エントロピー

同義語:情報エントロピーShannonエントロピーentropyShannon entropy

概要

エントロピー(entropy)とは、値が有限個または可算個の確率分布 $p$ に対して $H(p)=-\sum_x p(x)\log p(x)$ で定まる量で、分布の不確かさ、すなわち結果を知ったときに平均して得られる情報の量を表す。値が $n$ 個なら $0\le H\le\log n$ で最大は一様分布、独立な確率変数の組では足し算になり、これらは Kullback–Leibler 情報量が $0$ 以上であるという Gibbs の不等式から従う。同じ割合をもつ並びの個数や独立な試行の典型的な列の個数はおよそ $e^{nH}$ であり、接頭符号の 1 記号あたりの平均の長さは $H/\log 2$ ビット以上で、まとめて符号化すればいくらでもそれに近づけられる。情報の圧縮・通信・統計学・統計力学に共通する基本量である。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 確率変数, 期待値, 対数関数, 凸関数

公平な硬貨を 1 回投げた結果を相手に伝えるには、0 か 1 の 1 文字が要る。公平なさいころなら 1 文字では足りず、8 面の公平なさいころなら 3 文字でちょうど足りる。では、表が出る確率が $0.9$ の硬貨の結果を何度も伝えるとき、1 回あたり平均して何文字あれば足りるか。答えは約 $0.469$ 文字であり、この数が硬貨の エントロピー である。エントロピーは、確率分布がどれだけ不確かか(結果を知ったときに平均してどれだけの情報が得られるか)を 1 つの数で測る量であり、情報の圧縮・通信・統計・統計力学に共通する基本量である。
この記事で扱うのは、確率分布について定める情報理論の(Shannon の)エントロピーである。熱力学・統計力学のエントロピーや、力学系の測度論的エントロピー・位相的エントロピーは、これと関係するが別に定義される量であり、この記事では扱わない(統計力学のエントロピーと力学系の測度論的エントロピーは補足で触れる)。この記事では、離散分布のエントロピーとその仲間(同時エントロピー・条件付きエントロピー・相互情報量・Kullback–Leibler 情報量)を定義し、計算の公式の表と手順を示す。中心の定理は Gibbs の不等式であり、これから「エントロピーは一様分布で最大」「独立なら足し算」などの基本性質が出る。後半では、エントロピーが「同じ割合をもつ並びの個数」と「典型的な列の個数」の指数の増え方を与えることと、圧縮の限界(平均の符号長はエントロピー以上で、エントロピー $+1$ 未満にできる)を証明する。

定義と使える条件

以下、$X$ は有限集合または可算集合 $\mathcal X$ に値をとる確率変数で、$p(x):=P(X=x)$ とする。$\log$ は自然対数とし、$0\log0:=0$ と約束する($t\log t\to0$($t\to+0$)なので、この約束で $t\log t$ は $[0,1]$ 上で連続になる)。

エントロピー

$X$ の エントロピー(entropy)を
$$ H(X):=-\sum_{x\in\mathcal X}p(x)\log p(x)=E\bigl[-\log p(X)\bigr]\in[0,\infty] $$
で定める(各項は $0$ 以上なので和は $[0,\infty]$ の値として定まる)。$H(X)$ は $X$ の分布 $p=(p(x))_x$ だけで決まるので $H(p)$ とも書く。自然対数を使うときの単位を nat、$\log_2$ を使うときの単位を bit といい、$H_2(X):=H(X)/\log2$ と書く。

$-\log p(x)$ は「結果 $x$ を知ったときの驚きの大きさ」で、起こりにくい結果ほど大きい。エントロピーはその期待値である(bit による定義と基本性質は Mac03 §2.4(pp. 32–33))。

同時・条件付きエントロピーと相互情報量

$X,Y$ を有限集合に値をとる確率変数とし、$p(x,y):=P(X=x,Y=y)$、$p(y\mid x):=p(x,y)/p(x)$($p(x)>0$ のとき)とする。

