Taylor展開(多項式)

同義語:テイラー展開(多項式)Taylor expansion of a polynomial

概要

Taylor展開(多項式)(Taylor expansion of a polynomial)とは、可換環上の多項式 $f$ を点 $a$ のまわりで $f(x)=\sum_kc_k(x-a)^k$ と $x-a$ の冪に並べ直す有限の恒等式であり、係数は一意に定まって Hasse 微分 $D^{[k]}f$ の値 $c_k=(D^{[k]}f)(a)$ で与えられる。$1,\dots,\deg f$ が可逆なら $c_k=f^{(k)}(a)/k!$ だが、標数 $p$ では $x^p$ のように通常の微分係数では係数が読み取れない。多変数では点の極大イデアル $\mathfrak{n}_a$ について $\mathfrak{n}_a/\mathfrak{n}_a^2$ と勾配が対応する。重根の判定や Hensel の補題、接空間の計算に使われる。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 多項式環, 可換環, 二項定理, 導分

多項式 $f(x)$ を点 $a$ のまわりで $x-a$ の冪に並べ直したもの
$$ f(x)=c_0+c_1(x-a)+c_2(x-a)^2+\cdots+c_d(x-a)^d $$
を、$f$ の $a$ でのTaylor 展開という。係数 $c_k$ は $f$ と $a$ からただ一通りに決まり、$\mathbb{Q}$ を含む環(たとえば標数 $0$ の体)では $c_k=f^{(k)}(a)/k!$ である。どんな可換環の上でも、係数は Hasse 微分 $D^{[k]}f$ の $a$ での値として与えられる。剰余項も収束の問題もない、有限の恒等式である。
実数の関数についての Taylorの定理 は、一般の関数を Taylor 多項式で近似したときの剰余項を評価する定理であり、Taylor級数 は無限級数としての展開と、それが元の関数に一致するか(実解析性)を扱う。この記事の主題は、多項式という代数的な対象について、それらの出発点にある等式そのものである。点のまわりの 1 次の部分は接空間やJacobi行列を、$k$ 次までの部分は重根の重複度や変形理論の高次の情報を表す。

定義

以下 $R$ を可換環、$R[x]$ を 1 変数の多項式環とする。

形式微分と Hasse 微分

$f=\sum_{i\ge0}a_ix^i\in R[x]$ に対し、
$$ f':=\sum_{i\ge1}ia_ix^{i-1},\qquad D^{[k]}f:=\sum_{i\ge k}\binom ik a_ix^{i-k}\quad(k\ge0) $$
とおき、$f'$ を $f$ の形式微分、$D^{[k]}f$ を $k$ 階の Hasse 微分という。二項係数 $\binom ik$ は整数を $R$ の元とみたものである。$f$ の $k$ 回の形式微分を $f^{(k)}$ と書く。

$D^{[0]}f=f$、$D^{[1]}f=f'$ であり、$D^{[k]}$ は $R$ 線形写像 $R[x]\to R[x]$ である。$x^i$ の $k$ 回の形式微分は $i(i-1)\cdots(i-k+1)x^{i-k}=k!\binom ikx^{i-k}$ なので、$f^{(k)}=k!\,D^{[k]}f$ である(prop-tpe-hasse-properties の 4)。$k!$ が $R$ で可逆でないとき、$D^{[k]}f$ は $f^{(k)}$ を $k!$ で割ったものとしては定義できないが、係数 $\binom ik$ が整数なので直接定義できる。重根 の記事では同じものを $D^{(k)}$ と書いている。

点のまわりの Taylor 展開

$A$ を可換な $R$ 代数、$f\in R[x]$、$a\in A$ とする。$A[x]$ の中の等式
$$ f(x)=\sum_{k=0}^dc_k(x-a)^k\qquad(c_k\in A) $$
を、$f$ の $a$ のまわりの Taylor 展開といい、$c_k$ を $a$ での第 $k$ Taylor 係数という。

$A=R$ の場合が基本であるが、$a$ を拡大体の元や $R[x]$ の元として扱えるように $R$ 代数 $A$ を許しておく。たとえば $A=R[y]$、$a=y$ とすれば、展開は $f(x)$ を $y$ のまわりで展開する等式になる。

