標識付き単体的集合

同義語:marked simplicial set

概要

標識付き単体的集合(marked simplicial set)とは、単体的集合 $X$ と、退化した辺をすべて含む辺の集合 $E$ の組 $(X,E)$ のことであり、$E$ の辺に印が付いているとみる。印を忘れる関手は退化した辺だけに印を付ける関手を左随伴に、すべての辺に印を付ける関手を右随伴にもち、圏は Cartesian 閉である。内部ホーン・最後の辺に印のある外側のホーン・印の合成・Kan 複体の辺から生成される標識付きアノダイン射は、Cartesian ファイブレーションに対する持ち上げを記述し、Cartesian 辺に印を付けた Cartesian ファイブレーションがファイブラントな対象となる Cartesian モデル構造の土台になる。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 単体的集合, 内部ホーンと内部アノダイン射, 右アノダイン射

標識付き単体的集合 は、単体的集合 $X$ と、退化した辺をすべて含む辺の集合 $E$ の組 $(X,E)$ である。$E$ の辺には「この辺は特別である」という印が付いている。一般の写像 $p\colon X\to S$ を Cartesian ファイブレーション $q\colon Y\to S$ に置き換えようとするとき、$X$ のどの辺を $q$-Cartesian な辺に送るべきかは $p$ だけでは決まらず、置き換えを作る段階でその情報を持ち運ぶ必要がある。そこで辺に印を付けて扱う。
この記事の中心は 標識付きアノダイン射 である。内部アノダイン射が「準圏の中でいつも延長できる包含」であったように、標識付きアノダイン射は「Cartesian ファイブレーションに対していつも延長できる包含」として、印付きのホーンなど 4 種類の写像から生成される。ここでは定義と、平坦・鋭い印の随伴、内部アノダイン射の移送、角柱との押し出し積が標識付きアノダインになること、単射に対する持ち上げの判定、内部の写像対象を証明する。標識付きアノダインでない写像の例で、生成の条件がどこで効くかも確かめる。

定義

標識付き単体的集合

標識付き単体的集合(marked simplicial set)とは、単体的集合 $X$ と辺の集合 $E\subset X_1$ の組 $(X,E)$ で、$E$ が退化した辺 $s_0(X_0)$ をすべて含むものをいう。$E$ の辺を 標識付き(marked)の辺という。標識付き単体的集合の写像 $f\colon(X,E)\to(X',E')$ とは、単体的写像 $f\colon X\to X'$ で $f(E)\subset E'$ となるものをいう(HTT09 Definition 3.1.0.1、p. 146)。標識付き単体的集合の圏を $\mathbf{sSet}^+$ と書く。

単体的集合 $X$ には 2 つの極端な印の付け方がある。退化した辺だけに印を付けたものを $X^\flat=(X,s_0(X_0))$、すべての辺に印を付けたものを $X^\sharp=(X,X_1)$ と書く。単体的写像は退化した辺を退化した辺に送るので、$X^\flat$ からの単体的写像はいつも標識付きの写像であり、$X^\sharp$ への単体的写像もいつも標識付きの写像である。単体的集合 $S$ について、$S$ への写像をもつ標識付き単体的集合の圏を $(\mathbf{sSet}^+)_{/S}$ と書く($S^\sharp$ 上の対象の圏と同じである)。
Cartesian ファイブレーション $p\colon X\to S$ について、$p$-Cartesian な辺に印を付けたものを $X^\natural$ と書く(HTT09 Definition 3.1.1.8、p. 150)。Cartesian ファイブレーションでは退化した辺はいつも $p$-Cartesian なので、これは標識付き単体的集合である(Cartesianファイブレーション の命題「Cartesian ファイブレーションの退化した辺」)。$X^\natural\to S^\sharp$ が下の Cartesian モデル構造のファイブラントな対象の典型である。

