多様体の二重化(double of a manifold)とは、境界付き多様体 $M$ の 2 つのコピーを境界の同じ点どうしで貼り合わせた空間 $D(M)$ のことである。境界の近くをカラーでそろえると、$D(M)$ は境界のない滑らかな多様体になり、2 つのコピーはその中の境界付き多様体として埋め込まれる。$M$ がコンパクトなら $D(M)$ は閉多様体で、$D(D^n)$ は球面 $S^n$、円環の二重化はトーラス、Möbius の帯の二重化は Klein の壺である。$D(M)$ が向き付け可能であることは $M$ が向き付け可能であることと同値で、Euler 標数について $\chi(D(M))=2\chi(M)-\chi(\partial M)$ が成り立つ。
閉円板 $D^2$ を 2 枚用意し、縁の円周どうしを同じ点で貼り合わせると、球面 $S^2$ ができる(上半球と下半球)。閉区間 $[0,1]$ を 2 本用意して両端を貼ると円周になる。一般に、境界付き多様体 $M$ の 2 つのコピーを境界の同じ点どうしで貼り合わせた空間を $M$ の二重化(double)といい、$D(M)$ と書く。$D(M)$ は境界のない多様体になり、$M$ がコンパクトなら閉多様体になる。境界のある多様体についての問題を、境界のない多様体についての問題に移すための基本的な道具である。
貼り合わせた空間が位相多様体になることは見やすいが、滑らかな構造を入れるには境界の近くの形をそろえる必要がある。そのために カラー近傍定理 を使う。この記事では、滑らかな構造の構成、球面 $S^n$ が $D^n$ の二重化であることの証明、向き付け可能性、Euler 標数の公式 $\chi(D(M))=2\chi(M)-\chi(\partial M)$ とその帰結を扱う。
この記事では、境界付き多様体は Hausdorff かつ第 2 可算な $C^\infty$ 級の境界付き多様体、「滑らか」は $C^\infty$ 級とし、記号は 境界付き多様体 の記事に従う。
$M$ を $n$ 次元の境界付き多様体とする。$M\times\{0,1\}$($M$ の 2 つのコピーの非交和)に、$p\in\partial M$ について $(p,0)\sim(p,1)$ で生成される同値関係を入れた商空間
$$
D(M):=M\times\{0,1\}/\sim
$$
を $M$ の二重化という。商写像を $\pi$ とし、$i_\epsilon(x):=\pi(x,\epsilon)$($\epsilon=0,1$)、$M_\epsilon:=i_\epsilon(M)$ とおく。
$\partial M=\emptyset$ なら $D(M)$ は $M$ の 2 つのコピーの非交和である。写像 $r\colon D(M)\to M$ を $r(\pi(x,\epsilon)):=x$ で定めると、これは well-defined で(同一視される 2 点は同じ $x$ をもつ)、商位相の性質により連続である。$r$ を折り畳み写像という。$r\circ i_\epsilon=\mathrm{id}_M$ なので、$i_\epsilon$ は単射で、$r$ の制限を逆写像とする $M$ から $M_\epsilon$ への同相写像である。$\pi^{-1}(M_0)=M\times\{0\}\cup\partial M\times\{1\}$ は閉集合なので $M_0$ は $D(M)$ の閉集合であり($M_1$ も同じ)、
$$
D(M)=M_0\cup M_1,\qquad M_0\cap M_1=i_0(\partial M)=i_1(\partial M)
$$
である。
$M=[-1,1]$ の二重化は、2 本の区間の両端 $\pm1$ をそれぞれ貼った空間で、写像 $i_0(x)\mapsto\bigl(x,\sqrt{1-x^2}\bigr)$、$i_1(x)\mapsto\bigl(x,-\sqrt{1-x^2}\bigr)$ により円周 $S^1$ と同相である。この写像は上半円と下半円への同相写像を貼ったもので、$x=\pm1$ で値が一致する。ただし $x\mapsto\sqrt{1-x^2}$ は $x=\pm1$ で微分できないので、この写像を座標の選び方にして滑らかな構造を論じることはできない。滑らかな構造は下の thm-dbl-smooth のようにカラーで入れ、thm-dbl-sphere で $S^1$ と微分同相であることを示す。
