双曲空間

同義語:hyperbolic space

概要

双曲空間(hyperbolic space)とは、Minkowski 空間 $\mathbb R^{n,1}$ の 2 葉双曲面 $\langle x,x\rangle=-a^2$ の上側の葉に、$\langle x,y\rangle=x_1y_1+\cdots+x_ny_n-x_{n+1}y_{n+1}$ から計量を入れた $n$ 次元の Riemann 多様体 $H^n(a)$ である。群 $O^+(n,1)$ の作用でどの点・どの向きも同じ形をしており、測地線は $\cosh(t/a)p+a\sinh(t/a)v$、距離は $\cosh(d/a)=-\langle p,q\rangle/a^2$ で与えられ、完備である。断面曲率はいたるところ $-1/a^2$ で、上半空間モデル・球体モデルと等長であり、Euclid 空間・球面と並ぶ定曲率空間の模型である。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: Riemann幾何学, 断面曲率, 測地線, 双曲幾何学

何を捉える空間か

断面曲率がいたるところ同じ定数の Riemann 多様体(断面曲率 の定義「定曲率空間」)のうち、完備で単連結なものは 3 種類しかない。曲率 $0$ の Euclid 空間 $\mathbb R^n$、曲率 $1/a^2$ の半径 $a$ の球面 $S^n(a)$、そして曲率 $-1/a^2$ の 双曲空間 $H^n(a)$ である。2 次元の $H^2(1)$ は、平行線公準が成り立たない平面として 双曲幾何学 で扱った双曲平面である。
球面 $S^n(a)$ は $\mathbb R^{n+1}$ の中の $\{x\mid x\cdot x=a^2\}$ として作れる。双曲空間は、内積 $x\cdot y$ を符号の違う「内積」に取り替えた同じ式 $\langle x,x\rangle=-a^2$ で作れる。この記事では、その作り方(双曲面モデル)から出発して、次のことを証明する。

  1. 双曲空間はどの点でもどの向きでも同じ形をしている(等質かつ等方的)。→ thm-hs-homogeneous
  2. 測地線は双曲線関数で書け、距離は $\cosh\dfrac{d(p,q)}a=-\dfrac{\langle p,q\rangle}{a^2}$ で与えられる。→ thm-hs-geodesic
  3. 断面曲率はいたるところ $-1/a^2$ で、Ricci 曲率は $-\dfrac{n-1}{a^2}g$、スカラー曲率は $-\dfrac{n(n-1)}{a^2}$ である。→ thm-hs-curvature
  4. 上半空間モデル・球体モデルは双曲面モデルと等長である。→ thm-hs-models
    $\mathbb R^n$$S^n(a)$$H^n(a)$
    作り方そのまま$\mathbb R^{n+1}$ の $x\cdot x=a^2$$\mathbb R^{n,1}$ の $\langle x,x\rangle=-a^2$、$x_{n+1}>0$
    断面曲率$0$$1/a^2$$-1/a^2$
    測地極座標の計量$dr^2+r^2g_{S^{n-1}}$$dr^2+a^2\sin^2\frac ra\,g_{S^{n-1}}$$dr^2+a^2\sinh^2\frac ra\,g_{S^{n-1}}$
    測地線直線大円(周期 $2\pi a$)大双曲線($\mathbb R$ の埋め込み)
    半径 $r$ の球の体積の増え方$r^n$ の程度有界$e^{(n-1)r/a}$ の程度
    以下、$n\ge2$、$a>0$ とする。

双曲面モデル

Minkowski 空間と双曲空間

$\mathbb R^{n+1}$ の点を $x=(x_1,\dots,x_n,x_{n+1})$ と書き、
$$ \langle x,y\rangle=x_1y_1+\cdots+x_ny_n-x_{n+1}y_{n+1} $$
とおく。$\mathbb R^{n+1}$ にこの対称双線形形式を考えたものを Minkowski 空間 $\mathbb R^{n,1}$ という。
$$ H^n(a)=\{x\in\mathbb R^{n+1}\mid\langle x,x\rangle=-a^2,\ x_{n+1}>0\} $$
に、各点の接空間への $\langle\ ,\ \rangle$ の制限を計量 $g$ として入れたものを、半径 $a$ の 双曲空間 という(lem-hs-riemannian でこれが Riemann 計量であることを示す)。$H^n=H^n(1)$ と書き、$o=(0,\dots,0,a)$ を 原点 とよぶ。

