単射(injection)とは、相異なる入力を相異なる出力へ送る写像 $f\colon X\to Y$、すなわち $f(x)=f(x')$ ならば $x=x'$ となる写像である。対になるのが、終域のすべての元を値にとる全射(surjection)と、単射かつ全射である全単射(bijection)であり、全単射 $f$ には $g\circ f=\mathrm{id}_X$ かつ $f\circ g=\mathrm{id}_Y$ を満たす逆写像(inverse map)$g=f^{-1}$ がちょうど一つある。左逆写像を持つ写像は単射、右逆写像を持つ写像は全射である。単射・全射・全単射は合成で保たれ、有限集合の自己写像では三つが同値だが、無限集合ではこの同値は成り立たない。
集合 $X,Y$ と写像 $f\colon X\to Y$ を考える。単射・全射・全単射は、対応規則だけでなく定義域 $X$ と終域 $Y$ を含めた写像の性質である。
$f$ が 単射(injection, injective map)であるとは、任意の $x,x'\in X$ に対して
$$
f(x)=f(x')\Longrightarrow x=x'
$$
が成り立つことをいう。対偶をとれば、$x\ne x'$ ならば $f(x)\ne f(x')$ という条件と同値である。単射を $f\colon X\hookrightarrow Y$ と書くことがある。
$f$ が 全射(surjection, surjective map)であるとは、任意の $y\in Y$ に対して $f(x)=y$ を満たす $x\in X$ が少なくとも一つ存在することをいう。同じ条件は $f(X)=Y$ と書ける。全射を $f\colon X\twoheadrightarrow Y$ と書くことがある。
$f$ が 全単射(bijection, bijective map)であるとは、$f$ が単射かつ全射であることをいう。すなわち、各 $y\in Y$ に対して $f(x)=y$ を満たす $x\in X$ がただ一つ存在する。
写像 $g\colon Y\to X$ が
$$
g\circ f=\mathrm{id}_X,\qquad f\circ g=\mathrm{id}_Y
$$
を満たすとき、$g$ を $f$ の 逆写像(inverse map)といい、$f^{-1}$ と書く。ここで $\mathrm{id}_X$ は $X$ の恒等写像、$g\circ f$ は合成写像である。$r\circ f=\mathrm{id}_X$ だけを満たす $r\colon Y\to X$ を $f$ の左逆写像(left inverse)、$f\circ s=\mathrm{id}_Y$ だけを満たす $s\colon Y\to X$ を $f$ の右逆写像(right inverse)という。
逆写像は、部分集合 $B\subset Y$ から部分集合 $f^{-1}(B)=\{x\in X\mid f(x)\in B\}$ を作る逆像とは別の概念である。逆像はどの写像にも定義できるが、逆写像は以下で示すように全単射に対してちょうど存在する。
単射は異なる入力を同じ出力へ潰さず、全射は終域に取りこぼしを残さない。全単射では両方が成り立つので、$X$ と $Y$ の元は一対一に対応する。この対応は二つの集合が同じ集合の濃度を持つという定義の基礎になる。逆写像は「対応を逆向きにたどる」写像であり、たどり先が必ずあって(全射)ただ一つに決まる(単射)ときに限って定義できる。片側だけの逆写像は、単射性または全射性の一方だけを保証する。
同じ規則 $x\mapsto x^2$ でも定義域・終域によって性質が変わる。
$f\colon\mathbb{R}\to\mathbb{R}$、$f(x)=x^2$ とする。$f(1)=f(-1)$ だが $1\ne-1$ なので単射でない。また、$-1$ は値として現れないので全射でない。満たす条件は「実数から実数への写像であること」、破れる結論は単射性と全射性であり、「二乗という規則なら単射である」および「二乗という規則なら全射である」という含意を破る。