平坦・鋭い印と極限・余極限

$U\colon\mathbf{sSet}^+\to\mathbf{sSet}$ を印を忘れる関手とする。

  1. $(-)^\flat\colon\mathbf{sSet}\to\mathbf{sSet}^+$ は $U$ の左随伴、$(-)^\sharp$ は $U$ の右随伴である。
  2. 小さな図式 $(X_j,E_j)$ の余極限は、単体的集合の余極限 $X=\operatorname{colim}X_j$ に、各 $E_j$ の像の和集合を印として付けたものである。
  3. 小さな図式の極限は、単体的集合の極限 $X=\lim X_j$ に、各射影 $X\to X_j$ で標識付きの辺に写るすべての辺を印として付けたものである。とくに積 $(X,E)\times(Y,F)$ の辺 $(e,f)$ が標識付きであるのは $e\in E$ かつ $f\in F$ のときである。

1:上の段落のとおり、$\mathrm{Hom}_{\mathbf{sSet}^+}(K^\flat,(Y,F))=\mathrm{Hom}_{\mathbf{sSet}}(K,Y)$、$\mathrm{Hom}_{\mathbf{sSet}^+}((Y,F),K^\sharp)=\mathrm{Hom}_{\mathbf{sSet}}(Y,K)$ であり、どちらも両変数について自然である。2:$X$ の頂点は各 $X_j$ の頂点の像なので、その退化した辺は $E_j$ の退化した辺の像に入り、印の集合は退化した辺を含む。余極限の標識付きの錐 $(X_j,E_j)\to(Y,F)$ が誘導する単体的写像 $X\to Y$ は各 $E_j$ の像を $F$ に送るので標識付きであり、逆に標識付きの写像 $X\to Y$ を合成すれば標識付きの錐が得られる。3 も同様で、写像 $(Y,F)\to X$ が標識付きであることは、各射影との合成が標識付きであることと同じである。$\square$

積の印の規則から、たとえば $K^\flat\times L^\sharp$ の標識付きの辺は、$K$ の成分が退化した辺 $(s_0k,f)$ だけである。$K^\flat\times(\Delta^1)^\sharp$ では、それは各頂点 $k$ の「縦の辺」$(s_0k,\Delta^1)$ と退化した辺である。

標識付きアノダイン射

$\mathbf{sSet}^+$ の写像の類が 弱飽和 であるとは、同型を含み、押し出し・超限合成(整列集合で添字づけた列の余極限への写像)・射の圏でのレトラクトで閉じていることをいう。任意の写像の集まりに対して左持ち上げ性質をもつ写像の全体は弱飽和である(Kan–Quillenモデル構造 の補題「左持ち上げ性質で定まるクラスの閉包性」と同じ議論。超限合成も可算列と同じく段ごとに持ち上げを延ばせばよい)。

標識付きアノダイン射

標識付きアノダイン射(marked anodyne map)の類とは、次の写像をすべて含む最小の弱飽和な類のことである(HTT09 Definition 3.1.1.1、p. 147)。

  1. $0< i< n$ の内部ホーンの包含 $(\Lambda^n_i)^\flat\subset(\Delta^n)^\flat$。
  2. $n>0$ について、包含 $(\Lambda^n_n,E\cap(\Lambda^n_n)_1)\subset(\Delta^n,E)$。ここで $E$ は $\Delta^n$ の退化した辺と最後の辺 $\{n-1,n\}$ からなる。
  3. 包含 $(\Lambda^2_1)^\sharp\amalg_{(\Lambda^2_1)^\flat}(\Delta^2)^\flat\subset(\Delta^2)^\sharp$(辺 $\{0,1\},\{1,2\}$ に印のある $\Delta^2$ に、辺 $\{0,2\}$ の印を足す)。
  4. すべての Kan複体 $K$ について、恒等写像が定める $K^\flat\to K^\sharp$。

2 の $n=1$ は $\{1\}\subset(\Delta^1)^\sharp$ であり、「終点を与えて標識付きの辺を延ばす」ことを表す。$n\ge2$ では最後の辺 $\{n-1,n\}$ は $\Lambda^n_n$ に入っているので、2 は「最後の辺に印のある外側のホーン $\Lambda^n_n$ を埋める」ことを表し、これは Cartesianファイブレーション の定理「最後のホーンによる判定」で Cartesian な辺を特徴づける持ち上げの問題そのものである。3 は標識付きの辺の合成が標識付きであること、4 は同値(Kan 複体の辺)に印が付くことを表す。生成系は左右対称でなく、標識付きアノダイン射の反対は標識付きアノダインとは限らない(HTT09 Remark 3.1.1.2、p. 147。ex-ms-not-self-dual)。

