中心(環論)

同義語:環の中心center of a ringcenter (ring theory)

概要

中心(環論)(center of a ring)とは、環 $R$ のすべての元と交換する元の全体 $Z(R)=\{z\in R\mid zx=xz\ (x\in R)\}$ のことであり、可換な部分環をなす。どの環も中心の上の多元環であり、行列環 $M_n(A)$ の中心は $Z(A)$ の元のスカラー行列、四元数の中心は実数、体上のベクトル空間の自己準同型環の中心はスカラー倍の全体である。中心に属する冪等元は環の直積分解と 1 対 1 に対応する。また中心は左加群の圏の恒等関手の自己準同型環と同型なので、加群の圏が同値な環どうしは同型な中心をもつ。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 環, 部分環, イデアル, 群の中心

可換でない環では、掛ける順序によって積が変わる。それでも、どの元とも順序を気にせず掛けられる元はある。たとえば行列環 $M_n(\mathbb{R})$ ではスカラー行列 $cI$ がそうであり、四元数 $\mathbb{H}$ では実数がそうである。こうした元の全体を環の 中心 という。群の中心(群の中心)の環版にあたり、環がどれだけ可換に近いかを測る最初の手がかりになる。
中心は可換な部分環であり、環 $R$ はつねに中心 $Z(R)$ の上の多元環とみなせる。さらに中心は、環の構造について 2 つのことを教える。1 つは、環を 2 つの環の直積に分ける方法が、中心に属する冪等元と 1 対 1 に対応すること(thm-zr-idempotent-decomposition)である。もう 1 つは、中心が「すべての加群に一斉に作用する自己準同型」と同じものであり、加群の圏だけから復元できること(thm-zr-identity-functor)である。後者から、加群の圏が(加法的な関手で)同値な 2 つの環は同型な中心をもつ。
この記事では以上の 2 つの定理を証明し、行列環・多項式環・ベクトル空間の自己準同型環などの中心を調べる。

定義

この記事では、環は乗法の単位元 $1$ をもち結合的であるとし、可換性は仮定しない(環 の記事の定義)。

環の中心と中心化環

環 $R$ の 中心(center)とは、すべての元と交換する元の全体
$$ Z(R):=\{z\in R\mid \text{すべての }x\in R\text{ について }zx=xz\} $$
のことである。$Z(R)$ の元を 中心元(central element)という。部分集合 $S\subseteq R$ に対し
$$ C_R(S):=\{x\in R\mid \text{すべての }s\in S\text{ について }xs=sx\} $$
を $S$ の 中心化環(centralizer)という。$Z(R)=C_R(R)$ である。中心に属する冪等元($e^2=e$)を 中心的冪等元 という。

$Z(R)=\bigcap_{a\in R}C_R(\{a\})$ である。群の場合と同じ記号 $Z$ を使うが、環 $R$ の中心 $Z(R)$ と、単元群 $R^\times$ の群としての中心 $Z(R^\times)$ は別のものである(ex-zr-units)。

中心の基本性質

$R$ を環、$S\subseteq R$ を部分集合とする。

  1. $C_R(S)$ は $R$ の部分環である。とくに $Z(R)$ は $R$ の部分環であり、可換環である。
  2. $R$ が可換環であることと $Z(R)=R$ は同値である。
  3. $Z(R)\subseteq C_R(S)$ である。
  4. $u\in Z(R)$ が $R$ の単元なら $u^{-1}\in Z(R)$ である。したがって $Z(R)$ の単元群は $Z(R)\cap R^\times$ に等しい。
  5. $z\in Z(R)$ なら、$z$ の生成する両側イデアルは $RzR=Rz=zR$ である。

1:$0,1$ はすべての元と交換する。$x,y\in C_R(S)$、$s\in S$ なら、分配法則と結合法則により $(x-y)s=xs-ys=sx-sy=s(x-y)$、$(xy)s=x(ys)=x(sy)=(xs)y=(sx)y=s(xy)$ なので、$C_R(S)$ は減法と乗法で閉じている。$Z(R)$ の 2 元はとくに互いに交換するので、$Z(R)$ は可換である。
2:定義から明らかである。
3:中心元はすべての元と、とくに $S$ の元と交換する。
4:$x\in R$ について $u^{-1}x=u^{-1}x(uu^{-1})=u^{-1}(xu)u^{-1}=u^{-1}(ux)u^{-1}=xu^{-1}$ である。
5:$z$ はすべての元と交換するので、$\sum_ia_izb_i=\left(\sum_ia_ib_i\right)z$ であり、$RzR=Rz$ となる。同様に $RzR=zR$ である。$\square$

