単純環(simple ring)とは、零環でなく、両側イデアルが $0$ と自分自身しかない環のことで、体・斜体・斜体上の行列環 $M_n(D)$ が代表例である。単純環の中心は体であり、単純環から零環でない環への環準同型はすべて単射になるので、可換な単純環は体に限られる。極小左イデアルをもつ単純環、とくに左 Artin な単純環は斜体上の行列環 $M_n(D)$ に同型であり、$n$ と $D$ は環から一意に定まる(Wedderburn の定理)。一方、標数 $0$ の Weyl 代数は極小左イデアルをもたない単純環の例であり、単純環は半単純環の構造定理や Brauer 群の理論の基本的な部品になる。
単純環 とは、両側イデアルが $0$ と全体しかない環である。群論で正規部分群が自明なものしかない群を単純群と呼ぶのと同じ発想で、「これ以上小さな環へ商をとって簡単にすることができない環」を指す。体と斜体はもちろん単純環であり、可換環に限れば単純環は体しかない。ところが非可換環では、$2$ 次の実行列の環 $M_2(\mathbb{R})$ のように、$0$ でない零因子をもちながら単純な環がある。単純環は左イデアル(片側だけのイデアル)を多くもちうるので、「両側イデアルが少ない」という条件と「左イデアルが少ない」という条件は大きく異なる。
この記事では、単純環の中心が体になること、単純環からの環準同型が単射になることを示したあと、主定理として、極小左イデアルをもつ単純環(たとえば左 Artin な単純環)が斜体上の行列環 $M_n(D)$ に限られ、$n$ と $D$ が環から一意に定まること(Wedderburn の定理)を証明する。最後に、極小左イデアルをもたない単純環の例として Weyl 代数を構成し、その単純性を証明する。
以下、環は乗法の単位元 $1$ をもつ結合的な環とし、可換とは限らない。環 $R$ の 左イデアル とは、加法部分群 $I\subset R$ で $RI\subset I$ を満たすものをいい、両側イデアル とは左イデアルかつ右イデアル($IR\subset I$)であるものをいう。$a\in R$ を含む最小の両側イデアルは、有限和 $\sum_ix_iay_i$($x_i,y_i\in R$)の全体であり、$RaR$ と書く。
環 $R$ が 単純環(simple ring)であるとは、$R$ が零環でなく(すなわち $1\neq0$ であり)、$R$ の両側イデアルが $\{0\}$ と $R$ だけであることをいう。
体 $k$ 上の多元環が環として単純であるとき、単純多元環(単純 $k$ 代数)ともいう。
両側イデアル $I$ は、商環 $R/I$ を作るための材料であり、環準同型の核はちょうど両側イデアルである。したがって単純環とは、零環以外の環へのどんな環準同型でも情報を失わない環、言い換えると、零環以外の商環を自分自身しかもたない環である。この意味で単純環は環の「素材」にあたり、群における単純群と同じ位置にある。
一方、左イデアルは左加群としての部分構造であり、単純環であってもたくさんありうる。たとえば $M_2(\mathbb{R})$ では、第 $2$ 列が $0$ の行列の全体が $0$ でも全体でもない左イデアルになる。行列は列ごとに左から作用されるので、列を選ぶたびに左イデアルが得られる。Wedderburn の定理は、この「列への分解」が単純環の構造をすべて決めてしまうことを、極小左イデアルの存在という条件のもとで主張する。
斜体 $D$ の左イデアルは $0$ と $D$ だけである(斜体 の記事の命題「斜体であるための条件」)。両側イデアルは左イデアルなので、$D$ は単純環である。とくに体、Hamilton の四元数体 $\mathbb{H}$ は単純環である。
斜体 $D$ と $n\ge1$ について、行列環 $M_n(D)$ は単純環である(行列環 の記事の系「行列環の単純性」)。$n\ge2$ なら行列単位 $E_{11}$、$E_{12}$ は $E_{12}E_{11}=0$ を満たす $0$ でない元であり、$M_n(D)$ は零因子をもつ。また $j$ を一つ固定し、第 $j$ 列以外の列が $0$ である行列の全体を $C_j$ とすると、$C_j$ は左イデアルであり、$n\ge2$ なら $0$ でも全体でもない。
標数 $0$ の体 $k$ 上の多項式環 $k[t]$ に作用する、$t$ を掛ける写像と微分する写像が生成する環(Weyl 代数)は単純環である。これは斜体上の行列環のどれとも同型でない単純環である。構成と証明は節「Weyl 代数」で与える。
