冪零行列(nilpotent matrix)とは、ある正の整数 $k$ について $A^k=O$ となる正方行列 $A$ のことで、対角成分とその下がすべて $0$ の行列がその典型である。体上の $n$ 次正方行列について、冪零であること、$A^n=O$、固有多項式が $x^n$ であること、狭義上三角行列と相似であることは同値であり、標数が $0$ か $n$ より大きければ $\operatorname{tr}(A^k)=0$($1\le k\le n$)とも同値である。互いに可換な冪零行列の和と積は冪零で、それらは 1 つの基底でまとめて狭義上三角行列にできる。冪零行列の相似類は $n$ の分割と対応し、Jordan 標準形や行列の指数関数の計算で基本の部品になる。
前提知識: 行列, 固有多項式, Cayley–Hamiltonの定理, 冪零元
何回か掛けると零行列になる正方行列を 冪零行列 という。$\begin{pmatrix}0&1\\0&0\end{pmatrix}$ のように、対角成分とその下がすべて $0$ の行列が典型例である。冪零行列は、固有値が $0$ しかないこと、固有多項式が $x^n$ であること、適当な基底で対角成分まで $0$ の上三角行列になることなど、いくつもの見方で特徴づけられる。どの正方行列も、固有値ごとに「スカラー倍の単位行列 $+$ 冪零行列」に分けて調べられるので(Jordan標準形)、冪零行列は行列の構造を調べるときの基本の部品である。
この記事では、冪零行列の特徴づけ(thm-nm-characterization)、標数が $0$ か $n$ より大きい体の上での跡による判定(thm-nm-trace)、可換な冪零行列の和と積、互いに可換な冪零行列をまとめて上三角化できること(thm-nm-simultaneous)を証明する。
以下、$K$ は体、$M_n(K)$ は $K$ の元を成分とする $n$ 次正方行列の全体($n\ge1$)、$I$ は単位行列、$O$ は零行列とする。$A\in M_n(K)$ の固有多項式を $p_A(x):=\det(xI-A)$ と書く。
$A\in M_n(K)$ が 冪零行列(nilpotent matrix)であるとは、ある正の整数 $k$ について $A^k=O$ となることをいう。このような $k$ の最小値を $A$ の 冪零指数 という。有限次元ベクトル空間 $V$ の線形変換 $T\colon V\to V$ も、ある $k\ge1$ で $T^k=0$ となるとき 冪零 であるという。
線形変換 $T$ が冪零であることと、ある基底に関する $T$ の表現行列が冪零であることは同値である(表現行列の $k$ 乗は $T^k$ の表現行列だから)。冪零行列は、環 $M_n(K)$ の冪零元にほかならない。対角成分とそれより下の成分がすべて $0$ の行列を 狭義上三角行列 という。
$n$ 次の冪零行列の冪零指数は $n$ 以下である。すなわち、ある $k$ で $A^k=O$ なら $A^n=O$ である。これは 冪零元 の記事の命題「行列の冪零指数の上限」と、Cayley–Hamiltonの定理 の記事の系「冪零行列」で証明されている。
$N=\begin{pmatrix}0&1&0\\0&0&1\\0&0&0\end{pmatrix}$ は、標準基底を $e_3\mapsto e_2\mapsto e_1\mapsto0$ と 1 段ずつ送る「ずらし」である。どのベクトルも、$N$ を掛けるたびに 1 段下へ移り、3 回で $0$ になる。一般の冪零行列でも、$A$ を掛けるたびに核の段 $\ker A\subset\ker A^2\subset\cdots$ を 1 段ずつ下る。この段に合わせて基底を選ぶと、$A$ は「各基底ベクトルを、それより前の基底ベクトルの結合に送る」行列、つまり狭義上三角行列になる(thm-nm-characterization)。冪零行列の固有値が $0$ しかないのは、$Av=\lambda v$ から $0=A^kv=\lambda^kv$ となるからである。
$(i,i+1)$ 成分($1\le i\le n-1$)だけが $1$ で他が $0$ の行列 $J_n(0)$ は、$J_n(0)e_1=0$、$J_n(0)e_j=e_{j-1}$($j\ge2$)を満たす。したがって $J_n(0)^k$ は $e_j$ を $e_{j-k}$($j>k$)か $0$($j\le k$)に送り、階数は $\max(n-k,0)$ である。とくに $J_n(0)^{n-1}\ne O$、$J_n(0)^n=O$ で、冪零指数は $n$ である。狭義上三角行列はすべて冪零である(冪零元 の記事の例「冪零行列」)。
