不動点性(fixed point property)とは、位相空間 $X$ から自分自身へのすべての連続写像が不動点をもつという性質である。閉区間・閉円板・有限次元の空でないコンパクト凸集合はこの性質をもち、球面・正の次元の Euclid 空間・トーラスはもたず、不動点性は同相写像とレトラクトには受け継がれるが、ホモトピー同値や連続像には受け継がれない。有限単体複体のレトラクトについては Lefschetz の不動点定理が使え、有理係数のコホモロジーが 1 点と同じ弧状連結な空間や、偶数次元の実射影空間 $\mathbb{RP}^{2n}$・複素射影空間 $\mathbb{CP}^{2n}$ は不動点性をもつ。奇数次元の $\mathbb{RP}^{2n-1}$・$\mathbb{CP}^{2n+1}$ には不動点をもたない自己写像がある。
前提知識: 不動点, レトラクト, Brouwerの不動点定理, Lefschetz不動点公式
位相空間 $X$ が不動点性(fixed point property)をもつとは、$X$ から自分自身へのどの連続写像も不動点をもつことをいう。Brouwerの不動点定理は閉円板 $D^n$ が不動点性をもつという主張であり、閉区間や有限次元の空でないコンパクト凸集合も不動点性をもつ。一方、円周や球面は回転や対蹠写像があるので、正の次元の Euclid 空間は平行移動があるので、不動点性をもたない。不動点性は同相写像とレトラクトへ受け継がれるが、ホモトピー同値では受け継がれない。$\mathbb{R}^n$ は 1 点とホモトピー同値だが、不動点性をもたないからである。代数的位相幾何学の道具を使うと、偶数次元の実射影空間 $\mathbb{RP}^{2n}$ や複素射影空間 $\mathbb{CP}^{2n}$ が不動点性をもち、$\mathbb{RP}^{2n-1}$ や $\mathbb{CP}^{2n+1}$ はもたないことがわかる。この記事では不動点性の基本性質を示し、Lefschetz の不動点定理から、有限単体複体のレトラクトで有理係数のコホモロジーが 1 点と同じ空間と $\mathbb{CP}^{2n}$ の不動点性を導き、$\mathbb{CP}^{2n+1}$ の不動点をもたない写像を構成する。
位相空間 $X$ が不動点性をもつとは、任意の連続写像 $f\colon X\to X$ について、$f(x)=x$ となる点 $x\in X$ が存在することをいう。
空集合は、恒等写像が不動点をもたないので、不動点性をもたない。レトラクト の記事は同じ性質を「不動点性質」と呼んでいる。
1.$h\colon X\to Y$ を同相写像、$g\colon Y\to Y$ を連続写像とする。$h^{-1}\circ g\circ h$ は $X$ の連続写像なので不動点 $x$ をもち、$g(h(x))=h(x)$ である。
2.レトラクト の記事の命題(不動点性質の遺伝)である。
3.空でないことは上で見た。$X$ が交わらない空でない開集合 $A$、$B$ の和なら、$a\in A$、$b\in B$ をとり、$A$ の上で $b$、$B$ の上で $a$ をとる写像 $f$ を考える。$f$ は各開集合の上で定数なので連続で、$f(A)\subset B$、$f(B)\subset A$ なので不動点をもたない。
4.$y_0\in Y$ をとると、$(x,y)\mapsto(x,y_0)$ は $X\times Y$ から部分空間 $X\times\{y_0\}$ へのレトラクションであり、$X\times\{y_0\}$ は $X$ と同相である。2 と 1 により $X$ は不動点性をもち、$Y$ も同様である。$g\colon Y\to Y$ が不動点をもたなければ、$(x,y)\mapsto(x,g(y))$ は $X\times Y$ の連続写像で、不動点をもたない。
4 から、円周 $S^1$ を因子にもつ空間、たとえばトーラス $S^1\times S^1$ や中身の詰まったトーラス $S^1\times D^2$ は、円周の回転によって不動点性を失う。
次の空間は不動点性をもつ。どれも別の記事で証明されている。
