Tychonoffの板(Tychonoff plank)とは、最小の非可算順序数 $\omega_1$ と最小の無限順序数 $\omega$ について、順序位相を入れた $[0,\omega_1]$ と $[0,\omega]$ の直積空間である。コンパクト Hausdorff なので正規だが、隅の点 $(\omega_1,\omega)$ を除いた穴あき Tychonoff の板は、右の辺と上の辺という交わらない閉集合を開集合で分離できず、正規でない。可算個の可算順序数の上限が $\omega_1$ に届かないことがその理由で、同じ理由から穴あきの板の上の連続関数は隅まで連続に延び、板はその Stone–Čech コンパクト化になる。正規性が開部分空間に遺伝しないことや、局所コンパクト Hausdorff 空間や Tychonoff 空間が正規とは限らないことを示す基本の反例である。
最小の非可算順序数 $\omega_1$ までの順序数の区間 $[0,\omega_1]$ と、最小の無限順序数 $\omega$ までの区間 $[0,\omega]$ に順序位相を入れ、直積をとった空間を Tychonoff の板 という。横に非可算の長さ、縦に可算の長さをもつ長方形の板で、右上の隅に点 $(\omega_1,\omega)$ がある。この隅の 1 点を取り除いた空間を 穴あき Tychonoff の板 という。
Tychonoff の板はコンパクト Hausdorff 空間なので正規空間である。ところが隅を 1 点除いただけで正規でなくなる。右の辺と上の辺は、隅を除くと交わらない閉集合になるが、どんな開集合で囲んでも分離できない。隅に向かって伸びる 2 本の辺を、右の辺は可算個の点、上の辺は非可算個の点で近づけていることが、この現象の原因である。こうして、正規性が開部分空間に遺伝しないこと、局所コンパクト Hausdorff 空間や Tychonoff空間 が正規とは限らないことが、1 つの空間で分かる。
$\omega$ を最小の無限順序数、$\omega_1$ を最小の非可算順序数とする。順序数 $\alpha$ について $[0,\alpha]:=\{\beta\mid\beta\le\alpha\}$、$[0,\alpha):=\{\beta\mid\beta<\alpha\}$ と書き、順序位相を入れる。$[0,\alpha]$ の点 $\beta$ は、$\beta=0$ または後続順序数なら孤立点であり、極限順序数なら $(\gamma,\beta]$($\gamma<\beta$)の形の集合が $\beta$ の基本近傍系をなす(順序位相 の命題「孤立点の順序的判定」と順序位相の定義)。とくに $[0,\omega]$ では有限順序数 $n$ はすべて孤立点で、$\omega$ の基本近傍系は $(m,\omega]$($m<\omega$)である。
直積空間
$$
T:=[0,\omega_1]\times[0,\omega]
$$
を Tychonoff の板(Tychonoff plank)という。隅の点 $t^\ast:=(\omega_1,\omega)$ を除いた部分空間
$$
T_\ast:=T\setminus\{t^\ast\}
$$
を 穴あき Tychonoff の板(deleted Tychonoff plank)という。$T_\ast$ の部分集合
$$
A:=\{\omega_1\}\times[0,\omega),\qquad B:=[0,\omega_1)\times\{\omega\}
$$
をそれぞれ右の辺、上の辺と呼ぶ。
文献によっては、隅を除いた $T_\ast$ のほうを Tychonoff の板と呼ぶ(Eng89 Problem 3.12.20 (a)、p. 237)。どちらの意味かは、隅の点を含むかどうかで判断する。
$\omega_1$ の性質としては次の 1 つだけを使う。
$[0,\omega_1)$ の可算部分集合 $\{\alpha_n\mid n<\omega\}$ について、$\sup_n\alpha_n<\omega_1$ である。
各 $\alpha_n$ は可算な順序数なので可算集合であり、上限 $\sup_n\alpha_n=\bigcup_n\alpha_n$ は可算個の可算集合の和集合として可算である(可算選択公理を使う)。可算な順序数は $\omega_1$ より小さい。$\square$
この記事では選択公理を含む集合論(ZFC)で議論する。
1:$[0,\omega_1]$ と $[0,\omega]$ はコンパクト(順序位相 の命題「閉順序数区間のコンパクト性」)かつ Hausdorff(同記事の命題「順序位相は Hausdorff」)である。2 つのコンパクト空間の直積はコンパクトで(Tychonoffの定理)、Hausdorff 空間の直積は Hausdorff なので、$T$ はコンパクト Hausdorff である。正規空間 の定理「コンパクト Hausdorff 空間は正規」により正規である。
2:Hausdorff 空間の 1 点は閉なので $T_\ast$ は開である。$t^\ast$ の基本近傍 $(\gamma,\omega_1]\times(m,\omega]$ はどれも $t^\ast$ 以外の点を含むので、$T_\ast$ は稠密である。局所コンパクト性は 局所コンパクト空間 の命題「開部分空間への遺伝」による。$T$ は Tychonoff 空間であり(Tychonoff空間 の命題「コンパクト Hausdorff 空間は Tychonoff 空間」)、その部分空間 $T_\ast$ も Tychonoff 空間である(同記事の命題「部分空間での保存」)。