  1. 同時エントロピー $H(X,Y)$ は、組 $(X,Y)$ のエントロピーである。
  2. 条件付きエントロピー を $H(Y\mid X):=\sum_{x:\,p(x)>0}p(x)\,H(Y\mid X=x)$ で定める。ここで $H(Y\mid X=x):=-\sum_yp(y\mid x)\log p(y\mid x)$ は、$X=x$ のもとでの $Y$ の条件付き分布のエントロピーである。
  3. 相互情報量 を $I(X;Y):=H(X)+H(Y)-H(X,Y)$ で定める。
Kullback–Leibler 情報量

$p,q$ を可算集合 $\mathcal X$ 上の確率分布とする。$p(x)>0$ かつ $q(x)=0$ となる $x$ があれば $D(p\|q):=\infty$ とし、なければ
$$ D(p\|q):=\sum_{x:\,p(x)>0}p(x)\log\frac{p(x)}{q(x)} $$
とおく。これを $p$ の $q$ に対する Kullback–Leibler 情報量(相対エントロピー)という。

$\log t\ge1-\frac1t$($t>0$)により各項は $p(x)\log\frac{p(x)}{q(x)}\ge p(x)-q(x)$ を満たし、負の項の絶対値の和は $\sum_x|p(x)-q(x)|\le2$ 以下なので、$D(p\|q)$ は $(-\infty,\infty]$ の値として定まる。次の定理により実際には $D(p\|q)\ge0$ である。
使える条件:

  • (i) 分布は離散(値が有限個か可算個)。連続分布の密度に同じ式を当てた量(微分エントロピー)は別物で、負にもなる(反例の表)。
  • (ii) 対数の底は 1 つに決める。bit と nat は $H_2=H/\log2$ で換算する。
  • (iii) def-ent-joint と thm-ent-chain は値が有限個の場合に使う。

公式の表

分布$H$(nat)条件根拠
1 点に集中($p(x_0)=1$)$0$thm-ent-bounds
$n$ 点の一様分布$\log n$$n\ge1$定義から直接
Bernoulli 分布(確率 $p$ で $1$)$h(p):=-p\log p-(1-p)\log(1-p)$$0\le p\le1$定義から直接
幾何分布 $P(X=k)=(1-p)^{k-1}p$($k\ge1$)$h(p)/p$$0< p\le1$ex-ent-geometric
独立な $X,Y$ の組$H(X)+H(Y)$独立、値が有限個thm-ent-chain
単射 $f$ による $f(X)$$H(X)$$f$ が単射確率の値の並びが同じ
一般の関数 $f$ による $f(X)$$H(f(X))\le H(X)$値が有限個thm-ent-chain
幾何分布のエントロピー

$0< p< 1$ とする。$-\log P(X=k)=-\log p-(k-1)\log(1-p)$ で、$E[X-1]=\frac{1-p}p$ なので、$H(X)=-\log p-\frac{1-p}p\log(1-p)=\frac{h(p)}p$ である($p=1$ なら $X=1$ に集中して $H=0=h(1)/1$)。たとえば $p=\frac12$ では $2\log2\approx1.386294$ nat $=2$ bit であり、これは「表が出るまでの回数」を伝えるのに平均 2 文字要ることに当たる。

主定理と証明

Gibbs の不等式

可算集合上の確率分布 $p,q$ について $D(p\|q)\ge0$ であり、等号は $p=q$ のときに限る。

$g(t):=t-1-\log t$($t>0$)は $g'(t)=1-\frac1t$ により $t=1$ で最小値 $0$ をとり、$t\ne1$ では $g(t)>0$ である。すなわち $\log t\le t-1$ で、等号は $t=1$ のときに限る。
$D(p\|q)=\infty$ なら主張は明らかなので、$D(p\|q)< \infty$ とする(とくに $p(x)>0$ なら $q(x)>0$ である)。$S:=\{x\mid p(x)>0\}$ とおくと
$$ -D(p\|q)=\sum_{x\in S}p(x)\log\frac{q(x)}{p(x)}\le\sum_{x\in S}p(x)\Bigl(\frac{q(x)}{p(x)}-1\Bigr)=\sum_{x\in S}q(x)-1\le0 $$
である(項ごとの不等式を足した。両辺の和はどちらも収束する)。よって $D(p\|q)\ge0$ である。等号が成り立てば、上の 2 つの不等号がどちらも等号である。最初の等号から、すべての $x\in S$ で $q(x)/p(x)=1$ である。次の等号から $\sum_{x\in S}q(x)=1$ なので、$S$ の外では $q(x)=0=p(x)$ である。よって $p=q$ である。逆に $p=q$ なら各項が $0$ である。$\square$

