球面の概複素構造(almost complex structures on spheres)とは、球面 $S^m$ の接束に $J^2=-\mathrm{id}$ を満たす滑らかな自己準同型 $J$ を与えたものであり、$m\ge1$ でそれが存在するのは $S^2$ と $S^6$ だけである(Borel–Serre の定理)。$S^2$ と $S^6$ の構造は、四元数と八元数の虚部の積で与えられる。$S^{2n}$($n\ge1$)に $J$ があると、接束の第 $n$ Chern 類は Euler 類として生成元の $\pm2$ 倍になる一方、Bott の周期性定理と Chern 指標により $S^{2n}$ 上の複素ベクトル束の第 $n$ Chern 類は $(n-1)!$ で割り切れるので、$n\le3$ となる。$S^4$ は共役束を使って除かれる。
どの次元の球面に概複素構造が入るか、という問いには完全な答えがある。正の次元の球面 $S^m$ のうち概複素構造をもつのは $S^2$ と $S^6$ だけである。これは Borel と Serre が示した定理である(BS53)。奇数次元の球面は、接空間の次元が奇数なので最初から除かれる。$S^2$ と $S^6$ の概複素構造は、四元数と八元数の虚部の積で具体的に 1 つずつ作れる。残りの偶数次元の球面 $S^{2n}$ を除くところに位相幾何が要る。
非存在の証明は 2 つの事実のずれを使う。一方で、概複素構造 $J$ を入れた接束 $(TS^{2n},J)$ の第 $n$ Chern類は実化の Euler類 に等しく、$S^{2n}$ の Euler 標数が $2$ なので、$H^{2n}(S^{2n};\mathbb Z)\cong\mathbb Z$ の生成元の $\pm2$ 倍である。他方で、$S^{2n}$ 上の複素ベクトル束の第 $n$ Chern 類は、Bott周期性定理 と Chern指標 の計算により、いつも $(n-1)!$ で割り切れる。$(n-1)!$ が $2$ を割るのは $n\le3$ のときだけである。$n=2$ の $S^4$ は、接束の複素化を共役束で書き直すと第 2 Chern 類が $0$ になることから除かれる。
この記事では次を証明する。
$m\ge1$ とし、$S^m=\{x\in\mathbb R^{m+1}\mid|x|=1\}$ とする。接空間は $T_xS^m=\{v\in\mathbb R^{m+1}\mid\langle x,v\rangle=0\}$ で、接束 $TS^m$ はこれらを集めた $S^m\times\mathbb R^{m+1}$ の部分束である(ベクトル束 の命題「球面の接束は安定的に自明」)。$S^m$ の概複素構造とは、概複素構造 の定義「概複素構造と概複素多様体」のとおり、$TS^m$ の滑らかな自己準同型 $J$ で各点で $J_x^2=-\mathrm{id}$ を満たすものである。
概複素構造 $J$ があると、$(a+bi)v:=av+bJv$ によって $TS^m$ は複素ベクトル束になる。これを $(TS^m,J)$ と書く。局所的な複素枠は、概複素構造 の命題「概複素多様体は偶数次元で向き付け可能」の証明の枠 $(E_1,JE_1,\dots,E_n,JE_n)$ の $E_1,\dots,E_n$ である。逆に、複素ベクトル束 $E$ と実ベクトル束の同型 $\varphi\colon E_{\mathbb R}\to TS^m$ があれば、$J:=\varphi\circ i\circ\varphi^{-1}$ は $J^2=-\mathrm{id}$ を満たす。こうして、$TS^m$ が複素ベクトル束の実化と同型であることと、$TS^m$ に連続な $J$ があることは同じである。以下の非存在の証明は連続な $J$ に対しても通る。
$m\ge1$ とする。$S^m$ が概複素構造をもつのは、$m=2$ または $m=6$ のときに限る。言い換えると、$n\ge1$ について、$TS^{2n}$ が複素ベクトル束の実化と同型になるのは $n=1,3$ のときに限り、奇数次元の球面の接束はどの複素ベクトル束の実化とも同型でない。