体 $k$ 上のベクトル空間 $V$ の $k$ 線形写像 $V\to V$ の全体 $\operatorname{End}_k(V)$ は、和と合成で環になる。$V$ が有限次元 $n\ge1$ なら、基底を選んで $\operatorname{End}_k(V)\cong M_n(k)$ となり、単純環である。
$V$ が無限次元なら、$\operatorname{End}_k(V)$ は単純環でない。実際、像が有限次元である線形写像(有限階数の写像)の全体を $F$ とすると、$f,g\in F$ なら $f+g$ の像は $f(V)+g(V)$ に含まれて有限次元であり、任意の $h$ について $hf$ の像は $h(f(V))$、$fh$ の像は $f(V)$ に含まれるので、$F$ は両側イデアルである。$V$ の基底 $\{e_\lambda\}$ を一つとり(無限次元のベクトル空間に基底があることには選択公理を使う)、一つの $e_{\mu}$ を自分自身へ、ほかの基底ベクトルを $0$ へ送る写像は $F$ の $0$ でない元である。一方、恒等写像の像 $V$ は無限次元なので $\mathrm{id}_V\notin F$ であり、$F\neq\operatorname{End}_k(V)$ である。
零環でない環 $R$ について、次は同値である。
1 ⇒ 2:$a\neq0$ なら $RaR$ は $a=1\cdot a\cdot1$ を含む $0$ でない両側イデアルなので、単純性により $RaR=R\ni1$ である。
2 ⇒ 1:$I$ を $0$ でない両側イデアルとし、$0\neq a\in I$ をとる。2 の $x_i,y_i$ について $1=\sum_ix_iay_i\in I$ なので、任意の $r\in R$ について $r=r\cdot1\in I$ となり、$I=R$ である。
1 ⇒ 3:$\ker f$ は $R$ の両側イデアルである。$f(1)=1\neq0$($S$ は零環でない)なので $1\notin\ker f$、すなわち $\ker f\neq R$ であり、単純性により $\ker f=0$ である。
3 ⇒ 1:$I$ を $R$ と異なる両側イデアルとする。商環 $R/I$ は零環でなく、商写像 $R\to R/I$ は環準同型なので、3 により単射である。その核は $I$ なので $I=0$ である。
3 の形から、単純環 $R$ の剰余環は $R$ 自身と零環だけであり、単純環から零環でない環への準同型は、像の上への同型になる。
環 $R$ の 中心 を $Z(R)=\{c\in R\mid \text{すべての }x\in R\text{ について }cx=xc\}$ と書く。$Z(R)$ は $1$ を含む可換な部分環である。
$R$ が単純環なら、その中心 $Z(R)$ は体である。とくに、可換な単純環は体である。
$R$ は零環でないので $Z(R)$ でも $1\neq0$ である。$0\neq c\in Z(R)$ をとる。$c$ はすべての元と交換するので、$RcR=Rc=cR$ であり、これは $c$ を含む $0$ でない両側イデアルである。単純性により $Rc=R$ かつ $cR=R$ なので、$dc=1$、$cd'=1$ となる $d,d'\in R$ がある。$d=d(cd')=(dc)d'=d'$ なので $d$ は $c$ の両側の逆元である。
$d\in Z(R)$ を示す。任意の $x\in R$ について、$c$ が $x$ と交換することから
$$
dx=dx(cd)=d(xc)d=d(cx)d=(dc)xd=xd
$$
である。よって $c$ は $Z(R)$ の中に逆元をもち、$Z(R)$ は体である。$R$ が可換なら $Z(R)=R$ なので、$R$ は体である。
単純環 $R$ は中心の体 $Z(R)$ 上の多元環とみなせる。たとえば斜体 $D$ 上の行列環 $M_n(D)$ の中心は、$D$ の中心 $Z(D)$ の元によるスカラー行列の全体であり(行列環 の記事の命題「行列環の中心」)、$Z(M_n(\mathbb{H}))\cong\mathbb{R}$ である。単純環であっても中心の体の上で有限次元とは限らない(節「Weyl 代数」の例では、中心は係数体 $k$ であり、環は $k$ 上無限次元である)。中心の体の上で有限次元な単純環が中心単純環である。
