Poincaré–Hopfの定理(Poincaré–Hopf theorem)とは、閉多様体 $M$ の上の零点が有限個の連続なベクトル場について、零点の指数(零点のまわりでベクトル場が何回まわるかを写像度で数えた整数)の総和が Euler 標数 $\chi(M)$ に等しいという定理である。指数の和はベクトル場の選び方によらず、Morse 関数の勾配では Morse 指数の交代和になる。とくに $\chi(M)\ne0$ ならどのベクトル場も零点をもち、偶数次元の球面の毛玉の定理や、奇数次元の閉多様体の Euler 標数が $0$ であることが従う。
閉じた多様体の上のベクトル場は、一般には零点をもつ。零点が孤立していれば、そのまわりでベクトル場が何回まわるかを 指数 という整数で数えられる。Poincaré–Hopf の定理 は、指数の総和がベクトル場の選び方によらず、多様体の Euler標数 $\chi(M)$ に等しいことを主張する。とくに $\chi(M)\ne0$ なら、$M$ の上のどの連続なベクトル場も零点をもつ。2 次元の場合は Poincaré が、一般次元は Hopf が示した。
この記事では、零点の指数を定義して座標によらないことを確かめ、閉多様体についての定理を証明する。証明は 3 つの段からなる。非退化な零点の指数が微分の行列式の符号であること、Morse 関数の勾配ベクトル場では指数の和が $\chi(M)$ になること、指数の和がベクトル場によらないことである。最後の段は、向き付けられた場合を Euler類 の定理に帰着させ、向き付けられない場合を向きの 2 重被覆に持ち上げて扱う。
この記事では、多様体は Hausdorff かつ第 2 可算な $C^\infty$ 級の多様体で、次元 $n$ は $1$ 以上とする。閉多様体 は境界のないコンパクトな多様体である。$D_\varepsilon$、$S_\varepsilon$ は $\mathbb{R}^n$ の原点中心・半径 $\varepsilon$ の開球と球面を表す。
$M$ を $n$ 次元の多様体、$v$ を $M$ の上の連続なベクトル場、$p\in M$ を $v$ の 孤立零点($v_p=0$ で、$p$ のある近傍に $p$ 以外の零点がない点)とする。$p$ のまわりの座標 $\varphi\colon U\to\mathbb{R}^n$($\varphi(p)=0$)をとり、$v$ を座標で表した写像
$$
f\colon\varphi(U)\to\mathbb{R}^n,\qquad f(\varphi(q)):=d\varphi_q(v_q)
$$
を考える。$\varepsilon>0$ を、閉球 $\bar D_\varepsilon\subset\varphi(U)$ の中の $f$ の零点が原点だけであるようにとり、
$$
g_\varepsilon\colon S^{n-1}\to S^{n-1},\qquad g_\varepsilon(u):=\frac{f(\varepsilon u)}{|f(\varepsilon u)|}
$$
の写像度を $v$ の $p$ における 指数(index)といい、$\operatorname{ind}_p(v)$ と書く。
$0<\varepsilon'<\varepsilon$ なら $g_{(1-s)\varepsilon+s\varepsilon'}$($0\le s\le1$)が $g_\varepsilon$ と $g_{\varepsilon'}$ のホモトピーを与えるので、写像度は $\varepsilon$ によらない。座標によらないことは次の命題で示す。$n=2$ では $\operatorname{ind}_p(v)$ は、$p$ を小さな円で 1 周するとき $v$ の向きが反時計回りに何回まわるかを数える整数である。
def-ph-index の $\operatorname{ind}_p(v)$ は座標 $\varphi$ の選び方によらない。
球面の写像度は、対の写像 $f\colon(\bar D_\varepsilon,\bar D_\varepsilon\setminus\{0\})\to(\mathbb{R}^n,\mathbb{R}^n\setminus\{0\})$ が局所ホモロジー $H_n(\,\cdot\,,\,\cdot\setminus\{0\})\cong\mathbb{Z}$(向きの生成元どうしを対応させる)に誘導する整数に等しい(Euler類 の定理「零点の指数の和と Euler 数」の証明の第 4 段)。この整数を $f$ の原点での 局所写像度 と呼ぶ。局所写像度は、原点の近くでだけ定まった写像の合成について積になる(局所ホモロジーの関手性と切除)。また、零点を原点だけにもつ写像の族 $F_t$ が $t$ について連続なら、局所写像度は変わらない。