内部アノダイン射の移送

単体的集合の内部アノダイン射 $i\colon A\to B$ について、$i^\flat\colon A^\flat\to B^\flat$ は標識付きアノダインである。したがって定義の 1 を「すべての内部アノダイン射 $i$ について $i^\flat$」に取り替えても、同じ類が得られる(HTT09 Remark 3.1.1.4、p. 148)。

内部ホーンと内部アノダイン射 の命題「内部アノダイン射の基本性質」の 2 により、$i$ は内部ホーンの包含の余積の押し出しの可算列の合成($\mathcal A_1$ 胞体複体)のレトラクトである。$(-)^\flat$ は左随伴なので余積・押し出し・列の余極限を保ち(prop-ms-adjoint の 1)、関手なのでレトラクトの図式も保つ。よって $i^\flat$ は、定義の 1 の写像の余積の押し出しの列の合成のレトラクトであり、弱飽和性から標識付きアノダインである。最後の主張は、取り替えた生成系が元の生成系を含み、元の弱飽和な類に含まれることによる。$\square$

角柱との押し出し積

単射 $i\colon A\subset B$ について、$(B^\flat\times(\Delta^1)^\sharp)$ の部分
$$ C(i):=\bigl(A^\flat\times(\Delta^1)^\sharp\bigr)\cup\bigl(B^\flat\times\{1\}^\sharp\bigr)\ \subset\ B^\flat\times(\Delta^1)^\sharp $$
(印は $B^\flat\times(\Delta^1)^\sharp$ から誘導する)への包含を考える。底を $\Delta^1$ の終点 $1$ の側に固定し、$A$ の上ではホモトピー全体を与えて $B$ 全体へ延ばす問題である。

角柱の包含は標識付きアノダイン
  1. すべての単射 $i\colon A\subset B$ について、$C(i)\subset B^\flat\times(\Delta^1)^\sharp$ は定義の 1 と 2 の写像が生成する弱飽和な類に入る。とくに標識付きアノダインである。
  2. 逆に、定義の 2 の写像は、$i=(\partial\Delta^n\subset\Delta^n)$ に対する 1 の写像が生成する弱飽和な類に入る。
    (HTT09 Proposition 3.1.1.5、pp. 148–149。)
単体を順に貼り、印を数える

要点:$i$ を単体の貼り合わせに分け、各単体の角柱を内部ホーンと最後のホーンで埋める。2 は角柱からのレトラクト。

詳しい証明を開く

境界の包含の場合。$i_n=(\partial\Delta^n\subset\Delta^n)$ とする。$n=0$ では $C(i_0)$ は $\{1\}^\sharp\subset(\Delta^1)^\sharp$ であり、定義の 2 の $n=1$ そのものである。$n\ge1$ とする。Kan–Quillenモデル構造 の補題「角柱の補題」の証明($\varepsilon=1$)により、$Y_{-1}=\partial\Delta^n\times\Delta^1\cup\Delta^n\times\{1\}$ から極大な鎖 $x_j=((0,0),\dots,(j,0),(j,1),\dots,(n,1))$ を $j=0,1,\dots,n$ の順に貼ると、$x_j$ は $\Lambda^{n+1}_{j+1}$ に沿って貼られ、$Y_n=\Delta^n\times\Delta^1$ となる。印を数える。$\Delta^n{}^\flat\times(\Delta^1)^\sharp$ の非退化な標識付きの辺は縦の辺 $((r,0),(r,1))$ だけで、$n\ge1$ ではどの頂点 $r$ も $\partial\Delta^n$ に入るので、縦の辺はすべてはじめから $Y_{-1}$ に入っている。$j< n$ の段は内部ホーン $(\Lambda^{n+1}_{j+1})^\flat\subset(\Delta^{n+1})^\flat$ の押し出しで、新しい印を加えない。$j=n$ の段は $\Lambda^{n+1}_{n+1}$ に沿って貼られ、$x_n$ の最後の辺 $((n,0),(n,1))$ は縦の辺で、すでに印がある。そこでこの段を定義の 2($n+1$)の押し出しとみれば、余極限の印の規則(prop-ms-adjoint の 2)により、得られる印は誘導された印に正確に一致する。

