正規座標

同義語:normal coordinatesリーマン正規座標Riemann正規座標Riemannian normal coordinates正規座標系

概要

正規座標(normal coordinates)とは、リーマン多様体の点 $p$ で接空間の正規直交基底を選び、指数写像 $\exp_p$ の逆写像によって $p$ の近傍に入れる座標である。$p$ から出る測地線は原点を通る直線になり、$p$ で計量は単位行列、Christoffel 記号と計量の 1 階導関数は $0$ になって、曲率は計量の 2 次の項に初めて現れる。Gauss の補題により動径方向は測地球面と直交し、その帰結として、測地球の中では $p$ から出る放射状の測地線が長さ最小で、測地球は距離の球に一致する。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: リーマン多様体, リーマン接続, 測地線

正規座標(normal coordinates)は、リーマン多様体の点 $p$ から出る測地線を使って $p$ のまわりに入れる座標である。接空間 $T_pM$ の正規直交基底を 1 つ選び、ベクトル $v\in T_pM$ を初速度とする測地線の時刻 $1$ での位置に $v$ の成分を対応させる。この座標では $p$ から出る測地線が原点を通る直線になり、$p$ での計量は単位行列、$p$ での接続係数(Christoffel 記号)と計量の 1 階導関数はすべて $0$ になる。曲率は計量の 2 階導関数の位置に初めて現れる。
この記事では、正規座標が存在して直交変換を除いて一意であることと、上の性質を示す。そのうえで中心の結果である Gauss の補題「$p$ から出る放射方向は測地球面と直交し、放射方向の長さは座標で測った長さに等しい」を証明し、その帰結として、測地球の中では $p$ から出る測地線が最短であり、測地球が距離の球に一致することを導く。

指数写像と正規近傍

以下 $(M,g)$ を $n$ 次元のリーマン多様体または擬リーマン多様体とし、$\nabla$ をそのリーマン接続とする。$v\in T_pM$ を初速度とする極大測地線を $\gamma_v$ と書く(測地線 の命題「測地線の局所存在と一意性」)。$\gamma_v(1)$ が定義される $v$ の全体を $\mathcal E_p\subset T_pM$ とし、
$$ \exp_p\colon\mathcal E_p\to M,\qquad \exp_p(v):=\gamma_v(1) $$
を $p$ における指数写像という。$\mathcal E_p$ は $0$ を含む開集合で、$0$ に関して星形($v\in\mathcal E_p$、$0\le t\le1$ なら $tv\in\mathcal E_p$)であり、$\exp_p$ は滑らかで、$\exp_p(tv)=\gamma_v(t)$ が両辺の定義される $t$ で成り立つ(Lee18 Proposition 5.19、p. 128。開集合であることと滑らかさは、測地線の方程式の解が初期値に滑らかに依存することによる。この記事では証明しない)。

指数写像の原点での微分

$T_0(T_pM)$ を $T_pM$ と同一視すると、$d(\exp_p)_0=\mathrm{id}_{T_pM}$ である。したがって $0$ の近傍 $V\subset T_pM$ と $p$ の近傍 $U$ があって、$\exp_p|_V\colon V\to U$ は微分同相写像である。

$v\in T_pM$ について、曲線 $t\mapsto tv$ の $t=0$ での速度は $v$ であり、$\exp_p(tv)=\gamma_v(t)$ の $t=0$ での速度は $\gamma_v'(0)=v$ である。よって $d(\exp_p)_0(v)=v$ である。後半は逆関数定理による。$\square$

正規近傍と正規座標

$0$ に関して星形な $T_pM$ の開集合 $V$ で、$\exp_p|_V$ が $V$ から $M$ の開集合 $U$ への微分同相であるものがあるとき、$U=\exp_p(V)$ を $p$ の正規近傍という。$T_pM$ の正規直交基底 $b_1,\dots,b_n$($g_p(b_i,b_j)=\varepsilon_i\delta_{ij}$、$\varepsilon_i=\pm1$。リーマン多様体ではすべて $\varepsilon_i=1$)による同型 $B\colon\mathbb R^n\to T_pM$、$B(x)=x^ib_i$ をとり、
$$ \varphi:=B^{-1}\circ(\exp_p|_V)^{-1}\colon U\to\mathbb R^n $$
とおく。$(U,\varphi)$ を $p$ を中心とする正規座標(リーマン正規座標)という。
リーマン多様体で、$g_p$ のノルムについての球 $B_\varepsilon(0)\subset T_pM$ が $\exp_p$ で微分同相に写るとき、$\exp_p(B_\varepsilon(0))$ を半径 $\varepsilon$ の測地球、$\exp_p(\{|v|=\delta\})$($0<\delta<\varepsilon$)を測地球面という。