別の座標 $\psi$ をとり、$h:=\psi\circ\varphi^{-1}$(原点の近くで定義された微分同相、$h(0)=0$)、$A(y):=dh_{h^{-1}(y)}$ とおくと、$\psi$ での表示は $g(y)=A(y)\,f(h^{-1}(y))$ である。
$M$ を $n$ 次元の閉多様体、$v$ を零点が有限個の連続なベクトル場とする。このとき
$$
\sum_{v_p=0}\operatorname{ind}_p(v)=\chi(M)
$$
が成り立つ。ここで $\chi(M)=\sum_k(-1)^k\operatorname{rank}H_k(M;\mathbb{Z})$ は Euler 標数である。とくに指数の和はベクトル場によらず、$\chi(M)\ne0$ ならば $M$ の上のどの連続なベクトル場も零点をもつ。
$M$ の向き付け可能性は仮定しない。$M$ が向き付けられているときの結論は、Euler類 の系「Hopf の指数定理」と同じである。そこでは、接束の Euler 数が $\chi(M)$ に等しいことを引用して導いている。この記事では、その引用を Morse 関数の勾配で置き換える。証明は以下の lem-ph-nondegenerate、lem-ph-gradient、prop-ph-independence を組み合わせ、この節の最後で完成する。
$W\subset\mathbb{R}^n$ を原点の開近傍、$f\colon W\to\mathbb{R}^n$ を $C^1$ 級で $f(0)=0$、微分 $A:=df_0$ が正則であるとする。このとき原点は $f$ の孤立零点で、その指数(def-ph-index の $g_\varepsilon$ の写像度)は $\operatorname{sign}\det A$ である。
$c:=1/\|A^{-1}\|$(作用素ノルム)とすると $|Ay|\ge c|y|$ である。$f$ は原点で微分可能なので、$\rho>0$ を $|y|\le\rho$ で $|f(y)-Ay|\le\frac c2|y|$ となるようにとれる。すると $0<|y|\le\rho$ で $|f(y)|\ge\frac c2|y|>0$ なので、原点は孤立零点である。
$0< t\le1$ と $|y|=\rho$ について $F_t(y):=f(ty)/t$、$F_0(y):=Ay$ とおく。$|F_t(y)-Ay|=|f(ty)-A(ty)|/t\le\frac c2|y|<|Ay|$ なので $F_t(y)\ne0$ であり、$F$ は $[0,1]\times S_\rho$ の上で連続である($t\to0$ での連続性は微分の定義による)。$F_t/|F_t|$ は $g_\rho$ と $y\mapsto Ay/|Ay|$ のホモトピーだから、指数は線形写像 $A$ の写像度 $\deg(Ay/|Ay|)$ に等しい。
$A$ を極分解 $A=QP$($Q$ は直交行列、$P=(A^{\top}A)^{1/2}$ は正定値対称行列)に分ける。$P_s:=(1-s)P+sI$($0\le s\le1$)は正定値なので $QP_s$ は正則であり、$QP_sy/|QP_sy|$ は $A$ から $Q$ へのホモトピーである。写像度 の命題「直交変換の写像度」により $\deg Q=\det Q$ であり、$\det A=\det Q\det P$、$\det P>0$ なので、指数は $\operatorname{sign}\det A$ である。$\square$
零点 $p$ で、座標で表した $f$ の微分が正則なとき、$p$ を 非退化な零点 という(座標変換で微分は $A(0)\,df_0\,A(0)^{-1}$ に変わるので、正則性も行列式の符号も座標によらない)。非退化な零点の指数は $\pm1$ である。
$M$ を $n$ 次元の閉多様体とする。$M$ の上の滑らかなベクトル場 $v$ で、零点が有限個で
$$
\sum_{v_p=0}\operatorname{ind}_p(v)=\chi(M)
$$
となるものが存在する。