存在と一意性

多項式の Taylor 展開

$R$ を可換環、$f\in R[x]$ を次数 $d$ 以下の多項式とする。

  1. $2$ 変数の多項式環 $R[x,y]$ で
    $$ f(x+y)=\sum_{k=0}^d\bigl(D^{[k]}f\bigr)(x)\,y^k $$
    が成り立つ。
  2. 任意の可換な $R$ 代数 $A$ と $a\in A$ に対し、$A[x]$ で
    $$ f(x)=\sum_{k=0}^d\bigl(D^{[k]}f\bigr)(a)\,(x-a)^k $$
    が成り立つ。
  3. $A[x]$ で $f(x)=\sum_kc_k(x-a)^k$(有限和、$c_k\in A$)と書けるなら、すべての $k$ で $c_k=\bigl(D^{[k]}f\bigr)(a)$ である。
  1. 両辺は $f$ について $R$ 線形なので、$f=x^i$($i\le d$)の場合に示せばよい。二項定理により
    $$ (x+y)^i=\sum_{k=0}^i\binom ikx^{i-k}y^k=\sum_{k=0}^i\bigl(D^{[k]}x^i\bigr)\,y^k $$
    であり、これが主張である。
  2. 多項式環の普遍性により、$x\mapsto a$、$y\mapsto x-a$ で定まる $R$ 代数の準同型 $\phi\colon R[x,y]\to A[x]$ がある。$\phi$ を 1 の等式に施すと、左辺は $f\bigl(a+(x-a)\bigr)=f(x)$、右辺は $\sum_k(D^{[k]}f)(a)(x-a)^k$ になる。
  3. 2 との差をとると $\sum_k\bigl(c_k-(D^{[k]}f)(a)\bigr)(x-a)^k=0$ である。したがって $\sum_kb_k(x-a)^k=0$($b_k\in A$)ならすべての $b_k=0$ であることを示せばよい。$x\mapsto x+a$ で定まる $A$ 代数の準同型 $\tau\colon A[x]\to A[x]$ を施すと $\sum_kb_kx^k=0$ となり、多項式の係数の一意性から $b_k=0$ である。$\square$

3 の議論は、$(x-a)^k$($k\ge0$)が $A[x]$ の $A$ 加群としての基底であることを示している。実際、$\tau$ は逆 $x\mapsto x-a$ をもつ $A$ 代数の自己同型であり、基底 $x^k$ を $(x-a)^k$ に写す逆向きの写像を与える。

組立除法による計算

$f=x^3-2x+5\in\mathbb{Z}[x]$、$a=2$ とする。$D^{[1]}f=3x^2-2$、$D^{[2]}f=3x$、$D^{[3]}f=1$ なので
$$ f(x)=9+10(x-2)+6(x-2)^2+(x-2)^3 $$
である。同じ係数は、$f$ を $x-2$ で割った余り $9$、その商 $x^2+2x+2$ を $x-2$ で割った余り $10$、さらにその商 $x+4$ を割った余り $6$、最後の商 $1$、として順に得られる(多項式の筆算と組立除法)。実際、thm-tpe-main の 2 から $f=(x-a)q_1+c_0$ で $q_1=\sum_{k\ge1}c_k(x-a)^{k-1}$ なので、$c_0$ は $x-a$ で割った余りであり、商 $q_1$ に同じことを繰り返すと $c_1,c_2,\dots$ が順に得られる。

Hasse 微分の性質

Hasse 微分の基本性質

$f,g\in R[x]$、$i,j,k\ge0$ とする。

  1. (Leibniz 則)$D^{[k]}(fg)=\sum_{i+j=k}D^{[i]}f\cdot D^{[j]}g$。とくに $(fg)'=f'g+fg'$ である。
  2. (合成)$D^{[i]}D^{[j]}=\binom{i+j}{i}D^{[i+j]}$。
  3. $D^{[k]}(x-b)^m=\binom mk(x-b)^{m-k}$($b\in R$、$m\ge k$)であり、$m< k$ なら $0$ である。
  4. $(D^{[1]})^k=k!\,D^{[k]}$、すなわち $f^{(k)}=k!\,D^{[k]}f$。

$\theta\colon R[x]\to R[x][y]$ を $\theta(f):=f(x+y)$ で定める。$\theta$ は $x\mapsto x+y$ で定まる環準同型であり、thm-tpe-main の 1 により $\theta(f)=\sum_k(D^{[k]}f)\,y^k$ である。$R[x][y]$ は $y^k$ を基底とする自由 $R[x]$ 加群なので、$\theta(f)$ の $y^k$ の係数として $D^{[k]}f$ が読み取れる。