prop-nc-dexp の $V$ の中に $0$ を中心とする小さな球がとれるので、正規近傍と測地球はどの点にも存在する。正規座標で $\varphi(U)=B^{-1}(V)$ は $\mathbb R^n$ の星形の開集合で、リーマン多様体の測地球は座標では Euclid の球 $\{|x|<\varepsilon\}$ になる。以下、正規座標で点をその座標 $x\in\varphi(U)$ と同一視し、$\langle x,w\rangle_\varepsilon:=\sum_i\varepsilon_ix^iw^i$ と書く(リーマン多様体では通常の内積)。

基本の性質

正規座標の性質

$(U,\varphi)$ を $p$ を中心とする正規座標、$(x^i)$ をその座標関数、$g_{ij}=g(\partial_i,\partial_j)$、$\Gamma^k_{ij}$ をこの座標の Christoffel 記号($\nabla_{\partial_i}\partial_j=\Gamma^k_{ij}\partial_k$)とする。

  1. $\varphi(p)=0$ で、$\partial_i|_p=b_i$、したがって $g_{ij}(p)=\varepsilon_i\delta_{ij}$ である。
  2. 各 $v=v^ib_i\in T_pM$ について、$p$ から初速度 $v$ で出る測地線は、$tv\in B^{-1}(V)$ である範囲の $t$ で、座標では直線 $t\mapsto(tv^1,\dots,tv^n)$ である。
  3. $\Gamma^k_{ij}(p)=0$(すべての $i,j,k$)である。
  4. $\partial_kg_{ij}(p)=0$(すべての $i,j,k$)である。

1.$\varphi(p)=B^{-1}(0)=0$ である。$d\varphi_p^{-1}=d(\exp_p)_0\circ B=B$(prop-nc-dexp)なので $\partial_i|_p=d\varphi_p^{-1}(e_i)=B(e_i)=b_i$ で、$g_{ij}(p)=g_p(b_i,b_j)=\varepsilon_i\delta_{ij}$ である。
2.$V$ は星形なので $B(tv)=tv^ib_i\in V$ である範囲で $\exp_p(tv^ib_i)=\gamma_v(t)$ であり、$\varphi(\gamma_v(t))=B^{-1}(tv^ib_i)=tv$ である。
3.2 の直線 $x^k(t)=tv^k$ は測地線の方程式 $\ddot x^k+\Gamma^k_{ij}(x)\dot x^i\dot x^j=0$ を満たすので、$\Gamma^k_{ij}(tv)v^iv^j=0$ である。$t=0$ とおくと、すべての $v\in\mathbb R^n$ について $\Gamma^k_{ij}(p)v^iv^j=0$ である。$\Gamma^k_{ij}$ は $i,j$ について対称なので、$v=e_a+e_b$ と $v=e_a-e_b$ の式を引いて $4\Gamma^k_{ab}(p)=0$ を得る。
4.接続が計量を保つことから $\partial_kg_{ij}=g(\nabla_{\partial_k}\partial_i,\partial_j)+g(\partial_i,\nabla_{\partial_k}\partial_j)=\Gamma^l_{ki}g_{lj}+\Gamma^l_{kj}g_{il}$ であり、3 から $p$ で $0$ である。$\square$

正規座標の一意性

$U$ を $p$ の正規近傍とする。$T_pM$ の正規直交基底 $(b_i)$ ごとに、$\partial_i|_p=b_i$ となる $U$ 上の正規座標がただ 1 つあり、同じ $U$ 上の 2 つの正規座標 $\varphi,\tilde\varphi$ は $\tilde\varphi=A\circ\varphi$ の関係にある。ここで $A$ は $\langle Ax,Ay\rangle_{\tilde\varepsilon}=\langle x,y\rangle_\varepsilon$ を満たす $n$ 次の実行列である($\tilde\varepsilon_i$ は $\tilde\varphi$ の基底の符号。リーマン多様体では直交行列)。

