Rees代数(Rees algebra)とは、可換環 $R$ のイデアル $I$ の冪を次数ごとにまとめた次数付き代数 $\mathcal R_R(I)=\bigoplus_{n\ge0}I^nt^n\subset R[t]$ である。$I$ が有限生成であることと $\mathcal R_R(I)$ が有限型 $R$ 代数であることは同値で、$R$ がNoetherならRees代数もNoetherとなり、Artin–Reesの補題の証明に使われる。負次数を加えた拡張Rees代数 $R[It,t^{-1}]$ を $t^{-1}$ で割ると随伴次数環 $\operatorname{gr}_I(R)$ が得られる。対称代数 $\operatorname{Sym}_R(I)$ からの自然な全射は非零因子が生成する主イデアルでは同型だが、一般には二次以上の関係が核に現れる。
イデアル $I$ を一度だけ見ると、その生成元と関係が分かる。冪 $I^2,I^3,\ldots$ まで調べると、積の関係や近似の深さも分かる。Rees代数は、これらすべての冪を次数を付けて一つの環にまとめる構成である。次数 $n$ の部分に $I^n$ を置くことで、異なる次数の元を混同せず、その積がどの次数へ移るかを同時に記録する。
この構成はArtin–Reesの補題において特に重要である。無限個の交叉 $N\cap I^nM$ を次数付き部分加群にまとめ、Rees代数のNoether性から有限個の生成次数を得る。本記事はRees代数そのものの代数的構造に焦点を当てる。位相や完成の定理は関連するが、本記事では扱わない。
Rees代数と随伴次数環は同じ環ではない。Rees代数の次数 $n$ は $I^n$ 自身を保持し、随伴次数環はその次の冪を法として $I^n/I^{n+1}$ を保持する。両者をつなぐには負次数も許す拡張Rees代数を使う。普通のRees代数には一般に $t$ が含まれないので、無条件に「$t$ で割る」という式を書くことはできない。
環は単位元をもつ可換環とし、零環も許す。$I\subset R$ は任意のイデアルとする。Noether性も有限生成性も定義には必要ない。$I^0=R$ と約束する。$t$ は形式変数であり、もとの環の元ではない。
$R$ のイデアル $I$ のRees代数を
$$\mathcal R_R(I)=\bigoplus_{n\ge0}I^nt^n\subset R[t]$$
と定める。次数 $n$ の斉次部分は $I^nt^n$ で、積は
$$(at^m)(bt^n)=ab\,t^{m+n}$$
で定める。
元は有限個の斉次成分の和であり、無限級数ではない。$a\in I^m$、$b\in I^n$ なら $ab\in I^{m+n}$ なので積は定義された集合の中にある。次数零は $R$ だから単位元も含まれる。$R$ が零因子を含んでも多項式の係数表示は一意なので、上の直和と部分環の表示はそのまま成立する。
$I$ が元の族 $(a_\lambda)_{\lambda\in L}$ で生成されるなら
$$\mathcal R_R(I)=R[a_\lambda t\mid\lambda\in L].$$
特に $I$ が有限生成ならRees代数は有限型 $R$ 代数である。逆に、Rees代数が有限型 $R$ 代数なら $I$ は有限生成である。
$I^n$ は $n$ 個の生成元の積で生成される。従って $I^nt^n$ の元は、次数一の $a_\lambda t$ の積の $R$ 線形結合となる。これで一方の包含を得る。逆包含は、次数一の生成元がRees代数に含まれ、Rees代数が部分環であることから従う。
逆方向ではRees代数の有限個の代数生成元を斉次成分に分ける。それらの成分も同じ環に属するので、有限個の斉次元を生成元とする環を取れば、元の生成元を含みRees代数に含まれる。従って全体を生成する。次数一の部分は、これらのうち次数一の生成元を次数零の $R$ 係数で結合したものだけからなる。正次数の積で次数一になるには次数一の因子が一つでなければならないからである。従って $It$ は有限生成 $R$ 加群であり、$I$ は有限生成である。
Rees代数のNoether性には多項式環の有限性が必要になる。以下でその証明も与える。AM69 Chapter 7 のHilbert基底定理と Chapter 10 のRees構成によるArtin–Reesの議論に対応する。
まず証明で使う有限性を確保する。Noether環上の有限生成加群の部分加群は有限生成である。この事実は有限自由加群の階数に関する帰納法で示せる。階数一では部分加群はイデアルだからNoether条件そのものである。階数 $s$ では第一座標への像が有限生成イデアルとなり、核は階数 $s-1$ の自由加群の部分加群となる。像の生成元の持上げと核の生成元を合わせればよい。一般の有限生成加群については有限自由加群からの全射の逆像に適用する。