$\langle x,x\rangle=-a^2$ は 2 葉双曲面で、$H^n(a)$ はその上側の葉である。$x$ の最初の $n$ 成分を $\bar x\in\mathbb R^n$ と書くと、$H^n(a)$ はグラフ $x_{n+1}=\sqrt{a^2+|\bar x|^2}$ で、$\bar x\mapsto(\bar x,\sqrt{a^2+|\bar x|^2})$ は $\mathbb R^n$ から $H^n(a)$ への微分同相である。とくに $H^n(a)$ は連結で単連結である。

双曲面の計量は正定値

$p\in H^n(a)$ における接空間は $T_pH^n(a)=\{v\in\mathbb R^{n+1}\mid\langle p,v\rangle=0\}$ で、$\langle\ ,\ \rangle$ はその上で正定値である。

時間的なベクトルの直交補空間

要点:接空間は $\langle x,x\rangle$ の微分の核として求め、正定値性は Cauchy–Schwarz の不等式と $p_{n+1}^2>|\bar p|^2$ から示す。

詳しい証明を開く

段 1(接空間)。$F(x)=\langle x,x\rangle$ とおくと $dF_p(v)=2\langle p,v\rangle$ である。$p\ne0$ なので $dF_p\ne0$ で、$H^n(a)$ は $F$ の値 $-a^2$ の等位集合の開部分集合として、接空間 $\ker dF_p=\{v\mid\langle p,v\rangle=0\}$ をもつ $n$ 次元の部分多様体である。

段 2(正定値)。$v=(\bar v,v_{n+1})\ne0$ が $\langle p,v\rangle=0$ を満たすとする。$p_{n+1}v_{n+1}=\bar p\cdot\bar v$ と $p_{n+1}^2=a^2+|\bar p|^2>|\bar p|^2$ から、Cauchy–Schwarz の不等式により$$v_{n+1}^2=\frac{(\bar p\cdot\bar v)^2}{p_{n+1}^2}\le\frac{|\bar p|^2|\bar v|^2}{p_{n+1}^2}\le|\bar v|^2$$で、2 つ目の不等号は $\bar v=0$ のときに限り等号になる。$\bar v=0$ なら $v_{n+1}=0$ で $v=0$ となるので、$\bar v\ne0$ で $v_{n+1}^2<|\bar v|^2$、つまり $\langle v,v\rangle=|\bar v|^2-v_{n+1}^2>0$ である。$\square$

1 次元の場合

$n=1$ では $H^1(a)$ は双曲線 $x_1^2-x_2^2=-a^2$ の上半分で、$c(t)=\left(a\sinh\dfrac ta,\ a\cosh\dfrac ta\right)$ と表せる。$c'(t)=\left(\cosh\dfrac ta,\ \sinh\dfrac ta\right)$ で $\langle c',c'\rangle=\cosh^2\dfrac ta-\sinh^2\dfrac ta=1$ なので、$t$ は弧長である。普通の長さで測ると双曲線は遠くでほぼ直線 $x_2=|x_1|$ に沿うが、$\langle\ ,\ \rangle$ で測ると速さはいつも $1$ である。この曲線が、高次元の双曲空間の測地線の形になる(thm-hs-geodesic)。

等長変換と等質性

$\mathbb R^{n,1}$ の 1 次変換 $A$ で $\langle Ax,Ay\rangle=\langle x,y\rangle$ を満たし、$H^n(a)$ を $H^n(a)$ に移すものの全体を $O^+(n,1)$ と書く。$A$ は 1 次写像なので、$H^n(a)$ に制限すると点 $p$ での微分は $v\mapsto Av$ で、計量を保つ。つまり $O^+(n,1)$ の元は $H^n(a)$ の等長変換である。

等質性と等方性

$p\in H^n(a)$ と $T_pH^n(a)$ の正規直交基底 $v_1,\dots,v_n$ を任意に与えると、$Ao=p$ かつ $Ae_i=v_i$($i=1,\dots,n$)を満たす $A\in O^+(n,1)$ がただ 1 つある。ここで $e_1,\dots,e_n$ は $\mathbb R^{n+1}$ の標準基底の最初の $n$ 個で、$T_oH^n(a)$ の正規直交基底である。