環 $R$ と可換環 $k$ について、$R$ に $k$ 上の多元環の構造を与えることは、像が $Z(R)$ に入る環準同型 $k\to R$ を与えることと同じである(多元環)。とくに包含写像 $Z(R)\to R$ により、どの環も自分の中心の上の多元環である。

例

行列環・四元数・群環
  1. 環 $A$ 上の行列環では $Z(M_n(A))=\{aI\mid a\in Z(A)\}$ である(行列環 の記事の命題「行列環の中心」)。とくに体 $k$ 上では中心はスカラー行列の全体で、$k$ と同型である。
  2. 四元数 $\mathbb{H}$ の中心は $\mathbb{R}$ である。実際 $q=a+bi+cj+dk$ について $iq-qi=2ck-2dj$、$jq-qj=2di-2bk$ なので、$q$ が $i$ と $j$ の両方と交換するのは $b=c=d=0$ のときに限り、実数はすべての元と交換する。
  3. 零環でない可換環 $R$ と有限群 $G$ について、群環 $R[G]$ の中心は、共役類ごとの元の和(類和)を基底とする(群環 の記事の命題「群環の中心」)。群の中心 $Z(G)$ の元は $R[G]$ の中心元であるが、$G$ が可換でなければ $R[G]$ の中心はそれより大きい。
  4. 標数 $0$ の体 $k$ 上の Weyl 代数 $A_n(k)$ の中心は $k$ である(Weyl代数 の記事の定理「Weyl 代数のイデアルと中心」)。標数 $p>0$ では $x_i^p$ や $\partial_i^p$ も中心に入る(同記事の命題「標数 $p$ の Weyl 代数の中心」)。
多項式環と三角行列環の中心

$A$ を環とする。

  1. 不定元 $x$ が $A$ の元と交換する多項式環 $A[x]$ について、$Z(A[x])=Z(A)[x]$ である。
  2. $n\ge1$ とし、$T_n(A)$ を $A$ 成分の上三角行列の環とすると、$Z(T_n(A))=\{aI\mid a\in Z(A)\}$ である。

1:$f=\sum_ia_ix^i$ が中心元なら、定数 $b\in A$ と交換するので $\sum_i(a_ib-ba_i)x^i=0$ であり、すべての $i$ で $a_ib=ba_i$、すなわち $a_i\in Z(A)$ である。逆に係数が $Z(A)$ に入る $f$ は、定数 $b$ と交換し、$x$ とも交換する($x$ は $A$ の元と交換する)。$A[x]$ の元は定数と $x$ の積の和なので、$f$ は中心元である。
2:$E_{ij}$ を $(i,j)$ 成分だけが $1$ の行列とする($i\le j$ なら $E_{ij}\in T_n(A)$)。$z=(z_{ij})\in Z(T_n(A))$ とする。$E_{ii}z$ は $z$ の第 $i$ 行だけを残した行列、$zE_{ii}$ は第 $i$ 列だけを残した行列なので、$E_{ii}z=zE_{ii}$ から $j\ne i$ のとき $z_{ij}=z_{ji}=0$ であり、$z$ は対角行列である。次に $i< j$ について $E_{ij}z$ の $(i,j)$ 成分は $z_{jj}$、$zE_{ij}$ の $(i,j)$ 成分は $z_{ii}$ なので、$z_{ii}=z_{jj}$ である。よって $z=aI$ と書け、$a\in A$ に対する $aI$ との交換から $a\in Z(A)$ である。逆に $a\in Z(A)$ なら $aI$ はすべての行列と交換する。$\square$

2 の環 $T_n(A)$ は $n\ge2$ で可換でなく、中心はスカラー行列に限られる。$A$ が体 $k$ なら中心は体 $k$ だが、$T_n(k)$($n\ge2$)は単純環でない(狭義上三角行列の全体が $0$ でも全体でもない両側イデアルである)。

ベクトル空間の自己準同型環の中心

$k$ を体、$V$ を $k$ 上のベクトル空間(次元は無限でもよい)とする。$\operatorname{End}_k(V)$ の中心はスカラー倍 $v\mapsto cv$($c\in k$)の全体であり、$k$ と同型である($V\ne0$ のとき)。