$V$ を次数 $n-1$ 以下の $K$ 係数多項式の全体とし、微分 $D\colon V\to V$、$D(x^k)=kx^{k-1}$ を考える。$D^n=0$ なので $D$ は冪零である。$K=\mathbb{R}$ なら $D^{n-1}(x^{n-1})=(n-1)!\ne0$ なので冪零指数は $n$ であり、基底 $1,x,\frac{x^2}{2!},\dots,\frac{x^{n-1}}{(n-1)!}$ に関する $D$ の表現行列は $J_n(0)$ である。一方、$K$ が標数 $p$ の体で $n>p$ なら、$D^p(x^k)=k(k-1)\cdots(k-p+1)x^{k-p}$ の係数は連続する $p$ 個の整数の積で $p$ の倍数なので $D^p=0$ となり、冪零指数は $p$ 以下である。
$$
M=\begin{pmatrix}-3&9&0\\-7&9&6\\4&0&-6\end{pmatrix}
$$
を考える。$M^2$ の 3 本の行はどれも $(-1,1,1)$ の定数倍($18$ 倍・$54$ 倍など)で $M^2\ne O$、$M^3=O$ である。核の段は $\ker M=\mathbb{R}(3,1,2)$、$\ker M^2=\{x\mid -x_1+x_2+x_3=0\}$ である。$b_1=(3,1,2)$、$b_2=(1,1,0)\in\ker M^2$、$b_3=(1,0,0)$ ととると、$Mb_1=0$、$Mb_2=(6,2,4)=2b_1$、$Mb_3=(-3,-7,4)=2b_1-9b_2$ なので、$P=(b_1\ b_2\ b_3)$ について
$$
P^{-1}MP=\begin{pmatrix}0&2&2\\0&0&-9\\0&0&0\end{pmatrix}
$$
は狭義上三角行列である。これは thm-nm-characterization の証明の手順そのものである。
$A=\begin{pmatrix}a&b\\c&d\end{pmatrix}$ の固有多項式は $x^2-(a+d)x+(ad-bc)$ なので、thm-nm-characterization の (iii) により、$A$ が冪零であることは $a+d=0$ かつ $ad-bc=0$、すなわち $d=-a$ かつ $a^2+bc=0$ と同値である。たとえば $\begin{pmatrix}1&-1\\1&-1\end{pmatrix}$ は冪零で、$\begin{pmatrix}1&1\\0&-1\end{pmatrix}$ は跡が $0$ でも $\det=-1\ne0$ なので冪零でない。
$q$ 個の元からなる有限体 $\mathbb{F}_q$ の上では、2 次の冪零行列はちょうど $q^2$ 個ある。
$a^2+bc=0$ の解 $(a,b,c)\in\mathbb{F}_q^3$ を数えればよい。$a=0$ なら $bc=0$ で、解は $b=0$ または $c=0$ の $2q-1$ 個である。$a\ne0$ なら $bc=-a^2\ne0$ で、$b$ は $0$ 以外の $q-1$ 通り、$c=-a^2/b$ は 1 通りなので、$a$ ごとに $q-1$ 個、合計 $(q-1)^2$ 個である。総数は $(2q-1)+(q-1)^2=q^2$ である。
列ベクトル $u,v\in K^n$ が $v^{\mathsf T}u=0$ を満たすとき、$A=uv^{\mathsf T}$ は $A^2=u(v^{\mathsf T}u)v^{\mathsf T}=O$ を満たす。ex-nm-2x2 の $\begin{pmatrix}1&-1\\1&-1\end{pmatrix}$ は $u=(1,1)^{\mathsf T}$、$v=(1,-1)^{\mathsf T}$ の場合である。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| $AB=BA$ | $E_{12}=\begin{pmatrix}0&1\\0&0\end{pmatrix}$ と $E_{21}=\begin{pmatrix}0&0\\1&0\end{pmatrix}$ | 冪零行列の和・積が冪零であること |
| 標数が $0$ か $n$ より大きい | $\mathbb{F}_p$ 上の $p$ 次単位行列 $I$ | 「$\operatorname{tr}(A^k)=0$($1\le k\le n$)なら冪零」 |
| $k$ を $n$ まで動かす | $\operatorname{diag}(1,\zeta,\dots,\zeta^{n-1})$($\zeta=e^{2\pi i/n}$) | 「$\operatorname{tr}(A^k)=0$($1\le k\le n-1$)なら冪零」 |
