関数の内積(高校数学)

同義語:inner product of functions (high school mathematics)

概要

関数の内積(inner product of functions)とは、閉区間 $[p,q]$ 上の実数値連続関数 $f,g$ に対して $\langle f,g\rangle=\int_p^qf(x)g(x)\,dx$ と定める量であり、ベクトルの内積の「成分の積の和」を「値の積の積分」に置き換えたものである。この量は対称性・線形性・正定値性という内積の条件を満たし、$1,\cos nx,\sin nx$ は $[-\pi,\pi]$ で互いに直交する。Fourier 級数の部分和は、この内積で測った距離で同じ次数以下のいちばん近い三角多項式であり、無限次元のピタゴラスの定理にあたる Parseval の等式から $\sum_{n\ge1}\frac1{n^2}=\frac{\pi^2}6$ が得られる。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: ベクトルの内積, 定積分, 三角関数

高校では、$\int_{-\pi}^{\pi}\sin x\sin2x\,dx=0$ のような三角関数の積の積分を、積和の公式の練習として計算する。この値が $0$ になることには、「関数 $\sin x$ と $\sin2x$ は直交する」という幾何学的な意味がある。関数どうしにも、ベクトルと同じように内積・長さ・直交を考えられるからである。この記事は、関数の内積を扱う 4 本の記事への案内である。関数の内積を定義し、それが内積の性質をもつことと正弦関数どうしの直交を証明したあと、条件を外したときの反例を見て、高校の計算と大学の概念の対応を表にし、どの順番で何を読めばよいかを示す。

関数の内積とは

空間ベクトルの内積は、成分どうしを掛けて足したもの $a_1b_1+a_2b_2+a_3b_3$ だった。関数では、各点 $x$ での値 $f(x)$ を「$x$ 番目の成分」とみなし、同じ $x$ での値どうしを掛けて、和の代わりに積分する。

区間上の関数の内積

$p< q$ とし、閉区間 $[p,q]$ で定義された実数値の連続関数 $f,g$ に対して
$$ \langle f,g\rangle:=\int_p^qf(x)g(x)\,dx,\qquad \|f\|:=\sqrt{\langle f,f\rangle} $$
と定める。$\langle f,g\rangle$ を $f$ と $g$ の内積、$\|f\|$ を $f$ の長さ(ノルム)という。$\langle f,g\rangle=0$ のとき、$f$ と $g$ は直交するという。

この $\langle f,g\rangle$ は、ベクトルの内積と同じ計算規則(線形性・対称性)を満たし、さらに「$\langle f,f\rangle\ge0$ で、$0$ になるのは $f$ が恒等的に $0$ のときだけ」という性質(正定値性)をもつ。この 3 つがそろっているから「内積」と呼んでよいのである。案内の記事だけで話が追えるように、ここで証明しておく(同じ内容は 積分で定める内積 でも扱う)。

内積の 3 つの性質

$[p,q]$ 上の連続関数 $f,g,h$ と実数 $s,t$ について、次が成り立つ。

  1. (対称性)$\langle f,g\rangle=\langle g,f\rangle$。
  2. (線形性)$\langle sf+tg,h\rangle=s\langle f,h\rangle+t\langle g,h\rangle$。
  3. (正定値性)$\langle f,f\rangle\ge0$ であり、$\langle f,f\rangle=0$ となるのは、$[p,q]$ のすべての $x$ で $f(x)=0$ のときに限る。
積分の性質と連続性を使う