$M$ を滑らかな境界付き多様体とし、$\partial M\ne\emptyset$ とする。カラー近傍定理 により、$\partial M$ を含む開集合 $V$ と微分同相写像 $c\colon\partial M\times[0,1)\to V$、$c(p,0)=p$ がある。$\partial M\times(-1,1)$ は境界のない $n$ 次元の多様体である。
$$
\Theta(p,t):=\begin{cases}i_0\bigl(c(p,t)\bigr)&0\le t<1,\\ i_1\bigl(c(p,-t)\bigr)&-1< t\le0\end{cases}
$$
とおく。$t=0$ では $i_0(p)=i_1(p)$ なので 2 つの式は一致する。$\Theta$ は、第 1 のコピーのカラーを $t\ge0$ の側に、第 2 のコピーのカラーを $t\le0$ の側に並べて、境界の両側に広がる近傍 $\partial M\times(-1,1)$ を作る写像である。
上の記号で、次が成り立つ。
(R1) $D(M)$ は Hausdorff かつ第 2 可算で、$O_\epsilon:=i_\epsilon(\operatorname{Int}M)$($\epsilon=0,1$)と $W:=\Theta(\partial M\times(-1,1))$ は $D(M)$ を覆う開集合である。$i_\epsilon\colon\operatorname{Int}M\to O_\epsilon$ と $\Theta\colon\partial M\times(-1,1)\to W$ は同相写像である。
(R2) $\operatorname{Int}M$ の局所座標 $\psi$ から作った $\psi\circ r|_{O_\epsilon}$ と、$\partial M\times(-1,1)$ の局所座標 $\chi$ から作った $\chi\circ\Theta^{-1}$ の全体は $C^\infty$ 級アトラスであり、$D(M)$ は $n$ 次元の境界のない滑らかな多様体になる。
(R3) $M_\epsilon$ は $D(M)$ の閉集合で、この構造の中で境界付き多様体をなし、$i_\epsilon\colon M\to M_\epsilon$ は微分同相写像である。$\partial M_0=\partial M_1=M_0\cap M_1$ である。
(R4) $D(M)$ がコンパクトであることと $M$ がコンパクトであることは同値であり、$D(M)$ が連結であることと $M$ が連結であることは同値である。
段 1($W$ と $\Theta$).$\Theta$ は閉集合 $\partial M\times[0,1)$、$\partial M\times(-1,0]$ の上でそれぞれ連続で、共通部分 $t=0$ で一致するので連続である。$t>0$ の点は $O_0$ に、$t<0$ の点は $O_1$ に、$t=0$ の点は $i_0(\partial M)$ に写り、それぞれの上で $c$ が単射なので、$\Theta$ は単射である。$\sigma(p,t):=(p,-t)$ とおくと、$\partial M\times(-1,1)$ の開集合 $O$ について
$$
\pi^{-1}(\Theta(O))=c\bigl(O\cap(\partial M\times[0,1))\bigr)\times\{0\}\ \cup\ c\bigl(\sigma(O)\cap(\partial M\times[0,1))\bigr)\times\{1\}
$$
であり、$c$ は $\partial M\times[0,1)$ から $M$ の開集合 $V$ への同相写像なので右辺は開集合である。よって $\Theta(O)$ は開集合で、$\Theta$ は開写像、したがって開集合 $W=\Theta(\partial M\times(-1,1))$ への同相写像である。
段 2($O_\epsilon$).$\pi^{-1}(O_0)=\operatorname{Int}M\times\{0\}$ は開集合なので $O_0$ は開集合で、$i_0$ は $\operatorname{Int}M$ から $O_0$ への連続な全単射、逆写像は $r$ の制限なので同相写像である。$O_1$ も同じ。$D(M)=M_0\cup M_1$ の点は、$\partial M$ の像なら $W$ に、そうでなければ $O_0$ か $O_1$ に属する。