| 固有値を代数閉包の中で見る | $\mathbb{R}^3$ で $(0)\oplus\begin{pmatrix}0&-1\\1&0\end{pmatrix}$ | 「実数の固有値が $0$ だけなら冪零」 |
| $n\le2$ | $\operatorname{diag}(1,-1,0)$ | 「$\operatorname{tr}A=\det A=0$ なら冪零」 |
1 行目:$E_{12}^2=E_{21}^2=O$ だが、$(E_{12}+E_{21})^2=I$ なので和は冪零でない。積 $E_{12}E_{21}=\begin{pmatrix}1&0\\0&0\end{pmatrix}$ は $(E_{12}E_{21})^k=E_{12}E_{21}\ne O$ なので冪零でない。$E_{12}E_{21}\ne E_{21}E_{12}$ である。
2 行目:$I^k=I$ なので $\operatorname{tr}(I^k)=p\cdot1=0$($\mathbb{F}_p$ の中で)がすべての $k$ で成り立つが、$I$ は冪零でない。体の標数 $p$ が行列の次数 $p$ 以下になっている。
3 行目:$1\le k\le n-1$ なら $\zeta^k\ne1$ なので、$\operatorname{tr}(A^k)=\sum_{j=0}^{n-1}\zeta^{jk}=\frac{\zeta^{nk}-1}{\zeta^k-1}=0$ である。しかし $A$ は正則なので冪零でない($\operatorname{tr}(A^n)=n\ne0$ で、$k=n$ の条件が破れる)。
4 行目:この行列 $B$ の固有多項式は $x(x^2+1)$ で、実数の固有値は $0$ だけである。しかし $B^4=(0)\oplus I_2\ne O$($\begin{pmatrix}0&-1\\1&0\end{pmatrix}^4=I_2$)なので冪零でない。$\mathbb{C}$ の中では固有値 $\pm i$ をもつ。
5 行目:$\operatorname{tr}=1-1+0=0$、$\det=0$ だが、$A^k=\operatorname{diag}(1,(-1)^k,0)\ne O$ である。$n=2$ なら、固有多項式 $x^2-(\operatorname{tr}A)x+\det A$ が $x^2$ になるので、$\operatorname{tr}A=\det A=0$ は冪零と同値である(ex-nm-2x2)。
$A\in M_n(K)$ について、次の条件は同値である。$\overline{K}$ は $K$ の代数閉包とする。
(i) $A$ は冪零である。
(ii) $A^n=O$ である。
(iii) 固有多項式は $p_A(x)=x^n$ である。
(iv) $A$ は狭義上三角行列と相似である。すなわち、正則行列 $P\in M_n(K)$ で $P^{-1}AP$ が狭義上三角行列になるものがある。
(v) $p_A$ の $\overline{K}$ の中の根は $0$ だけである($\overline{K}$ の中で見た $A$ の固有値は $0$ だけである)。
(i)⇔(ii) は 冪零元 の記事の命題「行列の冪零指数の上限」である。
(i)⇒(iv):$A^m=O$ とし、$K_i:=\ker A^i\subset K^n$($0\le i\le m$)とおく。$K_0=\{0\}$、$K_m=K^n$ で、$A^iv=0$ なら $A^{i+1}v=0$ なので $K_0\subset K_1\subset\dots\subset K_m$ である。さらに $v\in K_i$ なら $A^{i-1}(Av)=A^iv=0$ なので
$$
A(K_i)\subset K_{i-1}\qquad(1\le i\le m)
$$
である。$d_i:=\dim K_i$ とし、$K_1$ の基底をとり、それを $K_2$ の基底に延長し、さらに $K_3$ の基底に延長する、という操作を続けて、$K^n$ の基底 $b_1,\dots,b_n$ で、各 $i$ について $b_1,\dots,b_{d_i}$ が $K_i$ の基底になるものを作る。$d_{i-1}< j\le d_i$ なら $b_j\in K_i$ なので $Ab_j\in K_{i-1}=\operatorname{span}\{b_1,\dots,b_{d_{i-1}}\}$ であり、$d_{i-1}< j$ なので $Ab_j$ は $b_1,\dots,b_{j-1}$ の線形結合である。よって $P:=(b_1\ \cdots\ b_n)$ とすると、$P^{-1}AP$ の第 $j$ 列($Ab_j$ の座標)は第 $j$ 成分以下が $0$ であり、$P^{-1}AP$ は狭義上三角行列である。
