位相幾何学者の正弦曲線

概要

位相幾何学者の正弦曲線 (Topologist's sine curve) とは、位相幾何学において「連結性と弧状連結性の不一致」や「局所連結性の欠如」を示すために頻繁に用いられる代表的な反例である。ユークリッド平面上の部分集合として定義され、原点に向かって無限に振動する正弦関数のグラフと、その集積集合である線分を合わせた形状をしている。この空間は「つながっている(連結)」にもかかわらず、その上を連続的に移動する「道」を作ることができない(非弧状連結)という直感に反する性質を持つ。

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定義

位相幾何学者の正弦曲線 $S$ は、平面 $\mathbb{R}^2$ (通常の位相を持つ)の部分集合として以下のように定義される。

位相幾何学者の正弦曲線

以下の2つの集合 $G$$I$ の和集合 $S = G \cup I$位相幾何学者の正弦曲線という。

  • 曲線部分 $G$:
    $$G = \left\{ \left(x, \sin \frac{1}{x}\right) \;\middle|\; 0 < x \le 1 \right\}$$
  • 極限部分 $I$ ($y$軸上の閉区間):
    $$I = \left\{ (0, y) \;\middle|\; -1 \le y \le 1 \right\}$$
閉包による定義

$I$$G$$\mathbb{R}^2$ における集積点の集合である。したがって、
$$S = \overline{G}$$
と表すこともできる(ここで $\overline{G}$$G$ の閉包)。
このことから、$S$$\mathbb{R}^2$ の有界閉集合であるため、コンパクト空間である。

直感的理解と幾何学的形状

関数 $y = \sin(1/x)$ は、$x$$0$ に近づくにつれて引数 $1/x$ が無限大に発散するため、$-1$$1$ の間で無限回の振動を繰り返す。

  • 右側: $x=1$ 付近では緩やかな波を描く。
  • 原点付近: 原点に近づくほど波長が限りなく短くなり、振動が激しくなる。
  • 極限: $x \to 0$ の極限では、振動が「塗りつぶされた」ようになり、$y$ 軸上の区間 $[-1, 1]$ 全体にべったりと張り付く。
    この空間 $S$ の奇妙な点は、「曲線 $G$$I$ に限りなく近づいている(距離は 0 になる)」にもかかわらず、「曲線 $G$ の末端と $I$ は決して繋がっていない」ように振る舞うことである。

重要な性質

この空間は、位相幾何学における以下の概念の差異を際立たせるための標準的な反例として機能する。

  1. 連結 vs 弧状連結
  2. 連結 vs 局所連結

1. 連結性 (Connectedness)

連結である

位相幾何学者の正弦曲線 $S$連結空間である。

  1. 関数 $f(x) = \sin(1/x)$$(0, 1]$ 上で連続であるため、そのグラフ $G$ は連結集合(区間の連続像)である。
  2. 一般に、連結集合 $A$ の閉包 $\overline{A}$ もまた連結である。
  3. $S = \overline{G}$ であるため、$S$ は連結である。

2. 非弧状連結性 (Non-path-connectedness)

直感的には、$I$ 上の点から $G$ 上へ移動しようとすると、無限回の振動を「有限時間」で通過しなければならず、これは連続的な動きでは不可能である。

弧状連結ではない

$S$弧状連結空間ではない。具体的には、$I$ 上の点(例: 原点 $(0,0)$)と $G$ 上の点(例: $(1, \sin 1)$)を結ぶ道は存在しない。

背理法で示す。
$S$ 内に、点 $P \in I$ と 点 $Q \in G$ を結ぶ道(連続写像)$\gamma: [0, 1] \to S$ が存在したとする ($\gamma(0)=P, \gamma(1)=Q$)。
$\gamma(t) = (x(t), y(t))$ と成分表示する。
$x(t)$ は連続関数であり、$x(0)=0$ かつ $x(1)=1$ である。
中間値の定理より、ある時刻以降は $x(t) > 0$ となる。
$t$$0$ に近づけると、$x(t) \to 0$ となるが、このとき $y(t) = \sin(1/x(t))$$-1$$1$ の間を無限に行き来し、特定の値($P$$y$ 座標)に収束しない。
これは $\gamma$ の連続性(特に $t=0$ での連続性)に矛盾する。

3. 非局所連結性 (Non-local-connectedness)

局所連結ではない

$S$局所連結空間ではない。

理由:
$I$ 上の点、例えば $P(0, 1)$ を考える。
$P$ を中心とする半径 $\varepsilon < 1$ の開球 $B_\varepsilon(P)$$S$ の共通部分($S$ における近傍)を考える。
この近傍は、$I$ の一部(線分)と、$G$ の断片(無数の分離した円弧状の線)の和集合となる。
これらの $G$ の断片は、近傍内部では $I$ と繋がっておらず、互いに孤立している。
したがって、いくら小さな近傍を取っても連結にはならず、基本近傍系として連結なものを取ることができない。

変種と応用

位相幾何学者の正弦曲線には、いくつかのバリエーションが存在する。

閉位相幾何学者の正弦曲線 (Closed Topologist's Sine Curve)

本記事で定義した $S = \overline{G}$ を指す。通常、単に「位相幾何学者の正弦曲線」と言えばこれを指すことが多いが、文脈によっては $G \cup \{(0,0)\}$ のみを指すこともあるため注意が必要である。

ワルシャワの円 (Warsaw Circle)

位相幾何学者の正弦曲線 $S$ に、$(0, -1)$$(1, \sin 1)$ を結ぶ単純な弧($S$ とは交わらないもの)を付け加えて閉じたループにした空間。

  • この空間は、弧状連結ではない($S$ の性質を引き継ぐため)。
  • 全てのホモトピー群 $\pi_n$ が自明($\pi_1$ も自明)であるが、特異ホモロジー群 $H_1$ は自明ではないという特異な性質を持つ。
  • Shape理論(シェイプ理論)において、通常の円 $S^1$ と区別するための重要な例となる。

関連項目