通常アーベル多様体(ordinary abelian variety)とは、標数 $p>0$ の体上の $g$ 次元アーベル多様体 $A$ で、代数閉包上の $p$ 等分点の群 $A[p](\bar k)$ が $(\mathbb{Z}/p\mathbb{Z})^g$ に同型なもの、すなわち $p$ 階数が最大の $g$ であるもののことである。通常であることは、Verschiebung の核がエタールであること、$A[p]$ が代数閉包上で $\mu_p^g\times(\mathbb{Z}/p\mathbb{Z})^g$ に分かれること、Frobenius の核が $\mu_p^g$ であることと同値である。楕円曲線では超特異でないことにあたり、代数閉体上の通常アーベル多様体には Serre–Tate の標準持上げがある。
前提知識: アーベル多様体, Verschiebung, 有限群スキーム, 超特異楕円曲線
通常アーベル多様体(ordinary abelian variety)は、標数 $p>0$ の体上の $g$ 次元アーベル多様体 $A$ で、$p$ 等分点が可能なかぎり多いもの、すなわち $A[p](\bar k)\cong(\mathbb{Z}/p\mathbb{Z})^g$ となるもののことである。楕円曲線では、超特異でない楕円曲線がちょうど通常な楕円曲線である。通常であることは、Verschiebung の核がエタールであることとも、$p$ 倍写像の核が代数閉体上で $\mu_p^g\times(\mathbb{Z}/p\mathbb{Z})^g$ に分かれることとも同値である。
$A[p](\bar k)$ の $\mathbb{F}_p$ 次元を $A$ の $p$ 階数といい、$0$ 以上 $g$ 以下である。通常アーベル多様体は $p$ 階数が最大の場合で、「一般の」アーベル多様体はこの場合にあたる(Mil86b Remark 8.5、p. 117)。代数閉体 $k$ 上の通常アーベル多様体は Witt ベクトル環 $W(k)$ の上に標準的な持上げをもつ(Serre–Tate の理論)。
この記事では、$p$ 階数と通常性を定義し、通常性の 3 通りの言い換えを証明する。さらに $p$ 階数が同種と積でどう振る舞うかを示し、例と反例を挙げる。
以下、$k$ を標数 $p>0$ の体、$\bar k$ をその代数閉包、$A$ を $k$ 上の $g$ 次元アーベル多様体とする。$F=F_A\colon A\to A^{(p)}$ を相対 Frobenius(Frobenius写像)、$V=V_A\colon A^{(p)}\to A$ を Verschiebung とすると、$V\circ F=p_A$、$F\circ V=p_{A^{(p)}}$ であり、$F$ と $V$ はどちらも次数 $p^g$ の同種写像である(Verschiebung の命題「アーベル多様体の Verschiebung」)。同種写像の次数は核の有限群スキームとしての位数である(Mil86b §8、p. 115)。
アーベル多様体 の定理「$n$ 倍写像と捩れ点」の 3 により、整数 $r$($0\le r\le g$)があって、すべての $m\ge1$ で $A[p^m](\bar k)\cong(\mathbb{Z}/p^m\mathbb{Z})^r$ となる($r\le g$ は Mil86b Remark 8.5、pp. 116–117 にもある)。
定義は $\bar k$ 上の点で述べているので、通常かどうかは基礎体の拡大で変わらない。$g=1$ では、$r(E)=1$ は $E[p]\ne0$ ということで、超特異楕円曲線 の定義「超特異楕円曲線と通常楕円曲線」の「通常」と一致する。
証明の準備として 2 つの事実を述べる。
1:相対 Frobenius は有限な普遍同相写像である(Frobenius写像 の命題「相対 Frobenius は有限な普遍同相写像である」)。とくに単射で、閉点の剰余体の拡大は純非分離なので、$\bar k$ 有理点の写像 $A(\bar k)\to A^{(p)}(\bar k)$ は単射であり、全射でもある($A^{(p)}$ の $\bar k$ 有理点の上の点の剰余体は $\bar k$ の純非分離拡大で、$\bar k$ は完全なので $\bar k$ に等しい)。$x\in A(\bar k)$ について $px=V(F(x))$ なので、$x\in A[p](\bar k)$ は $F(x)\in(\ker V)(\bar k)$ と同値である。よって $F$ は $A[p](\bar k)$ と $(\ker V)(\bar k)$ の全単射を与える。
2:$\bar k$ は完全体なので、連結エタール完全列は分裂し $G\cong G^\circ\times\pi_0(G)$ である(有限群スキーム の節「体の上の構造」)。$G^\circ$ は連結なので $\bar k$ 有理点は単位元だけで、エタールな $\pi_0(G)$ は定数群なので $\#\pi_0(G)(\bar k)$ はその位数に等しい。よって $\#G(\bar k)=\lvert\pi_0(G)\rvert$ であり、これが $\lvert G\rvert=\lvert G^\circ\rvert\,\lvert\pi_0(G)\rvert$ に等しいことは $\lvert G^\circ\rvert=1$、すなわち $G=\pi_0(G)$ がエタールであることと同値である。$\square$