(iv)⇒(iii):$N:=P^{-1}AP$ とする。$\det(xI-N)=\det\bigl(P^{-1}(xI-A)P\bigr)=\det(xI-A)$ なので $p_A=p_N$ である。$xI-N$ は対角成分がすべて $x$ の上三角行列なので、行列式 の記事の命題「三角行列と区分三角行列の行列式」により $p_N(x)=x^n$ である。
(iii)⇒(ii):Cayley–Hamiltonの定理 により $A^n=p_A(A)=O$ である。
(iii)⇔(v):$p_A$ は最高次の係数が $1$ の $n$ 次式なので、$\overline{K}$ の上で $p_A(x)=(x-\lambda_1)\cdots(x-\lambda_n)$ と分解する。$p_A=x^n$ であることと、すべての $\lambda_i$ が $0$ であることは同値である。$\square$
$A\in M_n(K)$ を冪零行列とする。
(i) $\operatorname{tr}A=0$、$\det A=0$ であり、$A$ は正則でない。
(ii) $I-A$ は正則で、$(I-A)^{-1}=I+A+A^2+\dots+A^{n-1}$ である。
(iii) $A\ne O$ なら $A$ は対角化できない。
(i):$p_A(x)=\det(xI-A)$ の $x^{n-1}$ の係数は $-\operatorname{tr}A$、定数項は $(-1)^n\det A$ である(トレースと固有値 の記事の補題「固有多項式の係数」の計算は、行列式の各項の次数を数えるだけなので任意の体の上で成り立つ)。thm-nm-characterization により $p_A=x^n$ なので、どちらも $0$ である。$\det A=0$ なので $A$ は正則でない。
(ii):$(I-A)(I+A+\dots+A^{n-1})=I-A^n=I$ であり、$I+A+\dots+A^{n-1}$ は $A$ の多項式なので $I-A$ と可換で、逆の順の積も $I$ である。
(iii):対角化 の記事の系「冪零行列は零行列でなければ対角化できない」である。$\square$
$\operatorname{tr}(A^k)$ は行列の成分から直接計算できる量である。標数が十分大きい体では、これらが $0$ になることが冪零性を決める。
$K$ の標数が $0$ であるか、$n$ より大きいとする。$A\in M_n(K)$ について、$A$ が冪零であることと、$k=1,2,\dots,n$ のすべてについて $\operatorname{tr}(A^k)=0$ であることは同値である。
冪零なら:$A^k$ も $(A^k)^n=(A^n)^k=O$ より冪零なので、cor-nm-basic の (i) により $\operatorname{tr}(A^k)=0$ である。
逆を示す。段 1(固有値の冪和):$\overline{K}$ は代数閉体なので、Jordan標準形 の記事の定理「Jordan標準形の存在」により、正則行列 $P\in M_n(\overline{K})$ で $T:=P^{-1}AP$ が上三角行列になるものがある。$T$ の対角成分を $t_1,\dots,t_n$ とすると、thm-nm-characterization の証明の (iv)⇒(iii) と同じ計算で $p_A(x)=(x-t_1)\cdots(x-t_n)$ である。$T^k=P^{-1}A^kP$ は対角成分 $t_1^k,\dots,t_n^k$ の上三角行列で、$\operatorname{tr}(XY)=\operatorname{tr}(YX)$ により
$$
\operatorname{tr}(A^k)=\operatorname{tr}(PT^kP^{-1})=\operatorname{tr}(T^kP^{-1}P)=\operatorname{tr}(T^k)=t_1^k+\dots+t_n^k
$$
である。
段 2(Vandermonde 行列):$t_1,\dots,t_n$ のうち $0$ でない値を重複なく $\lambda_1,\dots,\lambda_r$ とし、$t_i=\lambda_j$ となる $i$ の個数を $m_j$ とする($1\le m_j\le n$)。$r\ge1$ と仮定して矛盾を導く。仮定と段 1 から、$k=1,\dots,r$($r\le n$)について
$$
m_1\lambda_1^k+m_2\lambda_2^k+\dots+m_r\lambda_r^k=\operatorname{tr}(A^k)=0