  1. $\theta(fg)=\theta(f)\theta(g)$ の両辺の $y^k$ の係数を比べればよい。
  2. $R[x,y,z]$ で $f(x+y+z)$ を二通りに展開する。まず $f\bigl((x+y)+z\bigr)$ に thm-tpe-main の 1 を $x+y$ を変数とみて使い、さらに各 $D^{[j]}f$ を $x$ のまわりで $y$ について展開すると
    $$ f(x+y+z)=\sum_j\bigl(D^{[j]}f\bigr)(x+y)\,z^j=\sum_{i,j}\bigl(D^{[i]}D^{[j]}f\bigr)(x)\,y^iz^j . $$
    一方 $f\bigl(x+(y+z)\bigr)$ を展開して二項定理を使うと
    $$ f(x+y+z)=\sum_m\bigl(D^{[m]}f\bigr)(x)\,(y+z)^m=\sum_{i,j}\binom{i+j}{i}\bigl(D^{[i+j]}f\bigr)(x)\,y^iz^j . $$
    $R[x,y,z]$ は $y^iz^j$ を基底とする自由 $R[x]$ 加群なので、係数を比べて主張を得る。
  3. $\theta\bigl((x-b)^m\bigr)=\bigl((x-b)+y\bigr)^m=\sum_k\binom mk(x-b)^{m-k}y^k$ の $y^k$ の係数を読めばよい。
  4. 2 で $i=1$ とすると $D^{[1]}D^{[k-1]}=k\,D^{[k]}$ である。$k$ についての帰納法で $(D^{[1]})^k=D^{[1]}(D^{[1]})^{k-1}=(k-1)!\,D^{[1]}D^{[k-1]}=k!\,D^{[k]}$ を得る。$\square$

1 は $D^{[k]}$ の族 $(D^{[k]})_{k\ge0}$ が Hasse–Schmidt 導分と呼ばれる構造をもつことを表し、4 から $D^{[k]}$ は 1 階の微分 $D^{[1]}$ の「$k!$ で割った $k$ 乗」であることがわかる。$k!$ が可逆でない環では、$D^{[k]}$ は $D^{[1]}$ の多項式で書けない新しい作用素になる(微分作用素 の命題「標数による生成元の違い」)。

導関数による係数の表示

$A$ を可換な $R$ 代数、$a\in A$、$f\in R[x]$ を次数 $d$ 以下とし、$1,2,\dots,d$ が $A$ で可逆とする(たとえば $A$ が $\mathbb{Q}$ を含むとき、あるいは $A$ が標数 $p$ の体で $d< p$ のとき)。このとき
$$ f(x)=\sum_{k=0}^d\frac{f^{(k)}(a)}{k!}\,(x-a)^k . $$

$k\le d$ なら $k!$ は $A$ で可逆であり、prop-tpe-hasse-properties の 4 から $(D^{[k]}f)(a)=f^{(k)}(a)/k!$ である。これを thm-tpe-main の 2 に代入する。$\square$

切り捨てと剰余

Taylor 展開を途中で切ると、$(x-a)^m$ で割った余りが得られる。これが「$a$ の近くでの $m-1$ 次までの近似」の代数的な意味である。

$(x-a)^m$ で割った余り

$A$ を可換な $R$ 代数、$a\in A$、$f\in R[x]$、$m\ge1$ とし、$c_k:=(D^{[k]}f)(a)$ とおく。$A[x]$ で
$$ f=(x-a)^mq+r,\qquad\deg r< m $$
を満たす $q,r\in A[x]$ はただ一組であり、
$$ r=\sum_{k=0}^{m-1}c_k(x-a)^k,\qquad q=\sum_{k\ge m}c_k(x-a)^{k-m} $$
である。とくに $f\equiv f(a)+f'(a)(x-a)\pmod{(x-a)^2}$ であり、$a$ が $f$ の根であることと $f\in(x-a)$ は同値である。

thm-tpe-main の 2 の和を $k< m$ と $k\ge m$ に分ければ、示された $q,r$ が条件を満たす。一意性を示す。$(x-a)^mq+r=(x-a)^mq_1+r_1$ で $\deg r,\deg r_1< m$ なら $(x-a)^m(q-q_1)=r_1-r$ である。$q\ne q_1$ とすると、$(x-a)^m$ は最高次の係数が $1$ なので左辺の次数は $m+\deg(q-q_1)\ge m$ となり、右辺の次数が $m$ 未満であることに反する。よって $q=q_1$、$r=r_1$ である。$\square$