一般の単射。Kan–Quillenモデル構造 の補題「単射は単体を貼って作れる」により $B^{(-1)}=A$、$B^{(n)}=B^{(n-1)}\amalg_{\coprod\partial\Delta^n}\coprod\Delta^n$($A$ に入らない非退化な $n$ 単体ごとに 1 つ)、$B=\bigcup B^{(n)}$ である。$D_n:=(B^{(n)}{}^\flat\times(\Delta^1)^\sharp)\cup(B^\flat\times\{1\}^\sharp)$ とおくと $D_{-1}$ は $C(i)$ の始域、$\bigcup D_n=B^\flat\times(\Delta^1)^\sharp$ である。積は次数ごとに余極限と交換するので、$D_{n-1}\subset D_n$ は $C(i_n)$ の余積の押し出しであり、印についても、$B^\flat\times(\Delta^1)^\sharp$ の非退化な標識付きの辺は縦の辺だけで、新しい頂点の縦の辺は $n=0$ の段の $C(i_0)$ の押し出しで加わる。よって $C(i)$ は $C(i_n)$ の押し出しの可算列の合成で、前段により定義の 1・2 の生成する類に入る。

2。$n\ge2$ とし($n=1$ は $C(i_0)$ そのもの)、$(\Lambda^n_n,E')\subset(\Delta^n,E)$ を定義の 2 の写像とする。$N:=((\Lambda^n_n,E')\times(\Delta^1)^\sharp)\cup((\Delta^n,E)\times\{1\}^\sharp)\subset D:=(\Delta^n,E)\times(\Delta^1)^\sharp$ は $C(\Lambda^n_n\subset\Delta^n)$ の押し出しである(最後の辺は $\Lambda^n_n$ に入るので、$D$ の印のうち $C$ の終域にないものは $N$ からの像として入る)。$j\colon\Delta^n\to\Delta^n\times\Delta^1$ を $m\mapsto(m,0)$、$r\colon\Delta^n\times\Delta^1\to\Delta^n$ を $r(n-1,1)=n$、それ以外は $r(m,t)=m$ とする順序写像とすると $rj=\mathrm{id}$ であり、$j(\Lambda^n_n)\subset N$、$r(N)\subset\Lambda^n_n$ である($r(\Delta^n\times\{1\})$ は頂点 $n-1$ を含まず、$\Lambda^n_n$ の単体の像はある $a\ne n$ を含まないまま残る)。$j$ は最後の辺を最後の辺に、$r$ は標識付きの辺を退化した辺か最後の辺に送るので、どちらも標識付きの写像であり、定義の 2 の写像は $N\subset D$ のレトラクトである。$\square$

1 の帰結として、標識付きの写像 $q\colon X\to S$ がすべての標識付きアノダイン射に対して右持ち上げ性質をもつなら、$A$ の上で与えたホモトピーと終点 $1$ での写像を、$S$ 上で $B$ 全体のホモトピーに延ばせる。$\Delta^1$ の向きは終点の側にそろえてあり、印のある辺は「終点を固定して始点の側へ持ち上げる」Cartesian な辺の向きに合っている。