$f\colon\mathbb{R}\to[0,\infty)$、$f(x)=x^2$ は全射だが、$f(1)=f(-1)$ なので単射でない。
$f\colon[0,\infty)\to\mathbb{R}$、$f(x)=x^2$ は単射だが、負の実数を値にとらないので全射でない。
$f\colon[0,\infty)\to[0,\infty)$、$f(x)=x^2$ は全単射である。逆写像は平方根 $f^{-1}(y)=\sqrt{y}$ である。
単射であることを示すには「値が等しいと仮定して入力が等しいことを導く」、単射でないことを示すには「値が等しい相異なる二つの入力を一組見つける」。全射であることを示すには「終域の任意の元に対して、それに写る入力を具体的に作る」、全射でないことを示すには「値にならない終域の元を一つ見つける」。次の例はこの型の練習である。
$g\colon\mathbb{Z}\to\mathbb{Z}$、$g(n)=2n+1$ は単射だが全射でない。$g(n)=g(n')$ なら $2n+1=2n'+1$ から $2(n-n')=0$、整数は零因子をもたないので $n=n'$ である。一方、$g(n)$ はつねに奇数なので $0$ は値にならない。終域を奇数全体の集合 $O$ に取り替えた $g\colon\mathbb{Z}\to O$ は全単射で、逆写像は $m\mapsto(m-1)/2$ である。同じ式を $\mathbb{Q}\to\mathbb{Q}$ の写像とみれば、$y\in\mathbb{Q}$ に対し $x=(y-1)/2\in\mathbb{Q}$ が $2x+1=y$ を満たすので全単射になる。規則が同じでも、定義域と終域をどの数の集合にとるかで全射性が変わる。
$h\colon\mathbb{R}\to\mathbb{R}$、$h(x)=x^3$ は全単射である。$x< x'$ なら
$$
x'^3-x^3=(x'-x)\Bigl(\bigl(x+\tfrac{x'}{2}\bigr)^2+\tfrac34x'^2\Bigr)
$$
で、右辺の第2因子は $x=x'=0$ のときに限り $0$ になるが、いまは $x\ne x'$ なので正である。よって $h(x)< h(x')$ であり、$h$ は狭義単調増加、したがって単射である。全射性は、$y\in\mathbb{R}$ に対し実数の立方根 $\sqrt[3]{y}$ が $h(\sqrt[3]{y})=y$ を満たすことによる。逆写像は $h^{-1}(y)=\sqrt[3]{y}$ である。
一般に、実数の部分集合 $I$ 上の関数 $f\colon I\to\mathbb{R}$ が狭義単調増加($x< x'$ なら $f(x)< f(x')$)または狭義単調減少($x< x'$ なら $f(x)>f(x')$)ならば単射である。$x\ne x'$ なら $x< x'$ か $x'< x$ のどちらかで、いずれの場合も値の大小が決まり、値は等しくならないからである。逆は成り立たない。
$f\colon\mathbb{R}\to\mathbb{R}$ を $x\ne0$ で $f(x)=1/x$、$f(0)=0$ と定める。$f(x)=f(x')$ とする。$x,x'$ がともに $0$ でなければ $1/x=1/x'$ から $x=x'$ である。一方だけが $0$ なら、その値は $0$ で他方の値 $1/x'$ は $0$ でないので等しくならない。よって $f$ は単射である。しかし $-1< \tfrac12< 1$ に対して $f(-1)=-1$、$f(\tfrac12)=2$、$f(1)=1$ であり、値は増えてから減るので、$f$ は単調増加でも単調減少でもない。この $f$ は $0$ で不連続である。区間上の関数が連続で単射なら狭義単調になることは、中間値の定理の記事の命題「区間上の連続単射は狭義単調」が示している。この反例は、その命題から連続性の仮定を外すと結論が成り立たなくなることを示す。
左逆写像と右逆写像は向きが異なり、一方だけでは逆写像にならない。
$f\colon X\to Y$ が左逆写像 $r\colon Y\to X$、すなわち $r\circ f=\mathrm{id}_X$ を持てば $f$ は単射である。逆に、$X\ne\emptyset$ で $f$ が単射ならば左逆写像が存在する。