証明は節「主定理の証明」の prf-acsph-main で行う。存在は prop-acsph-existence、非存在の鍵は prop-acsph-divisible である。$0$ 次元の球面 $S^0$ は 2 点からなり、接空間はすべて $0$ なので、$0$ 写像が形式的に $J^2=-\mathrm{id}$ を満たす。$S^0$ を含めると結論は「$S^0$、$S^2$、$S^6$」となるので、定理では $m\ge1$ とした。
八元数 の記事の記号を使う。$\mathbb O$ は八元数の多元環、$\langle\ ,\ \rangle$ は $\mathbb O=\mathbb R^8$ の標準内積、$\mathrm{Im}\,\mathbb O=\{x\mid\langle x,1\rangle=0\}\cong\mathbb R^7$ は虚部である。四元数 $\mathbb H$ は $a\mapsto(a,0)$ で $\mathbb O$ の部分多元環とみなせ(積も一致する)、$\mathrm{Im}\,\mathbb H=\mathbb H\cap\mathrm{Im}\,\mathbb O$ は $i,j,k$ で張られる 3 次元の部分空間である。$S^6:=\{x\in\mathrm{Im}\,\mathbb O\mid|x|=1\}$、$S^2:=S^6\cap\mathrm{Im}\,\mathbb H$ とおく。
$x\in S^6$ と $v\in T_xS^6=\{v\in\mathrm{Im}\,\mathbb O\mid\langle x,v\rangle=0\}$ に対し
$$
J_x(v):=xv\qquad(\text{八元数の積})
$$
とおく。
1:$x\in S^6$、$v\in T_xS^6$ とする。八元数 の命題「虚部の積の分解」により $xv=-\langle x,v\rangle+x\times v=x\times v$ であり、これは $\mathrm{Im}\,\mathbb O$ に属して $x$ と直交する。よって $J_x$ は $T_xS^6$ の線形変換である。$x$ は虚部なので $\bar x=-x$ であり、同記事の定理「交代性と割り算」の 1 により $-xx=\bar xx=|x|^2=1$、すなわち $xx=-1$ である。同定理の 2(交代性)により
$$
J_x(J_xv)=x(xv)=(xx)v=-v
$$
となる。$J$ は多項式写像 $\mathbb R^7\times\mathbb R^7\to\mathbb R^7\times\mathbb R^8$、$(x,v)\mapsto(x,xv)$ を部分多様体 $TS^6$ に制限したもので、値は $TS^6$ に入るので、滑らかな束の自己準同型である。
2:$x\in S^2$、$v\in T_xS^2$ なら $x,v\in\mathrm{Im}\,\mathbb H$ なので $xv\in\mathbb H$ であり、1 により $xv\in\mathrm{Im}\,\mathbb O$ かつ $xv\perp x$ である。よって $xv\in\mathbb H\cap\mathrm{Im}\,\mathbb O=\mathrm{Im}\,\mathbb H$ で、$x$ と直交するので $T_xS^2$ に入る。$J^2=-\mathrm{id}$ と滑らかさは 1 から従う。四元数 の命題「スカラー部とベクトル部による積の公式」により、純四元数 $x,v$ の積は $-\langle x,v\rangle+x\times v$(右辺の $\times$ は $\mathbb R^3$ のベクトル積)なので、$\langle x,v\rangle=0$ のとき $J_x(v)=x\times v$ である。$\square$
$S^2$ の $J_x$ は、$x$ を軸とする角度 $\pi/2$ の回転である。これは 概複素構造 の例「向き付けられた曲面と計量」で標準の計量と向きから作った構造と同じ型のもので、実 2 次元なので可積分である(Nijenhuisテンソル の命題「実 2 次元では可積分」)。一方、$S^6$ のこの $J$ は可積分でなく、$S^6$ の概複素構造の中に可積分なものがあるかどうかは知られていない(Nijenhuisテンソル の例「6 次元球面」。この記事では証明しない)。