段 3(Hausdorff 性と第 2 可算性).異なる 2 点 $x,y$ について、$r(x)\ne r(y)$ なら、$M$ で $r(x)$、$r(y)$ を分ける交わらない開集合の $r$ による逆像が $x,y$ を分ける。$r(x)=r(y)=:a$ なら $a\notin\partial M$($\partial M$ の点なら $x=y$)であり、$x,y$ は $i_0(a)$、$i_1(a)$ なので、交わらない開集合 $O_0$、$O_1$ が分ける。第 2 可算性は、第 2 可算な空間と同相な 3 つの開集合 $O_0,O_1,W$ の可算基の和が $D(M)$ の可算基になることによる。
段 4(座標変換).$O_0\cap O_1=\emptyset$ である。$O_0\cap W=\Theta(\partial M\times(0,1))$ の上で $\Theta^{-1}\circ i_0=c^{-1}$、$O_1\cap W=\Theta(\partial M\times(-1,0))$ の上で $\Theta^{-1}\circ i_1=\sigma\circ c^{-1}$ であり、$c^{-1}$ は $V\setminus\partial M$ から $\partial M\times(0,1)$ への微分同相写像なので、(ii) の座標近傍どうしの座標変換はすべて $C^\infty$ 級である。これで (i)(ii) が示された。
段 5($M_\epsilon$).$M_0$ が閉集合であることは定義の後で見た。$\Theta$ の座標で
$$
M_0\cap W=\Theta\bigl(\partial M\times[0,1)\bigr)=\{\Theta(p,t)\mid t\ge0\}
$$
である。したがって $M_0$ の点のうち $W\setminus O_0$ に属するもの、すなわち $i_0(\partial M)$ の点のまわりでは、$\partial M$ の座標 $y$ と $t$ を並べた $D(M)$ の局所座標 $(-t,y)$ で $M_0=\{-t\le0\}$ と表される。$D(M)$ における $M_0$ の内点の全体は $O_0$ である。境界付き多様体 の命題「Stokes の定理の記事の定義との関係」により、$M_0$ は境界 $i_0(\partial M)$ をもつ滑らかな境界付き多様体であり、その座標近傍はこれらの局所座標の制限である。$i_0$ を座標で書くと、$\operatorname{Int}M$ の上では恒等写像、$V$ の上では $\Theta^{-1}\circ i_0\circ c=$($\partial M\times[0,1)\hookrightarrow\partial M\times(-1,1)$ の包含)なので、$i_0$ と逆写像 $r|_{M_0}$ は滑らかであり、$i_0\colon M\to M_0$ は微分同相写像である。$M_1$ も同じで、$\partial M_0=\partial M_1=i_0(\partial M)=M_0\cap M_1$ である。
段 6((iv)).$M$ がコンパクトなら $D(M)=\pi(M\times\{0,1\})$ はコンパクトな空間の連続像なのでコンパクトである。逆に $D(M)$ がコンパクトなら閉集合 $M_0$ はコンパクトで、$M=r(M_0)$ もコンパクトである。$M$ が連結なら、$M_0$ と $M_1$ は連結で、空でない $i_0(\partial M)$ を共有するので、和 $D(M)$ は連結である。逆に $D(M)$ が連結なら、その連続像 $M=r(D(M))$ は連結である。$\square$
構成を図式でまとめる。$j_\pm$ を $\partial M\times[0,1)$ から $\partial M\times(-1,1)$ への写像 $j_+(p,t)=(p,t)$、$j_-(p,t)=(p,-t)$ とすると、次の図式は可換である。
$$
\xymatrix{
M \ar[r]^-{i_0} & D(M) & M \ar[l]_-{i_1} \\
\partial M\times[0,1) \ar[u]^{c} \ar[r]_-{j_+} & \partial M\times(-1,1) \ar[u]^{\Theta} & \partial M\times[0,1) \ar[u]_{c} \ar[l]^-{j_-}
}
$$
すなわち $\Theta\circ j_+=i_0\circ c$、$\Theta\circ j_-=i_1\circ c$ である。$D(M)$ の滑らかな構造は、この図式の上段の 2 つの写像と中央の縦の写像が開集合の上で局所座標を与えるように決めたものである。
