対合

同義語:involution

概要

対合(involution)とは、集合 $X$ から $X$ への写像 $f$ で、2 回続けて施すと恒等写像になる $f\circ f=\mathrm{id}_X$ もののことであり、$x\mapsto-x$、補集合をとる操作、行列の転置、四元数の共役などが例である。対合は自分自身が逆写像で、集合を不動点と互いに入れ替わる 2 点の組とに分けるので、有限集合では元の個数と不動点の個数の偶奇が一致する。標数が $2$ でない体の上の線形な対合は、ベクトル空間を固有値 $\pm1$ の固有空間の直和に分ける。積の順序を逆にする環の対合は、転置や共役を統一する枠組みである。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 写像の合成, 恒等写像, 逆写像, 置換

2 回続けて施すと元に戻る写像を 対合 という。数 $x$ を $-x$ に、集合をその補集合に、行列を転置行列に、四元数を共役な四元数に移す操作は、どれも 2 回施せば何もしなかったことになる。対合は自分自身が逆写像であり、動かない点(不動点)と、互いに入れ替わる 2 点の組とに集合を分ける。
この単純な構造から、いくつもの道具が生まれる。有限集合の上の対合では、元の個数と不動点の個数の偶奇がそろう(thm-inv-parity)。この事実と、うまく選んだ対合を組み合わせると、4 で割って 1 余る素数が 2 つの平方数の和であることが証明できる。体の標数が $2$ でなければ、線形な対合はベクトル空間を固有値 $1$ と $-1$ の固有空間の直和に分ける(thm-inv-linear)。環の上では、積の順序を逆にする対合が転置や共役の共通の枠組みになる。

定義

対合

集合 $X$ から $X$ への写像 $f$ が
$$ f\circ f=\mathrm{id}_X $$
を満たすとき、$f$ を $X$ の 対合(involution)という。$f(x)=x$ となる $x$ を $f$ の 不動点 といい、その全体を $\operatorname{Fix}(f)$ と書く。

恒等写像 $\mathrm{id}_X$ も対合である。恒等写像を除いて「対合」と呼ぶ流儀もあるので、文献を読むときは確かめる必要がある。群論では、位数 $2$ の元($g^2=e$ かつ $g\neq e$)を対合と呼ぶ(二面体群 の記事の節「反射と二つの対合による特徴づけ」はこの用法である)。$g$ が群 $G$ のこの意味の対合であることは、左からの積 $x\mapsto gx$ が $G$ の恒等写像でない対合であることと同値である。

対合の基本性質

$f$ を集合 $X$ の対合とする。

  1. $f$ は全単射で、$f^{-1}=f$ である。
  2. $x\notin\operatorname{Fix}(f)$ なら $\{x,f(x)\}$ はちょうど 2 元の集合で、$f$ はその 2 元を入れ替える。$X$ は $\operatorname{Fix}(f)$ の各点からなる 1 元集合と、このような 2 元集合とに、交わりなく分かれる。
  3. 逆に、$X$ を 1 元集合と 2 元集合とに交わりなく分けたものが与えられると、各 2 元集合の 2 元を入れ替え、1 元集合の点を動かさない写像は対合であり、2 の分け方を与える対合はこれに限る。したがって、$X$ の対合と、$X$ を大きさ $1$ または $2$ の部分集合に分ける分け方とは一対一に対応する。
  4. $g\colon X\to Y$ が全単射なら、$gfg^{-1}$ は $Y$ の対合で、$\operatorname{Fix}(gfg^{-1})=g(\operatorname{Fix}(f))$ である。
  5. $h$ も $X$ の対合のとき、$fh$ が対合であることと $fh=hf$ は同値である。