Noether環 $R$ に対して、有限変数多項式環 $R[T_1,\ldots,T_s]$ はNoether環である。
一変数の場合を示す。$J\subset R[T]$ をイデアルとする。$J=0$ なら空集合で生成されるので有限生成である。以下 $J\ne0$ とする。$J$ の非零多項式の先頭係数が生成する $R$ のイデアルは有限生成だから、その生成に必要な先頭係数をもつ多項式 $f_1,\ldots,f_v\in J$ を選べる。選んだ多項式は少なくとも一つあるので、$N$ をそれらの次数の最大値とする。
$g\in J$ の次数が $N$ 以上なら、その先頭係数を $f_i$ の先頭係数の線形結合で表す。それぞれの $f_i$ に適切な $T$ の冪を掛けて次数を $\deg g$ に合わせ、線形結合を引けば次数が真に下がる。この操作を有限回繰り返すと、$g$ は $f_i$ の多項式係数線形結合と、次数が $N$ 未満の $J$ の元との和になる。
次数が $N$ 未満の多項式全体は有限自由 $R$ 加群である。その中の部分加群 $J\cap R[T]_{< N}$ は有限生成である。この有限個の生成元と $f_i$ が $J$ をイデアルとして生成する。従って $R[T]$ はNoether環である。変数を一つずつ追加して有限変数の場合を得る。商環もNoetherなので、有限型 $R$ 代数にも同じ結論が成り立つ。
$R$ がNoether環なら、任意のイデアル $I$ のRees代数はNoether環である。
$I=(a_1,\ldots,a_r)$ と有限生成で書ける。多項式環からの全射
$$R[Z_1,\ldots,Z_r]\longrightarrow\mathcal R_R(I),\qquad Z_i\longmapsto a_it$$
が前節によって存在する。多項式環はNoetherであり、その商もNoetherなので結論を得る。$I=0$ の場合はRees代数は $R$ である。
Noether性がない場合にも、$I$ が有限生成なら有限型である。しかし有限型という語だけでRees代数がNoetherになるとは言えない。基礎環のNoether性が必要である。逆にRees代数がNoetherなら、正次数部分を法とする商が $R$ なので $R$ もNoetherである。従ってRees代数のNoether性から基礎環のNoether性を取り戻すことはできる。
$n\le0$ では $I^n=R$ と約束し、
$$\mathcal R'_R(I)=\bigoplus_{n\in\mathbb Z}I^nt^n\subset R[t,t^{-1}]$$
を拡張Rees代数とする。これは $R[It,t^{-1}]$ に等しい。
負次数部分は $Rt^{-1},Rt^{-2},\ldots$ であり、$t^{-1}$ は実際にこの環の元である。負次数と正次数を掛けたときも閉じている。例えば $m<0< n$ なら、$I^n\subset I^{m+n}$ が $m+n>0$ の場合に成り立ち、$m+n\le0$ なら積の係数は $R$ に属するからである。
$I$ が有限生成なら拡張Rees代数も有限型である。生成元は $a_1t,\ldots,a_rt,t^{-1}$ でよい。特に $R$ がNoetherなら拡張Rees代数もNoetherとなる。$t^{-1}$ の掛算は、Laurent多項式環の中で次数をずらすだけなので単射である。この単射には $R$ が整域であることは必要ない。
任意の環 $R$ とイデアル $I$ について、次数付き環の自然な同型
$$\mathcal R'_R(I)/(t^{-1})\cong\operatorname{gr}_I(R)=\bigoplus_{n\ge0}I^n/I^{n+1}$$
がある。商のイデアル $(t^{-1})$ は拡張Rees代数内で取る。
$t^{-1}$ の次数は $-1$ である。その生成する斉次イデアルの次数 $n$ の部分は
$$t^{-1}\bigl(I^{n+1}t^{n+1}\bigr)=I^{n+1}t^n.$$
$n\ge0$ では商の次数 $n$ は $I^nt^n/I^{n+1}t^n$、すなわち $I^n/I^{n+1}$ となる。$n<0$ では $I^n=I^{n+1}=R$ なので商の該当成分は零である。次数零も $R/I$ になり、随伴次数環の定義と一致する。
積も確認する。$a\in I^m$、$b\in I^n$ の商の積は $ab$ の $I^{m+n+1}$ を法とする像である。代表を $a+c$、$c\in I^{m+1}$ に変えると差 $cb$ は $I^{m+n+1}$ に属する。$b$ の代表変更も同様である。従って積は well-defined で、拡張Rees代数の積からの写像はそれを保存する。各次数での係数対応は全単射だから、全体で次数付き環の同型となる。