単純性は行列環をとる操作で保たれ、逆にも戻せる。すなわち、環 $A$ と $n\ge1$ について、$M_n(A)$ が単純環であることと $A$ が単純環であることは同値である(行列環 の記事の系「行列環の単純性」)。その根拠は、$M_n(A)$ の両側イデアルが $A$ の両側イデアル $\mathfrak{a}$ による $M_n(\mathfrak{a})$ の形に限ること(同記事の定理「行列環の両側イデアルの決定」)である。また、体 $k$ 上の中心単純環と単純 $k$ 代数のテンソル積は単純である(中心単純環 の記事の補題「テンソル積の単純性と中心」)。
この節では、左イデアルのうち $0$ でないもので極小なもの(極小左イデアル)をもつ単純環を決定する。極小左イデアルとは、左 $R$ 加群として単純加群である左イデアルのことである。左 $R$ 加群 $M$ の自己準同型環 $\operatorname{End}_R(M)$ では積を合成 $(fg)(x)=f(g(x))$ で定める。環 $A$ の 反対環 $A^{\mathrm{op}}$ とは、$A$ と同じ加法群に積 $a*b:=ba$ を入れた環である。$A$ が斜体なら $A^{\mathrm{op}}$ も斜体である(逆元は同じ元である)。
左 $R$ 加群 $M$ が単純な部分加群 $S_1,\dots,S_m$ の和 $M=S_1+\cdots+S_m$ であるとき、ある部分集合 $J\subset\{1,\dots,m\}$ について $M=\bigoplus_{j\in J}S_j$(直和)となる。
要点:和が直和になる部分族を包含について極大にとると、残りの各 $S_i$ は単純なので、その直和と $0$ で交わるか、その直和に含まれるかのどちらかであり、前者は極大性に反する。
和 $\sum_{j\in J}S_j$ が直和になる部分集合 $J$ の全体は空集合を含み有限なので、包含について極大なもの $J$ がとれる。$N=\bigoplus_{j\in J}S_j$ とおく。$i\notin J$ とする。$S_i\cap N$ は単純加群 $S_i$ の部分加群なので $0$ か $S_i$ である。$S_i\cap N=0$ なら、$s_i+\sum_{j\in J}s_j=0$($s_i\in S_i$、$s_j\in S_j$)から $s_i=-\sum_js_j\in S_i\cap N=0$、続いて $N$ の直和性から $s_j=0$ となるので、$J\cup\{i\}$ でも和は直和になり、$J$ の極大性に反する。よって $S_i\subset N$ である。$i\in J$ のときも $S_i\subset N$ なので、$M=\sum_iS_i\subset N$、すなわち $M=N$ である。
$R$ を環とする。
要点:1 は $\varphi(x)=x\varphi(1)$ から、2 は成分 $\pi_if\iota_j$ への分解と $\sum_k\iota_k\pi_k=\mathrm{id}$ から、3 は転置の成分の比較から従う。
1:$\rho_a$ は $\rho_a(rx)=rxa=r\rho_a(x)$ を満たすので左 $R$ 線形であり、$\rho_a\rho_b(x)=xba=\rho_{ba}(x)$ なので、$a\mapsto\rho_a$ は $R^{\mathrm{op}}$ からの環準同型である。$\rho_a(1)=a$ なので単射である。任意の $\varphi\in\operatorname{End}_R({}_RR)$ について $\varphi(x)=\varphi(x\cdot1)=x\varphi(1)$ なので $\varphi=\rho_{\varphi(1)}$ であり、全射である。
2:$\iota_j\colon L\to L^n$ を第 $j$ 成分への埋め込み、$\pi_i\colon L^n\to L$ を第 $i$ 成分への射影とすると、$\sum_{k=1}^n\iota_k\pi_k=\mathrm{id}_{L^n}$ である。$f\in\operatorname{End}_R(L^n)$ に行列 $(f_{ij})$、$f_{ij}=\pi_if\iota_j\in E$ を対応させる。$f,g$ について$$(fg)_{ij}=\pi_ifg\iota_j=\sum_{k=1}^n\pi_if\iota_k\pi_kg\iota_j=\sum_{k=1}^nf_{ik}g_{kj}$$なので、これは環準同型である。逆写像は $(h_{ij})\mapsto\sum_{i,j}\iota_ih_{ij}\pi_j$ で与えられる($\pi_i\iota_j$ は $i=j$ なら恒等写像、$i\neq j$ なら $0$ であることから、二つの対応が互いに逆であることが確かめられる)。
