Erdős–Kacの定理

同義語:Erdős–Kac theorem

概要

Erdős–Kacの定理(Erdős–Kac theorem)とは、整数 $n$ の相異なる素因数の個数 $\omega(n)$ について、$\omega(n)-\log\log x\le t\sqrt{\log\log x}$ となる $n\le x$ の割合が、各実数 $t$ で標準正規分布の分布関数の値 $\Phi(t)$ に近づくという定理である。$\omega(n)$ は $p\mid n$ の指示関数の和で、小さい素数での整除はほぼ独立なので、独立な確率変数の和についての中心極限定理と同じ結論になる。証明では小さい素数だけを数え、独立なモデルと積率を比べる。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: Hardy–Ramanujanの定理(素因数の個数), 中心極限定理, 特性関数(確率論)

Erdős–Kac の定理(Erdős–Kac theorem)は、正の整数 $n$ の相異なる素因数の個数 $\omega(n)$ を $\log\log n$ だけずらし $\sqrt{\log\log n}$ で割ったものの分布が、$n$ が大きくなるにつれて標準正規分布に近づくという定理である(P. Erdős と M. Kac, 1940)。Hardy–Ramanujanの定理(素因数の個数) は、ほとんどすべての $n$ で $\omega(n)$ と $\log\log n$ のずれが $\psi(n)\sqrt{\log\log n}$ 以下にとどまることを述べる($\psi(n)\to\infty$ はどれほどゆっくりでもよい)。Erdős–Kac の定理は、そのずれが $\sqrt{\log\log n}$ の何倍になる $n$ がどれだけの割合あるかまで決める。たとえば $\lvert\omega(n)-\log\log n\rvert\le\sqrt{\log\log n}$ となる $n\le x$ の割合は、$x\to\infty$ のとき $\Phi(1)-\Phi(-1)=0.6826\ldots$ に近づく($\Phi$ は標準正規分布の分布関数)。
$\omega(n)=\sum_p\delta_p(n)$($\delta_p(n)$ は $p\mid n$ のとき $1$、そうでないとき $0$)であり、$n$ を無作為に選ぶと各 $\delta_p(n)$ はほぼ確率 $1/p$ で $1$ になり、異なる素数についてはほぼ独立である。独立な確率変数の和は 中心極限定理 により正規分布で近似されるので、Erdős–Kac の定理は「$\omega(n)$ は独立な確率変数の和のようにふるまう」ことの精密な形である。この記事では、この見方を積率(モーメント)の比較で正当化する証明を与える。

定義と記号

以下、$p,q$ はつねに素数を表し、$\sum_{p\le y}$ は $y$ 以下の素数にわたる和である。$\log$ は自然対数、$\lfloor x\rfloor$ は 床関数 である。$\omega(n)$ と、重複も数えた素因数の個数 $\Omega(n)$ は Hardy–Ramanujanの定理(素因数の個数) の記事の「定義と記号」の節のとおりとする。
$\Phi(t)=\frac1{\sqrt{2\pi}}\int_{-\infty}^te^{-u^2/2}\,du$ は標準正規分布の分布関数であり(中心極限定理 の定義「標準正規分布の密度と分布関数」)、すべての点で連続である。標準正規分布に従う確率変数 $Z$ の積率を $m_k:=E[Z^k]$ と書くと、$k$ が奇数なら $m_k=0$、$k=2j$ なら $m_k=(2j-1)!!=1\cdot3\cdots(2j-1)$ である(正規分布 の系「正規分布の積率」)。
$x\ge1$ について、$\{1,2,\dots,\lfloor x\rfloor\}$ の各元に確率 $1/\lfloor x\rfloor$ をおく確率を $P_x$、その期待値を $E_x$ と書く。正の整数の上の関数 $f$ は $P_x$ のもとで確率変数とみなせ、
$$ P_x(f\le t)=\frac1{\lfloor x\rfloor}\#\{n\le x:f(n)\le t\} $$
である。$\lfloor x\rfloor/x\to1$ なので、$x\to\infty$ の極限を考えるときは $\frac1{\lfloor x\rfloor}$ と $\frac1x$ のどちらで割ってもよい。
素数の逆数の和については、Mertensの定理 の定理「Mertensの第二定理」から、定数 $C\ge1$ があって
$$ \Bigl\lvert\sum_{p\le t}\frac1p-\log\log t\Bigr\rvert\le C\qquad(t\ge2) $$
となることを使う(Hardy–Ramanujanの定理(素因数の個数) の注意「素数の逆数の和の評価(この記事では証明しない)」と同じ評価である)。