エントロピーの範囲

$X$ が $n$ 個の元からなる集合 $\mathcal X$ に値をとるとき
$$ 0\le H(X)\le\log n $$
である。左の等号は $X$ がある 1 つの値をとる確率が $1$ のときに限り、右の等号は $X$ が一様分布(すべての $x$ で $p(x)=\frac1n$)のときに限る。

$0\le t\le1$ なら $-t\log t\ge0$ で、等号は $t\in\{0,1\}$ のときに限る。よって $H(X)\ge0$ で、等号はすべての $p(x)$ が $0$ か $1$ のとき、すなわちある $x_0$ で $p(x_0)=1$ のときに限る。右の不等式は、$u$ を一様分布として thm-ent-gibbs を使うと
$$ 0\le D(p\|u)=\sum_{x:\,p(x)>0}p(x)\log\bigl(n\,p(x)\bigr)=\log n-H(X) $$
から従い、等号は $p=u$ のときに限る。$\square$

右の不等式は、平均の大小関係 にあるとおり、重み付きの相加相乗平均の不等式からも得られる。Gibbs の不等式は Mac03 §2.6(p. 34)にあり、同書 p. 44 の演習 2.26 の解答は Jensen の不等式による証明を与えている。

連鎖律と劣加法性

$X,Y$ を有限集合に値をとる確率変数とする。

  1. (連鎖律)$H(X,Y)=H(X)+H(Y\mid X)$。
  2. $I(X;Y)=D\bigl(p_{XY}\,\|\,p_X\otimes p_Y\bigr)\ge0$。ここで $p_{XY}$ は $(X,Y)$ の分布、$p_X\otimes p_Y$ は $(x,y)\mapsto p(x)p(y)$ で定まる分布である。したがって $H(X,Y)\le H(X)+H(Y)$ であり、等号は $X,Y$ が独立なときに限る。
  3. $H(Y\mid X)\le H(Y)$ であり、等号は $X,Y$ が独立なときに限る。また関数 $f$ について $H(f(X))\le H(X)$ である。

1。 $p(x,y)>0$ なら $p(x)>0$ で $p(x,y)=p(x)\,p(y\mid x)$ なので、$-\log p(x,y)=-\log p(x)-\log p(y\mid x)$ である。両辺に $p(x,y)$ を掛けて $p(x,y)>0$ となる $(x,y)$ について足すと、左辺は $H(X,Y)$、右辺の第 1 項は $\sum_xp(x)(-\log p(x))=H(X)$、第 2 項は $\sum_xp(x)\sum_yp(y\mid x)(-\log p(y\mid x))=H(Y\mid X)$ である。
2。 $p(x,y)>0$ なら $p(x)p(y)>0$ である。$H(X)=-\sum_{x,y}p(x,y)\log p(x)$、$H(Y)=-\sum_{x,y}p(x,y)\log p(y)$ と書き直すと
$$ I(X;Y)=\sum_{(x,y):\,p(x,y)>0}p(x,y)\log\frac{p(x,y)}{p(x)p(y)}=D\bigl(p_{XY}\,\|\,p_X\otimes p_Y\bigr) $$
である。$p_X\otimes p_Y$ は確率分布なので、thm-ent-gibbs により $I(X;Y)\ge0$ で、等号はすべての $(x,y)$ で $p(x,y)=p(x)p(y)$、すなわち $X,Y$ が独立なときに限る。
3。 1 により $H(Y)-H(Y\mid X)=H(X)+H(Y)-H(X,Y)=I(X;Y)\ge0$ である。$Y=f(X)$ とすると $(X,f(X))$ の値は $X$ の値で決まり単射に対応するので $H(X,f(X))=H(X)$ であり、1 を $X$ と $f(X)$ の順を入れ替えて使うと $H(X)=H(f(X))+H(X\mid f(X))\ge H(f(X))$ である。$\square$

