Jordan標準形

同義語:ジョルダン標準形Jordan標準型Jordan normal formJordan canonical form

概要

Jordan標準形(Jordan normal form)とは、対角に固有値 $\lambda$、そのすぐ上に $1$ を並べた Jordan 細胞 $J_k(\lambda)$ を対角に並べた、正方行列 $A$ に相似な行列である。体 $K$ 上の正方行列は、固有多項式が $K$ 上で 1 次式の積に分解するとき($K=\mathbb{C}$ ならいつも)Jordan 標準形をもち、それは細胞の並べ方を除いて一意で、固有値 $\lambda$ の大きさ $j$ 以上の細胞の個数は $\operatorname{rank}(A-\lambda I)^{j-1}-\operatorname{rank}(A-\lambda I)^j$ に等しい。2 つの行列が相似かどうかは Jordan 標準形で判定でき、固有多項式と最小多項式が一致するだけでは相似とは限らない。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 固有値, 対角化, 階数(線形代数)

行列 $A=\begin{pmatrix}3&1\\-1&1\end{pmatrix}$ の固有多項式は $(x-3)(x-1)+1=(x-2)^2$ で、固有値は $2$ だけである。$A-2I=\begin{pmatrix}1&1\\-1&-1\end{pmatrix}$ は零行列でないので、$A$ は対角化できない(対角化できれば $P^{-1}AP=2I$ から $A=2I$ となってしまう)。しかし $v_1:=(A-2I)e_1=(1,-1)^{\top}$ と $v_2:=e_1=(1,0)^{\top}$ を並べた $P=\begin{pmatrix}1&1\\-1&0\end{pmatrix}$ を使うと
$$ P^{-1}AP=\begin{pmatrix}2&1\\0&2\end{pmatrix} $$
となる($Av_1=2v_1$、$Av_2=v_1+2v_2$)。対角行列にはならないが、対角線のすぐ上に $1$ が 1 つあるだけの、ほとんど対角な形である。この形なら冪も計算できて、$\begin{pmatrix}2&1\\0&2\end{pmatrix}^n=\begin{pmatrix}2^n&n2^{n-1}\\0&2^n\end{pmatrix}$ から
$$ A^n=2^{n-1}\begin{pmatrix}2+n&n\\-n&2-n\end{pmatrix},\qquad\text{たとえば}\quad A^{10}=\begin{pmatrix}6144&5120\\-5120&-4096\end{pmatrix} $$
が求まる。
このように、対角線に固有値を、そのすぐ上に $1$ を並べた小さな行列(Jordan 細胞)を対角に並べた形を Jordan標準形 という。固有多項式が 1 次式の積に分解する行列(たとえば複素数を成分とするすべての行列)は、どれも Jordan 標準形をもち、しかもその形は細胞の並べ方を除いてただ 1 つに決まる。本記事では、この存在と一意性を完全に証明し、細胞の個数と大きさが $(A-\lambda I)^k$ の階数(線形代数)から計算できること、最小多項式(線形代数)との関係、2 つの行列が相似(行列の相似)であるための条件を示す。

定義

以下、$K$ は体とし、$M_n(K)$ で $K$ の元を成分とする $n$ 次正方行列の全体を表す。$K^n$ の元は列ベクトルとし、$e_1,\dots,e_n$ を標準基底とする。

Jordan細胞とJordan行列

$\lambda\in K$ と $k\ge1$ について、対角成分がすべて $\lambda$、そのすぐ上($(i,i+1)$ 成分、$i=1,\dots,k-1$)がすべて $1$、それ以外が $0$ の $k$ 次正方行列
$$ J_k(\lambda):=\begin{pmatrix}\lambda&1&&\\&\lambda&\ddots&\\&&\ddots&1\\&&&\lambda\end{pmatrix}\in M_k(K) $$
を、固有値 $\lambda$、大きさ $k$ の Jordan 細胞(Jordan block)という($J_1(\lambda)=(\lambda)$)。Jordan 細胞を対角に並べた区分対角行列(ブロック対角行列)
$$ J_{k_1}(\lambda_1)\oplus\cdots\oplus J_{k_s}(\lambda_s):=\begin{pmatrix}J_{k_1}(\lambda_1)&&\\&\ddots&\\&&J_{k_s}(\lambda_s)\end{pmatrix}\qquad(k_1+\cdots+k_s=n) $$
を Jordan 行列 という($\lambda_1,\dots,\lambda_s$ は相異なるとは限らない)。$A\in M_n(K)$ について、正則行列 $P\in M_n(K)$ で $P^{-1}AP$ が Jordan 行列になるとき、この Jordan 行列を $A$ の($K$ 上の)Jordan標準形(Jordan normal form)という。有限次元のベクトル空間の線形変換の Jordan 標準形は、ある基底に関する表現行列が Jordan 行列になるときのその行列をいう。