これは Lefschetz不動点公式 の記事の定理(Lefschetz の不動点定理)の 1 である。この記事では証明しない(Hat02 Theorem 2C.3、p. 179)。$L(f)$ の値は $f$ のホモトピー類だけで決まる(同記事の系(Lefschetz 数の整数性とホモトピー不変性))。
$X$ を空でない弧状連結な空間で、有限単体複体のレトラクトであり、$i\ge1$ について $H^i(X;\mathbb{Q})=0$ であるものとする。このとき $X$ は不動点性をもつ。
$X$ は弧状連結なので $H^0(X;\mathbb{Q})\cong\mathbb{Q}$ であり、すべての特異 $0$ 単体に $1$ を対応させる余輪体 $\mathbf{1}$ の類がその生成元である。連続写像 $f\colon X\to X$ について $(f^*\mathbf{1})(\sigma)=\mathbf{1}(f\circ\sigma)=1$ なので $f^*\mathbf{1}=\mathbf{1}$ であり、$H^0$ の上の $f^*$ のトレースは $1$ である。$i\ge1$ の項は $0$ なので $L(f)=1\ne0$ となり、thm-fpp-lefschetz により $f$ は不動点をもつ。
$\mathbb{CP}^m$ を $\mathbb{C}^{m+1}\setminus\{0\}$ を $0$ でない複素数倍で割った商空間とし(射影空間 の記事の定義(実射影空間と複素射影空間))、$z$ の類を $[z]=[z_0:\dots:z_m]$ と書く。整数係数のコホモロジー環は、$2$ 次の生成元 $a$ によって
$$
H^*(\mathbb{CP}^m;\mathbb{Z})\cong\mathbb{Z}[a]/(a^{m+1})
$$
である(Hat02 Theorem 3.19、p. 220。この記事では証明しない)。とくに $H^{2i}(\mathbb{CP}^m;\mathbb{Z})$($0\le i\le m$)は $a^i$ で生成される無限巡回群で、それ以外の次数は $0$ である。
$m\ge0$ とする。
1.$f\colon\mathbb{CP}^m\to\mathbb{CP}^m$ を連続写像とする。$f^*(a)\in H^2(\mathbb{CP}^m;\mathbb{Z})$ なので、ある整数 $k$ によって $f^*(a)=ka$ と書ける。$f^*$ はカップ積を保つので(カップ積)、$f^*(a^i)=k^ia^i$ である。$\mathbb{CP}^m$ は次元 $0,2,\dots,2m$ に胞体を 1 つずつもつ CW 複体なので(Hat02 p. 140)、整数係数のホモロジーは各次数で自由であり、普遍係数定理により有理係数の $H^{2i}(\mathbb{CP}^m;\mathbb{Q})$ は $a^i$ の像で生成される $1$ 次元の空間で、$f^*$ はそこで $k^i$ 倍として働く。奇数次は $0$ なので
$$
L(f)=\sum_{i=0}^mk^i
$$
である。$k=1$ なら $L(f)=m+1\ne0$ である。$k\ne1$ なら $L(f)=(k^{m+1}-1)/(k-1)$ であり、$L(f)=0$ は $k^{m+1}=1$ を意味する。$m+1$ は奇数なので整数 $k$ でこれを満たすのは $k=1$ だけであり、矛盾する。よって $L(f)\ne0$ である。$\mathbb{CP}^m$ は有限 CW 複体なので、thm-fpp-lefschetz により $f$ は不動点をもつ。
2.$m+1$ は偶数なので、$J$ を $2\times2$ 行列 $\begin{pmatrix}0&-1\\1&0\end{pmatrix}$ を対角に $(m+1)/2$ 個並べた実行列とすると、$g([z])=[J\bar z]$ である。$\lambda\ne0$ について $J\overline{\lambda z}=\bar\lambda J\bar z$ なので $g$ は代表元によらず、$\mathbb{C}^{m+1}\setminus\{0\}$ の連続写像 $z\mapsto J\bar z$ から誘導されるので連続である。$g([z])=[z]$ とすると、ある $\lambda\ne0$ で $J\bar z=\lambda z$ となる。この式の複素共役は $J z=\bar\lambda\bar z$($J$ は実行列)であり、もとの式に $J$ を掛けると $J^2=-I$ から $-\bar z=\lambda Jz=\lambda\bar\lambda\bar z$ を得る。よって $(1+\lvert\lambda\rvert^2)\bar z=0$、すなわち $z=0$ となり、$z\ne0$ に反する。