正規座標は基底 $(b_i)$ から $\varphi=B^{-1}\circ(\exp_p|_V)^{-1}$ で決まり、prop-nc-basic の 1 から $\partial_i|_p=b_i$ なので基底も座標から決まる。2 つの正規座標について $\tilde\varphi\circ\varphi^{-1}=\tilde B^{-1}\circ B$ は線形で、$x\mapsto x^ib_i\mapsto$($\tilde b_j$ に関する成分)は 2 つの正規直交基底の間の基底変換である。$A=\tilde B^{-1}B$ とおくと $\tilde BAx=Bx$ なので、$\langle Ax,Ay\rangle_{\tilde\varepsilon}=g_p(\tilde BAx,\tilde BAy)=g_p(Bx,By)=\langle x,y\rangle_\varepsilon$ を満たす。$\square$

単位球面の正規座標

$S^n\subset\mathbb R^{n+1}$ を単位球面、$p\in S^n$ とし、$T_pS^n=p^\perp$ と見る。単位ベクトル $u\perp p$ に対し $t\mapsto\cos t\,p+\sin t\,u$ は大円で測地線なので、$v\ne0$ について
$$ \exp_p(v)=\cos|v|\,p+\sin|v|\,\frac v{|v|} $$
である。$\exp_p$ は $B_\pi(0)$ から $S^n\setminus\{-p\}$ への微分同相で、正規座標 $x$($|x|<\pi$)で計量は、$r=|x|$ として
$$ g_{ij}(x)=\frac{x^ix^j}{r^2}+\frac{\sin^2r}{r^2}\Bigl(\delta_{ij}-\frac{x^ix^j}{r^2}\Bigr)\qquad(x\ne0) $$
である。すなわち放射方向の成分は Euclid 空間と同じで、それに直交する方向は $\sin^2r/r^2$ 倍に縮む。

計算

$x\ne0$、$r=|x|$ とし、$w\in\mathbb R^n=T_pS^n$ を $x$ 方向の成分 $w_\parallel=\frac{\langle x,w\rangle}{r^2}x$ と直交成分 $w_\perp=w-w_\parallel$ に分ける。$dr(w)=\langle x,w\rangle/r$、$d(x/r)(w)=w_\perp/r$ なので

$$d(\exp_p)_x(w)=\frac{\langle x,w\rangle}r\Bigl(-\sin r\,p+\cos r\,\frac xr\Bigr)+\frac{\sin r}r\,w_\perp$$

である。右辺の 2 つのベクトルは直交し($p$、$x$、$w_\perp$ は互いに直交する)、第 1 項の括弧は単位ベクトルなので

$$|d(\exp_p)_x(w)|^2=\frac{\langle x,w\rangle^2}{r^2}+\frac{\sin^2r}{r^2}\,|w_\perp|^2$$

である。$|w_\perp|^2=|w|^2-\langle x,w\rangle^2/r^2$ を代入して極化すれば $g_{ij}$ の式を得る。$0< r<\pi$ では $\sin r/r>0$ なので $d(\exp_p)_x$ は単射である。$\exp_p$ は $B_\pi(0)$ の上で単射($\exp_p(x)$ と $p$ の内積 $\cos|x|$ から $|x|$ が決まり、$\sin|x|>0$ から $x/|x|$ が決まる)で、像は $S^n\setminus\{-p\}$ なので、逆関数定理により微分同相である。

$\mathbb R^n$ の Euclid 計量では $\exp_p(v)=p+v$ であり、正規座標は $p$ を原点とする直交座標そのものである。

Gauss の補題

prop-nc-basic は $p$ 1 点での性質である。$p$ から離れた点では $g_{ij}(x)$ は一般に $\varepsilon_i\delta_{ij}$ でない(ex-nc-sphere)。それでも放射方向については、計量は座標の内積と一致し続ける。これが Gauss の補題である。