広義固有空間

$A\in M_n(K)$ と $\lambda\in K$ について
$$ G_\lambda(A):=\ker(A-\lambda I)^n=\{v\in K^n\mid(A-\lambda I)^nv=0\} $$
を $\lambda$ に属する $A$ の 広義固有空間(generalized eigenspace、一般固有空間)という。$G_\lambda(A)$ は固有空間 $\ker(A-\lambda I)$ を含む部分空間であり、$\lambda$ が固有値でなければ $\{0\}$ である(そのとき $A-\lambda I$ は単射なので、その冪も単射である)。

$N:=J_k(0)$ は $Ne_1=0$、$Ne_j=e_{j-1}$($j\ge2$)を満たす。したがって $N^je_i=e_{i-j}$($i>j$)、$N^je_i=0$($i\le j$)であり、$N^j$ の階数は $\max(k-j,0)$、とくに $N^k=O$ である。$J_k(\lambda)=\lambda I+N$ であり、$e_1$ は固有値 $\lambda$ の固有ベクトルで、$J_k(\lambda)$ の固有空間は $\ker N=\operatorname{span}\{e_1\}$ の $1$ 次元しかない。

直感

対角化できる行列は、固有ベクトルの方向ごとに $\lambda$ 倍する変換に分解される。対角化できないのは、ある固有値のところで固有ベクトルの方向が足りない場合である。このとき足りない方向を補うのが、$(A-\lambda I)v$ が固有ベクトルになるような $v$、さらに $(A-\lambda I)^2v$ が固有ベクトルになるような $v$、……という「鎖」である。冒頭の例では $v_2=e_1$ が $(A-2I)v_2=v_1$ で固有ベクトル $v_1$ につながっている。鎖 $v,(A-\lambda I)v,\dots,(A-\lambda I)^{k-1}v$ を逆順に並べた基底では $A$ は $J_k(\lambda)$ になる。
Jordan 標準形の定理は、空間全体がこのような鎖の直和に分かれること、そして鎖の長さの組は $A$ だけで決まることを主張する。証明は 2 段に分かれる。まず空間を固有値ごとの広義固有空間に分け(lem-jnf-decomposition)、各広義固有空間の上では $A-\lambda I$ が冪零なので、冪零な変換を鎖に分解する(thm-jnf-nilpotent)。

例と反例

階数から細胞の大きさを読む

$A=\begin{pmatrix}2&1&1\\0&2&1\\0&0&2\end{pmatrix}$ と $B=\begin{pmatrix}2&0&1\\0&2&0\\0&0&2\end{pmatrix}$ はどちらも固有多項式が $(x-2)^3$ で、固有値は $2$ だけである。$r_k:=\operatorname{rank}(A-2I)^k$ は $k=0,1,2,3$ で $3,2,1,0$、$B$ についての同じ値は $3,1,0,0$ である。thm-jnf-uniqueness により、固有値 $2$ の大きさ $j$ 以上の細胞の個数は $r_{j-1}-r_j$ なので、$A$ では大きさ $1$ 以上・$2$ 以上・$3$ 以上がそれぞれ $1$ 個、すなわち $J_3(2)$ だけであり、$B$ では大きさ $1$ 以上が $2$ 個、$2$ 以上が $1$ 個で $J_2(2)\oplus J_1(2)$ である。

反例:固有多項式と最小多項式が同じでも相似とは限らない

$X:=J_2(0)\oplus J_2(0)$ と $Y:=J_2(0)\oplus J_1(0)\oplus J_1(0)$ はどちらも $4$ 次で、固有多項式は $x^4$、最小多項式は $x^2$ である(prop-jnf-minimal。$X\ne O$、$Y\ne O$ で $X^2=Y^2=O$)。しかし $\operatorname{rank}X=2$、$\operatorname{rank}Y=1$ であり、相似な行列の階数は等しい(階数(線形代数) の記事の命題「積の階数の不等式」の 2)ので、$X$ と $Y$ は相似でない。この例は「固有多項式と最小多項式が一致する」を満たすが「相似である」を満たさないので、この 2 つの多項式だけでは行列を相似の範囲で分類できないことを示す。分類には Jordan 標準形(細胞の大きさの組)が要る(cor-jnf-similarity)。