連鎖律は Mac03 §8.1 の式 (8.7)(p. 139)であり、独立なときの足し算は同書の式 (2.39)(p. 33)である。

個数を数えるエントロピー

エントロピーは「何通りあるか」の対数の増え方としても現れる。$m$ 種類の記号を合計 $n$ 個並べるとき、記号 $i$ をちょうど $k_i$ 個使う並びの個数は 多項係数 $\binom{n}{k_1,\dots,k_m}=\frac{n!}{k_1!\cdots k_m!}$ である。

多項係数とエントロピー

$m,n\ge1$ とし、$0$ 以上の整数 $k_1,\dots,k_m$ が $k_1+\dots+k_m=n$ を満たすとする。割合の分布を $q:=(k_1/n,\dots,k_m/n)$ とすると
$$ \frac1{(n+1)^{m-1}}\,e^{nH(q)}\le\binom{n}{k_1,\dots,k_m}\le e^{nH(q)} $$
である。ここで $e^{nH(q)}=\prod_{i:\,k_i>0}(n/k_i)^{k_i}$ である。

$\prod_iq_i^{k_i}=\exp\bigl(\sum_ik_i\log q_i\bigr)=\exp\bigl(n\sum_iq_i\log q_i\bigr)=e^{-nH(q)}$ である($k_i=0$ の因子は $q_i^0=1$)。
上からの評価。 多項定理により
$$ 1=(q_1+\dots+q_m)^n=\sum_{k'}\binom{n}{k'_1,\dots,k'_m}\prod_iq_i^{k'_i}\ge\binom{n}{k_1,\dots,k_m}e^{-nH(q)} $$
である。和は $k'_1+\dots+k'_m=n$ を満たす $0$ 以上の整数の組 $k'$ 全体にわたり、各項は $0$ 以上である。
下からの評価。 $T(k'):=\binom{n}{k'_1,\dots,k'_m}\prod_iq_i^{k'_i}$ とおく。すべての $k'$ について $T(k')\le T(k)$ であることを示す。ある $i$ で $k_i=0< k'_i$ なら $q_i=0$ なので $T(k')=0$ である。そうでないとき、整数 $a\ge1$、$b\ge0$ について $\frac{a!}{b!}\le a^{a-b}$ が成り立つ($b\le a$ なら左辺は $a$ 以下の $a-b$ 個の数の積、$b>a$ なら左辺は $a+1$ 以上の $b-a$ 個の数の積の逆数)。これを $a=k_i>0$、$b=k'_i$ に使うと
$$ \frac{T(k')}{T(k)}=\prod_{i:\,k_i>0}\frac{k_i!}{k'_i!}\Bigl(\frac{k_i}n\Bigr)^{k'_i-k_i}\le\prod_{i:\,k_i>0}k_i^{k_i-k'_i}\,k_i^{k'_i-k_i}\,n^{k_i-k'_i}=n^{\sum_i(k_i-k'_i)}=1 $$
である($k_i=0$ の $i$ では $k'_i=0$ で因子は $1$)。組 $k'$ は $k'_1,\dots,k'_{m-1}\in\{0,\dots,n\}$ で決まるので高々 $(n+1)^{m-1}$ 個あり、上の多項定理の式から $1=\sum_{k'}T(k')\le(n+1)^{m-1}T(k)$ である。$T(k)=\binom{n}{k_1,\dots,k_m}e^{-nH(q)}$ なので下からの評価が従う。$\square$

$\frac{(m-1)\log(n+1)}n\to0$ なので、割合 $q$ を保って $n$ を大きくすると $\frac1n\log\binom{n}{k_1,\dots,k_m}\to H(q)$ である。多項係数 の補足にある近似 $\log\binom{n}{k_1,\dots,k_m}\approx n\sum_i\frac{k_i}n\log\frac n{k_i}$ は、右辺がちょうど $nH(q)$ であることを述べている。

典型的な列

確率 $p$ の分布から独立に $n$ 回取り出した列のほとんどは、確率がおよそ $e^{-nH}$ の「典型的な列」であり、その個数はおよそ $e^{nH}$ である。