単射に対する持ち上げ

$\mathbf{sSet}^+$ の写像が 単射 であるとは、下の単体的写像が単射であることをいう(標識付きの写像として単射であることと同じである)。

単射に対する持ち上げの判定
  1. $\mathbf{sSet}^+$ のすべての単射は、$n\ge0$ の $(\partial\Delta^n)^\flat\subset(\Delta^n)^\flat$ と、恒等写像が定める $m\colon(\Delta^1)^\flat\to(\Delta^1)^\sharp$ が生成する弱飽和な類に入る。
  2. 標識付きの写像 $q\colon(X,E)\to(Y,F)$ がすべての単射に対して右持ち上げ性質をもつことと、下の単体的写像が自明 Kan ファイブレーションであり、かつ $q$ が印を反映する($E=q^{-1}(F)\cap X_1$)ことは同値である。

要点:単体を平坦に貼ってから、足りない印を $m$ の押し出しで足す。

詳しい証明を開く

1。単射 $i\colon(A,E_A)\to(B,E_B)$ の像で $A$ を $B$ の部分単体的集合とみる。Kan–Quillenモデル構造 の補題「単射は単体を貼って作れる」の各段の押し出しを、$(\partial\Delta^n)^\flat\subset(\Delta^n)^\flat$ の押し出しとして $\mathbf{sSet}^+$ で行うと、prop-ms-adjoint の 2 により下の単体的集合は同じで、新しく加わる印は退化した辺だけである。こうして $(A,E_A)\to(B,E_0)$、$E_0:=E_A\cup s_0(B_0)$ を得る。次に $E_B\setminus E_0$ の各辺 $e$ について、$e\colon(\Delta^1)^\flat\to(B,E_0)$ に沿った $m$ の押し出しの余積を一度に作ると、下の単体的集合は変わらず、印は $E_0$ にそれらの $e$ を足したもの、つまり $E_B$ になる。よって $i$ は生成系の押し出しの列の合成である。

2。$(\partial\Delta^n)^\flat\subset(\Delta^n)^\flat$ に対する持ち上げの問題と解は、prop-ms-adjoint の 1 により下の単体的写像の $\partial\Delta^n\subset\Delta^n$ に対する持ち上げの問題と解と同じである。$m$ に対する持ち上げの問題は、辺 $e\in X_1$ で $q(e)\in F$ となるものの組であり、解は $e$ 自身($m$ は下では恒等写像)で、それが解であることは $e\in E$ と同値である。よって $m$ に対する持ち上げ性質は印の反映と同値である。この 2 つがそろえば、左持ち上げ性質の類は弱飽和なので 1 によりすべての単射に対して持ち上がり、逆は明らかである。自明 Kan ファイブレーションはすべての $\partial\Delta^n\subset\Delta^n$ に対する右持ち上げ性質で定義される(Kan–Quillenモデル構造 の定義「自明 Kan ファイブレーションとアノダイン拡大」)。$\square$

内部の写像対象

内部の写像対象

標識付き単体的集合 $X,Y$ について、$n$ 単体を標識付きの写像 $(\Delta^n)^\flat\times X\to Y$ とし、辺 $a$ に、同じ下の写像が標識付きの写像 $(\Delta^1)^\sharp\times X\to Y$ であるとき印を付けたものを $Y^X$ と書く。

  1. $Y^X$ は標識付き単体的集合であり、評価写像 $\mathrm{ev}\colon Y^X\times X\to Y$ は標識付きの写像である。すべての標識付き単体的集合 $Z$ について、$\mathrm{ev}$ との合成は自然な全単射 $\mathrm{Hom}_{\mathbf{sSet}^+}(Z,Y^X)\cong\mathrm{Hom}_{\mathbf{sSet}^+}(Z\times X,Y)$ を与える。つまり $\mathbf{sSet}^+$ は Cartesian 閉圏である。
  2. $\mathrm{Map}^\flat(X,Y)$ を $Y^X$ の下の単体的集合、$\mathrm{Map}^\sharp(X,Y)$ をそのうちすべての辺が $Y^X$ の標識付きの辺である単体の全体とする。単体的集合 $K$ について自然な全単射
    $$ \mathrm{Hom}(K,\mathrm{Map}^\flat(X,Y))\cong\mathrm{Hom}_{\mathbf{sSet}^+}(K^\flat\times X,Y),\qquad\mathrm{Hom}(K,\mathrm{Map}^\sharp(X,Y))\cong\mathrm{Hom}_{\mathbf{sSet}^+}(K^\sharp\times X,Y) $$
    がある(HTT09 §3.1.3 冒頭、p. 154)。
下の指数に印の条件を足す