反例:実数の上では Jordan 標準形がないことがある

$R=\begin{pmatrix}0&-1\\1&0\end{pmatrix}$ の固有多項式は $x^2+1$ で、実数の根をもたない。もし実数を成分とする正則行列 $P$ で $P^{-1}RP$ が Jordan 行列 $J$ になったとすると、$J$ は上三角行列なので固有多項式 $\prod_i(x-j_{ii})$ は実数の 1 次式の積に分解し、相似な行列の固有多項式は等しい(固有値 の記事の命題「固有多項式の相似不変性」)ことに反する。したがって $R$ は $\mathbb{R}$ 上の Jordan 標準形をもたない。$\mathbb{C}$ 上では $R$ は固有値 $\pm i$ をもち、Jordan 標準形は $\operatorname{diag}(i,-i)$ である。この例は、thm-jnf-existence の「固有多項式が $K$ 上で 1 次式の積に分解する」という仮定が落とせないことを示す。

条件を 1 つ外した反例を表にまとめる。3 行目は冒頭の行列で、ほかの行の確認は上の反例の箱にある。

外す条件反例成り立たなくなること
$p_A$ が $K$ 上で 1 次式の積に分解する$\mathbb{R}$ 上の回転 $R=\begin{pmatrix}0&-1\\1&0\end{pmatrix}$(ex-jnf-rotation)$K$ 上の Jordan 標準形の存在
細胞の組の一致(固有多項式と最小多項式の一致に弱める)$X=J_2(0)\oplus J_2(0)$、$Y=J_2(0)\oplus J_1(0)\oplus J_1(0)$(ex-jnf-not-similar)相似であること
細胞の大きさがすべて $1$(cor-jnf-diagonalizable)冒頭の $A=\begin{pmatrix}3&1\\-1&1\end{pmatrix}$(Jordan 標準形は $J_2(2)$)対角化可能であること

性質

以下、$A\in M_n(K)$ とし、$A$ の固有多項式 $p_A(x)=\det(xI-A)$ が $K$ 上で
$$ p_A(x)=(x-\lambda_1)^{m_1}(x-\lambda_2)^{m_2}\cdots(x-\lambda_r)^{m_r}\qquad(\lambda_1,\dots,\lambda_r\in K\text{ は相異なり、}m_i\ge1) $$
と 1 次式の積に分解する場合を考える。$K$ が代数閉体(たとえば $\mathbb{C}$)なら、この仮定はいつも満たされる。

広義固有空間への分解

広義固有空間への分解

上の仮定のもとで、$G_i:=G_{\lambda_i}(A)$ とおくと次が成り立つ。

  1. $G_i=\ker(A-\lambda_iI)^{m_i}$ であり、$AG_i\subset G_i$ である。
  2. $K^n=G_1\oplus G_2\oplus\cdots\oplus G_r$(直和)。
  3. $\dim G_i=m_i$。
多項式の Bézout の等式で単位行列を分ける