構成にはカラー $c$ を使ったので、$D(M)$ の滑らかな構造は $c$ の選び方に依存する。実際、別のカラーでは恒等写像が滑らかでなくなることがある(ex-dbl-counterexamples の 3 行目)。しかし得られる多様体どうしは微分同相である:$M$ がコンパクトなら、$i_0,i_1$ が $M_0,M_1$ への微分同相写像になるような $D(M)$ の滑らかな構造は、貼り合わせた部分 $M_0\cap M_1$ の上で恒等写像になる微分同相写像を除いて一意である(Mil65 Theorem 1.4、p. 2。証明は pp. 25–26)。貼り合わせた結果がカラーの選び方によらないことは Kos93 Ch. VI §5(pp. 100–101)も述べている。この記事では証明しない。以下、$D(M)$ はこの構造をもつ滑らかな多様体とみる。
同じ構成で、境界の間の微分同相写像 $h\colon\partial N\to\partial M$ によって 2 つの境界付き多様体 $M,N$ を貼り合わせた $M\cup_hN$ にも滑らかな構造が入る(Lee13 Theorem 9.29、p. 224)。二重化は $N=M$、$h=\mathrm{id}$ の場合である(同 Example 9.32、p. 226)。
$n\ge1$ とし、$D^n=\{x\in\mathbb{R}^n\mid\lvert x\rvert\le1\}$、$S^n=\{(y,z)\in\mathbb{R}^n\times\mathbb{R}\mid\lvert y\rvert^2+z^2=1\}$ とする。$D^n$ のカラーを
$$
c(p,t):=\rho(t)\,p,\qquad\rho(t):=\sqrt{\frac{1-t}{1+t}}\qquad(p\in S^{n-1},\ 0\le t<1)
$$
にとって作った二重化 $D(D^n)$ は $S^n$ と微分同相である。微分同相写像 $F\colon D(D^n)\to S^n$ は
$$
F(i_0(x))=\Bigl(\frac{2x}{1+\lvert x\rvert^2},\ \frac{1-\lvert x\rvert^2}{1+\lvert x\rvert^2}\Bigr),\qquad F(i_1(x))=\Bigl(\frac{2x}{1+\lvert x\rvert^2},\ -\frac{1-\lvert x\rvert^2}{1+\lvert x\rvert^2}\Bigr)
$$
で与えられる。$n=1$ の場合、$D([-1,1])$ は円周 $S^1$ と微分同相である。
$c$ がカラーであること:$\rho\colon[0,1)\to(0,1]$ は滑らかで $\rho'(t)=-1/\bigl((1+t)^2\rho(t)\bigr)<0$ なので、逆写像 $r\mapsto(1-r^2)/(1+r^2)$ も滑らかな全単射である。よって $c$ は $S^{n-1}\times[0,1)$ から開集合 $D^n\setminus\{0\}$ への微分同相写像(逆写像 $x\mapsto\bigl(x/\lvert x\rvert,\ (1-\lvert x\rvert^2)/(1+\lvert x\rvert^2)\bigr)$)で、$c(p,0)=p$ である。
$F$ が全単射であること:$F\circ i_0$ は南極 $(0,-1)$ からの立体射影の逆写像で、$D^n$ を閉じた上半球 $\{z\ge0\}$ の上へ全単射に写す($z=(1-\lvert x\rvert^2)/(1+\lvert x\rvert^2)\ge0\iff\lvert x\rvert\le1$)。$F\circ i_1$ は同様に $D^n$ を閉じた下半球の上へ写す。$\lvert x\rvert=1$ では両者はともに $(x,0)$ なので $F$ は well-defined であり、上半球と下半球は赤道 $\{z=0\}$ だけを共有するので $F$ は全単射である。
$F$ が微分同相写像であること:$O_0$、$O_1$ の上では $F$ は立体射影の逆写像を開円板に制限したものなので、開半球の上への微分同相写像である。$W$ の上では、$x=\rho(t)p$ とおくと $\lvert x\rvert^2=(1-t)/(1+t)$、$1+\lvert x\rvert^2=2/(1+t)$ なので
$$
F\bigl(\Theta(p,t)\bigr)=\bigl(\sqrt{1-t^2}\,p,\ t\bigr)\qquad(p\in S^{n-1},\ -1< t<1)