$m$ が奇数のとき、2 の写像 $g$ は不動点をもたないので thm-fpp-lefschetz により $L(g)=0$ であり、1 の計算から $g^*(a)=ka$ の $k$ は $k^{m+1}=1$、$k\ne1$ を満たす。$m+1$ は偶数なので $k=-1$、すなわち $g^*(a)=-a$ である。thm-fpp-cp の 1 は Hat02 §3.2 の演習 4(p. 229)の主張にあたる。$m=1$ のとき、$[z_0:z_1]\mapsto z_0/z_1$ と立体射影で $\mathbb{CP}^1=\mathbb{C}\cup\{\infty\}$ を $S^2$ と同一視すると、$g$ は $w\mapsto-1/\bar w$ となり、$S^2$ の対蹠写像にあたる。
4 と 5 は、Brouwerの不動点定理 や有限次元のコンパクト凸集合の場合から、コンパクト性の仮定を外せないことを示している。5 の Hilbert 空間の閉単位球に対しては、像がコンパクトな集合に収まるという条件を写像の側に課した Schauderの不動点定理 が成り立つ。
ホモトピー同値な空間は同じホモロジーをもち、Lefschetz 数もホモトピーで変わらない。しかし不動点性そのものはホモトピー型で決まらない。
1.1 点の空間の自己写像は恒等写像だけで、その点が不動点である。$\mathbb{R}^n$ は凸なので直線ホモトピー $(z,t)\mapsto(1-t)z$ で 1 点に縮み、1 点とホモトピー同値である。一方、平行移動 $z\mapsto z+e_1$ は不動点をもたない。
2.$[0,1]$ の不動点性は 不動点 の記事の定理(閉区間の不動点)による。$S^1$ は ex-fpp-without の 1 により不動点性をもたない。
1 では、thm-fpp-lefschetz の仮定のうち「有限単体複体のレトラクト」だけが破れている。$\mathbb{R}^n$ の平行移動は恒等写像とホモトピックなので $L=1$ だが、不動点をもたない。
prop-fpp-basic と thm-fpp-acyclic、thm-fpp-cp の仮定を 1 つずつ外すと、次のように結論が成り立たなくなる。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| 同相(prop-fpp-basic の 1) | 1 点と、それにホモトピー同値な $\mathbb{R}^n$ | 不動点性が移る |
| レトラクト(prop-fpp-basic の 2) | $[0,1]$ と、その連続像 $S^1$ | 不動点性が移る |
| 有限単体複体のレトラクト(thm-fpp-acyclic) | $\mathbb{R}^n$ と平行移動 | 自己写像が不動点をもつ |
| $m$ が偶数(thm-fpp-cp の 1) | $\mathbb{CP}^1$ と $[z_0:z_1]\mapsto[-\bar z_1:\bar z_0]$ | 自己写像が不動点をもつ |
1・2 行目の確かめは prop-fpp-not-homotopy、3 行目は $\mathbb{R}^n$ が空でなく弧状連結で、$i\ge1$ で $H^i(\mathbb{R}^n;\mathbb{Q})=0$ を満たし(可縮なので)、コンパクトでないため有限単体複体のレトラクトにならない(有限単体複体はコンパクトで、レトラクトはレトラクションによる連続像なのでコンパクト)ことによる。4 行目は thm-fpp-cp の 2 の $m=1$ の場合である。
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