実射影空間(real projective space)とは、$\mathbb{R}^{n+1}$ の原点を通る直線全体に商位相を入れた空間 $\mathbb{RP}^n$ のことで、球面 $S^n$ の対蹠点を同一視した空間とも、閉円板の境界の対蹠点を貼り合わせた空間とも同相である。各次元に胞体を 1 つずつもつ CW 複体であり、整数係数のホモロジーには奇数次に位数 $2$ の捩れが現れ、$n$ が奇数のときに限って向き付け可能である。$\mathbb{Z}/2$ 係数のコホモロジー環は $(\mathbb{Z}/2)[a]/(a^{n+1})$ であり、これから Borsuk–Ulam の定理が従う。トートロジー直線束は Stiefel–Whitney 類の計算の出発点で、$\mathbb{RP}^\infty$ は実直線束の分類空間である。
$n$ 次元の 実射影空間(real projective space)$\mathbb{RP}^n$ は、$\mathbb{R}^{n+1}$ の原点を通る直線全体に位相を入れた空間である。球面 $S^n$ の対蹠点 $x$ と $-x$ を同じ点とみなした空間とも、閉円板 $D^n$ の境界の対蹠点を貼り合わせた空間とも同相であり、$n=1$ では円周、$n=2$ では向き付けられない閉曲面である射影平面になる。
実射影空間は代数的位相幾何学でもっともよく使われる例の一つである。各次元に胞体を 1 つずつもつ CW 複体であり、整数係数のホモロジーに位数 $2$ の捩れが現れる(rp-thm-homology)。$\mathbb{Z}/2$ 係数のコホモロジー環は 1 次の元 1 つで生成される切断多項式環であり、そこから、高い次元の球面から低い次元の球面への対蹠点を保つ連続写像が存在しないこと、すなわち Borsuk–Ulam の定理が従う(rp-thm-odd-map)。また $\mathbb{RP}^n$ 上のトートロジー直線束は Stiefel–Whitney 類の計算の出発点であり、無限次元の $\mathbb{RP}^\infty$ は実直線束の分類空間である。
$n\ge0$ とする。$\mathbb{R}^{n+1}\setminus\{0\}$ 上の同値関係を「$x\sim y$ $\iff$ ある $\lambda\in\mathbb{R}\setminus\{0\}$ について $y=\lambda x$」で定め、商空間(位相)
$$
\mathbb{RP}^n:=(\mathbb{R}^{n+1}\setminus\{0\})/{\sim}
$$
を $n$ 次元実射影空間 という。$x=(x_0,\dots,x_n)$ の同値類を $[x_0:x_1:\dots:x_n]$ と書き、斉次座標 という。$\mathbb{RP}^n$ の点は $\mathbb{R}^{n+1}$ の原点を通る直線 $\mathbb{R}x$ と一対一に対応する。
これは 射影空間 の定義「実射影空間と複素射影空間」の $K=\mathbb{R}$ の場合である。以下、記事全体で次の約束を使う。
$n\ge1$ とし、閉円板 $D^n=\{w\in\mathbb{R}^n\mid|w|\le1\}$ の境界 $S^{n-1}$ の点 $w$ と $-w$ だけを同一視した商空間を $D^n/{\pm}$ と書く。写像
$$
h\colon D^n\to\mathbb{RP}^n,\qquad h(w):=\bigl[w:\sqrt{1-|w|^2}\,\bigr]
$$
は同相写像 $D^n/{\pm}\to\mathbb{RP}^n$ を誘導する。$h$ は開円板を $\mathbb{RP}^n\setminus\mathbb{RP}^{n-1}$ へ同相に写し、境界 $S^{n-1}$ を $\mathbb{RP}^{n-1}$ へ 2 対 1 に写す。とくに $\mathbb{RP}^n$ は $\mathbb{RP}^{n-1}$ に $n$ 胞体を 1 つ貼った空間で、接着写像は 2 重被覆 $S^{n-1}\to\mathbb{RP}^{n-1}$ であり、
$$
\mathbb{RP}^n=e^0\cup e^1\cup\cdots\cup e^n
$$
という CW 構造をもつ。
