三角行列(triangular matrix)とは、正方行列で対角線より下の成分がすべて $0$ のもの(上三角行列)または対角線より上の成分がすべて $0$ のもの(下三角行列)のことで、連立1次方程式を後退代入で 1 つずつ解ける形である。上三角行列の全体は環をなし、積の対角成分は対角成分の積になり、可換環の成分の上三角行列が正則であることは対角成分がすべて単元であることと同値で、その逆行列も上三角行列である。正則な上三角行列の群は可解群であり、正則行列が単位下三角行列と上三角行列の積 $A=LU$ に分解できるのは首座小行列式がすべて $0$ でないときに限られ、正規な三角行列は対角行列である。
連立1次方程式
$$
\begin{cases}2x+y-z=1\\\phantom{2x+{}}3y+z=5\\\phantom{2x+3y+{}}2z=4\end{cases}
$$
は、最後の式から $z=2$、それを 2 番目の式に代入して $y=1$、最後に 1 番目の式から $x=1$ と、下から順に 1 つずつ解ける。係数を並べた行列 $\begin{pmatrix}2&1&-1\\0&3&1\\0&0&2\end{pmatrix}$ は、対角線より下の成分がすべて $0$ である。このような行列を 上三角行列 といい、対角線より上がすべて $0$ のものを 下三角行列、両者をまとめて 三角行列 という。
三角行列は、積・逆行列・行列式・固有値がどれも対角成分だけで簡単に読み取れる、扱いやすい行列である。一般の行列を三角行列に帰着させる方法として、相似で上三角にする 三角化、正規直交基底で上三角にする Schur の定理、掃き出し法を記録して下三角行列と上三角行列の積に分ける LU 分解などがある。この記事では、上三角行列が環をなし、対角成分が可逆なものが群をなすことを可換環の成分の場合に示し、その群が可解群であること、LU 分解が存在するための条件、正規な三角行列が対角行列であることを証明する。
以下、$R$ は可換環(単位元 $1$ をもつ)、$K$ は体とし、$n\ge1$、$M_n(R)$ は $R$ の元を成分とする $n$ 次正方行列の全体である。$R^{\times}$ は $R$ の単元の全体を表す。
$A=(a_{ij})\in M_n(R)$ について、
対角行列は上三角かつ下三角な行列である。$A$ が上三角行列であることと、転置 $A^{\top}$ が下三角行列であることは同値である。また、第 $k$ 列が $e_{n+1-k}$ である置換行列 $J$($J^2=I$)について $JAJ$ の $(i,j)$ 成分は $a_{n+1-i,\,n+1-j}$ なので、$A\mapsto JAJ$ は上三角行列と下三角行列を入れ替える。したがって上三角行列について示したことは、下三角行列についても同じ形で成り立つ。以下では主に上三角行列を扱う。
$K$ 上の行列については、$A$ が上三角行列であることは、標準基底で張られる部分空間 $V_k:=\operatorname{span}\{e_1,\dots,e_k\}$ がすべて $A$ で保たれる($A(V_k)\subset V_k$)ことと同値である(三角化 の記事の補題「上三角になる基底と不変部分空間の列」)。
上三角行列 $A$ では、$Ax$ の第 $i$ 成分は $x_i,x_{i+1},\dots,x_n$ だけで決まる。そのため $Ax=b$ を下の行から順に解くことができ(後退代入)、各段で必要なのは対角成分 $a_{ii}$ で割ることだけである。逆行列が存在するかどうかも対角成分で決まり、積の対角成分は対角成分の積になる。「対角成分の部分」と「その上の部分」が分かれていることが、三角行列の扱いやすさの源である。
この分かれ方をより細かく見ると、対角線から $m$ 本上の斜めの列(第 $m$ 副対角線)より下が $0$ の行列の全体 $T^{(m)}$ が、積について $T^{(m)}T^{(m')}\subset T^{(m+m')}$ を満たす(prop-trimat-ring)。狭義上三角行列を掛けるたびに $0$ の部分が 1 段ずつ上へ広がるので、$n$ 回掛ければ零行列になる。これが、単位上三角行列の群が可換な群を積み重ねてできていること(thm-trimat-solvable)の理由でもある。
冒頭の行列 $A=\begin{pmatrix}2&1&-1\\0&3&1\\0&0&2\end{pmatrix}$ の行列式は対角成分の積 $12$ である(行列式 の記事の命題「三角行列と区分三角行列の行列式」)。$Ax=e_j$ を $j=1,2,3$ について後退代入で解いて並べると