スカラー倍がすべての線形写像と交換することは明らかである。逆に $f$ を中心元とする。$0\ne v\in V$ をとる。$\{v\}$ を含む基底がある(基底 の記事の定理「一般のベクトル空間の基底の存在」)ので、$\varphi(v)=1$ となる線形形式 $\varphi\colon V\to k$ がとれる($v$ の係数をとる写像)。$p(w):=\varphi(w)v$ とおくと $p\in\operatorname{End}_k(V)$ であり、$f$ と交換するので
$$ f(v)=f(p(v))=p(f(v))=\varphi(f(v))\,v $$
である。よって各 $v\ne0$ について $f(v)=\lambda_vv$ となる $\lambda_v\in k$ がある。$v,w$ が 1 次独立なら、$\lambda_{v+w}(v+w)=f(v+w)=\lambda_vv+\lambda_ww$ から $\lambda_v=\lambda_{v+w}=\lambda_w$ である。$w=cv$($c\ne0$)なら $f(w)=cf(v)=\lambda_vw$ である。いずれの場合も $\lambda_v=\lambda_w$ なので、$\lambda:=\lambda_v$ は $v$ によらず $f=\lambda\cdot\mathrm{id}$ である。$\square$

$V$ が無限次元のとき、$\operatorname{End}_k(V)$ は有限階数の写像の全体という $0$ でも全体でもない両側イデアルをもち、単純環でない(単純環 の記事の例「反例:無限次元ベクトル空間の自己準同型環」)。それでも中心は体である。単純環の中心は体である(単純環 の記事の命題「単純環の中心は体」)が、この例と $T_n(k)$ の例は、その逆が成り立たないことを示す。

単元群の中心との違い

$R=T_2(\mathbb{F}_2)$ を 2 元体上の $2\times2$ 上三角行列の環とする。単元は対角成分がともに $1$ の行列 $\begin{pmatrix}1&b\\0&1\end{pmatrix}$($b\in\mathbb{F}_2$)の 2 つで、単元群 $R^\times$ は位数 $2$ の可換群なので $Z(R^\times)=R^\times$ である。一方 prop-zr-polynomial-triangular の 2 により $Z(R)=\{0,I\}$ なので、$Z(R)\cap R^\times=\{I\}$ である。単元群の群としての中心は、中心に属する単元の全体より大きくなりうる。

中心的冪等元と直積分解

可換環では、冪等元 $e$ が直積分解 $A\cong Ae\times A(1-e)$ を与える(冪等元 の記事の定理「冪等元と直積分解の対応」)。可換でない環では、同じ役割を果たすのは中心的冪等元である。

中心的冪等元と直積分解

$R$ を環とする。

  1. $e$ を中心的冪等元とすると、$Re=eR$ は $R$ の両側イデアルであり、$R$ の加法と乗法で $e$ を単位元とする環になる。写像
    $$ \varphi\colon R\to Re\times R(1-e),\qquad a\mapsto(ae,\ a(1-e)) $$
    は環の同型である。
  2. 逆に、環の同型 $\psi\colon R\to R_1\times R_2$ があれば、$e:=\psi^{-1}(1,0)$ は中心的冪等元であり、$\psi$ は環の同型 $Re\cong R_1$、$R(1-e)\cong R_2$ を引き起こす。
  3. 中心的冪等元 $e$ に組 $(Re,\ R(1-e))$ を対応させる写像は、$R$ の中心的冪等元の全体から、$I+J=R$ かつ $I\cap J=0$ を満たす両側イデアルの組 $(I,J)$ の全体への全単射である。
  4. $Z(R_1\times R_2)=Z(R_1)\times Z(R_2)$ である。
    とくに、$R$ が零環でない 2 つの環の直積に同型であることと、可換環 $Z(R)$ が $0,1$ 以外の冪等元をもつことは同値である。