この命題は CW複体 の命題「射影空間の CW 構造」の $K=\mathbb{R}$ の場合を、円板の言葉で言い直したものである。同命題の証明は、上の $h$ が全射で、開円板の上で単射で $\mathbb{RP}^n\setminus\mathbb{RP}^{n-1}$ の上へ写り、境界の点 $w$ を $[w:0]=q(w)$ に写すことを示している。境界の 2 点 $w,w'$ が同じ点に写るのは $w'=\pm w$ のときに限るから、$h$ で同じ点に写る 2 点の組は $D^n/{\pm}$ で同一視される組にちょうど一致する。$D^n$ はコンパクト、$\mathbb{RP}^n$ は Hausdorff なので、商写像 の系「コンパクト空間からHausdorff空間への連続全射」により $h$ は商写像であり、同記事の系「商空間からの連続写像と同相の判定」により $D^n/{\pm}\to\mathbb{RP}^n$ は同相写像である。開円板では同一視が起こらないので、開円板は $D^n/{\pm}$ の開集合として自身と同相に埋め込まれ、この同相写像で $\mathbb{RP}^n\setminus\mathbb{RP}^{n-1}$ に写る。CW 構造は同命題がそのまま与えている。$\square$
$\mathbb{RP}^n$ の点は原点を通る直線である。直線を 1 つ決めると、その上の長さ $1$ のベクトルは $x$ と $-x$ の 2 つある。どちらを選んでも同じ直線を表すので、$\mathbb{RP}^n$ は「球面の表と裏を区別しない」空間 $S^n/\{\pm1\}$ になる。さらに、最後の座標が $0$ でない直線については、最後の座標が正の方のベクトルをいつも選べる。こうして北半球だけが残り、赤道の上では $x$ と $-x$ の両方が最後の座標 $0$ をもつので選べず、同一視が残る。北半球を真上から押しつぶせば円板になり、rp-prop-disk の描像が得られる。
$n=2$ では、円板の縁の向かい合う点を貼り合わせることになる。縁に沿って半周すると反対側の点に戻ってくるので、縁の近くの帯は Möbius の帯の形になる。$\mathbb{RP}^2$ は Möbius の帯と円板を縁で貼り合わせた閉曲面であり、表裏を区別できない。この「半周すると反対側に出る」現象が、基本群の位数 $2$ の元と、ホモロジーの位数 $2$ の捩れの正体である。
列 $\mathbb{RP}^0\subset\mathbb{RP}^1\subset\cdots$ の和集合に、各 $\mathbb{RP}^n$ との共通部分が閉であるような集合を閉集合とする位相(弱位相)を入れた空間を $\mathbb{RP}^\infty$ と書く。$\mathbb{RP}^\infty$ は各次元に胞体を 1 つずつもつ CW 複体であり、基本群は $\mathbb{Z}/2$、2 次以上のホモトピー群は自明である。$\mathbb{RP}^\infty$ は位数 $2$ の群の分類空間 $B(\mathbb{Z}/2)$ であり(分類空間 の例「位数 2 の群と無限次元実射影空間」)、直線の Grassmann 多様体 $\mathrm{Gr}_1(\mathbb{R}^\infty)$ そのものなので、パラコンパクト空間上の実直線束の同型類は $\mathbb{RP}^\infty$ への写像のホモトピー類と一対一に対応する(ベクトル束 の定理「ホモトピー不変性と分類」の階数 $1$ の場合)。
$$
\gamma_n:=\{(\ell,v)\in\mathbb{RP}^n\times\mathbb{R}^{n+1}\mid v\in\ell\}
$$
に射影 $(\ell,v)\mapsto\ell$ を与えたものは $\mathbb{RP}^n$ 上の実直線束である(ベクトル束 の例「射影空間上のトートロジー束」)。各点 $\ell$ のファイバーは直線 $\ell$ そのものである。$\gamma_n$ の長さ $1$ のベクトルの全体 $\{(\ell,v)\in\gamma_n\mid|v|=1\}$ は $(\ell,v)\mapsto v$ により $S^n$ と同相であり、この同相のもとで射影は 2 重被覆 $q$ になる。$n\ge1$ のとき $\gamma_n$ は自明でなく、その第 1 Stiefel–Whitney 類は $H^1(\mathbb{RP}^n;\mathbb{Z}/2)$ の生成元である(Stiefel–Whitney類 の補題「トートロジー直線束」)。$n=1$ では $\gamma_1$ は Möbius の帯の形の直線束になる。