主定理

Erdős–Kac の定理

すべての実数 $t$ について、$x\to\infty$ のとき

  1. $\displaystyle\frac1x\#\bigl\{n\le x:\omega(n)-\log\log x\le t\sqrt{\log\log x}\bigr\}\to\Phi(t)$、
  2. $\displaystyle\frac1x\#\bigl\{3\le n\le x:\omega(n)-\log\log n\le t\sqrt{\log\log n}\bigr\}\to\Phi(t)$
    である。$\omega(n)$ を $\Omega(n)$ に替えても 1、2 は成り立つ。
証明の筋

証明は「主定理の証明」の節(prf-ek-main)で、次の節の独立なモデルと 4 つの補題を使って与える。$\Phi$ は連続なので、$a< b$ について、$a\sqrt{\log\log x}< \omega(n)-\log\log x\le b\sqrt{\log\log x}$ となる $n\le x$ の割合は $\Phi(b)-\Phi(a)$ に近づく。

独立な確率変数のモデル

$y\ge2$ とし、$y$ 以下の各素数 $p$ について、確率 $1/p$ で $1$、確率 $1-1/p$ で $0$ をとる互いに独立な確率変数 $X_p$ を考える(有限集合 $\{0,1\}^{\{p\le y\}}$ の上に積の確率をおけば作れる)。$T:=\sum_{p\le y}X_p$ の期待値と分散は
$$ \mu:=\sum_{p\le y}\frac1p,\qquad\sigma^2:=\sum_{p\le y}\frac1p\Bigl(1-\frac1p\Bigr) $$
である(分散 の記事の定理「独立な確率変数の和の分散」)。一方、$n$ を $P_x$ に従って選ぶとき、$y$ 以下の素因数の個数 $\omega_y(n):=\sum_{p\le y}\delta_p(n)$ について、相異なる素数 $p_1,\dots,p_r\le y$ が同時に $n$ を割り切る確率は
$$ P_x\bigl(\delta_{p_1}=\cdots=\delta_{p_r}=1\bigr)=\frac1{\lfloor x\rfloor}\Bigl\lfloor\frac x{p_1\cdots p_r}\Bigr\rfloor $$
で、$p_1\cdots p_r$ が $x$ よりずっと小さければ、独立なモデルでの値 $1/(p_1\cdots p_r)$ に近い。$p,q>\sqrt x$ なら $p$ と $q$ が同時に $n\le x$ を割り切ることはないので、大きい素数では近似が崩れる。そこで証明では、小さい素数だけを数える $\omega_y$ をモデル $T$ と比べ、大きい素数の寄与は別に小さいことを示す。
$T$ の各項は独立だが同じ分布ではないので、中心極限定理 の記事の定理そのものは使えない。各項が有界で分散の和が無限大に増える場合の中心極限定理は Lindeberg–Feller の定理(Dur19 Theorem 3.4.10、p. 148)に含まれ、その形は Lindeberg–Fellerの中心極限定理 の系「独立同分布の場合と一様に有界な項の場合」の 2 で証明されているが、ここでは lem-ek-independent で $T$ の積率を直接計算し、lem-ek-moments で分布の収束を導く。