普通のRees代数を用いて $\mathcal R_R(I)/(t)$ と書くと、$I\ne R$ のとき $t$ 自体が環にない。次数一の係数が $1$ であるため、$t\in\mathcal R_R(I)$ は $1\in I$ と同値である。従ってこの商は一般のイデアルについては内部の商として定義されない。$I\mathcal R_R(I)$ による商も、次数 $n$ が $I^n/I^{n+1}$ となるので随伴次数環と同型になるが、そのイデアルは $I$ の次数零での像から生成するものであり、存在しない $t$ とは違う。
実際 $I\mathcal R_R(I)$ の次数 $n$ は $I I^n t^n=I^{n+1}t^n$ だから、この最後の商の同型も係数と積から直接確認できる。拡張Rees表示では一つの非零因子 $t^{-1}$ による商として得られる、という追加の構造が見える。
$R$ 加群 $I$ の対称代数 $\operatorname{Sym}_R(I)$ は、テンソル代数の中で二つの因子の順序を交換する関係を課した可換次数付き環である。次数一は $I$ である。その普遍性は、任意の可換 $R$ 代数 $S$ への $R$ 線形写像 $I\to S$ が一意の $R$ 代数準同型へ延長する、という性質である。
この普遍性は定義から確認できる。線形写像のテンソル積はテンソル代数からの写像を定め、$S$ が可換なので順序交換の関係を零へ送る。従って対称代数へ因子化する。逆に次数一の像が決まればすべての積の像が決まるから、一意である。
自然な次数付き全射
$$\operatorname{Sym}_R(I)\longrightarrow\mathcal R_R(I)$$
があり、次数一の $a\in I$ を $at$ に送る。$I=(a_1,\ldots,a_r)$ の場合、$P=R[Z_1,\ldots,Z_r]$ とし、
$$L=\left(\sum_i b_iZ_i\;\middle|\;\sum_i b_ia_i=0\right)$$
を一次関係で生成されるイデアルとする。このとき $\operatorname{Sym}_R(I)=P/L$ で、Rees代数への核は $K/L$ である。ただし $K$ の次数 $n$ の部分は
$$\left\{\sum_{|\alpha|=n}c_\alpha Z^\alpha\;\middle|\;\sum_{|\alpha|=n}c_\alpha a^\alpha=0\right\}$$
である。
$I\to\mathcal R_R(I)$、$a\mapsto at$ は線形である。対称代数の普遍性により写像が延長し、Rees代数は次数一で生成されるから全射となる。
有限生成表示での $P/L$ の普遍性を確認する。$P$ から可換 $R$ 代数 $S$ への写像は $r$ 個の元 $s_i$ の指定で決まる。一次関係 $L$ を零へ送るという条件は、$a_i\mapsto s_i$ が生成元のすべての線形関係を尊重し、線形写像 $I\to S$ を定める条件に等しい。従って $P/L$ は対称代数と同じ普遍性をもち、同型である。
$P\to R[t]$ の写像 $Z_i\mapsto a_it$ を考える。斉次次数 $n$ の像は $\bigl(\sum c_\alpha a^\alpha\bigr)t^n$ である。多項式の異なる次数は独立に比較できるので、核は各次数の表示された関係の直和であり、斉次イデアル $K$ をなす。一次関係は確かに核に含まれ $L\subset K$ である。従って $P/L$ からの核は $K/L$ となる。
この核は一般に一次関係だけでは生成されない。対称代数は加群としての線形関係を記録し、Rees代数はイデアルの実際の積におけるすべての関係を記録する。後者には二次以上の新しい関係が出ることがある。両者が一致する場合、そのイデアルは線形型であるという。一般の線形型の判定は本記事では扱わない。
$a\in R$ が非零因子で $I=(a)$ なら、自然な写像
$$R[Z]\cong\operatorname{Sym}_R(I)\longrightarrow\mathcal R_R(I),\qquad Z\longmapsto at$$
は同型である。
$R\to I$、$r\mapsto ra$ は全射であり、非零因子の仮定から単射である。従って $I$ は階数一の自由加群で、その対称代数は $R[Z]$ になる。多項式 $\sum r_nZ^n$ のRees代数での像が零なら、各係数 $r_na^n$ は零である。$a^n$ も非零因子なので $r_n=0$ がすべての $n$ で成立する。従って写像は単射であり、既に全射だから同型となる。
任意の主イデアルについては $I\cong R/\operatorname{Ann}(a)$ なので、対称代数は $R[Z]/(\operatorname{Ann}(a)Z)$ となる。Rees代数への核の次数 $n\ge1$ は、$\operatorname{Ann}(a^n)$ と $\operatorname{Ann}(a)$ の差を記録する。零因子だから必ず同型が失敗するとは言わないが、非零因子の場合の消去証明は使えない。