Gauss の補題

$(U,\varphi)$ を $p$ を中心とする正規座標とし、$U$ の点を座標 $x\in\varphi(U)$ と同一視する。このとき任意の $x\in\varphi(U)$ と $w\in\mathbb R^n$ について
$$ g_{ij}(x)\,x^iw^j=\langle x,w\rangle_\varepsilon $$
が成り立つ。すなわち、点 $x$ での位置ベクトル場 $x^i\partial_i$ と任意の接ベクトル $w^j\partial_j$ の $g$ による内積は、成分どうしの $\langle\cdot,\cdot\rangle_\varepsilon$ に等しい。

証明の考え方:$x+sw$ を初速度とする測地線の族を考えると、$s$ 方向の変分ベクトル場と測地線の速度の内積は時刻 $t$ について一次関数になる。時刻 $0$ ではすべての測地線が $p$ を出るので内積は $0$ であり、傾きは初速度の長さの変化率で決まる。

$x\in\varphi(U)$、$w\in\mathbb R^n$ を固定する。$\varphi(U)$ は開集合なので、$\delta>0$ を $|s|<\delta$ なら $x+sw\in\varphi(U)$ となるようにとれる。$\varphi(U)$ は星形なので、$|s|<\delta$、$0\le t\le1$ について $t(x+sw)\in\varphi(U)$ であり、
$$ \alpha(s,t):=\varphi^{-1}\bigl(t(x+sw)\bigr) $$
は滑らかな写像 $(-\delta,\delta)\times[0,1]\to U$ である。座標では $\alpha^k(s,t)=t(x^k+sw^k)$ なので、$T:=\partial_t\alpha$、$S:=\partial_s\alpha$ は
$$ T=(x^k+sw^k)\,\partial_k,\qquad S=t\,w^k\,\partial_k $$
である。$D_s$、$D_t$ で $s$ 方向・$t$ 方向に沿う共変微分を表す。
段 1(測地線の族). prop-nc-basic の 2 により、各 $s$ について $t\mapsto\alpha(s,t)$ は $p$ から初速度 $(x^k+sw^k)b_k$ で出る測地線である。よって $D_tT=0$ で、計量両立性から $\partial_tg(T,T)=2g(D_tT,T)=0$ なので(測地線 の命題「測地線の速さは一定」と同じ計算で、正定値性は使わない)、$g(T,T)(s,t)=g(T,T)(s,0)=\langle x+sw,x+sw\rangle_\varepsilon$ である($t=0$ では $\alpha=p$ で $g_{ij}(p)=\varepsilon_i\delta_{ij}$)。
段 2(対称性). 座標で
$$ D_sT-D_tS=\Bigl(\partial_s\partial_t\alpha^k-\partial_t\partial_s\alpha^k+(\Gamma^k_{ij}-\Gamma^k_{ji})\,\partial_s\alpha^i\,\partial_t\alpha^j\Bigr)\partial_k=0 $$
である(偏微分は交換し、リーマン接続は捩れがなく $\Gamma^k_{ij}=\Gamma^k_{ji}$)。
段 3(内積の微分). 接続が計量を保つことと段 1・2 から
$$ \partial_t\,g(S,T)=g(D_tS,T)+g(S,D_tT)=g(D_sT,T)=\frac12\,\partial_s\,g(T,T)=\langle x+sw,w\rangle_\varepsilon $$
であり、右辺は $t$ によらない。$t=0$ では $S=0$ なので $g(S,T)(s,t)=t\,\langle x+sw,w\rangle_\varepsilon$ である。$s=0$、$t=1$ では $\alpha(0,1)=x$、$T=x^i\partial_i$、$S=w^j\partial_j$ なので、$g_{ij}(x)x^iw^j=\langle x,w\rangle_\varepsilon$ を得る。$\square$

リーマン多様体の場合を幾何の言葉で述べる。正規近傍 $U$ の上で $r(x):=|x|$ を動径関数、$U\setminus\{p\}$ の上で $\partial_r:=\frac{x^i}{r}\partial_i$ を動径ベクトル場という。prop-nc-unique により、座標が直交行列の分だけ変わっても $r$ と $\partial_r$ は変わらない。

