シャープモノイド(sharp monoid)とは、加法記法の可換モノイド $P$ で単元群が $P^\times=\{0\}$ となるもの、すなわち $a+b=0$ なら $a=b=0$ となるものである。一般の可換モノイドから単元をすべて零と同一視した商 $\overline P=P/P^\times$ はシャープになり、シャープモノイドへの任意の準同型はこの商を一意に経由する。$\mathbb N^r$ はシャープだが、アーベル群は零群でない限りシャープではない。sharp化はintegral・fine・saturatedという条件を保ち、消去的で有限生成なシャープモノイドは既約元の全体をただ一つの極小な生成系にもつ。
前提知識: 可換モノイド, 単元, 可換モノイドの合同関係, 可換モノイドの群化
以下では可換モノイドを加法記法で書き、単位元を $0$ とする。元 $p$ が可逆であるとは、ある $q$ が存在して $p+q=0$ となることである。可逆元を $0$ 以外に持たない可換モノイドを シャープモノイド という。
一般の可換モノイド $P$ から単元群 $P^\times$ をつぶすと、標準的なシャープモノイド $\overline P$ が得られる。この操作を sharp化 という。sharp化は、可逆な方向を無視して「正の方向」だけを見るための操作である。例えば $0$ でない整数の乗法モノイドでは、単元 $\pm1$ をつぶすと正の整数の乗法モノイドが残る(ex-sharp-monoid-nonzero-integers)。
この記事では、シャープ性の言い換え、sharp化の構成と普遍性、integral・fine・saturated という条件との関係を述べたあと、有限生成なシャープモノイドが既約元(それ以上分けられない元)でただ一通りの最小生成系をもつことを証明する。
可換モノイド $P$ の元 $u$ が 単元 であるとは、ある $v\in P$ が存在して
$$
u+v=0
$$
となることをいう。単元全体を
$$
P^\times:=\{u\in P\mid \exists v\in P,\ u+v=0\}
$$
と書く。
$P$ が消去律を満たし、その群完備化 $P^{\mathrm{gp}}$ の部分モノイドとみなせる場合には
$$
P^\times=P\cap(-P)
$$
である。
単元の逆元は一意であり、$P^\times$ は $P$ の部分モノイドで、加法についてアーベル群をなす。これは 可換モノイド の記事の命題「逆元の一意性と単元群」である(Bou89 Ch. I §2 no. 3 Proposition 4、p. 17 も参照)。以下、単元 $u$ の逆元を $-u$ と書く。
可換モノイド $P$ が
$$
P^\times=\{0\}
$$
を満たすとき、$P$ を シャープモノイド(sharp monoid)という。
シャープ性は「消去律を満たす」「有限生成である」「飽和している」といった条件とは別の性質である。例えば $\mathbb N$ はこれらをすべて満たすが、加法群 $\mathbb Z$ は有限生成・消去的・飽和である一方、全要素が単元なのでシャープではない。
可換モノイド $P$ について、次は同値である。
1 ⇒ 2:$a+b=0$ なら $a$ と $b$ は単元なので、シャープ性から $a=b=0$ である。
2 ⇒ 3:$a\neq0$、$b\neq0$ で $a+b=0$ とすると 2 に反する。
3 ⇒ 4:$\chi(0)=0$ である。$\chi(a+b)=\chi(a)+\chi(b)$ を確かめる。$a=0$ または $b=0$ なら両辺は $\chi$ の値そのものである。$a,b$ がともに $0$ でなければ、3 から $a+b\neq0$ なので左辺は $1$、右辺は $1+1=1$ である。
4 ⇒ 1:$u$ を単元、$u+v=0$ とすると $\chi(u)+\chi(v)=\chi(0)=0$ である。二元モノイドで和が $0$ になるのは両方が $0$ のときだけなので $\chi(u)=0$、すなわち $u=0$ である。$\square$
シャープで消去的な可換モノイドでは、$a\preceq b\iff$「ある $c$ で $a+c=b$」で定まる代数的前順序が半順序になる。これは 可換モノイド の記事の命題「代数的前順序の基本性質」の 3 である。消去律を外すと、シャープでも反対称律が成り立たない例がある(同記事の例「単元が $0$ だけでも反対称でない例」)。
可換モノイド $P$ 上で
$$
p\sim q
\quad\Longleftrightarrow\quad
\text{ある }u\in P^\times\text{ が存在して }q=p+u
$$
と定める。商モノイド
$$
\overline P:=P/P^\times:=P/{\sim}
$$
を $P$ の sharp化(sharpification)という。$p$ の同値類を $\overline p$ と書く。
def-sharpification の関係は同値関係であり、
$$
\overline p+\overline q:=\overline{p+q}
$$
は代表元によらない可換モノイド演算を定める。