1:$f\circ f=\mathrm{id}_X$ は、$f$ が $f$ 自身を両側の逆写像にもつことを述べている。
2:$y=f(x)\neq x$ なら $f(y)=f(f(x))=x$ なので、$f$ は $x$ と $y$ を入れ替え、$\{x,y\}$ を自分自身に写す。$x$ を含むこの集合を $B(x)$($x$ が不動点なら $B(x)=\{x\}$)とおく。$z\in B(x)$ なら $B(z)=B(x)$ なので、2 つの $B(x)$、$B(x')$ は一致するか交わらない。よって $X$ はこれらの集合に分かれる。
3:その写像を $f$ とすると、各点は 2 回で元に戻るので $f\circ f=\mathrm{id}_X$ である。対合 $f'$ が同じ分け方を 2 で与えるなら、各 2 元集合の上で $f'$ は 2 元を入れ替え、1 元集合の点は $f'$ の不動点なので、$f'=f$ である。2 と合わせて一対一の対応を得る。
4:$(gfg^{-1})(gfg^{-1})=gffg^{-1}=gg^{-1}=\mathrm{id}_Y$ である。$gfg^{-1}(y)=y$ は $f(g^{-1}(y))=g^{-1}(y)$、すなわち $g^{-1}(y)\in\operatorname{Fix}(f)$ と同値である。
5:$(fh)^{-1}=h^{-1}f^{-1}=hf$ なので、$fh$ が対合であること($(fh)^{-1}=fh$)は $hf=fh$ と同値である。$\square$

2 と 3 により、対合は「$X$ の元のうちいくつかを 2 つずつ組にし、残りをそのままにする」ことと同じである。グラフの言葉では、$X$ を頂点とする完全グラフのマッチング(端点を共有しない辺の集合)と一対一に対応する。

例

数と関数の対合
  1. $\mathbb{R}$ 上の $x\mapsto-x$ と、$a\in\mathbb{R}$ についての $x\mapsto a-x$ は対合で、不動点はそれぞれ $0$ と $a/2$ である。
  2. $\mathbb{R}\setminus\{0\}$ 上の $x\mapsto1/x$ は対合で、不動点は $\pm1$ である。
  3. $a,b,c\in\mathbb{R}$、$c\neq0$、$a^2+bc\neq0$ とし、$X=\mathbb{R}\setminus\{a/c\}$ 上で $f(x)=\dfrac{ax+b}{cx-a}$ とおく。$f(x)=a/c$ とすると $c(ax+b)=a(cx-a)$、すなわち $a^2+bc=0$ となるので、$f$ は $X$ を $X$ に写す。さらに
    $$ f(f(x))=\frac{a(ax+b)+b(cx-a)}{c(ax+b)-a(cx-a)}=\frac{(a^2+bc)x}{a^2+bc}=x $$
    なので $f$ は対合である。これは行列 $\begin{pmatrix}a&b\\c&-a\end{pmatrix}$ の 2 乗が $(a^2+bc)I$ であることに対応する(Möbius変換)。
  4. $\mathbb{R}$ 上の対合 $f$ のグラフ $\{(x,f(x))\}$ は、直線 $y=x$ について対称である。$(x,y)$ がグラフ上にあれば $y=f(x)$、$f(y)=x$ なので $(y,x)$ もグラフ上にあるからである。
  5. $\mathbb{C}$ 上の複素共役 $z\mapsto\bar z$ は対合で、不動点の全体は $\mathbb{R}$ である(複素共役)。
集合と置換の対合
  1. 集合 $U$ の冪集合の上の写像 $A\mapsto U\setminus A$ は対合である(補集合 の記事の命題「補集合の基本法則」の 1)。包含の向きを逆にする(同命題の 4)。$U\neq\emptyset$ なら $A=U\setminus A$ となる $A$ はないので不動点はない。
  2. $\{1,\dots,n\}$ の置換 $\sigma$ が対合であることは、$\sigma$ が互いに素な互換の積($0$ 個の積は恒等置換)であることと同値である。実際、置換 の記事の定理「互いに素な巡回置換の積への分解」で $\sigma$ を分解すると、$\sigma^2=e$ は各巡回置換の長さが $2$ であることと同値である(長さ $k\ge3$ の巡回置換 $(a_1\,a_2\,\cdots\,a_k)$ の 2 乗は $a_1$ を $a_3\neq a_1$ に送る)。これは prop-inv-basic の 2 の置換の言葉での言い換えである。
  3. 群 $G$ の上の $x\mapsto x^{-1}$ は対合で、不動点は $x^2=e$ を満たす元である。