同じことを係数の側から言えば、$A[t]/(t^m)$ の中で
$$ f(a+t)=\sum_{k=0}^{m-1}\bigl(D^{[k]}f\bigr)(a)\,t^k $$
である(thm-tpe-main の 1 で $x\mapsto a$、$y\mapsto t$ とし、$t^m=0$ とする)。$m=2$ の $A[\varepsilon]/(\varepsilon^2)$ では $f(a+\varepsilon)=f(a)+f'(a)\varepsilon$ となり、点 $a$ を「無限小 $\varepsilon$ だけ動かす」と値が $f'(a)\varepsilon$ だけ変わる。

1 次の近似の誤差

$f\in R[x]$ に対し、$g\in R[x,y]$ で
$$ f(x+y)=f(x)+f'(x)\,y+y^2\,g(x,y) $$
を満たすものがある。したがって任意の可換な $R$ 代数 $A$ と $a,h\in A$ に対し $f(a+h)-f(a)-f'(a)h\in h^2A$ である。

thm-tpe-main の 1 で $g:=\sum_{k\ge2}(D^{[k]}f)(x)\,y^{k-2}$ とおけばよい。後半は $x\mapsto a$、$y\mapsto h$ を代入する。$\square$

この形は、$f(a)$ が小さく $f'(a)$ が可逆なときに $h=-f(a)/f'(a)$ だけ動かすと $f(a+h)$ が $h^2$ の程度まで小さくなる、という Newton法 や Henselの補題 の評価の出発点である。

多変数の場合

$R[x]=R[x_1,\dots,x_n]$ とし、$\alpha\in\mathbb{N}^n$ に対し $x^\alpha=x_1^{\alpha_1}\cdots x_n^{\alpha_n}$、$|\alpha|=\alpha_1+\cdots+\alpha_n$、$\binom\beta\alpha=\prod_j\binom{\beta_j}{\alpha_j}$ と書く。$f=\sum_\beta a_\beta x^\beta$ に対し $D^{[\alpha]}f:=\sum_\beta\binom\beta\alpha a_\beta x^{\beta-\alpha}$($\beta_j\ge\alpha_j$ となる $\beta$ にわたる和)とおく。これは各変数 $x_j$ についての Hasse 微分 $D_j^{[\alpha_j]}$(他の変数を係数とみる)の合成 $D_1^{[\alpha_1]}\cdots D_n^{[\alpha_n]}$ であり、$D_j^{[1]}=\partial/\partial x_j$ は偏微分の形式版である。

多変数の Taylor 展開

$f\in R[x_1,\dots,x_n]$ とする。

  1. $R[x_1,\dots,x_n,y_1,\dots,y_n]$ で $f(x+y)=\sum_\alpha(D^{[\alpha]}f)(x)\,y^\alpha$ が成り立つ。
  2. 可換な $R$ 代数 $A$ と $a=(a_1,\dots,a_n)\in A^n$ に対し、$A[x]$ で $f=\sum_\alpha(D^{[\alpha]}f)(a)\,(x-a)^\alpha$ が成り立ち、$f=\sum_\alpha c_\alpha(x-a)^\alpha$(有限和、$c_\alpha\in A$)と書く方法はこれ一通りである。
  1. $f$ について線形なので $f=x^\beta$ の場合に示せばよい。各変数に二項定理を使うと
    $$ (x+y)^\beta=\prod_{j=1}^n(x_j+y_j)^{\beta_j}=\prod_{j=1}^n\sum_{\alpha_j=0}^{\beta_j}\binom{\beta_j}{\alpha_j}x_j^{\beta_j-\alpha_j}y_j^{\alpha_j}=\sum_{\alpha\le\beta}\binom\beta\alpha x^{\beta-\alpha}y^\alpha $$
    であり、$\binom\beta\alpha x^{\beta-\alpha}=D^{[\alpha]}x^\beta$ である。2 は 1 変数の thm-tpe-main の 2・3 と同じく、$x\mapsto a$、$y\mapsto x-a$ の代入と、逆をもつ自己同型 $x_j\mapsto x_j+a_j$ による。$\square$
点の極大イデアルと 1 次の部分

$a\in R^n$ とし、$\mathfrak{n}_a:=(x_1-a_1,\dots,x_n-a_n)\subset R[x_1,\dots,x_n]$ とおく。