$$
である($m_j$ は $m_j\cdot1\in K$ と読む)。これは $r$ 次正方行列 $V:=(\lambda_j^k)_{1\le k,j\le r}$ と列ベクトル $(m_1,\dots,m_r)^{\mathsf T}$ の積が $0$ であるという式である。$V$ の第 $j$ 列から $\lambda_j$ をくくり出すと
$$
\det V=\lambda_1\cdots\lambda_r\prod_{1\le j< l\le r}(\lambda_l-\lambda_j)\ne0
$$
である(Vandermondeの行列式)。よって $V$ は正則で、$m_j\cdot1=0$($j=1,\dots,r$)となる。ところが $1\le m_j\le n$ で、$K$ の標数は $0$ か $n$ より大きいので $m_j\cdot1\ne0$ であり、矛盾する。
段 3:したがって $r=0$、すなわち $t_1=\dots=t_n=0$ で $p_A(x)=x^n$ となり、thm-nm-characterization により $A$ は冪零である。$\square$
標数の条件は段 2 の最後でだけ使い、$k$ を $n$ まで動かす条件は $r\le n$ を保証するためにだけ使った。どちらも外せない(反例の表の 2・3 行目)。複素数の行列については、Newton の恒等式で跡から固有多項式を求める方法もある(トレースと固有値 の記事の系「トレースから固有多項式が決まる」)。
$A,B\in M_n(K)$ が $AB=BA$ を満たし、$A^k=O$、$B^l=O$ とする。このとき $(A+B)^{k+l-1}=O$、$(AB)^{\min(k,l)}=O$ であり、$cA$($c\in K$)も冪零である。さらに、$C\in M_n(K)$ が正則で $AC=CA$ なら $C+A$ は正則である。
$AB=BA$ なので二項定理が使えて
$$
(A+B)^{k+l-1}=\sum_{i=0}^{k+l-1}\binom{k+l-1}{i}A^iB^{k+l-1-i}
$$
である。各項で $i\ge k$ なら $A^i=O$、$i\le k-1$ なら $k+l-1-i\ge l$ なので $B^{k+l-1-i}=O$ であり、和は $O$ である。$(AB)^j=A^jB^j$ なので $j=\min(k,l)$ で $O$ になる。$(cA)^k=c^kA^k=O$ である。
最後に、$AC=CA$ の両辺に左右から $C^{-1}$ を掛けると $C^{-1}A=AC^{-1}$ なので、$C^{-1}A$ は $(C^{-1}A)^k=C^{-k}A^k=O$ を満たし冪零である。$C+A=C(I+C^{-1}A)=C\bigl(I-(-C^{-1}A)\bigr)$ で、cor-nm-basic の (ii) により $I-(-C^{-1}A)$ は正則なので、$C+A$ は正則である。$\square$
とくに $N$ が冪零なら $I+N$ は正則である。可換性を外すと和も積も冪零とは限らない(反例の表の 1 行目)。
$\mathcal{S}\subset M_n(K)$ を、どの 2 つも可換な冪零行列からなる集合とする。このとき正則行列 $P\in M_n(K)$ で、すべての $A\in\mathcal{S}$ について $P^{-1}AP$ が狭義上三角行列になるものがある。
段 1(有限個に帰着):$\mathcal{S}$ が張る $M_n(K)$ の部分空間 $L$ を考える。積の双線形性から $L$ の元どうしも可換であり、prop-nm-commuting を有限回使うと $L$ の元は冪零である。$L$ の基底 $A_1,\dots,A_r$ を 1 つの $P$ で同時に狭義上三角行列にできれば、その線形結合である $\mathcal{S}$ の元も狭義上三角行列になる。以下、$A_1,\dots,A_r$ について示す。
段 2(共通の核):$V_0:=K^n$、$V_i:=V_{i-1}\cap\ker A_i$($1\le i\le r$)とおき、$V_i\ne\{0\}$ を $i$ についての帰納法で示す。$v\in V_{i-1}$ なら、$j< i$ について $A_jA_iv=A_iA_jv=0$ なので $A_iv\in V_{i-1}$ である。よって $A_i$ は $V_{i-1}\ne\{0\}$ の線形変換を定め、それは冪零なので単射でない(単射ならその冪も単射だが、ある冪は $0$)。したがって $V_i=V_{i-1}\cap\ker A_i\ne\{0\}$ である。とくに、$0$ でない $v\in V_r$ はすべての $A_i$ について $A_iv=0$ を満たす。
