$ の正規直交集合と Gram–Schmidt を Section O(Definition ONS、Theorem OSLI・GSP)で、ユニタリ行列を Section MINM(Definition UM、Theorem CUMOS・UMPIP)で扱っている。同書の内積は第 2 変数について線形(第 1 変数について共役線形)であり、本記事の約束とは共役の付く側が逆である。

関連項目

参考文献

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