不変微分(楕円曲線)

同義語:楕円曲線の不変微分invariant differential of an elliptic curve

概要

不変微分(楕円曲線)(invariant differential of an elliptic curve)とは、Weierstrass 方程式の定める楕円曲線上の有理微分形式 $\omega=dx/(2y+a_1x+a_3)$ のことである。$\omega$ は零点も極ももたずに正則な微分形式の空間を張り、どの点の平行移動でも変わらない。群準同型である射について $(\varphi+\psi)^*\omega=\varphi^*\omega+\psi^*\omega$、特に $[m]^*\omega=m\omega$ が成り立ち、標数が $m$ を割らなければ $[m]$ は分離的で、有限体上の Frobenius 写像 $\phi$ について $1-\phi$ も分離的になる。複素数体上では $\mathbb{C}/\Lambda$ の $dz$ に一致する。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 楕円曲線, Weierstrass方程式, 微分形式, 同種写像

Weierstrass 方程式 $y^2+a_1xy+a_3y=x^3+a_2x^2+a_4x+a_6$ で与えられた楕円曲線 $E$ の上の有理微分形式
$$ \omega=\frac{dx}{2y+a_1x+a_3} $$
を、$E$ の不変微分という。$\omega$ は $E$ の上で零点も極ももたず、正則な微分形式の空間 $H^0(E,\Omega^1_E)$ を張る。さらに、どの点 $Q$ による平行移動でも変わらない。名前の「不変」はこの性質を指す。
不変微分は、複雑な群の演算を 1 次の式に直す道具である。群準同型である射 $\varphi,\psi$ について $(\varphi+\psi)^*\omega=\varphi^*\omega+\psi^*\omega$ が成り立ち、特に $m$ 倍写像は $[m]^*\omega=m\,\omega$ を満たす。ここから、標数が $m$ を割らなければ $[m]$ は分離的であり、有限体上の Frobenius 写像 $\phi$ について $1-\phi$ が分離的であることが従う。複素数体上では、$E(\mathbb{C})\cong\mathbb{C}/\Lambda$ の座標 $z$ について $\omega=dz$ である。

定義

以下 $k$ を体とし、Weierstrass 方程式
$$ F(x,y):=y^2+a_1xy+a_3y-(x^3+a_2x^2+a_4x+a_6)=0\qquad(a_i\in k) $$
の定める $\mathbb{P}^2$ の 3 次曲線を $C$、無限遠点を $O=[0:1:0]$ とする(Weierstrass方程式)。偏微分は
$$ F_y=2y+a_1x+a_3,\qquad F_x=a_1y-3x^2-2a_2x-a_4 $$
である。$C$ が滑らかであることは判別式 $\Delta\ne0$ と同値であり、そのとき $(C,O)$ は楕円曲線である(Weierstrass方程式 の定理「滑らかさと判別式」と系「判別式が 0 でない方程式」)。
$C$ が滑らかなら、$F_y$ と $F_x$ は $C$ の関数体 $k(C)$ の元として $0$ でない。

確かめを開く

$F_y$ が $0$ でない 1 次以下の多項式なら、直線 $F_y=0$ と既約な 3 次曲線 $C$ の交点は有限個である。$F_y$ が多項式として $0$ になるのは標数 $2$ で $a_1=a_3=0$ のときだけで、このとき $C$ は $x_0^2=a_4$、$y_0^2=x_0^3+a_2x_0^2+a_4x_0+a_6$ を満たす点で特異になる。$F_x$ も同様で、多項式として $0$ になるのは標数 $3$ で $a_1=a_2=a_4=0$ のときだけであり、このとき $y_0=-a_3/2$ と $x_0^3=y_0^2+a_3y_0-a_6$ を満たす点が特異点になる。

不変微分

$C$ が滑らかなとき、$C$ 上の有理微分形式
$$ \omega:=\frac{dx}{F_y}=\frac{dx}{2y+a_1x+a_3} $$
を、この Weierstrass 方程式の不変微分(invariant differential)という。