左逆写像 $r$ があるとする。$f(x)=f(x')$ ならば両辺に $r$ を施して
$$
x=(r\circ f)(x)=(r\circ f)(x')=x'
$$
となるので $f$ は単射である。
逆に $X\ne\emptyset$ とし、$f$ が単射であるとする。一つの元 $x_0\in X$ を固定し、$r\colon Y\to X$ を
$$
r(y)=\begin{cases}
x & (y=f(x)\text{ となる }x\in X\text{ が存在するとき}),\\
x_0 & (y\notin f(X))
\end{cases}
$$
で定める。前者の場合の $x$ は単射性により一意なので $r$ は写像として定まる。任意の $x\in X$ について $r(f(x))=x$ だから $r\circ f=\mathrm{id}_X$ である。ここでは一つの $x_0$ を固定するだけであり、選択公理は使わない。$\square$
$X=\emptyset$ という条件を除外できない。たとえば唯一の写像 $\emptyset\to\{0\}$ は単射だが、左逆写像 $\{0\}\to\emptyset$ は存在しない。
$f\colon X\to Y$ が右逆写像 $s\colon Y\to X$、すなわち $f\circ s=\mathrm{id}_Y$ を持てば $f$ は全射である。
任意の $y\in Y$ に対して $x=s(y)\in X$ と置けば
$$
f(x)=f(s(y))=(f\circ s)(y)=y
$$
である。したがって終域の各元は $f$ の値として現れ、$f$ は全射である。$\square$
逆向きの「任意の全射が右逆写像を持つ」という主張は、各ファイバー $f^{-1}(y)$ から元を同時に選ぶ選択関数の存在を要し、選択公理と同値である。この同値とその証明は選択公理の記事の命題「選択公理の同値な言い換え」が扱う。$Y$ が有限集合なら、有限個のファイバーから一つずつ元を選ぶだけなので選択公理は要らない。
左逆写像と右逆写像は一般に一意ではない。有限集合の場合には、その個数を正確に数えられる。以下、有限集合 $A$ の元の個数を $\lvert A\rvert$ と書き、$0^0=1$ と約束する。
$X,Y$ を有限集合、$\lvert X\rvert=m$、$\lvert Y\rvert=n$ とする。
1 について。$r\colon Y\to X$ が左逆写像であるための条件 $r\circ f=\mathrm{id}_X$ は、各 $x\in X$ について $r(f(x))=x$ となることである。$f$ は単射なので、像 $f(X)$ の各元 $y$ に対して $y=f(x)$ となる $x$ がただ一つあり、条件は「$f(X)$ 上で $r(y)$ はその $x$ に等しい」と言い換えられる。つまり左逆写像の $f(X)$ 上の値は完全に決まり、残りの $Y\setminus f(X)$ 上の値には条件がない。$f$ は $X$ から $f(X)$ への全単射を与えるので $\lvert f(X)\rvert=m$、したがって $\lvert Y\setminus f(X)\rvert=n-m$ である。左逆写像は、$Y\setminus f(X)$ から $X$ への写像と一対一に対応し、その個数は $m^{\,n-m}$ である(有限集合の間の写像の個数については写像の記事の命題「有限集合間の写像の個数」)。$m=0$ のときもこの式は正しい。実際 $X=\emptyset$ なら、$Y=\emptyset$ のとき左逆写像は空写像ただ一つ($0^0=1$)、$Y\ne\emptyset$ のとき $Y\to\emptyset$ という写像がないので $0$ 個($0^n=0$)である。