3:$A^{\mathrm{op}}$ の積を $*$ と書く。$X=(x_{ij})$、$Y=(y_{ij})$ について、$M_n(A)^{\mathrm{op}}$ での積は $YX$ であり、その転置の $(i,j)$ 成分は $\sum_ky_{jk}x_{ki}$ である。一方、$M_n(A^{\mathrm{op}})$ での積 $X^{\top}Y^{\top}$ の $(i,j)$ 成分は $\sum_kx_{ki}*y_{jk}=\sum_ky_{jk}x_{ki}$ である。両者は一致し、転置は全単射で加法と単位行列を保つので、環の同型である。
$R$ を単純環とする。次の 3 条件は同値である。
2 ⇒ 1:$R\neq0$ なので $0$ でない左イデアルは存在する。極小なものがないと仮定すると、$0$ でない左イデアル $I_1$ に対して、それに真に含まれる $0$ でない左イデアル $I_2$ がとれ、これを繰り返して(従属選択の公理を使う)真の減少列 $I_1\supsetneq I_2\supsetneq\cdots$ が得られ、2 に反する。
1 ⇒ 3:$L$ を極小左イデアルとする。$LR$(有限和 $\sum_il_ir_i$ の全体)は両側イデアルである。実際、右から $R$ を掛けても閉じており、$RL\subset L$ なので左から $R$ を掛けても閉じている。$L=L\cdot1\subset LR$ かつ $L\neq0$ なので、単純性により $LR=R$ であり、
$$
1=\sum_{i=1}^ml_ir_i\qquad(l_i\in L,\ r_i\in R)
$$
と書ける。任意の $x\in R$ について $x=\sum_i(xl_i)r_i$ であり、$xl_i\in L$ なので、$R=Lr_1+\cdots+Lr_m$ となる。写像 $\rho_{r_i}\colon L\to R$、$y\mapsto yr_i$ は左 $R$ 線形であり、その核は単純加群 $L$ の部分加群なので $0$ か $L$ である。したがって $Lr_i$ は $0$ であるか、$L$ と同型な単純加群である。$0$ になるものを除いて lem-simple-ring-direct-sum を当てると、左 $R$ 加群として $R=\bigoplus_{j\in J}Lr_j\cong L^n$($n=|J|$)となり、$R\neq0$ なので $n\ge1$ である。
$E=\operatorname{End}_R(L)$ は、単純加群 の記事の定理「Schur の補題」により斜体である。lem-simple-ring-endomorphisms の 1 と 2 から
$$
R^{\mathrm{op}}\cong\operatorname{End}_R({}_RR)\cong\operatorname{End}_R(L^n)\cong M_n(E)
$$
であり、両辺の反対環をとって同じ補題の 3 を使うと $R\cong M_n(E)^{\mathrm{op}}\cong M_n(E^{\mathrm{op}})$ となる。$D=E^{\mathrm{op}}$ は斜体なので 3 が成り立つ。
3 ⇒ 2:$S=M_n(D)$ が左 Artin 環であることを示せばよい。$d\in D$ に対するスカラー行列 $dI$ を左から掛ける操作により、$S$ は左 $D$ ベクトル空間になり、行列単位 $E_{ij}$($n^2$ 個)がその基底である。$S$ の左イデアルは $dI$ を左から掛ける操作で閉じているので、部分空間である。有限次元の左 $D$ ベクトル空間 $V$(次元 $N$)の部分空間 $W$ について、$W$ は $N$ 以下の次元をもち、$W\neq V$ なら $\dim W< N$ であることを確かめる。斜体 の記事の定理「基底の存在と次元の一意性」の 1 により、$V$ の一次独立な元は $N$ 個以下なので、$W$ の一次独立な元の組で個数が最大のもの $w_1,\dots,w_r$ がとれる。