符号つきの正規直交基底を列に並べる

段 1(行列を作る)。$v_1,\dots,v_n,\ p/a$ を列に並べた行列を $A$ とする。$\langle v_i,v_j\rangle=\delta_{ij}$、$\langle v_i,p\rangle=0$(lem-hs-riemannian)、$\langle p/a,p/a\rangle=-1$ である。$J=\operatorname{diag}(1,\dots,1,-1)$ とおくと $\langle x,y\rangle={}^txJy$ で、これらの関係は ${}^tAJA=J$ を意味する。よって $\langle Ax,Ay\rangle={}^tx\,{}^tAJA\,y=\langle x,y\rangle$ で、$\det A=\pm1$ から $A$ は可逆である。$Ae_i=v_i$、$Ao=a\cdot(p/a)=p$ である。
段 2(上側の葉を保つ)。$A$ は $\langle x,x\rangle$ を保つので、2 葉双曲面 $\{\langle x,x\rangle=-a^2\}$ をそれ自身に移す。2 葉双曲面は $x_{n+1}>0$ の部分 $H^n(a)$ と $x_{n+1}<0$ の部分の和で、$x_{n+1}=0$ の点はない($\langle x,x\rangle=|\bar x|^2\ge0$ になるから)。$H^n(a)$ は連結なので $A(H^n(a))$ も連結で、$p=Ao$ を含むから、$A(H^n(a))\subset H^n(a)$ である。$A^{-1}$ も $\langle\ ,\ \rangle$ を保ち $p$ を $o$ に移すので、同じ理由で $A^{-1}(H^n(a))\subset H^n(a)$ で、$A(H^n(a))=H^n(a)$ である。よって $A\in O^+(n,1)$ である。
段 3(一意性)。1 次写像は基底 $e_1,\dots,e_n,o$ の行き先で決まる。$\square$

thm-hs-homogeneous から、$H^n(a)$ の任意の点を任意の点に、そこでの任意の単位接ベクトルを任意の単位接ベクトルに、さらに任意の 2 次元部分空間を任意の 2 次元部分空間に移す等長変換がある。同じ主張は Lee18 Proposition 3.9(p. 67)にある。

測地極座標・測地線・距離

測地極座標

$S^{n-1}\subset\mathbb R^n$ を単位球面とし、
$$ \Phi\colon(0,\infty)\times S^{n-1}\to H^n(a)\setminus\{o\},\qquad\Phi(r,\theta)=\left(a\sinh\frac ra\,\theta,\ a\cosh\frac ra\right) $$
とおく。$\Phi$ は微分同相で、
$$ \Phi^*g=dr^2+a^2\sinh^2\frac ra\;g_{S^{n-1}} $$
である($g_{S^{n-1}}$ は単位球面の計量)。

2 つの向きの接ベクトルを計算する

要点:逆写像を書き下し、$r$ 方向と球面方向の接ベクトルの $\langle\ ,\ \rangle$ を計算する。

詳しい証明を開く

段 1(微分同相)。$\langle\Phi,\Phi\rangle=a^2\sinh^2\frac ra-a^2\cosh^2\frac ra=-a^2$ で、最後の成分は正なので $\Phi$ の値は $H^n(a)$ にあり、$r>0$ なので $o$ ではない。逆写像は $x=(\bar x,x_{n+1})\ne o$ に $\left(a\operatorname{arcosh}\dfrac{x_{n+1}}a,\ \dfrac{\bar x}{|\bar x|}\right)$ を対応させる写像である。$x\ne o$ なら $\bar x\ne0$ で $x_{n+1}=\sqrt{a^2+|\bar x|^2}>a$ なので、これは滑らかである。

段 2(計量)。$\theta$ を止めて $r$ で微分すると $\Phi_*\partial_r=\left(\cosh\frac ra\,\theta,\ \sinh\frac ra\right)$ で、$|\theta|=1$ から $\langle\Phi_*\partial_r,\Phi_*\partial_r\rangle=\cosh^2\frac ra-\sinh^2\frac ra=1$ である。$r$ を止めて $\theta$ を接ベクトル $\xi\in T_\theta S^{n-1}$($\xi\cdot\theta=0$)の向きに動かすと $\Phi_*\xi=\left(a\sinh\frac ra\,\xi,\ 0\right)$ で、$\langle\Phi_*\xi,\Phi_*\xi\rangle=a^2\sinh^2\frac ra\,|\xi|^2$ である。交差項は $\langle\Phi_*\partial_r,\Phi_*\xi\rangle=a\sinh\frac ra\cosh\frac ra\,(\theta\cdot\xi)=0$ である。$\square$

prop-hs-polar は Warped積多様体 の形の計量で、$n=2$ では 断面曲率 の例「回転面型の計量」の 3($f(r)=a\sinh(r/a)$、$K=-1/a^2$)にあたる。

測地線と距離の公式
  1. $p\in H^n(a)$ と単位ベクトル $v\in T_pH^n(a)$ について、
    $$ \gamma_v(t)=\cosh\frac ta\;p+a\sinh\frac ta\;v\qquad(t\in\mathbb R) $$
    は $\gamma_v(0)=p$、$\gamma_v'(0)=v$ の測地線で、すべての $s,t$ について $d\bigl(\gamma_v(s),\gamma_v(t)\bigr)=|s-t|$ を満たす。$H^n(a)$ の測地線は、これを定数倍の速さで走らせたものに限る。とくに $H^n(a)$ は完備である。
  2. $p,q\in H^n(a)$ について
    $$ \cosh\frac{d(p,q)}a=-\frac{\langle p,q\rangle}{a^2} $$
    である。$p\ne q$ なら、$p$ と $q$ を結ぶ長さ $d(p,q)$ の曲線は、測地線の線分(向きと速さの違いを除いて)ただ 1 つである。
原点から測る距離に帰着する