証明のための補題

積率による判定

確率変数の列 $Z_1,Z_2,\dots$(それぞれ別の確率空間の上にあってよい)がすべての次数の積率をもち、すべての整数 $k\ge1$ について $E[Z_j^k]\to m_k$($j\to\infty$)とする。このときすべての実数 $t$ について $P(Z_j\le t)\to\Phi(t)$ である。

要点:特性関数を Taylor 展開し、積率の収束から特性関数の各点収束を導いて、特性関数(確率論) の定理「Lévy の連続性定理」を使う。

詳しい証明を開く

段 1(Taylor 展開の剰余). 実数 $u$ と整数 $K\ge0$ について $R_K(u):=e^{iu}-\sum_{r=0}^{K-1}(iu)^r/r!$ とおくと $\lvert R_K(u)\rvert\le\lvert u\rvert^K/K!$ である。実際、$\lvert R_0(u)\rvert=1$ であり、$K\ge1$ では $R_K(0)=0$ かつ $R_K'(u)=iR_{K-1}(u)$ なので、$R_K(u)=i\int_0^uR_{K-1}(s)\,ds$ から帰納法で $\lvert R_K(u)\rvert\le\bigl\lvert\int_0^u\lvert s\rvert^{K-1}/(K-1)!\,ds\bigr\rvert=\lvert u\rvert^K/K!$ を得る。

段 2(特性関数の収束). $t$ を固定し、$K$ を正の偶数とする。$u=tZ_j$ として期待値をとると、$K$ が偶数なので $E[\lvert Z_j\rvert^K]=E[Z_j^K]$ であり、$$\Bigl\lvert E[e^{itZ_j}]-\sum_{r=0}^{K-1}\frac{(it)^r}{r!}E[Z_j^r]\Bigr\rvert\le\frac{\lvert t\rvert^K}{K!}E[Z_j^K]$$である。標準正規分布に従う $Z$ についても同じ評価が成り立ち、正規分布 の定理「積率母関数と特性関数」により $E[e^{itZ}]=e^{-t^2/2}$ である。2 つの評価を引き、$j\to\infty$ とすると、有限和の差は $0$ に近づき、$E[Z_j^K]\to m_K$ なので$$\limsup_{j\to\infty}\bigl\lvert E[e^{itZ_j}]-e^{-t^2/2}\bigr\rvert\le\frac{2\lvert t\rvert^Km_K}{K!}=\frac{2\lvert t\rvert^K}{2^{K/2}(K/2)!}$$である($m_K/K!=1/(2^{K/2}(K/2)!)$ を使った)。右辺は $K\to\infty$ で $0$ に近づくので、$E[e^{itZ_j}]\to e^{-t^2/2}$ である。

段 3(分布の収束). $e^{-t^2/2}$ は $t=0$ で連続なので、特性関数(確率論) の定理「Lévy の連続性定理」の 2 により、$Z_j$ の分布は特性関数 $e^{-t^2/2}$ をもつ確率測度に弱収束する。同じ記事の系「特性関数は分布を決める」により、その確率測度は標準正規分布である。$\Phi$ はすべての点で連続なので、弱収束の定義(同じ記事の定義「弱収束と分布収束」)からすべての $t$ で $P(Z_j\le t)\to\Phi(t)$ である。$\square$

この判定は、極限の分布が積率で決まる場合の一般の形(Dur19 Theorem 3.3.26、p. 143)の、極限が正規分布の場合にあたる。

独立な有界の確率変数の和の積率

$Y_1,\dots,Y_s$ を独立な確率変数で、$E[Y_i]=0$、$\lvert Y_i\rvert\le1$ を満たすものとし、$\sigma^2:=\sum_iE[Y_i^2]\ge1$ とする。各整数 $k\ge1$ について、$k$ だけで決まる定数 $A_k$ があって
$$ \bigl\lvert E[(Y_1+\cdots+Y_s)^k]-m_k\sigma^k\bigr\rvert\le A_k\sigma^{k-1} $$
である。