$w\in W$ がこれらの一次結合でなければ、$aw+\sum_ia_iw_i=0$ で $a\neq0$ なら $w=-\sum_ia^{-1}a_iw_i$ となって矛盾するので $a=0$、続いてすべての $a_i=0$ となり、$w_1,\dots,w_r,w$ が一次独立になって最大性に反する。よって $w_1,\dots,w_r$ は $W$ の基底である。$r=N$ で $W\neq V$ なら、$v\in V\setminus W$ を加えた $N+1$ 個の元が同じ議論で一次独立になり矛盾する。したがって左イデアルの真の減少列では次元が真に減少し、その長さは $n^2+1$ を超えない。よって $S$ は左 Artin 環である。
最後の主張は、1 ⇒ 3 の証明そのものである。
左 Artin 環であることを仮定に使ったのは、極小左イデアルの存在を保証する部分だけである。証明の核心は、単純性から $LR=R$ が従い、単位元 $1$ が有限個の $l_ir_i$ の和に書けるので、$R$ が $L$ の有限個の写しで覆われる点にある。単純環 $R$ と $0$ でない左イデアル $L$ について、$R$ から $L$ の二重自己準同型環 $\operatorname{End}_{\operatorname{End}_R(L)}(L)$ への自然な写像は同型である(Rieffel の定理、Lan02 Chapter XVII, §5, Theorem 5.4, p. 655)。これを使うと、体上有限次元の場合に Wedderburn の定理の別証明が得られる(同書 p. 656)。
$D,D'$ を斜体、$n,m\ge1$ とする。環の同型 $M_n(D)\cong M_m(D')$ があれば、$n=m$ であり、$D\cong D'$ である。
$S=M_n(D)$ とし、第 $j$ 列以外が $0$ の行列の全体を $C_j$ とする($C_j$ は左イデアル)。
段 1($C_1$ は単純).$0\neq v\in C_1$ とし、第 $1$ 列の第 $k$ 成分 $v_{k1}$ が $0$ でないとする。任意の $w\in C_1$ について、第 $k$ 列が $w$ の第 $1$ 列に右から $v_{k1}^{-1}$ を掛けたもので、ほかの列が $0$ である行列を $X$ とすると、$Xv$ の第 $1$ 列は $(w_{i1}v_{k1}^{-1}v_{k1})_i=(w_{i1})_i$ なので $Xv=w$ である。よって $Sv=C_1$ であり、$C_1$ の $0$ でない部分加群は $C_1$ だけである。
段 2(組成列).$y\mapsto yE_{1j}$ は左 $S$ 線形な $C_1\to C_j$ であり、$y\mapsto yE_{j1}$ が逆写像になるので $C_j\cong C_1$ である。$S=C_1\oplus\cdots\oplus C_n$ なので、
$$
0\subset C_1\subset C_1\oplus C_2\subset\cdots\subset C_1\oplus\cdots\oplus C_n=S
$$
は、各商が $C_1$ と同型な単純加群である長さ $n$ の組成列である。
段 3(単純加群はすべて $C_1$ と同型).$M$ を単純な左 $S$ 加群とし、$0\neq x\in M$ をとる。$S\to M$、$a\mapsto ax$ は全射な左 $S$ 線形写像であり、$S=\bigoplus_jC_j$ なので、ある $C_j$ への制限は $0$ でない。単純加群の間の $0$ でない準同型は同型なので(Schur の補題)、$M\cong C_j\cong C_1$ である。
段 4($\operatorname{End}_S(C_1)\cong D^{\mathrm{op}}$).$d\in D$ について、$C_1$ の元の各成分に右から $d$ を掛ける写像 $\rho_d(y)=y\cdot(dI)$ は左 $S$ 線形で、$\rho_d\rho_{d'}=\rho_{d'd}$ なので、$d\mapsto\rho_d$ は $D^{\mathrm{op}}$ からの環準同型であり、$\rho_d(E_{11})=dE_{11}$ から単射である。逆に $f\in\operatorname{End}_S(C_1)$ について $u=f(E_{11})$ とおくと、$E_{11}u=f(E_{11}E_{11})=u$ なので $u$ の成分は $(1,1)$ 成分 $d$ 以外 $0$ である。$y\in C_1$ は $y=yE_{11}$ を満たすので $f(y)=yf(E_{11})=y\cdot dE_{11}=\rho_d(y)$ となり、全射である。
