調和形式

同義語:調和微分形式調和場harmonic formharmonic differential formharmonic field

概要

調和形式(harmonic form)とは、Riemann 多様体の上の微分形式 $\omega$ で、Laplace–de Rham 作用素について $\Delta\omega=(dd^*+d^*d)\omega=0$ を満たすものである。$0$ 次では調和関数にあたる。コンパクトで境界のない多様体では $d\omega=0$ かつ $d^*\omega=0$ と同値で、Hodge の定理により各 de Rham コホモロジー類はただ一つの調和形式で代表され、その空間の次元は計量によらず Betti 数に等しい。一方、調和形式そのものは計量に依存し、外積について閉じていない。Riemann 面の上の調和 1 形式は正則 1 形式の実部と一致し、複素構造だけで決まる。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: Laplace–de Rham作用素, Hodgeのスター作用素, 微分形式, リーマン多様体

調和形式(harmonic form)とは、Riemann 多様体 $(M,g)$ の上の微分形式 $\omega$ で、Laplace–de Rham 作用素 $\Delta=dd^*+d^*d$ について
$$ \Delta\omega=0 $$
を満たすもののことである。$0$ 次の調和形式は調和関数であり、調和形式は調和関数の微分形式への一般化である。$M$ がコンパクトで境界をもたなければ、$\Delta\omega=0$ は「$d\omega=0$ かつ $d^*\omega=0$」(閉かつ余閉)と同値になり、Hodgeの定理 により、各 de Rham コホモロジー類はただ一つの調和形式で代表される。
調和形式の空間は計量に依存するが、コンパクトな場合その次元は計量によらず Betti 数に等しい。この記事では、定義と基本的な性質をまとめたうえで、次の 3 つを証明する。

  1. 計量を変えると調和形式そのものは変わること(ワープ積計量のトーラスでの計算)。
  2. Riemann 面の上では、調和 1 形式が正則 1 形式の実部と一致し、その空間が計量によらず複素構造だけで決まること。
  3. 等長写像は調和形式を調和形式に写し、恒等写像にホモトピックな等長写像はコンパクトな多様体の調和形式を動かさないこと。

定義

以下、$(M,g)$ は $n$ 次元の向き付けられた Riemann 多様体で、境界をもたないとする。$d^*$ は $*$ を使って書くが、$d^*$ と $\Delta$ は向きの選び方によらない(Laplace–de Rham作用素 の定義の後の注意 3)。記号は Laplace–de Rham作用素 の記事にそろえ、$\langle\!\langle\alpha,\beta\rangle\!\rangle=\int_M\langle\alpha,\beta\rangle\,\mathrm{vol}$ と書く。

調和形式

$\omega\in\Omega^p(M)$ が
$$ \Delta\omega=(dd^*+d^*d)\,\omega=0 $$
を満たすとき、$\omega$ を $(M,g)$ の $p$ 次調和形式という。その全体を $\mathcal H^p(M,g)$、計量が明らかなときは $\mathcal H^p(M)$ と書く。これは $\Omega^p(M)$ の線形部分空間である。$d\omega=0$ かつ $d^*\omega=0$ を満たす形式を調和場(harmonic field)ということがある。

複素数値の形式についても同じ式で定める。$\Delta$ は実の作用素なので、複素数値の形式が調和であることと、実部と虚部がともに調和であることは同値である。
定義についての注意を 3 つ挙げる。

  1. 次数 $0$ と $n$:$p=0$ では $d^*f=0$ なので $\Delta f=d^*df$ で、Laplace–de Rham作用素 の命題「関数に対する Laplace–de Rham 作用素」により $\Delta f=-\frac1{\sqrt g}\sum_{i,j}\partial_i(\sqrt g\,g^{ij}\partial_jf)$ である。したがって $0$ 次の調和形式は(Laplace–Beltrami 作用素についての)調和関数である。$\Delta$ は $*$ と可換なので(同記事の命題「外微分・余微分・スター作用素との可換性」)、$n$ 次形式 $f\,\mathrm{vol}=*f$ が調和であることは $f$ が調和関数であることと同値である。
  2. 調和形式と調和場:調和場は $\Delta\omega=dd^*\omega+d^*d\omega=0$ を満たすので調和形式である。$M$ がコンパクトなら逆も成り立つ(同記事の定理「閉多様体上の調和形式の特徴づけ」)が、コンパクトでない $M$ では逆は成り立たない(ex-harmform-euclid)。
  3. 計量への依存:$d$ は計量によらないが、$d^*$ と $\Delta$ は計量に依存する。したがって調和形式の空間も計量に依存する(prop-harmform-warped)。