$p=p+0$ なので反射律が成り立つ。$q=p+u$ で $u\in P^\times$ なら、$u$ の逆元 $-u\in P^\times$ を用いて $p=q+(-u)$ となるため対称律が成り立つ。$q=p+u$、$r=q+v$ なら $r=p+(u+v)$ であり、単元どうしの和は単元なので(可換モノイド の記事の命題「逆元の一意性と単元群」)、推移律も成り立つ。
$p'\sim p$、$q'\sim q$ なら、ある $u,v\in P^\times$ により $p'=p+u$、$q'=q+v$ と書ける。したがって
$$
p'+q'=p+q+(u+v)\sim p+q
$$
なので和は代表元によらない。結合律・交換律・零元は $P$ から継承される。
この同値関係は加法と両立するので、可換モノイドの合同関係 の一例である。
任意の可換モノイド $P$ に対し、$\overline P=P/P^\times$ はシャープモノイドである。
$\overline p\in\overline P$ が単元であるとする。ある $q\in P$ に対して
$$
\overline p+\overline q=\overline0
$$
なので $p+q\sim0$ である。よってある $u\in P^\times$ により $p+q=u$ と書ける。$u$ の逆元を $u'$ とすると
$$
p+(q+u')=0
$$
だから $p\in P^\times$ である。したがって $\overline p=\overline0$。ゆえに $\overline P$ の単元は $\overline0$ だけである。
$P$ を可換モノイド、$Q$ をシャープモノイドとする。任意のモノイド準同型 $f:P\to Q$ は、一意なモノイド準同型
$$
\overline f:\overline P\longrightarrow Q
$$
を通じて
$$
f=\overline f\circ\pi
$$
と分解する。ただし $\pi:P\to\overline P$ は商写像である。
$$
\xymatrix{
P \ar[r]^{\pi} \ar[dr]_{f} & \overline P \ar@{.>}[d]^{\overline f} \\
& Q
}
$$
$u\in P^\times$ なら、逆元 $v$ に対し $f(u)+f(v)=0$ なので $f(u)$ は $Q$ の単元である。$Q$ はシャープだから $f(u)=0$。したがって $q=p+u$ なら
$$
f(q)=f(p)+f(u)=f(p)
$$
であり、$f$ は同値類上で一定である。そこで $\overline f(\overline p):=f(p)$ と定めればwell-definedなモノイド準同型になり、$f=\overline f\circ\pi$ を満たす。$\pi$ は全射なので、この等式を満たす $\overline f$ の値は各 $\overline p$ 上で $f(p)$ に強制され、一意である。
図式が可換であるとは $\overline f\circ\pi=f$ ということである。この普遍性から、sharp化は同型を除いて一意に定まり、準同型 $g\colon P\to P'$ は $\pi'\circ g$ に普遍性を当てて準同型 $\overline g\colon\overline P\to\overline{P'}$ を誘導する。
$P=\mathbb Z\setminus\{0\}$ を乗法で可換モノイドとみる(単位元は $1$)。単元は $\pm1$ であり、$m\sim n$ は $n=\pm m$ と同値である。したがって $\lvert\cdot\rvert\colon P\to\mathbb Z_{>0}$ は同型 $\overline P\cong(\mathbb Z_{>0},\times)$ を誘導する。$\mathbb Z_{>0}$ の乗法モノイドでは $mn=1$ なら $m=n=1$ なのでシャープである。より一般に、整域 $A$ の $0$ でない元の乗法モノイドでは $a\sim b$ と $aA=bA$ が同値であり($b=au$、$u\in A^\times$ と $aA=bA$ は整域では同値)、sharp化は $0$ でない単項イデアルの積のなすモノイドと同型になる。
可換モノイド $P$ について、次の用語を用いる。
integral なモノイドは群化 $P^{\mathrm{gp}}$ の部分モノイドとみなせる(可換モノイドの群化 の命題「自然写像が単射であるための条件」)ので、saturated の定義の $nx\in P$ はこの同一視のもとで読む。
$P$ がintegralなら $\overline P$ もintegralである。$P$ がfineなら $\overline P$ もfineであり、$P$ がintegralかつsaturatedなら $\overline P$ もsaturatedである。
$\overline p+\overline r=\overline q+\overline r$ とする。すると、ある $u\in P^\times$ により
$$
p+r+u=q+r
$$