  1. $m\ge1$ と $g\in R[x]$ について、$g\in\mathfrak{n}_a^m$ であることと、$|\alpha|< m$ のすべての $\alpha$ で $(D^{[\alpha]}g)(a)=0$ であることは同値である。とくに $\mathfrak{n}_a=\{g\mid g(a)=0\}$ である。
  2. $g\mapsto\bigl(\frac{\partial g}{\partial x_1}(a),\dots,\frac{\partial g}{\partial x_n}(a)\bigr)$ は $R$ 加群の同型 $\mathfrak{n}_a/\mathfrak{n}_a^2\cong R^n$ を誘導する。$\mathfrak{n}_a/\mathfrak{n}_a^2$ は $x_1-a_1,\dots,x_n-a_n$ の類を基底とする自由 $R$ 加群である。
  1. $\mathfrak{n}_a^m$ は生成元 $x_j-a_j$ の $m$ 個の積、すなわち $|\alpha|=m$ の $(x-a)^\alpha$ で生成されるイデアルである。$g\in\mathfrak{n}_a^m$ なら $g=\sum_{|\alpha|=m}q_\alpha(x-a)^\alpha$ と書け、各 $q_\alpha$ を thm-tpe-several で $a$ のまわりに展開して掛けると、$g$ は $|\beta|\ge m$ の $(x-a)^\beta$ の一次結合になる。展開の一意性から $|\beta|< m$ の係数 $(D^{[\beta]}g)(a)$ は $0$ である。逆に $|\alpha|< m$ の係数がすべて $0$ なら、$g=\sum_{|\beta|\ge m}(D^{[\beta]}g)(a)(x-a)^\beta\in\mathfrak{n}_a^m$ である。$m=1$ のとき条件は $g(a)=0$ である。
  2. $\alpha=e_j$(第 $j$ 成分だけが $1$)のとき $D^{[e_j]}=\partial/\partial x_j$ である。写像 $\delta\colon\mathfrak{n}_a\to R^n$、$g\mapsto(\partial g/\partial x_j(a))_j$ は $R$ 線形で、$\delta(x_j-a_j)$ は第 $j$ 基本ベクトルなので全射である。$g\in\mathfrak{n}_a$ について $\delta(g)=0$ は、$g(a)=0$ と合わせて $|\alpha|< 2$ の係数がすべて $0$ であることを意味するので、1 により $\ker\delta=\mathfrak{n}_a^2$ である。$\square$

体 $k$ 上のアフィン多様体 $V$ とその定義イデアル $I=I(V)$(より一般に、$k[x]/I$ の $a$ での局所化を局所環とするなら、$Z(I)=V$ となる任意のイデアル $I$)と、$V$ の点 $a$ では、局所環の極大イデアル $\mathfrak{m}$ について $\mathfrak{m}/\mathfrak{m}^2\cong\mathfrak{n}_a/(\mathfrak{n}_a^2+I)$ であり、cor-tpe-cotangent の 2 によってこれは $k^n$ を $I$ の元の勾配 $\bigl(\partial g/\partial x_j(a)\bigr)_j$ が張る部分空間で割ったものになる。こうしてZariski接空間は、$I$ の生成元のJacobi行列の $a$ での値の核として計算される(DF04 §15.4, Proposition 52, pp. 723–724 は代数閉体上でこの同型を述べる)。

Taylor の定理・Taylor 級数との関係

実数係数の多項式 $f$ を実数の関数とみると、cor-tpe-derivative により、$d=\deg f$ 以上の $m$ について $a$ での $m$ 次の Taylor 多項式は $f$ 自身であり、Taylorの定理 の剰余項は $0$ になる。Taylor 級数も有限和で、すべての $x$ で $f(x)$ に収束する。多項式の場合には、近似の誤差を評価する必要がなく、等式が成り立つ。
多項式でない関数では状況が変わる。$C^\infty$ 級の関数は $a$ でのすべての微分係数をもつが、それだけでは関数は決まらない(Taylorの定理 の命題「何回でも微分できて導関数がすべて0になる関数」)。Taylor 級数が関数に一致するかは実解析性の問題であり、Taylor級数 で扱う。複素数の正則関数では Taylor 展開は $a$ を中心とし定義域に含まれる円板の上で常に関数を表し(Taylor展開(複素解析))、多項式はその特別な場合である。

対象等式の形係数の決まり方扱う記事
可換環上の多項式有限和の恒等式Hasse 微分の値この記事
実数の $C^m$ 級関数Taylor 多項式+剰余項$f^{(k)}(a)/k!$Taylorの定理
実数の $C^\infty$ 級関数無限級数(一致するとは限らない)$f^{(k)}(a)/k!$Taylor級数
複素数の正則関数円板で収束する無限級数$f^{(k)}(a)/k!$Taylor展開(複素解析)