$S^1$、$S^3$、$S^7$ が $\mathbb C$、$\mathbb H$、$\mathbb O$ の単位球面として平行化可能であるのに対し(八元数 の命題「$S^7$ の平行化」)、$S^2$、$S^6$ は $\mathbb H$、$\mathbb O$ の虚部の単位球面であり、構成はどちらも「絶対値 $1$ の虚部の元 $x$ を左から掛ける写像は、虚部の中の $x$ の直交補空間を保ち、そこで $2$ 乗が $-1$ になる」ことだけを使う。
この節では $n\ge1$ とし、$S^{2n}$ 上の複素ベクトル束の Chern 類を調べる。n次元球面 の定理「ホモロジー群とコホモロジー群」により $H^i(S^{2n};\mathbb Z)$ は $i=0,2n$ で $\mathbb Z$、それ以外で $0$ である。とくに $S^{2n}$ 上の複素ベクトル束 $E$ について
$$
c_i(E)=0\qquad(0< i< n)
$$
である。記号 $s_k(E)$、$\mathsf N_k$、$\operatorname{ch}_k(E)$ は Chern指標 の定義「Chern指標」のものとする($s_k(E)=\mathsf N_k(c_1(E),\dots,c_k(E))$、$\operatorname{ch}_k(E)=s_k(E)_{\mathbb Q}/k!$)。
$E$ を $S^{2n}$ 上の階数 $r$ の複素ベクトル束とする。このとき
$$
s_n(E)=(-1)^{n-1}n\,c_n(E),\qquad \operatorname{ch}(E)=r+\operatorname{ch}_n(E),\qquad \operatorname{ch}_n(E)=\frac{(-1)^{n-1}}{(n-1)!}\,c_n(E)_{\mathbb Q}
$$
である。
要点:$\mathsf N_n$ の漸化式で、$e_i$($1\le i\le n-1$)を因子にもつ項がすべて消える。
$k=n$ の漸化式は $\mathsf N_n=\sum_{i=1}^{n-1}(-1)^{i-1}e_i\,\mathsf N_{n-i}+(-1)^{n-1}n\,e_n$ である。ここに $e_i=c_i(E)$ を代入すると、和の各項は $c_i(E)=0$($1\le i\le n-1$)を因子にもつので消え、$s_n(E)=(-1)^{n-1}n\,c_n(E)$ を得る。また $\mathsf N_k$ は定数項をもたない($\mathsf N_1=e_1$ で、漸化式の各項は $e_i$($i\ge1$)を因子にもつので、$k$ についての帰納法による)から、$1\le k< n$ なら $s_k(E)=\mathsf N_k(0,\dots,0)=0$ である。$H^{2k}(S^{2n};\mathbb Q)$ は $k=0,n$ 以外で $0$ なので、$\operatorname{ch}(E)=\operatorname{ch}_0(E)+\operatorname{ch}_n(E)=r+s_n(E)_{\mathbb Q}/n!$ であり、最後の式が従う。$\square$
たとえば $n=2$ では $\operatorname{ch}_2=\frac12(c_1^2-2c_2)$ で、$S^4$ の上では $c_1=0$ なので $\operatorname{ch}_2=-c_2$ である。最高次の項の符号は $(-1)^{n-1}$ で、$n$ が偶数なら負になる。以下の議論で使うのは割る数 $(n-1)!$ だけで、符号は結論に影響しない。
次の補題で、$K$ 群の生成元と整数係数のコホモロジーの生成元を Chern 指標で結ぶ。スマッシュ積 の例「球面どうしのスマッシュ積」により $S^{2k}\wedge S^2\cong S^{2k+2}$ なので、$S^{2n}$ を $S^2$ から $\wedge S^2$ を $n-1$ 回くり返した空間とみなす。基点は $0$ 胞体にとり、$S^{2k}$ は 1 つの $0$ 胞体と 1 つの $2k$ 胞体からなる CW 複体とする。$\widetilde K$ は 位相的K理論 の簡約 $K$ 群、$b=[H]-1\in K(S^2)$ は Bott周期性定理 の Bott 元($H$ はトートロジー直線束)である。Chern 指標は Chern指標 の系「Chern指標の環準同型」の環準同型 $\operatorname{ch}\colon K(X)\to H^{**}(X;\mathbb Q)$ を $\widetilde K(X)$ に制限して使う。