典型的な列の個数

$X_1,X_2,\dots$ は互いに独立で、どれも有限集合 $\mathcal X$ 上の同じ分布 $p$ に従うとし、すべての $x\in\mathcal X$ で $p(x)>0$ とする。$H:=H(p)$、$\sigma^2:=\operatorname{Var}\bigl(-\log p(X_1)\bigr)$ とおく。列 $\mathbf x=(x_1,\dots,x_n)\in\mathcal X^n$ の確率を $p^n(\mathbf x):=\prod_{i=1}^np(x_i)$ とし、$\varepsilon>0$ について
$$ T_n^\varepsilon:=\Bigl\{\mathbf x\in\mathcal X^n\Bigm|\Bigl|-\frac1n\log p^n(\mathbf x)-H\Bigr|\le\varepsilon\Bigr\} $$
とおく。このとき

  1. $P\bigl((X_1,\dots,X_n)\in T_n^\varepsilon\bigr)\ge1-\dfrac{\sigma^2}{n\varepsilon^2}$。
  2. $\bigl(1-\frac{\sigma^2}{n\varepsilon^2}\bigr)e^{n(H-\varepsilon)}\le\#T_n^\varepsilon\le e^{n(H+\varepsilon)}$。

$Z_i:=-\log p(X_i)$ は互いに独立で同じ分布に従い(独立な確率変数の関数)、有限個の値しかとらないので期待値 $E[Z_i]=H$ と分散 $\sigma^2$ をもつ。$-\frac1n\log p^n(X_1,\dots,X_n)=\frac1n\sum_{i=1}^nZ_i$ なので、大数の法則 の定理「大数の弱法則」により 1 が成り立つ。
$\mathbf x\in T_n^\varepsilon$ なら $e^{-n(H+\varepsilon)}\le p^n(\mathbf x)\le e^{-n(H-\varepsilon)}$ である。左の不等式を $T_n^\varepsilon$ の上で足すと $1\ge\sum_{\mathbf x\in T_n^\varepsilon}p^n(\mathbf x)\ge\#T_n^\varepsilon\,e^{-n(H+\varepsilon)}$ である。右の不等式を足すと $P\bigl((X_1,\dots,X_n)\in T_n^\varepsilon\bigr)\le\#T_n^\varepsilon\,e^{-n(H-\varepsilon)}$ であり、1 と合わせて 2 の左の不等式を得る。$\square$

列の全体の個数は $(\#\mathcal X)^n=e^{n\log\#\mathcal X}$ であり、$H< \log\#\mathcal X$(一様分布でないとき)なら典型的な列はその中のごく一部だが、確率のほとんどすべてを担う。$\frac1n\sum Z_i\to H$ はほとんど確実にも成り立つ(大数の強法則による。Dur19 Example 2.4.10(p. 80)、この記事では証明しない)。

圧縮の限界

0 と 1 の列からなる符号語の集合で、どの符号語もほかの符号語の先頭部分にならないものを 接頭符号 という。接頭符号は受け取った文字列を先頭から一意に区切って読める。符号語の長さ $d_1,\dots,d_m$ が与えられたとき、その長さをもつ接頭符号があることと $\sum_i2^{-d_i}\le1$ は同値である(二分木 の定理「葉の深さの不等式」。接頭符号は符号語を葉とする二分木と同じものである)。

記号ごとの符号の平均の長さ

$X$ は $m$ 個の値 $1,\dots,m$ を確率 $p_1,\dots,p_m>0$ でとるとする。

  1. 値 $i$ に長さ $d_i$ の符号語を割り当てる接頭符号の平均の長さ $L:=\sum_ip_id_i$ は $L\ge H_2(X)$ を満たす。
  2. $d_i:=\lceil\log_2(1/p_i)\rceil$ とすると、この長さの接頭符号があり、$L< H_2(X)+1$ である。

1。 $c:=\sum_i2^{-d_i}$ とおくと、二分木 の定理「葉の深さの不等式」により $0< c\le1$ である。$r_i:=2^{-d_i}/c$ は確率分布なので、thm-ent-gibbs を $\log2$ で割った形により
$$ 0\le\sum_ip_i\log_2\frac{p_i}{r_i}=\sum_ip_i\log_2p_i+\sum_ip_id_i+\log_2c=-H_2(X)+L+\log_2c $$
であり、$\log_2c\le0$ から $L\ge H_2(X)$ である。
2。 $d_i\ge\log_2(1/p_i)$ より $2^{-d_i}\le p_i$ なので $\sum_i2^{-d_i}\le1$ であり、二分木 の定理「葉の深さの不等式」の 2 によりこの長さの接頭符号がある。$d_i< \log_2(1/p_i)+1$ を $p_i$ を掛けて足すと $L< H_2(X)+1$ である。$\square$