$n\ge2$ のとき $S^n$ は単連結なので、2 重被覆 $q\colon S^n\to\mathbb{RP}^n$ は普遍被覆であり、$\pi_1(\mathbb{RP}^n)\cong\mathbb{Z}/2$ である。$\mathbb{RP}^1\cong S^1$ の基本群は $\mathbb{Z}$ である。これらは 射影空間 の定理「被覆写像と基本群」が述べている。$\pi_1(\mathbb{RP}^n)$ の生成元は、$S^n$ の点 $x_0$ から $-x_0$ への道を $q$ で写したループで表される。2 次以上のホモトピー群は被覆写像で変わらないので、$k\ge2$ について $\pi_k(\mathbb{RP}^n)\cong\pi_k(S^n)$ である(Hat02 Proposition 4.1、p. 342)。
$n\ge1$ とする。
rp-prop-disk の CW 構造を使う。$X=\mathbb{RP}^n$ の $k$ 骨格は $\mathbb{RP}^k$ である。$C_k:=H_k(\mathbb{RP}^k,\mathbb{RP}^{k-1})$ は $k$ 胞体 $e^k$ で生成される無限巡回群であり($0\le k\le n$)、胞体の境界写像 $d_k\colon C_k\to C_{k-1}$ のなす鎖複体のホモロジーは $X$ のホモロジーと同型である(Hat02 §2.2 Lemma 2.34・Theorem 2.35、pp. 137–139)。さらに $k\ge2$ のとき、$d_k(e^k)=d\,e^{k-1}$ の係数 $d$ は、接着写像 $q\colon S^{k-1}\to\mathbb{RP}^{k-1}$ と、$\mathbb{RP}^{k-2}$ を 1 点に潰す写像 $c\colon\mathbb{RP}^{k-1}\to\mathbb{RP}^{k-1}/\mathbb{RP}^{k-2}\cong S^{k-1}$ の合成
$$
g:=c\circ q\colon S^{k-1}\to S^{k-1}
$$
の写像度である(同書 Cellular Boundary Formula、p. 140)。同一視 $\mathbb{RP}^{k-1}/\mathbb{RP}^{k-2}\cong S^{k-1}$ の取り方は $d$ の符号しか変えないので、以下では符号を気にしない。$k=1$ のときは、0 胞体が 1 つしかないので $d_1=0$ である(同書 p. 140)。
$d_k$ の計算($k\ge2$)。 $S^{k-1}$ の赤道 $\{x_{k-1}=0\}$ を $E$、開半球 $\{x_{k-1}>0\}$ と $\{x_{k-1}<0\}$ を $H_+$、$H_-$ とする。$q^{-1}(\mathbb{RP}^{k-2})=E$ であり、rp-prop-disk により $q$ は $H_+$ を $\mathbb{RP}^{k-1}\setminus\mathbb{RP}^{k-2}$ の上へ同相に写す($H_+$ は $w\mapsto(w,\sqrt{1-|w|^2})$ で開円板と同相であり、その合成が $h$ である)。$c$ は $\mathbb{RP}^{k-1}\setminus\mathbb{RP}^{k-2}$ を $S^{k-1}$ から 1 点 $*$ を除いた集合の上へ同相に写し、$\mathbb{RP}^{k-2}$ を $*$ に写す。したがって $g$ は $H_+$ を $S^{k-1}\setminus\{*\}$ の上へ同相に写し、$E$ を $*$ に写す。さらに $q(-x)=q(x)$ だから、$H_-$ の上では $g=g|_{H_+}\circ A$($A(x)=-x$ は対蹠写像)である。
$y\ne*$ を 1 つとると、$g^{-1}(y)$ は $H_+$ の点 $x$ と $H_-$ の点 $-x$ のちょうど 2 点である。局所写像度の和の公式(Hat02 Proposition 2.30、p. 136)により
$$
\deg g=\deg g|_x+\deg g|_{-x}
$$
である。$g$ は $x$ の近傍 $H_+$ を $y$ の近傍へ同相に写すので、$\deg g|_x=\varepsilon\in\{\pm1\}$ である(同書 p. 136)。局所写像度は局所ホモロジー群の間の写像として定まるので合成について積になり、$-x$ の近くでは $g=g|_{H_+}\circ A$ だから $\deg g|_{-x}=\varepsilon\cdot\deg A|_{-x}$ である(同じ計算は Hat02 Example 2.42、p. 144 にもある)。$A$ は同相写像なので、その局所写像度はどの点でも $\deg A$ に等しい(同書 p. 136)。写像度 の命題「直交変換の写像度」により $S^{k-1}$ の対蹠写像の写像度は $(-1)^k$ である。以上より
$$
