正則行列(invertible matrix)とは、正方行列 $A$ で $AB=BA=I$(単位行列)となる行列 $B$ が存在するもののことであり、$B$ は一意で $A$ の逆行列 $A^{-1}$ と呼ばれる。可逆行列・非特異行列ともいう。体の上では、正方行列については $AB=I$ だけで $BA=I$ が従い、正則であることは $\det A\ne0$、$Ax=0$ の解が $x=0$ だけであること、階数が $n$ であることなどと同値である。零行列でなくても正則とは限らず、たとえば第 2 行が第 1 行の $2$ 倍である $\begin{pmatrix}1&2\\2&4\end{pmatrix}$ は正則でない。逆行列は行基本変形(掃き出し法)で計算でき、$n$ 次正則行列の全体は積について群(一般線形群)をなす。
2 次の正方行列 $A=\begin{pmatrix}2&1\\5&3\end{pmatrix}$ と $B=\begin{pmatrix}3&-1\\-5&2\end{pmatrix}$ を掛けると
$$
AB=\begin{pmatrix}2\cdot3+1\cdot(-5)&2\cdot(-1)+1\cdot2\\5\cdot3+3\cdot(-5)&5\cdot(-1)+3\cdot2\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}1&0\\0&1\end{pmatrix},\qquad BA=\begin{pmatrix}1&0\\0&1\end{pmatrix}
$$
となる。数 $2$ に $\frac12$ を掛けると $1$ になるように、$A$ には掛けると単位行列になる相手 $B$ がある。このような相手をもつ正方行列が 正則行列 であり、$B$ を $A$ の 逆行列 という。一方 $C=\begin{pmatrix}1&2\\2&4\end{pmatrix}$ は零行列でないのに逆行列をもたない。実際 $C\begin{pmatrix}2\\-1\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}0\\0\end{pmatrix}$ なので、もし $DC=I$ となる $D$ があれば $\begin{pmatrix}2\\-1\end{pmatrix}=DC\begin{pmatrix}2\\-1\end{pmatrix}=D\begin{pmatrix}0\\0\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}0\\0\end{pmatrix}$ となって矛盾する。$C$ の第 2 行は第 1 行の $2$ 倍であり、$C$ は平面を直線につぶしてしまうので、もとに戻せないのである。$A$ の行列式は $2\cdot3-1\cdot5=1\ne0$、$C$ の行列式は $1\cdot4-2\cdot2=0$ である。
正則行列は、連立1次方程式 $Ax=b$ がどんな右辺 $b$ に対してもただ 1 つの解をもつ行列であり、座標の取り替え(基底と次元)や行列の相似(行列)を表す行列でもある。本記事では、正則行列の定義と基本性質、正方行列では片側から掛けて単位行列になれば逆行列であること、正則であるための同値条件、行基本変形(掃き出し法)による逆行列の計算とその正しさを扱う。行列式による判定と余因子行列による逆行列の公式の証明は 行列式 の記事にあるので、そちらの結果を引用する。
以下、$K$ は体($\mathbb{Q}$、$\mathbb{R}$、$\mathbb{C}$ など)とし、$K$ の元を成分とする $m\times n$ 行列全体を $M_{m,n}(K)$、$n$ 次正方行列全体を $M_n(K)$、$n$ 次単位行列を $I_n$(または $I$)と書く。$K^n$ の元は列ベクトルとする。
$A\in M_n(K)$ とする。
$$
AB=BA=I_n
$$
を満たす $B\in M_n(K)$ が存在するとき、$A$ は 正則(invertible, nonsingular)であるといい、$A$ を 正則行列 という。このような $B$ を $A$ の 逆行列(inverse matrix)といい、$A^{-1}$ と書く(一意であることは prop-invmat-unique)。正則でない正方行列を 特異行列(singular matrix)という。
正則行列は 可逆行列、非特異行列 とも呼ばれる。「正則」という語は正則関数・正則グラフなど他の分野でも別の意味に使われるので、文脈に注意が要る。成分を体でなく可換環 $R$ にとっても、同じ式で $R$ 上の正則行列が定義される(rem-invmat-ring)。正則性は正方行列についてだけ考える(正方でない行列については ex-invmat-nonsquare)。
$A\in M_n(K)$ とする。$LA=I_n$ となる $L$ と $AR=I_n$ となる $R$ がともに存在すれば $L=R$ であり、$A$ は正則で $A^{-1}=L=R$ である。とくに正則行列の逆行列はただ 1 つである。