$H_i:=\ker(A-\lambda_iI)^{m_i}$ とおく。$A$ は $(A-\lambda_iI)^{m_i}$ と可換なので、$v\in H_i$ なら $(A-\lambda_iI)^{m_i}Av=A(A-\lambda_iI)^{m_i}v=0$ で、$AH_i\subset H_i$ である。
第 1 段:$K^n=H_1+\cdots+H_r$。$q_i:=p_A/(x-\lambda_i)^{m_i}=\prod_{j\ne i}(x-\lambda_j)^{m_j}$ とおく($r=1$ なら $q_1=1$)。多項式環 の記事の定理「体上の多項式環は単項イデアル整域」により、$q_1,\dots,q_r$ の生成するイデアルは最高次係数 $1$ のある $d$ で生成され、$d$ は各 $q_i$ を割り切る。$d\ne1$ とすると、$d$ の最高次係数 $1$ の既約な因子は 1 次式の積 $q_1$ を割り切るので、同記事の定理「体上の一意分解」によりある $x-\lambda_j$ である。ところが $q_j(\lambda_j)=\prod_{i\ne j}(\lambda_j-\lambda_i)^{m_i}\ne0$ なので $x-\lambda_j$ は $q_j$ を割り切らず、$d\mid q_j$ に反する。よって $d=1$ であり、$h_1q_1+\cdots+h_rq_r=1$ となる $h_i\in K[x]$ がある。$E_i:=h_i(A)q_i(A)$ とおくと、多項式への行列の代入は和と積を保つ(Cayley–Hamiltonの定理 の記事の命題「代入と和・積」)ので $E_1+\cdots+E_r=I$ である。また $(x-\lambda_i)^{m_i}h_iq_i=h_ip_A$ と Cayley–Hamiltonの定理($p_A(A)=O$)から $(A-\lambda_iI)^{m_i}E_i=h_i(A)p_A(A)=O$ であり、$E_i$ の像は $H_i$ に含まれる。よって任意の $v=E_1v+\cdots+E_rv$ は $H_1+\cdots+H_r$ に入る。
第 2 段:和は直和である。$j\ne i$ なら $(x-\lambda_i)^{m_i}$ は $q_j$ を割り切るので、$v\in H_i$ について $q_j(A)v=0$、したがって $E_jv=h_j(A)q_j(A)v=0$ である。よって $v\in H_i$ なら $v=\sum_jE_jv=E_iv$ である。$v_1+\cdots+v_r=0$($v_i\in H_i$)とし、$E_j$ を施すと $E_jv_j=0$ が残り、$v_j=E_jv_j=0$ である。
第 3 段:$H_i=G_i$。$m_i\le n$ なので $H_i\subset G_i$ である。逆に $v\in G_i$ を第 1・2 段により $v=v_1+\cdots+v_r$($v_j\in H_j$)と書く。$0=(A-\lambda_iI)^nv=\sum_j(A-\lambda_iI)^nv_j$ で、各項は $H_j$ に入る($H_j$ は $A$ で保たれる)ので、直和性から各項は $0$ である。$j\ne i$ のとき、$A-\lambda_iI$ は $H_j$ の上で単射である。実際 $w\in H_j$、$Aw=\lambda_iw$ なら $0=(A-\lambda_jI)^{m_j}w=(\lambda_i-\lambda_j)^{m_j}w$ から $w=0$ である。よって $(A-\lambda_iI)^n$ も $H_j$ の上で単射で、$v_j=0$($j\ne i$)、すなわち $v=v_i\in H_i$ である。これで 1 と 2 が示された。
第 4 段:$\dim G_i=m_i$。$d_i:=\dim G_i$ とし、各 $G_i$ の基底を順に並べて $K^n$ の基底を作り(2 による)、それを列とする正則行列を $Q$ とする。各 $G_i$ は $A$ で保たれるので $Q^{-1}AQ=A_1\oplus\cdots\oplus A_r$($A_i\in M_{d_i}(K)$ は $G_i$ の上の $A$ の表現行列)となり、固有値 の記事の命題「固有多項式の相似不変性」と 行列式 の記事の命題「三角行列と区分三角行列の行列式」により $p_A=p_{A_1}\cdots p_{A_r}$ である。$p_{A_i}$ は $p_A$ を割り切るので $K$ 上の 1 次式の積に分解し、その根 $\mu$ は $A_i$ の固有値である。$A_iy=\mu y$($y\ne0$)は $G_i$ の $0$ でない元 $w$ で $Aw=\mu w$ となることを意味し、$0=(A-\lambda_iI)^{m_i}w=(\mu-\lambda_i)^{m_i}w$ から $\mu=\lambda_i$ である。よって $p_{A_i}=(x-\lambda_i)^{d_i}$ で、$\prod_i(x-\lambda_i)^{d_i}=\prod_i(x-\lambda_i)^{m_i}$ と一意分解から $d_i=m_i$ である。$\square$

$G_i$ の上で $N_i:=A-\lambda_iI$ は $N_i^{m_i}=O$ を満たす。すなわち $A$ は各広義固有空間の上で「スカラー $\lambda_i$ 倍+冪零」である。とくに $\dim\ker(A-\lambda_iI)=\dim G_i$、すなわち固有空間が広義固有空間に一致することと、$G_i$ の上で $A=\lambda_iI$ であることは同値である。