d_k=\pm\deg g=\pm\varepsilon\bigl(1+(-1)^k\bigr)=\begin{cases}0&(k\text{ が奇数})\\ \pm2&(k\text{ が偶数})\end{cases}
$$
となる。
以上の写像度から、ホモロジー群は鎖複体の計算で求まる。
1 の計算:鎖複体は $0\to C_n\xrightarrow{d_n}\cdots\xrightarrow{d_2}C_1\xrightarrow{d_1}C_0\to0$(各 $C_k\cong\mathbb{Z}$)で、$d_k$ は $k$ が奇数なら $0$、偶数なら $\pm2$ 倍である。$H_0=C_0/\operatorname{im}d_1=\mathbb{Z}$ である。$0< k< n$ のとき、$k$ が奇数なら $\ker d_k=C_k$、$\operatorname{im}d_{k+1}=2C_k$($k+1$ は偶数)なので $H_k\cong\mathbb{Z}/2$ である。$k$ が偶数なら $\pm2$ 倍は単射なので $\ker d_k=0$、$H_k=0$ である。$k=n$ のときは $\operatorname{im}d_{n+1}=0$ なので $H_n=\ker d_n$ は、$n$ が奇数なら $\mathbb{Z}$、偶数なら $0$ である。$k>n$ では $C_k=0$ である。
2 の計算:係数を $\mathbb{Z}/2$ にした胞体鎖複体の境界写像は、同じ写像度を $\bmod 2$ で読んだものである(Hat02 §2.2「Homology with Coefficients」、pp. 153–154)。$0$ も $\pm2$ も $\bmod 2$ で $0$ なので、境界写像はすべて $0$ になり、$0\le k\le n$ で $H_k(\mathbb{RP}^n;\mathbb{Z}/2)\cong\mathbb{Z}/2$ である。
3 の計算:有限 CW 複体の Euler 標数は胞体の個数の交代和である(CW複体 の注意「胞体の個数と不変量」)。$\chi(\mathbb{RP}^n)=\sum_{k=0}^n(-1)^k$ は $n$ が偶数なら $1$、奇数なら $0$ である。1 の階数の交代和($n$ が偶数なら $1$、奇数なら $1-1=0$)とも一致する。$\square$
$n\ge1$ とする。$\mathbb{RP}^n$ が向き付け可能であるのは $n$ が奇数のときに限る。
$\mathbb{RP}^n$ は $n$ 次元の位相多様体であり(射影空間 の命題「アフィン座標近傍と多様体構造」)、連結な $S^n$ の連続像なので連結、さらにコンパクトである。連結な $n$ 次元閉多様体 $M$ について、$M$ が向き付け可能なら $H_n(M;\mathbb{Z})\cong\mathbb{Z}$、向き付け不可能なら $H_n(M;\mathbb{Z})=0$ である(Hat02 Theorem 3.26、p. 236)。rp-thm-homology の 1 により $H_n(\mathbb{RP}^n;\mathbb{Z})$ は $n$ が奇数のとき $\mathbb{Z}$、偶数のとき $0$ なので、主張が従う。$\square$
整数係数のホモロジーに現れる $\mathbb{Z}/2$ は、直感の節で述べた「半周すると反対側に出る」ことの代数的な表れである。たとえば $\mathbb{RP}^2$ では、$\mathbb{RP}^1\cong S^1$ を 1 周するループは 2 胞体の境界に 2 回巻き付く。1 周のループ自身は境界にならないが、2 周すると境界になるので、$H_1(\mathbb{RP}^2;\mathbb{Z})\cong\mathbb{Z}/2$ である。
$n\ge1$ とする。$a\in H^1(\mathbb{RP}^n;\mathbb{Z}/2)$ を $0$ でない元とすると、カップ積 について
$$
H^*(\mathbb{RP}^n;\mathbb{Z}/2)\cong(\mathbb{Z}/2)[a]/(a^{n+1})
$$
である。すなわち $0\le k\le n$ について $H^k(\mathbb{RP}^n;\mathbb{Z}/2)$ は $a^k$ で生成される位数 $2$ の群であり、$a^{n+1}=0$ である。同様に $H^*(\mathbb{RP}^\infty;\mathbb{Z}/2)\cong(\mathbb{Z}/2)[a]$ である。