行列の積の結合法則(行列 の記事の命題「行列演算の基本法則」)により
$$
L=LI_n=L(AR)=(LA)R=I_nR=R
$$
である。よって $B:=L=R$ は $AB=BA=I_n$ を満たす。逆行列 $B,B'$ が 2 つあれば、$L=B$、$R=B'$ として $B=B'$ である。$\square$
これは単元についての一般的な事実(単元 の記事の命題「左逆元と右逆元」)の行列の場合である。正方行列では、実は片側の等式 $AB=I_n$ だけで正則であることが従う(thm-invmat-one-sided)。
行列 $A\in M_n(K)$ は、ベクトル $x$ を $Ax$ に移す線形写像 $K^n\to K^n$ を表す。$A$ が正則であるとは、この写像を「巻き戻す」写像が行列で書けること、すなわち写像が全単射であることである(thm-invmat-equivalent)。$C=\begin{pmatrix}1&2\\2&4\end{pmatrix}$ のように平面を直線に押しつぶす行列では、つぶれた情報を取り戻せないので逆行列がない。
数の世界では $0$ 以外の数はすべて逆数をもつが、行列ではそうならない。行列の積は可換でなく、零でない行列の積が零行列になることもある(行列 の記事の例「積の計算と非可換性」)。どの行列が逆行列をもつかを判定する道具が、行列式($\det A\ne0$)、階数($=n$)、そして行基本変形で単位行列にたどり着けるかどうかである。
$A=\begin{pmatrix}a&b\\c&d\end{pmatrix}$ について、直接計算すると
$$
\begin{pmatrix}a&b\\c&d\end{pmatrix}\begin{pmatrix}d&-b\\-c&a\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}ad-bc&0\\0&ad-bc\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}d&-b\\-c&a\end{pmatrix}\begin{pmatrix}a&b\\c&d\end{pmatrix}
$$
である。よって $ad-bc\ne0$ なら $A$ は正則で
$$
A^{-1}=\frac1{ad-bc}\begin{pmatrix}d&-b\\-c&a\end{pmatrix}
$$
である。$ad-bc=0$ なら $A$ は正則でない。実際、正則なら両辺の行列式をとって $\det A\det A^{-1}=\det I_2=1$ となる(行列式 の記事の定理「積の行列式」)が、$\det A=ad-bc=0$ である。冒頭の $A=\begin{pmatrix}2&1\\5&3\end{pmatrix}$ では $ad-bc=1$ なので $A^{-1}=\begin{pmatrix}3&-1\\-5&2\end{pmatrix}$ である(Bee15 Section MISLE の Theorem TTMI)。
対角成分が $d_1,\dots,d_n$ の対角行列 $D=\operatorname{diag}(d_1,\dots,d_n)$ が正則であることと、すべての $d_i$ が $0$ でないことは同値であり、このとき $D^{-1}=\operatorname{diag}(d_1^{-1},\dots,d_n^{-1})$ である。すべての $d_i\ne0$ なら掛けて確かめればよい。ある $d_i=0$ なら $D$ の第 $i$ 行は $0$ なので、どんな $B$ についても $DB$ の第 $i$ 行は $0$ であり、$DB=I_n$ にはならない。
$A=\begin{pmatrix}1&0\end{pmatrix}\in M_{1,2}(K)$、$B=\begin{pmatrix}1\\0\end{pmatrix}\in M_{2,1}(K)$ とすると
$$
AB=\begin{pmatrix}1\end{pmatrix}=I_1,\qquad BA=\begin{pmatrix}1&0\\0&0\end{pmatrix}\ne I_2
$$
である。$A$ は右から掛けて単位行列になる相手をもつが、左からは掛けて $I_2$ になる相手をもたない($CA$ の第 2 列はつねに $0$ である)。この例は「$AB=I$ を満たす」が「$A,B$ が同じ大きさの正方行列である」を満たさず、thm-invmat-one-sided の正方の仮定が省けないことを示す。一般に $m\ne n$ なら、$A\in M_{m,n}(K)$ と $B\in M_{n,m}(K)$ で $AB=I_m$ かつ $BA=I_n$ となることはない($AB=I_m$ なら $x\mapsto Ax$ は全射なので $m\le n$、$BA=I_n$ なら単射なので $n\le m$ である。線形代数学 の記事の定理「次元定理」)。