$C$ の上では $dF=F_x\,dx+F_y\,dy=0$ なので、
$$ \omega=-\frac{dy}{F_x}=\frac{dy}{3x^2+2a_2x+a_4-a_1y} $$
とも書ける。標数が $2$ でないときは $y$ を $y-(a_1x+a_3)/2$ に替えて $a_1=a_3=0$ にでき、そのとき $\omega=dx/(2y)$ である。座標の取り替え $x=u^2x'+r$、$y=u^3y'+su^2x'+t$ で得た方程式の不変微分 $\omega'$ とは $\omega'=u\,\omega$ の関係にある(Weierstrass方程式 の命題「量の変換公式」)。したがって $\omega$ は楕円曲線 $(E,O)$ に対して $k^\times$ 倍を除いて定まる。

零点も極ももたないこと

不変微分の因子

Weierstrass 方程式の定める曲線 $C$ が滑らかならば、$\operatorname{div}(\omega)=0$ である。すなわち $\omega$ は $C$ の上いたるところ正則で、零点をもたない。

この定理は $C$ の滑らかさだけを使い、種数が $1$ であることは使わない。そのため、逆に種数を求めるのに使える(cor-invd-genus)。以下、点 $P$ での位数 $\operatorname{ord}_P$ は代数閉包 $\bar k$ の上で考え、一意化元 $t$ について $\operatorname{ord}_P(g\,dt):=\operatorname{ord}_P(g)$ とする(Sil09 Proposition II.4.3、p. 31)。

有限な点と無限遠点で位数を数える

有限な点. $P=(x_0,y_0)$ を $C$ の点とする。$P$ の局所環の極大イデアル $\mathfrak{m}_P$ は $x-x_0$、$y-y_0$ で生成され、$F$ を $P$ のまわりで展開すると、$C$ の上で
$$ F_x(P)(x-x_0)+F_y(P)(y-y_0)\in\mathfrak{m}_P^2 $$
である。$F_y(P)\ne0$ なら $y-y_0\in(x-x_0)+\mathfrak{m}_P^2$ なので $\mathfrak{m}_P=(x-x_0)+\mathfrak{m}_P^2$ であり、中山の補題 により $\mathfrak{m}_P=(x-x_0)$、すなわち $x-x_0$ は一意化元である。よって $\operatorname{ord}_P(dx)=\operatorname{ord}_P(d(x-x_0))=0$、$\operatorname{ord}_P(F_y)=0$ で、$\operatorname{ord}_P(\omega)=0$ である。$F_y(P)=0$ なら、$P$ は滑らかなので $F_x(P)\ne0$ であり、同様に $y-y_0$ が一意化元で、$\omega=-dy/F_x$ から $\operatorname{ord}_P(\omega)=0$ である。
無限遠点. $Y=1$ の座標 $w:=X/Y=x/y$、$z:=Z/Y=1/y$ で、方程式は
$$ z\,u=w^3,\qquad u:=1+a_1w+a_3z-a_2w^2-a_4wz-a_6z^2 $$
となる。$O$ は $(w,z)=(0,0)$ で、そこでの $z$ についての偏微分は $1$ なので、$w$ は $O$ での一意化元であり、$u$ は $O$ で値 $1$ をとる単元である。よって
$$ y=\frac1z=u\,w^{-3},\qquad x=w\,y=u\,w^{-2} $$
である。$u':=du/dw$ は $O$ で正則である(Sil09 Proposition II.4.3 (b))。
標数が $2$ でないとき、
$$ dx=w^{-3}\bigl(w\,u'-2u\bigr)\,dw,\qquad F_y=w^{-3}\bigl(2u+a_1u\,w+a_3w^3\bigr) $$
で、括弧の中は $O$ でそれぞれ $-2$、$2$ という $0$ でない値をとる。よって $\operatorname{ord}_O(dx)=\operatorname{ord}_O(F_y)=-3$、$\operatorname{ord}_O(\omega)=0$ である。
標数が $3$ でないとき(特に標数 $2$ のとき)は、$\omega=-dy/F_x$ を使う。
$$ dy=w^{-4}\bigl(w\,u'-3u\bigr)\,dw,\qquad F_x=w^{-4}\bigl(a_1u\,w-3u^2-2a_2u\,w^2-a_4w^4\bigr) $$
で、括弧の中は $O$ でそれぞれ $-3$、$-3$ という $0$ でない値をとるので、$\operatorname{ord}_O(\omega)=0$ である。以上で $\operatorname{div}(\omega)=0$ が示された。$\square$