要点:$k$ 乗を展開し、添字の等しいところで $\{1,\dots,k\}$ を組に分ける。大きさ $1$ の組があれば期待値は $0$、すべて大きさ $2$ の組が主要項、それ以外は小さい。

詳しい証明を開く

$v_i:=E[Y_i^2]$ とおく。$\lvert Y_i\rvert\le1$ なので $r\ge2$ で $\lvert E[Y_i^r]\rvert\le E[Y_i^2]=v_i$ であり、$v_i\le1$ である。展開すると $E[(\sum_iY_i)^k]=\sum E[Y_{i_1}\cdots Y_{i_k}]$(和は添字の列 $(i_1,\dots,i_k)$ にわたる)である。列は、$a\sim b\iff i_a=i_b$ によって $\{1,\dots,k\}$ の分割 $\pi$ を定める。$\pi$ の組を $B_1,\dots,B_b$ とすると、$\pi$ を定める列は、組に相異なる添字 $j_1,\dots,j_b$ を割り当てることと 1 対 1 に対応し、独立性からその期待値は $\prod_lE[Y_{j_l}^{\lvert B_l\rvert}]$ である。

(a) 大きさ $1$ の組があれば、$E[Y_j]=0$ によりその寄与は $0$ である。(b) すべての組の大きさが $2$ 以上なら、寄与の絶対値は $\sum_{j_1,\dots,j_b}\prod_lv_{j_l}=\sigma^{2b}$ 以下である(相異なるという制限を外して上から押さえた)。組に大きさ $3$ 以上のものがあれば $2b\le k-1$ なので、$\sigma\ge1$ からこの寄与は $\sigma^{k-1}$ 以下である。(c) すべての組の大きさが $2$($k=2b$ が偶数)なら、寄与は相異なる $j_1,\dots,j_b$ にわたる $\prod_lv_{j_l}$ の和である。制限を外した和は $\sigma^{2b}=\sigma^k$ で、差は $j_a=j_c$($a< c$)となる項の和だから $\binom b2\bigl(\sum_jv_j^2\bigr)\sigma^{2b-4}\le\binom b2\sigma^{k-2}$ 以下である($v_j\le1$ から $\sum_jv_j^2\le\sigma^2$)。このような分割はちょうど $m_k$ 個ある($k=2b$ のとき $1$ と組になる元の選び方が $k-1$ 通り、残りについて帰納法)。

$\{1,\dots,k\}$ の分割の個数を $\beta_k$(Bell数)とすると、(a)〜(c) から差の絶対値は $m_k\binom{k/2}2\sigma^{k-2}+\beta_k\sigma^{k-1}$ 以下であり($k$ が奇数なら (c) の分割はなく $m_k=0$)、$A_k:=(1+k^2)\beta_k$ とおけばよい($m_k\le\beta_k$)。$\square$

整除と独立なモデルの比較

$2\le y\le x$ とし、$\mu$、$\omega_y$、$T$ を前の節のとおりとする。各整数 $k\ge1$ について
$$ \bigl\lvert E_x[(\omega_y-\mu)^k]-E[(T-\mu)^k]\bigr\rvert\le\frac{(2y)^k}{\lfloor x\rfloor} $$
である。