まとめて符号化したときの 1 記号あたりの長さ

thm-ent-coding の $X$ と同じ分布に従う互いに独立な $X_1,\dots,X_n$ の組を 1 つの記号とみて接頭符号で符号化すると、1 記号あたりの平均の長さ $L_n/n$ は $H_2(X)\le L_n/n< H_2(X)+\frac1n$ にでき、どの接頭符号でも $L_n/n\ge H_2(X)$ である。

組 $(X_1,\dots,X_n)$ は確率がすべて正の $m^n$ 個の値をとり、thm-ent-chain の 2(独立なら等号)を繰り返し使うと $H_2(X_1,\dots,X_n)=nH_2(X)$ である。thm-ent-coding を組に使い、$n$ で割ればよい。$\square$

thm-ent-coding の 1・2 は Mac03 §5.3–5.4(pp. 97–98)にあり、thm-ent-aep と同じ型の評価は同書 §4.4–4.5(pp. 80–82)にある。冒頭の問い(表の確率 $0.9$ の硬貨)では $H_2=h(0.9)/\log2\approx0.468996$ bit なので、長いブロックごとに符号化すれば 1 回あたり平均 $0.469$ 文字に近い長さで伝えられ、それより短くはできない。

計算の手順

  1. 分布を書き出す:値ごとの確率 $p(x)$ を表にし、和が $1$ であることを確かめる。$p(x)=0$ の値は除く($0\log0=0$)。
  2. 単位を決める:bit なら $\log_2$、nat なら $\log$ を使う。途中で混ぜない。換算は $H_2=H/\log2$。
  3. 公式の表を使う:一様・Bernoulli・幾何分布、独立な組、単射による変換は表の行で済ませる。
  4. 組や条件付きは連鎖律で:$H(X,Y)$ が分かりやすいときは thm-ent-chain の 1 で $H(Y\mid X)=H(X,Y)-H(X)$、$I(X;Y)=H(X)+H(Y)-H(X,Y)$ と引き算で求める。$X=x$ のもとで $Y$ が $c(x)$ 個の値に一様なら $H(Y\mid X)=\sum_xp(x)\log c(x)$ である。
  5. 答えを範囲で確かめる:$0\le H\le\log(\text{値の個数})$(thm-ent-bounds)、$H(f(X))\le H(X)$、$I\ge0$ を満たすかを見る。

例題

公平なさいころ

使う公式:公式の表の一様分布の行。
答え:$H=\log6\approx1.791759$ nat $=\log_26\approx2.584963$ bit。1 回ずつ符号化すると thm-ent-coding の 2 により平均 $3.584963$ bit 未満、まとめて符号化すると 1 回あたり $2.584963$ bit に近づけられる。

Bernoulli 分布と記号ごとの符号

使う公式:Bernoulli 分布の行、thm-ent-coding。
答え:$p=0.1$ で $h(0.1)\approx0.325083$ nat $\approx0.468996$ bit。値が 2 個なので記号ごとの接頭符号の平均長は $1$ 以上で(長さ $0$ の符号語は 1 個しか置けない)、$d_i=\lceil\log_2(1/p_i)\rceil$ は $(1,4)$、平均長 $0.9\cdot1+0.1\cdot4=1.3$ である。$H_2$ との差を詰めるには cor-ent-block のようにまとめて符号化する。

確率 $\tfrac12,\tfrac14,\tfrac14$ の分布

使う公式:定義、thm-ent-coding。
答え:$H_2=\frac12\cdot1+\frac14\cdot2+\frac14\cdot2=1.5$ bit。符号語 $0,10,11$ は接頭符号で平均長 $1.5$ となり、thm-ent-coding の 1 の下限に一致する。確率がすべて $2$ の冪の逆数なので $d_i=\log_2(1/p_i)$ が整数になり、等号が成り立つ。