$$
となる($t<0$ の側も、$i_1(c(p,-t))$ の第 2 成分が $-(-t)=t$ になって同じ式になる)。これは $S^{n-1}\times(-1,1)$ から $S^n\setminus\{(0,\pm1)\}$ への滑らかな全単射で、逆写像 $(y,z)\mapsto(y/\lvert y\rvert,z)$ も滑らかである。$F$ は 3 つの開集合の上でそれぞれ開集合への微分同相写像に一致する全単射なので、微分同相写像である。$\square$
赤道の近くの式 $F(\Theta(p,t))=(\sqrt{1-t^2}\,p,t)$ は、カラーの座標 $t$ が球面の高さ $z$ にちょうど一致するようにカラーを選んだことを表している。ex-dbl-interval の写像 $x\mapsto(x,\pm\sqrt{1-x^2})$ が端で滑らかでなかったのに対し、ここでは縁の近くを $t$ で測り直したので滑らかになる。
Klein の壺 $K$ を、$\mathbb{R}^2$ の $\tau(x,y)=(x+1,-y)$、$s(x,y)=(x,y+1)$ で生成される群 $G$ による商とする(向き付け可能多様体 の例「商として得られる多様体」の 5)。$\{\lvert y\rvert\le1/4\}$ の像 $B_1$ は $([0,1]\times[-1/4,1/4])/\bigl((0,y)\sim(1,-y)\bigr)$ なので閉じた Möbius の帯である。$\rho(x,y)=(x,1/2-y)$ は $\rho\tau\rho^{-1}=s\tau$、$\rho s\rho^{-1}=s^{-1}$ をみたすので $K$ の微分同相写像を引き起こし、$B_1$ を $\{1/4\le y\le3/4\}$ の像 $B_2$ に写し、$y=1/4$ の点を動かさず、$y=-1/4$ の点 $(x,-1/4)$ を $(x,3/4)=s(x,-1/4)$、すなわち同じ点に写す。$K=B_1\cup B_2$、$B_1\cap B_2=\partial B_1$ なので、$i_0(b)\mapsto b$、$i_1(b)\mapsto\rho(b)$ は $D(B_1)$ から $K$ への同相写像で、$K$ の滑らかな構造は $B_1$ と $\rho(B_1)$ の上でそれぞれ $B_1$ の構造を与える。rem-dbl-uniqueness の一意性により $D(B_1)$ は $K$ と微分同相である。
2 と 3 を比べると、円環と Möbius の帯はどちらも円周の上の区間の束だが、二重化はそれぞれトーラス(向き付け可能)と Klein の壺(向き付け不可能)になる。これは次の命題の例である。
$M$ を滑らかな境界付き多様体とする($M$ の向き付けとは $\operatorname{Int}M$ の向き付けのこと)。$D(M)$ が向き付け可能であることと、$M$ が向き付け可能であることは同値である。$M$ に向き $o$ を与えると、$D(M)$ には $M_0$ の上で $o$、$M_1$ の上で $-o$(逆の向き)となる向きが入る。
$D(M)$ が向き付け可能なら、その開集合 $O_0$ も向き付け可能であり、$O_0$ は $\operatorname{Int}M$ と微分同相なので $M$ は向き付け可能である。
逆を示す。要点は、$W\cong\partial M\times(-1,1)$ に「$\partial M$ の向き $\times$ $t$ の増える向き」という積の向き $o_W$ を入れると、$t>0$ の側では $\Theta=i_0\circ c$ が $o$ と合い、$t<0$ の側では $\Theta=i_1\circ c\circ\sigma$($\sigma(p,t)=(p,-t)$ は $t$ の向きを反転する)が $-o$ と合うことである。