2 について。$s\colon Y\to X$ が右逆写像であるための条件 $f\circ s=\mathrm{id}_Y$ は、各 $y\in Y$ について $s(y)\in f^{-1}(\{y\})$ となることである。異なる $y$ に対する条件は互いに関係しないので、右逆写像を与えることは、各ファイバー $f^{-1}(\{y\})$ から元を一つずつ選ぶことと同じである。積の法則により、その選び方の総数は各ファイバーの元の個数の積に等しい。$f$ が全射なので各因子は $1$ 以上であり、右逆写像は少なくとも一つある。$\square$
包含写像 $\iota\colon\{1,2\}\to\{1,2,3\}$ の左逆写像は、$1\mapsto1$、$2\mapsto2$ と決まっていて、$3$ の行き先だけを $1,2$ から選べるので $2^{3-2}=2$ 個ある。一方、$f\colon\{1,2,3\}\to\{a,b\}$ を $f(1)=f(2)=a$、$f(3)=b$ とすると、ファイバーは $\{1,2\}$ と $\{3\}$ なので、右逆写像は $s(a)\in\{1,2\}$、$s(b)=3$ の $2\cdot1=2$ 個である。どちらの場合も片側逆写像は一意でなく、逆写像にもならない。実際 $\iota\circ r$ は $3$ を $1$ か $2$ に送るので $\mathrm{id}$ でない。片側逆写像がただ一つになるのは、1 では $n=m$ または $m=1$ のとき、2 ではすべてのファイバーが一元集合、すなわち $f$ が全単射のときである。
単射と全射は、片側逆写像を通じて向きを入れ替えて対応する。
$X\ne\emptyset$ とし、単射 $f\colon X\to Y$ があるとする。このとき全射 $Y\to X$ が存在する。さらに、全射 $g\colon Y\to X$ の右逆写像 $s\colon X\to Y$ はつねに単射である。
prop-injection-left-inverse により、$f$ は左逆写像 $r\colon Y\to X$ をもつ。$r\circ f=\mathrm{id}_X$ は、$f$ が $r$ の右逆写像であることを意味するので、prop-surjection-right-inverse を $r$ に適用して $r$ は全射である。後半は、$g\circ s=\mathrm{id}_X$ が $g$ を $s$ の左逆写像にすることから、prop-injection-left-inverse の前半により $s$ は単射である。$\square$
逆向きに、全射 $Y\to X$ から単射 $X\to Y$ を得るには、全射の右逆写像の存在、すなわち選択公理を用いる。$Y$ が有限なら選択公理は要らない。前半の主張には $X\ne\emptyset$ が必要である。空写像 $\emptyset\to\{0\}$ は単射だが、$\{0\}$ から $\emptyset$ への写像は存在しない。
$f\colon X\to Y$ が全単射であることと、逆写像 $g\colon Y\to X$ が存在することは同値である。存在するとき逆写像は一意である。
$f$ が全単射なら、各 $y\in Y$ に対して $f(x)=y$ を満たす $x\in X$ がただ一つ存在する。その元を $g(y)$ と定めると $g\colon Y\to X$ が定まり、定義から $g(f(x))=x$ と $f(g(y))=y$ が成り立つ。したがって $g\circ f=\mathrm{id}_X$ かつ $f\circ g=\mathrm{id}_Y$ である。この構成では各 $y$ に対する元が一意なので選択公理を使わない。
逆に $g\circ f=\mathrm{id}_X$ と $f\circ g=\mathrm{id}_Y$ が成り立つなら、前者から $f$ は単射(prop-injection-left-inverse)、後者から $f$ は全射(prop-surjection-right-inverse)である。よって $f$ は全単射である。
一意性を示す。$g\colon Y\to X$ を左逆写像、$h\colon Y\to X$ を右逆写像とすると、合成の結合律と恒等写像の性質により
$$
g=g\circ\mathrm{id}_Y=g\circ(f\circ h)=(g\circ f)\circ h=\mathrm{id}_X\circ h=h.