条件を外した反例

cor-tpe-derivative から次がわかる:$K$ を標数 $0$ の体、$f,g\in K[x]$、$a\in K$ とし、すべての $k\ge0$ で $f^{(k)}(a)=g^{(k)}(a)$ なら $f=g$ である。この主張の仮定を一つずつ外す。

外す条件反例成り立たなくなること
$K$ の標数が $0$($k!$ が可逆)$K=\mathbb{F}_p$、$f=x^p$、$g=0$、$a=0$微分係数がすべて一致するのに $f\ne g$
$f,g$ が多項式$K=\mathbb{R}$、$f(x)=e^{-1/x^2}$($x\ne0$)、$f(0)=0$、$g=0$、$a=0$微分係数がすべて一致するのに $f\ne g$
反例の確かめ

1 行目:$\mathbb{F}_p[x]$ で $f'=px^{p-1}=0$ なので、$k\ge1$ で $f^{(k)}=0$ であり、$f(0)=0$ と合わせてすべての微分係数が $g=0$ と一致する。一方 Hasse 微分は $D^{[p]}x^p=\binom pp=1\ne0$ であり、thm-tpe-main の Taylor 係数 $c_p=1$ は $f$ と $g$ を区別する。微分係数で係数を表す公式 $c_k=f^{(k)}(a)/k!$ は $k=p$ で意味を失い、Hasse 微分による表示だけが残る。
2 行目:$f$ は $\mathbb{R}$ 上 $C^\infty$ 級で $f^{(k)}(0)=0$($k\ge0$)である(Taylorの定理 の命題「何回でも微分できて導関数がすべて0になる関数」)が、$x\ne0$ で $f(x)>0$ なので $f\ne0$ である。

式としての多項式と関数としての多項式

thm-tpe-main の一意性は、多項式を係数の列(式)として扱った主張である。有限体 $\mathbb{F}_p$ 上では、$h=x^p-x$ は $\mathbb{F}_p$ のすべての点で値 $0$ をとる(Fermatの小定理)が、$0$ での Taylor 係数は $c_1=-1$、$c_p=1$ で $0$ でない。したがって、多項式関数 $\mathbb{F}_p\to\mathbb{F}_p$ から Taylor 係数を読み取ることはできない。係数体が無限体なら、多項式は関数として決まるので(多項式 の命題「根の個数の上界」から、すべての点で $0$ になる多項式は $0$)、この区別は要らない。

使われ方

  • 重根の重複度。 $a$ が $f$ の $m$ 重根であることは、$(D^{[k]}f)(a)=0$($k< m$)かつ $(D^{[m]}f)(a)\ne0$ と同値である(重根 の定理「重複度と Hasse 微分」)。prop-tpe-remainder の、$(x-a)^m$ で割り切れることと最初の $m$ 個の係数が消えることの同値が、その中身である。
  • Hensel の補題と近似。 cor-tpe-first-order の評価 $f(a+h)\equiv f(a)+f'(a)h\pmod{h^2}$ は、Henselの補題 の逐次近似や Greenberg近似定理 の 1 変数の場合の証明で使われる。
  • 滑らかさとエタール性。 cor-tpe-cotangent による $\mathfrak{n}_a/\mathfrak{n}_a^2$ と勾配の対応は、滑らかな射 や エタール射 をJacobi行列の階数で判定する議論の出発点である。
  • 変形理論。 $A[t]/(t^{m})$ での $f(a+t)$ の展開は、点や族を「$m-1$ 次まで」動かす操作を表す。$m=2$ が接ベクトル、一般の $m$ が高次の変形にあたる(変形理論)。
  • 微分作用素。 多変数の $D^{[\alpha]}$ は $|\alpha|$ 階の微分作用素であり(微分作用素 の命題「多項式環の微分作用素」)、標数 $p$ では $D^{[p]}$ が 1 階の作用素から生成されない新しい作用素になる。
  • 正標数での打ち切り。 標数 $p$ の体上で次数が $p$ 未満の多項式には cor-tpe-derivative がそのまま使え、Hasse不変量 の重根の議論で用いられる。

関連項目

参考文献

[1]
David S. Dummit, Richard M. Foote, Abstract Algebra, 3rd ed., Wiley, 2004, §15.4, Proposition 52, pp. 723–724(1 次の Taylor 多項式と接空間、$\mathfrak{m}_{v}/\mathfrak{m}_{v}^2$ と接空間の双対の同型)

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