1:$\phi\colon A\to B$ を同種写像とし、$d:=\deg\phi$ とする。$\phi$ は $A[p^m](\bar k)\to B[p^m](\bar k)$ を引き起こし、その核は $(\ker\phi)(\bar k)$ に含まれるので位数は $d$ 以下である。よって $p^{mr(A)}\le d\,p^{mr(B)}$ がすべての $m$ で成り立ち、$m\to\infty$ として $r(A)\le r(B)$ を得る。$\ker\phi\subset A[d]$ なので $\psi\circ\phi=d_A$ となる同種写像 $\psi\colon B\to A$ があり(Mil86b §8、p. 115)、同じ論法で $r(B)\le r(A)$ である。
2:$(A\times B)[p](\bar k)=A[p](\bar k)\times B[p](\bar k)$ で、$\dim(A\times B)=\dim A+\dim B$ である。
3:$A$ 上の豊富な可逆層 $L$ について $\varphi_L\colon A\to A^\vee$ は同種写像である(アーベル多様体 の定理「双対アーベル多様体の基本性質」の 3)。1 から従う。$\square$
次は同値である。
すべて $\bar k$ 上で考えてよいので、$k=\bar k$ とする。
1 ⇔ 2:lem-ordinary-abelian-variety-points の 1 により $\#(\ker V)(k)=\#A[p](k)=p^{r(A)}$ である。$\ker V$ の位数は $\deg V=p^g$ なので、同じ補題の 2 により、$\ker V$ がエタールであることは $r(A)=g$ と同値である。
1 ⇒ 4:prop-ordinary-abelian-variety-isogeny の 3 により $A^\vee$ も通常なので、1 ⇔ 2 を $A^\vee$ に当てると $\ker V_{A^\vee}$ はエタールである。$F_{A^\vee}\circ V_{A^\vee}=p$ なので $\ker V_{A^\vee}$ は $p$ 倍で消え、位数は $p^g$ である。代数閉体上のエタールな有限群スキームは定数群なので(有限群スキーム の節「体の上の構造」)、$\ker V_{A^\vee}\cong(\mathbb{Z}/p\mathbb{Z})^g$ である。Cartier 双対をとると $(\ker F_A)^D\cong\ker V_{A^\vee}$(Cartier双対 の定理「同種の核の双対」の 3)で、$(\mathbb{Z}/p\mathbb{Z})^D=\mu_p$ なので $\ker F_A\cong\mu_p^g$ である。
1 ⇒ 3:連結エタール完全列の分裂により $A[p]\cong A[p]^\circ\times\pi_0(A[p])$ で、$\pi_0(A[p])$ は $A[p](k)\cong(\mathbb{Z}/p\mathbb{Z})^g$ と同型な定数群であり、位数は $p^g$ である。$A[p]$ の位数は $p^{2g}$ なので $\lvert A[p]^\circ\rvert=p^g$ である。$\ker F$ は $A[p]$ の部分群スキーム($V\circ F=p$)で、底空間は 1 点($F$ は普遍同相写像)なので連結であり、$A[p]^\circ$ に含まれる。位数はどちらも $p^g$ なので $A[p]^\circ=\ker F$ で、1 ⇒ 4 により $\mu_p^g$ と同型である。
3 ⇒ 1:$\mu_p^g$ の $k$ 有理点は単位元だけなので、$\#A[p](k)=p^g$、すなわち $r(A)=g$ である。
4 ⇒ 1:Cartier 双対をとると $\ker V_{A^\vee}\cong(\mu_p^g)^D=(\mathbb{Z}/p\mathbb{Z})^g$ はエタールである。1 ⇔ 2 により $A^\vee$ は通常で、prop-ordinary-abelian-variety-isogeny の 3 により $A$ も通常である。$\square$
一般の $A$ では、$A[p]$ は $\bar k$ 上で $(\mathbb{Z}/p\mathbb{Z})^r$、$\mu_p^s$、$\alpha_p^t$ を組み合わせた形になり、$r=s=r(A)$、$r+s+t=2g$ で、この制約のもとですべての値が起こる(Mil86b Remark 8.5、pp. 116–117。この記事では証明しない)。通常であることは $t=0$ の場合である。
$p$ を奇素数とし、$E\colon y^2=x^3-x$ を $\mathbb{F}_p$ 上の楕円曲線とする。$E$ は $p\equiv1\pmod4$ のとき通常、$p\equiv3\pmod4$ のとき超特異である(超特異楕円曲線 の例「曲線 $y^2=x^3-x$」)。たとえば $p=5$ では $E$ は通常で、thm-ordinary-abelian-variety-criteria により $\bar{\mathbb{F}}_5$ 上で $E[5]\cong\mu_5\times\mathbb{Z}/5$ である。有限体 $\mathbb{F}_q$ 上の楕円曲線では、通常であることは Frobenius の跡 $a_q$ が $p$ で割れないことと同値である(同記事の命題「有限体上の判定」)。