基本的な性質

コンパクトで境界のない $M$ について、次の性質はほかの記事で証明されている。

性質所在
$\Delta\omega=0\iff d\omega=0$ かつ $d^*\omega=0$Laplace–de Rham作用素 の定理「閉多様体上の調和形式の特徴づけ」
$*$ は同型 $\mathcal H^p(M)\to\mathcal H^{n-p}(M)$ を与える同記事の命題「外微分・余微分・スター作用素との可換性」
調和形式はそのコホモロジー類でノルムが最小の閉形式で、同じ類の調和形式は一致する同記事の系「調和形式のノルム最小性と一意性」
$\mathcal H^p(M)$ は有限次元で、$h\mapsto[h]$ は同型 $\mathcal H^p(M)\cong H^p_{\mathrm{dR}}(M)$Hodgeの定理 の定理「Hodgeの定理」
$L^2$ の形式で超関数の意味で $\Delta u=0$ を満たすものは滑らかな調和形式Hodgeの定理 の補題「弱い解の滑らかさ」

とくに、コンパクトで境界のない $M$ では
$$ \dim\mathcal H^p(M,g)=b_p(M) $$
が計量 $g$ によらずに成り立つ($b_p$ は Betti数)。調和形式は、コホモロジー類という位相的な対象に、計量を通して具体的な微分形式を 1 つずつ対応させる。

例

Euclid 空間の調和形式

$\mathbb R^n$(標準の計量)では、Laplace–de Rham作用素 の定理「平坦な計量での Laplace–de Rham 作用素」により、$\omega=\sum_If_I\,dx^I$ が調和形式であることは、各係数 $f_I$ が調和関数($\sum_j\partial_j^2f_I=0$)であることと同値である。たとえば定数係数の形式はすべて調和形式である。
調和場でない調和形式の例を 2 つ挙げる。平坦な計量では $d^*\bigl(\sum_ja_j\,dx^j\bigr)=-\sum_j\partial_ja_j$ である(Hodgeのスター作用素 の例「Euclid 空間の余微分」)。

  • $\omega=x^1\,dx^1$:係数 $x^1$ は調和関数なので調和形式で、$d\omega=dx^1\wedge dx^1=0$ だが、$d^*\omega=-\partial_1x^1=-1\ne0$ である。
  • $\omega=x^2\,dx^1$($n\ge2$):調和形式で、$d^*\omega=-\partial_1x^2=0$ だが、$d\omega=dx^2\wedge dx^1\ne0$ である。
    $\mathbb R^n$ はコンパクトでないので、Laplace–de Rham作用素 の部分積分の議論が使えず(上の 2 つの例では、それぞれ $\|d^*\omega\|^2$ と $\|d\omega\|^2$ が発散する)、調和形式と調和場が食い違う。
平坦なトーラスと球面

平坦なトーラス $T^n=\mathbb R^n/\mathbb Z^n$ では、$p$ 次調和形式は定数係数の形式 $\sum_Ic_I\,dx^I$ であり、$\dim\mathcal H^p(T^n)=\binom np$ である(Laplace–de Rham作用素 の例「平坦なトーラスの調和形式と固有形式」。下の cor-harmform-torus-invariant で別の証明を与える)。球面 $S^n$ では、任意の計量について $\mathcal H^0=\mathbb R$、$\mathcal H^n=\mathbb R\,\mathrm{vol}$、$0< p< n$ で $\mathcal H^p=0$ である(Hodgeの定理 の例「球面上の調和形式」)。