Morse関数の存在 の系「Morse関数の存在」により、$M$ の上の Morse 関数 $h$ がある。$M$ に Riemann 計量 $\langle\ ,\ \rangle$ を 1 つとり(Lee13 Proposition 13.3、p. 329)、$h$ の勾配 $v:=\operatorname{grad}h$($\langle v,w\rangle=dh(w)$ で定まるベクトル場)を考える。$v_p=0$ と $dh_p=0$ は同値なので、$v$ の零点は $h$ の臨界点であり、すべて非退化である。非退化臨界点は孤立し(Morse関数 の系「非退化臨界点は孤立する」)、$M$ はコンパクトなので零点は有限個である。
臨界点 $p$ のまわりの座標 $x$($x(p)=0$)で計量を正定値対称行列 $G(x)$ で表すと、$v$ の表示は $f(x)=G(x)^{-1}\nabla h(x)$ である。$\nabla h(0)=0$ なので積の微分は $df_0=G(0)^{-1}\,\mathrm{Hess}\,h(0)$ となる。$\det G(0)^{-1}>0$ であり、$\mathrm{Hess}\,h(0)$ の負の固有値の個数は Morse 指数 $\lambda_p$ に等しい(Morse関数 の補題「指数と対角化」とその後の注意)。固有値の積が行列式なので $\operatorname{sign}\det df_0=(-1)^{\lambda_p}$ であり、lem-ph-nondegenerate により $\operatorname{ind}_p(v)=(-1)^{\lambda_p}$ である。
指数 $\lambda$ の臨界点の個数を $c_\lambda$ とすると
$$
\sum_{v_p=0}\operatorname{ind}_p(v)=\sum_{\lambda=0}^n(-1)^\lambda c_\lambda=\chi(M)
$$
であり、最後の等号は Morse理論 の定理「Morse の不等式」の 4 である($\mathbb{Q}$ 係数の Betti 数の交代和は、整係数ホモロジーの階数の交代和 $\chi(M)$ に等しい)。$\square$
$M$ を閉多様体とする。$M$ の上の零点が有限個の連続なベクトル場 $v$ について、指数の和 $\sum_{v_p=0}\operatorname{ind}_p(v)$ は $v$ によらない。
$\pi\colon\tilde M\to M$ を向きの 2 重被覆とする。$\tilde M$ は向き付けられた閉多様体で、$\pi$ は 2 対 1 の局所微分同相である(Lee13 Proposition 15.40、p. 394。$M$ の連結成分ごとに作る。$M$ が向き付け可能な成分では $\tilde M$ はその成分の 2 つの写しである(同 Theorem 15.41、p. 395))。
$v$ の持ち上げを $\tilde v_{\tilde q}:=(d\pi_{\tilde q})^{-1}(v_{\pi(\tilde q)})$ と定めると、$\tilde v$ は連続なベクトル場で、零点の全体は $v$ の零点の逆像(各零点の上に 2 点)である。$\tilde p\in\pi^{-1}(p)$ の小さな近傍 $\tilde U$ を $\pi$ が微分同相に写すとき、$p$ のまわりの座標 $\varphi$ に対し $\varphi\circ\pi$ は $\tilde p$ のまわりの座標であり、この 2 つの座標での $v$ と $\tilde v$ の表示は同じ写像である。prop-ph-index-chart により $\operatorname{ind}_{\tilde p}(\tilde v)=\operatorname{ind}_p(v)$ であり、
$$
\sum_{\tilde v_{\tilde p}=0}\operatorname{ind}_{\tilde p}(\tilde v)=2\sum_{v_p=0}\operatorname{ind}_p(v)
$$
となる。
$\tilde M$ は向き付けられた閉多様体なので、接束 $T\tilde M$ に $\tilde M$ の向きから定まる向きを入れれば、Euler類 の定理「零点の指数の和と Euler 数」により左辺は $\langle e(T\tilde M),[\tilde M]\rangle$ に等しい。そこでの指数は向きを保つ座標と、その微分による自明化で定めたもので、prop-ph-index-chart により def-ph-index の指数と一致する。右辺の和はしたがって $\frac12\langle e(T\tilde M),[\tilde M]\rangle$ であり、$v$ によらない。$\square$