段 1(対称性)。各点で $f(x)g(x)=g(x)f(x)$ なので、積分しても等しい。
段 2(線形性)。各点で $\bigl(sf(x)+tg(x)\bigr)h(x)=sf(x)h(x)+tg(x)h(x)$ である。定積分は和と定数倍を保つ($\int(u+v)=\int u+\int v$、$\int su=s\int u$)ので、
$$ \int_p^q\bigl(sf+tg\bigr)h\,dx=s\int_p^qfh\,dx+t\int_p^qgh\,dx $$
である。
段 3($0$ 以上であること)。各点で $f(x)^2\ge0$ であり、$p< q$ なので、$0$ 以上の関数の定積分は $0$ 以上である。よって $\langle f,f\rangle\ge0$ である。
段 4($0$ になるのは $f=0$ のときだけ)。$f$ が恒等的に $0$ なら $\langle f,f\rangle=0$ は明らかである。逆を対偶で示す。ある点 $c\in[p,q]$ で $f(c)\ne0$ であるとし、$m:=f(c)^2>0$ とおく。$f^2$ は連続なので、正の数 $\delta$ を、$|x-c|<\delta$ を満たす $[p,q]$ の点 $x$ ではつねに $f(x)^2>\frac m2$ となるようにとれる。そのような $x$ 全体は、$[p,q]$ に含まれる長さ $\ell>0$ の区間 $J$ を含む($c$ が端点でも、$c$ から内側に向かう部分がある)。$f^2$ は $[p,q]$ 全体で $0$ 以上で、$J$ の上では $\frac m2$ より大きいので
$$ \langle f,f\rangle=\int_p^qf(x)^2\,dx\ge\int_Jf(x)^2\,dx\ge\frac m2\cdot\ell>0 $$
である。よって $\langle f,f\rangle=0$ なら、すべての点で $f(x)=0$ である。$\square$

段 4 で連続性を使ったことに注意する。連続でない関数では正定値性が崩れることを、あとの反例の表で見る。
三角関数を扱うときは、周期に合わせて区間 $[-\pi,\pi]$ をとる。

対称な区間での内積の例
  1. $\langle1,x\rangle=\int_{-\pi}^{\pi}x\,dx=\Bigl[\frac{x^2}2\Bigr]_{-\pi}^{\pi}=0$ なので、定数関数 $1$ と $x$ は直交する。
  2. $\|x\|^2=\int_{-\pi}^{\pi}x^2\,dx=\Bigl[\frac{x^3}3\Bigr]_{-\pi}^{\pi}=\frac{2\pi^3}3$ である。
  3. 積和の公式 $\sin x\sin2x=\frac12(\cos x-\cos3x)$ から $\langle\sin x,\sin2x\rangle=\frac12\bigl[\sin x-\frac{\sin3x}3\bigr]_{-\pi}^{\pi}=0$ なので、$\sin x$ と $\sin2x$ は直交する。
  4. 半角の公式 $\sin^22x=\frac12-\frac12\cos4x$ から $\|\sin2x\|^2=\int_{-\pi}^{\pi}\sin^22x\,dx=\pi$ である。

例の 3 と 4 は、次の一般の事実の特別な場合である。

正弦関数どうしの直交

区間 $[-\pi,\pi]$ で考える。正の整数 $m,n$ について
$$ \langle\sin mx,\sin nx\rangle=\int_{-\pi}^{\pi}\sin mx\sin nx\,dx=\begin{cases}0&(m\ne n)\\ \pi&(m=n)\end{cases} $$
である。とくに $m\ne n$ なら $\sin mx$ と $\sin nx$ は直交し、$\|\sin nx\|=\sqrt\pi$ である。

積和の公式で cos の積分にする

段 1($\cos kx$ の積分)。$k$ が $0$ でない整数なら、$\sin k\pi=\sin(-k\pi)=0$ なので
$$ \int_{-\pi}^{\pi}\cos kx\,dx=\left[\frac{\sin kx}k\right]_{-\pi}^{\pi}=\frac{\sin k\pi-\sin(-k\pi)}k=0 $$
である。$k=0$ なら $\cos0x=1$ で、積分は区間の長さ $2\pi$ である。
段 2(積和の公式)。加法定理 $\cos(A-B)=\cos A\cos B+\sin A\sin B$ と $\cos(A+B)=\cos A\cos B-\sin A\sin B$ を引き算すると $\sin A\sin B=\frac12\bigl(\cos(A-B)-\cos(A+B)\bigr)$ である。$A=mx$、$B=nx$ として
$$ \int_{-\pi}^{\pi}\sin mx\sin nx\,dx=\frac12\int_{-\pi}^{\pi}\cos(m-n)x\,dx-\frac12\int_{-\pi}^{\pi}\cos(m+n)x\,dx $$
である。
段 3(場合分け)。$m,n$ は正の整数なので、$m+n$ は $0$ でない整数であり、段 1 により第 2 項は $0$ である。$m\ne n$ なら $m-n$ も $0$ でない整数なので第 1 項も $0$ であり、全体は $0$ である。$m=n$ なら $m-n=0$ なので第 1 項は $\frac12\cdot2\pi=\pi$ であり、全体は $\pi$ である。$\square$