計量を変えると調和形式が変わる

調和形式の空間の次元は計量によらないが、空間そのものは計量とともに動く。これを具体的に見るために、トーラスに $x$ 方向だけに依存する計量を入れる。
$T^2=\mathbb R^2/2\pi\mathbb Z^2$(座標 $x,y$)とし、$f\colon\mathbb R\to\mathbb R_{>0}$ を周期 $2\pi$ の正の滑らかな関数として、計量
$$ g_f:=dx^2+f(x)^2\,dy^2 $$
を入れる($f\equiv1$ が平坦な計量である)。向きは $dx\wedge dy$ で定める。

ワープ積計量のトーラスの調和形式

$(T^2,g_f)$ について
$$ \mathcal H^0=\mathbb R,\qquad\mathcal H^1=\mathbb R\,\frac{dx}{f}\oplus\mathbb R\,dy,\qquad\mathcal H^2=\mathbb R\,f\,dx\wedge dy $$
である。$dx$ の類の調和形式による代表は $\dfrac{c}{f}\,dx$($c=2\pi\Bigl(\displaystyle\int_0^{2\pi}\frac{dx}{f(x)}\Bigr)^{-1}$)で、$dy$ の類の代表は $dy$ 自身である。

スター作用素.$e^1:=dx$、$e^2:=f\,dy$ は正の向きの正規直交余枠なので、Hodgeのスター作用素 の定理「スター作用素の存在と一意性」の公式から $*e^1=e^2$、$*e^2=-e^1$、$*1=e^1\wedge e^2$ である。すなわち
$$ *dx=f\,dy,\qquad *dy=-\frac{dx}{f},\qquad \mathrm{vol}=f\,dx\wedge dy . $$
1 次形式 $\omega=a\,dx+b\,dy$ について $*\omega=af\,dy-\frac bf\,dx$ なので
$$ d\omega=(\partial_xb-\partial_ya)\,dx\wedge dy,\qquad d{*\omega}=\Bigl(\partial_x(af)+\partial_y\frac bf\Bigr)dx\wedge dy $$
である。$2$ 次元では $d^*=-*d*$ で、$*$ は同型なので、$d^*\omega=0$ は $d{*\omega}=0$ と同値である。
$\mathcal H^1$.$\omega=dx/f$($a=1/f$、$b=0$)では、$a$ が $x$ だけの関数なので $d\omega=0$、$af=1$ なので $d{*\omega}=0$ である。$\omega=dy$($a=0$、$b=1$)では $d\omega=0$、$d{*\omega}=\partial_y(1/f)\,dx\wedge dy=0$ である。閉かつ余閉な形式は調和形式なので、$dx/f$ と $dy$ は調和形式であり、各点で一次独立である。Hodgeの定理 の主定理と Betti数 の例「基本的な空間の Betti 数」により $\dim\mathcal H^1=b_1(T^2)=2$ なので、この 2 つが基底である。
$\mathcal H^0$ と $\mathcal H^2$.$T^2$ は連結でコンパクトなので、調和関数 $u$ は $du=0$ を満たし(Laplace–de Rham作用素 の定理「閉多様体上の調和形式の特徴づけ」)定数である。$*$ は $\mathcal H^0$ を $\mathcal H^2$ の上へ写すので、$\mathcal H^2=\mathbb R\,{*1}=\mathbb R\,f\,dx\wedge dy$ である。
代表.$h(x):=\int_0^x\bigl(1-c/f(s)\bigr)\,ds$ は、$c$ の選び方から $h(2\pi)=2\pi-c\int_0^{2\pi}ds/f(s)=0$ なので周期 $2\pi$ の滑らかな関数であり、$dx-\frac cf\,dx=dh$ である。よって $dx$ と $\frac cf\,dx$ は同じ類に属し、後者が調和形式である。$dy$ は調和形式なので自身が代表である。$\square$

たとえば $f(x)=2+\cos x$ なら $\int_0^{2\pi}\frac{dx}{2+\cos x}=\frac{2\pi}{\sqrt3}$ なので、$dx$ の類の調和形式による代表は $\dfrac{\sqrt3}{2+\cos x}\,dx$ である。$f$ が定数でなければ $d{*dx}=d(f\,dy)=f'(x)\,dx\wedge dy\ne0$ なので、平坦な計量で調和な $dx$ は $g_f$ については調和でない。$\mathcal H^1(T^2,g_f)$ は $f$ とともに変わるが、次元はつねに $2$ である。