$N:=\lfloor x\rfloor$ とする。展開すると
$$ (\omega_y(n)-\mu)^k=\sum_{p_1,\dots,p_k\le y}\ \prod_{i=1}^k\Bigl(\delta_{p_i}(n)-\frac1{p_i}\Bigr),\qquad(T-\mu)^k=\sum_{p_1,\dots,p_k\le y}\ \prod_{i=1}^k\Bigl(X_{p_i}-\frac1{p_i}\Bigr) $$
である。素数の列 $(p_1,\dots,p_k)$ を固定し、積をさらに展開すると、$\{1,\dots,k\}$ の部分集合 $I$ にわたる和
$$ \sum_I\Bigl(\prod_{i\notin I}\Bigl(-\frac1{p_i}\Bigr)\Bigr)\prod_{i\in I}\delta_{p_i}(n) $$
になる($X$ の側も同じ形)。$\{p_i:i\in I\}$ の相異なる元の積を $d$ とすると、$\delta_p(n)^2=\delta_p(n)$ なので $\prod_{i\in I}\delta_{p_i}(n)$ は $d\mid n$ のとき $1$、そうでないとき $0$ であり、その $E_x$ での期待値は $\lfloor x/d\rfloor/N=\lfloor N/d\rfloor/N$ である。これは $\frac1d-\frac1N$ より大きく $\frac1d$ 以下である。$X$ の側では $X_p^2=X_p$ と独立性から $E[\prod_{i\in I}X_{p_i}]=\frac1d$ である。よって各 $I$ の項の差は $\frac1N$ 以下で、$I$ は $2^k$ 個、素数の列は $y^k$ 個以下なので、全体の差は $2^ky^k/N$ 以下である。$\square$

小さな差は極限の分布を変えない

$Z_j$、$V_j$($j=1,2,\dots$)を同じ確率空間 $(\Omega_j,P_j)$ の上の実数値確率変数とし、すべての $t$ で $P_j(Z_j\le t)\to\Phi(t)$ とする。任意の $\varepsilon>0$ について $P_j\bigl(\lvert V_j-Z_j\rvert>\varepsilon(1+\lvert Z_j\rvert)\bigr)\to0$ なら、すべての $t$ で $P_j(V_j\le t)\to\Phi(t)$ である。

要点:$\lvert Z_j\rvert\le M$ の上では $V_j$ と $Z_j$ の差が $\varepsilon(1+M)$ 以下で、$\lvert Z_j\rvert>M$ の確率は $M$ を大きくすれば小さい。

詳しい証明を開く

$t$ と $M>0$、$\varepsilon>0$ を固定し、$\eta:=\varepsilon(1+M)$、$G_j:=\{\lvert V_j-Z_j\rvert\le\varepsilon(1+\lvert Z_j\rvert)\}$ とおく。$G_j$ の上で $\lvert Z_j\rvert\le M$ なら $\lvert V_j-Z_j\rvert\le\eta$ である。よって$$P_j(Z_j\le t-\eta)-P_j(\lvert Z_j\rvert>M)-P_j(G_j^c)\le P_j(V_j\le t)\le P_j(Z_j\le t+\eta)+P_j(\lvert Z_j\rvert>M)+P_j(G_j^c)$$である。$P_j(\lvert Z_j\rvert>M)\le1-P_j(Z_j\le M)+P_j(Z_j\le-M)\to2(1-\Phi(M))$ なので、$j\to\infty$ として$$\Phi(t-\eta)-2(1-\Phi(M))\le\liminf_jP_j(V_j\le t)\le\limsup_jP_j(V_j\le t)\le\Phi(t+\eta)+2(1-\Phi(M))$$を得る。$M$ を固定して $\varepsilon\to0$ とすると $\eta\to0$ で、$\Phi$ の連続性から両端は $\Phi(t)\mp2(1-\Phi(M))$ に近づく。最後に $M\to\infty$ とすればよい。$\square$