種数と正則微分形式

$C$ が滑らかならば、$C$ の種数は $1$ であり、$H^0(C,\Omega^1_C)=k\,\omega$ である。

標準因子が 0 になる

$\operatorname{div}(\omega)$ は標準因子で、その次数は $2g-2$ である(Riemann–Rochの定理)。thm-invd-divisor により次数は $0$ なので $g=1$ である。正則な微分形式 $\eta$ は $\eta=f\omega$($f\in k(C)$)と書け、$\operatorname{div}(f)=\operatorname{div}(\eta)\ge0$ なので $f$ は極をもたず、射影曲線の上で定数である(Sil09 Proposition II.1.2、p. 18)。$\square$

平行移動での不変性

以下、この節から節「分離性への応用」までは $k$ を代数閉体とし、$E$ を Weierstrass 方程式で与えられた楕円曲線、$\omega$ をその不変微分とする(一般の体では、$\bar k$ に係数を広げて同じ主張が得られる)。滑らかな射影曲線 $X$ から $E$ への定数でない射 $\alpha$ について、引き戻しを $\alpha^*\omega:=d(x\circ\alpha)/(F_y\circ\alpha)$ と定め、定数写像 $\alpha$ については $\alpha^*\omega:=0$ とおく(Sil09 II.4、p. 30)。
$X$ の関数体を $K:=k(X)$ とすると、射 $\alpha\colon X\to E$ は $K$ 有理点 $\alpha\in E(K)$ と同じものである(Sil09 Proposition II.2.1、p. 19)。二つの射の和 $\alpha_1+\alpha_2$ を、$E$ の加法 $E\times E\to E$ との合成で定める(加法は射である。Sil09 Theorem III.3.6、p. 64)。加法は弦と接線の規則(楕円曲線 の定義「弦と接線による加法」)を書き下した有理式で与えられるので、$\alpha_1+\alpha_2$ は $E(K)$ での和に等しい。次の補題が、以下の主張すべての計算の中心である。

和の引き戻し

$X$ を滑らかな射影曲線、$\alpha_1,\alpha_2\colon X\to E$ を射とし、$\alpha_3:=\alpha_1+\alpha_2$ とおく。$\alpha_1,\alpha_2,\alpha_3$ のどれも $O$ への定数写像でなく、$x_i:=x\circ\alpha_i$($i=1,2,3$)が $K=k(X)$ の元として互いに異なるとする。このとき
$$ \alpha_3^*\omega=\alpha_1^*\omega+\alpha_2^*\omega $$
である。