有限の大きさの正方行列では $AB=I$ から $BA=I$ が従うが(thm-invmat-one-sided)、無限次元のベクトル空間の線形写像では成り立たない。多項式の空間で、$t$ を掛ける写像 $S$ と「定数項を捨てて $t$ で割る」写像 $T$ は $TS=\mathrm{id}$ を満たすが $ST\ne\mathrm{id}$ である(単元 の記事の例「反例:片側だけの逆元」)。この例は「片側の逆がある」を満たすが「有限次元である」を満たさず、thm-invmat-one-sided の証明で次元の議論が本質的に使われていることを示す。
$I_n$ と $-I_n$ はどちらも正則だが、和 $I_n+(-I_n)$ は零行列で正則でない。正則行列の全体は積については閉じている(prop-invmat-operations)が、和については閉じておらず、$M_n(K)$ の部分空間ではない。
整数を成分とする $A=\begin{pmatrix}2&0\\0&1\end{pmatrix}$ は $\det A=2\ne0$ なので、有理数を成分とする行列としては正則で $A^{-1}=\begin{pmatrix}1/2&0\\0&1\end{pmatrix}$ である。しかし整数を成分とする逆行列はもたない。逆行列は一意なので、整数成分の逆行列があればこれに一致しなければならないが、$1/2$ は整数でない。この例は「$\det A\ne0$」を満たすが「係数が体である」を満たさず、$\det A\ne0$ による判定が体の上の主張であることを示す(rem-invmat-ring)。
$A,B\in M_n(K)$ を正則行列、$c\in K$ を $0$ でない元とする。
いずれも、候補の行列を両側から掛けて $I_n$ になることを確かめれば、prop-invmat-unique によりそれが逆行列である。1 は $A^{-1}A=AA^{-1}=I_n$ そのものである。2 は結合法則により
$$
(AB)(B^{-1}A^{-1})=A(BB^{-1})A^{-1}=AA^{-1}=I_n,\qquad (B^{-1}A^{-1})(AB)=B^{-1}(A^{-1}A)B=B^{-1}B=I_n
$$
である。3 は転置が積の順序を入れ替えること(行列 の記事の命題「転置と演算の関係」)により $(A^{-1})^{\top}A^{\top}=(AA^{-1})^{\top}=I_n^{\top}=I_n$、$A^{\top}(A^{-1})^{\top}=(A^{-1}A)^{\top}=I_n$ である。4 は $(cA)(c^{-1}A^{-1})=(cc^{-1})AA^{-1}=I_n$ と逆順の積も同様である。5 は 2 を使った $m$ についての数学的帰納法による($m=0$ では $A^0=I_n$)。$\square$
2 の順序の入れ替えは「靴下をはいてから靴をはいたら、脱ぐときは靴から」と覚えられる(Bee15 Section MISLE の Theorem SS)。1 と 2 により、$n$ 次正則行列の全体は積について群をなす。これが一般線形群 $\mathrm{GL}_n(K)$ であり、$n\ge2$ では可換でない(一般線形群 の記事の系「非可換性」)。
$A,B\in M_n(K)$ が $AB=I_n$ を満たせば、$BA=I_n$ であり、$A$ と $B$ はともに正則で $A^{-1}=B$、$B^{-1}=A$ である。
$x\in K^n$ が $Bx=0$ を満たせば $x=I_nx=A(Bx)=A0=0$ である。よって線形写像 $T_B\colon K^n\to K^n$、$x\mapsto Bx$ は核が $\{0\}$ なので単射であり、定義域と値域の次元が等しいので、次元定理(線形代数学 の記事の定理「次元定理」)により全単射である。逆写像も線形なので、行列 の記事の定理「行列と線形写像の対応」により、ある $C\in M_n(K)$ で $T_B^{-1}=T_C$ と書け、同定理の 2 により $T_{BC}=T_B\circ T_C=\mathrm{id}=T_{I_n}$、$T_{CB}=T_{I_n}$ であり、同定理の 1(行列から線形写像への対応が単射であること)から $BC=CB=I_n$ である。すなわち $B$ は正則である。すると
$$
A=AI_n=A(BC)=(AB)C=C
$$
なので $A=B^{-1}$ であり、$BA=BB^{-1}=I_n$ である。$A$ は $B$ の逆行列なので正則で、$A^{-1}=B$ である。$\square$
実用上、逆行列の候補 $B$ を検算するときは $AB=I_n$ か $BA=I_n$ の一方を確かめれば足りる。この証明は有限次元であること(次元定理)を本質的に使っており、正方でない場合(ex-invmat-nonsquare)や無限次元の場合(ex-invmat-shift)には成り立たない。行列式を使えば、$AB=I_n$ から $\det A\det B=1$ なので $\det A\ne0$ となり、別の証明が得られる。この形の証明は可換環上でも通用し、一般線形群 の記事の命題「行列式による可逆性の判定」にある。線形写像の言葉での同じ主張は Axl24 3.68(§3D、p. 85)、行列の言葉では Bee15 Section MINM の Theorem OSIS である。