主定理の証明

小さい素数をモデルと比べ、大きい素数を捨てる

$x\to\infty$ の極限は、$x_j\to\infty$ となる任意の列に沿って示せばよい。以下 $x\ge e^e$ とし、
$$ L:=\log\log x\ (\ge1),\qquad y:=x^{1/L}\quad(\text{すなわち }\log y=\log x/L) $$
とおく。$\log y=e^{L}/L\to\infty$ なので、$x$ が十分大きければ $y\ge2$ である。$\log\log y=L-\log L$ である。$\mu$、$\sigma^2$、$\omega_y$、$T$ を「独立な確率変数のモデル」の節のとおりとする。
段 1($\mu$ と $\sigma$ の大きさ). 素数の逆数の和の評価により $\lvert\mu-(L-\log L)\rvert\le C$ である。また $\sigma^2=\mu-\sum_{p\le y}p^{-2}$ で、$\sum_pp^{-2}< \sum_{m\ge2}\frac1{m(m-1)}=1$ なので $\mu-1< \sigma^2\le\mu$ である。よって
$$ \frac{\mu-L}{\sqrt L}\to0,\qquad\frac{\sigma}{\sqrt L}\to1\qquad(x\to\infty) $$
であり、とくに $x$ が十分大きければ $\sigma\ge1$ である。
段 2(小さい素数の部分は正規分布に近づく). $Y_p:=X_p-\frac1p$ は独立で、$E[Y_p]=0$、$\lvert Y_p\rvert\le1$、$\sum_{p\le y}E[Y_p^2]=\sigma^2$ を満たし、$T-\mu=\sum_{p\le y}Y_p$ である。lem-ek-independent により $E[(T-\mu)^k]/\sigma^k=m_k+O(\sigma^{-1})\to m_k$ である。lem-ek-compare により
$$ \Bigl\lvert E_x\Bigl[\Bigl(\frac{\omega_y-\mu}\sigma\Bigr)^k\Bigr]-E\Bigl[\Bigl(\frac{T-\mu}\sigma\Bigr)^k\Bigr]\Bigr\rvert\le\frac{(2y)^k}{\lfloor x\rfloor}\le2^{k+1}x^{k/L-1} $$
であり($\sigma\ge1$ と $\lfloor x\rfloor\ge x/2$ を使った)、$k/L\to0$ なので右辺は $0$ に近づく。よって $Z_x:=(\omega_y-\mu)/\sigma$ は $P_x$ のもとで $E_x[Z_x^k]\to m_k$ をすべての $k\ge1$ で満たし、lem-ek-moments によりすべての $t$ で $P_x(Z_x\le t)\to\Phi(t)$ である。
段 3(大きい素数の部分は小さい). $n\le x$ について $\omega(n)-\omega_y(n)$ は $n$ を割り切る $y< p\le x$ の素数の個数なので、$0$ 以上で
$$ E_x[\omega-\omega_y]=\frac1{\lfloor x\rfloor}\sum_{y< p\le x}\Bigl\lfloor\frac xp\Bigr\rfloor\le\frac x{\lfloor x\rfloor}\sum_{y< p\le x}\frac1p\le2\bigl(\log\log x-\log\log y+2C\bigr)=2(\log L+2C) $$
である。$\omega-\omega_y\ge0$ なので、期待値を $\varepsilon\sqrt L$ で割ったものが確率の上界になり、$\varepsilon>0$ について $P_x\bigl(\omega-\omega_y>\varepsilon\sqrt L\bigr)\le2(\log L+2C)/(\varepsilon\sqrt L)\to0$ である。
段 4(1 の証明). $V_x:=(\omega-L)/\sqrt L$ とおくと
$$ V_x-Z_x=\Bigl(\frac\sigma{\sqrt L}-1\Bigr)Z_x+\frac{\mu-L}{\sqrt L}+\frac{\omega-\omega_y}{\sqrt L} $$
である。$\varepsilon>0$ を与えると、段 1 により $x$ が十分大きければ右辺の第 1 項の係数と第 2 項はともに絶対値が $\varepsilon/3$ 以下なので、$\lvert V_x-Z_x\rvert>\varepsilon(1+\lvert Z_x\rvert)$ なら $\omega-\omega_y>\frac\varepsilon3\sqrt L$ である。段 3 からその確率は $0$ に近づき、段 2 と lem-ek-perturb により $P_x(V_x\le t)\to\Phi(t)$ である。これは 1 である。
段 5(2 の証明). $n\ge3$ で $V'(n):=(\omega(n)-\log\log n)/\sqrt{\log\log n}$、$n=1,2$ で $V'(n):=0$ とおく($2$ 個の $n$ は割合に影響しない)。$\sqrt x< n\le x$ では $\ell:=\log\log n$ が $L-\log2< \ell\le L$ を満たし、
$$ V'(n)-V_x(n)=V_x(n)\Bigl(\sqrt{L/\ell}-1\Bigr)+\frac{L-\ell}{\sqrt\ell} $$
で、$0\le\sqrt{L/\ell}-1\le\sqrt{L/(L-\log2)}-1$ と $0\le(L-\ell)/\sqrt\ell\le\log2/\sqrt{L-\log2}$ はどちらも $n$ によらず $0$ に近づく。よって $\varepsilon>0$ について、$x$ が十分大きければ $\lvert V'-V_x\rvert>\varepsilon(1+\lvert V_x\rvert)$ となるのは $n\le\sqrt x$ の場合に限り、その確率は $\sqrt x/\lfloor x\rfloor\to0$ である。段 4 と lem-ek-perturb により 2 を得る。
段 6($\Omega(n)$ の場合). Hardy–Ramanujanの定理(素因数の個数) の命題「$\Omega(n)-\omega(n)$ の和」により $0\le E_x[\Omega-\omega]\le x/\lfloor x\rfloor\le2$ なので、$P_x(\Omega-\omega>\varepsilon\sqrt L)\le2/(\varepsilon\sqrt L)\to0$ である。$(\Omega-L)/\sqrt L$ と $V_x$ の差は $(\Omega-\omega)/\sqrt L$ なので、lem-ek-perturb により 1 は $\Omega$ でも成り立つ。2 は段 5 と同じ議論で $\Omega$ の 1 から従う。$\square$