不動点の個数の偶奇

不動点の個数の偶奇

$X$ を有限集合、$f$ を $X$ の対合とする。このとき
$$ \lvert X\rvert\equiv\lvert\operatorname{Fix}(f)\rvert\pmod 2 $$
である。とくに、$X$ の 2 つの対合 $f,h$ について $\lvert\operatorname{Fix}(f)\rvert\equiv\lvert\operatorname{Fix}(h)\rvert\pmod2$ であり、$\lvert X\rvert$ が奇数なら、$X$ のどの対合も不動点をもつ。

prop-inv-basic の 2 により、$X\setminus\operatorname{Fix}(f)$ は交わらない 2 元集合 $\{x,f(x)\}$ に分かれる。その個数を $k$ とすると $\lvert X\rvert=\lvert\operatorname{Fix}(f)\rvert+2k$ である。2 つ目の主張は、$\lvert\operatorname{Fix}(f)\rvert$ と $\lvert\operatorname{Fix}(h)\rvert$ がどちらも $\lvert X\rvert$ と偶奇が等しいことから従う。3 つ目は、$\lvert X\rvert$ が奇数なら $\lvert\operatorname{Fix}(f)\rvert$ も奇数で、とくに $0$ でないことによる。$\square$

この定理を使う典型的な論法は、同じ有限集合に 2 つの対合を用意し、一方の不動点が数えやすく(たとえばちょうど 1 個)、他方の不動点が求めたい対象になるようにすることである。

4 で割って 1 余る素数と 2 つの平方数の和

$p\equiv1\pmod4$ を素数とし、正の整数の組の有限集合 $S=\{(x,y,z)\mid x^2+4yz=p\}$ を考える。D. Zagier は、$S$ の上の場合分けで定まる対合で、不動点がちょうど 1 個 $(1,1,(p-1)/4)$ であるものを与えた(Cri24 §13.6、Proposition 13.6.1、p. 233)。thm-inv-parity により $\lvert S\rvert$ は奇数なので、もう 1 つの対合 $(x,y,z)\mapsto(x,z,y)$ も不動点 $(x,y,y)$ をもち、$p=x^2+4y^2=x^2+(2y)^2$ となる。その対合が実際に対合で不動点が 1 個であることの検証は、Fermatの二平方定理 の記事の証明「Zagierの対合による証明」にある。

数え上げでは、符号つきの和を対合で打ち消すことが多い。

符号を反転する対合による和の簡約

$X$ を有限集合、$\varepsilon\colon X\to\{1,-1\}$ を写像、$f$ を $X$ の対合とし、$f$ の不動点でないすべての $x$ について $\varepsilon(f(x))=-\varepsilon(x)$ であるとする。このとき
$$ \sum_{x\in X}\varepsilon(x)=\sum_{x\in\operatorname{Fix}(f)}\varepsilon(x) $$
である。

prop-inv-basic の 2 の 2 元集合 $\{x,f(x)\}$ ごとに和をとると $\varepsilon(x)+\varepsilon(f(x))=0$ である。$X$ は $\operatorname{Fix}(f)$ とこれらの 2 元集合に交わりなく分かれるので、残るのは不動点からの寄与だけである。$\square$

二項係数の交代和

$n\ge1$ とし、$X$ を $\{1,\dots,n\}$ の部分集合全体、$\varepsilon(A)=(-1)^{\lvert A\rvert}$ とする。$f(A)$ を、$1\in A$ なら $A\setminus\{1\}$、$1\notin A$ なら $A\cup\{1\}$ と定めると、$f$ は不動点のない対合で、$\lvert A\rvert$ の偶奇を変える。prop-inv-sign-reversing により
$$ \sum_{k=0}^{n}(-1)^k\binom nk=\sum_{A\subset\{1,\dots,n\}}(-1)^{\lvert A\rvert}=0 $$
であり、偶数個の元からなる部分集合と奇数個の元からなる部分集合は同じ個数 $2^{n-1}$ だけある。$n=0$ では $f$ がこのように定義できず($\{1,\dots,n\}=\emptyset$)、和は $1$ である。