段 1(測地線の方程式)。$\mathbb R^{n,1}$ の中の $H^n(a)$ の Levi-Civita 接続は、$\mathbb R^{n+1}$ での普通の微分の接成分である(Lee18 Proposition 5.12、p. 124)。したがって曲線 $\gamma$ が測地線であることは、普通の 2 階微分 $\gamma''(t)$ が $T_{\gamma(t)}H^n(a)$ と $\langle\ ,\ \rangle$ について直交することと同値である(同 Corollary 5.2、p. 117 とその後の注意)。$\gamma_v$ では、$\langle p,p\rangle=-a^2$、$\langle p,v\rangle=0$、$\langle v,v\rangle=1$ から $\langle\gamma_v,\gamma_v\rangle=-a^2\cosh^2\frac ta+a^2\sinh^2\frac ta=-a^2$ で、$\gamma_v$ は $H^n(a)$ の中にある。$\gamma_v''=\dfrac1{a^2}\gamma_v$ は lem-hs-riemannian により $T_{\gamma_v(t)}H^n(a)$ に直交するので、$\gamma_v$ は測地線である。初期値 $\gamma_v(0)=p$、$\gamma_v'(0)=v$ をもつ測地線はただ 1 つなので、単位速さの測地線はすべてこの形で、$\mathbb R$ 全体で定義される。
段 2(原点からの距離の下からの評価)。$r(x)=a\operatorname{arcosh}(x_{n+1}/a)$ とおく。$r$ は $H^n(a)$ の上の連続関数で、$r(o)=0$、$x\ne o$ では prop-hs-polar の座標 $r$ に一致する。$x\ne o$ とし、区分的に滑らかな曲線 $c\colon[0,1]\to H^n(a)$ が $c(0)=o$、$c(1)=x$ を満たすとする。$c(t)=o$ となる最後の時刻を $t_0$ とすると、$(t_0,1]$ では $c(t)=\Phi(r(t),\theta(t))$ と書け、prop-hs-polar から $|c'|^2=r'^2+a^2\sinh^2\frac ra\,|\theta'|^2\ge r'^2$ なので
$$ L(c)\ \ge\ \int_{t_0}^1|r'(t)|\,dt\ \ge\ r(x)-\lim_{t\to t_0+}r(t)=r(x) $$
である。等号が成り立つのは、$(t_0,1]$ で $\theta$ が一定、$r$ が単調非減少で、$[0,t_0]$ の部分の長さが $0$(つまり $c$ がそこで $o$ に止まっている)のときに限る。
段 3(原点からの距離)。$x=\Phi(r_0,\theta)$ のとき、$t\mapsto\Phi(t,\theta)$($0\le t\le r_0$、$t=0$ では $o$)は $\gamma_v$($p=o$、$v=(\theta,0)$)の一部で、長さは $r_0$ である。よって $d(o,x)=r(x)$、つまり $\cosh\dfrac{d(o,x)}a=\dfrac{x_{n+1}}a=-\dfrac{\langle o,x\rangle}{a^2}$ である。段 2 の等号条件から、$o$ と $x$ を結ぶ最短の曲線はこの線分だけである。
段 4(一般の 2 点)。thm-hs-homogeneous により $Ao=p$ となる $A\in O^+(n,1)$ がある。$A$ は距離と $\langle\ ,\ \rangle$ を保つので、$\cosh\dfrac{d(p,q)}a=\cosh\dfrac{d(o,A^{-1}q)}a=-\dfrac{\langle o,A^{-1}q\rangle}{a^2}=-\dfrac{\langle p,q\rangle}{a^2}$ で、最短の曲線がただ 1 つであることも $A$ で移して分かる。
段 5(測地線は最短)。$\langle\gamma_v(s),\gamma_v(t)\rangle=-a^2\cosh\frac sa\cosh\frac ta+a^2\sinh\frac sa\sinh\frac ta=-a^2\cosh\frac{s-t}a$ なので、2 から $d(\gamma_v(s),\gamma_v(t))=|s-t|$ である。測地線が $\mathbb R$ 全体で定義されるので、Hopf–Rinow の定理(Lee18 Theorem 6.19、p. 169)により $H^n(a)$ は距離空間として完備である。$\square$