各 $n\ge1$ について、$\widetilde K(S^{2n})$ の生成元 $\beta_n$ と $H^{2n}(S^{2n};\mathbb Z)$ の生成元 $u_n$ で
$$
\widetilde K(S^{2n})=\mathbb Z\,\beta_n,\qquad \operatorname{ch}(\beta_n)=(u_n)_{\mathbb Q}
$$
となるものがある。
要点:$n$ についての帰納法による。$n=1$ では $\beta_1:=b$、$u_1:=c_1(H)$ とする。$X:=S^{2k}$、$\pi\colon X\times S^2\to X\wedge S^2$ を商写像、$p$、$q$ を射影とし、$\beta_{k+1}$ を $\pi^*\beta_{k+1}=p^*\beta_k\cdot q^*b$ で、$u_{k+1}$ を簡約クロス積 $u_k\times u_1$ で定める。Chern 指標は自然で積を保つので
$$
\pi^*\operatorname{ch}(\beta_{k+1})=p^*\operatorname{ch}(\beta_k)\smile q^*\operatorname{ch}(b)=p^*(u_k)_{\mathbb Q}\smile q^*(u_1)_{\mathbb Q}=\pi^*(u_{k+1})_{\mathbb Q}
$$
であり、$\pi^*$ が $2k+2$ 次で単射であることから結論が出る。
$n=1$。Bott周期性定理 の定理「Bott の周期性定理」の 1 により $K(S^2)=\mathbb Z1\oplus\mathbb Zb$ で、$b$ の基点での値は $0$ なので $\widetilde K(S^2)=\mathbb Zb$ である。$H$ は $\mathbb{CP}^1=S^2$ のトートロジー直線束 $\mathcal O(-1)$ と同型なので、Chern類 の系「直線束の全Chern類と双対」により $u_1=c_1(H)=-h$($h$ は超平面類)であり、$H^2(S^2;\mathbb Z)$ の生成元である。Chern指標 の命題「直線束のChern指標」と $H^4(S^2;\mathbb Q)=0$ により $\operatorname{ch}(b)=\exp(c_1(H))-1=(u_1)_{\mathbb Q}$ である。
$K$ 群の生成元。$n=k+1$($k\ge1$)とする。Bott周期性定理 の系「被約形」と注意「懸垂と球面の K 群」($X$ は有限 CW 複体で基点は $0$ 胞体)により、$\widetilde K(X\wedge S^2)$ の各元 $y$ に対して $\pi^*y=p^*c\cdot q^*b$ となる $c\in\widetilde K(X)$ がただ 1 つあり、$y\mapsto c$ は群の同型である。よって $\pi^*\beta_{k+1}=p^*\beta_k\cdot q^*b$ となる $\beta_{k+1}$ がただ 1 つあり、帰納法の仮定から $\widetilde K(S^{2k+2})$ の生成元である。
コホモロジーの生成元。$\widetilde H^*(S^2;\mathbb Z)$ は各次数で有限生成自由なので、簡約クロス積は同型 $\widetilde H^*(X;\mathbb Z)\otimes\widetilde H^*(S^2;\mathbb Z)\to\widetilde H^*(X\wedge S^2;\mathbb Z)$ である(Hat02 §3.2、p. 219)。よって $u_{k+1}:=u_k\times u_1$ は $\widetilde H^{2k+2}(X\wedge S^2;\mathbb Z)$ の生成元である。クロス積の定義により $\pi^*u_{k+1}=p^*u_k\smile q^*u_1$ で、係数を $\mathbb Q$ に替えても同じ式が成り立つ。