曲面上の調和 1 形式と正則微分

2 次元では、1 次形式に作用するスター作用素は計量の共形類(正の関数倍の違い)だけで決まる(Hodgeのスター作用素 の命題「計量の共形変形とスター作用素」の $n=2p$ の場合)。このことから、Riemann 面の上の調和 1 形式は複素構造だけで決まり、正則 1 形式と対応する。
リーマン面 $X$ の上の複素数値 1 次形式 $\theta$ が正則 1 形式であるとは、各正則座標 $z=x+iy$ の上で $\theta=h\,dz$($h$ は正則関数、$dz=dx+i\,dy$)と書けることをいう。$X$ の Riemann 計量 $g$ が共形的であるとは、各正則座標で $g=\lambda\,(dx^2+dy^2)$($\lambda>0$ は滑らかな関数)と書けることをいう。座標変換 $z=z(w)$ で $dx^2+dy^2=\lvert dz\rvert^2=\lvert dz/dw\rvert^2\lvert dw\rvert^2$ なので、この条件は座標によらない。共形的な計量は存在する:正則座標 $z_i$ の被覆に従う 1 の分割 $\{\chi_i\}$ について $g:=\sum_i\chi_i\lvert dz_i\rvert^2$ とおけば、各正則座標 $z$ で $g=\bigl(\sum_i\chi_i\lvert dz_i/dz\rvert^2\bigr)\lvert dz\rvert^2$ で、係数は正である。$X$ には、正則座標で $dx\wedge dy$ を正とする標準的な向きがある(リーマン面 の命題「リーマン面は標準的に向き付け可能」)。

Riemann 面の調和 1 形式

$X$ を Riemann 面とし、共形的な計量と標準的な向きを入れる。

  1. 正則座標 $z=x+iy$ で $*dx=dy$、$*dy=-dx$ である。とくに 1 次形式の上の $*$ は共形的な計量の選び方によらない。
  2. 実数値の 1 次形式 $\omega$ について、$\omega$ が閉かつ余閉であることと、$\omega+i{*\omega}$ が正則 1 形式であることは同値である。
  3. 逆に、正則 1 形式 $\theta$ について $\omega:=\operatorname{Re}\theta$ は閉かつ余閉で、$\theta=\omega+i{*\omega}$ である。

1.正則座標で $g=\lambda(dx^2+dy^2)$ とすると、$e^1:=\sqrt\lambda\,dx$、$e^2:=\sqrt\lambda\,dy$ は正の向きの正規直交余枠である。スター作用素の公式から $*e^1=e^2$、$*e^2=-e^1$ で、$*$ は各点で線形なので $\sqrt\lambda$ で割って $*dx=dy$、$*dy=-dx$ を得る。右辺は $\lambda$ によらない。
2.正則座標で $\omega=a\,dx+b\,dy$($a,b$ は実数値)と書く。1 から $*\omega=a\,dy-b\,dx$ なので
$$ d\omega=(\partial_xb-\partial_ya)\,dx\wedge dy,\qquad d{*\omega}=(\partial_xa+\partial_yb)\,dx\wedge dy $$
である。$2$ 次元では $d^*=-*d*$ なので、$d^*\omega=0$ は $d{*\omega}=0$ と同値である。一方
$$ \omega+i{*\omega}=(a-ib)\,dx+(b+ia)\,dy=(a-ib)(dx+i\,dy)=h\,dz,\qquad h:=a-ib $$
である。$h=u+iv$($u=a$、$v=-b$)が正則であるための Cauchy–Riemann 方程式 $\partial_xu=\partial_yv$、$\partial_yu=-\partial_xv$ は $\partial_xa=-\partial_yb$、$\partial_ya=\partial_xb$ であり、これはちょうど $d{*\omega}=0$ と $d\omega=0$ である。正則 1 形式であることは各正則座標で確かめればよいので、2 が従う。
3.正則座標で $\theta=h\,dz$、$h=u+iv$ と書くと $\operatorname{Re}\theta=u\,dx-v\,dy$ である。$a:=u$、$b:=-v$ とおくと $h=a-ib$ は正則なので、2 の計算により $\omega=\operatorname{Re}\theta$ は閉かつ余閉で、$\omega+i{*\omega}=h\,dz=\theta$ である。$\square$