段 3($n$ についての帰納法):$n=1$ なら冪零な $1$ 次の行列は $O$ なのでよい。$n\ge2$ とし、段 2 の $v$ について $W:=Kv$ とおく。$A_iW=\{0\}\subset W$ なので、商ベクトル空間 の記事の命題「誘導写像と区分上三角行列」により、$n-1$ 次元の空間 $K^n/W$ の線形変換 $\overline{A_i}(x+W):=A_ix+W$ が定まる。$\overline{A_i}\,\overline{A_j}(x+W)=A_iA_jx+W$ なので $\overline{A_i}$ どうしは可換で、$\overline{A_i}^{\,k}(x+W)=A_i^kx+W$ なので冪零である。帰納法の仮定により、$K^n/W$ の基底 $x_2+W,\dots,x_n+W$ で、各 $\overline{A_i}(x_j+W)$ が $x_2+W,\dots,x_{j-1}+W$ の線形結合になるものがある。$x_1:=v$ とすると、$x_1,\dots,x_n$ は $K^n$ の基底である($y\in K^n$ について $y+W=\sum_{j\ge2}c_j(x_j+W)$ なら $y-\sum_{j\ge2}c_jx_j\in W=Kx_1$ なので $n$ 個で $K^n$ を張る)。さらに $A_ix_1=0$ であり、$j\ge2$ では
$$
A_ix_j\in\operatorname{span}\{x_2,\dots,x_{j-1}\}+W=\operatorname{span}\{x_1,\dots,x_{j-1}\}
$$
である。よって $P:=(x_1\ \cdots\ x_n)$ とすれば、どの $P^{-1}A_iP$ も狭義上三角行列である。$\square$
可換性は外せない。反例の表の 1 行目の $E_{12}$ と $E_{21}$ を同じ $P$ で狭義上三角行列にできたとすると、和 $P^{-1}(E_{12}+E_{21})P$ も狭義上三角行列で冪零になるが、$(E_{12}+E_{21})^2=I$ なので矛盾する。
冪零行列の相似類は、Jordan標準形 の記事の定理「冪零変換の鎖による基底」と定理「Jordan標準形の一意性」により、次のように分類される。$n$ 次の冪零行列はどれも、Jordan 細胞 $J_{k_1}(0)\oplus\cdots\oplus J_{k_s}(0)$($k_1\ge\dots\ge k_s\ge1$、$k_1+\dots+k_s=n$)のただ 1 つと相似であり、大きさの組 $(k_1,\dots,k_s)$ は $n$ の分割である。したがって $n$ 次の冪零行列の相似類は $n$ の分割と 1 対 1 に対応し、その個数は分割数 $p(n)$ である。大きさが $j$ 以上の細胞の個数は $\operatorname{rank}A^{j-1}-\operatorname{rank}A^j$ で読み取れる。
$p(3)=3$ なので、3 次の冪零行列の相似類は 3 つある。$O$(分割 $1+1+1$、階数 $0$)、$J_2(0)\oplus J_1(0)$(分割 $2+1$、階数 $1$、$A^2=O$)、$J_3(0)$(分割 $3$、階数 $2$)であり、階数だけで区別できる。ex-nm-3x3 の $M$ は階数 $2$ なので $J_3(0)$ と相似で、冪零指数は $3$ である。4 次では $p(4)=5$ で、$J_2(0)\oplus J_2(0)$ と $J_3(0)\oplus J_1(0)$ はどちらも階数 $2$ だが、2 乗の階数が $0$ と $1$ で異なる。
冪零な線形変換の定義、冪零指数が次元以下であること、固有値が $0$ だけであること、最小多項式と狭義上三角行列による特徴づけは Axl24 8.14–8.18(§8A、pp. 303–305)にある(係数体は実数体か複素数体)。可換な冪零変換の和と積、$I-T$ の逆、実数体の上で $0$ だけを固有値にもつが冪零でない例は §8A の Exercises 16, 17, 23(p. 307)である。冪零行列の Jordan 細胞による標準形、狭義上三角行列が冪零であること、冪零行列の跡が $0$ であることは DF04 §12.3 Exercises 31–34(p. 502)、標数 $0$ の体の上での跡による判定は DF04 §14.6 Exercise 24(p. 619)にある。
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