Chern 指標の計算。Chern指標 の系「Chern指標の環準同型」の自然性と乗法性から、要点の等式 $\pi^*\operatorname{ch}(\beta_{k+1})=\pi^*(u_{k+1})_{\mathbb Q}$ を得る。$\beta_{k+1}$ の階数は $0$ なので $\operatorname{ch}(\beta_{k+1})$ の $0$ 次の成分は $0$ であり、$\widetilde H^{\mathrm{even}}(X\wedge S^2;\mathbb Q)$ は $2k+2$ 次だけなので、比べる 2 つの類はどちらも $2k+2$ 次である。CW 対 $(X\times S^2,X\vee S^2)$ の完全列(Hat02 §3.1、p. 202)$\widetilde H^{2k+1}(X\vee S^2;\mathbb Q)\to\widetilde H^{2k+2}(X\wedge S^2;\mathbb Q)\to\widetilde H^{2k+2}(X\times S^2;\mathbb Q)$(右の写像が $\pi^*$)で、$\widetilde H^*(X\vee S^2)=\widetilde H^*(X)\oplus\widetilde H^*(S^2)$ は $2$ 次と $2k$ 次にしか $0$ でない群をもたないので、左端は $0$ であり、$\pi^*$ は単射である。よって $\operatorname{ch}(\beta_{k+1})=(u_{k+1})_{\mathbb Q}$ である。$\square$
$n\ge1$ とし、$u_n$、$\beta_n$ を lem-acsph-generator のものとする。
1:$S^{2n}$ は連結なので $[E]-r\in\widetilde K(S^{2n})=\mathbb Z\beta_n$ であり、$k$ が定まる。lem-acsph-newton と自明束の Chern 指標が $r$ であることから
$$
\frac{(-1)^{n-1}}{(n-1)!}\,c_n(E)_{\mathbb Q}=\operatorname{ch}(E)-r=\operatorname{ch}([E]-r)=k\operatorname{ch}(\beta_n)=k\,(u_n)_{\mathbb Q}
$$
である。$H^{2n}(S^{2n};\mathbb Z)\cong\mathbb Z$ から $H^{2n}(S^{2n};\mathbb Q)\cong\mathbb Q$ への係数の取り替えは単射なので、整数係数で $c_n(E)=(-1)^{n-1}(n-1)!\,k\,u_n$ が成り立つ。
2:1 により第 $n$ Chern 類は $(n-1)!\,\mathbb Z\,u_n=(n-1)!\,H^{2n}(S^{2n};\mathbb Z)$ に入る。逆に $k\in\mathbb Z$ を与えると、位相的K理論 の系「安定同型」の 1 により $k\beta_n=[E]-[\varepsilon^N]$ となる束 $E$ と $N$ があり、基点での値を比べると $\operatorname{rank}E=N$ である。1 によりこの $E$ について $c_n(E)=(-1)^{n-1}(n-1)!\,k\,u_n$ である。$\square$
1 の式は、$[E]-r\mapsto c_n(E)$ が $\widetilde K(S^{2n})\cong\mathbb Z$ から $H^{2n}(S^{2n};\mathbb Z)\cong\mathbb Z$ への単射な準同型で、その余核が位数 $(n-1)!$ の巡回群であることを述べている(May99 第 24 章 §4、p. 212)。$n=1,2$ では $(n-1)!=1$ なので制約はなく、$n=3$ で初めて「$c_3$ は偶数倍」という条件が現れる。
奇数次元。 $m$ が奇数なら、概複素構造 の命題「次元の偶数性と標準的な向き」の 1 により、$m$ 次元の実ベクトル空間 $T_xS^m$ には $J_x^2=-\mathrm{id}$ となる線形変換がない。よって $S^m$ は概複素構造をもたない。
$m=2,6$。 prop-acsph-existence による。
$n\le3$ であること。 $m=2n$($n\ge1$)とし、$S^{2n}$ が概複素構造 $J$ をもつとする。$E:=(TS^{2n},J)$ は階数 $n$ の複素ベクトル束で、$E_{\mathbb R}=TS^{2n}$ である。複素構造の定める向きについて、第 $n$ Chern 類は実化の Euler 類に等しい(Euler類 の節「ほかの特性類との関係」、MS74 §14、p. 158):
$$
c_n(E)=e(TS^{2n}).