1:$e$ は中心元なので $Re=eR$ であり、prop-zr-basic の 5 によりこれは両側イデアルである。$x=ae$ なら $xe=ae^2=x$ かつ $ex=xe=x$ なので、$e$ は $Re$ の単位元であり、$Re$ は乗法で閉じているので環になる。$1-e$ も中心的冪等元($(1-e)^2=1-2e+e^2=1-e$)なので、$R(1-e)$ も同様に環である。$e$ が中心元であることから $(ab)e=(ab)e^2=a(be)e=(ae)(be)$ となり($be$ と $e$ が交換することを使う)、同様に $(ab)(1-e)=(a(1-e))(b(1-e))$ なので、$\varphi$ は和と積を保ち、$\varphi(1)=(e,1-e)$ は単位元である。$\varphi(a)=0$ なら $a=ae+a(1-e)=0$ なので単射である。$(xe,\ y(1-e))$ に対し $a:=xe+y(1-e)$ とおくと、$e(1-e)=0$ と $e$ の中心性から $ae=xe$、$a(1-e)=y(1-e)$ なので全射である。
2:$(1,0)$ は $R_1\times R_2$ の中心的冪等元であり、環の同型 $\psi^{-1}$ は冪等であることと中心元であることを保つので、$e$ は中心的冪等元である。$\psi(Re)=(R_1\times R_2)(1,0)=R_1\times\{0\}$ なので、$\psi$ を $Re$ に制限して第 1 成分をとると、$e$ を $1$ に写す和と積を保つ全単射 $Re\to R_1$ が得られる。$R(1-e)\cong R_2$ も同様である。
3:中心的冪等元 $e$ について、$I:=Re$、$J:=R(1-e)$ は 1 により両側イデアルで、$1=e+(1-e)$ から $I+J=R$ である。$x\in I\cap J$ なら $x=xe$ かつ $x=x(1-e)=x-xe$ なので $x=0$ である。
逆に、両側イデアル $I,J$ が $I+J=R$、$I\cap J=0$ を満たすとし、$1=e+f$($e\in I$、$f\in J$)と書く。この書き方は一意である(差は $I\cap J=0$ に入る)。$x\in I$ について、$xf$ は $I$ が右イデアルであることから $I$ に、$J$ が左イデアルであることから $J$ に入るので $xf=0$、よって $x=x(e+f)=xe$ である。同様に $fx\in I\cap J$ から $fx=0$、$x=ex$ である。$y\in J$ についても同様に $ye=ey=0$ である。任意の $a\in R$ を $a=x+y$($x\in I$、$y\in J$)と書くと、$ae=xe+ye=x$、$ea=ex+ey=x$ なので $ae=ea$ であり、$e$ は中心元である。$e\in I$ なので $e=ee=e^2$ であり、$e$ は冪等元で $f=1-e$ である。さらに $x\in I$ なら $x=xe\in Re$、逆に $Re\subseteq I$($I$ は左イデアル)なので $I=Re$ であり、同様に $J=R(1-e)$ である。書き方の一意性から、$(I,J)$ から得た $e$ に $(Re,R(1-e))$ を対応させると $(I,J)$ に戻り、$e$ から作った組から得られる冪等元は $e$ に戻る。よって全単射である。
4:$(z_1,z_2)$ がすべての $(x_1,x_2)$ と交換することは、各成分 $z_i$ が $R_i$ のすべての元と交換することと同値である。
最後の主張:中心的冪等元は、可換環 $Z(R)$ の冪等元にほかならない。1 と 2 により、$R$ が零環でない 2 つの環の直積に同型であることは、$Re\ne0$ かつ $R(1-e)\ne0$、すなわち $e\ne0,1$ となる中心的冪等元 $e$ があることと同値である($Re$ は単位元 $e$ をもつので、$Re=0$ と $e=0$ は同値)。$\square$

たとえば $Z(R)$ が体や整域なら、$R$ は 2 つの零環でない環の直積に分解しない。体 $k$ 上の $M_n(k)$($n\ge2$)は $0,1$ 以外の冪等元 $E_{11}$ をもつが、中心 $k$ には $0,1$ 以外の冪等元がないので分解しない(冪等元 の記事の例「反例:非可換環の冪等元は直積分解を与えるとは限らない」)。同様に、互いに直交する中心的冪等元 $e_1,\dots,e_m$ で和が $1$ のものは、分解 $R\cong Re_1\times\cdots\times Re_m$ を与える。

加群の圏から見た中心

左 $R$ 加群と $R$ 線形写像のなす圏を $R\text{-}\mathbf{Mod}$ とする。恒等関手 $\mathrm{id}$ から自分自身への自然変換 $\eta$ とは、各左 $R$ 加群 $M$ に $R$ 線形写像 $\eta_M\colon M\to M$ を与え、任意の $R$ 線形写像 $f\colon M\to N$ について $f\circ\eta_M=\eta_N\circ f$ を満たすものである。その全体 $\operatorname{End}(\mathrm{id})$ は、成分ごとの和と合成を積として環になる。

