Cayley–Hamiltonの定理

同義語:Hamilton–Cayleyの定理ケーリー・ハミルトンの定理ハミルトン・ケーリーの定理Cayley–Hamilton theorem

概要

Cayley–Hamiltonの定理(Cayley–Hamilton theorem)とは、可換環を成分とする $n$ 次正方行列 $A$ に、その固有多項式 $p_A(x)=\det(xI-A)$ の $x$ として $A$ 自身を代入すると零行列になる、すなわち $p_A(A)=O$ であるという定理である。たとえば $A=\begin{pmatrix}1&2\\3&4\end{pmatrix}$ では $p_A(x)=x^2-5x-2$ で、$A^2-5A-2I=O$ となる。証明は余因子行列 $\operatorname{adj}(xI-A)$ の係数を比べて行う。この定理から、$A$ の冪はすべて $I,A,\dots,A^{n-1}$ の線形結合で書けること、正則行列の逆行列が $A$ の多項式で書けること、体の上では最小多項式が固有多項式を割り切ることが従う。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 行列, 行列式, 多項式環

2 次の正方行列 $A=\begin{pmatrix}1&2\\3&4\end{pmatrix}$ に対し、多項式
$$ p_A(x)=\det(xI-A)=\det\begin{pmatrix}x-1&-2\\-3&x-4\end{pmatrix}=(x-1)(x-4)-6=x^2-5x-2 $$
を $A$ の 固有多項式 という。この多項式の $x$ に $A$ 自身を代入してみる。$A^2=\begin{pmatrix}7&10\\15&22\end{pmatrix}$ なので
$$ A^2-5A-2I=\begin{pmatrix}7&10\\15&22\end{pmatrix}-\begin{pmatrix}5&10\\15&20\end{pmatrix}-\begin{pmatrix}2&0\\0&2\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}0&0\\0&0\end{pmatrix} $$
となり、零行列になる。これを $A(A-5I)=2I$ と書き直すと、$A$ の逆行列が $A^{-1}=\frac12(A-5I)=\begin{pmatrix}-2&1\\3/2&-1/2\end{pmatrix}$ と $A$ の式で求まる。
どんな正方行列も自分の固有多項式を代入すると零行列になる、というのが Cayley–Hamiltonの定理 である。$n$ 次正方行列 $A$ の冪 $I,A,A^2,\dots$ はいくらでも作れるが、この定理により $A^n$ は $I,A,\dots,A^{n-1}$ の線形結合で書け、したがってすべての冪がそうなる。本記事では、定理を可換環を成分とする行列について述べ、余因子行列を使う完全な証明を与える。よく見かける「$\det(AI-A)=\det O=0$」という説明がなぜ証明にならないかを説明し、逆行列の多項式による表示、冪の計算、最小多項式(線形代数)が固有多項式を割り切ることなどの帰結を証明する。

定義

以下、$R$ は可換環(整数全体 $\mathbb{Z}$ や体など)とし、$R$ の元を成分とする $n$ 次正方行列全体を $M_n(R)$、$n$ 次単位行列を $I_n$ または $I$ と書く。$R[x]$ は $R$ 係数の多項式環である。

行列への多項式の代入

$f(x)=c_mx^m+\cdots+c_1x+c_0\in R[x]$ と $A\in M_n(R)$ に対し、
$$ f(A):=c_mA^m+\cdots+c_1A+c_0I_n\in M_n(R) $$
と定める($A^0=I_n$)。$f(A)=O$(零行列)のとき、$A$ は $f$ の根である、または $f$ は $A$ を 零化する という。

代入と和・積

$f,g\in R[x]$、$A\in M_n(R)$ について $(f+g)(A)=f(A)+g(A)$、$(fg)(A)=f(A)g(A)$ であり、$f(A)g(A)=g(A)f(A)$ である。