3 点を通る直線を微分する

$y_i:=y\circ\alpha_i$ とおくと、$P_i:=(x_i,y_i)\in E(K)$ で $P_3=P_1+P_2$ である。$x_1\ne x_2$ なので、$P_1,P_2$ を通る直線 $y=\lambda x+\nu$($\lambda:=\frac{y_2-y_1}{x_2-x_1}$、$\nu:=y_1-\lambda x_1\in K$)がとれる。$h(X):=F(X,\lambda X+\nu)\in K[X]$ は $X^3$ の係数が $-1$ の 3 次式で、直線と $E$ の 3 つの交点の $x$ 座標を根にもつ。加法の定義により 3 番目の交点は $-P_3$ で、その $x$ 座標は $x_3$ なので
$$ h(X)=-(X-x_1)(X-x_2)(X-x_3) $$
であり、仮定により根は相異なるので $h'(x_i)\ne0$ である。$\varepsilon_i:=\lambda x_i+\nu$ とおくと $\varepsilon_1=y_1$、$\varepsilon_2=y_2$ であり、$\varepsilon_3$ は $-P_3$ の $y$ 座標 $-y_3-a_1x_3-a_3$ に等しい。したがって $F_y(x_3,\varepsilon_3)=-F_y(x_3,y_3)$ である。
$K$ の微分 $d$ で $F(x_i,\varepsilon_i)=0$ を微分すると、$d\varepsilon_i=x_i\,d\lambda+\lambda\,dx_i+d\nu$ と $h'(X)=F_x(X,\lambda X+\nu)+\lambda F_y(X,\lambda X+\nu)$ から
$$ h'(x_i)\,dx_i=-F_y(x_i,\varepsilon_i)\,\bigl(x_i\,d\lambda+d\nu\bigr)\qquad(i=1,2,3) $$
を得る。$\beta_i:=-(x_i\,d\lambda+d\nu)/h'(x_i)$ とおき、$\alpha_1^*\omega=\beta_1$、$\alpha_2^*\omega=\beta_2$、$\alpha_3^*\omega=-\beta_3$ を示す。

  • $\alpha_i$ が定数でないとき:$x_i$ は定数でない($x$ のファイバーは有限なので、$x_i$ が定数なら $\alpha_i$ の像は有限集合になり、$X$ は既約なので $\alpha_i$ は定数になる)。$F_y\circ\alpha_i\ne0$ である($F_y$ の零点は有限個)。この式を $h'(x_i)F_y(x_i,\varepsilon_i)$ で割ると $dx_i/F_y(x_i,\varepsilon_i)=\beta_i$ で、左辺は $i=1,2$ では $\alpha_i^*\omega$、$i=3$ では $-\alpha_3^*\omega$ である。
  • $\alpha_i$ が定数のとき:$x_i,\varepsilon_i\in k$ なので、$\alpha_i^*\omega=0$ であり、$x_i\,d\lambda+d\nu=d(\lambda x_i+\nu)=d\varepsilon_i=0$ から $\beta_i=0$ である。
    よって $\alpha_1^*\omega+\alpha_2^*\omega-\alpha_3^*\omega=\beta_1+\beta_2+\beta_3=-d\lambda\sum_i\frac{x_i}{h'(x_i)}-d\nu\sum_i\frac1{h'(x_i)}$ である。最後に、相異なる $x_1,x_2,x_3$ と 1 次以下の多項式 $g$ について $\sum_i g(x_i)/h'(x_i)=0$ を示す。$h'(x_i)=-\prod_{j\ne i}(x_i-x_j)$ であり、Lagrange補間 により $g(X)=\sum_ig(x_i)\prod_{j\ne i}\frac{X-x_j}{x_i-x_j}$ である。両辺の $X^2$ の係数を比べると $0=\sum_ig(x_i)/\prod_{j\ne i}(x_i-x_j)$ を得る。$g=X$、$g=1$ に使えば和は $0$ である。$\square$
平行移動での不変性
  1. 任意の $Q\in E$ について、平行移動 $\tau_Q\colon P\mapsto P+Q$ は $\tau_Q^*\omega=\omega$ を満たす。
  2. 逆に、有理微分形式 $\eta\ne0$ がすべての $Q\in E$ について $\tau_Q^*\eta=\eta$ を満たせば、$\eta$ は $\omega$ の定数倍である。
定数写像との和とみる

