Hilbertの第17問題

同義語:Hilbert's seventeenth problemHilbert's 17th problemヒルベルトの第17問題

概要

Hilbertの第17問題(Hilbert's seventeenth problem)とは、実数係数の多変数の多項式や有理関数が定義されるすべての点で $0$ 以上の値をとるなら、有理関数の平方の和として書けるかを問う問題である。Artin はこれを肯定的に解いた。より一般に、実閉体 $R$ 上で定義されるすべての点で $0$ 以上の有理関数は $R(X_1,\dots,X_n)$ の平方の和であり、これは平方の和でない元を負にする順序の存在、実閉包、Tarski–Seidenberg の原理から導かれる。1 変数の非負多項式は多項式 2 つの平方の和になるが、2 変数の Motzkin の多項式 $x^4y^2+x^2y^4-3x^2y^2+1$ は $0$ 以上でも多項式の平方の和にならず、分母が必要になる。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 実閉体, 順序体, 有理関数体, Tarski–Seidenbergの定理

Hilbertの第17問題(Hilbert's seventeenth problem)は、実数係数の多変数の多項式や有理関数が、$\mathbb R^n$ のすべての点(有理関数では定義される点)で $0$ 以上の値をとるなら、有理関数の平方の和として書けるか、という問題である。Hilbert が提起したこの問題は、Artin によって肯定的に解かれた(BPR16 §2.7, pp. 92–93 と文献表の [6]。1927 年の論文)。Artin の解法では、Artin と Schreier が作った順序体と実閉体の理論が本質的な役割を果たした。
1 変数の多項式なら、$0$ 以上の値だけをとる多項式は多項式 2 つの平方の和になる(thm-hilbert17-one-variable)。しかし 2 変数以上では、多項式の平方の和では足りない場合がある。Motzkin の多項式(prop-hilbert17-motzkin)はその例で、どこでも $0$ 以上だが多項式の平方の和ではない。それでも有理関数の平方の和にはなる、というのが Artin の定理(thm-hilbert17-artin)の内容である。この記事では、Artin の定理を、実閉包の存在と Tarski–Seidenberg の原理を引用したうえで証明し、その鍵となる「平方の和でない元を負にする順序がある」という定理(thm-hilbert17-artin-schreier)は完全に証明する。

定義

$R$ を実閉体とする。$R$ の順序はただ 1 つで、$0$ でない平方の全体が正の元の全体である(実閉体 の系「順序の一意性」)。$\mathbb R$ と実代数的数の体が典型的な例である。$X=(X_1,\dots,X_n)$ を変数とし、多項式環 $R[X]$ と有理関数体 $R(X)$ を考える。

平方の和と非負の有理関数
  1. 体または環 $A$ の元が $A$ の平方の和であるとは、有限個の $g_1,\dots,g_k\in A$ により $g_1^2+\cdots+g_k^2$ と書けることをいう。その全体を $\Sigma A^2$ と書く($0=0^2$ も含む)。
  2. $f\in R(X)$ が点 $a\in R^n$ で定義されるとは、$f=p/q$($p,q\in R[X]$)で $q(a)\ne0$ となる表し方があることをいい、そのとき $f(a):=p(a)/q(a)$ とおく。この値は表し方によらない($p/q=p'/q'$ なら $pq'=p'q$ であり、$a$ を代入して $q(a)q'(a)$ で割ればよい)。
  3. $f\in R(X)$ が非負(positive semidefinite)であるとは、$f$ が定義されるすべての点 $a\in R^n$ で $f(a)\ge0$ であることをいう。