冪どうしの積を展開する

和については定義から明らかである。$f=\sum_ia_ix^i$、$g=\sum_jb_jx^j$ とすると $fg=\sum_k\bigl(\sum_{i+j=k}a_ib_j\bigr)x^k$ である。一方、$R$ の元(スカラー)は行列の積と可換で $A^iA^j=A^{i+j}$ なので
$$ f(A)g(A)=\sum_{i,j}a_ib_jA^{i+j}=\sum_k\Bigl(\sum_{i+j=k}a_ib_j\Bigr)A^k=(fg)(A) $$
である。$fg=gf$ なので $f(A)g(A)=(fg)(A)=(gf)(A)=g(A)f(A)$ である。$\square$

行列の固有多項式

$A\in M_n(R)$ に対し、$xI_n-A$ を可換環 $R[x]$ を成分とする行列とみて
$$ p_A(x):=\det(xI_n-A)\in R[x] $$
を $A$ の **固有多項式**(特性多項式)という。

$p_A$ は最高次の係数が $1$ の $n$ 次多項式であり、$x^{n-1}$ の係数は $-\operatorname{tr}A$(跡の符号を変えたもの)、定数項は $(-1)^n\det A$ である。この事実の証明は 固有値 の記事の命題「固有空間と特性方程式」の 3 にある。同記事は体の上で述べているが、証明は行列式の Leibniz の公式だけを使うので、可換環の上でもそのまま成り立つ(行列式 の記事の注意「可換環上の行列式」)。体 $K$ の上では $p_A$ の根が $A$ の固有値である。以下、$p_A(x)=x^n+c_{n-1}x^{n-1}+\cdots+c_1x+c_0$ と書き、$c_n:=1$ とおく。

直感

$n$ 次正方行列全体は $n^2$ 次元の空間をなすので、$I,A,A^2,\dots,A^{n^2}$ の $n^2+1$ 個は(体の上では)必ず線形独立でなくなり、$A$ を零化する次数 $n^2$ 以下の $0$ でない多項式がある。Cayley–Hamiltonの定理は、それよりずっと低い次数 $n$ で、しかも $\det(xI-A)$ という具体的な多項式が $A$ を零化すると述べる。
$A$ が対角行列 $\operatorname{diag}(\lambda_1,\dots,\lambda_n)$ なら、$p_A(x)=\prod_i(x-\lambda_i)$ であり、$p_A(A)=\operatorname{diag}(p_A(\lambda_1),\dots,p_A(\lambda_n))$ の対角成分はすべて $0$ なので定理は明らかである。$A=PDP^{-1}$ と対角化できる場合も、$A^k=PD^kP^{-1}$ から $p_A(A)=Pp_A(D)P^{-1}$ であり、相似(行列)な行列の固有多項式は等しい(固有値 の記事の命題「固有多項式の相似不変性」)ので $p_A(A)=Pp_D(D)P^{-1}=O$ である。定理は、この「各固有値で $p_A$ が $0$ になる」という事情が、対角化できない行列や固有値をもたない行列、さらには整数行列のような環の上の行列でも、行列そのものの等式として成り立つことを主張する。

例と反例

2 次の正方行列

$A=\begin{pmatrix}a&b\\c&d\end{pmatrix}\in M_2(R)$ の固有多項式は $p_A(x)=(x-a)(x-d)-bc=x^2-(a+d)x+(ad-bc)$ である。
$$ A^2=\begin{pmatrix}a^2+bc&ab+bd\\ca+dc&cb+d^2\end{pmatrix},\qquad (a+d)A=\begin{pmatrix}a^2+ad&ab+bd\\ac+dc&ad+d^2\end{pmatrix} $$
なので $A^2-(a+d)A=\begin{pmatrix}bc-ad&0\\0&bc-ad\end{pmatrix}=-(ad-bc)I$ であり、$A^2-(a+d)A+(ad-bc)I=O$ が直接確かめられる。すなわち 2 次の場合には、$A$ は「$x^2-(\text{跡})x+(\text{行列式})$」を零化する。冒頭の例は $a+d=5$、$ad-bc=-2$ の場合である。