$$
A^{-1}=\begin{pmatrix}\frac12&-\frac16&\frac13\\0&\frac13&-\frac16\\0&0&\frac12\end{pmatrix}
$$
となり、逆行列も上三角行列で、対角成分は $A$ の対角成分の逆数 $\frac12,\frac13,\frac12$ である(thm-trimat-invertible)。
$A=\begin{pmatrix}1&1&1\\0&1&1\\0&0&1\end{pmatrix}$ の逆行列は $A^{-1}=\begin{pmatrix}1&-1&0\\0&1&-1\\0&0&1\end{pmatrix}$ で、成分はやはり整数である。一般に、整数を成分とする単位上三角行列の逆行列は、整数を成分とする単位上三角行列である(thm-trimat-invertible を $R=\mathbb{Z}$ に使う)。Schur多項式 の記事で、Schur 多項式から単項対称式への係数(Kostka 数)の行列が、適当な順に並べると単位上三角行列になることから、可換環の上でも基底の取り替えができると結論する議論は、この事実を使っている。一方 $\begin{pmatrix}2&1\\0&1\end{pmatrix}$ の逆行列 $\begin{pmatrix}\frac12&-\frac12\\0&1\end{pmatrix}$ は整数行列でない。対角成分 $2$ が $\mathbb{Z}$ の単元でないからである。
$A=\begin{pmatrix}2&1&1\\4&3&3\\8&7&9\end{pmatrix}$ に掃き出しを行う。第 2 行から第 1 行の $2$ 倍を、第 3 行から第 1 行の $4$ 倍を引き、続いて第 3 行から第 2 行の $3$ 倍を引くと、上三角行列 $U=\begin{pmatrix}2&1&1\\0&1&1\\0&0&2\end{pmatrix}$ が得られる。引いた倍数 $2,4,3$ を対応する位置に並べた単位下三角行列を $L$ とすると
$$
A=\begin{pmatrix}1&0&0\\2&1&0\\4&3&1\end{pmatrix}\begin{pmatrix}2&1&1\\0&1&1\\0&0&2\end{pmatrix}=LU
$$
であることが、積を計算して確かめられる。左上の小行列式は $\Delta_1=2$、$\Delta_2=2\cdot3-1\cdot4=2$、$\Delta_3=\det A=4$ であり、$U$ の対角成分 $2,1,2$ は $\Delta_1,\ \Delta_2/\Delta_1,\ \Delta_3/\Delta_2$ に等しい(thm-trimat-lu)。
上三角行列 $\begin{pmatrix}1&1\\0&1\end{pmatrix}$ と下三角行列 $\begin{pmatrix}1&0\\1&1\end{pmatrix}$ の積は $\begin{pmatrix}2&1\\1&1\end{pmatrix}$ で、三角行列でない。積で閉じているのは、同じ向きの三角行列どうしの場合である。LU 分解は、この「向きの違う 2 つの三角行列の積」で一般の行列を表すことにあたる。
$m\ge0$ に対し、$j-i< m$ ならば $a_{ij}=0$ となる $A\in M_n(R)$ の全体を $T^{(m)}$ と書く。$T^{(0)}=T_n(R)$、$T^{(1)}=N_n(R)$ であり、$m\ge n$ なら $T^{(m)}=\{O\}$ である($j-i\le n-1$ だから)。
1:$(ST)_{ij}=\sum_ks_{ik}t_{kj}$ の項 $s_{ik}t_{kj}$ が $0$ でなければ、$k-i\ge m$ かつ $j-k\ge m'$ なので $j-i\ge m+m'$ である。よって $j-i< m+m'$ なら $(ST)_{ij}=0$ である。$m=m'=0$、$i=j$ のときは $i\le k\le i$ の項、すなわち $s_{ii}t_{ii}$ だけが残る。
2:$T_n(R)$ が差で閉じ $I_n$ を含むことは明らかで、積で閉じることは 1 の $m=m'=0$ の場合である。上三角行列は $\sum_{i\le j}a_{ij}E_{ij}$ とただ 1 通りに書けるので、$E_{ij}$($i\le j$)が基底であり、その個数は $n+(n-1)+\cdots+1=\frac{n(n+1)}2$ である。1 の $m=0$、$m'=1$ と $m=1$、$m'=0$ の場合から、$N_n(R)$ は $T_n(R)$ の元を左右どちらから掛けても閉じている。基底 $E_{ij}$($i< j$)の個数は $\frac{n(n-1)}2$ である。