lem-ph-gradient のベクトル場 $v_0$ では指数の和が $\chi(M)$ である。prop-ph-independence により、零点が有限個の任意の連続なベクトル場 $v$ の指数の和は $v_0$ のものに等しい。よって $\sum\operatorname{ind}_p(v)=\chi(M)$ である。$\chi(M)\ne0$ のとき、零点のないベクトル場があれば指数の和は空の和 $0$ となって矛盾する。零点が無限個の場合は、もとより零点をもつ。$\square$
$n$ が奇数なら、$n$ 次元の閉多様体 $M$ について $\chi(M)=0$ である。
lem-ph-gradient により零点が有限個のベクトル場 $v$ がある。$-v$ の零点は $v$ と同じで、各零点で $-v$ の $g_\varepsilon$ は $v$ の $g_\varepsilon$ に対蹠写像 $u\mapsto-u$ を合成したものである。$S^{n-1}$ の対蹠写像の写像度は $\det(-I_n)=(-1)^n$ なので(写像度 の命題「直交変換の写像度」)、$\operatorname{ind}_p(-v)=(-1)^n\operatorname{ind}_p(v)$ である。thm-ph-main を $v$ と $-v$ に使うと $\chi(M)=(-1)^n\chi(M)$ となり、$n$ が奇数なら $\chi(M)=0$ である。$\square$
$\chi(S^{2k})=1+(-1)^{2k}=2$、$\chi(\Sigma_g)=2-2g$ であり(Euler標数)、どちらも $0$ でないので thm-ph-main の最後の主張による。$\square$
逆向きの主張として、連結な閉多様体で $\chi(M)=0$ ならば零点のない滑らかなベクトル場が存在する(Hopf)。この記事では証明しない(Mil97 p. 40 の注意が述べている)。
$\mathbb{R}^2=\mathbb{C}$ とみなし、$k\ge1$ とする。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| $M$ のコンパクト性 | $M=\mathbb{R}^2$、$v=\partial/\partial x_1$ | 零点がなく和は $0$ だが $\chi(\mathbb{R}^2)=1$ |
| 境界がないこと | $M=$ 閉円板 $\bar D^2$、$v=\partial/\partial x_1$ | 零点がなく和は $0$ だが $\chi(\bar D^2)=1$ |
| 零点が有限個 | $M=S^2$、$v(x)=x_3\,(e_3-x_3x)$ | 赤道上の点がすべて零点で、指数が定義されず和も意味をもたない |
$\mathbb{R}^2$ と $\bar D^2$ は可縮なので Euler 標数は $1$ である。2 行目の $v$ は境界上で内向きの点も外向きの点ももつ。
$M$ が境界をもつコンパクトな多様体で、$v$ が孤立零点をもつ滑らかなベクトル場で境界上のすべての点で外を向いているなら、やはり指数の和は $\chi(M)$ に等しい(Mil97 p. 35 の Poincaré–Hopf の定理の主張。この記事では証明しない)。向きの条件は外せない。閉球 $\bar D^3$ の上の $v(x)=-x$ は境界で内を向き、唯一の零点の指数は $\operatorname{sign}\det(-I_3)=-1$ であって $\chi(\bar D^3)=1$ と異なる。
prop-ph-independence の証明が示すとおり、向き付けられた閉多様体では指数の和は接束の Euler 数 $\langle e(TM),[M]\rangle$ である。thm-ph-main と合わせると $\langle e(TM),[M]\rangle=\chi(M)$ が得られる。Euler類 の記事が引用している定理「接束の Euler 数と Euler 標数」を、Morse 関数を経由して導いたことになる。2 次元では、これと Gauss–Bonnetの定理 を合わせると、指数の和が曲率の積分で書ける。
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