基点の取り替え(基本群)(change of basepoint)とは、位相空間 $X$ の点 $x$ から $y$ への道 $C$ に沿って、$x$ のループの類 $[\gamma]$ を $y$ のループの類 $[\bar C\cdot\gamma\cdot C]$ に写す写像 $\Phi_C\colon\pi_1(X,x)\to\pi_1(X,y)$ である。$\Phi_C$ は群の同型で、道 $C$ の端点を固定したホモトピー類だけで決まり、これによって弧状連結な空間の基本群は基点によらず同型になる。同じ端点の別の道に替えると内部自己同型の分だけ変わり、基本群が可換なときに限って道によらない。基点が動くホモトピーの誘導準同型もこの写像で表され、位相群の基本群が可換であることが従う。
弧状連結な空間の基本群は、基点をどこに取っても同型である。この同型は、二つの基点を結ぶ道 $C$ に沿ってループを運ぶ写像 $\Phi_C[\gamma]=[\bar C\cdot\gamma\cdot C]$ で与えられ、これを基点の取り替えという。$\Phi_C$ は道 $C$ の端点を固定したホモトピー類だけで決まるが、同じ端点をもつ別の道に替えると内部自己同型の分だけ変わり、基本群が可換なときに限って道によらなくなる。この記事では、基点の取り替えの基本性質、道への依存の仕方、連続写像やホモトピーとの関係を証明し、応用として位相群の基本群が可換であることを示す。
以下 $X$ を位相空間、$I:=[0,1]$ とする。道、道の積 $\gamma\cdot\delta$($\gamma$ をたどってから $\delta$ をたどる道)、逆の道 $\bar\gamma$、定値道 $c_x$、道のホモトピー $\simeq$(端点を固定したホモトピー)とその類 $[\gamma]$ は、基本群 の定義「道の積と逆の道」「道のホモトピー」に従う。同じ記事の定理「基本亜群の公理と基本群の群構造」により、道の積は類の上で結合的で、$[c_x]$ が単位、$[\bar\gamma]$ が逆の役をする。とくに三つ以上の道の積の類は括弧の付け方によらないので、$[\bar C\cdot\gamma\cdot C]$ のように括弧を省く。
$x,y\in X$ とし、$C$ を $x$ から $y$ への道とする。写像
$$
\Phi_C\colon\pi_1(X,x)\to\pi_1(X,y),\qquad\Phi_C[\gamma]:=[\bar C\cdot\gamma\cdot C]
$$
を、道 $C$ に沿った基点の取り替え(change of basepoint)という。$\bar C\cdot\gamma\cdot C$ は、$y$ から $C$ を逆にたどって $x$ へ行き、$\gamma$ を一周し、$C$ をたどって $y$ へ戻るループである。
記号は 基本群 の命題「基点の取り替え」と同じである。Hat02 §1.1(p. 28)は、$x_0$ から $x_1$ への道 $h$ について $\beta_h\colon\pi_1(X,x_1)\to\pi_1(X,x_0)$、$\beta_h[f]=[h\cdot f\cdot\bar h]$ と逆向きに書く。$\beta_h=\Phi_{\bar h}$ である。
基点 $x$ のループを基点 $y$ のループに変えるには、$y$ から $x$ まで行き、ループを回り、同じ道で戻ればよい。往きと帰りに同じ道を使うので、ループの積は保たれる(ある帰り道と次の往き道が打ち消し合う)。しかし「どの道を通ったか」の情報は消えない。$x$ を一周するループ $L$ を道の前に挟むと、運ばれたループは $L$ による共役の分だけ変わる。基本群が可換でなければこの差は実際に現れ、二点の基本群は同型であっても、道を選ばずに決まる一つの同型はない。
$x,y,z\in X$ とし、$C,C'$ を $x$ から $y$ への道、$D$ を $y$ から $z$ への道とする。
道の積と逆の道の類についての等式は、すべて 基本群 の命題「道の積はホモトピー類の上で矛盾なく定まる」と定理「基本亜群の公理と基本群の群構造」による。
1:$\gamma\simeq\gamma'$ なら $\bar C\cdot\gamma\cdot C\simeq\bar C\cdot\gamma'\cdot C$ なので、$\Phi_C$ は類の上で定まる。$x$ のループ $\gamma,\delta$ について、$[C\cdot\bar C]=[c_x]$ から
$$