動径関数の勾配

$(M,g)$ をリーマン多様体、$U$ を $p$ の正規近傍とする。$U\setminus\{p\}$ の上で $\operatorname{grad}r=\partial_r$ であり、$\partial_r$ は単位ベクトル場で、$U$ に含まれる測地球面と各点で直交する。

$U\setminus\{p\}$ の点 $x$ と $W=w^j\partial_j\in T_xM$ について、$dr(W)=\sum_jx^jw^j/r$ である。thm-nc-gauss から
$$ g(\partial_r,W)=\frac1r\,g_{ij}(x)x^iw^j=\frac1r\sum_jx^jw^j=dr(W) $$
なので $\operatorname{grad}r=\partial_r$ である。$W=\partial_r$ とおくと $g(\partial_r,\partial_r)=dr(\partial_r)=\sum_j(x^j)^2/r^2=1$ である。測地球面は座標では $\{r=\delta\}$ なので、それに接する $W$ は $dr(W)=0$、したがって $g(\partial_r,W)=0$ を満たす。$\square$

ex-nc-sphere の式で $g_{ij}(x)x^j=x^i$ となることは、thm-nc-gauss の確かめになっている。

測地球の中での最短性

リーマン多様体では、区分的に滑らかな曲線 $c\colon[a,b]\to M$ の長さを $L(c)=\int_a^b|\dot c(t)|\,dt$、2 点の距離 $d_g(p,q)$ をそれらを結ぶ曲線の長さの下限とする(結ぶ曲線がなければ $d_g(p,q)=\infty$)。測地線 の定理「測地線の局所最短性」の前半は次の形で証明できる。

放射状の測地線の最短性

$(M,g)$ をリーマン多様体、$U=\exp_p(B_\varepsilon(0))$ を半径 $\varepsilon$ の測地球、$q\in U$ とする。

  1. $p$ から $q$ への区分的に滑らかな曲線 $c$ はすべて $L(c)\ge r(q)$ を満たす。
  2. 放射状の測地線 $\gamma(t):=\varphi^{-1}(t\,\varphi(q))$($0\le t\le1$)の長さは $r(q)$ である。
    したがって $d_g(p,q)=r(q)$ であり、$\gamma$ は $p$ から $q$ への長さ最小の曲線である。

段 1($U$ の中の曲線). $c\colon[a,b]\to U$ が区分的に滑らかで、$(a,b]$ の上で $c(t)\neq p$ ならば $r(c(b))-r(c(a))\le L(c)$ であることを示す。$a< a'< b$ とすると、$r$ は $U\setminus\{p\}$ で滑らかなので $r\circ c$ は $[a',b]$ で区分的に $C^1$ であり、cor-nc-grad と Cauchy–Schwarz の不等式から
$$ \frac{d}{dt}\,r(c(t))=dr(\dot c)=g(\operatorname{grad}r,\dot c)\le|\operatorname{grad}r|\,|\dot c|=|\dot c| $$
である。$[a',b]$ で積分して $r(c(b))-r(c(a'))\le L(c|_{[a',b]})\le L(c)$ を得る。$r$ は $U$ で連続なので、$a'\to a$ として主張を得る。
段 2(1 の証明). $c\colon[0,1]\to M$ を $p$ から $q$ への区分的に滑らかな曲線とし、$a:=\max\{t\mid c(t)=p\}$($c^{-1}(p)$ は空でない閉集合)とおく。$r(q)<\rho<\varepsilon$ をとり、$U_\rho:=\varphi^{-1}(\{|x|<\rho\})$、$K_\rho:=\varphi^{-1}(\{|x|\le\rho\})$ とおく。$K_\rho$ はコンパクトなので $M$ の閉集合である。
$c([a,1])\subset U_\rho$ なら、段 1 から $r(q)-r(p)=r(q)\le L(c)$ である。そうでないとき $b:=\inf\{t\in[a,1]\mid c(t)\notin U_\rho\}$ とおく。$U_\rho$ は $c(a)=p$ の開近傍なので $b>a$ であり、$c([a,b))\subset U_\rho\subset K_\rho$ から $c(b)\in K_\rho$ である。$c(b)\in U_\rho$ とすると、$U_\rho$ が開集合であることから $b<1$ のときは $b$ のすぐ後まで $c$ が $U_\rho$ にとどまり、$b=1$ のときは $c([a,1])\subset U_\rho$ となって、どちらも $b$ の定め方に反する。よって $r(c(b))=\rho$ である。$c([a,b])\subset K_\rho\subset U$ なので段 1 から $\rho\le L(c|_{[a,b]})\le L(c)$ である。いずれの場合も $L(c)\ge r(q)$ である。
段 3(2 の証明). prop-nc-basic の 2 により $\gamma$ は測地線で、初速度は $\varphi(q)^ib_i$、その長さは $|\varphi(q)|=r(q)$ である。測地線の速さは一定なので $L(\gamma)=r(q)$ である。$\square$

