素フィルトレーション(prime filtration)とは、環 $A$ 上の加群 $M$ の有限な部分加群列 $0=M_0\subset M_1\subset\cdots\subset M_r=M$ で、各商 $M_i/M_{i-1}$ が素イデアル $P_i$ による商 $A/P_i$ と同型になるものである。Noether環上の有限生成加群には必ず存在し、$\operatorname{Supp}M=\bigcup_iV(P_i)$、$\operatorname{Ass}M\subset\{P_1,\ldots,P_r\}$ から随伴素と極小支持素の有限性が従う。分解は一意でなく随伴素でない素も現れうるが、極小支持素 $P$ の現れる回数は $\operatorname{length}_{A_P}M_P$ に等しく分解によらない。有限生成性やNoether性を外すと存在しない例がある。
素フィルトレーションは、有限加群を有限段の部分加群列に分け、各段の商を素イデアルによる環の商にする方法である。環の商 $A/P$ は整域だが、もとの加群が自由である必要はない。この分解は支持の有限性、極小支持素、随伴素の有限性を証明する共通の基盤となる。分解の取り方は一意ではなく、分解に現れる素イデアルの全てが随伴素になるわけでもない。
有限Noether加群の分解という見方は Mat89 §6 の一次分解の議論と関連する。以下では、存在と支持の計算を証明する。
環 $A$ の加群 $M$ の有限列
$$0=M_0\subset M_1\subset\cdots\subset M_r=M$$
で、各 $i$ に対し素イデアル $P_i$ が存在して $M_i/M_{i-1}\cong A/P_i$ となるものを素フィルトレーションという。零加群には $r=0$ の空列を認める。各因子 $A/P_i$ は零でないので、各段の包含 $M_{i-1}\subset M_i$ は真である。
$A$ がNoether環、$M$ が有限生成 $A$ 加群なら、$M$ は素フィルトレーションをもつ。
まず有限生成加群の全部分加群が有限生成であることを確認する。自由加群 $A^n$ の部分加群 $U$ について、最後の座標への像は有限生成イデアル、核は $A^{n-1}$ の部分加群である。像の生成元の持上げと核の生成元を合わせ、階数で帰納する。一般の有限加群は有限自由加群の商だから、部分加群の逆像にこの結果を適用する。
増大する部分加群列の合併も有限生成であり、その有限生成元はある一つの段に全て入る。従って列は定常化する。商加群も有限生成で、同じ昇鎖条件をもつ。
非零加群 $N$ の非零元の零化イデアルの集合を考える。環のイデアルの昇鎖条件から、その包含極大元 $P=\operatorname{Ann}(u)$ がある。$ab\in P$ かつ $b\notin P$ なら $bu\ne0$ で、$P\subset\operatorname{Ann}(bu)$。極大性から等号となり $a\in P$。よって $P$ は素イデアルであり、写像 $A\to N$、$a\mapsto au$ の核は $P$ なので $Au\cong A/P$。
これを $M$ に適用して最初の非零巡回部分加群を取り、次はその商に適用して逆像を取る。この操作が終わらなければ $M$ 内に無限の真の増大列ができ、昇鎖条件に反する。従って有限回で $M$ 全体へ到達する。
加群の支持は $\operatorname{Supp}M=\{P:M_P\ne0\}$、随伴素は非零元の零化イデアルとして現れる素イデアルの集合 $\operatorname{Ass}M$ とする。
上の素フィルトレーションについて
$$\operatorname{Supp}M=\bigcup_{i=1}^r V(P_i),\qquad \operatorname{Ass}M\subset\{P_1,\ldots,P_r\}$$
である。特に随伴素と極小支持素は有限である。
局所化は完全列を保つ。単射の保存は、局所化後零になる元がある分母で零になることから確認できる。全射と中間の核・像の一致も分母を共通に払えば従う。従って短完全列の中央の支持は両端の支持の和である。
$(A/P)_Q$ は $P\not\subset Q$ なら $P$ 内のある元が単元になって零となる。$P\subset Q$ なら零にならない。もし $1/1=0$ ならある $s\notin Q$ が $P$ に属する矛盾となる。よって支持は $V(P)$ で、列に沿って第一式を得る。有限個の $V(P_i)$ の和の極小点は $P_i$ の中にあるため、極小支持素も有限である。