反例:固有多項式に別の行列を代入する

冒頭の $A=\begin{pmatrix}1&2\\3&4\end{pmatrix}$ の固有多項式 $p_A(x)=x^2-5x-2$ に、$B=\begin{pmatrix}0&1\\1&0\end{pmatrix}$ を代入すると、$B^2=I$ なので
$$ p_A(B)=I-5B-2I=\begin{pmatrix}-1&-5\\-5&-1\end{pmatrix}\ne O $$
である。定理が主張するのは「$A$ の固有多項式が $A$ を零化する」ことであり、固有多項式は行列ごとに異なる。$B$ 自身の固有多項式 $x^2-1$ なら $B^2-I=O$ である。

反例:「$x$ に $A$ を代入すれば 0」という誤った証明

「$p_A(x)=\det(xI-A)$ の $x$ に $A$ を代入すると $\det(AI-A)=\det O=0$ だから $p_A(A)=0$」という説明は証明にならない。左辺 $p_A(A)$ は $n$ 次正方行列だが、$\det(AI-A)$ はスカラーであり、両者は比べられない。$p_A(A)$ は「先に行列式を計算して多項式を作り、その後で $x$ に $A$ を代入したもの」であって、行列式の中の $x$ に先に $A$ を入れたものではない。
同じ論法が正しくないことは、行列式の代わりに跡を使うとわかる。$q(x):=\operatorname{tr}(xI_n-A)=nx-\operatorname{tr}A$ に対して同じ論法を使えば「$q(A)=\operatorname{tr}(AI-A)=\operatorname{tr}O=0$」となるが、実際には $q(A)=nA-(\operatorname{tr}A)I$ であり、$A=\begin{pmatrix}1&0\\0&0\end{pmatrix}$ では $q(A)=2A-I=\begin{pmatrix}1&0\\0&-1\end{pmatrix}\ne O$ である。この例は、「成分から多項式を作ってから行列を代入する」操作と「行列を代入してから成分の計算をする」操作が一般には一致しないことを示し、定理には本当の証明(thm-cayley-hamilton)が必要なことを示す。

定理と証明

Cayley–Hamiltonの定理

$R$ を可換環、$n\ge1$、$A\in M_n(R)$ とし、$p_A(x)=\det(xI_n-A)$ を $A$ の固有多項式とする。このとき
$$ p_A(A)=A^n+c_{n-1}A^{n-1}+\cdots+c_1A+c_0I_n=O $$
である。

余因子行列の係数を比べる

$n=1$ なら $A=(a)$、$p_A(x)=x-a$ で $p_A(A)=(a)-(a)=O$ である。以下 $n\ge2$ とする。
可換環 $R[x]$ を成分とする $n$ 次正方行列 $xI_n-A$ の余因子行列を $\operatorname{adj}(xI_n-A)$ とする(行列式 の記事の定義「小行列式と余因子」)。余因子行列の公式(行列式 の記事の定理「余因子行列と逆行列の公式」の 1)は体の性質を使わずに証明されるので可換環 $R[x]$ の上でも成り立ち(同記事の注意「可換環上の行列式」)、
$$ (xI_n-A)\operatorname{adj}(xI_n-A)=\det(xI_n-A)\,I_n=p_A(x)\,I_n \qquad\text{(1)} $$
である。$\operatorname{adj}(xI_n-A)$ の各成分は、各成分が $x$ の高々 1 次式である $n-1$ 次正方行列の行列式(に符号を付けたもの)なので、Leibniz の公式により $x$ について高々 $n-1$ 次の多項式である。そこで各成分を $x$ の冪ごとに分けると
$$ \operatorname{adj}(xI_n-A)=B_{n-1}x^{n-1}+\cdots+B_1x+B_0\qquad(B_k\in M_n(R)) $$
と書ける。ここで $B_k$ は各成分の $x^k$ の係数を並べた行列である。便宜上 $B_{-1}:=O$、$B_n:=O$ とおく。
(1) の左辺は $\sum_{k=0}^{n-1}B_kx^{k+1}-\sum_{k=0}^{n-1}AB_kx^k$、右辺は $\sum_{k=0}^nc_kI_nx^k$ である。成分が多項式の行列が等しいことは、各成分の各次数の係数が等しいことであり、これは $x^k$ の係数の行列どうしが等しいことと同じである。よって $k=0,1,\dots,n$ について
$$ B_{k-1}-AB_k=c_kI_n \qquad\text{(2)} $$
である($k=0$ では $-AB_0=c_0I_n$、$k=n$ では $B_{n-1}=I_n$)。(2) に左から $A^k$ を掛けて $k=0$ から $n$ まで足すと、右辺の和は $\sum_{k=0}^nc_kA^k=p_A(A)$ であり、左辺の和は
$$ \sum_{k=0}^n\bigl(A^kB_{k-1}-A^{k+1}B_k\bigr)=A^0B_{-1}-A^{n+1}B_n=O $$
である(隣り合う項 $-A^{k+1}B_k$ と $A^{k+1}B_k$ が打ち消し合う)。よって $p_A(A)=O$ である。$\square$