冪零な変換の鎖への分解

冪零変換の鎖による基底

$V$ を $K$ 上の有限次元ベクトル空間、$N\colon V\to V$ を線形変換とし、ある $k\ge1$ で $N^k=0$(冪零)とする。このとき $V$ のベクトル $u_1,\dots,u_s$ と正の整数 $\ell_1,\dots,\ell_s$ で、$N^{\ell_j}u_j=0$ かつ
$$ N^iu_j\qquad(1\le j\le s,\ 0\le i<\ell_j) $$
が $V$ の基底になるものが存在する。この基底を $N^{\ell_1-1}u_1,\dots,Nu_1,u_1,N^{\ell_2-1}u_2,\dots,u_2,\dots$ の順に並べると、$N$ の表現行列は $J_{\ell_1}(0)\oplus\cdots\oplus J_{\ell_s}(0)$ である。

像についての帰納法で鎖を 1 段ずつ伸ばす

$\dim V$ についての数学的帰納法で示す。$V=\{0\}$ なら $s=0$(空の基底)でよく、$N=0$ なら $V$ の任意の基底 $u_1,\dots,u_s$ と $\ell_j=1$ でよい。$V\ne\{0\}$、$N\ne0$ とし、次元の小さい空間では正しいとする。
$N$ は単射でない(単射なら $N^k$ も単射だが $N^k=0$ で $V\ne\{0\}$)ので、線形代数学 の記事の定理「次元定理」により $W:=\operatorname{im}N$ は $\dim W<\dim V$ を満たす。$N(W)\subset W$ で、$N$ の $W$ への制限も冪零なので、帰納法の仮定により $w_1,\dots,w_t\in W$ と $\ell'_1,\dots,\ell'_t\ge1$ で、$N^{\ell'_j}w_j=0$ かつ $N^iw_j$($0\le i<\ell'_j$)が $W$ の基底になるものがある($W\ne\{0\}$ なので $t\ge1$)。$w_j\in\operatorname{im}N$ なので $Nu_j=w_j$ となる $u_j$ をとり、$\ell_j:=\ell'_j+1$ とおく。$N^{\ell_j}u_j=N^{\ell'_j}w_j=0$ である。
$S:=\{N^iu_j\mid1\le j\le t,\ 0\le i<\ell_j\}$ は線形独立である。実際 $\sum_{j,i}c_{ij}N^iu_j=0$ とし、$N$ を施すと、$N^{\ell_j-1}u_j$ の項は $0$ になり、$N^{i+1}u_j=N^iw_j$ なので $\sum_j\sum_{i\le\ell_j-2}c_{ij}N^iw_j=0$ となる。これは $W$ の基底の線形関係なので $c_{ij}=0$($i\le\ell_j-2$)である。残りは $\sum_jc_{\ell_j-1,j}N^{\ell_j-1}u_j=\sum_jc_{\ell_j-1,j}N^{\ell'_j-1}w_j=0$ で、これも $W$ の基底の線形関係なので残りの係数も $0$ である。
$W$ の基底の元 $N^iw_j=N(N^iu_j)$($i<\ell'_j$)はどれも $N$ による $\operatorname{span}S$ の元の像なので、$W=N(\operatorname{span}S)$ である。線形代数学 の記事の補題「部分空間の基底と基底の延長」の 2 により、$y_1,\dots,y_p$ を付け加えて $S\cup\{y_1,\dots,y_p\}$ を $V$ の基底にする。$Ny_q\in W=N(\operatorname{span}S)$ なので $Nx_q=Ny_q$ となる $x_q\in\operatorname{span}S$ がある。$z_q:=y_q-x_q$ とおくと $Nz_q=0$ であり、$S\cup\{z_1,\dots,z_p\}$ は $S\cup\{y_1,\dots,y_p\}$ と同じ空間 $V$ を張り、元の個数も $\dim V$ に等しいので $V$ の基底である(基底と次元 の記事の命題「有限次元空間における独立系と生成系」の 2)。$u_1,\dots,u_t$(長さ $\ell_j$)と $z_1,\dots,z_p$(長さ $1$)が求める鎖である。
最後に、1 本の鎖を $b_1:=N^{\ell-1}u,\ b_2:=N^{\ell-2}u,\ \dots,\ b_\ell:=u$ と並べると $Nb_1=N^\ell u=0$、$Nb_m=b_{m-1}$($m\ge2$)なので、この部分の表現行列は $(m-1,m)$ 成分だけが $1$ の $J_\ell(0)$ である。鎖ごとに張る部分空間は $N$ で保たれるので、全体の表現行列はこれらを対角に並べたものになる。$\square$