恒等関手の自己準同型としての中心

$R$ を環とする。

  1. $z\in Z(R)$ について、$\mu^z_M\colon M\to M$、$m\mapsto zm$ は $R$ 線形であり、$\mu^z=(\mu^z_M)_M$ は $\operatorname{End}(\mathrm{id}_{R\text{-}\mathbf{Mod}})$ の元である。
  2. $z\mapsto\mu^z$ は環の同型 $Z(R)\to\operatorname{End}(\mathrm{id}_{R\text{-}\mathbf{Mod}})$ であり、逆写像は $\eta\mapsto\eta_R(1)$ である。
  3. $R$ を両側 $R$ 加群とみたときの両側加群としての自己準同型の全体 $\operatorname{End}_{R\text{-}R}(R)$ も、$f\mapsto f(1)$ により $Z(R)$ と同型である。

1:$r\in R$ について $\mu^z_M(rm)=zrm=rzm=r\mu^z_M(m)$ なので、$z$ が中心元であることから $\mu^z_M$ は $R$ 線形である。$R$ 線形写像 $f\colon M\to N$ について $f(zm)=zf(m)$ なので、自然性 $f\circ\mu^z_M=\mu^z_N\circ f$ が成り立つ。
2:$\mu^{z+w}=\mu^z+\mu^w$、$\mu^{zw}=\mu^z\circ\mu^w$、$\mu^1=\mathrm{id}$ なので、$z\mapsto\mu^z$ は環準同型である。$\mu^z_R(1)=z$ なので単射である。
全射であることを示す。$\eta\in\operatorname{End}(\mathrm{id})$ とし、$z:=\eta_R(1)$ とおく。左 $R$ 加群 $M$ の元 $m$ について、$f_m\colon R\to M$、$r\mapsto rm$ は $R$ 線形であり、自然性から
$$ \eta_M(m)=\eta_M(f_m(1))=f_m(\eta_R(1))=f_m(z)=zm $$
である。とくに $M=R$、$m=a$ とすると $\eta_R(a)=za$ である。一方 $\eta_R$ は $R$ 線形なので $\eta_R(a)=\eta_R(a\cdot1)=a\eta_R(1)=az$ である。2 つを比べて $za=az$ を得る。よって $z\in Z(R)$ であり、上の式から $\eta=\mu^z$ である。
3:$f\in\operatorname{End}_{R\text{-}R}(R)$ について $z:=f(1)$ とおくと、$f(a)=f(a\cdot1)=az$ かつ $f(a)=f(1\cdot a)=za$ なので $z\in Z(R)$、$f=\mu^z_R$ である。逆に $z\in Z(R)$ なら $a\mapsto za$ は両側 $R$ 線形である。和と合成が $Z(R)$ の和と積に対応することは 2 と同様である。$\square$

この定理の 2 は、中心が環 $R$ そのものではなく、$R$ 上の加群の全体の振る舞いだけから決まることを示している。そこから次が従う。

加群の圏が同値な環の中心

環 $R,S$ について、加法的な関手 $F\colon R\text{-}\mathbf{Mod}\to S\text{-}\mathbf{Mod}$ が圏同値を与えるなら、環の同型 $Z(R)\cong Z(S)$ がある。

thm-zr-identity-functor の 2 により、環の同型 $\operatorname{End}(\mathrm{id}_{R\text{-}\mathbf{Mod}})\cong\operatorname{End}(\mathrm{id}_{S\text{-}\mathbf{Mod}})$ を作ればよい。$F$ は充満忠実かつ本質的全射である(圏同値 の記事の命題「圏同値の必要条件」)。$\eta\in\operatorname{End}(\mathrm{id}_{R\text{-}\mathbf{Mod}})$ に対し、$S$ 加群 $Y$ ごとに同型 $\phi\colon FX\to Y$ を 1 つ選び、$\eta'_Y:=\phi\circ F(\eta_X)\circ\phi^{-1}$ とおく。要点は、$\eta'$ が選び方によらず自然であり、$\eta\mapsto\eta'$ が環の同型になることである。

確かめを開く

選び方によらないこと:別の同型 $\psi\colon FX'\to Y$ をとると、$F$ が充満忠実なので $\psi^{-1}\phi=F(u)$ となる同型 $u\colon X\to X'$ がある。$\eta$ の自然性 $\eta_{X'}u=u\eta_X$ に $F$ を当てると $F(\eta_{X'})F(u)=F(u)F(\eta_X)$ なので、$\psi F(\eta_{X'})\psi^{-1}=\psi F(u)F(\eta_X)F(u)^{-1}\psi^{-1}=\phi F(\eta_X)\phi^{-1}$ である。

