Hirzebruchの符号数定理

同義語:Hirzebruch signature theorem

概要

Hirzebruchの符号数定理(Hirzebruch signature theorem)とは、向き付けられた $4k$ 次元の滑らかな閉多様体 $M$ の符号数 $\sigma(M)$ が、冪級数 $\sqrt t/\tanh\sqrt t$ に属する乗法的列の多項式 $L_k$ に接束の Pontryagin 類を代入した類の基本類での値、すなわち $L$ 種数に等しいという定理である。$L_1=\frac13p_1$、$L_2=\frac1{45}(7p_2-p_1^2)$ なので、4 次元では $\sigma(M)=\frac13p_1[M]$ となる。証明は、両辺が有理係数の同境環からの環準同型で、その生成元 $\mathbb{CP}^{2k}$ で一致することによる。Pontryagin 数の整除性や異種球面の発見に使われる。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 符号数(多様体), Pontryagin類, 同境, 対称多項式

Hirzebruch の符号数定理(Hirzebruch signature theorem)とは、向き付けられた $4k$ 次元の滑らかな閉多様体 $M$ の符号数 $\sigma(M)$(符号数(多様体))が、接束の Pontryagin 類の多項式 $L_k(p_1,\dots,p_k)$ の基本類での値に等しい、
$$ \sigma(M)=\bigl\langle L_k(p_1(M),\dots,p_k(M)),[M]\bigr\rangle $$
という定理である。$L_k$ は冪級数 $\sqrt t/\tanh\sqrt t$ に属する 乗法的列 の $k$ 番目の多項式で、$L_1=\tfrac13p_1$、$L_2=\tfrac1{45}(7p_2-p_1^2)$ である。左辺はコホモロジー環だけから決まる整数でホモトピー型の不変量なのに対し、右辺は滑らかな構造(接束)から決まる有理数である。両者が等しいことから、Pontryagin 数の割り切れ方の制約や、多様体が概複素構造をもたないことの証明、Milnor の異種球面の発見(異種球面)が導かれる。
定理の証明は、符号数と $L$ 種数がどちらも有理係数の向き付けられた同境環から $\mathbb Q$ への環準同型であることと、その環が複素射影空間 $\mathbb{CP}^{2k}$ で生成されるという Thom の定理による。この記事では、乗法的列の存在と一意性(Hirzebruch の補題)、$L_1$・$L_2$ の計算、$L$ 種数の同境不変性と乗法性、$\mathbb{CP}^{2k}$ で両辺がともに $1$ になること、4 次元での帰結を証明する。定理そのものと Thom の定理は引用する。

乗法的列

$\Lambda$ を $\mathbb Q$ 上の可換環(通常は $\mathbb Q$ そのもの)とする。$A^\bullet=\bigoplus_{j\ge0}A^j$ を $\Lambda$ 上の次数付き代数で、次数によらず $xy=yx$ を満たすものとし、形式和 $a=a_0+a_1+a_2+\cdots$($a_j\in A^j$)の全体を $\hat A$ とする。主な場面では $A^j=H^{4j}(M;\mathbb Q)$ である。

乗法的列

$\Lambda$ 係数の多項式の列 $K_1(x_1)$、$K_2(x_1,x_2)$、…、$K_j(x_1,\dots,x_j)$、… で、$x_i$ に次数 $i$ を与えると $K_j$ が $j$ 次斉次であるものを考える。$a_0=1$ の $a\in\hat A$ について
$$ K(a):=1+K_1(a_1)+K_2(a_1,a_2)+\cdots\in\hat A $$
とおく。すべての $A^\bullet$ と $a_0=b_0=1$ のすべての $a,b\in\hat A$ について $K(ab)=K(a)K(b)$ が成り立つとき、$\{K_j\}$ を 乗法的列(multiplicative sequence)という。

Hirzebruch の補題

$f(t)=1+\lambda_1t+\lambda_2t^2+\cdots\in\Lambda[\![t]\!]$ を形式的冪級数とする。$A^\bullet=\Lambda[t]$($\deg t=1$)で $K(1+t)=f(t)$ となる乗法的列 $\{K_j\}$ がただ 1 つ存在する。さらに、任意の $A^\bullet$ と $a_1\in A^1$ について $K(1+a_1)=f(a_1)$ である。