Schur多項式 の記事の注意「半標準盤による表示の証明の所在」で触れている Bender–Knuth の対合も、半標準盤の集合の上の対合を使って対称性を示す論法である。

対合の個数

$n$ 文字の対合の個数

$\{1,\dots,n\}$ の対合(恒等写像を含む)の個数を $t_n$ とし、$t_0:=1$ とする。このとき $t_1=1$ で、$n\ge2$ について
$$ t_n=t_{n-1}+(n-1)\,t_{n-2} $$
が成り立つ。また、不動点がちょうど $n-2k$ 個の対合は $\dfrac{n!}{k!\,2^k\,(n-2k)!}$ 個あり、
$$ t_n=\sum_{k=0}^{\lfloor n/2\rfloor}\frac{n!}{k!\,2^k\,(n-2k)!} $$
である。

prop-inv-basic の 3 により、対合を数えることは、$\{1,\dots,n\}$ を大きさ $1$ または $2$ の部分集合に分ける分け方を数えることと同じである。
漸化式:$n\ge2$ とする。$n$ が 1 元集合 $\{n\}$ をなす分け方は、残りの $\{1,\dots,n-1\}$ の分け方と一対一に対応するので $t_{n-1}$ 個ある。$n$ が 2 元集合 $\{j,n\}$($1\le j\le n-1$)に入る分け方は、$j$ ごとに残りの $n-2$ 元の分け方と一対一に対応するので、合わせて $(n-1)t_{n-2}$ 個ある。$t_1=1$ は明らかである。
個数の公式:2 元集合が $k$ 個ある分け方を数える。$1,\dots,n$ を並べた $n!$ 通りの列から、先頭の $2k$ 項を 2 項ずつ区切って $k$ 個の 2 元集合とし、残りの $n-2k$ 項を 1 元集合とすると、分け方が 1 つ定まる。同じ分け方を与える列は、$k$ 個の 2 元集合の並べ方($k!$ 通り)、各 2 元集合の中の 2 項の順序($2^k$ 通り)、残りの $n-2k$ 項の並べ方($(n-2k)!$ 通り)を変えたものに限り、どの分け方もちょうど $k!\,2^k\,(n-2k)!$ 個の列から得られる。よって個数は $n!/(k!\,2^k\,(n-2k)!)$ であり、$k$ について和をとると $t_n$ になる。$\square$

$t_n$ は $n=0,1,2,\dots$ について $1,1,2,4,10,26,76,232,764,\dots$ となる。たとえば $n=4$ では、恒等写像 $1$ 個、互換 $\binom42=6$ 個、互いに素な互換 2 個の積 $3$ 個で $t_4=10$ である。対称群の位数 $n!$ に比べると $t_n$ はずっと小さい。

線形な対合と固有空間への分解

ベクトル空間 $V$ の線形写像 $T$ が $T^2=\mathrm{id}_V$ を満たすとき、$T$ を 線形な対合 という。以下、$V_{\pm}:=\{v\in V\mid Tv=\pm v\}$ とおく($V_+=\operatorname{Fix}(T)$)。

線形な対合による直和分解

$K$ を体の標数が $2$ でない体、$V$ を $K$ 上のベクトル空間(次元は無限でもよい)、$T$ を $V$ の線形な対合とする。

  1. $V=V_+\oplus V_-$ であり、この分解の射影は $P_\pm:=\frac12(\mathrm{id}_V\pm T)$ である。すなわち $v=P_+v+P_-v$、$P_\pm v\in V_\pm$ である。
  2. 逆に、$V=U\oplus W$ を部分空間の直和とすると、$u+w\mapsto u-w$($u\in U$、$w\in W$)は $V_+=U$、$V_-=W$ となる線形な対合であり、そのような線形な対合はこれに限る。
  3. $P:=P_+$ は $P^2=P$ を満たし、$T=2P-\mathrm{id}_V$ である。逆に $P^2=P$ を満たす線形写像 $P$ について $2P-\mathrm{id}_V$ は線形な対合である。
  4. $\dim V=n<\infty$ なら、$T$ は対角化可能で、固有値は $1$(重複度 $\dim V_+$)と $-1$(重複度 $\dim V_-$)に限る。とくに $\det T=(-1)^{\dim V_-}$ である。