3:$\delta$ が和を保つことは明らかで、積を保つことは 1 の後半、$\delta(I_n)=(1,\dots,1)$ である。対角行列を考えれば全射であり、核は対角成分がすべて $0$ の上三角行列、すなわち $N_n(R)$ である。
4:1 を繰り返し使えば $N^k\in T^{(k)}$ であり、$T^{(n)}=\{O\}$ である。$\square$
1・2 の前半は 行列環 の記事の例「上三角行列の環」、4 は 冪零行列 の記事の例「ずらしの行列」の後半と同じ内容である。2・3 から、環として $T_n(R)/N_n(R)\cong R^n$ である。行列環 の記事の例「反例:単純環の部分環は単純とは限らない」が示すように、$n\ge2$ で $K$ が体なら $N_n(K)$ は $T_n(K)$ の自明でない両側イデアルなので、$T_n(K)$ は単純環でない。$K$ 上のベクトル空間としては $\dim T_n(K)=\frac{n(n+1)}2$ であり、$M_n(K)$ の部分空間の例になる(ベクトル空間)。
$T\in T_n(R)$ とする。
1:まず対角成分がすべて単元であるとする。$D:=\operatorname{diag}(t_{11},\dots,t_{nn})$ は $D^{-1}=\operatorname{diag}(t_{11}^{-1},\dots,t_{nn}^{-1})$ をもつ。$D^{-1}T$ は上三角行列で、prop-trimat-ring の 1 によりその対角成分はすべて $1$ なので、$N:=D^{-1}T-I_n$ は狭義上三角行列である。$N^n=O$(prop-trimat-ring の 4)なので
$$
(I_n+N)\sum_{k=0}^{n-1}(-N)^k=\sum_{k=0}^{n-1}(-N)^k-\sum_{k=1}^{n}(-N)^k=I_n-(-N)^n=I_n
$$
であり、同様に左右を替えても $I_n$ になる。$W:=\sum_{k=0}^{n-1}(-N)^k$ は上三角行列で、対角成分はすべて $1$ である($k\ge1$ の項は狭義上三角行列)。よって $T=D(I_n+N)$ は正則で、$T^{-1}=WD^{-1}$ は上三角行列であり、対角成分は $t_{ii}^{-1}$ である。
逆に $T$ が正則であるとする。$\det T$ は $R$ の単元である(正則行列 の記事の注意「可換環上の正則行列」)。一方、Leibniz の公式 $\det T=\sum_{\sigma}\operatorname{sgn}(\sigma)\prod_it_{i\sigma(i)}$ で、$\sigma$ が恒等置換でなければ $\sigma(i)< i$ となる $i$ があり($\sum_i(\sigma(i)-i)=0$ だから)$t_{i\sigma(i)}=0$ なので、$\det T=t_{11}\cdots t_{nn}$ である(行列式 の記事の定義「Leibnizの公式による定義」)。可換環で積が単元なら各因子も単元である($ab\cdot c=1$ なら $a\cdot bc=1$)ので、各 $t_{ii}$ は単元である。
2:$B_n(R)$ は 1 により「対角成分がすべて単元の上三角行列」の全体である。$I_n$ を含み、積で閉じ(積の対角成分は単元の積)、1 により逆行列でも閉じているので、部分群である。$\delta$ を $B_n(R)$ に制限したものは、prop-trimat-ring の 3 により積を保ち、値は $(R^{\times})^n$ に入る。単元を並べた対角行列を考えれば全射であり、核は対角成分がすべて $1$ の上三角行列、すなわち $U_n(R)$ である。群準同型の核なので $U_n(R)$ は正規部分群であり、準同型定理により $B_n(R)/U_n(R)\cong(R^{\times})^n$ である。
3:1 の証明の $D$ と $V:=D^{-1}T=I_n+N$ が求めるものである。$T=DV$ なら $\delta(T)=\delta(D)\delta(V)=\delta(D)$ なので $D$ は $T$ の対角成分で決まり、$V=D^{-1}T$ も決まる。$\square$