段 5(結論).環の同型 $\varphi\colon S\to S'=M_m(D')$ があると、左 $S'$ 加群は $\varphi$ を通じて左 $S$ 加群になり、部分加群・単純性・準同型はこの読み替えで保たれる。段 2 と 単純加群 の記事の定理「Jordan–Hölder の定理」により、左 $S$ 加群 $S$ の組成列の長さは $n$、左 $S'$ 加群 $S'$ の組成列の長さは $m$ であり、$\varphi$ はこれらを対応させるので $n=m$ である。段 3 により、$S'$ の列の加群 $C'_1$ を $S$ 加群とみたものは $C_1$ と同型であり、段 4 から $D^{\mathrm{op}}\cong\operatorname{End}_S(C_1)\cong\operatorname{End}_{S'}(C'_1)\cong D'^{\mathrm{op}}$ となる。反対環をとって $D\cong D'$ である。
段 3 は、単純 Artin 環には単純加群が同型を除いてただ一つしかないことを示している。
体 $k$ 上有限次元の単純多元環 $A$ は、$k$ 上有限次元の可除多元環 $D$ と $n\ge1$ によって $A\cong M_n(D)$ と書ける。
$A$ の左イデアルは $\lambda\cdot1$($\lambda\in k$)を左から掛ける操作で閉じているので、$k$ 上の部分空間である。左イデアルの真の減少列では $k$ 上の次元が真に減少するので、$A$ は左 Artin 環である。thm-simple-ring-wedderburn により、極小左イデアル $L$ について $A\cong M_n(D)$、$D=\operatorname{End}_A(L)^{\mathrm{op}}$ である。$\operatorname{End}_A(L)$ は $k$ 線形写像の空間 $\operatorname{End}_k(L)$ の部分空間であり、$L\subset A$ は有限次元なので、$D$ は $k$ 上有限次元である。$k$ の元は $L$ にスカラー倍として作用し、これは $A$ 線形なので $k$ は $D$ の中心に入り、$D$ は $k$ 上の可除多元環である。
$A$ が中心単純環のときのこの表示とその帰結は、中心単純環 の記事の定理「斜体上の行列代数としての表示」にまとめられている。
thm-simple-ring-wedderburn の条件「極小左イデアルをもつ」は外せない。そのことを示す単純環を、微分作用素を使って作る。
$k$ を標数 $0$ の体とし、$k$ 上の 1 変数多項式環 $k[t]$ を $k$ 上のベクトル空間とみる。$k$ 線形写像 $X,\partial\colon k[t]\to k[t]$ を
$$
X(f)=tf,\qquad \partial(f)=f'
$$
($f'$ は形式的な微分)で定める。積の微分法則 $(tf)'=f+tf'$ は、$\operatorname{End}_k(k[t])$ の中の等式
$$
\partial X=X\partial+1
$$
を意味する。
$\operatorname{End}_k(k[t])$ の中で、$X^i\partial^j$($i,j\ge0$)の $k$ 係数の有限一次結合の全体を $A_1(k)$ と書き、Weyl 代数(Weyl algebra)という。
関係 $\partial X=X\partial+1$ を使って $\partial$ を $X$ の右へ移していくと、$X^i\partial^j$ どうしの積は再び $X^a\partial^b$ の一次結合に書けるので、$A_1(k)$ は合成について閉じた部分環であり、$X$ と $\partial$ が生成する部分環に一致する。並べ替えに必要な公式を補題にまとめる。
$A_1(k)$ の中で、$i,j\ge1$ について次が成り立つ。
$$
\partial^jX=X\partial^j+j\partial^{j-1},\qquad \partial X^i=X^i\partial+iX^{i-1}.