体 $k$ に対し $R=k[\varepsilon]/(\varepsilon^2)$、$I=(\varepsilon)$ を取る。$\operatorname{Ann}(\varepsilon)=(\varepsilon)$ であるから
$$\operatorname{Sym}_R(I)=R[Z]/(\varepsilon Z).$$
一方 $I^2=0$ なのでRees代数は次数零 $R$ と次数一 $I t$ だけをもち、
$$\mathcal R_R(I)=R[Z]/(\varepsilon Z,Z^2).$$
$Z^2$ は対称代数では零でない。例えば $\varepsilon$ も零にする商 $k[Z]$ ではその像が非零なので、元の対称代数で非零である。従って自然な全射は同型ではない。この例は一生成元でも高次関係が出ることを示す。
任意の乗法的集合 $S\subset R$ に対して、係数ごとの局所化から
$$S^{-1}\mathcal R_R(I)\cong\mathcal R_{S^{-1}R}(S^{-1}I)$$
となる。$S^{-1}(I^n)=(S^{-1}I)^n$ は、分母を払った有限和の積から確認できる。局所化は直和と交換するので各次数の係数同型を集めれば全体の同型となり、積も同じ分数の積で保たれる。拡張Rees代数と随伴次数環についても同じ議論が使える。
生成元を取り替えてもRees代数の定義は変わらない。多項式環からの表示では変数の個数や核の生成元が変わるが、像は $R[t]$ 内の固定した部分環である。対称代数の普遍性も生成元によらない。この点は計算表示と定義を区別するために重要である。
$I=0$ では正次数部分がすべて零になり、普通のRees代数は $R$ である。拡張Rees代数は $R[t^{-1}]$ で、その $t^{-1}$ による商は $R$。随伴次数環も次数零の $R$ だけなので同型は成立する。対称代数 $\operatorname{Sym}_R(0)$ も $R$ である。
$I=R$ では普通のRees代数は $R[t]$、拡張Rees代数は $R[t,t^{-1}]$ となる。拡張Rees代数で $t^{-1}$ は単元だからその商は零環である。随伴次数環の各成分は $R/R=0$ なので、ここでも同型は正しい。この場合だけは普通のRees代数にも $t$ が入り、$(t)$ による商は $R$ となる。しかしこれは随伴次数環の零環とは異なり、$t$ と $t^{-1}$ による商を交換してはいけないことが分かる。
零環ではすべての構成が零環になり、各表示はそのまま成立する。非零因子の命題を零環でどう定義するかは規約によるが、主張された写像の同型自体は零環どうしの同型として成立する。
Rees代数の次数は冪そのものを保持するため、次数 $n$ の元がさらに $I^{n+1}$ に属するかという情報を残している。随伴次数環へ移ると、そのような元は次数 $n$ で零になる。これは近似の最初の非零項を取り出す操作に対応するが、冪の全情報を失わず保存する操作ではない。
例えば体 $k$ に対し $R=k[x]$、$I=(x)$ ならRees代数は $k[x,Z]$、$Z\mapsto xt$ と表示できる。ここで元の変数 $x$ と次数用の変数 $t$ を区別している。随伴次数環は $k[\overline Z]$ となり、元の係数変数 $x$ は次数零では消える。この違いがRees代数の二種類の変数を混同しない理由である。
拡張Rees代数を幾何学的に使うと、随伴次数環を特殊な商として表示することで、冪の構造と初項の構造を一つの族の中で比較できる。Rees代数のProjはイデアルに沿うblow-upと結び付くが、本記事では代数の構成と商の同型だけを扱い、スキームの大域的な理論やblow-upの普遍性には立ち入らない。
局所化での同型は分母の操作と各冪の一致に基づく。一般の環準同型 $R\to S$ について、$\mathcal R_R(I)\otimes_R S$ と $\mathcal R_S(IS)$ がいつも同型になるとは限らない。自然な全射は各次数で $I^n\otimes_R S\to (IS)^n$ を用いて作れるが、単射には追加条件が必要となる。イデアルを部分加群としてテンソルしたとき、もとの環への単射が保たれるとは限らないためである。
例えば体 $k$ に対して $R=k[\varepsilon]/(\varepsilon^2)$、$I=(\varepsilon)$、$S=k$ の場合、もとのRees代数をテンソルすると次数一の非零元が残る。しかし $IS=0$ なので、$S$ 上のRees代数は次数零の $k$ だけである。各次数を照合すれば自然な全射に核がある。局所化の証明を任意の商環への基底変更へそのまま転用できないことが分かる。
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