短完全列 $0\to U\to M\to W\to0$ で $P\in\operatorname{Ass}M$ とし $Au\cong A/P$ を取る。$Au\cap U=0$ ならこの巡回加群が $W$ に埋め込まれ、$P\in\operatorname{Ass}W$。交わりが非零なら非零 $au\in U$ があり、整域 $A/P$ の非零元の零化イデアルは $P$ のままなので $P\in\operatorname{Ass}U$。従って $\operatorname{Ass}M\subset\operatorname{Ass}U\cup\operatorname{Ass}W$。一方 $\operatorname{Ass}(A/P)=\{P\}$ なので帰納により第二式となる。
有限Noether加群の全極小支持素は随伴素である。
極小支持素 $P$ を取る。$M_P\ne0$ の支持は $PA_P$ のみである。有限加群 $N$ の支持は $V(\operatorname{Ann}N)$ に等しい。逆向きの含意は、$N_Q=0$ なら有限生成元を殺す $Q$ 外の分母の積が $\operatorname{Ann}N$ に入ることから従う。従って $PA_P$ のある冪が $M_P$ を殺す。ここでは根基は素イデアルの交叉であり、有限生成イデアルの生成元の冪を揃えればよい。この根基の等式も直接確認できる。イデアル $J$ の根基を避ける元 $x$ に対して、$J$ を含み $\{1,x,x^2,\ldots\}$ と交わらないイデアルを包含で極大化する。鎖の合併もこの条件を保つのでZornの補題を使える。その極大イデアル $Q$ が素でないなら、$ab\in Q$、$a,b\notin Q$ となり、$Q+(a)$ と $Q+(b)$ はそれぞれ $x$ の冪を含む。両式を掛ければ $x$ の冪が $Q$ に入る矛盾となる。従って $Q$ は素で $x$ を避ける。逆に $x$ の冪が $J$ に属すれば、$J$ を含む全素に $x$ が属す。これで等式を得る。
最小の殺す冪の直前から非零元 $v=u/s\in M_P$ で $PA_Pv=0$ となるものを取る。$P$ の有限生成元を $a_j$ とすると、各 $a_ju$ を零にする $P$ 外の分母がある。その積 $t\notin P$ で $w=tu$ と置く。局所化後の像は非零で、全 $P$ が $w$ を殺す。もし $b\notin P$ が $w$ を殺せば局所化後単元が非零元を殺す矛盾となる。従って $\operatorname{Ann}w=P$。
$\mathbb Z$ 自身は $0\subset\mathbb Z$ により零素だけの素フィルトレーションをもつ。一方
$$0\subset2\mathbb Z\subset\mathbb Z$$
の因子は $\mathbb Z$ と $\mathbb Z/(2)$ であり、素 $(2)$ も現れる。しかし $\operatorname{Ass}_{\mathbb Z}\mathbb Z=\{(0)\}$。従って存在定理の分解の全素を随伴素と同一視してはならない。
$\mathbb Q$ はNoether環 $\mathbb Z$ 上の加群だが有限素フィルトレーションをもたない。各 $\mathbb Z/P$ は有限生成で、有限生成加群同士の拡大は生成元を持ち上げて合わせれば有限生成となる。従って有限素フィルトレーションがあれば $\mathbb Q$ も有限生成となる。しかし有限個の有理数の分母の公倍数を $d$ とすると、それらの整数係数和は $d^{-1}\mathbb Z$ に入り、例えば $1/(2d)$ は含まれない。
積閉集合 $S\subset A$ で素フィルトレーションを局所化すると、因子は $S^{-1}(A/P_i)$ となる。$P_i\cap S\ne\emptyset$ の因子は零となり、それらの重複する段を取り除けば $S^{-1}M$ の素フィルトレーションとなる。
局所化は短完全列を保つので、因子は $S^{-1}A/S^{-1}P_i$ である。$s\in P_i\cap S$ があればその像が可逆かつ零となり商は零。逆に $P_i\cap S=\emptyset$ なら商で $1/1$ は零ではなく、局所化素対応により $S^{-1}P_i$ は素である。因子が零になる段では前後の部分加群が一致するのでその段を消してよい。全因子が消えた場合は零加群の空列となる。