$\{K_j\}$ を $f$ に 属する 乗法的列という。

根で分解して対称式に戻す

$\sigma_i(t_1,\dots,t_N)$ を基本対称式とする。対称式の基本定理(対称多項式)により、$\sigma_1,\dots,\sigma_N$ は $\Lambda$ 上代数的に独立であり、$\Lambda[t_1,\dots,t_N]$ の対称式は $\sigma_1,\dots,\sigma_N$ の多項式としてただ 1 通りに書ける。
一意性.$A^\bullet=\Lambda[t_1,\dots,t_n]$($\deg t_i=1$)、$a:=\prod_{i=1}^n(1+t_i)$ とすると $a_j=\sigma_j$ である。乗法性と $K(1+t_i)=f(t_i)$ から $K(a)=\prod_if(t_i)$ であり、$n$ 次の成分をとると $K_n(\sigma_1,\dots,\sigma_n)$ は $f$ だけで決まる。$\sigma_i$ は独立なので多項式 $K_n$ が決まる。
存在.$N\ge n$ について、$\prod_{i=1}^Nf(t_i)$ の $n$ 次の成分は $n$ 次斉次の対称式なので、ただ 1 つの多項式 $K^{(N)}_n$ により $K^{(N)}_n(\sigma_1,\dots,\sigma_n)$ と書ける(重みが $n$ なので $\sigma_j$、$j>n$ は現れない)。$t_{N+1}=0$ を代入すると $\sigma_j$ は $\sigma_j$ に、$\prod_{i\le N+1}f(t_i)$ は $\prod_{i\le N}f(t_i)$ に写り、$\sigma_1,\dots,\sigma_n$ は独立なので $K^{(N+1)}_n=K^{(N)}_n$ である。これを $K_n$ とおく。同じ代入で、どの $N$ についても $K(\prod_{i\le N}(1+t_i))=\prod_{i\le N}f(t_i)$ がすべての次数で成り立つ。$N=1$ から $K(1+t)=f(t)$ である。
乗法性:$n$ 次の成分の等式 $K_n(ab)=\sum_{i+j=n}K_i(a)K_j(b)$ は、$(ab)_m=\sum_{i+j=m}a_ib_j$ を代入すれば $a_1,\dots,a_n,b_1,\dots,b_n$ の $\Lambda$ 係数の多項式の等式である。$\Lambda[t_1,\dots,t_n,u_1,\dots,u_n]$ で $a=\prod(1+t_i)$、$b=\prod(1+u_j)$ とすると、$ab$ は $2n$ 個の $1+(\cdot)$ の積なので $K(ab)=\prod f(t_i)\prod f(u_j)=K(a)K(b)$ である。このとき $a_i=\sigma_i(t)$、$b_j=\sigma_j(u)$ は合わせて $\Lambda$ 上代数的に独立なので、上の多項式の等式は多項式として成り立ち、任意の $A^\bullet$ で成り立つ。
最後の主張:$t_2=\cdots=t_n=0$ を代入すると $K_n(t_1,0,\dots,0)$ は $f(t_1)$ の $n$ 次の項 $\lambda_nt_1^n$ に等しい。よって $K_n(x_1,0,\dots,0)=\lambda_nx_1^n$ であり、$K(1+a_1)=\sum_n\lambda_na_1^n=f(a_1)$ である。$\square$

これは MS74 Lemma 19.1(pp. 221–222)である。上の証明は同書の一意性の議論と同じ形で、存在を対称式の基本定理から直接導いた(同書は分割に対応する多項式 $s_I$ を使って $K_n$ を書き下す)。

次数 2 までの公式

$f$ に属する乗法的列は
$$ K_1=\lambda_1x_1,\qquad K_2=\lambda_2x_1^2+(\lambda_1^2-2\lambda_2)x_2 $$
を満たす。実際、$\prod_if(t_i)$ の 2 次の成分は $\lambda_2\sum_it_i^2+\lambda_1^2\sum_{i< j}t_it_j=\lambda_2(\sigma_1^2-2\sigma_2)+\lambda_1^2\sigma_2$ である。

$L$ 多項式と $L$ 種数

$L$ 多項式

$\Lambda=\mathbb Q$ とし、
$$ f(t)=\frac{\sqrt t}{\tanh\sqrt t}=1+\frac13t-\frac1{45}t^2+\cdots $$
($x/\tanh x$ は $x^2$ の冪級数なので、$x^2=t$ とおいて $t$ の冪級数とみなす)に属する乗法的列を $\{L_j\}$ と書き、$L$ 多項式($L$-polynomials)という。