となる。$P$ の消去律で $r$ を消して $p+u=q$ を得るので $\overline p=\overline q$。よって $\overline P$ はintegralである。$P$ が有限集合で生成されるなら、その生成元の像が $\overline P$ を生成するためfine性も保たれる。
saturated性を示す。$P$ をintegralとし、$\pi\colon P\to\overline P$ を群化に延ばした準同型を $\psi\colon P^{\mathrm{gp}}\to\overline P^{\mathrm{gp}}$、$a-b\mapsto\overline a-\overline b$ とする。$\overline P^{\mathrm{gp}}$ の元はすべて $\overline a-\overline b$ の形なので $\psi$ は全射であり、核は $P^\times$ である。
$u\in P^\times$ なら $\overline u=\overline0$ なので $\psi(u)=0$ である。逆に $\psi(a-b)=0$ とすると、$\overline P^{\mathrm{gp}}$ で $\overline a=\overline b$ であり、$\overline P$ は integral なので自然写像 $\overline P\to\overline P^{\mathrm{gp}}$ は単射で、$\overline P$ の中で $\overline a=\overline b$、すなわちある $u\in P^\times$ で $a=b+u$ となる。よって $a-b=u\in P^\times$ である。
シャープモノイドでは、$0$ でない元をそれ以上分けられない元に分解することを考えられる。
$P$ をシャープモノイドとする。$0$ でない元 $a\in P$ が 既約元(atom)であるとは、$a=b+c$ ならば $b=0$ または $c=0$ となることをいう。
$P$ をシャープモノイド、$a$ を既約元とする。$a=g_1+\cdots+g_k$($g_i\in P$)ならば、ある $i$ について $a=g_i$ であり、ほかの $g_j$ はすべて $0$ である。特に、$P$ の任意の生成系は $P$ の既約元をすべて含む。
$k$ についての帰納法で示す。$k=1$ なら明らかである。$k\geq2$ とし、$a=g_1+(g_2+\cdots+g_k)$ と分ける。$a$ は既約なので $g_1=0$ または $g_2+\cdots+g_k=0$ である。後者なら prop-sharp-monoid-equivalent の 2 を繰り返し使って $g_2=\cdots=g_k=0$ となり、$a=g_1$ である。前者なら $a=g_2+\cdots+g_k$ に帰納法の仮定を使う。
$G$ を生成系とすると、$a$ は $G$ の元の有限和であり($a\neq0$ なので空和ではない)、前半から $a$ は $G$ の元に等しい。$\square$
$P$ を消去的で有限生成なシャープモノイドとする(fine かつシャープ)。このとき、$P$ の既約元は有限個であり、$0$ でない元はすべて既約元の有限和である。したがって既約元の全体は $P$ のただ一つの極小な生成系である。
$P$ を生成する有限集合 $\{g_1,\ldots,g_n\}$ をとる。lem-sharp-monoid-atom-in-generators により既約元はこの中にあるので有限個である。
$0$ でない $p$ が既約元の和で書けないと仮定して矛盾を導く。$p$ は既約でないので、$0$ でない $a,b$ で $p=a+b$ と書け、$a,b$ の少なくとも一方は既約元の和で書けない(両方が書ければ $p$ も書ける)。それを $p_1$、他方を $c_1$ とすると $p=p_1+c_1$、$c_1\neq0$ である。$p_1$ に同じ議論を繰り返すと、既約元の和で書けない元の列 $p_0:=p,\ p_1,\ p_2,\ldots$ と $0$ でない元 $c_1,c_2,\ldots$ で
$$
p_k=p_{k+1}+c_{k+1}\qquad(k\geq0)
$$
となるものが得られる。
$\mathbb N^n$ から $P$ への準同型 $\varphi(m_1,\ldots,m_n):=m_1g_1+\cdots+m_ng_n$ は全射なので、$\varphi(x_k)=p_k$ となる $x_k\in\mathbb N^n$ がとれる。Dicksonの補題(下に証明を畳んだ)により、$i< j$ で $x_i\leq x_j$(成分ごと)となるものがある。$d:=x_j-x_i\in\mathbb N^n$ とおくと $p_j=p_i+\varphi(d)$ である。一方、漸化式を $i$ から $j$ までつなげると $p_i=p_j+(c_{i+1}+\cdots+c_j)$ なので
$$
p_i+0=p_i+\bigl(\varphi(d)+c_{i+1}+\cdots+c_j\bigr)
$$
であり、消去律から $\varphi(d)+c_{i+1}+\cdots+c_j=0$ を得る。prop-sharp-monoid-equivalent の 2 により各項は $0$ で、特に $c_j=0$ となって矛盾する。