\Phi_C[\gamma]\,\Phi_C[\delta]=[\bar C\cdot\gamma\cdot C\cdot\bar C\cdot\delta\cdot C]=[\bar C\cdot\gamma\cdot\delta\cdot C]=\Phi_C([\gamma][\delta])
$$
である。
2:$C\simeq C'$ なら $\bar C\simeq\bar C'$ であり、$\bar C\cdot\gamma\cdot C\simeq\bar C'\cdot\gamma\cdot C'$ である。
3:$[\bar c_x\cdot\gamma\cdot c_x]=[\gamma]$ である。逆の道の定義式から $\overline{C\cdot D}=\bar D\cdot\bar C$ が写像として成り立つので、$\Phi_{C\cdot D}[\gamma]=[\bar D\cdot\bar C\cdot\gamma\cdot C\cdot D]=\Phi_D(\Phi_C[\gamma])$ である。
4:$\bar{\bar C}=C$ であり、$C\cdot\bar C\simeq c_x$ なので、3 と 2 から $\Phi_{\bar C}\circ\Phi_C=\Phi_{C\cdot\bar C}=\Phi_{c_x}=\mathrm{id}$ である。同様に $\Phi_C\circ\Phi_{\bar C}=\mathrm{id}$ である。$X$ が弧状連結なら任意の二点は道で結べるので、後半が従う。$\square$
thm-cob-basic の 2 と 3 は、点 $x$ に群 $\pi_1(X,x)$ を、道の類 $[C]$ に $\Phi_C$ を対応させる規則が、基本亜群 $\Pi_1(X)$ から群の圏への関手であることを述べている(基本亜群 の合成は $[D]\circ[C]=[C\cdot D]$ と書く)。逆に、弧状連結な空間の基本亜群は基本群一つと圏同値であり、その圏同値を具体的に作るときに各点への道を選ぶことが、基点の取り替えを一斉に選ぶことにあたる(基本亜群 の定理「弧状連結空間の基本亜群」)。
群 $\Gamma$ の元 $g$ に対し、$\iota_g(h):=g^{-1}hg$ で定まる自己同型 $\iota_g$ を $g$ による内部自己同型という。
$x,y\in X$ とし、$C,C'$ を $x$ から $y$ への道とする。
1:$L\cdot C=C'\cdot\bar C\cdot C\simeq C'$ なので、thm-cob-basic の 2 と 3 から $\Phi_{C'}=\Phi_{L\cdot C}=\Phi_C\circ\Phi_L$ である。$L$ はループなので $[\bar L]=[L]^{-1}$ であり、$\Phi_L[\gamma]=[L]^{-1}[\gamma][L]=\iota_{[L]}[\gamma]$ である。
2:(a)⇒(c):1 の証明のとおり $\Phi_L=\iota_{[L]}$ であり、可換群の内部自己同型は恒等写像である。(c)⇒(b):1 により $\Phi_{C'}=\Phi_C\circ\Phi_{C'\cdot\bar C}=\Phi_C$ である。(b)⇒(a):ループ $L$ と定値道 $c_x$ はどちらも $x$ から $x$ への道なので、(b) から $\iota_{[L]}=\Phi_L=\Phi_{c_x}=\mathrm{id}$ であり、$[L]$ はすべての元と可換である。$L$ は任意なので $\pi_1(X,x)$ は可換群である。
3:1 から $\Phi_{C'}(g)=\Phi_C(\iota_{[L]}(g))$ であり、$\iota_{[L]}(g)$ は $g$ と共役である。$\Phi_C$ は群の同型なので共役な元を共役な元に写し、$\Phi_{C'}(g)$ と $\Phi_C(g)$ は共役である。同型は共役類の集合の間の全単射を誘導するので、前半が従う。アーベル化では $\iota_{[L]}$ が恒等写像を誘導する($g^{-1}hg$ と $h$ の像が等しい)ので、後半が従う。$\square$
2 は Hat02 §1.1 Exercise 3(p. 38)の主張である。
$X$ が弧状連結なら、thm-cob-path の 3 により、$\pi_1(X,x)$ の共役類の集合とアーベル化は、基点の間で道の選び方によらずに同一視される。どちらも基点を使わずに記述できる。共役類の集合は、円周からの写像の基点を止めないホモトピー類の集合 $[S^1,X]$ と一対一に対応し(基点付き空間 の定理「自由ループのホモトピー類と共役類」)、アーベル化は 1 次の特異ホモロジー $H_1(X;\mathbb Z)$ と同型である(ホモトピー群 の命題「Hurewicz準同型」)。基本群が可換なら群そのものが道によらずに同一視されるので、基点を省いて $\pi_1(X)$ と書いてよい。
