単連結空間

概要

単連結空間 (simply connected space) とは、位相幾何学において「穴が開いていない」ことを厳密に定義した空間である。正確には、空間が弧状連結であり、かつ空間内の任意の閉曲線(ループ)を連続的に変形して一点に縮めることができる性質を持つ。これは基本群が自明であることと同値であり、ポアンカレ予想の主題となるなど、空間の大域的な構造を決定づける基本的な概念である。また、複素解析においては、コーシーの積分定理が成立するための領域の条件としても重要である。

$$$$

定義

単連結性は、空間内の「ループの変形可能性」によって定義される。

単連結の定義

位相空間 $X$単連結(simply connected)であるとは、以下の2条件を満たすことをいう。

  1. $X$弧状連結である。
  2. $X$ 内の任意の閉曲線(ループ)は、定値写像(一点)にホモトピー同値である。
    すなわち、任意の連続写像 $\gamma: [0, 1] \to X$ (ただし $\gamma(0) = \gamma(1) = x_0$)に対して、連続写像の族 $H: [0, 1] \times [0, 1] \to X$ が存在し、以下を満たす。
  • $H(s, 0) = \gamma(s)$ (初期状態はループ $\gamma$
  • $H(s, 1) = x_0$ (最終状態は一点 $x_0$
  • $H(0, t) = H(1, t) = x_0$ (変形の過程でも始点と終点は固定)

この定義は、代数的位相幾何学の言葉を用いるとより簡潔に表現できる。

基本群による特徴づけ

弧状連結空間 $X$ が単連結であるための必要十分条件は、その基本群が自明な群となることである。
$$\pi_1(X) \cong \{e\}$$

直感的理解:「穴」とは何か

単連結性を直感的に理解するには、「ゴム紐」の例えが有効である。
空間 $X$ 内に置かれた任意の「輪になったゴム紐」を、空間からはみ出さずに、かつ切らずに連続的に縮めていき、最終的に一点にできるならば、その空間は単連結である。

2次元の場合

平面 $\mathbb{R}^2$ 上の領域において、単連結性は「穴がない」ことと一致する。

  • 円板(ディスク): 単連結である。ゴム紐はどこにも引っかからずに一点に縮まる。
  • 円環(アニュラス): 単連結ではない。真ん中の穴を取り囲むようにゴム紐をかけると、穴が障害物となり、一点に縮めることができない。

3次元の場合の注意点

3次元以上の空間では、「穴」の概念に注意が必要である。

  • 球面 $S^2$: 単連結である。
    • 直感的には内部が空洞(空)であるが、表面上のゴム紐は、つるりと滑らせて一点に縮めることができる。
  • トーラス $T^2$(ドーナツの表面): 単連結ではない。
    • ドーナツの穴を貫通するループや、浮き輪の周囲を回るループは一点に縮まらない。

具体例と反例

単連結性の有無は、空間の次元や除去する集合の「次元」に依存する繊細な性質である。

単連結である空間
  1. ユークリッド空間 $\mathbb{R}^n$ およびその凸部分集合
    • 任意の2点を線分で結べるため、その線分に沿ってループを縮めればよい。
  2. $n$ 次元球面 $S^n$ ($n \ge 2$)。
    • $S^2$(通常の球面)や $S^3$ は単連結である。
    • ループは球面の全域を覆わない限り(そしてループは1次元なので常に回避可能)、一点に縮小可能である。
  3. $\mathbb{R}^3$ から「1点」を除いた空間 $\mathbb{R}^3 \setminus \{0\}$
    • これが2次元との大きな違いである。3次元空間に空いた「点の穴」にはループは引っかからない(すり抜けられる)。この空間は $S^2$ にホモトピー同値である。
単連結ではない空間
  1. 円周 $S^1$
    -基本群は整数群 $\mathbb{Z}$ に同型であり、自明ではない(何周巻いたかが区別される)。
  2. トーラス $T^2 = S^1 \times S^1$
    -基本群は $\mathbb{Z} \times \mathbb{Z}$ である。
  3. $\mathbb{R}^2$ から「1点」を除いた空間 $\mathbb{R}^2 \setminus \{0\}$
    -平面に空いた穴にはループが引っかかる。これは $S^1$ にホモトピー同値である。
  4. $\mathbb{R}^3$ から「直線」を除いた空間
    -直線の周りを回るループは縮めることができない。
  5. 実射影平面 $\mathbb{R}P^2$
    -穴はないように見えるが、基本群は $\mathbb{Z}_2$(2回回るとほどける)であり、単連結ではない。

重要な性質と定理

単連結性は、数学の多くの分野で「扱いやすい空間」の条件として現れる。

複素解析における役割

複素関数論において、領域の単連結性は積分定理の成立に直結する。

コーシーの積分定理(一般形)

$D \subseteq \mathbb{C}$単連結な領域とする。$f: D \to \mathbb{C}$ が正則であるならば、任意の閉曲線 $\gamma \subset D$ に沿う積分は $0$ になる。
$$\oint_\gamma f(z) \, dz = 0$$

領域に穴(特異点)がある場合(単連結でない場合)、留数定理により積分値は $0$ にならない場合がある。単連結性は、そのような「特異点」を囲んでいないことを保証する。

被覆空間との関係

普遍被覆空間

連結かつ局所単連結な位相空間 $X$ には、単連結な被覆空間 $\tilde{X}$ が(同型を除いて)ただ一つ存在する。これを普遍被覆空間(universal covering space)と呼ぶ。

  • 例: 円周 $S^1$ の普遍被覆空間は実数直線 $\mathbb{R}$ である。
  • 基本群 $\pi_1(X)$ は、普遍被覆空間の被覆変換群とみなすことができる。

ホモトピー群との関係

単連結性は、第1ホモトピー群(基本群)が消えていることを意味するが、より高次の「穴」については言及していない。

  • $n$-連結: 空間 $X$$0$-連結(弧状連結)であり、かつ第 $1$ から第 $n$ までのホモトピー群がすべて自明であるとき、$X$$n$-連結であるという。
  • したがって、「単連結」は「$1$-連結」と同義である。
(ポアンカレ予想)

「単連結な3次元閉多様体は、3次元球面 $S^3$ に同相であるか?」という問いが、有名なポアンカレ予想(現在は定理)である。
これは、「基本群の情報(単連結性)だけで、球面の形状を特定できるか」という問題を提起したものであった。

関連項目