正則 1 形式の空間の次元

$X$ をコンパクトな Riemann 面とし、共形的な計量を入れる。$X$ 上の正則 1 形式の全体を $\Omega_{\mathrm{hol}}(X)$ と書く。写像
$$ \mathcal H^1(X)\longrightarrow\Omega_{\mathrm{hol}}(X),\qquad\omega\longmapsto\omega+i{*\omega} $$
は実線形な全単射で、逆写像は $\theta\mapsto\operatorname{Re}\theta$ である。したがって $\mathcal H^1(X)$ は共形的な計量の選び方によらず、
$$ \dim_{\mathbb C}\Omega_{\mathrm{hol}}(X)=\frac12\,b_1(X) $$
である。$X$ が種数 $g$ の閉曲面 $\Sigma_g$ と同相なら、この次元は $g$ である。

$X$ はコンパクトなので、調和 1 形式は閉かつ余閉な 1 次形式と同じである(Laplace–de Rham作用素 の定理「閉多様体上の調和形式の特徴づけ」)。thm-harmform-riemann-surface の 2 により写像は $\Omega_{\mathrm{hol}}(X)$ に値をとり、$*$ が実線形なので実線形である。$\operatorname{Re}(\omega+i{*\omega})=\omega$ なので単射で、同定理の 3 により全射である。値域 $\Omega_{\mathrm{hol}}(X)$ は計量によらないので、逆写像の像 $\mathcal H^1(X)=\operatorname{Re}\Omega_{\mathrm{hol}}(X)$ も計量によらない。$\Omega_{\mathrm{hol}}(X)$ は複素ベクトル空間なので $\dim_{\mathbb R}=2\dim_{\mathbb C}$ であり、Hodgeの定理 により $\dim_{\mathbb R}\mathcal H^1(X)=b_1(X)$ だから、$\dim_{\mathbb C}\Omega_{\mathrm{hol}}(X)=b_1(X)/2$ である。$\Sigma_g$ については Betti数 の例「基本的な空間の Betti 数」により $b_1=2g$ である。$\square$

$\Omega_{\mathrm{hol}}(X)$ の複素構造($i$ 倍)を $\mathcal H^1(X)$ に引き戻すと、$\operatorname{Re}\bigl(i(\omega+i{*\omega})\bigr)=-{*\omega}$ なので、$\omega\mapsto-{*\omega}$ になる。1 次形式の上で $**=-1$ であることが、$\mathcal H^1(X)$ に複素構造を与えている。この見方は Hodge理論 の記事で、$4k+2$ 次元の多様体の中間次元の Betti 数が偶数であることの証明に一般化される。

複素トーラスと Riemann 球面

$\Lambda=\mathbb Z+\tau\mathbb Z$($\operatorname{Im}\tau>0$)について、複素トーラス $X=\mathbb C/\Lambda$ に共形的な計量 $\lvert dz\rvert^2$ を入れる。$dz$ は $X$ 上の正則 1 形式で(平行移動で不変なので)、$X$ はトーラスと同相なので $b_1(X)=2$、cor-harmform-holomorphic-dimension により $\Omega_{\mathrm{hol}}(X)=\mathbb C\,dz$ である。したがって
$$ \mathcal H^1(X)=\{\operatorname{Re}(c\,dz)\mid c\in\mathbb C\}=\{\alpha\,dx+\beta\,dy\mid\alpha,\beta\in\mathbb R\} $$
($c=\alpha-i\beta$)であり、$\tau$ によらず定数係数の 1 次形式が調和形式である。一方、Riemann 球面 $\hat{\mathbb C}$ は $S^2$ と同相で $b_1=0$ なので、$0$ でない正則 1 形式をもたない。