1:$Q=O$ なら $\tau_Q$ は恒等写像である。$Q\ne O$ とし、lem-invd-sum を $X=E$、$\alpha_1=\mathrm{id}$、$\alpha_2=$($Q$ への定数写像)、$\alpha_3=\tau_Q$ に使う。$\alpha_1$ と $\alpha_3$ は同型なので定数でなく、$\alpha_2$ の値は $O$ でない。$x$ と $x\circ\tau_Q$ は定数でないので定数 $x(Q)$ と異なる。$x\circ\tau_Q=x$ なら、$E(K)$ の点として $P+Q=\pm P$($P$ は恒等写像にあたる点)であり、$Q=O$ か、すべての点 $P$ で $2P=-Q$ となる。後者は $P=O$ で $Q=O$ を意味するので、どちらも $Q\ne O$ に反する。よって補題により $\tau_Q^*\omega=\omega+0=\omega$ である。
2:$\eta=f\omega$($f\in K^\times$)と書くと、1 から $\tau_Q^*\eta=(f\circ\tau_Q)\,\omega$ なので、すべての $Q$ で $f\circ\tau_Q=f$ である。$f$ が正則な点 $P_0$ を 1 つとると、$f(P_0+Q)=f(P_0)$ がすべての $Q$ で成り立ち、$f$ は無限個の点で値 $f(P_0)$ をとる。$f-f(P_0)$ の零点は $f\ne f(P_0)$ なら有限個なので、$f$ は定数である。$\square$

和と整数倍

不変微分の加法性

$E'$、$E$ を楕円曲線、$\varphi,\psi\colon E'\to E$ を群準同型である射(零写像を含む)とする。このとき
$$ (\varphi+\psi)^*\omega=\varphi^*\omega+\psi^*\omega $$
である。左辺の $+$ は $E$ の群の演算による和、右辺の $+$ は微分形式の和である。

平行移動で一般の位置にずらす

$\varphi+\psi=0$ のとき:$\psi=[-1]\circ\varphi$ である。$[-1](x,y)=(x,-y-a_1x-a_3)$ で $F_y\circ[-1]=-F_y$ なので $[-1]^*\omega=-\omega$ であり、$\psi^*\omega=\varphi^*[-1]^*\omega=-\varphi^*\omega$($\varphi$ が定数なら両辺 $0$)となって、両辺とも $0$ である。
$\varphi+\psi\ne0$ のとき:$2T\ne O$ となる点 $T\in E$ をとる($2T=O$ となる点は $O$ と $F_y$ の零点だけで有限個であり、$E$ は無限個の点をもつ)。$\alpha_1:=\tau_T\circ\varphi$、$\alpha_2:=\tau_{-T}\circ\psi$ とおくと $\alpha_1+\alpha_2=\varphi+\psi=:\alpha_3$ である。lem-invd-sum の仮定を確かめる。$E'$ の関数体の点としての等式で考え、$\varphi$、$\psi$ が準同型で $O$ を $O$ に写すことを使う。

  • $\alpha_1$ が $O$ への定数写像なら、$O$ での値から $T=O$ となる。$\alpha_2$ も同様。$\alpha_3\ne0$ は仮定である。
  • $x\circ\alpha_1=x\circ\alpha_2$ なら $\varphi+T=\pm(\psi-T)$ である。符号が $+$ なら $\varphi-\psi$ は定数 $-2T$ で、$O$ での値から $2T=O$ となる。符号が $-$ なら $\varphi+\psi=0$ となる。
  • $x\circ\alpha_1=x\circ\alpha_3$ なら $\varphi+T=\pm(\varphi+\psi)$ で、$\psi=T$ または $2\varphi+\psi=-T$(定数)となり、$O$ での値からどちらも $T=O$ となる。$x\circ\alpha_2=x\circ\alpha_3$ も同様である。
    どれも $T$ の選び方か仮定に反するので、補題が使える。thm-invd-translation により $\alpha_1^*\omega=\varphi^*\tau_T^*\omega=\varphi^*\omega$($\varphi$ が定数なら両辺 $0$)、同様に $\alpha_2^*\omega=\psi^*\omega$ なので、$(\varphi+\psi)^*\omega=\varphi^*\omega+\psi^*\omega$ である。$\square$
整数倍の引き戻し