この記事ではこの定理を証明しない。証明は Hat02 Theorem 3.19(p. 220)にある。各次数の群が $\mathbb{Z}/2$ であることは rp-thm-homology の 2 と普遍係数定理から従うが、定理の中身は「$a$ の冪が $0$ にならない」という積の情報である。特異コホモロジー の例「実射影空間のコホモロジー」は整数係数のコホモロジー群も与えている。
弧状連結な空間 $Y$ と基点 $y_0$ について、自然な同型
$$
H^1(Y;\mathbb{Z}/2)\cong\operatorname{Hom}(H_1(Y;\mathbb{Z}),\mathbb{Z}/2)\cong\operatorname{Hom}(\pi_1(Y,y_0),\mathbb{Z}/2)
$$
がある。1 つ目は普遍係数定理(Hat02 Theorem 3.2、p. 195。$H_0(Y;\mathbb{Z})$ が自由なので $\operatorname{Ext}$ の項は消える)、2 つ目は $H_1(Y;\mathbb{Z})$ が $\pi_1(Y,y_0)$ のアーベル化であること(同書 Theorem 2A.1、p. 166)と、$\mathbb{Z}/2$ がアーベル群なので準同型 $\pi_1\to\mathbb{Z}/2$ がアーベル化を経由することによる。どちらも自然なので、基点を保つ連続写像 $g\colon(Y,y_0)\to(Y',y_0')$ について、$g^*\colon H^1(Y';\mathbb{Z}/2)\to H^1(Y;\mathbb{Z}/2)$ はこの同型のもとで $\varphi\mapsto\varphi\circ g_*$ に対応する。
$n\ge1$ とし、$x_0\in S^n$ を固定する。$q(x_0)$ を基点とするループ $\ell$ に対し、$\tilde\ell$ を $x_0$ を始点とする $\ell$ の持ち上げとし(被覆空間 の定理「道の持ち上げ」)、$\tilde\ell(1)=x_0$ なら $\rho_n([\ell]):=0$、$\tilde\ell(1)=-x_0$ なら $\rho_n([\ell]):=1$ と定める。
1:$\tilde\ell(1)\in q^{-1}(q(x_0))=\{x_0,-x_0\}$ なので値は $0$ か $1$ である。端点を止めてホモトピックなループの持ち上げは同じ終点をもつので(被覆空間 の系「道のホモトピー類と持ち上げの終点」)、$\rho_n$ は $\pi_1$ の上で矛盾なく定まる。準同型であること:$\ell$ の持ち上げが $x_0$ から $\epsilon x_0$($\epsilon=\pm1$)へ、$\ell'$ の持ち上げが $x_0$ から $\epsilon'x_0$ へ向かうとする。$q(-x)=q(x)$ なので $\epsilon\tilde\ell'$ も $\ell'$ の持ち上げで、始点は $\epsilon x_0$ である。持ち上げの一意性により、つないだループ $\ell\cdot\ell'$ の $x_0$ からの持ち上げは $\tilde\ell$ のあとに $\epsilon\tilde\ell'$ を続けた道で、終点は $\epsilon\epsilon'x_0$ である。符号の積が $\mathbb{Z}/2$ の和に対応するので、$\rho_n([\ell][\ell'])=\rho_n([\ell])+\rho_n([\ell'])$ である。$0$ でないこと:$n\ge1$ なので $S^n$ は弧状連結であり、$x_0$ から $-x_0$ への道 $\gamma$ がある。$\ell:=q\circ\gamma$ はループで、その持ち上げは $\gamma$ 自身なので $\rho_n([\ell])=1$ である。
2:rp-thm-cohomology-ring(あるいは rp-thm-homology の 2 と普遍係数定理)により $H^1(\mathbb{RP}^n;\mathbb{Z}/2)\cong\mathbb{Z}/2$ なので、$\operatorname{Hom}(\pi_1(\mathbb{RP}^n,q(x_0)),\mathbb{Z}/2)$ の $0$ でない元はちょうど 1 つである。1 により $\rho_n$ はその元であり、$a$ に対応する。$\square$
$m>n\ge1$ とし、$g\colon\mathbb{RP}^m\to\mathbb{RP}^n$ を連続写像とする。
1:$a_n$、$a_m$ をそれぞれ $H^1(\mathbb{RP}^n;\mathbb{Z}/2)$、$H^1(\mathbb{RP}^m;\mathbb{Z}/2)$ の $0$ でない元とする。$g^*a_n\ne0$ と仮定すると、$H^1(\mathbb{RP}^m;\mathbb{Z}/2)$ の $0$ でない元は $a_m$ だけなので $g^*a_n=a_m$ である。$g^*$ はカップ積を保つ環準同型なので、rp-thm-cohomology-ring により