平方の和どうしの和と積はまた平方の和であり($\bigl(\sum_iu_i^2\bigr)\bigl(\sum_jv_j^2\bigr)=\sum_{i,j}(u_iv_j)^2$)、$0$ でない平方の和 $t$ の逆元 $1/t=t\cdot(1/t)^2$ も平方の和である。$f=\sum_ig_i^2$ なら、すべての $g_i$ が定義される点で $f$ の値は $0$ 以上である。Hilbert の第 17 問題は、この逆を問うものである。
この記事で使う順序体の用語を述べる。体 $F$ の部分集合 $C$ が錐(cone)であるとは、$C+C\subset C$、$C\cdot C\subset C$ であり、すべての $x\in F$ について $x^2\in C$ となることをいう。$-1\notin C$ のとき真の錐という(BPR16 §2.1, p. 43)。$\Sigma F^2$ は最小の錐である。$-1\notin\Sigma F^2$ となる体を実体という(実閉体 の定義「順序体と実体」)。

直感

$f$ が平方の和なら $f\ge0$ は「見れば分かる」。問題は、すべての点で $f\ge0$ という無限個の条件を、有限個の式の恒等式 $f=\sum g_i^2$ で証明できるかである。Artin の答えは「有理関数まで許せばできる」であり、この記事の証明は直接 $g_i$ を作るのではなく、背理法で進む。$f$ が平方の和でないなら、$f$ を負と判定する「見方」($R(X)$ の順序)がある。その見方で考えた実閉体の中では、変数 $X$ 自身が $f(X)<0$ となる「点」になる。Tarski–Seidenberg の原理は、実閉体の拡大の中で一階の式で書ける点の存在が、もとの $R$ の中の点の存在に引き戻せることを述べるので、$R^n$ にも $f(a)<0$ となる点 $a$ がある。

平方の和でない元と順序

この節の定理は、体の元が平方の和であることを、順序という「点」を使って判定できることを述べる。

真の錐の拡大

体 $F$ の真の錐 $C$ と $a\in F$ について、$-a\notin C$ なら、$C[a]:=\{x+ay\mid x,y\in C\}$ は $C$ と $a$ を含む真の錐である。

$C[a]$ が和と積で閉じ、平方を含むことは、$C$ がそうであることと $a^2=a^2\cdot1$、$(x+ay)(x'+ay')=(xx'+a^2yy')+a(xy'+x'y)$ から分かる($a^2\in C$ を使う)。$x=x+a\cdot0$、$a=0+a\cdot1$ なので $C\cup\{a\}\subset C[a]$ である。$-1=x+ay$($x,y\in C$)とする。$y=0$ なら $-1=x\in C$ となり、$C$ が真であることに反する。$y\ne0$ なら
$$ -a=\frac{1+x}{y}=(1+x)\,y\,\Bigl(\frac1y\Bigr)^2\in C $$
となって仮定に反する。よって $-1\notin C[a]$ である。$\square$

平方の和でない元を負にする順序

$F$ を実体とし、$a\in F$ は平方の和でないとする。このとき $F$ を順序体にする順序 $\le$ で、$a<0$ となるものがある。

$a\notin\Sigma F^2$ なので、lem-hilbert17-cone-extension を $C=\Sigma F^2$ と $-a$ に使うと、$C_0:=\Sigma F^2[-a]$ は $-a$ を含む真の錐である。$C_0$ を含む真の錐の全体を包含で順序づける。空でない鎖の和集合はまた $C_0$ を含む真の錐であり(和・積・$-1\notin$ は、有限個の元が鎖の 1 つの元にそろって入ることから確かめられる)、空の鎖は $C_0$ を上界にもつので、Zornの補題 により極大な元 $P$ がある。
$P\cup(-P)=F$ である。実際 $b\in F$ で $-b\notin P$ なら、lem-hilbert17-cone-extension により $P[b]$ は $P$ を含む真の錐なので、極大性から $P[b]=P$ であり、$b\in P$ である。$P\cap(-P)=\{0\}$ である。実際 $0\ne c\in P\cap(-P)$ なら $-1=(-c)\cdot c\cdot(1/c)^2\in P$ となる。
そこで $P^{+}:=P\setminus\{0\}$ とおくと、$F$ の各元はちょうど 1 つの $P^{+}$、$\{0\}$、$-P^{+}$ に属する。$P^{+}$ は和と積で閉じる。$u,v\in P^{+}$ なら $u+v\in P$ で、$u+v=0$ なら $u=-v\in P\cap(-P)$ となるので $u+v\in P^{+}$ である。$uv\in P$ で、体には零因子がないので $uv\ne0$ である。よって $P^{+}$ は順序体 の定義「正の元の集合」の正錐であり、同記事の命題「順序と正錐の対応」により、$P^{+}$ を正の元の全体とする順序 $\le$ が $F$ を順序体にする。$-a\in C_0\subset P$ であり、$a\ne0$($0$ は平方の和)なので $-a\in P^{+}$、すなわち $a<0$ である。$\square$