$$
$TS^{2n}$ にこの向きを入れると $S^{2n}$ に向きが定まり、Euler類 の例「球面の接束」により $e(TS^{2n})$ は $H^{2n}(S^{2n};\mathbb Z)$ の生成元の $2$ 倍である。すなわち $e(TS^{2n})=\pm2u_n$ である。一方 prop-acsph-divisible の 1 により $c_n(E)=(-1)^{n-1}(n-1)!\,k\,u_n$ となる整数 $k$ がある。$u_n$ は無限巡回群の生成元なので係数を比べて
$$
(n-1)!\,k=\pm2
$$
を得る。$k\neq0$ なので $(n-1)!\le2$、すなわち $n\le3$ である。
$n=2$ の除外。 $S^4$ が概複素構造 $J$ をもつとし、$E:=(TS^4,J)$(複素階数 $2$)とおく。ベクトル束 の命題「球面の接束は安定的に自明」により $TS^4\oplus\varepsilon^1\cong\varepsilon^5$(実の自明束)である。実ベクトル束の同型はファイバーごとの複素化で複素ベクトル束の同型を与え、複素化は直和と可換で、自明束を自明束に写すので
$$
(E_{\mathbb R}\otimes\mathbb C)\oplus\varepsilon^1_{\mathbb C}\cong\varepsilon^5_{\mathbb C}
$$
である。Pontryagin類 の補題「実化の複素化」により $E_{\mathbb R}\otimes\mathbb C\cong E\oplus\overline E$ なので、Whitney の和公式と自明束の全 Chern 類が $1$ であること(Chern類 の例「自明束と自明な直和因子」)から
$$
c(E)\,c(\overline E)=1
$$
を得る。$H^2(S^4;\mathbb Z)=0$ なので $c_1(E)=c_1(\overline E)=0$ であり、Pontryagin類 の命題「共役と奇数番目の Chern 類」の 1 により $c_2(\overline E)=c_2(E)$ である。上の式の 4 次の成分は
$$
0=c_2(E)+c_1(E)\,c_1(\overline E)+c_2(\overline E)=2\,c_2(E)
$$
となり、$H^4(S^4;\mathbb Z)\cong\mathbb Z$ は捩れをもたないので $c_2(E)=0$ である。ところが前段により $c_2(E)=e(TS^4)=\pm2u_2\neq0$ であり、矛盾する。
以上により、$m\ge1$ で $S^m$ が概複素構造をもつのは $m=2n$、$n\in\{1,3\}$、すなわち $m=2,6$ のときに限る。$\square$
$n=2$ の除外では、$TS^4$ が安定的に自明であることから「$E$ 自身が安定的に複素自明である」と結論してはいけない。実の安定自明性から分かるのは $E\oplus\overline E$ が安定的に自明であることだけで、そこから $c_2(E)$ の $2$ 倍が消えることを導き、捩れのなさで $c_2(E)=0$ に戻している。複素多様体 の例「反例:複素構造をもたない多様体」は、概複素構造をもつ閉じた 4 次元多様体の関係式 $\langle c_1^2,[M]\rangle=2\chi(M)+3\sigma(M)$(Hirzebruchの符号数定理 による)から同じ結論を導いている。上の議論は符号数定理を使わない。
$J$ を $S^2$ の任意の概複素構造とし、$E:=(TS^2,J)$(直線束)とおく。prf-acsph-main の段「$n\le3$ であること」により $c_1(E)=\pm2u_1$ で、prop-acsph-divisible の 1($n=1$、$(n-1)!=1$)により $[E]-1=k\beta_1$、$k=\pm2$ である。$u_1=c_1(H)$ だったので、$c_1(E)=\pm2c_1(H)$ である。$S^2$ 上の直線束は第 1 Chern 類で決まる(Chern類 の定理「直線束の分類」)ので、$E$ は $H^{\otimes2}$ または $(H^\vee)^{\otimes2}$ と同型である。$\mathbb{CP}^1$ の複素構造から来る概複素構造では、$TS^2=T\mathbb{CP}^1$ は $\mathcal O(2)=(H^\vee)^{\otimes2}$ である(複素射影空間の接束 の定理「全 Chern 類」で $n=1$ とした場合、同記事の例「射影直線」)。