存在と一意性

Jordan標準形の存在

$A\in M_n(K)$ が $K$ 上の Jordan 標準形をもつことと、$p_A$ が $K$ 上で 1 次式の積に分解することは同値である。とくに $K$ が代数閉体なら、すべての $A\in M_n(K)$ は Jordan 標準形をもつ。このとき固有値 $\lambda_i$ の細胞の大きさの和は $\lambda_i$ の代数重複度 $m_i$ に等しい。

広義固有空間ごとに鎖の基底をとる

$P^{-1}AP=J$ が Jordan 行列なら、$J$ は上三角行列なので $p_J(x)=\prod_t(x-\mu_t)^{k_t}$($J=\bigoplus_tJ_{k_t}(\mu_t)$)は 1 次式の積であり、相似不変性から $p_A=p_J$ である。とくに $\lambda_i$ の代数重複度は $\mu_t=\lambda_i$ となる $k_t$ の和である。
逆に $p_A$ が分解するとする。lem-jnf-decomposition により $K^n=G_1\oplus\cdots\oplus G_r$ で、$G_i$ の上で $N_i:=A-\lambda_iI$ は $N_i^{m_i}=O$ を満たす。thm-jnf-nilpotent を $V=G_i$、$N=N_i$ に使って $G_i$ の基底をとると、その基底に関する $A=\lambda_iI+N_i$ の $G_i$ の上の表現行列は $\bigoplus_jJ_{\ell_j}(\lambda_i)$ である($J_\ell(\lambda)=\lambda I+J_\ell(0)$)。$G_1,\dots,G_r$ のこれらの基底を順に並べて列とする行列を $P$ とすると、$P$ は正則で、各 $G_i$ は $A$ で保たれるので $P^{-1}AP$ はこれらの Jordan 細胞を対角に並べた Jordan 行列である。$\square$

Jordan標準形の一意性

$P^{-1}AP=J_{k_1}(\mu_1)\oplus\cdots\oplus J_{k_s}(\mu_s)$ とする。$\lambda\in K$ と $j\ge0$ について $r_j(\lambda):=\operatorname{rank}(A-\lambda I)^j$($r_0(\lambda)=n$)とおくと、$j\ge1$ について
$$ \#\{t\mid\mu_t=\lambda,\ k_t\ge j\}=r_{j-1}(\lambda)-r_j(\lambda),\qquad\#\{t\mid\mu_t=\lambda,\ k_t=j\}=r_{j-1}(\lambda)-2r_j(\lambda)+r_{j+1}(\lambda) $$
である。したがって、現れる Jordan 細胞の組(どの $J_k(\lambda)$ が何個あるか)は $P$ によらず $A$ だけで決まり、Jordan 標準形は細胞の並べ方を除いて一意である。

冪の階数を細胞ごとに数える

$J:=P^{-1}AP$ とおく。$(A-\lambda I)^j=P(J-\lambda I)^jP^{-1}$ であり、正則行列を掛けても階数は変わらない(階数(線形代数) の記事の命題「積の階数の不等式」の 2)ので、$r_j(\lambda)=\operatorname{rank}(J-\lambda I)^j$ である。区分対角行列の冪は各区分の冪を並べたもので、その列空間は各区分の列空間を別々の座標に置いたものの直和なので、階数は各区分の階数の和である:
$$ r_j(\lambda)=\sum_{t=1}^s\operatorname{rank}\bigl(J_{k_t}(\mu_t)-\lambda I\bigr)^j. $$
$\mu_t\ne\lambda$ なら $J_{k_t}(\mu_t)-\lambda I$ は対角成分がすべて $\mu_t-\lambda\ne0$ の上三角行列なので行列式が $0$ でなく正則であり、その冪も正則で階数は $k_t$ である。$\mu_t=\lambda$ なら $(J_{k_t}(\mu_t)-\lambda I)^j=J_{k_t}(0)^j$ の階数は $\max(k_t-j,0)$ である(def-jnf-generalized の後の段落)。よって
$$ r_{j-1}(\lambda)-r_j(\lambda)=\sum_{\mu_t=\lambda}\bigl(\max(k_t-j+1,0)-\max(k_t-j,0)\bigr) $$
で、各項は $k_t\ge j$ なら $1$、$k_t< j$ なら $0$ である。これが 1 つ目の式であり、$j$ と $j+1$ の場合の差をとれば 2 つ目の式を得る。右辺は $A$ だけで決まるので、固有値 $\lambda$、大きさ $j$ の細胞の個数は $P$ によらない。$\square$