$a=-1$ に当てはめると、実体には順序が入ることが分かる。これは 順序体 の定理「Artin–Schreier の定理」の十分性である。この定理は Lan02 Chapter XI, Corollary 2.3(p. 452)にあり、BPR16 は同じ議論を、真の錐が順序の正錐に含まれるという形(Lemma 2.15・Proposition 2.14・Theorem 2.13, pp. 44–45)で述べている。言い換えると、実体 $F$ では、元が平方の和であることと、$F$ のすべての順序で $0$ 以上であることは同値である(逆向きは、順序体では平方の和が $0$ 以上であることによる)。

主定理:Artinの定理

証明では次の 2 つの事実を引用する。どちらもこの記事では証明しない。

  • 実閉包の存在:任意の順序体 $(F,\le)$ に対し、実閉体 $R'\supset F$ で、$R'$ の順序を $F$ に制限すると $\le$ になるものがある(実閉体 の定理「実閉包の存在とArtin–Schreierの定理」の 1、Lan02 Chapter XI, Theorem 2.11, pp. 456–457)。
  • Tarski–Seidenberg の原理:実閉体 $R\subset R'$ について、$R$ の元を係数とする順序体の言語の文(自由変数のない論理式。Tarski–Seidenbergの定理 の定義「順序体の言語の論理式」)は、$R$ で成り立つことと $R'$ で成り立つことが同値である(BPR16 Theorem 2.98, p. 81)。
Artinの定理

$R$ を実閉体とする。$f\in R(X_1,\dots,X_n)$ が非負なら、$f$ は $R(X_1,\dots,X_n)$ の平方の和である。

$F:=R(X)$ とおく。
$F$ は実体である。 $-1=\sum_ig_i^2$($g_i\in F$)とし、共通の分母 $h\ne0$ を掛けて $-h^2=\sum_ih_i^2$($h_i\in R[X]$)とする。$R$ は無限体なので、$0$ でない多項式 $h$ について $h(a)\ne0$ となる $a\in R^n$ がある(変数の個数についての帰納法で、1 変数の多項式の根が有限個であることから分かる)。代入すると $-h(a)^2=\sum_ih_i(a)^2$ の左辺は負、右辺は $0$ 以上で矛盾する。
背理法。 $f$ が平方の和でないとする。$0$ は平方の和なので $f\ne0$ である。thm-hilbert17-artin-schreier により、$F$ の順序 $\le$ で $f<0$ となるものがある。$f=p/q$($p,q\in R[X]$、$q\ne0$)と書くと、$F$ で $q^2>0$ なので $pq=fq^2<0$ である。
$(F,\le)$ の実閉包 $R'$ をとる。$R$ の正の元は $R$ の $0$ でない平方なので、$F$ でも $R'$ でも正である。よって $R$ の順序は $R'$ の順序の制限であり、$R\subset R'$ は実閉体の拡大である。$R$ の元を係数とする文
$$ \Phi:\quad(\exists Y_1)\cdots(\exists Y_n)\ \Bigl(\neg\bigl(q(Y)=0\bigr)\wedge\bigl(-p(Y)q(Y)>0\bigr)\Bigr) $$
を考える。$R'$ では $Y_i=X_i\in F\subset R'$ とおくと、$q(X)=q\ne0$、$-p(X)q(X)=-pq>0$ なので、$\Phi$ は $R'$ で成り立つ。Tarski–Seidenberg の原理により、$\Phi$ は $R$ でも成り立つ。すなわち $q(a)\ne0$、$p(a)q(a)<0$ となる $a\in R^n$ がある。$f$ は $a$ で定義され、
$$ f(a)=\frac{p(a)}{q(a)}=\frac{p(a)q(a)}{q(a)^2}<0 $$
となって、$f$ が非負であることに反する。$\square$