2 個のさいころの和

使う公式:独立な組の行、thm-ent-chain の 3、手順 4。
答え:2 個の公平なさいころの目の組 $(X,Y)$ は $H_2(X,Y)=\log_236\approx5.169925$ bit。和 $S=X+Y$ は $H_2(S)\approx3.274402$ bit で、$H(f(X,Y))\le H(X,Y)$ のとおり小さい。$S=s$ のもとで組は $c(s)$ 通りに一様なので、$H_2(X,Y\mid S)=\sum_s\frac{c(s)}{36}\log_2c(s)\approx1.895523$ bit $=5.169925-3.274402$ である。

途中の計算を開く

$c(s)=6-|s-7|$($s=2,\dots,12$)で、$\sum_sc(s)\log_2c(s)=2(0+2+3\log_23+8+5\log_25)+6\log_26$ である。$H_2(S)=\log_236-\frac1{36}\sum_sc(s)\log_2c(s)$ に代入して $3.274402$ を得る。

割合 $(0.5,0.3,0.2)$ の並び

使う公式:thm-ent-types。
答え:$n=10$、$(k_1,k_2,k_3)=(5,3,2)$ では $\binom{10}{5,3,2}=2520$、$e^{10H(q)}=2^5(10/3)^3\cdot5^2\approx29629.63$、下限は $29629.63/11^2\approx244.87$ で、$244.87\le2520\le29629.63$ である。$n$ を大きくすると $\frac1n\log\binom{n}{k_1,k_2,k_3}$ は $n=10,100,1000,10000$ で $0.7832,\ 0.9827,\ 1.0227,\ 1.0287$ となり、$H(q)\approx1.029653$ nat に近づく。

典型的な列の割合

使う公式:thm-ent-aep(bit で書き直したもの)。
答え:$p=0.1$ の Bernoulli 分布で $\varepsilon=0.1$ bit とする。$\sigma^2\approx0.904358$ bit$^2$ なので、典型的な列の確率は $n=1000$ で $1-0.0904\approx0.9096$ 以上と保証される(実際の値は約 $0.99906$)。このとき典型的な列は $2^{1000\times0.5690}$ 個以下であり、長さ $1000$ の列の全体 $2^{1000}$ 個に比べてごく一部である。

使える条件と反例

外す条件反例成り立たなくなること
値が有限個(thm-ent-bounds)$p_k:=\dfrac{c}{k(\log k)^2}$($k\ge2$、$c$ は和を $1$ にする定数)$H=\infty$ で、上からの評価が意味を失う
$q$ が確率分布(thm-ent-gibbs)$p=(\frac12,\frac12)$、$q=(1,1)$$D(p\Vert q)=-\log2< 0$
独立(thm-ent-chain の 2 の等号)公平な硬貨 $X$ と $Y:=X$$H(X,Y)=\log2< 2\log2=H(X)+H(Y)$
独立(thm-ent-aep)表の確率 $0.1$ の硬貨 $X_1$ と $X_i:=X_1$($i\ge2$)$\varepsilon< 0.2$ ならすべての $n$ で $P\bigl((X_1,\dots,X_n)\in T_n^\varepsilon\bigr)=0$ で、$n>\sigma^2/\varepsilon^2$ では 1 が成り立たない
離散分布(thm-ent-bounds の $H\ge0$)$[0,\frac12]$ 上の一様分布の密度 $f=2$ で $-\int f\log f\,dx$値は $-\log2< 0$
反例の確かめ
各行の確かめを開く

1 行目:$\int_2^\infty\frac{dx}{x(\log x)^2}=\frac1{\log2}< \infty$ なので和は収束し、$c>0$ がとれる。$-\log p_k=\log k+2\log\log k-\log c$ であり、$k\ge3$ では $\log\log k>0$ なので $-\log p_k\ge\log k-\log c$ である。各項 $-p_k\log p_k$ は $0$ 以上なので $H\ge\sum_{k\ge3}p_k(\log k-\log c)\ge\sum_{k\ge3}\frac{c}{k\log k}-|\log c|$ であり、$\int_2^\infty\frac{dx}{x\log x}=\infty$ により $H=\infty$ である。