以上で、既約元の全体 $\mathcal A$ が $P$ を生成することが分かった。$\mathcal A$ はどの生成系にも含まれるので、$\mathcal A$ に含まれる生成系は $\mathcal A$ 自身に限り、$\mathcal A$ はただ一つの極小な生成系である。$\square$
主張:$\mathbb N^n$ の元の無限列 $(x_k)$ には、$i< j$ で $x_i\leq x_j$(すべての成分で $\leq$)となる組がある。より強く、成分ごとに単調非減少な無限部分列があることを $n$ についての帰納法で示す。$n=1$:列が有界なら、ある値が無限回現れるので定数の部分列がとれる。有界でなければ、前の項より大きい項を順に選んで増加部分列がとれる。$n\geq2$:最初の $n-1$ 成分について単調非減少な部分列を帰納法の仮定でとり、その部分列の第 $n$ 成分について $n=1$ の場合を当てればよい。
$\mathbb N^r$ の既約元は単位ベクトル $e_1,\ldots,e_r$ である。実際、$e_i=b+c$ なら成分の総和が $1=\lvert b\rvert+\lvert c\rvert$ なので一方は $0$ であり、逆に $0$ でない $x$ が単位ベクトルでなければ、$x_i\geq1$ となる $i$ をとると $x=e_i+(x-e_i)$ は $0$ でない二元への分解である。数値モノイド $\langle2,3\rangle=\{0,2,3,4,\ldots\}\subset\mathbb N$ の既約元は $2$ と $3$ である。$0$ でない二元の和は $4$ 以上なので $2,3$ は既約であり、$n\geq4$ なら $n-2\in\langle2,3\rangle\setminus\{0\}$ なので $n=2+(n-2)$ は既約でない。ただし $6=2+2+2=3+3$ のように、既約元の和への分け方は一通りとは限らない。分け方が常に一通りになるのは自由可換モノイドの場合である(自由可換モノイド)。
加法モノイド $\mathbb N^r$ はシャープである。実際、$a+b=0$ なら各座標で $a_i+b_i=0$ なので $a=b=0$ である。さらに $\mathbb N^r$ はfineかつsaturatedである。
アーベル群 $A$ を加法モノイドとみなすと、すべての元が単元なので $A^\times=A$ である。したがって $A$ がシャープであることと $A=\{0\}$ は同値であり、sharp化 $\overline A$ は零モノイドになる。
$P=\mathbb N^r\oplus A$ とし、$A$ をアーベル群とする。このとき
$$
P^\times=\{0\}\oplus A,
\qquad
\overline P\cong\mathbb N^r.
$$
sharp化は群方向 $A$ をつぶし、非可逆な $\mathbb N^r$ 方向だけを残す。
$P=\langle2,3\rangle=\{0,2,3,4,\ldots\}\subset\mathbb N$ は有限生成・integral・sharpなのでfineかつsharpである。しかし群完備化は $\mathbb Z$ であり、$1\notin P$ なのに $2\cdot1=2\in P$ である。したがって $P$ はsaturatedでない。これはsharp性だけからsaturated性が従わないことを示す。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| 消去律 | $\{0,e\}$、$e+e=e$ | $0$ でない元が既約元の和で書ける |
| 有限生成 | $(\mathbb Q_{\geq0},+)$ | $0$ でない元が既約元の和で書ける |
| シャープ | $(\mathbb Z,+)$ | 商写像 $P\to\overline P$ が同型 |
| 自由 | $\langle2,3\rangle$ | 既約元の和への分け方が一通り |
1 行目:$\{0,e\}$ は $e$ 一つで生成され、$e+x=0$ となる $x$ はないのでシャープだが、$e+e=e=e+0$ で消去律を満たさない。$e=e+e$ と $0$ でない二つの元に分かれるので $e$ は既約でなく、既約元が一つもないため $e$ は既約元の和で書けない。2 行目:$\mathbb Q_{\geq0}$ は消去的でシャープだが、$q>0$ は $q=q/2+q/2$ と分かれるので既約元がない(thm-sharp-monoid-atoms-generate の結論が崩れ、有限生成でもない)。3 行目:$\mathbb Z$ はすべての元が単元なので $\overline{\mathbb Z}=0$ であり、$\mathbb Z\to0$ は同型でない(ex-sharp-monoid-group)。4 行目は ex-sharp-monoid-atoms の $6=2+2+2=3+3$ である。
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