$O^+(n,1)$ は $H^n(a)$ の等長変換のすべてである。実際、等長変換 $\varphi$ について、thm-hs-homogeneous により $Ao=\varphi(o)$、$Ae_i=d\varphi_o(e_i)$ となる $A\in O^+(n,1)$ をとると、$\psi=A^{-1}\circ\varphi$ は $o$ を動かさず $d\psi_o$ は恒等写像である。等長変換は測地線を測地線に移す(Lee18 Corollary 5.14、p. 125)ので $\psi\circ\gamma_v$ は $\gamma_v$ と同じ初期値の測地線で、$\psi\circ\gamma_v=\gamma_v$ である。prop-hs-polar によりどの点も $o$ からの測地線 $\gamma_v$ の上にあるので、$\psi$ は恒等写像で、$\varphi=A$ である。
$\gamma_v$ の像は、$p$ と $v$ が張る $\mathbb R^{n+1}$ の 2 次元部分空間と $H^n(a)$ の交わり(大双曲線)である(Lee18 Proposition 5.28、pp. 138–139)。球面の大円 $\cos\frac ta\,p+a\sin\frac ta\,v$ の $\cos$、$\sin$ を $\cosh$、$\sinh$ に替えた形で、ex-hs-dim-one の双曲線はその $n=1$ の場合である。球面と違って測地線は閉じず、2 点を結ぶ測地線はただ 1 つである。

曲率

双曲空間の曲率

$H^n(a)$ の Riemann 曲率テンソルは
$$ \mathrm{Rm}(W,X,Y,Z)=-\frac1{a^2}\bigl(g(W,Z)g(X,Y)-g(W,Y)g(X,Z)\bigr) $$
で、断面曲率はどの点のどの 2 次元部分空間でも $-\dfrac1{a^2}$ である。Ricci テンソルは $\mathrm{Ric}=-\dfrac{n-1}{a^2}g$、スカラー曲率は $-\dfrac{n(n-1)}{a^2}$ である。

第 2 基本形式と Gauss 方程式

方針:$H^n(a)$ を平坦な $\mathbb R^{n,1}$ の中の超曲面とみて、第 2 基本形式を計算し、Gauss 方程式に入れる。
段 1(第 2 基本形式)。$\bar\nabla$ を $\mathbb R^{n+1}$ の普通の微分($\mathbb R^{n,1}$ の Levi-Civita 接続、曲率 $0$)とする。$x\in H^n(a)$ で $N=x/a$ は $\langle N,N\rangle=-1$ の法ベクトルで、ベクトル $Z$ の法成分は $-\langle Z,N\rangle N$ である。$X,Y$ を $H^n(a)$ の接ベクトル場とすると、$H^n(a)$ の上で $\langle Y,x\rangle=0$ なので、$X$ の向きに微分して $\langle\bar\nabla_XY,x\rangle+\langle Y,X\rangle=0$ である(位置ベクトル $x$ を $X$ の向きに微分すると $X$)。よって第 2 基本形式 $\mathrm{II}(X,Y)=(\bar\nabla_XY)^\perp$ は
$$ \mathrm{II}(X,Y)=-\langle\bar\nabla_XY,N\rangle N=\frac{g(X,Y)}aN=\frac{g(X,Y)}{a^2}\,x $$
である。
段 2(Gauss 方程式)。Riemann 多様体を擬 Riemann 多様体の中の部分多様体とみたときの Gauss 方程式(Lee18 Theorem 8.5、p. 230)は、外側の曲率が $0$ のとき
$$ \mathrm{Rm}(W,X,Y,Z)=\langle\mathrm{II}(W,Z),\mathrm{II}(X,Y)\rangle-\langle\mathrm{II}(W,Y),\mathrm{II}(X,Z)\rangle $$
となる。段 1 と $\langle x,x\rangle=-a^2$ から、右辺は $\dfrac{-a^2}{a^4}\bigl(g(W,Z)g(X,Y)-g(W,Y)g(X,Z)\bigr)$ で、主張の式が得られる。
段 3(断面曲率など)。正規直交な $v,w$ が張る平面の断面曲率は $\mathrm{Rm}(v,w,w,v)=-\dfrac1{a^2}(1\cdot1-0)=-\dfrac1{a^2}$ である。正規直交基底 $E_1,\dots,E_n$ について $\mathrm{Ric}(X,Y)=\sum_i\mathrm{Rm}(E_i,X,Y,E_i)=-\dfrac1{a^2}\bigl(n\,g(X,Y)-g(X,Y)\bigr)$ で、そのトレースがスカラー曲率 $-\dfrac{n(n-1)}{a^2}$ である。$\square$