$K$ が体なら単元は $0$ でない元なので、1 は「上三角行列が正則であることと、対角成分がすべて $0$ でないことは同値」となる。部分群 の記事の例で示された $B_n(K)$ が部分群であることも、この定理の特別な場合である。$K$ 上では、$B_n(K)$ は標準基底の旗 $V_1\subset V_2\subset\cdots\subset V_{n-1}$ をすべて保つ正則行列の全体と一致する(三角化 の記事の補題「上三角になる基底と不変部分空間の列」を正則行列に当てはめる)。旗多様体 の記事では、この性質から $B_n(K)$ が標準旗の固定部分群であることを使っている。
$m\ge1$ に対し $U^{(m)}:=\{I_n+N\mid N\in T^{(m)}\}$ とおく。
1:$N,M\in T^{(m)}$ とすると $(I+N)(I+M)=I+(N+M+NM)$ で、prop-trimat-ring の 1 により $NM\in T^{(2m)}\subset T^{(m+1)}$($m\ge1$)である。よって $N+M+NM\in T^{(m)}$ で、その第 $m$ 副対角線の成分は $N+M$ のものと等しい。つまり $U^{(m)}$ は積で閉じ、$\varphi_m$ は積を和に移す。逆元については、$N\in T^{(m)}$ なら $N^k\in T^{(km)}\subset T^{(m)}$($k\ge1$)なので、thm-trimat-invertible の証明と同じく $(I+N)^{-1}=\sum_{k=0}^{n-1}(-N)^k\in U^{(m)}$ である。よって $U^{(m)}$ は部分群で、$\varphi_m$ は群準同型である。$c\in R^{n-m}$ に対し $I+\sum_ic_iE_{i,i+m}$ の像は $c$ なので全射であり、核は第 $m$ 副対角線の成分がすべて $0$ のもの、すなわち $U^{(m+1)}$ である。
2:核は正規部分群なので $U^{(m+1)}\trianglelefteq U^{(m)}$ で、準同型定理により $U^{(m)}/U^{(m+1)}\cong R^{n-m}$ はアーベル群である。$U_n(R)\trianglelefteq B_n(R)$ と $B_n(R)/U_n(R)\cong(R^{\times})^n$ は thm-trimat-invertible の 2 である。$U^{(n)}=\{I_n\}$ なので、これは商がアーベル群の正規列であり、可解群 の記事の定義「可解群」により $B_n(R)$ は可解群である。$U_n(R)$ についても同じ列の途中までで正規列が得られる。$\square$
$n=2$ の場合は 可解群 の記事の例「上三角行列の群」である。$B_n(R)/U_n(R)$ がアーベル群なので、$B_n(R)$ の交換子 $xyx^{-1}y^{-1}$ はすべて $U_n(R)$ に属する。$\mathbb{F}_q$ 上の $U_n(\mathbb{F}_q)$ は位数 $q^{n(n-1)/2}$ の群で、$\mathrm{GL}_n(\mathbb{F}_q)$ の Sylow 部分群である(一般線形群 の記事の注意「上三角な単位三角行列とSylow部分群」)。
以下、$K$ は体とする。$A\in M_n(K)$ の左上の $k\times k$ 部分の行列式を $\Delta_k$($1\le k\le n$)と書き、$\Delta_0:=1$ とおく(首座小行列式)。
$A\in M_n(K)$ を正則行列とする。単位下三角行列 $L$ と上三角行列 $U$ で $A=LU$ となるものが存在するための必要十分条件は、$\Delta_1,\dots,\Delta_n$ がすべて $0$ でないことである。このとき $L,U$ はただ 1 組に決まり、$U$ の対角成分は $u_{kk}=\Delta_k/\Delta_{k-1}$ である。
左上の部分の積:$A=LU$ とし、行列の左上の $k\times k$ 部分を添字 $k$ で表す。$L$ は下三角なので、$i\le k$ について $(LU)_{ij}=\sum_{l\le i}l_{il}u_{lj}$ であり、$i,j\le k$ の成分は $L_k$ と $U_k$ だけで決まる。よって $A_k=L_kU_k$ であり、行列式 の記事の命題「三角行列と区分三角行列の行列式」と積の行列式により $\Delta_k=\det L_k\det U_k=u_{11}\cdots u_{kk}$ である。