任意の $m\in\mathbb{Z}$ について $[m]^*\omega=m\,\omega$ である。

$[0]^*\omega=0$、$[1]^*\omega=\omega$ である。thm-invd-additive を $\varphi=[m]$、$\psi=[1]$ と $\varphi=[m]$、$\psi=[-1]$ に使うと $[m\pm1]^*\omega=[m]^*\omega\pm\omega$ となり、上向きと下向きの帰納法で従う。$\square$

$E$ の自己準同型(群準同型である射 $E\to E$)全体を $\operatorname{End}(E)$ と書く。和は群の演算、積は合成である。

自己準同型の作用

各 $\varphi\in\operatorname{End}(E)$ について $\varphi^*\omega=a_\varphi\,\omega$ となる $a_\varphi\in k$ がただ一つあり、$\varphi\mapsto a_\varphi$ は環準同型 $\operatorname{End}(E)\to k$ である。$a_\varphi=0$ となるのは、$\varphi=0$ か、$\varphi$ が定数でなく分離的でないときに限る。

正則な微分形式は ω の定数倍

要点:定数でない $\varphi$ による $\omega$ の引き戻しは正則なので cor-invd-genus により $\omega$ の定数倍であり、和と合成は thm-invd-additive と引き戻しの関手性で保たれる。

詳しい証明を開く

$\varphi$ が定数でないとする。点 $P$ での $\varphi^*\omega$ の位数を見る。$t$ を $\varphi(P)$ での一意化元として $\omega=g\,dt$($g$ は $\varphi(P)$ で正則)と書くと $\varphi^*\omega=(g\circ\varphi)\,d(t\circ\varphi)$ で、$t\circ\varphi$ は $P$ で正則なので $d(t\circ\varphi)$ も $P$ で正則である(Sil09 Proposition II.4.3 (b))。よって $\varphi^*\omega$ は正則で、cor-invd-genus により $\omega$ の定数倍である。加法性は thm-invd-additive、乗法性は $(\varphi\circ\psi)^*\omega=\psi^*(a_\varphi\omega)=a_\varphi a_\psi\omega$ による。最後の主張は、定数でない射 $\varphi$ について「$\varphi$ が分離的 $\Leftrightarrow\varphi^*\omega\ne0$」であることによる(Sil09 Proposition II.4.2 (c)、p. 30。$\Omega_E$ は $\omega$ で張られる 1 次元の空間なので、$\varphi^*$ が単射であることは $\varphi^*\omega\ne0$ と同値である)。$\square$

標数 $0$ ではどの $\varphi\ne0$ も分離的なので、$\varphi\mapsto a_\varphi$ は単射な環準同型になり、$\operatorname{End}(E)$ は可換環である(Sil09 Corollary III.5.6、p. 80)。

分離性への応用

整数倍写像と Frobenius 写像の分離性

$k$ の標数を $p\ge0$ とする。

  1. $m\ne0$ が $p$ で割り切れなければ、$[m]$ は定数でなく分離的である。
  2. $p>0$ なら、$[p]$ は定数でなく、分離的でない。
  3. $E$ が有限体 $\mathbb{F}_q\subset k$($q$ は $p$ の冪)の上で定義されている($a_i\in\mathbb{F}_q$)とし、$\phi(x,y):=(x^q,y^q)$ を $q$ 乗 Frobenius 写像とする。整数 $m,n$ について、$m+n\phi$ が分離的であることは $p\nmid m$ と同値である。特に $1-\phi$ は分離的である。
引き戻しの係数を読む