1:$2\neq0$ なので $\frac12$ が使える。$T(v+Tv)=Tv+T^2v=v+Tv$、$T(v-Tv)=Tv-v=-(v-Tv)$ なので $P_+v\in V_+$、$P_-v\in V_-$ であり、$P_+v+P_-v=v$ である。よって $V=V_++V_-$ である。$v\in V_+\cap V_-$ なら $v=Tv=-v$ なので $2v=0$、$2\neq0$ より $v=0$ である。よって和は直和である。
2:$S(u+w):=u-w$ は直和の分解の一意性によりきちんと定まる線形写像で、$S^2(u+w)=S(u-w)=u+w$ である。$S(u+w)=u+w$ は $2w=0$、すなわち $w=0$ と同値なので $V_+=U$ であり、同様に $V_-=W$ である。線形な対合 $T'$ が $V_+=U$、$V_-=W$ を満たせば、$T'(u+w)=u-w=S(u+w)$ である。
3:$P^2=\frac14(\mathrm{id}_V+2T+T^2)=\frac14(2\,\mathrm{id}_V+2T)=P$ であり、$2P-\mathrm{id}_V=T$ である。逆に $P^2=P$ なら $(2P-\mathrm{id}_V)^2=4P^2-4P+\mathrm{id}_V=\mathrm{id}_V$ である。
4:$V_+$ と $V_-$ の基底を合わせると 1 により $V$ の基底になり、その基底に関する $T$ の行列は対角成分が $1$ と $-1$ の対角行列である。$\square$

1 の分解は、有限次元なら、最小多項式が相異なる 1 次式の積 $x^2-1=(x-1)(x+1)$ を割り切ることからも分かる。上の証明は次元によらない。

線形な対合の例
  1. 鏡映:$\mathbb{R}^n$ の $0$ でないベクトル $a$ について $s_a(v):=v-2\dfrac{v\cdot a}{a\cdot a}a$ は線形な対合で、$V_+=a^\perp$($a$ に直交するベクトルの全体)、$V_-=\mathbb{R}a$ である。$\det s_a=-1$ である。
  2. 転置:$K$ の標数が $2$ でないとき、$n$ 次正方行列の空間 $M_n(K)$ の上の $A\mapsto{}^tA$ は線形な対合で、$V_+$ は対称行列、$V_-$ は交代行列(${}^tA=-A$)の全体である。分解は $A=\frac12(A+{}^tA)+\frac12(A-{}^tA)$ である。
  3. 偶関数と奇関数:$\mathbb{R}$ 上の実数値関数の空間で $(Tf)(x):=f(-x)$ は線形な対合で、$V_+$ は偶関数、$V_-$ は奇関数の全体である。分解は $f(x)=\frac{f(x)+f(-x)}2+\frac{f(x)-f(-x)}2$ で、$e^x=\cosh x+\sinh x$ はその例である。
  4. Clifford代数 の主対合は、偶部分代数の上で恒等写像、奇の部分で $-1$ 倍になる線形な対合で、$V_+$ が偶部分代数、$V_-$ が奇の部分である(Clifford代数 の記事の節「偶部分代数と主対合」)。
反例:標数 2 の体の上の対合

2 元体 $\mathbb{F}_2$ の上で $T=\begin{pmatrix}1&1\\0&1\end{pmatrix}$ とすると $T^2=\begin{pmatrix}1&2\\0&1\end{pmatrix}=I$ なので $T$ は線形な対合である。$\mathbb{F}_2$ では $-1=1$ なので $V_+=V_-=\{v\mid Tv=v\}=\mathbb{F}_2\begin{pmatrix}1\\0\end{pmatrix}$ であり、$V_++V_-$ は $1$ 次元で $\mathbb{F}_2^2$ にならない。$T$ の固有値は $1$ だけで、$T\neq I$ なので $T$ は対角化できない。この例は thm-inv-linear の仮定「標数が $2$ でない」を外すと、結論 1 と 4 が成り立たなくなることを示す。