この証明の筋(小さい素数への切り詰め、独立なモデルとの積率の比較、積率による判定)は Dur19 Theorem 3.4.16(pp. 155–157)の証明と同じである。同書はモデル $T$ の正規分布への収束を Lindeberg–Feller の定理から得ているが、上では lem-ek-independent で直接計算した。

例

$10^8$ 以下の整数での分布

$x=10^8$ のとき $\log\log x=2.913\ldots$ である。$\omega(n)=k$ となる $n\le x$ の割合と、thm-ek-main の 1 から期待される近似値 $\Phi\bigl((k+\frac12-L)/\sqrt L\bigr)-\Phi\bigl((k-\frac12-L)/\sqrt L\bigr)$($L=\log\log x$)を並べると次のようになる(篩で数え、小数第 5 位を四捨五入)。

$k$$1$$2$$3$$4$$5$$6$$7$
割合$0.0576$$0.2272$$0.3480$$0.2579$$0.0935$$0.0149$$0.0008$
正規分布による近似$0.1251$$0.2005$$0.2301$$0.1892$$0.1115$$0.0470$$0.0142$

実際の分布は近似よりかなり狭い。$n\le10^8$ での $\omega(n)$ の平均は $3.150$、分散は $1.214$ で、分散は $\log\log x$ の半分ほどしかない。$\log\log x$ は非常にゆっくり増えるので、手の届く範囲の $x$ では極限の分布からまだ遠い。thm-ek-main は $x\to\infty$ の極限についての定理で、近づく速さについては述べていない。

ずれの割合

thm-ek-main の 1 により、$\lvert\omega(n)-\log\log x\rvert\le\sqrt{\log\log x}$ となる $n\le x$ の割合は $\Phi(1)-\Phi(-1)=0.6826\ldots$ に、$\lvert\omega(n)-\log\log x\rvert\le2\sqrt{\log\log x}$ となる割合は $\Phi(2)-\Phi(-2)=0.9544\ldots$ に近づく。また $\omega(n)\le\log\log x$ となる割合は $\Phi(0)=\frac12$ に近づく。$x=10^8$ での実際の値はそれぞれ $0.833$、$0.9992$、$0.285$ である。