3:$A=T_\ast\cap(\{\omega_1\}\times[0,\omega])$、$B=T_\ast\cap([0,\omega_1]\times\{\omega\})$ はどちらも $T$ の閉集合と $T_\ast$ の共通部分なので、$T_\ast$ の閉集合である。$\{\omega_1\}\times[0,\omega]$ と $[0,\omega_1]\times\{\omega\}$ の共通部分は $t^\ast$ だけなので、$A\cap B=\emptyset$ である。
4:開集合の族 $\{T_\ast\setminus A\}\cup\{[0,\omega_1]\times\{n\}\mid n<\omega\}$ は $T_\ast$ を覆う($[0,\omega_1]\times\{n\}$ は $n$ が孤立点なので開)。点 $(\omega_1,n)\in A$ を含むのは $[0,\omega_1]\times\{n\}$ だけなので、有限部分被覆はない。よって $T_\ast$ はコンパクトでない。$T$ はコンパクト Hausdorff で $T\setminus T_\ast$ は 1 点なので、一点コンパクト化 の定理「一点コンパクト化の特徴づけ」により、$T$ は $T_\ast$ の一点コンパクト化と同相である。$\square$
4 の証明は、$A$ が $T_\ast$ の無限個の点からなる閉集合で、どの点も $A$ の中で孤立していることを使っている。このことから $T_\ast$ は可算コンパクト空間でもない。
$T_\ast$ の開集合 $U\supset A$ と $V\supset B$ をどうとっても、$U\cap V\ne\emptyset$ である。したがって $T_\ast$ は正規空間でない。
$U\supset A$、$V\supset B$ を $T_\ast$ の開集合とする。
各 $n<\omega$ について、点 $(\omega_1,n)$ は $U$ に属する。$n$ は $[0,\omega]$ の孤立点で、$\omega_1$ の基本近傍は $(\gamma,\omega_1]$ の形なので、
$$
(\alpha_n,\omega_1]\times\{n\}\subset U
$$
となる $\alpha_n<\omega_1$ がある。各 $n$ についてこのような $\alpha_n$ を 1 つ選ぶ。lem-tplank-countable により $\alpha:=\sup_n\alpha_n<\omega_1$ である。
点 $(\alpha+1,\omega)$ は $B$ に属するので $V$ に属する。$\alpha+1$ は後続順序数なので $[0,\omega_1]$ の孤立点であり、$\omega$ の基本近傍は $(m,\omega]$ の形なので、
$$
\{\alpha+1\}\times(m,\omega]\subset V
$$
となる $m<\omega$ がある。$n:=m+1$ とすると、点 $(\alpha+1,n)$ は $V$ に属する。一方 $\alpha_n\le\alpha<\alpha+1\le\omega_1$ なので $(\alpha+1,n)\in(\alpha_n,\omega_1]\times\{n\}\subset U$ である。よって $U\cap V\ne\emptyset$ である。
prop-tplank-basic の 3 により $A,B$ は互いに交わらない閉集合なので、$T_\ast$ は正規性の条件を満たさない。$\square$
証明の要は、右の辺を囲む開集合が、各段 $n$ で「ある $\alpha_n$ より右」をすべて含み、可算個の $\alpha_n$ の上限が $\omega_1$ に届かないことである。そのため $\alpha$ より右の縦の線 $\{\alpha+1\}\times[0,\omega)$ がまるごと $U$ に入り、その線の上端 $(\alpha+1,\omega)\in B$ の近傍は必ず $U$ と交わる。
$T_\ast$ は正規空間 $T$ の開部分空間で(prop-tplank-basic の 1・2)、局所コンパクト Hausdorff 空間かつ Tychonoff 空間であり(同 2)、thm-tplank-not-normal により正規でない。$\square$
閉部分空間には正規性が遺伝する(正規空間 の命題「閉部分空間への遺伝」)。$T_\ast$ は $T$ の閉集合ではない。また、パラコンパクト Hausdorff 空間は正規なので(パラコンパクト空間 の命題「正則性と正規性」)、$T_\ast$ はパラコンパクト空間でもない。
穴あきの板の上の連続関数は、取り除いた隅まで必ず連続に延びる。この性質から、$T$ が $T_\ast$ の Stone–Čech コンパクト化であることが分かり、正規でないことの別証明も得られる。準備として、$[0,\omega_1)$ の上の連続関数が最後には一定になることを示す。
$f\colon[0,\omega_1)\to\mathbb R$ が連続なら、ある $\gamma<\omega_1$ があって、$f$ は $[\gamma,\omega_1)$ の上で一定である。