この証明は $R$ の元の可逆性を一切使わないので、体の上に限らず、整数行列や多項式を成分とする行列でも定理は成り立つ。証明で $x$ に直接 $A$ を代入していないことに注意する。(1) は成分が $R[x]$ の行列の等式であり、そこに $x=A$ を「代入」することは、係数の行列と $A$ の積の順序を確かめない限り意味をもたない。そこで $x^k$ の係数の行列を比べてから、左から $A^k$ を掛けるという順序で進めた。同じ筋の証明は Gri26 Theorem 2.5 と §3.4 にあり、そこでは可換環上の行列について述べられている。

帰結

逆行列と冪の計算

逆行列の多項式表示

$A\in M_n(R)$ とする。$c_0=(-1)^n\det A$ が $R$ の単元なら(体の上では $\det A\ne0$ なら)、$A$ は正則行列であり
$$ A^{-1}=-c_0^{-1}\bigl(A^{n-1}+c_{n-1}A^{n-2}+\cdots+c_2A+c_1I_n\bigr) $$
である。とくに $A^{-1}$ は $A$ の多項式として書け、$A$ と可換な行列はすべて $A^{-1}$ とも可換である。

定数項を移項する

$c_0=p_A(0)=\det(-A)=(-1)^n\det A$ である(def-ch-charpoly の後の段落)。thm-cayley-hamilton により $A^n+c_{n-1}A^{n-1}+\cdots+c_1A=-c_0I_n$ なので、$C:=A^{n-1}+c_{n-1}A^{n-2}+\cdots+c_1I_n$ とおくと $AC=CA=-c_0I_n$ である($C$ は $A$ の多項式なので $A$ と可換である。prop-ch-evaluation)。$c_0$ が単元なら $B:=-c_0^{-1}C$ は $AB=BA=I_n$ を満たす。$A$ と可換な $X$ は $A$ の冪とも可換なので $C$ と可換であり、したがって $A^{-1}=B$ とも可換である。$\square$

冒頭の例では $n=2$、$c_1=-5$、$c_0=-2$ なので $A^{-1}=-(-2)^{-1}(A-5I)=\frac12(A-5I)$ である。逆に $A$ が正則なら $\det A$ は単元である(一般線形群 の記事の命題「行列式による可逆性の判定」)ので、正則行列の逆行列はつねにこの形に書ける。

冪を次数 $n$ 未満に落とす

$A\in M_n(R)$ とする。任意の $f\in R[x]$ について、$f$ を $p_A$ で割った余り $r$($f=qp_A+r$、$\deg r< n$)をとると $f(A)=r(A)$ である。とくに任意の $m\ge0$ について $A^m$ は $I_n,A,\dots,A^{n-1}$ の $R$ 係数の線形結合である。

割り算と定理を組み合わせる

$p_A$ の最高次係数は $1$(単元)なので、多項式環 の記事の定理「除法の原理」により $f=qp_A+r$、$\deg r< n$ となる $q,r\in R[x]$ がある。prop-ch-evaluation と thm-cayley-hamilton により $f(A)=q(A)p_A(A)+r(A)=q(A)O+r(A)=r(A)$ である。$f=x^m$ とすれば後半を得る。$\square$