$$
a_m^{\,n+1}=(g^*a_n)^{n+1}=g^*\bigl(a_n^{\,n+1}\bigr)=g^*(0)=0
$$
となる。一方 $n+1\le m$ なので、同じ定理により $a_m^{\,n+1}\ne0$ であり、矛盾する。よって $g^*a_n=0$ である。
2:基点 $p_0\in\mathbb{RP}^m$ をとる。$n\ge2$ なので $\pi_1(\mathbb{RP}^n,g(p_0))\cong\mathbb{Z}/2$ であり、rp-lem-monodromy の $\rho_n$(基点を $g(p_0)$ の上の点にとったもの)は $0$ でない準同型なので同型である。1 と上の自然な同型により $\rho_n\circ g_*=0$ であり、$\rho_n$ が単射なので $g_*$ は自明である。$\mathbb{RP}^m$ は弧状連結かつ局所弧状連結なので(局所的に $\mathbb{R}^m$ と同相)、持ち上げの判定条件(Hat02 Proposition 1.33、p. 61)により $g$ は $q$ に沿って持ち上がる。$\square$
$m>n\ge0$ とする。連続写像 $f\colon S^m\to S^n$ で、すべての $x\in S^m$ について $f(-x)=-f(x)$ を満たすもの(Borsuk–Ulamの定理 の定義「奇写像」)は存在しない。
$n=0$ のとき:$S^0=\{1,-1\}$ であり、$m\ge1$ なので $S^m$ は連結だから、連続写像 $f\colon S^m\to S^0$ は定数である。定数写像は $f(-x)=-f(x)$ を満たさない。
$n\ge1$ のとき:奇写像 $f$ があったとする。$q_m\colon S^m\to\mathbb{RP}^m$、$q_n\colon S^n\to\mathbb{RP}^n$ を商写像とする。$q_n(f(-x))=q_n(-f(x))=q_n(f(x))$ なので、連続写像 $q_n\circ f$ は $q_m$ のファイバー $\{x,-x\}$ の上で一定であり、商写像の普遍性により連続写像 $g\colon\mathbb{RP}^m\to\mathbb{RP}^n$ で $g\circ q_m=q_n\circ f$ となるものが定まる(商写像 の定理「商写像の普遍性」)。
$y_0\in S^m$ を固定し、$m\ge1$ なので $y_0$ から $-y_0$ への道 $\gamma$ をとる。$\ell:=q_m\circ\gamma$ は $q_m(y_0)$ を基点とするループである。$g\circ\ell=q_n\circ(f\circ\gamma)$ なので、$f\circ\gamma$ はループ $g\circ\ell$ の $f(y_0)$ を始点とする持ち上げであり、その終点は $f(-y_0)=-f(y_0)$ である。rp-lem-monodromy($x_0=f(y_0)$ として)により $\rho_n(g_*[\ell])=1$ であり、とくに $\rho_n\circ g_*\ne0$ である。$\rho_n$ は $a_n\in H^1(\mathbb{RP}^n;\mathbb{Z}/2)$ に対応し、$\rho_n\circ g_*$ は $g^*a_n$ に対応するので、$g^*a_n\ne0$ となる。これは rp-prop-maps の 1 に反する。$\square$
$n\ge1$ とする。任意の連続写像 $f\colon S^n\to\mathbb{R}^n$ に対し、$f(x)=f(-x)$ となる $x\in S^n$ が存在する。
すべての $x$ で $f(x)\ne f(-x)$ と仮定すると、
$$
\varphi(x):=\frac{f(x)-f(-x)}{|f(x)-f(-x)|}
$$
は連続写像 $S^n\to S^{n-1}$ で、$\varphi(-x)=-\varphi(x)$ を満たす。これは rp-thm-odd-map($m=n$、$n-1$ を $n$ の代わりに)に反する。$\square$