測地球と距離の球

$(M,g)$ をリーマン多様体とする。$p$ を中心とする半径 $\varepsilon$ の測地球 $U$ は、距離 $d_g$ についての開球 $\{q\in M\mid d_g(p,q)<\varepsilon\}$ に一致し、$U$ の上で $d_g(p,\cdot)=r$ である。

$q\in U$ なら thm-nc-minimizing から $d_g(p,q)=r(q)<\varepsilon$ である。逆に $d_g(p,q')<\varepsilon$ なら、$p$ から $q'$ への曲線 $c$ で $L(c)<\varepsilon$ となるものがある。$L(c)<\rho<\varepsilon$ となる $\rho$ をとると、thm-nc-minimizing の証明の段 2 の議論により、$c([a,1])$ が $U_\rho$ に含まれなければ $L(c)\ge\rho$ となって矛盾する。よって $q'=c(1)\in U_\rho\subset U$ である。$\square$

測地球が距離の球に一致することは、スカラー曲率 の命題「測地球の体積の展開」で距離の球の体積を正規座標の積分で書くときに使われる。半径 $\varepsilon$ を大きくしすぎると最短性は崩れる(ex-nc-counterexamples)。

2 次の項と曲率

正規座標で 1 階導関数まで消えた計量の、最初に残る項は曲率で決まる。曲率テンソルを $R(X,Y)Z=\nabla_X\nabla_YZ-\nabla_Y\nabla_XZ-\nabla_{[X,Y]}Z$ とする(Riemann曲率テンソル と同じ流儀)。

計量の 2 次の展開

$(M,g)$ をリーマン多様体、$x$ を $p$ を中心とする正規座標、$e_i=\partial_i|_p$ とし、$x\in\mathbb R^n$ を $x^ie_i\in T_pM$ と同一視する。$x\to0$ のとき
$$ g_{ij}(x)=\delta_{ij}-\frac13\,g_p\bigl(R(e_i,x)x,\,e_j\bigr)+O(|x|^3) $$
である。

2 次の展開の証明の所在

この展開は スカラー曲率 の命題「測地球の体積の展開」の証明の段 1 で、点で消える Jacobi場 の長さの 2 乗を 2 通りに展開して示されている(Lee18 Problem 10-1、p. 313)。この記事では証明を繰り返さない。

2 次の項は曲率の分だけ残るので、曲率が $0$ でない点のまわりでは、どんな座標をとっても $g_{ij}$ を近傍全体で $\delta_{ij}$ にはできない(Riemann曲率テンソル の定理「平坦性の特徴づけ」と注意「正規座標との違い」)。

球面での確かめ

単位球面では $R(X,Y)Z=g(Y,Z)X-g(X,Z)Y$(断面曲率 の系「定曲率の特徴づけ」で曲率 $1$)なので、$g_p(R(e_i,x)x,e_j)=|x|^2\delta_{ij}-x^ix^j$ である。一方 ex-nc-sphere の式で $\frac{\sin^2r}{r^2}=1-\frac{r^2}3+O(r^4)$ を使うと
$$ g_{ij}(x)=\frac{x^ix^j}{r^2}+\Bigl(1-\frac{r^2}3\Bigr)\Bigl(\delta_{ij}-\frac{x^ix^j}{r^2}\Bigr)+O(r^4)=\delta_{ij}-\frac13\bigl(r^2\delta_{ij}-x^ix^j\bigr)+O(r^4) $$
となり、prop-nc-second-order と一致する。