$$
さらに、$X^i\partial^j$($i,j\ge0$)は $k$ 上一次独立であり、$A_1(k)$ の基底をなす。
要点:交換の公式は $\partial X=X\partial+1$ からの帰納法で、一次独立性は一次関係を $t^{j_0}$($j_0$ は現れる $\partial$ の指数の最小値)に当てて、標数 $0$ で $j_0!\neq0$ であることを使って示す。
第 1 式を $j$ についての帰納法で示す。$j=1$ は $\partial X=X\partial+1$ である。$j$ で成り立てば$$\partial^{j+1}X=\partial(X\partial^j+j\partial^{j-1})=(X\partial+1)\partial^j+j\partial^j=X\partial^{j+1}+(j+1)\partial^j$$である。第 2 式も同様に $i$ についての帰納法で、$\partial X^{i+1}=(X^i\partial+iX^{i-1})X=X^i(X\partial+1)+iX^i=X^{i+1}\partial+(i+1)X^i$ となる。
一次独立性を示す。有限個を除いて $0$ の $c_{ij}\in k$ について $P=\sum_{i,j}c_{ij}X^i\partial^j=0$ とし、すべての $c_{ij}=0$ でないと仮定する。$c_{ij}\neq0$ となる $j$ の最小値を $j_0$ とする。$P$ を $t^{j_0}$ に当てると、$j>j_0$ なら $\partial^jt^{j_0}=0$、$j=j_0$ なら $\partial^{j_0}t^{j_0}=j_0!$ であり、$j< j_0$ の項の係数は $0$ なので、$$0=P(t^{j_0})=j_0!\sum_ic_{ij_0}t^i$$となる。標数 $0$ なので $j_0!\neq0$ であり、$t^i$ の一次独立性からすべての $c_{ij_0}=0$ となって $j_0$ の選び方に反する。生成することは定義による。
$k$ を標数 $0$ の体とする。
1:$P,Q\in A_1(k)$ について $[P,Q]=PQ-QP$ と書く。lem-simple-ring-weyl-basis により
$$
[X^i\partial^j,X]=X^i(\partial^jX-X\partial^j)=jX^i\partial^{j-1},\qquad [\partial,X^i\partial^j]=(\partial X^i-X^i\partial)\partial^j=iX^{i-1}\partial^j
$$
である。
$I$ を $0$ でない両側イデアルとし、$0\neq P=\sum_{i,j}c_{ij}X^i\partial^j\in I$ をとる。$P$ に現れる $\partial$ の指数の最大値を $m$ とする($c_{im}\neq0$ となる $i$ がある)。$I$ は両側イデアルなので $[P,X]=PX-XP\in I$ であり、上の公式から $[P,X]=\sum_{i,j}jc_{ij}X^i\partial^{j-1}$ である。これを $m$ 回繰り返すと
$$
Q=\sum_im!\,c_{im}X^i\in I
$$
が得られ、標数 $0$ と一次独立性により $Q\neq0$ である。$Q$ に現れる $X$ の指数の最大値を $r$ とし、$[\partial,\,\cdot\,]$ を $r$ 回当てると、同様にして $0$ でないスカラー $r!\,b$($b$ は $Q$ の $X^r$ の係数)が $I$ に入る。よって $1\in I$、$I=A_1(k)$ である。$A_1(k)\neq0$ なので、$A_1(k)$ は単純環である。
中心について、$P=\sum c_{ij}X^i\partial^j$ が中心に入るなら $[P,X]=\sum jc_{ij}X^i\partial^{j-1}=0$ なので、一次独立性と標数 $0$ から $j\ge1$ の係数はすべて $0$ であり、$P=\sum_ic_{i0}X^i$ となる。さらに $[\partial,P]=\sum_iic_{i0}X^{i-1}=0$ から $i\ge1$ の係数も $0$ であり、$P$ はスカラーである。逆にスカラーは中心に入る。
2:左イデアル $A_1(k)\partial^j$ を考える。その元は $\sum c_{il}X^i\partial^{l+j}$ の形であり、基底による表示で現れる $\partial$ の指数はすべて $j$ 以上である。一次独立性により $\partial^j\notin A_1(k)\partial^{j+1}$ であり、