要点:単体的集合の指数の全単射(内部ホーンと内部アノダイン射 の節「指数と関手の準圏」)が、印の条件を保つことを確かめる。

詳しい証明を開く

単体的集合であること。$\alpha\colon[k]\to[n]$ に対し $\alpha\times\mathrm{id}\colon(\Delta^k)^\flat\times X\to(\Delta^n)^\flat\times X$ は標識付きなので、前合成で $Y^X$ は $\mathrm{Fun}(X,Y)$ の部分単体的集合になる。頂点 $g$ の退化した辺 $g\circ\mathrm{pr}_X\colon\Delta^1\times X\to Y$ は、$(\Delta^1)^\sharp\times X$ の標識付きの辺 $(f,e)$($e\in E_X$)を $g(e)$ に送るので標識付きである。

評価。$Y^X\times X$ の標識付きの辺 $(a,e)$($a$ は $Y^X$ の標識付きの辺、$e\in E_X$)の像は、$a\colon(\Delta^1)^\sharp\times X\to Y$ による $(\Delta^1)^\sharp\times X$ の辺 $(\iota,e)$($\iota$ は $\Delta^1$ の非退化な辺)の像で、$(\iota,e)$ は標識付きなので像も標識付きである。

全単射。標識付きの $h\colon Z\times X\to Y$ について、単体 $z\colon\Delta^n\to Z$ に $h\circ(z\times\mathrm{id}_X)$ を対応させる。$z\colon(\Delta^n)^\flat\to Z$ は標識付きなので、これは $Y^X$ の $n$ 単体であり、$z\in E_Z$ なら $z\colon(\Delta^1)^\sharp\to Z$ が標識付きなので、像は $Y^X$ の標識付きの辺である。逆に標識付きの $g\colon Z\to Y^X$ について $\mathrm{ev}\circ(g\times\mathrm{id}_X)$ は標識付きである。2 つの対応は下の単体的集合の指数の全単射の制限なので互いに逆であり、$Z$ について自然である。

2。1 と prop-ms-adjoint の 1 により $\mathrm{Hom}(K,\mathrm{Map}^\flat(X,Y))=\mathrm{Hom}_{\mathbf{sSet}^+}(K^\flat,Y^X)\cong\mathrm{Hom}_{\mathbf{sSet}^+}(K^\flat\times X,Y)$。$\mathrm{Map}^\sharp(X,Y)$ は面と退化で閉じている(面の辺は元の辺、退化の辺は元の辺か退化した辺)。写像 $K\to Y^X$ が $\mathrm{Map}^\sharp(X,Y)$ を通ることは $K$ のすべての辺を標識付きの辺に送ることと同じで、それは $K^\sharp\to Y^X$ が標識付きであることなので、同様に 2 つ目の全単射を得る。$\square$

$X,Y$ が $S$ 上の対象なら、$S$ への射影と両立する写像の全体として部分単体的集合 $\mathrm{Map}^\flat_S(X,Y)$、$\mathrm{Map}^\sharp_S(X,Y)$ が定まり、同じ全単射が $S$ 上の写像について成り立つ。$Y\to S$ が Cartesian ファイブレーションで $Y$ に $Y^\natural$ の印を付けたとき、$\mathrm{Map}^\flat_S(X,Y^\natural)$ は準圏で、$\mathrm{Map}^\sharp_S(X,Y^\natural)$ はそれに含まれる最大の Kan 複体である(HTT09 Remark 3.1.3.1、p. 154。この記事では証明しない)。