相似であるための条件

$A,B\in M_n(K)$ の固有多項式がどちらも $K$ 上で 1 次式の積に分解するとする。次は同値である。

  1. $A$ と $B$ は相似である($B=Q^{-1}AQ$ となる正則行列 $Q$ がある)。
  2. $A$ と $B$ の Jordan 標準形は、細胞の並べ方を除いて一致する。
  3. すべての $\lambda\in K$ と $j\ge1$ について $\operatorname{rank}(A-\lambda I)^j=\operatorname{rank}(B-\lambda I)^j$。
階数が細胞の組を決める

1 ⇒ 3:$(B-\lambda I)^j=Q^{-1}(A-\lambda I)^jQ$ なので階数は等しい。3 ⇒ 2:thm-jnf-uniqueness の式により、$A$ と $B$ の Jordan 標準形に現れる各 $J_j(\lambda)$ の個数は等しい。2 ⇒ 1:Jordan 細胞の並べ方を変えることは、基底の順序を並べ替えること(置換行列による相似)である。したがって $A$ と $B$ は同じ Jordan 行列 $J$ に相似であり、$A=PJP^{-1}$、$B=RJR^{-1}$ から $B=(P R^{-1})^{-1}A(PR^{-1})$ である。$\square$

対角化可能であるための条件

$A\in M_n(K)$ が対角化可能であることと、$p_A$ が $K$ 上で 1 次式の積に分解し、Jordan 標準形のすべての細胞の大きさが $1$ であることは同値である。$p_A$ が $K$ 上で 1 次式の積に分解するとき、これはすべての固有値 $\lambda$ について $\operatorname{rank}(A-\lambda I)=\operatorname{rank}(A-\lambda I)^2$ であることとも同値である。

対角行列は大きさ 1 の細胞の Jordan 行列

$A$ が対角化可能で $P^{-1}AP=D$ が対角行列なら、$D$ は大きさ $1$ の細胞だけからなる Jordan 行列であり、$p_A=p_D$ は分解する。thm-jnf-uniqueness により、$A$ の Jordan 標準形はどれも $D$ と同じ細胞の組をもつので、すべての細胞の大きさは $1$ である。逆にすべての細胞の大きさが $1$ なら、Jordan 標準形は対角行列であり、$A$ は対角化可能である。最後の条件は、thm-jnf-uniqueness の式で大きさ $2$ 以上の細胞の個数 $r_1(\lambda)-r_2(\lambda)$ が $0$ であることにあたる。$\square$

最小多項式と冪の計算

最小多項式とJordan標準形

$A$ の Jordan 標準形で、固有値 $\lambda_i$ の細胞の大きさの最大値を $\ell_i$ とする。このとき

  1. $A$ の最小多項式は $m_A(x)=(x-\lambda_1)^{\ell_1}\cdots(x-\lambda_r)^{\ell_r}$ である。
  2. 固有値 $\lambda_i$ の細胞の個数は、固有空間の次元 $\dim\ker(A-\lambda_iI)$(幾何重複度)に等しく、細胞の大きさの和は代数重複度 $m_i$ に等しい。
細胞ごとに零化多項式を調べる
  1. $P^{-1}AP=J=\bigoplus_tJ_{k_t}(\mu_t)$ とする。$f\in K[x]$ について $f(A)=Pf(J)P^{-1}$($A^m=PJ^mP^{-1}$ による)で、$f(J)=\bigoplus_tf(J_{k_t}(\mu_t))$ なので、$f(A)=O$ はすべての $t$ で $f(J_{k_t}(\mu_t))=O$ であることと同値である。1 つの細胞 $J_k(\mu)=\mu I+N$($N=J_k(0)$)について、$f$ を $x-\mu$ の多項式として $f(x)=\sum_jc_j(x-\mu)^j$ と書き直すと $f(J_k(\mu))=\sum_jc_jN^j$ である。$N^j$($0\le j< k$)は $(i,i+j)$ 成分だけが $1$ の行列で互いに線形独立であり、$N^j=O$($j\ge k$)なので、$f(J_k(\mu))=O$ は $c_0=\cdots=c_{k-1}=0$、すなわち $(x-\mu)^k\mid f$ と同値である。したがって $f(A)=O$ は、すべての $i$ で $(x-\lambda_i)^{\ell_i}\mid f$ であること、一意分解によりこれは $\prod_i(x-\lambda_i)^{\ell_i}\mid f$ であることと同値である。最小多項式は $A$ を零化する最高次係数 $1$ の多項式で次数最小のもの(Cayley–Hamiltonの定理 の記事の命題「最小多項式は零化多項式を割り切る」)なので、$m_A=\prod_i(x-\lambda_i)^{\ell_i}$ である。
  2. thm-jnf-uniqueness の $j=1$ の場合により、固有値 $\lambda_i$ の細胞の個数は $n-\operatorname{rank}(A-\lambda_iI)=\dim\ker(A-\lambda_iI)$ である(線形代数学 の記事の定理「次元定理」)。大きさの和が $m_i$ であることは thm-jnf-existence で示した。$\square$