証明は $f$ を表す平方の和を具体的に作らない。順序の存在に Zornの補題 を使い、Tarski–Seidenberg の原理で点の存在を引き戻すからである。Lan02 Chapter XI, Corollary 3.3(p. 458)は、Tarski–Seidenberg の原理の代わりに実閉包への準同型の存在(同 Theorem 3.1, p. 457)を使い、より一般に、順序がただ 1 つの実体 $k$ とその実閉包 $R_k$ について、$f\in k(X)$ が定義されるすべての点 $a\in R_k^n$ で $f(a)\ge0$ なら $f$ は $k(X)$ の平方の和である、と述べている。この一般化は、この記事では証明しない。$k=\mathbb Q$ なら、有理係数で $\mathbb R^n$ 上 $0$ 以上の有理関数は、有理係数の有理関数の平方の和になる。

1 変数の場合

1 変数では、分母も Tarski–Seidenberg の原理も要らない。

1 変数の非負多項式

$R$ を実閉体とする。$f\in R[x]$ がすべての $a\in R$ で $f(a)\ge0$ を満たすなら、$f=g^2+h^2$ となる $g,h\in R[x]$ がある。

$f=0$ なら $g=h=0$ でよいので、$f\ne0$ とする。実閉体 の命題「多項式の中間値の定理」の証明にあるとおり、$R[x]$ の既約多項式は 1 次式と、判別式の負のモニックな 2 次式の定数倍であり、
$$ f=u\prod_j(x-r_j)^{m_j}\prod_kq_k(x)\qquad(u\in R,\ u\ne0,\ r_j\in R\text{ は相異なる}) $$
と書ける。ここで $q_k(x)=x^2+\beta_kx+\gamma_k$、$\delta_k:=\gamma_k-\beta_k^2/4>0$ である。
重複度は偶数である。 ある $m:=m_j$ が奇数だとし、$r:=r_j$、$f=(x-r)^mg$($g(r)\ne0$)とおく。$g$ の根は有限個なので、$\varepsilon>0$ を $[r-\varepsilon,r+\varepsilon]$ に $g$ の根がないようにとる。$g(r-\varepsilon)$ と $g(r+\varepsilon)$ の符号が違えば、同じ命題により間に $g$ の根があるので、両者の符号は等しい。一方 $m$ が奇数なので $(-\varepsilon)^m<0<\varepsilon^m$ であり、$f(r-\varepsilon)$ と $f(r+\varepsilon)$ は $0$ でなく符号が違う。これは $f\ge0$ に反する。
定数は正である。 $s:=\prod_j(x-r_j)^{m_j/2}$ とおくと $f=u\,s^2\prod_kq_k$ である。$f$ の根でない $a$ では $s(a)^2>0$、$q_k(a)=(a+\beta_k/2)^2+\delta_k>0$、$f(a)>0$ なので $u>0$ である。
平方 2 つの和にまとめる。 $u=(\sqrt u)^2+0^2$、$s^2=s^2+0^2$、$q_k=(x+\beta_k/2)^2+(\sqrt{\delta_k})^2$ はどれも $R[x]$ の元 2 つの平方の和である(実閉体の正の元は平方根をもつ)。2 つの平方の和の積は
$$ (a^2+b^2)(c^2+d^2)=(ac-bd)^2+(ad+bc)^2 $$
により 2 つの平方の和なので、$f$ も $R[x]$ の 2 つの平方の和である。$\square$