$f\colon X\to Y$ を連続写像、$C$ を $X$ の中の $x$ から $y$ への道とする。$f\circ C$ は $f(x)$ から $f(y)$ への道であり、
$$
f_*\circ\Phi_C=\Phi_{f\circ C}\circ f_*\colon\pi_1(X,x)\to\pi_1(Y,f(y))
$$
が成り立つ。
$x$ のループ $\gamma$ について、$f\circ(\bar C\cdot\gamma\cdot C)=\overline{f\circ C}\cdot(f\circ\gamma)\cdot(f\circ C)$ が写像として成り立つ(基本群 の命題「道の積はホモトピー類の上で矛盾なく定まる」の 3)。左辺の類が $f_*(\Phi_C[\gamma])$、右辺の類が $\Phi_{f\circ C}(f_*[\gamma])$ である。$\square$
これは Hat02 §1.1 Exercise 15(p. 39)の主張である。基点が動くホモトピーについては、基本群 の命題「ホモトピー不変性」の 1 が基点の取り替えで述べている。$F\colon X\times I\to Y$ を $f$ から $g$ へのホモトピーとし、基点 $x$ の軌跡を $C(t):=F(x,t)$ とすると、
$$
g_*=\Phi_C\circ f_*\colon\pi_1(X,x)\to\pi_1(Y,g(x))
$$
である(Hat02 §1.1 Lemma 1.19、p. 37 と同じ内容)。次の定理はこれを $f=g=\mathrm{id}_X$ に使ったものである。
$F\colon X\times I\to X$ を連続写像で $F(\cdot,0)=F(\cdot,1)=\mathrm{id}_X$ を満たすものとし、$x\in X$ とする。このとき $C(t):=F(x,t)$ は $x$ を基点とするループであり、$[C]$ は $\pi_1(X,x)$ の中心に属する。
$C(0)=C(1)=x$ なので $C$ はループである。上の式を $f=g=\mathrm{id}_X$ とホモトピー $F$ に使うと、$\mathrm{id}=\Phi_C\circ\mathrm{id}$、すなわち $\Phi_C=\mathrm{id}$ である。thm-cob-path の 1 の証明のとおり $\Phi_C=\iota_{[C]}$ なので、すべての $[\gamma]\in\pi_1(X,x)$ について $[C]^{-1}[\gamma][C]=[\gamma]$ である。$\square$
これは Hat02 §1.1 Exercise 20(p. 40)の主張である。恒等写像から恒等写像への「写像のループ」に延長できるループは、中心の元を表す。
$G$ を位相群とする。任意の $g\in G$ について $\pi_1(G,g)$ は可換群である。
$\delta$ を $g$ を基点とするループとし、$F\colon G\times I\to G$ を $F(h,t):=\delta(t)\,g^{-1}h$ で定める。群の積は連続なので $F$ は連続であり、$\delta(0)=\delta(1)=g$ から $F(h,0)=F(h,1)=h$ である。$F(g,t)=\delta(t)$ なので、thm-cob-center により $[\delta]$ は $\pi_1(G,g)$ の中心に属する。$\delta$ は任意なので、$\pi_1(G,g)$ のすべての元が中心に属し、可換群である。$\square$
$G$ が弧状連結でなくても、各基点で結論が成り立つ。この証明は積の連続性だけを使い、逆元をとる写像の連続性は使わない。
単位円周 $S^1\subset\mathbb C$ は積で位相群であり、$\pi_1(S^1)\cong\mathbb Z$ は可換である(基本群 の定理「円周の基本群」)。トーラス $T^n=(S^1)^n$ も位相群で、$\pi_1(T^n)\cong\mathbb Z^n$ である。これらの空間では thm-cob-path の 2 により基点の取り替えは道によらず、たとえば $S^1$ の二点の基本群は、回転数を保つ同型でただ一通りに同一視される。$S^1$ の回転 $F(z,t):=e^{2\pi it}z$ は恒等写像から恒等写像への写像のループで、各点 $z$ の軌跡は一周するループであり、生成元を表す。