$J$ を $S^6$ の任意の概複素構造、$E:=(TS^6,J)$ とする。prf-acsph-main の式 $(n-1)!\,k=\pm2$ で $n=3$ とすると $2k=\pm2$、すなわち $k=\pm1$ である。よって $[E]-3=\pm\beta_3$ は $\widetilde K(S^6)\cong\mathbb Z$ の生成元である。とくに prop-acsph-existence の八元数による構造について、接束の類が $K$ 群を生成する。$n=3$ は、Euler 類の値 $\pm2$ が整除性の制約 $(n-1)!=2$ とちょうど一致する境目である。
| $n$ | 球面 | $(n-1)!$ | $c_n=\pm2u_n$ と整除性 | 概複素構造 |
|---|---|---|---|---|
| $1$ | $S^2$ | $1$ | 両立($k=\pm2$) | ある(四元数) |
| $2$ | $S^4$ | $1$ | 両立($k=\pm2$) | ない(共役束による) |
| $3$ | $S^6$ | $2$ | 両立($k=\pm1$) | ある(八元数) |
| $n\ge4$ | $S^{2n}$ | $\ge6$ | 両立しない | ない |
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| 接束そのものに複素構造を入れる(自明束を足さない) | $TS^{2n}\oplus\varepsilon^2$($n\ge1$、とくに $n\ne1,3$) | 「$n\ne1,3$ なら複素ベクトル束の実化と同型でない」 |
| $n\neq2$ | $S^4$ | 「$(n-1)!\mid2$ ならば $S^{2n}$ は概複素構造をもつ」 |
| 正の次元 | $S^0$ | 「概複素構造をもつ球面は $S^2$ と $S^6$ だけ」 |
1 行目:ベクトル束 の命題「球面の接束は安定的に自明」により $TS^{2n}\oplus\varepsilon^1\cong\varepsilon^{2n+1}$ なので、$TS^{2n}\oplus\varepsilon^2\cong\varepsilon^{2n+2}=(\varepsilon^{n+1}_{\mathbb C})_{\mathbb R}$ である。よって自明な実直線束を 2 本足すと、どの偶数次元の球面でも複素ベクトル束の実化になる。どの球面の接束も実ベクトル束として安定的に自明なので、実の安定同型類は $S^2$、$S^6$ とほかの球面を区別しない。主定理が述べる障害は、階数を変えない接束そのものに対するものである。
2 行目:$n=2$ では $(n-1)!=1$ なので prf-acsph-main の段「$n\le3$ であること」は何も制約しないが、$S^4$ は概複素構造をもたない(同じ証明の段「$n=2$ の除外」)。破れる含意は「Euler 類の値 $\pm2$ と第 $n$ Chern 類の整除性が両立すれば概複素構造がある」である。
3 行目:$S^0$ の接空間は $0$ で、$0$ 写像が $J^2=-\mathrm{id}_0$ を満たす。主定理は $m\ge1$ を仮定している。
Borel と Serre は Steenrod の被約冪を使ってこの定理を証明した(BS53)。この記事の証明は、Bott の周期性定理と Chern 指標による $K$ 理論の証明で、May99 第 24 章 §4(p. 212)の筋に従う。$S^6$ が複素多様体の構造をもつか(可積分な概複素構造をもつか)は未解決である。
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