1:cor-invd-multiplication により $[m]^*\omega=m\omega\ne0$ なので、$[m]$ は定数でなく、prop-invd-endomorphism により分離的である。2:$[p]$ は次数 $p^2$ の射で定数でなく(楕円曲線 の定理「$n$ 捩れ点の構造」の 1)、$[p]^*\omega=p\omega=0$ である。3:$a_i\in\mathbb{F}_q$ なので $F_y\circ\phi=(F_y)^q\ne0$ であり、$\phi^*\omega=d(x^q)/(F_y)^q=q\,x^{q-1}dx/(F_y)^q=0$ である。$\phi$ は $O$ を $O$ に写す射なので準同型であり(Sil09 Theorem III.4.8、p. 71)、thm-invd-additive と cor-invd-multiplication から $(m+n\phi)^*\omega=m\omega+n\phi^*\omega=m\omega$ である。これが $0$ でないことは $p\nmid m$ と同値なので、prop-invd-endomorphism から主張が従う($m+n\phi=0$ のときは $m\omega=0$ で $p\mid m$ となり、主張と矛盾しない)。$\square$

3 の $1-\phi$ が分離的であることから、$\#E(\mathbb{F}_q)=\#\ker(1-\phi)=\deg(1-\phi)$ となり、Hasse の定理 $|\#E(\mathbb{F}_q)-q-1|\le2\sqrt q$ の証明が始まる(Sil09 Corollary III.5.5、p. 79 と Theorem V.1.1、p. 138。証明の全体は 有限体上の楕円曲線 の定理「Hasseの定理」)。1 からは、分離的な同種写像の核の位数がその次数に等しいこと(Sil09 Theorem III.4.10 (c)、p. 72)と、$\deg[m]=m^2$(楕円曲線 の定理「$n$ 捩れ点の構造」の 1)を合わせて、$p\nmid m$ のとき $\#E[m]=m^2$ が得られる。

複素数体上の不変微分

$k=\mathbb{C}$ のとき、$E$ は格子 $\Lambda\subset\mathbb{C}$ によって $\mathbb{C}/\Lambda$ と複素解析的に同型である(楕円曲線 の定理「一意化定理」)。Weierstrassの楕円関数 $\wp$ は $\wp'^2=4\wp^3-g_2\wp-g_3$ を満たすので、$X:=\wp(z)$、$Y:=\wp'(z)/2$ は Weierstrass 方程式 $Y^2=X^3-\frac{g_2}4X-\frac{g_3}4$ を満たし、その不変微分は
$$ \omega=\frac{dX}{2Y}=\frac{\wp'(z)\,dz}{\wp'(z)}=dz $$
である。$\mathbb{C}/\Lambda$ の上では平行移動は $z\mapsto z+c$、$m$ 倍写像は $z\mapsto mz$ なので、thm-invd-translation と cor-invd-multiplication は $d(z+c)=dz$、$d(mz)=m\,dz$ という当たり前の式になる。また $\Lambda$ は $\omega$ の周期 $\int_\gamma\omega$($\gamma$ は $E(\mathbb{C})$ の閉曲線)の全体に等しい。代数的な不変微分の性質は、この $dz$ の性質を、群の演算の有理式だけで言い直したものである。

例

曲線 $y^2=x^3-x$ と $[i]$

$k$ の標数を $2$ 以外とし、$i\in k$ を $i^2=-1$ となる元とする。$E\colon y^2=x^3-x$ の上で $[i](x,y):=(-x,iy)$ は $O$ を保つ自己同型で、$[i]\circ[i]=[-1]$ である。$\omega=dx/(2y)$ について
$$ [i]^*\omega=\frac{d(-x)}{2iy}=-\frac1i\cdot\frac{dx}{2y}=i\,\omega $$
なので $a_{[i]}=i$ であり、$a_{[i]}^2=-1=a_{[-1]}$ は prop-invd-endomorphism の乗法性と合う。$\mathbb{C}$ 上では、この曲線の周期格子は $\mathbb{Z}[i]$ の定数倍で、$[i]$ は $z\mapsto iz$ にあたる(楕円曲線 の例「曲線 $y^2=x^3-x$ と虚数乗法」)。