Cartesian モデル構造

標識付きアノダイン射に対する右持ち上げ性質は、Cartesian ファイブレーションを印で特徴づける。標識付きの写像 $p\colon X\to S$ がすべての標識付きアノダイン射に対して右持ち上げ性質をもつことは、次の 3 条件と同値である(HTT09 Proposition 3.1.1.6、pp. 149–150。この記事では証明しない。定義の 1・2 の部分は Cartesianファイブレーション の命題「標識付きアノダイン射の 1・2 への持ち上げ」で証明する)。
(A) $p$ の下の写像は内部ファイブレーションである。
(B) $X$ の辺 $e$ が標識付きであることと、$p(e)$ が標識付きで $e$ が $p$-Cartesian であることは同値である。
(C) $X$ の頂点 $y$ と $S$ の標識付きの辺 $\bar e\colon s\to p(y)$ について、$p(e)=\bar e$ となる標識付きの辺 $e\colon x\to y$ がある。
とくに $(Y,E)\to S^\sharp$ がこの性質をもつのは、$Y\to S$ が Cartesian ファイブレーションで $(Y,E)=Y^\natural$ のときに限る(HTT09 Remark 3.1.1.10、p. 151)。これを土台に、$(\mathbf{sSet}^+)_{/S}$ には、コファイブレーションが単射で、ファイブラントな対象がちょうど Cartesian ファイブレーション $Y\to S$ の $Y^\natural$ である Cartesian モデル構造 が入る(HTT09 Proposition 3.1.3.7、p. 157、Proposition 3.1.4.1、p. 160。この記事では証明しない)。さらに直線化と非直線化の随伴により、このモデル構造は $S$ から作る単体的圏 $\mathfrak C[S]^{\mathrm{op}}$ 上の標識付き単体的集合に値をとる関手の射影モデル構造と Quillen 同値になる(HTT09 Theorem 3.2.0.1、p. 169。この記事では証明しない)。こうして Cartesian ファイブレーションは、$S^{\mathrm{op}}$ から∞圏の∞圏への関手を表す。

例と反例

印が足りないと延びない:Kan 複体でない場合

$(\Delta^1)^\flat\to(\Delta^1)^\sharp$ は標識付きアノダインでない。定義の 4 の「$K$ が Kan 複体」は外せない。

脈体への写像は頂点で決まる

$q\colon(\Delta^1)^\flat\to(\Delta^0)^\sharp$ が定義の 1〜4 の写像に対して右持ち上げ性質をもつことを示す。$\Delta^1=N([1])$ で、単体的集合から $\Delta^1$ への写像は頂点の値で決まり、頂点の値が順序を保つ写像なら存在する。1:$\Delta^1$ は準圏である。2:$n=1$ では、$\{1\}$ の行き先を $c$ とし、$(\Delta^1)^\sharp$ の辺を退化した辺に送る必要があるので定値 $c$ で延ばす。$n=2$ では、標識付きの辺 $\{1,2\}$ は退化した辺に送られるので頂点の値 $f$ は $f(1)=f(2)$ を満たし、辺 $\{0,2\}$ から $f(0)\le f(2)=f(1)$ なので $f$ は順序を保ち、$\Delta^2$ へ延びて最後の辺は退化した辺に写る。$n\ge3$ では $\Lambda^n_n$ はすべての辺を含むので、頂点の値は順序を保ち、延長がある。3:辺 $\{0,1\},\{1,2\}$ が退化した辺に送られるので写像は定値で、辺 $\{0,2\}$ も退化した辺に写る。4:$K$ を Kan 複体、$g\colon K\to\Delta^1$ とする。$g(a)=0$、$g(b)=1$ となる辺 $e\colon a\to b$ があれば、辺 $\{0,1\}$ を $e$、$\{0,2\}$ を $\mathrm{id}_a$ に送る $\Lambda^2_0\to K$ を埋めた $2$ 単体の辺 $\{1,2\}\colon b\to a$ が $1\le0$ を要求して矛盾する。よって $g$ はすべての辺を退化した辺に送り、$K^\sharp\to(\Delta^1)^\flat$ は標識付きである。
$q$ に対して左持ち上げ性質をもつ写像の全体は弱飽和で、定義の 1〜4 を含むので、すべての標識付きアノダイン射を含む。一方、上辺を恒等写像 $(\Delta^1)^\flat\to(\Delta^1)^\flat$ とする $(\Delta^1)^\flat\to(\Delta^1)^\sharp$ の持ち上げの問題には、非退化な辺を標識付きの辺に送らなければならないので解がない。$\square$