実数直線の連続な対合

実数直線の連続な対合

$f\colon\mathbb{R}\to\mathbb{R}$ を連続な対合とする。$f$ は恒等写像であるか、狭義単調減少でちょうど 1 つの不動点をもつかのどちらかである。

$f$ は全単射で連続なので、狭義単調である(連続な単射は狭義単調)。

連続な単射が狭義単調であることを開く

$f(0)< f(1)$ の場合に $f$ が狭義単調増加であることを示す($f(0)>f(1)$ なら $-f$ に当てる)。$x< y$ とし、$t\in[0,1]$ について $H(t):=f((1-t)\cdot1+ty)-f((1-t)\cdot0+tx)$ とおく。$(1-t)\cdot0+tx<(1-t)\cdot1+ty$ なので、単射性から $H(t)\neq0$ である。$H$ は連続で $H(0)=f(1)-f(0)>0$ なので、中間値の定理により $H(1)=f(y)-f(x)>0$ である。


$f$ が狭義単調増加とする。$f(x)>x$ となる $x$ があれば、両辺に $f$ を施して $x=f(f(x))>f(x)$ となり矛盾する。$f(x)< x$ も同様に起こらないので、$f$ は恒等写像である。
$f$ が狭義単調減少とする。$g(x):=f(x)-x$ は連続で狭義単調減少なので、不動点($g$ の零点)は高々 1 つである。$f(0)=0$ なら $0$ が不動点である。$c:=f(0)>0$ なら $g(0)=c>0$、$g(c)=f(c)-c=0-c<0$ なので、中間値の定理により $(0,c)$ に零点がある。$c<0$ なら $(c,0)$ に零点がある。$\square$

連続性は外せない。$f$ を、$[0,1)$ の点 $x$ を $x+1$ に、$[1,2)$ の点 $x$ を $x-1$ に写し、それ以外の点を動かさない写像とすると、$f$ は対合で恒等写像でないが、単調減少ではなく、不動点は無限にある。

環の対合

環の対合

$R$ を(可換とは限らない)単位元をもつ環とする。写像 $a\mapsto a^*$ が、すべての $a,b\in R$ について
$$ (a+b)^*=a^*+b^*,\qquad(ab)^*=b^*a^*,\qquad(a^*)^*=a $$
を満たすとき、これを $R$ の 対合 という。$R$ が可換環 $K$ 上の多元環で、対合が $K$ 線形のとき、$K$ 上の対合という。

積の順序が逆になることに注意する。可換環では、対合は位数が $1$ か $2$ の環の自己同型と同じものである。

環の対合の基本性質

$*$ を環 $R$ の対合とする。

  1. $1^*=1$、$0^*=0$ である。
  2. $a$ が可逆なら $a^*$ も可逆で、$(a^*)^{-1}=(a^{-1})^*$ である。
  3. $a^*=a$ を満たす元の全体は加法について閉じている。$a^*=a$、$b^*=b$ なら、$(ab)^*=ab$ であることと $ab=ba$ は同値である。
  4. 任意の $a$ について $aa^*$、$a^*a$、$a+a^*$ は $*$ で動かない。

1:すべての $a$ で $a^*=(a\cdot1)^*=1^*a^*$ である。$*$ は全単射(prop-inv-basic の 1)なので $a^*$ は $R$ のすべての元を動き、$1^*$ は左単位元である。よって $1^*=1^*\cdot1=1$ である。$0^*=(0+0)^*=0^*+0^*$ より $0^*=0$ である。
2:$aa^{-1}=a^{-1}a=1$ に $*$ を施すと、1 により $(a^{-1})^*a^*=a^*(a^{-1})^*=1$ である。
3:加法については定義から明らかである。$(ab)^*=b^*a^*=ba$ なので、$(ab)^*=ab$ は $ba=ab$ と同値である。
4:$(aa^*)^*=(a^*)^*a^*=aa^*$、$(a^*a)^*=a^*a$、$(a+a^*)^*=a^*+a$ である。$\square$