反例

外す条件反例成り立たなくなること
曲線が滑らか尖点をもつ $y^2=x^3$$\operatorname{div}(\omega)=0$
曲線が滑らか節点をもつ $y^2=x^3+x^2$(標数 $2$ 以外)$\operatorname{div}(\omega)=0$
微分形式が正則$\eta=x\,\omega$平行移動で不変(正則な微分形式は cor-invd-genus により $\omega$ の定数倍なので不変)
標数が $m$ を割らない標数 $p$ の $[p]$$[m]$ が分離的
反例の確かめ

各行は、表の条件だけを外すと結論が破れることを示す。

各行の確かめを開く

1 行目:標数を $2$ 以外とする。$t\mapsto(t^2,t^3)$ は $\mathbb{P}^1$ から曲線への全単射な射で(無限遠点は $O$ に写る)、$\omega=dx/(2y)=2t\,dt/(2t^3)=dt/t^2$ である。$\mathbb{P}^1$ の上で $dt/t^2$ は $t=0$(尖点にあたる点)に 2 位の極をもつ。$s=1/t$ とおくと $dt/t^2=-ds$ なので、$t=\infty$($O$)では零点も極もない。特異点を除いた部分の上では $\omega$ は零点も極ももたず、$u:=x/y=1/t$ について $\omega=-du$ は加法群の不変な微分にあたる。

2 行目:$t:=y/x$ とおくと $x=t^2-1$、$y=t(t^2-1)$ で、$\omega=dx/(2y)=dt/(t^2-1)$ は $t=\pm1$(節点を通る 2 本の枝)に極をもつ。$s=1/t$ とおくと $\omega=-ds/(1-s^2)$ なので $t=\infty$ では零点も極もない。$\omega=\frac12\,d\log\frac{t-1}{t+1}$ は乗法群の不変な微分にあたる。

3 行目:$\eta$ は $O$ に 2 位の極をもつ。$\tau_Q^*\eta=(x\circ\tau_Q)\,\omega$ で、prf-invd-translation の 1 で見たとおり $Q\ne O$ なら $x\circ\tau_Q\ne x$ なので、$\tau_Q^*\eta\ne\eta$ である。

4 行目:cor-invd-separable の 2 である。$\#E[p]< p^2$ となり(楕円曲線 の注意「捩れ点の出典と Tate 加群」)、$p\nmid m$ のときの $\#E[m]=m^2$ が崩れる。

補足

文献

thm-invd-divisor は Sil09 Proposition III.1.5(p. 48)、thm-invd-translation の 1 は同 Proposition III.5.1(p. 76)、thm-invd-additive は同 Theorem III.5.2(pp. 77–78)、cor-invd-multiplication は同 Corollary III.5.3(p. 79)、prop-invd-endomorphism は同 Corollary III.5.6(p. 80)にある。prf-invd-sum の直線を微分する計算は、そこでは省略されている計算を、直線の 3 つの交点の対称性を使って短くしたものである。

関連項目

参考文献

[1]
Joseph H. Silverman, The Arithmetic of Elliptic Curves, 2nd ed., Graduate Texts in Mathematics 106, Springer, 2009, Proposition II.1.2(p. 18)、Proposition II.2.1(p. 19)、§II.4(p. 30、Proposition II.4.2 (c) p. 30、Proposition II.4.3 p. 31)、Proposition III.1.5(p. 48)、Theorem III.3.6(p. 64)、Theorem III.4.8(p. 71)、Theorem III.4.10 (c)(p. 72)、§III.5(Proposition III.5.1 p. 76、Theorem III.5.2 pp. 77–78、Corollaries III.5.3–III.5.5 p. 79、Corollary III.5.6 p. 80)、Theorem V.1.1(p. 138)

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