2 行目:$D(p\|q)=\frac12\log\frac12+\frac12\log\frac12=-\log2$。prf-ent-gibbs では $\sum_{x\in S}q(x)\le1$ を使っており、ここでは和が $2$ である。

3 行目:$(X,Y)$ は $(0,0),(1,1)$ を確率 $\frac12$ ずつでとるので $H(X,Y)=\log2$ である。

4 行目:表を $1$、裏を $0$ とすると、$X_1,\dots,X_n$ はどれも分布 $p=(0.9,0.1)$ に従い $H=h(0.1)\approx0.325$ だが、$(X_1,\dots,X_n)$ は全部 $0$ か全部 $1$ なので、$-\frac1n\log p^n(X_1,\dots,X_n)=-\log p(X_1)$ は $\log\frac{10}9\approx0.105$ か $\log10\approx2.303$ であり、どちらも $H$ から $0.2$ 以上離れる。一方 $\sigma^2=0.09(\log9)^2\approx0.435$ は有限なので、1 の右辺 $1-\frac{\sigma^2}{n\varepsilon^2}$ は $n>\sigma^2/\varepsilon^2$ で正になる。公平な硬貨ではどの列でも $-\frac1n\log p^n=\log2=H$ となり、反例にならない。

5 行目:$-\int_0^{1/2}2\log2\,dx=-\log2$。連続分布では「密度の値」が $1$ を超えうるので $-\log f$ が負になる。$\square$

よくある誤り

誤り正しくはなぜ
bit と nat を混ぜて足す底を 1 つに決め、$H_2=H/\log2$ で換算する使える条件 (ii)
独立な $X,Y$ について $H(X+Y)=H(X)+H(Y)$ とする足し算になるのは組 $(X,Y)$ のエントロピー。和は $H(X+Y)\le H(X,Y)$ex-ent-dice-sum
$D(p\Vert q)=D(q\Vert p)$ とする一般に対称でない。$p=(\frac12,\frac12)$、$q=(\frac14,\frac34)$ で $0.143841$ と $0.130812$def-ent-kl
$p(x)=0$ の項で $\log0$ を使って $-\infty$ とする$0\log0=0$ と約束して項を除くdef-ent-main
記号ごとの符号で平均長を $H_2$ まで下げられるとする記号ごとでは $H_2+1$ 未満までしか保証されない。まとめて符号化するex-ent-bernoulli, cor-ent-block

補足

  • 統計力学のエントロピー:$n$ 個の粒子が $m$ 個の状態にそれぞれ $k_i$ 個ずつ入る配置の数は多項係数であり、thm-ent-types により、その対数は割合の分布のエントロピーの $n$ 倍で近似される。統計力学では、配置の数の対数に Boltzmann 定数を掛けた量をエントロピーと呼ぶ。
  • 力学系のエントロピー:測度を保つ変換 $T$ について、空間を有限個に分けて $T$ で動かしたときの「見え方の列」のエントロピーの増え方を測る量(測度論的エントロピー)がある。時間平均と空間平均の関係は エルゴード定理 で扱う。
  • 連続分布:密度 $f$ をもつ分布には微分エントロピー $-\int f\log f$ を考えるが、上の反例のように負になることがあり、変数の取り替えで値が変わる。$D(p\|q)$ は密度の比で同じ式が定義でき、こちらは $0$ 以上である(prf-ent-gibbs の和を積分に替えればよい)。
  • 最大エントロピー:値が $n$ 個のとき最大は一様分布(thm-ent-bounds)である。期待値などの条件を課したときの最大は Lagrangeの未定乗数法 で求められる。

関連項目

参考文献

[1]
David J. C. MacKay, Information Theory, Inference, and Learning Algorithms, Cambridge University Press, 2003, §2.4(pp. 32–33、エントロピーの定義と性質、式 (2.39)), §2.6(p. 34、Gibbs の不等式), 演習 2.26 の解答(p. 44), §4.4–4.5(pp. 80–82、典型的な列), §5.3–5.4(pp. 97–98、符号の平均長の下限と Theorem 5.1), §8.1(p. 139、式 (8.7))

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