等長写像と調和形式

等長写像による調和形式の引き戻し

$\varphi\colon M\to M$ を $(M,g)$ の等長写像($\varphi^*g=g$ を満たす微分同相写像)とする。

  1. $\varphi^*d^*=d^*\varphi^*$、$\varphi^*\Delta=\Delta\varphi^*$ であり、$\varphi^*$ は $\mathcal H^p(M)$ を $\mathcal H^p(M)$ の上へ写す。
  2. $M$ がコンパクトで、$\varphi$ が恒等写像に $C^\infty$ 級ホモトピック($C^\infty$ 級写像 $F\colon\mathbb R\times M\to M$ で $F(0,\cdot)=\mathrm{id}_M$、$F(1,\cdot)=\varphi$ となるものがある)なら、すべての $h\in\mathcal H^p(M)$ について $\varphi^*h=h$ である。

1.外微分は引き戻しと可換である($\varphi^*d=d\varphi^*$)。各点 $x$ で $d\varphi_x\colon T_xM\to T_{\varphi(x)}M$ は内積を保つ線形同型なので、その転置が余接空間の間の等長写像になり、$p$ 次の外積に誘導される内積も保つ。したがって $\langle\varphi^*\alpha,\varphi^*\beta\rangle(x)=\langle\alpha,\beta\rangle(\varphi(x))$ である。Riemann 体積密度 $dV_g=\sqrt{\det(g_{ij})}\,|dx^1\cdots dx^n|$(リーマン多様体 の定義「リーマン体積」)は計量だけで決まり、微分同相で引き戻すと $\varphi^*(dV_g)=dV_{\varphi^*g}=dV_g$ となるので、変数変換により $\int_M(F\circ\varphi)\,dV_g=\int_MF\,dV_g$ が可積分な $F$ について成り立つ。よって台がコンパクトな形式について $\langle\!\langle\varphi^*\alpha,\varphi^*\beta\rangle\!\rangle=\langle\!\langle\alpha,\beta\rangle\!\rangle$ である。
$\omega\in\Omega^p(M)$ と、台がコンパクトな $\eta\in\Omega^{p-1}(M)$ をとり、$\psi:=(\varphi^{-1})^*\eta$ とおく($\psi$ の台もコンパクトで、$\varphi^*\psi=\eta$)。Hodgeのスター作用素 の定理「余微分は外微分の形式的随伴」を使うと
$$ \langle\!\langle d\eta,\varphi^*\omega\rangle\!\rangle=\langle\!\langle\varphi^*d\psi,\varphi^*\omega\rangle\!\rangle=\langle\!\langle d\psi,\omega\rangle\!\rangle=\langle\!\langle\psi,d^*\omega\rangle\!\rangle=\langle\!\langle\varphi^*\psi,\varphi^*d^*\omega\rangle\!\rangle=\langle\!\langle\eta,\varphi^*d^*\omega\rangle\!\rangle $$
である。同じ定理の一意性の部分により $d^*(\varphi^*\omega)=\varphi^*(d^*\omega)$ である。$\Delta=dd^*+d^*d$ なので $\varphi^*\Delta=\Delta\varphi^*$ であり、$\varphi^*$ は調和形式を調和形式に写す。$\varphi^{-1}$ も等長写像なので、$\mathcal H^p(M)$ の上への写像である。
2.$h\in\mathcal H^p(M)$ とする。1 により $\varphi^*h$ は調和形式である。de Rhamコホモロジー の系「ホモトピー不変性と Poincaré の補題」の 1 により、$\varphi^*=\mathrm{id}^*$ が $H^p_{\mathrm{dR}}(M)$ の上で成り立つので、$\varphi^*h$ と $h$ は同じコホモロジー類に属する。Laplace–de Rham作用素 の系「調和形式のノルム最小性と一意性」の 2 により、同じ類の調和形式は一致するので $\varphi^*h=h$ である。$\square$

2 の証明は、調和形式が「コホモロジー類の標準的な代表」であることの典型的な使い方である。コホモロジー類が動かないなら、その標準的な代表も動かない。

平坦なトーラスの調和形式は平行移動で不変

$T^n=\mathbb R^n/\mathbb Z^n$ に平坦な計量を入れる。$p$ 次調和形式は定数係数の形式 $\sum_Ic_I\,dx^I$ に限る。