$X:=S^1\vee S^1$(二つの円周を一点 $x$ で貼り合わせたウェッジ和)とし、二つの円周を $x$ から一周するループを $a,b$ とする。$\pi_1(X,x)$ は $[a],[b]$ を生成元とする自由群 $F_2$ である(Van Kampenの定理 の例「円周のウェッジ和」)。$x$ から $x$ への二つの道 $a$ と $c_x$ について、$\Phi_a=\iota_{[a]}$ は $[b]$ を $[a]^{-1}[b][a]\neq[b]$ に写すので $\Phi_a\neq\Phi_{c_x}=\mathrm{id}$ である。
基点を円周 $a$ の上の点 $y\neq x$ に移す場合も同じである。$a$ の向きにたどる弧 $C_1$ と逆向きにたどる弧 $C_2$(どちらも $x$ から $y$ への道)について、$C_1\cdot\bar C_2$ は $a$ を一周するループなので、thm-cob-path の 1 から $\Phi_{C_1}$ と $\Phi_{C_2}$ は $[a]$ による内部自己同型の分だけ異なる。
$\pi_1(X,x)$ は可換でないので、cor-cob-topological-group により、8 の字の上にはその位相と両立する群構造は存在しない。
$n\geq2$ のホモトピー群 $\pi_n(X,x)$ にも、$x_0$ から $x_1$ への道 $\gamma$ に沿った基点の取り替え $\beta_\gamma\colon\pi_n(X,x_1)\to\pi_n(X,x_0)$ があり、同型で、$\gamma$ の端点を固定したホモトピー類だけで決まる。ループ $\gamma$ についての $\beta_\gamma$ は $\pi_1(X,x_0)$ の $\pi_n(X,x_0)$ への作用を与え、$n=1$ ではこの作用は共役による作用である(Hat02 §4.1、pp. 341–342。ホモトピー群 の命題「被覆空間と$n$-単純性」もこの作用を扱う)。この記事ではこれを証明しない。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| $X$ が弧状連結(thm-cob-basic の 4) | $X=S^1\sqcup\{p\}$ | 二点の基本群が同型であること |
| 基本群が可換(thm-cob-path の 2) | 8 の字と道 $a$、$c_x$ | 端点の同じ二つの道で $\Phi_C=\Phi_{C'}$ となること |
| ホモトピーが端点を固定する(thm-cob-basic の 2) | 8 の字と道 $a$、$c_x$ | ホモトピックな二つの道で $\Phi_C=\Phi_{C'}$ となること |
1 行目:$X=S^1\sqcup\{p\}$(円周と一点の直和)は弧状連結でない。$\{p\}$ は $X$ の開かつ閉な部分集合で、$I$ は連結空間なので、$p$ を通る道は定値道しかない。よって $\pi_1(X,p)=0$ である。一方、円周上の点 $x_0$ について、$x_0$ のループの像は連結なので $S^1$ に含まれ、$\pi_1(X,x_0)=\pi_1(S^1,x_0)\cong\mathbb Z$ である。二つの群は同型でない。$p$ から $x_0$ への道がないので、$\Phi_C$ も定義できない。
2 行目:ex-cob-figure-eight のとおり、$\pi_1(X,x)=F_2$ は可換でなく、$x$ から $x$ への道 $a$ と $c_x$ について $\Phi_a\neq\Phi_{c_x}$ である。
3 行目:$H(s,t):=a((1-t)s)$ は $a$ から $c_x$ への連続写像 $I\times I\to X$ によるホモトピーである($H(s,0)=a(s)$、$H(s,1)=a(0)=x$)。しかし $H(1,t)=a(1-t)$ は動くので、端点を固定したホモトピーではない。$a$ と $c_x$ は端点が同じでこのようにホモトピックだが、2 行目のとおり $\Phi_a\neq\Phi_{c_x}$ である。$\Phi_C$ を決めるのは端点を固定したホモトピー類であり、端点を動かしてよいホモトピーでは決まらない。
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