条件を外した反例

外す条件反例成り立たなくなること
$\log\log x$ を引いて中心化すること$\omega(n)/\sqrt{\log\log x}$$\le t$ となる $n\le x$ の割合が $\Phi(t)$ に近づく
$\sqrt{\log\log x}$ で割ること$(\omega(n)-\log\log x)/(\log\log x)^{1/4}$$\le t$ となる $n\le x$ の割合が $\Phi(t)$ に近づく
数える素数の逆数の和が発散すること($\omega$ はすべての素数を数える)$\delta_2(n)$($2$ だけを数える)ある $a_x$ と $b_x>0$ について、$(f(n)-a_x)/b_x\le t$ となる $n\le x$ の割合が $\Phi(t)$ に近づく
反例の確かめ

$L=\log\log x$ とし、$V_x=(\omega-L)/\sqrt L$ とする。1 行目:$\omega(n)/\sqrt L\le t$ は $V_x\le t-\sqrt L$ と同値である。$\delta>0$ を固定すると、$x$ が十分大きければ $t-\sqrt L\le-\delta^{-1}$ なので、割合は $P_x(V_x\le-\delta^{-1})$ 以下であり、これは $\Phi(-\delta^{-1})$ に近づく。$\delta\to0$ として割合は $0$ に近づき、$\Phi(t)>0$ とは異なる。2 行目:問題の量が $t$ 以下であることは $V_x\le tL^{-1/4}$ と同値である。$\delta>0$ を固定すると、$x$ が十分大きければ $\lvert tL^{-1/4}\rvert\le\delta$ なので、割合は $P_x(V_x\le-\delta)$ と $P_x(V_x\le\delta)$ の間にあり、それぞれ $\Phi(\mp\delta)$ に近づく。$\delta\to0$ として割合は $\Phi(0)=\frac12$ に近づき、$t\ne0$ では $\Phi(t)$ と異なる。3 行目:$\{p\}=\{2\}$ の逆数の和は $\frac12$ で有限である。$f=\delta_2$ は $0$ と $1$ だけをとり、$f(n)=1$ となる $n\le x$ の割合は $\lfloor x/2\rfloor/x\to\frac12$ である。$a_x$、$b_x$ をどうとっても、$(f-a_x)/b_x\le t$ となる割合は $t$ の関数として $0$、$1-\lfloor x/2\rfloor/\lfloor x\rfloor$、$1$ の 3 つの値しかとらない($\lfloor x\rfloor$ で割った割合で考える)。$t_0:=\Phi^{-1}(\frac14)$ では、この値と $\Phi(t_0)=\frac14$ の差は $x$ が大きいとき $\frac14-o(1)$ 以上なので、$\Phi(t_0)$ に近づかない。

補足

中心極限定理との関係

独立なモデル $T=\sum_{p\le y}X_p$ では、lem-ek-independent と lem-ek-moments から $(T-\mu)/\sigma$ の分布が標準正規分布に近づく。これは、有界で独立な(同じ分布とは限らない)確率変数の和で分散の和が無限大に増えるときの 中心極限定理 である。Erdős–Kac の定理は、整数の整除という独立ではない対象についても、小さい素数での整除がほぼ独立であることから同じ結論が成り立つことを示している。反例の表の 3 行目は、分散の和が有界にとどまると正規分布が現れないことを示しており、中心極限定理で分散が無限大に増えることが要るのと同じ事情である。整数論の関数を独立な確率変数の和と比べるこの考え方を研究する分野は確率論的数論と呼ばれる。

歴史

P. Erdős と M. Kac は 1940 年にこの定理を証明した。Hardy–Ramanujanの定理(素因数の個数) の Turán による証明は、分散 $\sum_{n\le x}(\omega(n)-\log\log x)^2$ が $x\log\log x$ の定数倍で押さえられることを使う。Erdős–Kac の定理の上の証明は、その 2 次の積率をすべての次数の積率に広げたものと見ることができる。教科書での証明は Dur19 Theorem 3.4.16(§3.4.3、pp. 155–157)にある。

関連項目

参考文献

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