自己双対でないこと

$\{1\}\subset(\Delta^1)^\sharp$ は定義の 2($n=1$)なので標識付きアノダインだが、向きを逆にした $\{0\}\subset(\Delta^1)^\sharp$ は標識付きアノダインでない。

始点のない持ち上げ

$q\colon\{0\}\subset(\Delta^1)^\sharp$($\{0\}=(\Delta^0)^\flat$)が定義の 1〜4 に対して持ち上がることを示す。1・2 の $n\ge2$・3 の写像では、始域が終域のすべての頂点を含む。始域の写像は $q$ を通るので底の写像は頂点で値 $0$ をとり、$\Delta^1$ への写像は頂点で決まるので定値 $0$ であり、定値写像で埋まる($\{0\}$ の辺は退化した辺だけなので、印の条件も満たす)。4 では始域と終域の下の単体的集合が同じなので、上辺の写像 $K\to\{0\}$ がそのまま解になる。2 の $n=1$ では始域 $\{1\}$ の行き先が $0$ なので、底 $\Delta^1\to\Delta^1$ は $1\mapsto0$ を満たし定値 $0$ になり、やはり定値写像で埋まる。よって $q$ はすべての標識付きアノダイン射に対して持ち上がる。$\{0\}\subset(\Delta^1)^\sharp$ を、上辺 $\mathrm{id}_{\{0\}}$、下辺 $\mathrm{id}_{\Delta^1}$ で $q$ に対して持ち上げると $q\circ h=\mathrm{id}_{\Delta^1}$ となる $h\colon\Delta^1\to\{0\}$ が要るが、そのようなものはない。$\square$

外す条件反例成り立たなくなること
定義の 4 の「$K$ が Kan 複体」$K=\Delta^1$(ex-ms-not-kan)$K^\flat\to K^\sharp$ が標識付きアノダインであること
定義の 2 の「最後の辺」(向き)$\{0\}\subset(\Delta^1)^\sharp$(ex-ms-not-self-dual)標識付きアノダインであること
prop-ms-inner の「$i$ が内部アノダイン」$(\Lambda^2_0)^\flat\subset(\Delta^2)^\flat$$i^\flat$ が標識付きアノダインであること
prop-ms-mono の 2 の「印を反映する」恒等写像が定める $(\Delta^1)^\flat\to(\Delta^1)^\sharp$すべての単射に対する持ち上げ(下の写像は同型)
反例の確認を開く

3 行目:prf-ms-not-kan の $q\colon(\Delta^1)^\flat\to(\Delta^0)^\sharp$ はすべての標識付きアノダイン射に対して持ち上がる。頂点 $0,1,2$ を $0,1,0$ に送る $\Lambda^2_0\to\Delta^1$(辺 $\{0,1\}$ は $0\to1$、辺 $\{0,2\}$ は $0\to0$)は、頂点の値が順序を保たないので $\Delta^2$ へ延びない。4 行目:単射 $(\Delta^1)^\flat\subset(\Delta^1)^\sharp$ 自身に対する持ち上げの問題(上辺は恒等写像、下辺は恒等写像)の解は下では恒等写像しかなく、非退化な辺の印を保たない。

関連項目

参考文献

[1]
Jacob Lurie, Higher Topos Theory, Princeton University Press, 2009, Definition 3.1.0.1(p. 146)、Definition 3.1.1.1・Remark 3.1.1.2(p. 147)、Remark 3.1.1.4(p. 148)、Proposition 3.1.1.5(pp. 148–149)、Proposition 3.1.1.6(pp. 149–150)、Definition 3.1.1.8(p. 150)、Remark 3.1.1.10(p. 151)、§3.1.3 冒頭・Remark 3.1.3.1(p. 154)、Proposition 3.1.3.7(p. 157)、Proposition 3.1.4.1(p. 160)、Theorem 3.2.0.1(p. 169)

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