成分の 2 乗の和と長さ

$f(x)=x$ を、互いに直交する $\sin x,\sin2x,\sin3x,\ldots$ の向きに分けると、係数は $b_n=\frac1\pi\int_{-\pi}^{\pi}x\sin nx\,dx=\frac{2(-1)^{n+1}}n$ となる($b_1=2$、$b_2=-1$、$b_3=\frac23$、…)。その 2 乗 $b_n^2=\frac4{n^2}$ を足していくと
$$ 4,\quad 4+1=5,\quad 5+\frac49=5.44\ldots,\quad\ldots $$
と増え、$\frac1\pi\|x\|^2=\frac{2\pi^2}3=6.579\ldots$ に近づく(図 1)。空間ベクトルの「長さの 2 乗は成分の 2 乗の和」が、無限個の成分で成り立っている。これを 4 本目の記事で証明し、$\sum_{n=1}^\infty\frac1{n^2}=\frac{\pi^2}6$ を導く。

f(x) = x の成分の 2 乗 4/n² を足していくと、2π²/3 に近づく f(x) = x の成分の 2 乗 4/n² を足していくと、2π²/3 に近づく

反例:条件を外すと

prop-fip-axioms と prop-fip-sine-orthogonal には、「連続関数」「区間 $[-\pi,\pi]$」「正の整数 $m,n$」という条件が付いていた。これらを外すと成り立たなくなる例を表にまとめる。

外す条件反例成り立たなくなること
$f$ が連続$[0,1]$ で $x=\frac12$ だけ $f(x)=1$、ほかは $0$$\langle f,f\rangle=0$ なのに $f$ は恒等的に $0$ でない(正定値性)
区間が $[-\pi,\pi]$区間 $[0,\pi]$ で $1$ と $\sin x$$\int_0^\pi\sin x\,dx=2\ne0$ で、直交しない
$m,n$ が整数$[-\pi,\pi]$ で $\sin x$ と $\sin\frac x2$内積が $\frac83\ne0$ で、直交しない
反例:1 点だけ値をもつ関数

$[0,1]$ で、$f(\frac12)=1$、それ以外の $x$ では $f(x)=0$ とする。$[0,1]$ を $n$ 等分して長方形の面積の和で $\int_0^1f(x)^2\,dx$ を近似すると、高さが $1$ になる長方形は $x=\frac12$ を含む高々 2 本だけで、面積の和は $\frac2n$ 以下である。$n\to\infty$ で $0$ に近づくので $\langle f,f\rangle=0$ だが、$f$ は恒等的に $0$ ではない。この $f$ は $x=\frac12$ で連続でないので、prf-prop-fip-axioms の段 4 の「$f(c)\ne0$ の近くでも $f(x)^2>\frac m2$」が使えない。関数の内積を連続関数に限って定義するのはこのためである。

反例:区間と周波数を変える
  • 区間 $[0,\pi]$ では $\langle1,\sin x\rangle=\int_0^\pi\sin x\,dx=\bigl[-\cos x\bigr]_0^\pi=1-(-1)=2$ である。$[-\pi,\pi]$ では $\sin x$ が奇関数なので $0$ だったが、区間の半分を捨てると打ち消し合いが起きない。
  • $\sin x$ と $\sin\frac x2$ では、積和の公式から
    $$ \int_{-\pi}^{\pi}\sin x\sin\frac x2\,dx=\frac12\int_{-\pi}^{\pi}\Bigl(\cos\frac x2-\cos\frac{3x}2\Bigr)dx=\frac12\left[2\sin\frac x2-\frac23\sin\frac{3x}2\right]_{-\pi}^{\pi}=\frac12\cdot\frac{16}3=\frac83 $$
    である。$m=1$、$n=\frac12$ で $m+n=\frac32$、$m-n=\frac12$ が整数でないので、prf-prop-fip-sine-orthogonal の段 1 の $\sin k\pi=0$ が使えない。