多項式の平方の和では足りない例

Motzkin の多項式

$R$ を実閉体とし、$M:=x^4y^2+x^2y^4-3x^2y^2+1\in R[x,y]$ とおく。

  1. $4(1+x^2+y^2)M=4(x^2y-y)^2+4(xy^2-x)^2+4(x^2y^2-1)^2+(xy^3-x^3y)^2+3(xy^3+x^3y-2xy)^2$ が成り立つ。とくに $M$ は $R^2$ のすべての点で $0$ 以上であり、$R(x,y)$ の平方の和である。
  2. $M$ は $R[x,y]$ の平方の和ではない。

1:両辺を展開して比べればよい。

展開を開く

左辺は $4\bigl(x^6y^2+x^2y^6+2x^4y^4-2x^4y^2-2x^2y^4-3x^2y^2+x^2+y^2+1\bigr)$ である。右辺の 5 つの項は順に $4(x^4y^2-2x^2y^2+y^2)$、$4(x^2y^4-2x^2y^2+x^2)$、$4(x^4y^4-2x^2y^2+1)$、$x^6y^2-2x^4y^4+x^2y^6$、$3(x^6y^2+x^2y^6+2x^4y^4-4x^4y^2-4x^2y^4+4x^2y^2)$ である。単項式ごとに係数を足すと、$x^6y^2$ と $x^2y^6$ は $1+3=4$、$x^4y^4$ は $4-2+6=8$、$x^4y^2$ と $x^2y^4$ は $4-12=-8$、$x^2y^2$ は $-8-8-8+12=-12$、$x^2$・$y^2$・定数項は $4$ であり、左辺と一致する。

右辺は $0$ 以上で $1+x^2+y^2>0$ なので、$M$ は $0$ 以上である。右辺を $4(1+x^2+y^2)$ で割り、分子と分母に $1+x^2+y^2=1^2+x^2+y^2$ を掛けると、$M$ は
$$ M=\sum_{w\in\{1,x,y\}}\Bigl[\Bigl(\tfrac{(x^2y-y)w}{1+x^2+y^2}\Bigr)^2+\Bigl(\tfrac{(xy^2-x)w}{1+x^2+y^2}\Bigr)^2+\Bigl(\tfrac{(x^2y^2-1)w}{1+x^2+y^2}\Bigr)^2+\Bigl(\tfrac{(xy^3-x^3y)w}{2(1+x^2+y^2)}\Bigr)^2+3\Bigl(\tfrac{(xy^3+x^3y-2xy)w}{2(1+x^2+y^2)}\Bigr)^2\Bigr] $$
と書け、$3=1+1+1$ なので $R(x,y)$ の平方の和である。
2:$M=\sum_{i=1}^kh_i^2$($h_i\in R[x,y]$)と仮定する。$d:=\max_i\deg h_i$ とし、$h_i$ の次数 $d$ の斉次部分を $h_i^{(d)}$ とすると、$\sum_ih_i^2$ の次数 $2d$ の斉次部分は $\sum_i\bigl(h_i^{(d)}\bigr)^2$ である。これは $0$ でない(ある $h_i^{(d)}$ が $0$ でない点 $(a,b)$ で値が正になる。点の存在は thm-hilbert17-artin の証明の最初の段落と同じ理由による)ので、$2d=\deg M=6$、すなわち各 $h_i$ の次数は $3$ 以下である。$h_i$ の単項式 $x^sy^t$ の係数を $h_i[s,t]$ と書くと、$\sum_ih_i^2$ の $x^Sy^T$ の係数は $\sum_i\sum h_i[s,t]\,h_i[s',t']$(和は $(s,t)+(s',t')=(S,T)$ となる組の全体)である。次の順に係数を比べる。