$A$ の列ベクトルが張る $K^n$ の部分空間の次元を $A$ の 階数(階数(線形代数)) といい、$\operatorname{rank}A$ と書く。これは線形写像 $x\mapsto Ax$ の像の次元である。
$A\in M_n(K)$ について、次は同値である。
1 から 6 の同値は 行列式 の記事の定理「正則性の判定」である。
5 と 8 の同値:$n$ 個の線形独立なベクトルは $n$ 次元の $K^n$ の基底である(基底と次元 の記事の命題「有限次元空間における独立系と生成系」の 1)。基底は線形独立である。
7 と 8 の同値:$\operatorname{rank}A=n$ は列ベクトルの張る部分空間が $K^n$ 全体であること(同命題の 3)、すなわち列ベクトルが $K^n$ を生成することと同値である。$n$ 個のベクトルからなる生成系は基底であり(同命題の 2)、基底は生成系である。
1 と 9 の同値:1 なら $x\mapsto A^{-1}x$ が逆写像である。9 なら特に単射なので 3 が成り立つ。
1 と 10、1 と 11 の同値:1 なら $B=A^{-1}$ がとれる。10 なら thm-invmat-one-sided により $A$ は正則である。11 なら同じ定理を $B,A$ の順に当てはめて($BA=I_n$)$A$ は正則である。$\square$
条件 4 の解は $x=A^{-1}b$ である。行列式による判定(条件 2)と逆行列の公式 $A^{-1}=(\det A)^{-1}\operatorname{adj}A$ は 行列式 の記事の定理「余因子行列と逆行列の公式」にある。線形写像については、有限次元で次元が等しい空間の間では可逆・単射・全射が同値である(Axl24 3.65、§3D、p. 84)。
$E$ を $I_n$ に行基本変形 $\varepsilon$ を施した基本行列とする。任意の $A\in M_{n,p}(K)$ について、$EA$ は $A$ に $\varepsilon$ を施した行列である。また基本行列は正則で、$P_{ij}^{-1}=P_{ij}$、$D_i(c)^{-1}=D_i(c^{-1})$、$T_{ij}(c)^{-1}=T_{ij}(-c)$ である。
$EA$ の第 $k$ 行は、$E$ の第 $k$ 行 $(e_{k1},\dots,e_{kn})$ を使って $\sum_le_{kl}\cdot(A\text{ の第 }l\text{ 行})$ である。$E=P_{ij}$ なら、第 $i$ 行は第 $j$ 行の単位ベクトル、第 $j$ 行は第 $i$ 行の単位ベクトル、他の第 $k$ 行は第 $k$ 単位ベクトルなので、$EA$ は $A$ の第 $i$ 行と第 $j$ 行を入れ替えたものである。$D_i(c)$ では第 $i$ 行だけが $c$ 倍の単位ベクトル、$T_{ij}(c)$ では第 $i$ 行だけが「第 $i$ 単位ベクトル $+c\times$ 第 $j$ 単位ベクトル」なので、同様に $EA$ は $A$ に同じ変形を施したものである。
逆行列について、行基本変形 $\varepsilon$ には逆の変形 $\varepsilon'$ がある(同じ 2 行をもう一度入れ替える、第 $i$ 行を $c^{-1}$ 倍する、第 $i$ 行から第 $j$ 行の $c$ 倍を引く)。$\varepsilon'$ に対応する基本行列を $E'$ とすると、前半により $E'E=E'(EI_n)$ は $I_n$ に $\varepsilon$ と $\varepsilon'$ を順に施したもの、すなわち $I_n$ である。同様に $EE'=I_n$ である。$\square$
$A\in M_n(K)$ を正則行列とする。このとき $A$ に行基本変形を有限回施して $I_n$ にすることができる。その変形に対応する基本行列を順に $E_1,\dots,E_s$ とすると
$$
A^{-1}=E_s\cdots E_2E_1,\qquad A=E_1^{-1}E_2^{-1}\cdots E_s^{-1}
$$
である。したがって、$n\times2n$ 行列 $(A\mid I_n)$ に同じ行基本変形を施して左半分が $I_n$ になったとき、右半分が $A^{-1}$ である。また、正則行列は基本行列の積であり、逆に基本行列の積は正則である。