要点:揺れ幅が $1/k$ 以上の組が非可算の先まで続くと仮定し、それを可算回拾って上限の点で連続性に矛盾させる。
段 1.各 $k\ge1$ について、$\beta,\beta'\ge\beta_k$ なら $\lvert f(\beta)-f(\beta')\rvert<1/k$ となる $\beta_k<\omega_1$ があることを示す。ないと仮定すると、どの $\gamma<\omega_1$ についても、$\beta,\beta'\ge\gamma$ で $\lvert f(\beta)-f(\beta')\rvert\ge1/k$ となる組がある。$\gamma_0:=0$ とし、$\gamma_j$ に対してそのような組 $\beta_j,\beta'_j\ge\gamma_j$ を選び、$\gamma_{j+1}:=\max\{\beta_j,\beta'_j\}+1$ とおく。$(\gamma_j)$ は狭義単調増加で、lem-tplank-countable により $\delta:=\sup_j\gamma_j<\omega_1$ である。$f$ は $\delta$ で連続なので、$\lvert f(\xi)-f(\delta)\rvert<1/(2k)$ が $\xi\in(\gamma,\delta]$ で成り立つ $\gamma<\delta$ がある。$\gamma_j>\gamma$ となる $j$ をとると $\beta_j,\beta'_j\in[\gamma_j,\gamma_{j+1})\subset(\gamma,\delta]$ なので、$\lvert f(\beta_j)-f(\beta'_j)\rvert<1/k$ となり矛盾する。
段 2.$\gamma:=\sup_k\beta_k$ とおくと、lem-tplank-countable により $\gamma<\omega_1$ である。$\beta,\beta'\ge\gamma$ なら、すべての $k$ について $\lvert f(\beta)-f(\beta')\rvert<1/k$ なので $f(\beta)=f(\beta')$ である。$\square$
連続関数 $f\colon T_\ast\to\mathbb R$ は、連続関数 $F\colon T\to\mathbb R$ にただ 1 通りに延びる。
$T_\ast$ は $T$ で稠密で $\mathbb R$ は Hausdorff なので、延長はあっても 1 つしかない。
存在を示す。各 $n<\omega$ について $f(\cdot,n)$ は $[0,\omega_1]$ の上の連続関数であり、$f(\cdot,\omega)$ は $[0,\omega_1)$ の上の連続関数である。lem-tplank-eventually-constant により、$f(\cdot,n)$ は $[\gamma_n,\omega_1)$ の上で一定値 $c_n$ をとり、$f(\cdot,\omega)$ は $[\gamma_\omega,\omega_1)$ の上で一定値 $c$ をとるような $\gamma_n,\gamma_\omega<\omega_1$ がある。$\omega_1$ の基本近傍は $(\gamma,\omega_1]$ の形なので、$f(\cdot,n)$ の $\omega_1$ での連続性から $f(\omega_1,n)=c_n$ でもある。
lem-tplank-countable により $\gamma:=\sup\{\gamma_\omega,\gamma_0,\gamma_1,\dots\}<\omega_1$ である。点 $(\gamma,\omega)\in T_\ast$ での $f$ の連続性と、$(\gamma,n)\to(\gamma,\omega)$($n\to\infty$)から、$c_n=f(\gamma,n)\to f(\gamma,\omega)=c$ である。
$F(t^\ast):=c$、$F|_{T_\ast}:=f$ と定める。$F$ は開集合 $T_\ast$ の上で連続なので、$t^\ast$ での連続性を示せばよい。$\varepsilon>0$ に対し、$n>m$ なら $\lvert c_n-c\rvert<\varepsilon$ となる $m$ をとる。近傍 $(\gamma,\omega_1]\times(m,\omega]$ の点 $(\beta,n)\ne t^\ast$ について、$n<\omega$ なら $\beta\ge\gamma_n$ なので $F(\beta,n)=c_n$、$n=\omega$ なら $\beta<\omega_1$ なので $F(\beta,\omega)=c$ である。どちらでも $\lvert F(\beta,n)-c\rvert<\varepsilon$ である。$\square$
包含写像 $T_\ast\to T$ は $T_\ast$ の Stone–Čech コンパクト化である。すなわち、コンパクト Hausdorff 空間 $K$ への連続写像 $u\colon T_\ast\to K$ は、連続写像 $\bar u\colon T\to K$ にただ 1 通りに延びる。