擬リーマン多様体の場合

def-nc-main・prop-nc-basic・prop-nc-unique・thm-nc-gauss は擬リーマン多様体でもそのまま成り立つ(証明は正定値性を使っていない)。たとえば Lorentz 多様体では、$p$ で $g_{ij}(p)=\mathrm{diag}(-1,1,\dots,1)$、$\Gamma^k_{ij}(p)=0$ となる座標がとれ、$p$ を通る測地線はこの座標で原点を通る直線になる。
一方、thm-nc-minimizing は正定値性を使う。証明の段 1 の Cauchy–Schwarz の不等式が使えず、実際に結論も成り立たない(ex-nc-counterexamples の 3 行目)。

反例の表

外す条件反例成り立たなくなること
$\exp_p$ を微分同相にする小さな半径単位球面 $S^2$ で半径 $\pi$ を超える球$\exp_p$ が $B_\varepsilon(0)$ の上で単射(正規座標がとれる)
一方のベクトルが放射方向$S^2$ の正規座標で $x=(r,0)$、$u=w=(0,1)$($0< r<\pi$)$g_x(u,w)=\langle u,w\rangle$
計量が正定値Minkowski 平面 $-dt^2+dx^2$ の点 $(t,x)=(0,2)$放射状の測地線が長さ最小
初速度 $v$ が $B_\varepsilon(0)$ の中$S^2$ で $v=\frac{3\pi}2u$($u$ は単位ベクトル)の測地線 $t\mapsto\exp_p(tv)$$p$ から出る測地線 $t\mapsto\exp_p(tv)$($0\le t\le1$)が長さ最小
表の反例の確かめ

1 行目:ex-nc-sphere の式から、$|v|=\pi$ のすべての $v$ は $-p$ に写る。$\varepsilon>\pi$ なら $B_\varepsilon(0)$ は $|v|=\pi$ の点を無数に含むので $\exp_p$ は単射でない。
2 行目:ex-nc-sphere の式で $n=2$、$x=(r,0)$ とすると $g_{22}(x)=\sin^2r/r^2<1$ であり、$g_x(u,w)=\sin^2r/r^2\ne1=\langle u,w\rangle$ である。$u=x/r$ を放射方向にとれば、thm-nc-gauss のとおり $g_x(x,w)=\langle x,w\rangle$ である。
3 行目:Minkowski 平面では接続係数がすべて $0$ なので測地線は直線で、$(t,x)$ 自身が原点を中心とする正規座標である。曲線の長さを $\int|\eta(\dot c,\dot c)|^{1/2}dt$ で測ると、原点から $q=(0,2)$ への放射状の測地線 $s\mapsto(0,2s)$ の長さは $2$ である。一方、$(0,0)$ から $(1,1)$、$(1,1)$ から $(0,2)$ への 2 本の線分をつないだ曲線は速度がどちらも光的($\eta(\dot c,\dot c)=0$)なので長さが $0$ であり、放射状の測地線より短い。
4 行目:$\gamma(t)=\exp_p(tv)=\cos(\tfrac{3\pi}2t)\,p+\sin(\tfrac{3\pi}2t)\,u$ は大円で測地線であり、長さは $3\pi/2$ である。終点 $q=\gamma(1)=-u$ には、長さ $\pi/2$ の弧 $t\mapsto\cos(\tfrac\pi2t)\,p-\sin(\tfrac\pi2t)\,u$ でも達するので、$\gamma$ は長さ最小でない。$q=\exp_p(-\tfrac\pi2u)$ は半径 $\pi$ の測地球に入っていて、thm-nc-minimizing の放射状の測地線は後者の弧である。$|v|=3\pi/2$ はどの測地球の半径($\le\pi$)にも収まらない。

関連項目

参考文献

[1]
John M. Lee, Introduction to Riemannian Manifolds, Graduate Texts in Mathematics 176, Springer, 2018, Proposition 5.19(指数写像の性質、p. 128)、Propositions 5.23–5.24(正規座標の一意性と性質、p. 132)、Lemma 6.2(対称性の補題、p. 154)、Theorem 6.9(Gauss の補題、p. 159)、Corollary 6.10・Proposition 6.11(p. 161)、Corollaries 6.12–6.13(p. 162)、Problem 10-1(正規座標での計量の 2 次の展開、p. 313)

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