$L_1$ と $L_2$

$f$ の係数は $\lambda_1=\tfrac13$、$\lambda_2=-\tfrac1{45}$ であり、
$$ L_1(p_1)=\frac13p_1,\qquad L_2(p_1,p_2)=\frac1{45}\bigl(7p_2-p_1^2\bigr) $$
である。

$x/\tanh x=1+ax^2+bx^4+\cdots$ とおくと、$x\cosh x=(x/\tanh x)\sinh x$ から $1+\tfrac{x^2}2+\tfrac{x^4}{24}+\cdots=(1+ax^2+bx^4+\cdots)(1+\tfrac{x^2}6+\tfrac{x^4}{120}+\cdots)$ である(両辺を $x$ で割った)。$x^2$ の係数から $a+\tfrac16=\tfrac12$、すなわち $a=\tfrac13$、$x^4$ の係数から $b+\tfrac a6+\tfrac1{120}=\tfrac1{24}$、すなわち $b=\tfrac{15-20-3}{360}=-\tfrac1{45}$ である。ex-hst-low-degree に代入すると $L_1=\tfrac13x_1$、$L_2=-\tfrac1{45}x_1^2+(\tfrac19+\tfrac2{45})x_2=\tfrac1{45}(7x_2-x_1^2)$ である。$\square$

一般に $x/\tanh x=\sum_{k\ge0}\frac{2^{2k}B_{2k}}{(2k)!}x^{2k}$(Bernoulli数)であり、MS74 p. 225 は $L_3=\tfrac1{945}(62p_3-13p_2p_1+2p_1^3)$、$L_4$ まで書き下している。

$L$ 種数

$M$ を向き付けられた $m$ 次元の滑らかな閉多様体、$p_i(M)\in H^{4i}(M;\mathbb Q)$ を接束の Pontryagin 類の有理係数での像とする。乗法的列 $\{K_j\}$ について、$m=4k$ のとき
$$ K[M]:=\bigl\langle K_k(p_1(M),\dots,p_k(M)),[M]\bigr\rangle\in\mathbb Q $$
とおき、$m$ が $4$ の倍数でないときは $K[M]:=0$ とおく。これを $M$ の $K$ 種数($K$-genus)といい、$\{L_j\}$ のときを $L$ 種数 という。

$K[M]$ は Pontryagin 数(Pontryagin類 の節「Pontryagin 数と同境」)の有理係数の一次結合である。

$K$ 種数の性質

$\{K_j\}$ を有理係数の乗法的列とする。

  1. $K[M\sqcup M']=K[M]+K[M']$、$K[-M]=-K[M]$ である。
  2. $M$ が向き付けられた多様体の境界なら $K[M]=0$ である。したがって $K$ 種数は向き付けられた同境類だけで決まる。
  3. $K[M\times M']=K[M]\,K[M']$ である。

1・2 は、$K[M]$ が Pontryagin 数の一次結合であることと、Pontryagin類 の節「Pontryagin 数と同境」で Pontryagin 数を定義した段落(非交和と向きの反転)と、系「向き付けられた同境不変性」による。
3:$\mathrm{pr}_1,\mathrm{pr}_2$ を射影とすると $T(M\times M')\cong\mathrm{pr}_1^*TM\oplus\mathrm{pr}_2^*TM'$ である。有理係数では位数 $2$ の元が消えるので、Pontryagin類 の命題「自然性・安定性・Whitney の和公式」から $p(M\times M')=\mathrm{pr}_1^*p(M)\cdot\mathrm{pr}_2^*p(M')$ である。$A^j=H^{4j}(M\times M';\mathbb Q)$ は可換なので乗法性が使えて、$K(p(M\times M'))=\mathrm{pr}_1^*K(p(M))\cdot\mathrm{pr}_2^*K(p(M'))$ である。$\dim M=m$、$\dim M'=m'$ とし、$m+m'$ 次の成分をとる。$\mathrm{pr}_1^*K_i(p(M))\cdot\mathrm{pr}_2^*K_j(p(M'))$ は $4i>m$ または $4j>m'$ なら $0$ なので、$m=4k$、$m'=4k'$ なら残るのは $(i,j)=(k,k')$ だけである。基本類は $[M\times M']=[M]\times[M']$ で、偶数次の類 $x,y$ について $\langle\mathrm{pr}_1^*x\cdot\mathrm{pr}_2^*y,[M]\times[M']\rangle=\langle x,[M]\rangle\langle y,[M']\rangle$ である(MS74 Lemma 19.2 の証明、p. 223)。よって $K[M\times M']=K[M]K[M']$ である。$m$ か $m'$ が $4$ の倍数でないときは右辺は $0$ であり、左辺も $0$ である。実際、$m+m'$ が $4$ の倍数でなければ定義により $0$ である。$m+m'=4l$ なら、$4l$ 次の成分の各項 $\mathrm{pr}_1^*K_i(p(M))\cdot\mathrm{pr}_2^*K_j(p(M'))$($i+j=l$)は $4i\le m$ かつ $4j\le m'$ でなければ $0$ で、$4i+4j=m+m'$ と合わせると $4i=m$、$4j=m'$ が要るので、どの項も $0$ である。$\square$