  • $x^6$:$s+t,s'+t'\le3$ で和が $(6,0)$ になるのは $(3,0)+(3,0)$ だけなので、$\sum_ih_i[3,0]^2=0$、すなわち $h_i[3,0]=0$ である。同様に $y^6$ から $h_i[0,3]=0$。
  • $x^4$:和が $(4,0)$ になる組は $(2,0)+(2,0)$、$(3,0)+(1,0)$、$(1,0)+(3,0)$ だけで($(4,0)$ は次数が $3$ を超える)、後の 2 つの係数は $0$ なので、$\sum_ih_i[2,0]^2=0$ から $h_i[2,0]=0$。同様に $h_i[0,2]=0$。
  • $x^2$:和が $(2,0)$ になる組は $(1,0)+(1,0)$、$(2,0)+(0,0)$、$(0,0)+(2,0)$ で、後の 2 つは $0$ なので $h_i[1,0]=0$。同様に $h_i[0,1]=0$。
    よって各 $h_i$ は $1,xy,x^2y,xy^2$ の 1 次結合である。この 4 つの単項式のうち 2 つ(同じものでもよい)の指数の和が $(2,2)$ になるのは $(1,1)+(1,1)$ だけなので、$\sum_ih_i^2$ の $x^2y^2$ の係数は $\sum_ih_i[1,1]^2\ge0$ である。これは $M$ の $x^2y^2$ の係数 $-3$ に反する。$\square$

thm-hilbert17-one-variable と合わせると、多項式の平方の和で十分なのは 1 変数の場合であり、2 変数ではすでに有理関数が必要になることがある。Artin の定理が平方の和を有理関数体でとるのはこのためである。

反例の表

thm-hilbert17-artin の仮定と結論の形を 1 つずつ変えた例である。

外す条件反例成り立たなくなること
係数体が実閉体$K=\mathbb Q(\sqrt2)\subset\mathbb R$ と定数 $f=\sqrt2\in K(X)$$K^n$ のすべての点で($\mathbb R$ の順序で)$0$ 以上だが、$K(X)$ の平方の和でない
平方の和を有理関数体でとるMotzkin の多項式 $M\in\mathbb R[x,y]$$\mathbb R^2$ で $0$ 以上だが、多項式の平方の和でない

1 行目:$\sqrt2=\sum_ig_i^2$($g_i\in K(X)$)とする。$g_i$ の分母の積は $0$ でない多項式なので、それが $0$ にならない点 $a\in\mathbb Q^n$ がある($\mathbb Q$ は無限体)。代入すると $\sqrt2=\sum_ig_i(a)^2$($g_i(a)\in K$)である。$K$ の自己同型 $\sigma\colon\sqrt2\mapsto-\sqrt2$ を施すと $-\sqrt2=\sum_i\sigma(g_i(a))^2$ となり、$\sigma(g_i(a))\in K\subset\mathbb R$ なので右辺は $0$ 以上で、矛盾する。$K$ は $\mathbb R$ から入る順序と、$\sigma$ で移した順序($\sqrt2<0$ となる順序)の 2 つをもち、$f$ は後者で負である。2 行目は prop-hilbert17-motzkin による。

補足

平方の和と順序。 thm-hilbert17-artin-schreier の後に述べたとおり、実体の元が平方の和であることは、すべての順序で $0$ 以上であることと同値である。上の Artin の定理の証明は、「$R^n$ のすべての点で $0$ 以上」から「$R(X)$ のすべての順序で $0$ 以上」を導くことでできている。その橋渡しをするのが Tarski–Seidenberg の原理である。
実閉体の一般性。 定理は $\mathbb R$ に限らず任意の実閉体で成り立つ。証明でも、$R=\mathbb R$ の場合でさえ、$\mathbb R$ を真に含む実閉体 $R'$ を経由する。そのような実閉体の例は 実閉体 の例「実閉包の例」にある。

関連項目

参考文献

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