Fibonacci 数と行列の冪

$A=\begin{pmatrix}1&1\\1&0\end{pmatrix}$ の固有多項式は $x^2-x-1$ なので $A^2=A+I$ である。これを繰り返し使うと $A^3=A^2+A=2A+I$、$A^4=2A^2+A=3A+2I$、$A^5=3A^2+2A=5A+3I$ となり、一般にFibonacci数 $F_0=0$、$F_1=1$、$F_{k+1}=F_k+F_{k-1}$ を使って
$$ A^m=F_mA+F_{m-1}I\qquad(m\ge1) $$
である。実際 $m=1$ で成り立ち、$A^{m+1}=F_mA^2+F_{m-1}A=F_m(A+I)+F_{m-1}A=F_{m+1}A+F_mI$ である。成分で書くと $A^m=\begin{pmatrix}F_{m+1}&F_m\\ F_m&F_{m-1}\end{pmatrix}$ である。

最小多項式

以下、$K$ を体とし、$A\in M_n(K)$ とする。thm-cayley-hamilton により $A$ を零化する $0$ でない多項式(たとえば $p_A$)があるので、次の定義ができる。

線形代数の最小多項式

$A$ を零化する最高次係数 $1$ の多項式のうち、次数が最小のものを $A$ の 最小多項式(線形代数) といい、$m_A(x)$ と書く。

体の拡大の元についての最小多項式(最小多項式(体論))とは別の概念であるが、「零化する多項式のうち次数最小のもの」という考え方は同じである。

最小多項式は零化多項式を割り切る

$f\in K[x]$ について、$f(A)=O$ であることと、$m_A$ が $f$ を割り切ることは同値である。とくに $m_A$ はただ 1 つに定まり、$m_A$ は $p_A$ を割り切り、$\deg m_A\le n$ である。

余りが零化多項式になることを使う

$m_A$ を最小多項式の 1 つとする。$f=qm_A$ なら $f(A)=q(A)m_A(A)=O$ である(prop-ch-evaluation)。逆に $f(A)=O$ とし、除法の原理により $f=qm_A+r$、$\deg r<\deg m_A$ と書くと、$r(A)=f(A)-q(A)m_A(A)=O$ である。$r\ne0$ なら $r$ をその最高次係数で割ったものは $A$ を零化し最高次係数が $1$ で次数が $\deg m_A$ より小さく、最小性に反する。よって $r=0$、$m_A\mid f$ である。
$m_A,m_A'$ がともに最小多項式なら互いに割り切り、次数が等しく最高次係数がともに $1$ なので $m_A=m_A'$ である。$p_A(A)=O$(thm-cayley-hamilton)なので $m_A\mid p_A$ であり、$\deg m_A\le\deg p_A=n$ である。$\square$

反例:最小多項式と固有多項式は一致するとは限らない

$I_2$ の固有多項式は $(x-1)^2$ だが、$I_2-I_2=O$ なので最小多項式は $x-1$ である。一方
$$ C=\begin{pmatrix}2&1&0\\0&2&0\\0&0&3\end{pmatrix} $$
の固有多項式は $(x-2)^2(x-3)$ であり、これは最小多項式に一致する。実際、$m_C$ は $p_C$ を割り切るので $(x-2)^a(x-3)^b$($0\le a\le2$、$0\le b\le1$)の形であり、$(C-2I)(C-3I)=\begin{pmatrix}0&-1&0\\0&0&0\\0&0&0\end{pmatrix}\ne O$、$(C-2I)^2=\begin{pmatrix}0&0&0\\0&0&0\\0&0&1\end{pmatrix}\ne O$ である。$a+b\le2$ の候補はこの 2 つのどちらかを割り切るので、prop-ch-minimal-divides によりどれも $C$ を零化しない。残るのは $(x-2)^2(x-3)=p_C$ だけである。この例は「固有多項式である」を満たすが「次数最小である」を満たさない場合($I_2$)と満たす場合($C$)があることを示し、定理が主張するのは $p_A$ が零化することであって最小性ではないことを示す。