主定理

Hirzebruch の符号数定理

$M$ を向き付けられた $4k$ 次元の滑らかな閉多様体とする。$M$ の符号数は $L$ 種数に等しい:
$$ \sigma(M)=L[M]=\bigl\langle L_k(p_1(M),\dots,p_k(M)),[M]\bigr\rangle. $$

出典と証明の筋

MS74 Theorem 19.4(p. 224)、Hir66 Theorem 8.2.2(p. 86)である(この記事では証明しない)。証明の筋は次のとおりである。$\sigma$ は非交和・向きの反転・直積と両立し(直積については Hir66 Theorem 8.2.1 の II、p. 85)、境界で $0$ になる(符号数(多様体) の定理「境界の符号数は 0(Thom)」)。prop-hst-genus により $L$ 種数も同じ性質をもつ。したがって両者は有理係数の向き付けられた同境環 $\Omega_\bullet\otimes\mathbb Q$ から $\mathbb Q$ への環準同型である。Thom の定理によりこの環は $\mathbb{CP}^2,\mathbb{CP}^4,\dots$ で生成されるので(MS74 Corollary 18.9、p. 216。Thom空間 の定理「Thom の同境定理」)、$\mathbb{CP}^{2k}$ で両辺が一致することを確かめればよい。それが次の命題である。

複素射影空間での一致

複素構造の向きを入れた $\mathbb{CP}^{2k}$ について $\sigma(\mathbb{CP}^{2k})=1$、$L[\mathbb{CP}^{2k}]=1$ である。

留数で係数を取り出す

$h$ を超平面類とすると $H^\bullet(\mathbb{CP}^{2k};\mathbb Q)=\mathbb Q[h]/(h^{2k+1})$、$\langle h^{2k},[\mathbb{CP}^{2k}]\rangle=1$ である(Chern類 の定義「複素射影空間の超平面類」)。
符号数.$H^{2k}(\mathbb{CP}^{2k};\mathbb R)$ は $h^k$ で張られる 1 次元の空間で、$\langle h^k\smile h^k,[\mathbb{CP}^{2k}]\rangle=1>0$ なので、交叉形式は正定値で $\sigma=1$ である。
$L$ 種数.Pontryagin類 の定理「複素射影空間の Pontryagin 類」により $p(\mathbb{CP}^{2k})=(1+h^2)^{2k+1}$ である。$h^2\in H^4=A^1$ なので、乗法性と thm-hst-lemma の最後の主張により
$$ L(p)=L(1+h^2)^{2k+1}=f(h^2)^{2k+1}=\Bigl(\frac h{\tanh h}\Bigr)^{2k+1} $$
である(右辺は $h$ の冪級数で、$h^{2k+1}=0$ で打ち切る)。よって $L[\mathbb{CP}^{2k}]$ は $(z/\tanh z)^{2k+1}$ の Taylor 展開の $z^{2k}$ の係数 $c$ に等しい。$\tanh z$ は $0$ の近くで正則で $\tanh z=z+O(z^3)$ なので、小さい円 $|z|=\rho$ について、留数定理(留数定理)により
$$ c=\frac1{2\pi i}\oint_{|z|=\rho}\Bigl(\frac z{\tanh z}\Bigr)^{2k+1}\frac{dz}{z^{2k+1}}=\frac1{2\pi i}\oint\frac{dz}{\tanh^{2k+1}z} $$
である。$u=\tanh z$ は $0$ の近傍の正則な同相写像で $du=(1-u^2)\,dz$ なので、$0$ のまわりを 1 周する小さい閉曲線の上で
$$ c=\frac1{2\pi i}\oint\frac{du}{u^{2k+1}(1-u^2)} $$
であり、これは $1/(1-u^2)=1+u^2+u^4+\cdots$ の $u^{2k}$ の係数 $1$ に等しい。$\square$