Borsuk–Ulamの定理 の記事は、一般の $n$ の証明を写像度による方法の所在で示し、$n=1,2$ を初等的に証明している。上の証明は、$\mathbb{RP}^n$ のコホモロジー環の積構造だけを使って一般の $n$ を扱うものである。同記事の命題「同値な言い換え」は、$n$ を固定したとき、上の系が「連続な奇写像 $S^n\to S^{n-1}$ は存在しない」こと、すなわち rp-thm-odd-map の $m=n$・値域 $S^{n-1}$ の場合と同値であることを述べている。rp-thm-odd-map 自体は、より一般に $m>n$ のすべての場合を扱っている。
rp-thm-odd-map と rp-prop-maps の仮定を 1 つずつ外すと、結論は成り立たなくなる。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| $m>n$(rp-thm-odd-map) | $m=n$、$f=\mathrm{id}_{S^n}$ | 恒等写像は連続な奇写像である |
| $f$ の連続性(rp-thm-odd-map) | $m=1$、$n=0$、$f(x_1,x_2)=1$($x_1>0$ または $x_1=0,x_2>0$)、それ以外で $-1$ | 不連続な奇写像 $S^1\to S^0$ が存在する |
| $f$ が奇写像であること(rp-thm-odd-map) | $f$ を定数写像とする | 連続写像 $S^m\to S^n$ は存在する |
| $m>n$(rp-prop-maps) | $m=n$、$g=\mathrm{id}$ | $g^*a=a\ne0$ である |
表の各行を、証明のどこが使えなくなるかとあわせて確かめる。
1 行目:$\mathrm{id}(-x)=-x=-\mathrm{id}(x)$ である。証明では $a_m^{\,n+1}\ne0$ に $n+1\le m$ を使っており、$m=n$ では $a_n^{\,n+1}=0$ なので矛盾が出ない。
2 行目:$x=(x_1,x_2)\in S^1$ について、$x_1>0$ または($x_1=0$ かつ $x_2>0$)が成り立つことと、$-x$ について同じ条件が成り立つことはちょうど一方だけが起こるので、$f(-x)=-f(x)$ である。$f$ は点 $(0,\pm1)$ で不連続であり、商写像の普遍性から連続な $g$ を作る段階が成り立たない。
3 行目:定数写像は連続だが $f(-x)=f(x)\ne-f(x)$ である。証明では $f(-y_0)=-f(y_0)$ を使ってループ $g\circ\ell$ の持ち上げが閉じないことを示しており、ここが成り立たない。
4 行目:恒等写像は $a$ を $a$ に写す。rp-prop-maps の証明で使った $a_m^{\,n+1}\ne0$ は $m\ge n+1$ のときにしか成り立たない。
Stiefel–Whitney 類と平行化可能性。 $\mathbb{RP}^n$ の接束 $T\mathbb{RP}^n$ について $T\mathbb{RP}^n\oplus\varepsilon^1\cong\gamma_n^{\oplus(n+1)}$ であり、全 Stiefel–Whitney 類は $w(T\mathbb{RP}^n)=(1+a)^{n+1}$ である(Stiefel–Whitney類 の補題「実射影空間の接束」と定理「実射影空間の Stiefel–Whitney 類」)。ここから、$\mathbb{RP}^n$ が平行化可能(接束が自明)なら $n+1$ は $2$ の冪であること(同記事の系「平行化可能な実射影空間の次元(Stiefel)」)や、$2$ の冪の次元の実射影空間のはめ込みの次元の下限が得られる。これらは実射影空間が 特性類 の理論の最初の試金石であることを示している。
レンズ空間との関係。 $\mathbb{RP}^{2k-1}$ は $S^{2k-1}\subset\mathbb{C}^k$ を位数 $2$ の群 $\{\pm1\}$ で割った空間であり、レンズ空間 $L(2;1,\dots,1)$ である。レンズ空間のホモロジーの計算は、rp-thm-homology の計算を位数 $m$ の巡回群へ広げたものになっている(Hat02 Example 2.43、p. 144)。
複素射影空間との違い。 複素射影空間 $\mathbb{C}\mathrm{P}^n$ は偶数次元にだけ胞体をもつので、胞体の境界写像がすべて $0$ になり、ホモロジーに捩れが現れない(射影空間 の定理「ホモロジー群と向き付け」)。実射影空間で捩れが生じるのは、隣り合う次元の胞体の間の接着写像が 2 重被覆で、写像度 $1+(-1)^k$ が $2$ になりうるからである。
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