$K$ は Tychonoff 空間なので、ある集合 $I$ について $[0,1]^I$ の部分空間と見なせる(Tychonoff空間 の定理「立方体への埋め込み」)。$u$ の各座標 $u_i\colon T_\ast\to[0,1]$ を thm-tplank-extension で $\bar u_i\colon T\to\mathbb R$ に延ばすと、$T_\ast$ が稠密で $[0,1]$ が閉なので $\bar u_i$ の値は $[0,1]$ に入る。$\bar u:=(\bar u_i)_i\colon T\to[0,1]^I$ は連続で、$\bar u(T)\subset\overline{u(T_\ast)}\subset K$ である($K$ はコンパクトなので閉)。一意性は $T_\ast$ の稠密性と $K$ の Hausdorff 性による。この普遍性をもつコンパクト化は同相を除いて一意である(Tychonoff空間 の定理「Stone–Čech コンパクト化の存在」)。$\square$
$T_\ast$ が正規だと仮定すると、Urysohn の補題(正規空間 の定理「Urysohn の補題の言明」)により、$A$ の上で $0$、$B$ の上で $1$ をとる連続関数 $g\colon T_\ast\to[0,1]$ がある。thm-tplank-extension の延長 $G$ を考える。$t^\ast$ の近傍 $(\gamma,\omega_1]\times(m,\omega]$ は $A$ の点 $(\omega_1,m+1)$ と $B$ の点 $(\gamma+1,\omega)$ を含むので、$t^\ast$ は $A$ の閉包にも $B$ の閉包にも属する。$G$ の連続性から $G(t^\ast)\in\overline{G(A)}=\{0\}$ かつ $G(t^\ast)\in\overline{G(B)}=\{1\}$ となり矛盾する。$\square$
$\omega_1$ を $\omega$ に替えた $P:=[0,\omega]\times[0,\omega]\setminus\{(\omega,\omega)\}$ は正規である。$P$ は $\mathbb R^2$ の部分集合 $\{0\}\cup\{1/(n+1)\mid n<\omega\}$ の直積から 1 点を除いたものと同相で、距離化可能だからである(正規空間 の定理「距離空間は正規」)。対応する辺 $A':=\{\omega\}\times[0,\omega)$、$B':=[0,\omega)\times\{\omega\}$ は、
$$
U:=\{(\beta,n)\in P\mid n<\omega,\ \beta>n\},\qquad V:=\{(\beta,n)\in P\mid \beta<\omega,\ n>\beta\}
$$
という互いに交わらない開集合で分離できる。thm-tplank-not-normal の証明では $\alpha_n=n$ がとれてしまい、上限 $\sup_n\alpha_n=\omega$ が右の辺に届くので、議論が成り立たない。非可算性は lem-tplank-countable の 1 か所だけで使われている。
$[0,\omega_1)\times[0,\omega_1]$ も正規でない。対角線 $\{(\alpha,\alpha)\mid\alpha<\omega_1\}$ と上の辺 $[0,\omega_1)\times\{\omega_1\}$ が開集合で分離できないからである(Mun00 §32 Example 2、pp. 203–204。この記事では証明しない)。正規空間 $[0,\omega_1)$ と $[0,\omega_1]$ の直積なので、正規空間の直積が正規とは限らない例にもなる。
主な結論の仮定を 1 つずつ外すと、穴あき Tychonoff の板が反例になる。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| コンパクト(「コンパクト Hausdorff 空間は正規」) | $T_\ast$(局所コンパクト Hausdorff) | 正規である |
| 閉(「正規空間の閉部分空間は正規」) | $T_\ast\subset T$(開部分空間) | 部分空間が正規である |
| 正規(「Urysohn の補題」) | $T_\ast$(Tychonoff 空間)と閉集合 $A,B$ | $A$ で $0$、$B$ で $1$ の連続関数がある |
| 横の因子が非可算(thm-tplank-not-normal) | ex-tplank-countable の $P$ | 右の辺と上の辺が分離できない |
Eng89 Problem 3.12.20 (a)(p. 237)は、隅を除いた空間を Tychonoff plank と呼び、その Stone–Čech コンパクト化が $[0,\omega_1]\times[0,\omega]$ であることから正規でないことを導く問題である。同書では問題として出されている。その内容はこの記事の thm-tplank-extension と cor-tplank-stone-cech にあたる。thm-tplank-not-normal の議論は Mun00 §32 Example 2(pp. 203–204)の、可算個の順序数の上限をとる議論と同じ型である。
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