$$
したがって両側逆写像は一意である。$\square$
$f\colon X\to Y$ が全単射ならば $f^{-1}\colon Y\to X$ も全単射であり、$(f^{-1})^{-1}=f$ が成り立つ。
$g=f^{-1}$ とする。逆写像の定義から $g\circ f=\mathrm{id}_X$ かつ $f\circ g=\mathrm{id}_Y$ である。したがって $f$ は $g$ の逆写像である。prop-bijection-inverse を $g$ に適用すると $g$ は全単射で、その一意な逆写像は $f$ である。ゆえに $(f^{-1})^{-1}=f$ である。$\square$
単射・全射・全単射は合成で保たれる。すなわち $f\colon X\to Y$ と $g\colon Y\to Z$ がともに単射なら $g\circ f$ も単射、ともに全射なら $g\circ f$ も全射、ともに全単射なら $g\circ f$ も全単射である。さらに $g\circ f$ が単射なら $f$ は単射、$g\circ f$ が全射なら $g$ は全射である。これらの証明と、残りの向きが成り立たない反例は写像の合成の記事の命題「合成と単射・全射」とその直後の反例にある。全単射の合成の逆写像が $(g\circ f)^{-1}=f^{-1}\circ g^{-1}$ となることも同じ記事の命題「全単射の合成と逆写像」が示している。
合成の言葉を使うと、単射と全射は「消去できる」という性質で特徴づけられる。$f$ が単射であることは、任意の集合 $T$ と写像 $a,b\colon T\to X$ について $f\circ a=f\circ b$ なら $a=b$ となること(左から $f$ を消去できること)と同値である。これはモノ射の記事の命題「集合の圏と群の圏のモノ射」の 1 である。同様に、$f$ が全射であることは、任意の $c,d\colon Y\to T$ について $c\circ f=d\circ f$ なら $c=d$ となることと同値である(エピ射の記事の命題「集合の圏のエピ射は全射」)。この言い換えは元を使わずに合成だけで書けるので、一般の圏のモノ射・エピ射の定義の出発点になる。
$X$ を有限集合とし、$f\colon X\to X$ を自己写像(定義域と終域が同じ写像)とする。このとき次は同値である。
有限集合の元の個数について、次の三つの事実を用いる。(i) は有限集合の記事の系「元の個数は数え方によらない」の 3、(ii) は同記事の命題「有限集合の部分集合」、(iii) は同記事の系「単射・全射と元の個数」の 2 である。
より一般に、元の個数が等しい有限集合 $A,B$ の間の写像 $A\to B$ についても同じ同値が成り立つ。これは鳩の巣原理の記事の命題「同じ個数の有限集合の間の写像」である。また、元の個数が $m$ の集合から $n$ の集合への単射は $m\le n$ のときに限り存在し、その個数は $n(n-1)\cdots(n-m+1)$ である(場合の数の数え方の体系の記事の命題「写像と単射の個数」)。
有限性は外せない。$s\colon\mathbb{N}\to\mathbb{N}$、$s(n)=n+1$ は単射だが $0$ を値にとらず全射でない。一方、$q\colon\mathbb{N}\to\mathbb{N}$、$q(n)=\lfloor n/2\rfloor$(床関数)は全射だが $q(0)=q(1)$ なので単射でない。これらは「無限集合の自己写像でも単射なら全射」および「無限集合の自己写像でも全射なら単射」という含意をそれぞれ破る。$s$ には左逆写像 $n\mapsto\max(n-1,0)$ があり、$q$ には右逆写像 $n\mapsto2n$ がある。無限集合では、片側逆写像をもつ自己写像が逆写像をもつとは限らない。
単射 $f\colon X\to Y$ は、$X$ の元を区別を失わずに $Y$ の中へ写す。終域を像に取り替えた写像 $X\to f(X)$、$x\mapsto f(x)$ はつねに全射であり(像(写像)の記事の命題「像への余域制限」)、値は $f$ と同じなので $f$ が単射なら単射でもある。したがって全単射になる。このため、単射があるとき $X$ を $Y$ の部分集合 $f(X)$ と同一視することが多い。単射を埋め込みと呼ぶのはこの意味である。