$j=1,\dots,n$ の順に、最初の $j$ 列が $I_n$ の最初の $j$ 列に一致するように変形できることを示す。$j-1$ 列目まで済んだ行列を $M$ とする。$M$ は正則行列に基本行列を左から掛けたものなので正則である(lem-invmat-elementary、prop-invmat-operations の 2)。$M$ の第 $j$ 列の第 $j$ 行以下の成分がすべて $0$ なら、第 $j$ 列は第 $1,\dots,j-1$ 標準基底ベクトルの線形結合、すなわち $M$ の第 $1,\dots,j-1$ 列の線形結合になり、$M$ の列が線形独立であること(thm-invmat-equivalent の 5)に反する。よって第 $j$ 行以下のある第 $p$ 行で $m_{pj}\ne0$ である。
$p\ne j$ なら第 $p$ 行と第 $j$ 行を入れ替え、第 $j$ 行を $m_{pj}^{-1}$ 倍して $(j,j)$ 成分を $1$ にし、$j$ 以外の各 $i$ について第 $i$ 行から第 $j$ 行の $m_{ij}$ 倍を引いて第 $j$ 列の他の成分を $0$ にする。第 $j$ 行以下の行は最初の $j-1$ 列の成分がすべて $0$ なので、これらの変形で最初の $j-1$ 列は変わらない。こうして最初の $j$ 列が $I_n$ と一致する。$j=n$ まで続けると $E_s\cdots E_1A=I_n$ を得る。
$E:=E_s\cdots E_1$ は正則で $EA=I_n$ なので、thm-invmat-one-sided により $A^{-1}=E$ であり、$A=E^{-1}=E_1^{-1}\cdots E_s^{-1}$ は基本行列の積である(lem-invmat-elementary)。$(A\mid I_n)$ に同じ変形を施すと、区分けした行列の積により $E(A\mid I_n)=(EA\mid E)=(I_n\mid A^{-1})$ となる。基本行列の積が正則であることは prop-invmat-operations の 2 による。$\square$
$A=\begin{pmatrix}1&2&1\\2&4&3\\1&1&2\end{pmatrix}$($\det A=1$、行列式 の記事の例「行基本変形による計算」)の逆行列を求める。$(A\mid I_3)$ で第 2 行から第 1 行の $2$ 倍を、第 3 行から第 1 行を引くと
$$
\left(\begin{array}{ccc|ccc}1&2&1&1&0&0\\0&0&1&-2&1&0\\0&-1&1&-1&0&1\end{array}\right)
$$
となり、$(2,2)$ 成分が $0$ なので第 2 行と第 3 行を入れ替え、第 2 行を $-1$ 倍する:
$$
\left(\begin{array}{ccc|ccc}1&2&1&1&0&0\\0&1&-1&1&0&-1\\0&0&1&-2&1&0\end{array}\right).
$$
第 1 行から第 2 行の $2$ 倍を引き、次に第 1 行から第 3 行の $3$ 倍を引き、第 2 行に第 3 行を足すと
$$
\left(\begin{array}{ccc|ccc}1&0&0&5&-3&2\\0&1&0&-1&1&-1\\0&0&1&-2&1&0\end{array}\right)
$$
となる。よって $A^{-1}=\begin{pmatrix}5&-3&2\\-1&1&-1\\-2&1&0\end{pmatrix}$ であり、$AA^{-1}=I_3$ は掛けて確かめられる(thm-invmat-one-sided により片側だけ確かめればよい)。この計算の手順は Bee15 Section MISLE の Theorem CINM と同じである。
可換環 $R$ を成分とする $A\in M_n(R)$ について、$A$ が $R$ 上正則であること($AB=BA=I_n$ となる $B\in M_n(R)$ があること)は、$\det A$ が $R$ の単元であることと同値であり、このとき $A^{-1}=(\det A)^{-1}\operatorname{adj}A$ である(一般線形群 の記事の命題「行列式による可逆性の判定」)。体ではすべての $0$ でない元が単元なので、これは $\det A\ne0$ と同じである。整数行列では $\det A=\pm1$ が条件であり、ex-invmat-integer の行列は $\det A=2$ なので整数行列として正則でない。
$P\in M_n(K)$ が正則であることは、$P$ の列が $K^n$ の基底をなすことと同値である(thm-invmat-equivalent の 8)。このため正則行列は座標の取り替えを表し、線形変換の表現行列は基底を取り替えると $P^{-1}AP$ に変わる(線形代数学 の記事の定理「表現行列と基底の取り替え」)。$P^{-1}AP$ の形に書ける行列どうしを相似(行列)といい、固有値・行列式・跡は相似で変わらない(固有値 の記事の命題「固有多項式の相似不変性」)。正則行列の逆行列は、固有多項式を使って $A$ の多項式として書くこともできる(Cayley–Hamiltonの定理)。
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