自然性:$g\colon Y\to Y'$ と、選んだ同型 $\phi\colon FX\to Y$、$\phi'\colon FX'\to Y'$ について、$\phi'^{-1}g\phi=F(v)$ となる $v\colon X\to X'$ がある。$\eta'_{Y'}g=\phi'F(\eta_{X'})F(v)\phi^{-1}=\phi'F(v)F(\eta_X)\phi^{-1}=g\,\eta'_Y$ である。

環準同型であること:$F$ は関手で加法的なので $(\eta\theta)'=\eta'\theta'$、$(\eta+\theta)'=\eta'+\theta'$、$\mathrm{id}'=\mathrm{id}$ である。

単射:$Y=FX$ で $\phi=\mathrm{id}$ を選ぶと $\eta'_{FX}=F(\eta_X)$ なので、$F$ が忠実であることから $\eta'=0$ なら $\eta=0$ である。全射:$\theta\in\operatorname{End}(\mathrm{id}_{S\text{-}\mathbf{Mod}})$ に対し、$F$ が充満忠実なので $F(\eta_X)=\theta_{FX}$ となる $\eta_X$ がただ 1 つある。$u\colon X\to X'$ について $F(\eta_{X'}u)=\theta_{FX'}F(u)=F(u)\theta_{FX}=F(u\eta_X)$ なので、忠実性から $\eta$ は自然である。$\theta$ の自然性から $\eta'_Y=\phi\,\theta_{FX}\,\phi^{-1}=\theta_Y$ なので $\eta'=\theta$ である。$\square$

加群の圏が(加法的な関手で)同値になる 2 つの環は森田同値であるという。この系により、中心は森田同値で変わらない量である。たとえば $k\times k$ と $k$($k$ は体)は中心がそれぞれ $k\times k$ と $k$ で、前者は $0,1$ 以外の冪等元をもつので同型でない。よって $k\times k$ 上の加群の圏と $k$ 上のベクトル空間の圏は同値でない。

環準同型と中心

全射な環準同型と中心

$f\colon R\to S$ が全射な環準同型なら、$f(Z(R))\subseteq Z(S)$ である。

$z\in Z(R)$、$y\in S$ とし、$y=f(x)$ と書くと $f(z)y=f(zx)=f(xz)=yf(z)$ である。$\square$

全射でない準同型では、中心元の像は中心元とは限らない(下の表の 2 行目)。全射であっても $Z(S)$ が $f(Z(R))$ より大きいことはある。たとえば $R=T_2(k)$ を体 $k$ 上の上三角行列の環、$N$ を狭義上三角行列のなす両側イデアルとすると、対角成分をとる写像により $R/N\cong k\times k$ である。prop-zr-polynomial-triangular の 2 により $Z(R)$ の像は $\{(a,a)\mid a\in k\}$ だが、$Z(k\times k)=k\times k$ である。

仮定を外したときの反例

外す条件反例成り立たなくなること
$e$ が中心元(thm-zr-idempotent-decomposition の 1)$R=M_2(k)$、$e=E_{11}$$Re$ は両側イデアルでなく($E_{21}=E_{21}E_{11}\in Re$ だが $E_{21}E_{12}=E_{22}\notin Re$)、$R$ は $Re\times R(1-e)$ の形の直積に分解しない
$f$ が全射(prop-zr-surjection)$f\colon k[t]\to M_2(k)$、$t\mapsto E_{11}$$t\in Z(k[t])$ だが $f(t)=E_{11}$ は $E_{12}$ と交換しない
単純環(中心が体であること。単純環 の記事の命題「単純環の中心は体」)$R=\mathbb{Z}$中心 $\mathbb{Z}$ は体でない

補足

群の中心・中心単純環との関係

群 $G$ の中心 $Z(G)$ は乗法についての同じ定義であり、環 $R$ について $Z(R)\cap R^\times\subseteq Z(R^\times)$ が成り立つが、等号は成り立つとは限らない(ex-zr-units)。斜体の中心は体であり(可除環 の記事の命題「中心化環は斜体」)、中心の体の上で有限次元な単純環を中心単純環という。有限な斜体は可換である(Wedderburnの小定理)。中心の定義と、中心が 1 を含む部分環であること、斜体の中心が体であることは DF04 §7.1 の演習 7(p. 231)にもある。

関連項目

参考文献

[1]
David S. Dummit and Richard M. Foote, Abstract Algebra, 3rd ed., Wiley, 2004, §7.1, Exercise 7, p. 231(環の中心の定義、中心は 1 を含む部分環、斜体の中心は体)

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