$c$ を $\partial M\times(0,1)$ に制限すると $\operatorname{Int}M$ の開集合への微分同相写像なので、$o$ を引き戻した向き $c^*o$ が $\partial M\times(0,1)$ に入る。$T_p\partial M$ の基底 $(w_1,\dots,w_{n-1})$ を、$(w_1,\dots,w_{n-1},\partial_t)$ が点 $(p,1/2)$ で $c^*o$ について正の向きのとき正と定めると、$\partial M$ の向き $o_\partial$ が得られる($\partial M$ の局所座標 $y$ について、$(y,t)$ の Jacobi 行列式の $c^*o$ に対する符号は局所的に一定なので、この符号が正になる $y$ たちが向き付けられた座標近傍系をなす)。積の向き $o_\partial\times\partial_t$ と $c^*o$ が一致する点の集合は $\partial M\times(0,1)$ の開かつ閉な集合で、$\partial M\times\{1/2\}$ を含み、$\partial M\times(0,1)$ の各連結成分は $C\times(0,1)$($C$ は $\partial M$ の連結成分)の形で $t=1/2$ と交わるので、両者は全体で一致する。$\partial M\times(-1,1)$ に積の向き $o_W:=o_\partial\times\partial_t$ を入れる。$t>0$ の側では $\Theta=i_0\circ c$ は $o_W$ を $(i_0)_*o$ に写す。$t<0$ の側では $\Theta=i_1\circ c\circ\sigma$ であり、$\sigma$ は $o_W$ を反転するので、$\Theta$ は $o_W$ を $-(i_1)_*o$ に写す。したがって $O_0$ に $(i_0)_*o$、$O_1$ に $-(i_1)_*o$、$W$ に $\Theta_*o_W$ を入れると、重なりの上で一致し、正の向きの局所座標を集めたものが $D(M)$ の向き付けられた座標近傍系になる。$\square$
折り畳み写像 $r\colon D(M)\to M$ は $r\circ i_0=\mathrm{id}_M$ をみたす連続写像である。したがって $M_0$ は $D(M)$ のレトラクトであり、各 $k$ について $(i_0)_*\colon H_k(M)\to H_k(D(M))$ は単射で、$H_k(D(M))\cong H_k(M)\oplus\ker r_*$ である。
$r$ の連続性と $r\circ i_0=\mathrm{id}_M$ は定義の後で見た。関手性から $r_*\circ(i_0)_*=\mathrm{id}$ なので $(i_0)_*$ は単射であり、$x\mapsto\bigl(r_*x,\ x-(i_0)_*r_*x\bigr)$ が $H_k(D(M))$ から $H_k(M)\oplus\ker r_*$ への同型を与える(逆写像は $(a,b)\mapsto(i_0)_*a+b$)。$\square$
$r$ は $M_0$ と $M_1$ を重ねる写像なので、滑らかではない。実際、$W$ の座標では $r(\Theta(p,t))=c(p,\lvert t\rvert)$ であり、$c$ の $t$ 方向の微分は $t=0$ で $0$ でない(内向きのベクトルに写る)ので、$r$ は $t=0$ で $t$ について微分できない。
コンパクトな多様体のホモロジー群は有限生成で、十分大きい次数では $0$ である(コンパクトな境界付き多様体は有限単体複体のレトラクトなので。Hat02 Corollary A.8・A.9、p. 527)。したがって Euler 標数 $\chi$(Euler標数 の定義「ホモロジーによる Euler 標数」)が定まる。
$M$ をコンパクトな滑らかな境界付き多様体とする。
$$
\chi(D(M))=2\chi(M)-\chi(\partial M)
$$
が成り立つ。
$\partial M=\emptyset$ なら $D(M)=M\sqcup M$ で両辺は $2\chi(M)$ である。$\partial M\ne\emptyset$ とし、
$$
A:=M_0\cup\Theta\bigl(\partial M\times(-\tfrac12,0]\bigr),\qquad B:=M_1\cup\Theta\bigl(\partial M\times[0,\tfrac12)\bigr)
$$
とおく。$\pi^{-1}(A)=M\times\{0\}\cup c(\partial M\times[0,1/2))\times\{1\}$ は開集合なので $A$ は開集合であり、$B$ も同じである。$A\cup B=D(M)$、$A\cap B=\Theta(\partial M\times(-1/2,1/2))$ である。