これは MS74 の Theorem 19.4 の証明(pp. 225–226)の計算と同じである。

帰結

低い次元での形
  1. 4 次元:$\sigma(M)=\tfrac13p_1[M]$。とくに $p_1[M]$ は $3$ の倍数である。
  2. 8 次元:$45\,\sigma(M)=7p_2[M]-p_1^2[M]$。とくに $7p_2[M]-p_1^2[M]$ は $45$ の倍数である。
  3. $L$ 種数は整数であり、向きを保つホモトピー同値で変わらない。

thm-hst-main と prop-hst-l12 による。3 は、$\sigma(M)$ が整数で、向きを保つホモトピー同値で変わらないこと(符号数(多様体) の命題「ホモトピー同値と符号数」)による。$\square$

Milnor は 2 の式を、$S^4$ 上の $S^3$ 束として作った 7 次元多様体が $S^7$ と同相だが微分同相でないことの証明に使った(異種球面 の定理「Hirzebruch の符号数定理(8 次元)」)。

4 次元の概複素多様体

$M$ を 4 次元の閉多様体、$J$ を $M$ の概複素構造(概複素構造)とし、$M$ に $J$ から定まる向きを入れる。$c_i=c_i(TM,J)$ について
$$ \langle c_1^2,[M]\rangle=2\chi(M)+3\sigma(M) $$
である($\chi$ は Euler標数)。とくに $S^4$ はどちらの向きでも概複素構造をもたない。

Pontryagin類 の補題「実化の複素化」の 4 次の成分を比べると $-p_1(M)=2c_2-c_1^2$、すなわち $p_1(M)=c_1^2-2c_2$ である。複素ベクトル束の最高次の Chern 類は、複素構造の向きを入れた実ベクトル束の Euler 類なので(Chern類 の注意「他の特性類との関係と参考書」)、$c_2=e(TM)$ であり、$\langle e(TM),[M]\rangle=\chi(M)$(Euler類 の定理「接束の Euler 数と Euler 標数」)である。cor-hst-low-dim の 1 により $3\sigma(M)=p_1[M]=\langle c_1^2,[M]\rangle-2\chi(M)$ である。
$S^4$ に概複素構造 $J$ があったとし、$J$ の向きを入れる。$H^2(S^4;\mathbb Z)=0$ なので $c_1=0$ であり、$\chi(S^4)=2$、$H^2(S^4;\mathbb R)=0$ から $\sigma(S^4)=0$ である。上の等式は $0=4$ となって矛盾する。$\square$

反例:条件を外すと成り立たない

外す条件反例成り立たなくなること
冪級数が $\sqrt t/\tanh\sqrt t$ であること$f(t)=1+t$ に属する乗法的列($K_1=p_1$)と $\mathbb{CP}^2$$\sigma(M)=K[M]$
量が向き付けられた同境で変わらないことEuler 標数と $S^4=\partial D^5$Pontryagin 数の一次結合で書けること
反例の確かめ
  1. $K[\mathbb{CP}^2]=p_1[\mathbb{CP}^2]=3$(Pontryagin類 の例「複素射影平面」)だが $\sigma(\mathbb{CP}^2)=1$ である。$\lambda_1\ne\tfrac13$ のどの冪級数でも $K[\mathbb{CP}^2]=3\lambda_1\ne1$ となり、4 次元で一致する乗法的列は $\lambda_1=\tfrac13$ のものに限る。
  2. $S^4$ の接束は自明束との直和が自明なので($S^4\subset\mathbb R^5$ の法束は自明)、$p_1(S^4)=0$ で Pontryagin 数はすべて $0$ である。一方 $\chi(S^4)=2\ne0$ なので、$\chi$ は 4 次元の Pontryagin 数の一次結合ではない。実際 $S^4$ は $D^5$ の境界であり、$\chi$ は同境不変でない。

関連項目

参考文献

[1]
John W. Milnor, James D. Stasheff, Characteristic Classes, Annals of Mathematics Studies 76, Princeton University Press, 1974, §18:Corollary 18.9(p. 216)、§19:Lemma 19.1(pp. 221–222)、Lemma 19.2(p. 223)、Lemma 19.3・Signature Theorem 19.4(p. 224)、L 多項式の表と定理の証明(pp. 225–226)
[2]
Friedrich Hirzebruch, Topological Methods in Algebraic Geometry, Grundlehren der mathematischen Wissenschaften 131(Classics in Mathematics 版), Springer, 1995, §8:Theorem 8.2.1(符号数の加法性・乗法性・境界での消滅、p. 85)、Theorem 8.2.2(符号数定理、p. 86)

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