高校の計算と大学の概念

高校で習う計算の多くは、関数の内積の言葉で読みかえられる。右の列は、その内容を扱う記事である。

高校の計算大学の概念記事
成分どうしを掛けて足す積分による内積積分で定める内積
奇関数を $-a$ から $a$ まで積分すると $0$偶関数と奇関数の直交積分で定める内積
垂直なら長さの 2 乗が足し算になる内積空間のピタゴラスの定理積分で定める内積
積和の公式で $\int\sin mx\sin nx\,dx$ を計算する三角関数の直交関係三角関数の直交性(高校数学)
$\sin nx$ を $\sqrt\pi$ で割る正規直交基底(正規直交系)三角関数の直交性(高校数学)
垂線の足がいちばん近い点正射影と最良近似Fourier係数と最良近似
2 次関数の最小値を平方完成で求めるFourier 係数の最小二乗の性質Fourier係数と最良近似
成分の 2 乗の和は長さの 2 乗Parseval の等式無限次元のピタゴラスの定理

4 つの記事と読む順番

4 本は、前の記事の結果を後の記事で使うように並んでいる。はじめて学ぶときは ① から順に読むとよい。

  1. 積分で定める内積:関数の内積を定め、それが内積の条件(線形性・対称性・正定値性)を満たすことを、関数の連続性を使って証明する。偶関数と奇関数が直交すること、関数でもピタゴラスの定理が成り立つことが分かる。Putnam 数学競技会の問題を 1 問、内積の計算だけで解く。
  2. 三角関数の直交性(高校数学):$1,\cos x,\sin x,\cos2x,\sin2x,\ldots$ が区間 $[-\pi,\pi]$ で互いに直交することを、積和の公式で場合を分けて証明する。長さを $1$ にそろえた正規直交系と、直交するものが 1 次独立であることが分かる。区間を半分にすると直交しなくなる例も見る。
  3. Fourier係数と最良近似:正規直交系の向きの成分を並べた点(正射影)がいちばん近い点であることを証明し、三角関数系ではそれが Fourier 級数の部分和になることを示す。Bessel の不等式と、$x$ にいちばん近い $c\sin x$ が $c=2$ であることが分かる。
  4. 無限次元のピタゴラスの定理:連続関数では Fourier 係数の 2 乗の和が長さの 2 乗に等しい(Parseval の等式)ことを証明し、$\sum_{n=1}^\infty\frac1{n^2}=\frac{\pi^2}6$ と $\sum_{n=1}^\infty\frac1{n^4}=\frac{\pi^4}{90}$ を導く。長さで近いことと各点で近いことの違いも見る。
どの疑問にどの記事が答えるか
疑問答える記事
積分で定めたものを「内積」と呼んでよいのはなぜか① 積分で定める内積
なぜ連続関数に限るのかこの記事の ex-fip-counter-continuity、①(正定値性)と ④(一意性)
$\int_{-\pi}^{\pi}\sin mx\sin nx\,dx$ はいつ $0$ か② 三角関数の直交性(高校数学)
区間を $[0,\pi]$ にするとどうなるか②
Fourier 係数の式はどこから来るか③ Fourier係数と最良近似
係数の 2 乗の和はいくつになるか③(不等式)と ④(等式)
$\sum\frac1{n^2}=\frac{\pi^2}6$ はどう出るか④ 無限次元のピタゴラスの定理

さらに先へ

  • 関数の内積を一般の関数空間($L^2$ 空間など)で扱う大学向けの話は、Lp空間 で扱う。
  • 内積の条件だけから、Cauchy–Schwarz の不等式 $|\langle f,g\rangle|\le\|f\|\|g\|$ と三角不等式が出る。判別式による証明は Cauchy–Schwarzの不等式(高校数学) にある。
  • $x=\cos\theta$ と置き換えると、$\cos n\theta$ の直交性は多項式の直交性になる(Chebyshev多項式)。
  • $\sum\frac1{n^2}=\frac{\pi^2}6$ の、三角関数の不等式による初等的な証明は Basel問題 にある。
  • 2 乗が積分できる関数まで広げて極限をとっても外に出ないようにした空間は、Hilbert空間 の代表例である。

関連項目

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