$E_1,E_2$ を $\mathbb{F}_5$ 上の楕円曲線とし、$E_1\colon y^2=x^3-x$、$E_2\colon y^2=x^3+1$ とする。$E_2$ は $p\equiv2\pmod3$ の素数で超特異である(超特異楕円曲線 の例「曲線 $y^2=x^3+1$」)ので、$5\equiv2\pmod3$ により $E_2$ は超特異である。prop-ordinary-abelian-variety-isogeny の 2 により、$r(E_1\times E_1)=2$、$r(E_1\times E_2)=1$、$r(E_2\times E_2)=0$ である。2 次元のアーベル曲面で、$p$ 階数は $2,1,0$ のすべての値をとる。通常なのは $E_1\times E_1$ だけである。
種数 $g$ の滑らかな射影曲線 $C$ の Jacobi 多様体(ヤコビ多様体)の $p$ 階数は、$C$ の Hasse–Witt 行列 $M$ の安定階数 $\operatorname{rank}(MM^{(p)}\cdots M^{(p^{g-1})})$ に等しい(Hasse不変量 の注意「Hasse–Witt 行列」)。とくに Jacobi 多様体が通常であることは $M$ が正則であることと同値である。$g=1$ では $M$ は Hasse 不変量そのもので、超特異でないことと $M\ne0$ が同値である。
超楕円曲線 $y^2=f(x)$($\deg f=2g+1$、$p$ 奇素数)では、$f^{(p-1)/2}=\sum_kc_kx^k$ とおくと $M=(c_{ip-j})_{1\le i,j\le g}$ である(同じ注意、Manin の公式)。これを種数 $2$ の曲線 $C\colon y^2=x^5+1$($p\ne2,5$ なので $x^5+1$ は重根をもたない)に当てる。$m:=(p-1)/2$ とすると $(x^5+1)^m=\sum_i\binom mix^{5i}$ なので、$c_k\ne0$ となるのは $5\mid k$ かつ $k\le5m$ のときに限る。$M$ の成分の添字は $p-1$、$p-2$、$2p-1$、$2p-2$ で、
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| 代数閉体上の点で数える | $\mathbb{F}_5$ 上の $y^2=x^3-x$ | $A[p](k)$ の位数で $p$ 階数が測れること |
| 通常である | $\mathbb{F}_3$ 上の $y^2=x^3-x$ | $\ker V$ がエタールであること、$A[p]\cong\mu_p\times\mathbb{Z}/p$ |
| 標数が $p$ | $\mathbb{C}$ 上の楕円曲線 | $\dim_{\mathbb{F}_p}A[p]\le g$ |
1 行目:$E\colon y^2=x^3-x$ は $\mathbb{F}_5$ 上で通常だが、$\#E(\mathbb{F}_5)=5+1-a_5=8$($a_5=-2$)は $5$ で割れないので $E[5](\mathbb{F}_5)=0$ である。$p$ 等分点は $\mathbb{F}_5$ の拡大体の上にしか現れない。2 行目:$p=3\equiv3\pmod4$ で $E$ は超特異なので、$E[3](\bar{\mathbb{F}}_3)=0$ で $r=0<1$ である。thm-ordinary-abelian-variety-criteria により $\ker V$ はエタールでなく、$E[3]$ は連結である。3 行目:標数 $0$ では $p$ 倍写像はエタールで $E[p](\mathbb{C})\cong(\mathbb{Z}/p\mathbb{Z})^2$(アーベル多様体 の定理「$n$ 倍写像と捩れ点」の 2)なので、次元は $2>g=1$ になる。$p$ 階数が $g$ 以下であることは、$p$ 倍写像の非分離性(標数 $p$)から来ている。
通常アーベル多様体は、変形の理論で特別な位置を占める。$k$ を標数 $p$ の代数閉体、$A_0$ を $k$ 上の通常アーベル多様体とすると、$A_0[p^\infty]$ は乗法型の部分(形式群が $\hat{\mathbb{G}}_m^g$ に同型な形式トーラス)とエタールな商の拡大であり、Witt ベクトル環 $W(k)$ 上の $A_0$ の変形の空間は形式トーラスの構造をもつ。その単位元に対応する $W(k)$ 上のアーベルスキームを $A_0$ の Serre–Tate 標準持上げという。これは アーベルスキーム の注意「Serre–Tate の定理の出典と通常アーベル多様体の標準持上げ」の内容で、この記事では証明しない。thm-ordinary-abelian-variety-criteria の 3 の分解 $A[p]\cong\mu_p^g\times(\mathbb{Z}/p\mathbb{Z})^g$ は、この $p$ 可除群の構造の $p$ 等分点での姿である。$g=1$ では、通常楕円曲線の自己準同型環は可換である(超特異楕円曲線 の命題「通常楕円曲線の自己準同型環は可換」)。超特異楕円曲線の自己準同型環が四元数環の整環になるのと対照的である。
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