必要性と対角成分:$\det L=1$ なので $\det U=\det A\ne0$ であり、$U$ の対角成分はすべて $0$ でない。上の式から $\Delta_k=u_{11}\cdots u_{kk}\ne0$ であり、$u_{kk}=\Delta_k/\Delta_{k-1}$ である。
十分性:$n$ についての帰納法で示す。$n=1$ なら $L=(1)$、$U=A$ でよい。$n\ge2$ とし、$A=\begin{pmatrix}A'&b\\c&d\end{pmatrix}$($A'\in M_{n-1}(K)$、$b$ は縦ベクトル、$c$ は横ベクトル、$d\in K$)と区分ける。$A'$ の首座小行列式は $\Delta_1,\dots,\Delta_{n-1}$ でどれも $0$ でないので、帰納法の仮定により $A'=L'U'$($L'$ は単位下三角、$U'$ は上三角)と書け、$\det U'=\Delta_{n-1}\ne0$ なので $U'$ は正則である。
$$
L:=\begin{pmatrix}L'&0\\cU'^{-1}&1\end{pmatrix},\qquad U:=\begin{pmatrix}U'&L'^{-1}b\\0&d-cU'^{-1}L'^{-1}b\end{pmatrix}
$$
とおくと、$L$ は単位下三角、$U$ は上三角であり、ブロック行列 の積の規則により
$$
LU=\begin{pmatrix}L'U'&L'L'^{-1}b\\cU'^{-1}U'&cU'^{-1}L'^{-1}b+d-cU'^{-1}L'^{-1}b\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}A'&b\\c&d\end{pmatrix}=A
$$
である。
一意性:$A=L_1U_1=L_2U_2$ とする。必要性の議論により $U_1,U_2$ は正則である。$L_2^{-1}L_1=U_2U_1^{-1}$ の左辺は単位下三角行列、右辺は上三角行列である(thm-trimat-invertible の 1 と prop-trimat-ring の 1、およびその転置)。上三角かつ下三角なので対角行列であり、左辺の対角成分は $1$ なので $I_n$ に等しい。よって $L_1=L_2$、$U_1=U_2$ である。$\square$
$L$ を単位下三角に限ったのは一意性のためである。$D$ を正則な対角行列とすると $LU=(LD)(D^{-1}U)$ なので、対角成分を指定しなければ分解は一意でない。$U=DV$(thm-trimat-invertible の 3)と書き直した $A=LDV$ を LDU 分解という。
ex-trimat-lu のように、LU 分解は行の交換をしない掃き出し法(Gauss消去法)の記録であり、$Ax=b$ は $Ly=b$(前進代入)と $Ux=y$(後退代入)の 2 つの三角行列の方程式に分かれる。首座小行列式が $0$ になると、行の交換なしでは掃き出しが進まない(ex-trimat-counterexamples)。計算法の詳細は LU分解 の記事で扱う。正定値な Hermite 行列 $A$ では、$L$ の代わりに $U^*$ を使った $A=U^*U$(Cholesky 分解)が成り立つ(Axl24 7.63、p. 267)。
複素数の行列 $A$ が $A^*A=AA^*$($A^*$ は共役転置)を満たすとき、$A$ を 正規行列 という。Hermite行列、ユニタリ行列、対角行列は正規行列である。
上三角行列 $T\in M_n(\mathbb{C})$ が正規行列なら、$T$ は対角行列である。
$n$ についての帰納法で示す。$n=1$ なら明らかである。$n\ge2$ とする。$T^*T$ の $(1,1)$ 成分は $T$ の第 1 列の長さの 2 乗 $\sum_k|t_{k1}|^2=|t_{11}|^2$ であり、$TT^*$ の $(1,1)$ 成分は第 1 行の長さの 2 乗 $\sum_k|t_{1k}|^2$ である。両者が等しいので $t_{12}=\cdots=t_{1n}=0$ である。よって $T=\begin{pmatrix}t_{11}&0\\0&T'\end{pmatrix}$ と区分けでき、$T^*T=\begin{pmatrix}|t_{11}|^2&0\\0&T'^*T'\end{pmatrix}$、$TT^*=\begin{pmatrix}|t_{11}|^2&0\\0&T'T'^*\end{pmatrix}$ なので、上三角行列 $T'$ も正規である。帰納法の仮定により $T'$ は対角行列であり、$T$ も対角行列である。$\square$