$A$ は $M_0$ に変形レトラクトする:$h_s$ を $M_0$ の上で恒等写像、$\Theta(p,t)$($-1/2< t\le0$)に対して $h_s(\Theta(p,t))=\Theta(p,(1-s)t)$ と定める。$M_0$ と $\Theta(\partial M\times(-1/2,0])$ はそれぞれ $A$ の開集合 $\Theta(\partial M\times(-1/2,0))$ と $O_0$ の補集合なので $A$ の閉集合であり、共通部分 $i_0(\partial M)$ の上で 2 つの定義は一致するので、$h$ は連続である。同様に $B$ は $M_1$ に、$A\cap B$ は $\Theta(\partial M\times\{0\})\cong\partial M$ に変形レトラクトする。ホモトピー同値な空間のホモロジーは同型なので、$H_k(A)\cong H_k(M)$、$H_k(B)\cong H_k(M)$、$H_k(A\cap B)\cong H_k(\partial M)$ である($\partial M$ はコンパクトな多様体 $M$ の閉集合なので、コンパクトな境界のない多様体であり、ホモロジーは有限生成)。
Mayer–Vietoris完全列 の定理「Mayer–Vietoris 完全列」により、有限生成アーベル群の完全列
$$
\cdots\to H_k(A\cap B)\to H_k(A)\oplus H_k(B)\to H_k(D(M))\to H_{k-1}(A\cap B)\to\cdots\to H_0(D(M))\to0
$$
があり、十分大きい $k$ では $0$ である。有限個の項をもつ有限生成アーベル群の完全列では、階数の交代和は $0$ である。
完全列 $0\to C_m\xrightarrow{f_m}C_{m-1}\to\cdots\to C_0\to0$ で、$K_j:=\ker(C_j\to C_{j-1})$ とおくと、短完全列 $0\to K_j\to C_j\to K_{j-1}\to0$(完全性から $C_j$ の像は $K_{j-1}$)ができる。Euler標数 の補題「階数の性質」の (3) から $\operatorname{rank}C_j=\operatorname{rank}K_j+\operatorname{rank}K_{j-1}$ であり、$(-1)^j$ を掛けて足すと隣どうしが打ち消し、$K_m=0$、$K_{-1}=0$ から和は $0$ になる。
$M$ を $n$ 次元のコンパクトな滑らかな境界付き多様体とする。
境界のない閉多様体で次元が奇数のものの Euler 標数は $0$ である(Hat02 Corollary 3.37、p. 249。Poincaré 双対による)。1:$D(M)$ は $n$ 次元の閉多様体なので $\chi(D(M))=0$ であり、thm-dbl-euler から $\chi(\partial M)=2\chi(M)$ である。2:$\partial M$ は $n-1$ 次元(奇数)の閉多様体なので $\chi(\partial M)=0$ である。$\square$
たとえば $D^3$ の境界 $S^2$ は $\chi(S^2)=2=2\chi(D^3)$ を満たす。一方、実射影平面 $\mathbb{RP}^2$ は $H_0=\mathbb{Z}$、$H_1=\mathbb{Z}/2$、$H_2=0$ なので $\chi(\mathbb{RP}^2)=1$ であり(Hat02 Example 2.42、p. 144)、1 により、境界が $\mathbb{RP}^2$ と微分同相なコンパクトな 3 次元の境界付き多様体は存在しない。偶数次元の例では $\chi(S^2)=2\chi(D^2)=2$、$\chi(T^2)=2\chi(S^1\times[-1,1])=0$ である。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| 境界が空でない | $M=S^1$(連結、境界なし) | $D(M)$ が連結である(thm-dbl-smooth の (iv)) |
| 貼り合わせの写像が恒等写像 | 円環 $S^1\times[-1,1]$ の片方の境界を $z\mapsto\bar z$ で貼る | 貼り合わせた多様体が向き付け可能である(二重化はトーラスで向き付け可能) |
| カラーを 1 つに固定する | $M=[0,\infty)$ とカラー $c'(0,t)=t+t^2$ | 2 つのカラーから作った構造の間で恒等写像が滑らかである |
| $n$ が奇数 | $M=D^2$($n=2$) | $\chi(\partial M)=2\chi(M)$(左辺 $0$、右辺 $2$) |