$a\in\mathbb R^n$ について平行移動 $\tau_a(x)=x+a$ は $T^n$ の等長写像で、$F(t,x):=x+ta$ により恒等写像に $C^\infty$ 級ホモトピックである。$h=\sum_If_I\,dx^I$ を調和形式とすると、$\tau_a^*dx^I=dx^I$ なので $\tau_a^*h=\sum_I(f_I\circ\tau_a)\,dx^I$ であり、thm-harmform-isometry の 2 から $f_I(x+a)=f_I(x)$ がすべての $x,a$ で成り立つ。よって各 $f_I$ は定数である。逆に定数係数の形式は $d$ でも $d^*$ でも $0$ になるので調和形式である($d^*$ は Hodgeのスター作用素 の例「Euclid 空間の余微分」の $d^*=-\sum_j\iota_j\partial_j$ による)。$\square$

反例と注意

外す条件反例成り立たなくなること
$M$ のコンパクト性$\mathbb R^n$ の $x^1\,dx^1$調和形式は閉かつ余閉
恒等写像へのホモトピー円周 $\mathbb R/\mathbb Z$ の反転 $\varphi(x)=-x$$\varphi^*h=h$(thm-harmform-isometry の 2)
計量を固定すること平坦な計量と $g_f$($f$ は定数でない)の $T^2$ の $dx$$dx$ が調和形式であること

1 行目は ex-harmform-euclid で確かめた。2 行目:$\varphi(x)=-x$ は $\mathbb R/\mathbb Z$ の等長写像で、$dx$ は調和形式だが $\varphi^*dx=-dx\ne dx$ である。$\varphi$ は $H^1_{\mathrm{dR}}$ に $-1$ 倍で作用するので($\int_{\mathbb R/\mathbb Z}\varphi^*dx=-1$)、恒等写像にホモトピックでない。満たす性質は「等長写像」、満たさない性質は「恒等写像にホモトピック」で、破れる含意は「$\varphi^*h=h$」である。1 の「$\varphi^*$ は調和形式を調和形式に写す」は成り立っている。3 行目は prop-harmform-warped の後の計算による。

反例:調和形式の外積は調和とは限らない

prop-harmform-warped の $(T^2,g_f)$ で、$f$ が定数でないとする。$dx/f$ と $dy$ はともに調和形式だが、その外積
$$ \frac{dx}{f}\wedge dy=\frac1f\,dx\wedge dy=\frac1{f^2}\,\mathrm{vol} $$
は調和形式でない。実際、$\mathcal H^2=\mathbb R\,\mathrm{vol}$ で、$f^{-2}$ は定数でない。満たす性質は「2 つの因子が調和形式」、満たさない性質は「外積が調和形式」であり、破れる含意は「$\alpha,\beta$ が調和なら $\alpha\wedge\beta$ も調和」である。したがって $\mathcal H^\bullet(M)$ は外積について閉じておらず、Hodge の同型 $\mathcal H^\bullet\cong H^\bullet_{\mathrm{dR}}$ は線形同型であって環の同型ではない。コホモロジーの積(カップ積)を調和形式で表すには、外積をとってから調和部分への射影をとる必要がある。
平坦な計量($f\equiv1$)では、定数係数の形式の外積は定数係数なので調和である。調和形式が外積で閉じるかどうかは、位相だけでなく計量に依存する。

複素多様体と調和形式

複素多様体の上では、$d=\partial+\bar\partial$ の分解に応じて $\bar\partial$ に関する Laplace 作用素 $\Delta_{\bar\partial}=\bar\partial\bar\partial^*+\bar\partial^*\bar\partial$ と、その調和形式(Dolbeault 調和形式)を考える。コンパクト Kähler 多様体では $\Delta=2\Delta_{\bar\partial}$ となり、調和形式は型 $(p,q)$ の調和形式の和に分かれる。これが Hodge分解 の記事の主題であり、thm-harmform-riemann-surface はその 1 次元の場合($H^1=H^{1,0}\oplus H^{0,1}$)にあたる。
この記事の定義は Dem12 Ch. VI (3.15)(p. 295)、Nic26 Corollary 10.4.32・10.4.33(p. 528)に従う。

関連項目

参考文献

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