自然数を整数とみなす写像 $\mathbb{N}\to\mathbb{Z}$、整数を分母 $1$ の分数とみなす写像 $\mathbb{Z}\to\mathbb{Q}$、有理数を実数とみなす写像 $\mathbb{Q}\to\mathbb{R}$ はどれも単射である。整数を自然数の対の同値類として構成したときには、$\mathbb{N}$ は $\mathbb{Z}$ の部分集合ではなく、単射 $n\mapsto[(n,0)]$ の像として $\mathbb{Z}$ の中に現れる。単射であることと、加法・乗法を保つことを確かめたうえで、$\mathbb{N}$ をその像と同一視する。これらの単射はどれも全射でない。例えば $-1\in\mathbb{Z}$ は自然数の像に入らない。
単射の性質は、同一視してよいかどうかの判定に使う。単射でない写像で同一視すると、異なる元が一つにまとめられてしまう。例えば整数 $n$ をその 2 乗 $n^2$ で表す写像 $\mathbb{Z}\to\mathbb{N}$ は $1$ と $-1$ を区別しないので、整数を自然数の一部とみなす手段にはならない。
写像 $f\colon X\to Y$ について、単射性・全射性の言い換えを並べる。どれも本記事または表の欄に挙げた記事で証明されている。
| 単射 | 全射 | |
|---|---|---|
| 元による定義 | $f(x)=f(x')\Rightarrow x=x'$ | 任意の $y$ に $f(x)=y$ となる $x$ がある |
| ファイバー $f^{-1}(\{y\})$ | 高々一元(逆像) | 空でない(逆像) |
| 片側逆写像 | $X\ne\emptyset$ なら左逆写像がある | 右逆写像がある(選択公理を使う) |
| 消去 | 左から消去できる(モノ射) | 右から消去できる(エピ射) |
| 部分集合の像 | $f^{-1}(f(A))=A$(像(写像)) | $f(f^{-1}(B))=B$ |
最後の行の全射の欄の等式は次のように確かめられる。つねに $f(f^{-1}(B))\subset B$ であり、$f$ が全射なら $y\in B$ に対して $f(x)=y$ となる $x$ が $f^{-1}(B)$ に入るので逆の包含も成り立つ。逆に、すべての $B$ でこの等式が成り立てば、$B=Y$ として $f(X)=f(f^{-1}(Y))=Y$ となり $f$ は全射である。
本記事の命題の仮定を一つ外したときの反例をまとめる。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| $X\ne\emptyset$ | 空写像 $\emptyset\to\{0\}$ | 単射なら左逆写像をもつ |
| 有限性 | $s(n)=n+1$($\mathbb{N}\to\mathbb{N}$) | 単射な自己写像は全射である |
| 有限性 | $q(n)=\lfloor n/2\rfloor$($\mathbb{N}\to\mathbb{N}$) | 全射な自己写像は単射である |
| 両側の等式 | 包含 $\{1,2\}\to\{1,2,3\}$ とその左逆写像 | 左逆写像は逆写像である |
| 両側の等式 | 包含 $\{1,2\}\to\{1,2,3\}$ | 左逆写像はただ一つである |
| 定義域と終域の指定 | $x\mapsto x^2$($\mathbb{R}\to\mathbb{R}$) | 規則が同じなら同じ性質をもつ |
| 連続性 | $1/x$ を $0$ で $0$ とした関数 | 実数の区間上の単射は単調である |
それぞれの確認は、prop-injection-left-inverse の直後の注意、節「有限集合の自己写像」、ex-injection-count、rem-injection-nonexample、rem-injection-not-monotone にある。
集合の圏 $\mathsf{Set}$ では、単射はモノ射と一致し、全射はエピ射と一致し、全単射は同型射と一致する。しかし、モノ射・エピ射・同型射は任意の圏で合成によって定義される概念であり、集合の元を使う単射・全射・全単射の定義と同じものではない。両者が一致するかは圏ごとに確かめる必要がある。例えば単位的環と環準同型の圏では、包含 $\mathbb{Z}\to\mathbb{Q}$ は全射でないがエピ射である(エピ射の記事の命題「局所化の標準写像はエピ射」。アーベル群の圏ではエピ射でないことは同記事の例「アーベル群の圏では $\mathbb{Q}$ への包含はエピ射でない」)。
単射・全射・全単射の定義は Ham Definition 12.4(§12.2, p. 228)、逆写像と全単射の関係は同 Theorem 12.3 と Definition 12.8(§12.5, p. 240)による。
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