Ricci テンソルとスカラー曲率の値は、Ricciテンソル の命題「定曲率空間のリッチテンソル」と スカラー曲率 の例「定曲率空間の例」の一般式に $c=-1/a^2$ を入れたものと一致する。断面曲率が $-1/a^2$ であることは Lee18 Theorem 8.34 (c)(p. 254)にもある。半径 $a$ の球面では $N=x/a$ が $\langle N,N\rangle=+1$ になるので、同じ計算で符号が逆の $+1/a^2$ が出る。双曲空間の曲率が負になるのは、法ベクトルが「時間的」($\langle N,N\rangle<0$)だからである。

上半空間モデルと球体モデル

上半空間モデルと球体モデル
  1. 上半空間 $U^n=\{(\xi,y)\mid\xi\in\mathbb R^{n-1},\ y>0\}$ に計量 $g_U=a^2\dfrac{|d\xi|^2+dy^2}{y^2}$ を入れる。$x=(\xi,x_n,x_{n+1})\in H^n(a)$($\xi\in\mathbb R^{n-1}$)について
    $$ \Psi(x)=\left(\frac{a\,\xi}{x_{n+1}-x_n},\ \frac{a^2}{x_{n+1}-x_n}\right) $$
    とおくと、$\Psi\colon H^n(a)\to U^n$ は等長な微分同相である。
  2. 半径 $a$ の開球体 $B^n(a)=\{u\in\mathbb R^n\mid|u|< a\}$ に計量 $g_B=\dfrac{4a^4|du|^2}{(a^2-|u|^2)^2}$ を入れる。$\sigma(\bar x,x_{n+1})=\dfrac{a\,\bar x}{a+x_{n+1}}$ とおくと、$\sigma\colon H^n(a)\to B^n(a)$ は等長な微分同相である。
光的な座標で計算する

要点:1 は $s=x_{n+1}-x_n$、$w=x_{n+1}+x_n$ とおくと計量が $|d\xi|^2-ds\,dw$ になることを使って代入し、2 は逆写像を微分して代入する。

詳しい証明を開く

段 1(1 の逆写像)。$s=x_{n+1}-x_n$、$w=x_{n+1}+x_n$ とおくと $\langle x,x\rangle=|\xi|^2-sw$ である。$H^n(a)$ では $x_{n+1}^2=a^2+|\bar x|^2>x_n^2$ なので $s>0$ で、$\Psi$ の値は $U^n$ にある。$(\zeta,y)=\Psi(x)$ とおくと $s=a^2/y$、$\xi=a\zeta/y$ で、$|\xi|^2-sw=-a^2$ から $w=\dfrac{|\zeta|^2+y^2}{y}$ である。逆に $(\zeta,y)\in U^n$ からこの式で $\xi,s,w$ を定め、$x_{n+1}=\frac{s+w}2$、$x_n=\frac{w-s}2$ とおくと、$\langle x,x\rangle=\dfrac{a^2|\zeta|^2}{y^2}-\dfrac{a^2(|\zeta|^2+y^2)}{y^2}=-a^2$、$x_{n+1}>0$ で、これが $\Psi$ の滑らかな逆写像である。

段 2(1 の計量)。$dx_n^2-dx_{n+1}^2=-ds\,dw$ なので、$H^n(a)$ の計量は $|d\xi|^2-ds\,dw$ である。$\xi=a\zeta/y$、$s=a^2/y$、$w=|\zeta|^2/y+y$ を代入すると$$|d\xi|^2=\frac{a^2|d\zeta|^2}{y^2}-\frac{2a^2(\zeta\cdot d\zeta)\,dy}{y^3}+\frac{a^2|\zeta|^2dy^2}{y^4}$$ と $$ds\,dw=-\frac{a^2dy}{y^2}\left(\frac{2\zeta\cdot d\zeta}y-\frac{|\zeta|^2dy}{y^2}+dy\right)$$で、差をとると $\dfrac{a^2(|d\zeta|^2+dy^2)}{y^2}$ が残る。つまり $(\Psi^{-1})^*g=g_U$ である。