$$
A_1(k)\partial\supsetneq A_1(k)\partial^2\supsetneq A_1(k)\partial^3\supsetneq\cdots
$$
は止まらない減少列である。よって $A_1(k)$ は左 Artin 環でなく、1 と thm-simple-ring-wedderburn により、極小左イデアルをもたず、斜体上の行列環と同型でない。
$A_1(k)$ は $k$ 上無限次元であり(lem-simple-ring-weyl-basis)、中心 $k$ の上の中心単純環ではない。左 Artin 環でない単純環は半単純環でもない(半単純環 の記事の命題「半単純環の有限性」により、半単純環は左 Artin 環である)。
標数 $p>0$ の体の上で同じ $X,\partial$ が生成する部分環 $B$ は単純環でない。実際、lem-simple-ring-weyl-basis の第 2 式(その帰納法の計算は標数によらない)から $\partial X^p=X^p\partial+pX^{p-1}=X^p\partial$ なので、$X^p$ は $X$ と $\partial$ の両方と交換し、$B$ の中心に入る。よって $X^pB=BX^p$ は両側イデアルであり、$X^p\neq0$ なので $0$ でない。もし $1\in X^pB$ なら、ある $P\in B$ で $X^pP=\mathrm{id}$ となり、$t^p$ を掛ける写像が全射になるが、その像 $t^pk[t]$ は $1$ を含まないので矛盾する。よって $X^pB$ は $0$ でも全体でもない両側イデアルである。
各行は、左の命題の仮定を一つだけ外したものである。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| 中心が体:環が単純であること | $\mathbb{Z}$ | 中心 $\mathbb{Z}$ は体でない |
| 単純なら体:環が可換であること | $M_2(\mathbb{R})$ | 単純環だが体でも斜体でもない |
| $M_n(A)$ は単純:係数 $A$ が単純であること | $M_2(\mathbb{Z})$ | 両側イデアル $M_2(2\mathbb{Z})$ をもつ |
| Wedderburn の定理:$R$ が単純であること | $k\times k$ | 極小左イデアル $k\times0$ をもつが、中心 $k\times k$ が体でないので $M_n(D)$ の形でない |
| Wedderburn の定理:極小左イデアルをもつこと | Weyl 代数 $A_1(k)$ | 単純環だが $M_n(D)$ の形でない |
| Weyl 代数の単純性:標数が $0$ であること | 標数 $p$ で $X,\partial$ が生成する環 | 両側イデアル $X^pB$ をもつ |
| $\operatorname{End}_k(V)$ の単純性:$V$ が有限次元であること | 無限次元の $V$ | 有限階数の写像のイデアルをもつ |
$k\times k$ の行で、$M_n(D)$ の中心は体 $Z(D)$ のスカラー行列であり(行列環 の記事の命題「行列環の中心」)、体でない中心をもつ環はこの形に書けない。
thm-simple-ring-wedderburn の証明から、単純 Artin 環 $R$ は左 $R$ 加群として単純加群の直和 $L^n$ であり、半単純環である。逆に半単純環は、有限個の単純 Artin 環 $M_{n_i}(D_i)$ の直積に分解する(半単純環 の記事の定理「Wedderburn–Artin の構造定理」)。単純環は半単純環の分解の「因子」にあたる。ただし、単純環であっても左 Artin でなければ半単純環にならないこと(Weyl 代数)、半単純環であっても因子が二つ以上あれば単純環でないこと($k\times k$)に注意する。
体 $k$ 上の中心単純環 $A$ は、cor-simple-ring-finite-dimensional により中心が $k$ の可除多元環 $D$ によって $A\cong M_n(D)$ と書け、thm-simple-ring-uniqueness により $D$ は $A$ から一意に定まる。$D$ が同型であることで中心単純環を分類したものがBrauer群であり、単純環の構造定理はその出発点になっている。
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