環の対合の例
  1. 行列環 $M_n(K)$($K$ は可換環)の転置 $A\mapsto{}^tA$ は $K$ 上の対合である(${}^t(AB)={}^tB\,{}^tA$)。
  2. $M_n(\mathbb{C})$ の共役転置 $A\mapsto A^*:={}^t\bar A$ は対合だが $\mathbb{C}$ 線形ではない($(\lambda A)^*=\bar\lambda A^*$)。$A^*=A$ となる行列が Hermite行列 である。
  3. 四元数環 $(a,b)_K$ の共役 $q\mapsto\bar q$ は $K$ 上の対合である(四元数環 の記事の命題「共役と被約ノルムの基本性質」の 1)。$q\bar q$ が $K$ の元になることが、被約ノルムの定義の出発点である。
  4. 群 $G$ の群環 $K[G]$ の上の $\sum_ga_gg\mapsto\sum_ga_gg^{-1}$ は $K$ 上の対合である($(gh)^{-1}=h^{-1}g^{-1}$)。
  5. $d$ を平方数でない整数とするとき、$\mathbb{Z}[\sqrt d]$ の上の $a+b\sqrt d\mapsto a-b\sqrt d$ は可換環の対合(位数 $2$ の自己同型)である。

条件を外したときの反例

外す条件反例成り立たなくなること
$f\circ f=\mathrm{id}_X$$\{1,2,3\}$ 上の巡回置換 $(1\,2\,3)$$\lvert X\rvert$ と不動点の個数の偶奇が等しい($3$ と $0$)
体の標数が $2$ でない$\mathbb{F}_2$ 上の $\begin{pmatrix}1&1\\0&1\end{pmatrix}$(ex-inv-char-two)$V=V_+\oplus V_-$、対角化可能
線形$\mathbb{R}^2$ 上の $(x,y)\mapsto(x,x^2-y)$不動点の集合が部分空間である
連続$[0,1)$ と $[1,2)$ を $x\mapsto x\pm1$ で入れ替え、ほかの点を動かさない写像恒等写像か、狭義単調減少で不動点がちょうど 1 つ
$fh=hf$$\mathbb{R}$ 上の $f(x)=-x$、$h(x)=1-x$2 つの対合の合成が対合である

3 行目の写像は $(x,x^2-(x^2-y))=(x,y)$ なので対合で、不動点の集合は放物線 $y=x^2/2$ であり、原点を通るが和で閉じていない($(1,\frac12)$ と $(-1,\frac12)$ の和 $(0,1)$ は含まれない)。5 行目では $fh(x)=f(1-x)=x-1$ は平行移動で、$(fh)^2(x)=x-2\neq x$ である(prop-inv-basic の 5 の仮定 $fh=hf$ が成り立たず、実際 $hf(x)=x+1$ である)。この 2 つの鏡映は 二面体群 の記事の例「無限二面体群」の 2 つの対合である。

補足

対合は、2 元からなる巡回群 $\mathbb{Z}/2\mathbb{Z}$ の作用と同じものである。集合 $X$ に対合 $f$ を与えることは、$\mathbb{Z}/2\mathbb{Z}$ の生成元を $f$ として作用させることにあたり、prop-inv-basic の 2 の分け方はこの作用の軌道への分割である(群の作用)。thm-inv-parity は、位数が素数 $p$ の冪の群の作用で $\lvert X\rvert\equiv\lvert X^G\rvert\pmod p$ となる事実(群の作用 の記事の節「軌道の数え上げ」)の $p=2$ の最も簡単な場合である。
線形な対合は、表現論の言葉では $\mathbb{Z}/2\mathbb{Z}$ の表現であり、thm-inv-linear はその表現が 2 つの 1 次元表現(自明表現と符号表現)の重複に分かれることを述べている。

関連項目

参考文献

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