冪零行列

$A\in M_n(K)$ について、ある $k\ge1$ で $A^k=O$ なら $A^n=O$ である。

最小多項式が $x$ の冪になる

$x^k$ は $A$ を零化するので $m_A\mid x^k$ である(prop-ch-minimal-divides)。体上の多項式の一意分解(多項式環 の記事の定理「体上の一意分解」)により、$x^k$ を割り切る最高次係数 $1$ の多項式は $x^j$($0\le j\le k$)の形なので $m_A=x^j$ であり、$j=\deg m_A\le n$ である。よって $A^n=A^{n-j}A^j=A^{n-j}m_A(A)=O$ である。$\square$

たとえば $N=\begin{pmatrix}0&1&0\\0&0&1\\0&0&0\end{pmatrix}$ では $N^2\ne O$、$N^3=O$ であり、冪零行列が零になるまでの回数は行列の次数 $3$ を超えない。

最小多項式と固有値・対角化可能性

$A\in M_n(K)$ について次が成り立つ。

  1. $\lambda\in K$ が $A$ の固有値であることと、$m_A(\lambda)=0$ であることは同値である。
  2. $A$ が対角化可能であることと、相異なる $\mu_1,\dots,\mu_r\in K$ によって $m_A=(x-\mu_1)\cdots(x-\mu_r)$ と書けることは同値である。
固有ベクトルに作用させ、単位行列を固有空間へ分ける

1 を示す。$\lambda$ が固有値で $Av=\lambda v$、$v\ne0$ とする。$A^kv=\lambda^kv$ なので任意の $f\in K[x]$ について $f(A)v=f(\lambda)v$ であり、$0=m_A(A)v=m_A(\lambda)v$ と $v\ne0$ から $m_A(\lambda)=0$ である。逆に $m_A(\lambda)=0$ なら、$m_A\mid p_A$(prop-ch-minimal-divides)より $p_A(\lambda)=0$ であり、固有値 の記事の命題「固有空間と特性方程式」の 2 により $\lambda$ は固有値である。
2 を示す。$A$ が対角化可能で $P^{-1}AP=D=\operatorname{diag}(\lambda_1,\dots,\lambda_n)$ とし、$\lambda_1,\dots,\lambda_n$ のうち相異なるものを $\mu_1,\dots,\mu_r$、$q=(x-\mu_1)\cdots(x-\mu_r)$ とする。$q(D)=\operatorname{diag}(q(\lambda_1),\dots,q(\lambda_n))=O$ であり、$A^k=PD^kP^{-1}$ から $q(A)=Pq(D)P^{-1}=O$ である。よって $m_A\mid q$(prop-ch-minimal-divides)であり、体上の多項式の一意分解(多項式環 の記事の定理「体上の一意分解」)により、$q$ を割り切る最高次係数 $1$ の多項式は $x-\mu_1,\dots,x-\mu_r$ のいくつかの積である。したがって $m_A$ は相異なる 1 次式の積である。
逆に $m_A=(x-\mu_1)\cdots(x-\mu_r)$($\mu_j$ は相異なる)とし、$j=1,\dots,r$ について
$$ e_j(x):=\prod_{i\ne j}\frac{x-\mu_i}{\mu_j-\mu_i}\in K[x] $$
とおく($r=1$ なら $e_1=1$)。$e_j(\mu_k)$ は $j=k$ なら $1$、$j\ne k$ なら $0$ なので、$g:=e_1+\cdots+e_r-1$ は次数 $r-1$ 以下で $\mu_1,\dots,\mu_r$ をすべて根にもつ。$g\ne0$ とすると、除法の原理により $g=(x-\mu_1)g_1$ と書け、$0=g(\mu_2)=(\mu_2-\mu_1)g_1(\mu_2)$ から $g_1(\mu_2)=0$ である。これを繰り返すと $(x-\mu_1)\cdots(x-\mu_r)$ が $g$ を割り切り、$\deg g\le r-1$ に反する。よって $g=0$ であり、prop-ch-evaluation により $I=e_1(A)+\cdots+e_r(A)$ である。また $c_j:=\prod_{i\ne j}(\mu_j-\mu_i)^{-1}$ とおくと $(x-\mu_j)e_j(x)=c_jm_A(x)$ なので、$(A-\mu_jI)e_j(A)=c_jm_A(A)=O$ である。したがって各 $v\in K^n$ は
$$ v=e_1(A)v+\cdots+e_r(A)v,\qquad e_j(A)v\in\ker(A-\mu_jI) $$
と書け、$K^n$ は $\ker(A-\mu_1I),\dots,\ker(A-\mu_rI)$ の和である。それぞれの基底を合わせた族は $K^n$ を張るので、その中から $K^n$ の基底がとれる。その各元は $0$ でなく、ある $\mu_j$ について $A$ の固有値 $\mu_j$ に属する固有ベクトルである。固有ベクトルからなる基底があるので $A$ は対角化可能である(固有値 の記事の定義「対角化可能な線形変換」)。$\square$