Schur の三角化定理(三角化 の記事の定理「Schur の三角化定理」)により、任意の $A\in M_n(\mathbb{C})$ はユニタリ行列 $V$ で $T=V^*AV$ と上三角にでき、$A$ が正規なら $T$ も正規なので($T^*T=V^*A^*AV=V^*AA^*V=TT^*$)、この命題により $T$ は対角行列である。こうして、正規行列がユニタリ行列で対角化できることが従う(線形代数学 の記事の定理「正規行列のユニタリ対角化」、Bee15 Section OD の Theorem OD)。とくに、上三角のユニタリ行列や上三角の Hermite 行列は対角行列である(ユニタリ行列 の記事の補題「上三角のユニタリ行列は対角行列」)。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| 対角成分が単元($R=\mathbb{Z}$) | $\begin{pmatrix}2&1\\0&1\end{pmatrix}$ | $M_2(\mathbb{Z})$ での正則性 |
| 同じ向きの三角行列どうし | $\begin{pmatrix}1&1\\0&1\end{pmatrix}$ と $\begin{pmatrix}1&0\\1&1\end{pmatrix}$ | 積が三角行列であること |
| 狭義(対角成分が $0$) | $\begin{pmatrix}1&1\\0&1\end{pmatrix}$ | 冪零であること |
| 首座小行列式が $0$ でない | $\begin{pmatrix}0&1\\1&0\end{pmatrix}$ | LU 分解の存在 |
| $L$ の対角成分が $1$ | $I_2=(2I_2)(\frac12I_2)$ | LU 分解の一意性 |
| 正規行列 | $\begin{pmatrix}1&1\\0&2\end{pmatrix}$ | 対角行列であること |
1 行目は ex-trimat-integer、2 行目は ex-trimat-mixed で確かめた。3〜6 行目は次の計算で確かめられる。
3 行目:$\begin{pmatrix}1&1\\0&1\end{pmatrix}^k=\begin{pmatrix}1&k\\0&1\end{pmatrix}\ne O$ である。4 行目:$\Delta_1=0$ である。$\begin{pmatrix}0&1\\1&0\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}1&0\\l&1\end{pmatrix}\begin{pmatrix}u_{11}&u_{12}\\0&u_{22}\end{pmatrix}$ とすると $(1,1)$ 成分から $u_{11}=0$、$(2,1)$ 成分から $lu_{11}=1$ となり矛盾する。行を入れ替えた $\begin{pmatrix}1&0\\0&1\end{pmatrix}$ は $I_2\cdot I_2$ と分解できる。5 行目:$2I_2$ は下三角、$\frac12I_2$ は上三角で、$I_2=I_2\cdot I_2$ とは異なる分解である。6 行目:$T=\begin{pmatrix}1&1\\0&2\end{pmatrix}$ について $T^*T=\begin{pmatrix}1&1\\1&5\end{pmatrix}$、$TT^*=\begin{pmatrix}2&2\\2&4\end{pmatrix}$ であり、正規でない。$T$ は対角化できる(固有値 $1,2$ が異なる)が、対角化する行列をユニタリ行列にはとれない。固有ベクトル $(1,0)^{\top}$ と $(1,1)^{\top}$ が直交しないからである。
上三角行列・下三角行列の定義、同じ向きの三角行列の積と逆行列が三角行列であることは Bee15 Section OD の Definition UTM・LTM、Theorem PTMT・ITMT(pp. 435–436)、正規な上三角行列が対角行列であることを使う正規行列のユニタリ対角化は Theorem OD(pp. 440–441)にある。上三角行列と不変部分空間の関係は Axl24 5.38・5.39(§5C、pp. 155–156)、Cholesky 分解は 7.63(§7D、p. 267)にある。可換環の成分での正則性の判定、可解性、LU 分解の存在と一意性の条件は、この記事の証明で完結している。
Mathpediaは寄付と、参考文献の書籍リンク(Amazonアソシエイト)の紹介料で運営されています。 支援について / 寄付する