$P$ が有限Noether加群 $M$ の極小支持素なら $M_P$ は有限長であり、任意の素フィルトレーションに $P$ が現れる回数は
$$\operatorname{length}_{A_P}M_P$$
に等しい。従ってこの回数は分解の選択によらない。
局所化後に残る因子は $P_i\subset P$ のものだけである。各 $P_i$ 自身が $M$ の支持に属することは支持の和の式から分かる。極小性により $P_i\subset P$ なら $P_i=P$。従って残る全因子は $(A/P)_P=\kappa(P)$ という $A_P$ の剰余体である。これは単純加群なので、残る列は有限組成列となる。
ここで組成列の長さが不変であることも確認する。有限組成列をもつ加群 $N$ と部分加群 $U$ に対し、各段 $N_i$ と $U$ の交叉を取る列と、$N_i$ の $N/U$ における像の列を考える。各単純因子では交叉側の因子がその単純加群全体か零となり、商側にはちょうど残りが移る。この二つの列から重複段を消せば組成列となり、両者の長さの和は元の長さである。
これを使って列の長さの不変性を帰納する。別の組成列の最初の非零段 $L$ は単純である。固定した列との交叉の列は $L$ の長さ一の列、商の列は長さを一つ減らした列となる。商 $N/L$ に帰納法を適用すると、別の列の残りの長さも同じである。従って全長さは等しい。$N=0$ は長さ零で始める。今の $M_P$ の剰余体因子数はこの不変な長さなので、結論を得る。
極小点におけるこの長さは、加群のその成分での重なりを測る。因子数の不変性を全ての支持素へ広げることはできない。整数の例で $(2)$ の回数が零または一になる一方、極小点 $(0)$ の回数は常に一であるのはこの違いによる。
体 $k$ に対し $A=k[t]/(t^m)$、$m\ge1$ とする。列
$$0\subset(t^{m-1})\subset(t^{m-2})\subset\cdots\subset(t)\subset A$$
の全 $m$ 因子は $k=A/(t)$ である。例えば $(t^j)/(t^{j+1})$ へ $k$ から $c\mapsto ct^j$ と送れば同型となる。唯一の素は $(t)$ なので、この極小点での長さは $m$。$m=1$ では中間段を置かず $0\subset A$ となる。
別の例として $B=k[x,y]/(xy)$ を取る。$0\subset(x)\subset B$ の因子は $B/(y)$ と $B/(x)$ である。最初の同型は $b\mapsto bx$ の核が $(y)$ であることによる。実際、多項式環で $fx\in(xy)$ なら $x$ を消去して $f\in(y)$ となる。極小素は $(x)$ と $(y)$ であり、互いに他を含まないから、それぞれに局所化するともう一方の因子は消える。各極小成分の局所長さは一である。これは $(x,y)$ での局所環が長さ二だという主張ではない。その局所環には $(x)$ の下からの素鎖があり、零次元でない。
有限Noether加群 $M$ に対し、ある非零元を殺す環の元の集合は
$$\bigcup_{P\in\operatorname{Ass}M}P$$
である。$M=0$ の場合は両辺とも空集合である。
$P=\operatorname{Ann}(u)$ が随伴素なら $P$ の全元が非零 $u$ を殺すので一方の包含は直ちに成立する。逆に $av=0$、$v\ne0$ とする。$a$ に殺される非零元の零化イデアルの中で包含極大元 $P=\operatorname{Ann}(w)$ を取る。$bc\in P$、$c\notin P$ なら $cw\ne0$ で、$a(cw)=0$ も保たれる。この同じ族の中で極大性を使えば $\operatorname{Ann}(cw)=P$、従って $b\in P$。よって $P$ は素で $P\in\operatorname{Ass}M$、また $a\in P$ である。
イデアル $J$ が有限個の素イデアル $P_i$ の和集合に含まれるなら、ある $P_i$ に含まれる。
互いに包含する族の小さい方を捨て、互いに包含しない素の族だけを残す。$J$ がどの素にも含まれないなら、各 $i$ に対し $a_i\in J\setminus P_i$ を取り、$j\ne i$ について $b_{ij}\in P_j\setminus P_i$ を選ぶ。$u_i=a_i\prod_{j\ne i}b_{ij}$ は $P_i$ を避け、他の全 $P_j$ に属する。従って $\sum_i u_i\in J$ は各 $P_i$ を避け、矛盾する。一個の素の場合は空積を一とする。