1 行目:$\partial M=\emptyset$ なので $D(M)=M\times\{0,1\}$ は 2 つの円周の非交和で連結でない。(iv) の連結性の証明で「$M_0$ と $M_1$ が空でない $i_0(\partial M)$ を共有する」ことを使った所が破れている。
4 行目:$\chi(S^1)=0$、$\chi(D^2)=1$ である。偶数次元では cor-dbl-boundary-euler の 2 のほうが成り立つ($\chi(S^2)=2$)。
2 行目:$A=S^1\times[-1,1]$ の 2 つのコピー $A,A'$ を、境界 $S^1\times\{1\}$ どうしは恒等写像で、$S^1\times\{-1\}$ どうしは $(z,-1)\mapsto(\bar z,-1)$($S^1\subset\mathbb{C}$)で貼る。$A'$ を $S^1\times[1,3]$ に $(z,s)\mapsto(z,2-s)$ で置き直すと、結果は $S^1\times[-1,3]$ の両端を $(z,-1)\sim(\bar z,3)$ で貼った空間、すなわち $\mathbb{R}\times S^1$ を $(s,z)\mapsto(s+4,\bar z)$ で生成される群で割った空間になる。これは $S^1=\mathbb{R}/2\pi\mathbb{Z}$ の角 $\theta$ で書くと $(s,\theta)\mapsto(s+4,-\theta)$ による商で、向き付け可能多様体 の例「商として得られる多様体」の 5 の Klein の壺と同じ形(尺度を変えたもの)であり、向き付け不可能である。二重化(両側とも恒等写像)はトーラスで向き付け可能なので、貼り合わせの写像を変えると得られる多様体が変わる。
3 行目:$M=[0,\infty)$、$\partial M=\{0\}$ のカラー $c(0,t)=t$ と $c'(0,t)=t+t^2$($[0,1)$ から $[0,2)$ への微分同相写像)をとる。$D(M)$ を集合として $\mathbb{R}$ と同一視し、$i_0(x)=x$、$i_1(x)=-x$ とする。$c$ から作った $\Theta(t)$ は $t$ そのものなので、$c$ による構造は $\mathbb{R}$ の通常の構造である。$c'$ から作った $\Theta'(t)$ は $t\ge0$ で $t+t^2$、$t\le0$ で $-\bigl((-t)+(-t)^2\bigr)=t-t^2$、すなわち $\Theta'(t)=t+t\lvert t\rvert$ である。$c'$ による構造では $\Theta'^{-1}$ が局所座標なので、恒等写像(通常の構造から $c'$ の構造へ)を座標で書くと $\Theta'^{-1}$ になる。$\Theta'$ は $C^1$ 級だが 2 階微分が $t=0$ で $2$ から $-2$ へ跳ぶので $C^2$ 級でなく、$\Theta'^{-1}$ も $0$ の近くで $C^2$ 級でない(逆写像が $C^2$ 級なら、$\Theta'$ も $C^2$ 級になる)。したがって恒等写像は 2 つの構造の間の微分同相写像ではない。これは 2 つの構造が微分同相であることとは矛盾しない。実際、$\phi(t):=t+t\lvert t\rvert$ は $\mathbb{R}$ から $\mathbb{R}$ への全単射で、通常の構造から $c'$ の構造への微分同相写像である。$c'$ の構造の局所座標は、$\Theta'((-1,1))=(-2,2)$ の上の $\Theta'^{-1}$、$O_0=(0,\infty)$ の上の $x$、$O_1=(-\infty,0)$ の上の $-x$ である。これらで $\phi$ を書くと、$\lvert t\rvert<1$ では $\Theta'^{-1}\circ\phi(t)=t$、$t>0$ では $t+t^2$、$t<0$ では $-\phi(t)=-t+t^2$ で、どれも $C^\infty$ 級である。逆向きも、$\phi^{-1}\circ\Theta'(s)=s$($\lvert s\rvert<1$)、$x>0$ で $\phi^{-1}(x)=\bigl(-1+\sqrt{1+4x}\bigr)/2$、$x<0$ で $\phi^{-1}(x)=\bigl(1-\sqrt{1-4x}\bigr)/2$ なので $C^\infty$ 級である。
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