$A$ が対角化可能であることと $m_A$ が相異なる 1 次式の積であること(Cayley–Hamiltonの定理 の記事の命題「最小多項式と固有値・対角化可能性」)は、1 と cor-jnf-diagonalizable からも読み取れる。ex-jnf-not-similar の $X$ と $Y$ は、細胞の大きさの最大値($2$)と大きさの和($4$)は同じだが、細胞の個数($2$ と $3$)が違う。

Jordan細胞の冪

$m\ge0$ について、$J_k(\lambda)^m$ の $(i,i+j)$ 成分($0\le j< k$、$i+j\le k$)は $\binom mj\lambda^{m-j}$($j>m$ なら $0$)であり、それ以外の成分は $0$ である。すなわち $J_k(\lambda)^m=\sum_{j=0}^{\min(m,k-1)}\binom mj\lambda^{m-j}N^j$($N=J_k(0)$)である。

可換な 2 つの行列の二項展開

$\lambda I$ と $N$ は可換なので、二項定理(可換な 2 元の和の冪)により $(\lambda I+N)^m=\sum_{j=0}^m\binom mj\lambda^{m-j}N^j$ である。$j\ge k$ では $N^j=O$、$j< k$ では $N^j$ は $(i,i+j)$ 成分だけが $1$ の行列である。$\square$

冒頭の例では $J_2(2)^n=\begin{pmatrix}2^n&n2^{n-1}\\0&2^n\end{pmatrix}$ で、$A^n=PJ_2(2)^nP^{-1}$ を計算すれば冒頭の式になる。$J_3(2)^5=\begin{pmatrix}32&80&80\\0&32&80\\0&0&32\end{pmatrix}$($\binom51 2^4=80$、$\binom52 2^3=80$)である。同じ考え方で、行列の指数関数 $e^{tA}=\sum_{m\ge0}t^mA^m/m!$ も $e^{tJ_k(\lambda)}=e^{\lambda t}\sum_{j=0}^{k-1}\frac{t^j}{j!}N^j$ と細胞ごとに書け、定数係数の連立線形微分方程式の解に $t^je^{\lambda t}$ の形の項が現れる理由になる(級数の収束と項別の計算は本記事では扱わない)。

補足

分解しない場合と歴史

固有多項式が $K$ 上で 1 次式の積に分解しない場合(たとえば $\mathbb{R}$ 上の回転、ex-jnf-rotation)には、係数の体を代数閉体まで広げて Jordan 標準形を考えるか、分解しないまま使える有理標準形を用いる(線形代数学 の記事の注意「Jordan標準形の出典」)。本記事の証明は、固有多項式が分解するという仮定のもとで任意の体で成り立つ。固有値 の記事の注意「Jordan標準形とスペクトル定理の所在」と 線形代数学 の記事の定理「Jordan標準形の存在と一意性」は、ここで証明した thm-jnf-existence・thm-jnf-uniqueness・cor-jnf-diagonalizable を代数閉体の場合に述べたものである。この標準形は C. Jordan が 1870 年に発表した(Axl24 8.46 の傍注)。

文献

広義固有空間への分解は Axl24 8.22(§8B、p. 309)、Jordan 基底の定義は 8.44(§8C、p. 322)、冪零変換が Jordan 基底をもつことは 8.45(pp. 322–323)、Jordan 標準形の存在は 8.46(p. 324)にある。同書は $\mathbf{F}=\mathbb{C}$(冪零の場合は $\mathbf{F}=\mathbb{R},\mathbb{C}$)で述べ、8.45 を線形汎関数を使って証明している。本記事の thm-jnf-nilpotent の証明は $\operatorname{im}N$ についての帰納法による別の筋であり、lem-jnf-decomposition は多項式の Bézout の等式と Cayley–Hamilton の定理から、thm-jnf-uniqueness は階数の計算から、自前で組み立てたものである。

関連項目

参考文献

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