$m_A$ の存在(本記事では本定理から得たが、$M_n(K)$ は $n^2$ 次元なので $I,A,\dots,A^{n^2}$ が線形従属であることからも得られる)を別にすれば、1 の「固有値ならば $m_A$ の根」の向きと 2 の証明は本定理を使わない。本定理を使うのは 1 の「$m_A$ の根ならば固有値」の向きだけである(rem-ch-other-proofs)。

補足

別の証明と固有値

$K=\mathbb{C}$ の場合には、線形変換を一般固有空間に分解し、各一般固有空間の上で $(T-\lambda I)^{d}$ が $0$ になることから定理を示す証明がある(Axl24 8.29、§8B、p. 312)。同書は実数体の場合を、実行列を複素行列とみることで導いている(Axl24 9.64、§9C、p. 364)。直感の節で見た対角化可能な場合の議論も、複素行列では対角化可能な行列が十分多くあることを使って一般の場合に拡張できるが、そのためには極限や多項式の恒等式についての議論が別に必要である。本記事の余因子行列による証明は、固有値や体の性質を使わないので最も一般的である。
体の上で、$A$ の固有値は最小多項式 $m_A$ の根と一致し、$A$ が対角化可能であることは $m_A$ が相異なる 1 次式の積であることと同値である。任意の体の場合の証明は prop-ch-minimal-eigen に置いた。そこで本定理を使うのは、$m_A\mid p_A$(prop-ch-minimal-divides)から $m_A$ の根が固有値であることを導く向きだけであり、逆向き(固有値 $\lambda$ に属する固有ベクトル $v$ について $0=m_A(A)v=m_A(\lambda)v$)と対角化可能性の判定は本定理からは従わない。$\mathbf F=\mathbb{R},\mathbb{C}$ の場合の出典は Axl24 5.27(a)(pp. 146–147)と 5.62(p. 169)である。同書は $\mathbf F$ を $\mathbb{R}$ か $\mathbb{C}$ に限り、多項式を $\mathbf F$ 上の関数として定義しているので、これらは任意の体の場合の根拠にはならない。なお同書の 5.27(a) は、$m_A$ の根が固有値であることも本定理を使わずに示している($m_A=(x-\lambda)q$ と因数分解し、最小性から $q(A)v\ne0$ となる $v$ をとる)。固有値と対角化の理論は 固有値 の記事を参照。$\mathbf F=\mathbb{R},\mathbb{C}$ の場合の最小多項式の性質は Axl24 5.24(最小多項式の定義、§5B The Minimal Polynomial、p. 145)と 5.29(零化多項式は最小多項式の倍数、p. 148)にもある。

名前と歴史

Gri26 §2.2 によれば、Cayley は 1858 年の論文でこの定理を述べて $n\le3$ の場合を確かめたが一般の場合の証明は与えておらず、一般の場合の最初の証明とされるのは Buchheim(1884 年)によるもので、本記事と同じ余因子行列による証明である。Axl24(Chapter 8 の扉、p. 297)は、Hamilton が特別な場合を 1853 年に証明したと記している。日本語では「Hamilton–Cayleyの定理」「ハミルトン・ケーリーの定理」とも呼ばれる。

関連項目

参考文献

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