段 3(2)。$\sigma$ の値は $|\sigma(x)|^2=\dfrac{a^2(x_{n+1}^2-a^2)}{(x_{n+1}+a)^2}=a^2\dfrac{x_{n+1}-a}{x_{n+1}+a}< a^2$ を満たす。$D=a^2-|u|^2$ とおくと、逆写像は $\sigma^{-1}(u)=\left(\dfrac{2a^2u}{D},\ \dfrac{a(a^2+|u|^2)}{D}\right)$ で($\langle\sigma^{-1}(u),\sigma^{-1}(u)\rangle=-a^2$ と $\sigma\circ\sigma^{-1}=\mathrm{id}$ は代入で確かめられる)、$$d\Bigl(\frac{2a^2u}D\Bigr)=\frac{2a^2du}D+\frac{4a^2(u\cdot du)\,u}{D^2},\qquad d\Bigl(\frac{a(a^2+|u|^2)}D\Bigr)=\frac{4a^3(u\cdot du)}{D^2}$$である。1 つ目の 2 乗は $\dfrac{4a^4|du|^2}{D^2}+\dfrac{16a^4(u\cdot du)^2}{D^3}+\dfrac{16a^4|u|^2(u\cdot du)^2}{D^4}=\dfrac{4a^4|du|^2}{D^2}+\dfrac{16a^6(u\cdot du)^2}{D^4}$($D+|u|^2=a^2$ を使った)で、2 つ目の 2 乗 $\dfrac{16a^6(u\cdot du)^2}{D^4}$ を引くと $\dfrac{4a^4|du|^2}{D^2}=g_B$ である。$\square$

$n=2$、$a=1$ の 1 は 双曲幾何学 の上半平面 $\dfrac{dx^2+dy^2}{y^2}$ で、2 は Poincaré 円板 $\dfrac{4|du|^2}{(1-|u|^2)^2}$ である(双曲計量 の密度 $\dfrac1{1-|z|^2}$ はこの半分で、曲率は $-4$ になる)。上半空間モデルと球体モデルは、計量が Euclid 計量の正の関数倍なので、角は普通の角と同じである(共形変換)。これらの等長性は Lee18 Theorem 3.7(p. 62)にもあり、円板の中で測地線がまっすぐな弦になる Beltrami–Klein モデルも同じ定理で扱われている。

上半空間の距離

$U^n$ の 2 点 $(\zeta,y)$、$(\tilde\zeta,\tilde y)$ の距離 $d$ は
$$ \cosh\frac da=1+\frac{|\zeta-\tilde\zeta|^2+(y-\tilde y)^2}{2y\tilde y} $$
を満たす。

光的な座標で内積を書く

要点:prf-hs-models の $s,w$ を使って $\langle x,\tilde x\rangle$ を $(\zeta,y)$ で書き、距離の公式に入れる。

詳しい証明を開く

$x=\Psi^{-1}(\zeta,y)$、$\tilde x=\Psi^{-1}(\tilde\zeta,\tilde y)$ とする。$x_n\tilde x_n-x_{n+1}\tilde x_{n+1}=-\frac12(s\tilde w+w\tilde s)$ なので$$-\frac{\langle x,\tilde x\rangle}{a^2}=-\frac{\zeta\cdot\tilde\zeta}{y\tilde y}+\frac1{2y\tilde y}\Bigl(|\tilde\zeta|^2+\tilde y^2+|\zeta|^2+y^2\Bigr)=\frac{|\zeta-\tilde\zeta|^2+y^2+\tilde y^2}{2y\tilde y}$$で、これは主張の右辺に等しい。thm-hs-geodesic の 2 と、$\Psi$ が等長であることから従う。$\square$

$n=2$、$a=1$ では 双曲幾何学 の定理「距離の公式と測地線」の式 $\cosh d=1+\dfrac{|z-w|^2}{2\operatorname{Im}z\operatorname{Im}w}$ になる。

上半空間の測地線と全測地的な超曲面

大双曲線は 2 次元部分空間と $H^n(a)$ の交わりで、2 次元部分空間は原点を通る $n-1$ 枚の超平面の交わりである。原点を通る超平面 $\alpha\cdot\xi+\beta x_n+\gamma x_{n+1}=0$ と $H^n(a)$ の交わりを $\Psi$ で移すと、$\xi=a\zeta/y$、$x_n=\frac{w-s}2$、$x_{n+1}=\frac{s+w}2$ を代入して $y$ を掛け、
$$ a\,\alpha\cdot\zeta+\frac{\beta+\gamma}2\bigl(|\zeta|^2+y^2\bigr)+\frac{\gamma-\beta}2\,a^2=0 $$
となる。$\beta+\gamma\ne0$ なら中心が境界 $y=0$ の上にある球面、$\beta+\gamma=0$ なら境界に垂直な超平面である。測地線はこのような図形の $n-1$ 個の交わりに含まれ、上半空間では境界に垂直な半直線か、中心が境界の上にある半円である(Lee18 Proposition 5.28 (d)、p. 139)。