随伴素が有限であるため、正則な元を選ぶ問題をこの有限素回避で扱える。例えば局所環 $(A,\mathfrak m)$ の非零有限加群で $\mathfrak m\notin\operatorname{Ass}M$ なら、$\mathfrak m$ はいずれの随伴素にも含まれないから、$\mathfrak m$ 内に全随伴素を避ける元があり、それは $M$ 上の非零因子となる。逆に $\mathfrak m$ が随伴素なら、極大イデアル内の全元がその随伴元を殺すので、その中に非零因子はない。
体 $k$ の無限直積 $A=\prod_{n\ge1}k$ を自身の加群として考える。これは一元生成加群だが、有限素フィルトレーションをもたない。
任意の $a=(a_n)$ に対し、$a_n\ne0$ の座標では $b_n=a_n^{-1}$、零の座標では $b_n=0$ とすれば $a=a^2b$。この式は全剰余環にも移る。従って $A/P$ が整域なら非零 $a$ に対して $1=ab$ と消去でき、$A/P$ は体となる。つまり全素イデアルは極大である。もし有限素フィルトレーションがあれば全因子が単純となり $A$ は有限長となる。
しかし第 $n$ 座標だけで一となる冪等元を $e_n$ とし、$J_r=\{a:a_1=\cdots=a_r=0\}$ と置けば
$$A\supsetneq J_1\supsetneq J_2\supsetneq\cdots$$
は無限の真の降鎖である。$e_{r+1}$ が $J_r$ に属し $J_{r+1}$ に属さないことが真の包含を示す。有限長加群の真の降鎖は長さを減らすため不可能で、矛盾となる。環のNoether性を落とすと、加群が有限生成でも存在定理は成立しない。
素フィルトレーションの因子を $A/P_1,\ldots,A/P_r$ とすると
$$P_1\cdots P_r\subset\operatorname{Ann}M\subset\bigcap_iP_i,\qquad\sqrt{\operatorname{Ann}M}=\bigcap_iP_i$$
である。空積と空交叉はともに環全体とし、零加群にも適用する。
$P_r$ は最後の因子を殺すので $P_rM\subset M_{r-1}$。次に $P_{r-1}M_{r-1}\subset M_{r-2}$ であり、これを反復すると全積が $M$ を殺す。逆に $M$ を殺す元は全ての部分商も殺し、$\operatorname{Ann}(A/P_i)=P_i$ に属する。従って二つの包含が得られる。
各 $P_i$ は素なので根基イデアルであり、右側の交叉も根基イデアルである。一方、その交叉に属する元 $a$ は各 $P_i$ に属するため、$a^r\in P_1\cdots P_r\subset\operatorname{Ann}M$。よって交叉は零化イデアルの根基に含まれ、逆包含と合わせて等式となる。$r=0$ なら $M=0$ で零化イデアルが環全体だから別途同じ結論である。
例えば $k[t]$ 上の加群 $M=k[t]/(t^m)$ として考えれば、因子の素は全て $(t)$ であり、零化イデアルは $(t^m)$、その根基は $(t)$ である。作用環を商環 $A=k[t]/(t^m)$ 自身とした場合は $\operatorname{Ann}_A A=0$ となる。フィルトレーションから素の集合だけを記憶すると冪の情報は失われるが、極小点の因子数として長さを記憶すれば $m$ を回収できる。整数自身の余計な素 $(2)$ の例では交叉 $(0)\cap(2)=(0)$ となり、余分な因子を含む分解でも支持と零化根基が変わらないことが確認できる。
この式は任意の乗法集合で全因子が消えるかどうかの検出にも役立つ。有限個の各 $P_i$ に入る $s_i\in S$ があれば、その積が $M$ を殺すため $S^{-1}M=0$。逆に局所化加群が零なら、有限生成元をそれぞれ殺す分母を掛け合わせて $S\cap\operatorname{Ann}M$ の元を得る。これらの分母の有限積は、有限生成性を使って局所的な零を大域的な一つの式に戻す具体的な操作である。
素フィルトレーションは存在定理であり、組成列のように全因子が単純加群であることは要求しない。局所化や完全列により支持を計算するとき、因子が消える場合も含めて扱う。
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