被覆空間 (covering space) とは、ある位相空間(底空間)に対して、その局所的な位相構造を保ったまま、大域的に「巻き付く」あるいは「積み重なる」ような構造を持つ空間のことである。直感的には、円周の真上に無限に伸びる螺旋階段のような関係を指す。被覆空間の理論は、基本群の計算や分類において不可欠な道具であり、代数方程式論におけるガロア理論と驚くほど類似した美しい対応関係(被覆空間と基本群の部分群の対応)を持つことで知られる。
被覆空間の定義は、局所的に「コピーの積み重ね」に見えるような連続写像によって与えられる。
位相空間 $E, B$ および連続写像 $p: E \to B$ について、$p$ が被覆写像(covering map)であるとは、以下の条件を満たすことをいう。
$B$ の任意の点 $b$ に対して、$b$ の開近傍 $U$ (被覆近傍と呼ぶ)が存在し、$p$ による逆像 $p^{-1}(U)$ が $E$ の開集合の非交和
$$p^{-1}(U) = \bigsqcup_{\alpha \in \Lambda} V_\alpha$$
として表され、かつ各制限写像 $p|_{V_\alpha}: V_\alpha \to U$ が同相写像となる。
このとき、$E$ を $B$ の被覆空間(covering space)、$B$ を底空間(base space)と呼ぶ。また、逆像 $p^{-1}(b)$ (離散集合となる)を点 $b$ 上のファイバー(fiber)という。
被覆空間の最も基本的なイメージは、「円周に巻き付く螺旋」である。
底空間を単位円周 $B = S^1 \subset \mathbb{C}$ ($z = e^{2\pi i t}$) とし、被覆空間を実数直線 $E = \mathbb{R}$ とする。
写像 $p: \mathbb{R} \to S^1$ を以下で定める。
$$p(t) = (\cos 2\pi t, \sin 2\pi t) = e^{2\pi i t}$$
$E = S^1$, $B = S^1$ とし、写像 $p(z) = z^n$ ($z \in \mathbb{C}, |z|=1$) を考える。
これは円周が円周に $n$ 回巻き付く被覆であり、ファイバーの濃度は $n$ である。
$n$ 次元球面 $S^n$ から $n$ 次元実射影空間 $\mathbb{R}P^n$ への商写像 $p: S^n \to \mathbb{R}P^n$ (対蹠点 $x$ と $-x$ を同一視する写像)は、2重被覆(ファイバーが2点)である。
被覆空間の理論において最も基本的かつ重要な道具が「持ち上げ」である。これは底空間上のパス(道)や写像を、被覆空間上のパスや写像に復元する操作である。
連続写像 $f: X \to B$ に対し、連続写像 $\tilde{f}: X \to E$ で $p \circ \tilde{f} = f$ を満たすものを、$f$ の持ち上げ(lift)と呼ぶ。
$$\begin{array}{ccc}
& & E \\
& \nearrow_{\tilde{f}} & \downarrow^{p} \\
X & \xrightarrow[]{f} & B
\end{array}$$
$p: E \to B$ を被覆空間、$e_0 \in E, b_0 \in B$ を $p(e_0) = b_0$ なる点とする。
底空間上のパス $\gamma: [0, 1] \to B$ で $\gamma(0) = b_0$ を満たすものに対し、始点を $\tilde{\gamma}(0) = e_0$ とする持ち上げ $\tilde{\gamma}: [0, 1] \to E$ がただ一つ存在する。
底空間 $B$ 上でパス $\gamma_0$ が $\gamma_1$ にホモトピー同値(連続的に変形可能)であり、始点と終点を固定して変形できるならば、被覆空間 $E$ 上の持ち上げ $\tilde{\gamma}_0$ も $\tilde{\gamma}_1$ に同様にホモトピー同値となる。
この性質により、基本群 $\pi_1(B, b_0)$ の要素(ループのホモトピー類)と、被覆空間上のパスの終点の位置関係を結びつけることが可能になる。
被覆空間の中で最も「純粋」なものが普遍被覆空間である。
被覆空間 $\tilde{X}$ が単連結(simply connected)、すなわち $\pi_1(\tilde{X})$ が自明であるとき、$\tilde{X}$ を $X$ の普遍被覆空間(universal covering space)と呼ぶ。
連結かつ局所単連結な位相空間 $X$(多様体やCW複体など)には、同型を除いて一意な普遍被覆空間が存在する。
普遍被覆空間 $\tilde{X}$ 上のループではないパスの端点の配置は、底空間 $X$ の「穴」の情報を完全に反映している。具体的には、普遍被覆空間の被覆変換群(後述)は、底空間の基本群 $\pi_1(X)$ と同型になる。
例:$S^1$ の普遍被覆は $\mathbb{R}$ であり、基本群 $\pi_1(S^1) \cong \mathbb{Z}$ である。
被覆空間の理論は、代数方程式論におけるGalois理論と並行的な構造を持つ。
被覆写像 $p: E \to B$ に対し、同相写像 $\sigma: E \to E$ で $p \circ \sigma = p$ を満たすもの(ファイバーを保つ変換)を被覆変換と呼ぶ。これら全体は群をなし、被覆変換群 $G(E/B)$ と呼ばれる。
| 位相幾何学(被覆空間) | 代数学(体の拡大) |
|---|---|
| 底空間 $B$ | 基礎体 $k$ |
| 被覆空間 $E$ | 拡大体 $K$ |
| 普遍被覆空間 $\tilde{B}$ | 分解体(あるいは代数閉包) |
| 基本群 $\pi_1(B)$ | 絶対Galois群 |
| 被覆変換群 $G(E/B)$ | Galois群 $\text{Gal}(K/k)$ |
| ファイバーの濃度 | 拡大次数 $[K:k]$ |
特に、「正則被覆(正規被覆)」と呼ばれる良い性質を持つ被覆空間の場合、底空間の基本群の部分群と、被覆空間(の中間被覆)との間に一対一対応が存在する。