体積の増え方と位置づけ

prop-hs-polar から、原点を中心とする半径 $r$ の球の体積は、単位球面 $S^{n-1}$ の体積を $\omega_{n-1}$ として
$$ \operatorname{vol}B(o,r)=\omega_{n-1}\int_0^r\Bigl(a\sinh\frac ta\Bigr)^{n-1}dt $$
である。$n=2$ では $2\pi a^2\left(\cosh\frac ra-1\right)$ で、$r$ が大きいと $e^{(n-1)r/a}$ の程度で増える。Euclid 空間の $r^n$ の程度と比べてずっと速く、双曲空間では球面の面積が体積と同じ程度の大きさになる。
完備で単連結な $n$ 次元 Riemann 多様体で断面曲率がいたるところ $-1/a^2$ のものは、$H^n(a)$ に等長である(Killing–Hopf の定理、Lee18 Theorem 12.4、p. 348)。また、断面曲率が $0$ 以下の完備で連結な Riemann 多様体の普遍被覆は $\mathbb R^n$ と微分同相である(Cartan–Hadamard の定理、同 Theorem 12.8、p. 352)。断面曲率が $-1$ の完備な多様体(双曲多様体)は、$H^n$ を等長変換の離散群で割ったものとして現れ、曲面や 3 次元多様体の研究の中心にある。

例と反例

外す条件反例成り立たなくなること
2 葉双曲面の上側の葉だけをとる2 葉双曲面全体連結であること、thm-hs-geodesic の距離の公式
計量を $\langle\ ,\ \rangle$ から入れる同じ曲面に $\mathbb R^{n+1}$ の普通の内積から計量を入れる曲率が一定の負の値であること
完備(Killing–Hopf の定理)$H^n(a)$ の中の開いた球 $B(o,1)$$H^n(a)$ と等長であること
単連結(Killing–Hopf の定理)上半平面を $z\mapsto2z$ で生成される群で割った曲面$H^2$ と等長であること
反例の確かめ

1 行目:$p\in H^n(a)$ と $-p$ はどちらも $\langle x,x\rangle=-a^2$ を満たすが、$x_{n+1}=0$ の点がないので 2 つの葉を結ぶ曲線はない。$-\dfrac{\langle p,-p\rangle}{a^2}=-1$ で、$\cosh d=-1$ となる実数 $d$ はない。
2 行目:$n=2$、$a=1$ とし、曲面 $\left(u\cos v,\ u\sin v,\ \sqrt{1+u^2}\right)$($u>0$)に普通の内積から計量を入れると、$E=\dfrac{1+2u^2}{1+u^2}$、$F=0$、$G=u^2$ である。Gauss曲率 の系「直交座標・等角座標での Gauss 曲率」の式から $K=\dfrac1{(1+2u^2)^2}$ で、曲率は正で一定でない。
3 行目:開いた球 $B(o,1)$ も断面曲率は $-1/a^2$ で単連結だが、$\gamma_v$ は時刻 $1$ で球の外に出るので、測地線が $\mathbb R$ 全体で定義されず完備でない。完備な $H^n(a)$ とは等長にならない。
4 行目:$T(z)=2z$ は双曲平面の等長変換である(双曲幾何学 の命題「1 次分数変換は双曲的な長さを保つ」、行列 $\operatorname{diag}(\sqrt2,1/\sqrt2)$)。$T$ で生成される群 $\{T^k\}$ は自由に、離散的に作用し($z=e^{\rho}e^{i\varphi}$ と書くと $\rho\mapsto\rho+\log2$ の平行移動)、商 $M$ は曲率 $-1$ の曲面になる。$M$ の測地線は $\mathbb H$ の測地線の像なので $\mathbb R$ 全体で定義され、Hopf–Rinow の定理から $M$ は完備である。虚軸の像は長さ $\log2$ の閉じた測地線で、$M$ は単連結でない。$H^2$ の測地線は $\mathbb R$ の埋め込み(thm-hs-geodesic)で閉じたものはないので、$M$ は $H^2$ と等長でない。

関連項目

参考文献

[1]
John M. Lee, Introduction to Riemannian Manifolds, Graduate Texts in Mathematics 176, Springer, 2018, Theorem 3.7(双曲空間のモデル、p. 62);Proposition 3.9(O^+(n,1) の枠への推移的作用、p. 67);Corollary 5.2(p. 117);Proposition 5.12(p. 124);Proposition 5.28(双曲空間の測地線、pp. 138–139);Corollary 5.14(測地線の自然性、p. 125);Theorem 6.19(Hopf–Rinow、p. 169);Theorem 8.5(Gauss 方程式、p. 230);Theorem 8.34(モデル空間の断面曲率、p. 254);Theorem 12.4(Killing–Hopf、p. 348);Theorem 12.8(Cartan–Hadamard、p. 352)

Mathpediaは寄付と、参考文献の書籍リンク(Amazonアソシエイト)の紹介料で運営されています。 支援について / 寄付する