Cartan–Eilenberg分解

同義語:Cartan-Eilenberg分解Cartan–Eilenberg resolution

概要

Cartan–Eilenberg分解(Cartan–Eilenberg resolution)とは、十分な入射対象をもつアーベル圏の余鎖複体 $K$ を入射対象からなる二重複体 $I$ で置き換えたもので、各列が $K^p$ を分解するだけでなく、横の微分についての境界・輪体・コホモロジーの列もそれぞれ $B^p(K)$、$Z^p(K)$、$H^p(K)$ の入射分解になるものである。存在は馬蹄補題を 2 度使って示され、$K$ が下に有界なら全複体は $K$ の入射分解になる。行が分裂しているので加法関手を施しても行のコホモロジーが保たれ、下に有界な $K$ について、左完全関手 $F$ の超導来関手に収束するスペクトル系列 $E_2^{p,q}=R^pF(H^q(K))$ が得られる。超コホモロジーや Grothendieck スペクトル系列の構成に使われる。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 二重複体, 入射分解, 馬蹄補題, 導来関手

1 つの対象の 入射分解 は、対象を入射対象の複体で置き換える。対象の代わりに複体 $K^\bullet$ を置き換えたいとき、各項 $K^p$ を別々に分解して並べるだけでは足りない。Cartan–Eilenberg 分解(Cartan–Eilenberg resolution)は、複体 $K^\bullet$ を入射対象からなる 二重複体 $I^{\bullet,\bullet}$ で置き換え、各項だけでなく、境界 $B^p(K)$、輪体 $Z^p(K)$、コホモロジー $H^p(K)$ までが同時に分解されるようにしたものである。存在は 馬蹄補題 を 2 度使って示せる。
この強い条件のおかげで、加法関手 $F$ を施した二重複体 $F(I)$ の行のコホモロジーは $F(H^p(I))$ に等しく、行と列の 2 つのフィルトレーションから、下に有界な $K$ について、左完全関手の 超導来関手 の 2 つのスペクトル系列
$$ {}^{I}E_2^{p,q}=H^p\bigl(R^qF(K^\bullet)\bigr),\qquad {}^{II}E_2^{p,q}=R^pF\bigl(H^q(K)\bigr)\quad\Longrightarrow\quad R^{p+q}F(K) $$
が得られる。層の複体についての 超コホモロジー、de Rhamコホモロジー の Hodge–de Rham スペクトル系列、Grothendieckスペクトル系列 は、どれもこの構成から作られる。

定義

$\mathcal A$ を十分な入射対象をもつ アーベル圏 とする。余鎖複体 $K=(K^p,d_K)$ について、$B^p(K)=\operatorname{im}(d_K\colon K^{p-1}\to K^p)$、$Z^p(K)=\ker(d_K\colon K^p\to K^{p+1})$、$H^p(K)=Z^p(K)/B^p(K)$ と書く。二重複体は 二重複体 の記事の約束に従い、$d_h\colon I^{p,q}\to I^{p+1,q}$、$d_v\colon I^{p,q}\to I^{p,q+1}$ は反可換 $d_hd_v+d_vd_h=0$ をみたすとする。第 $q$ 行 $(I^{\bullet,q},d_h)$ の境界・輪体・コホモロジーを $B^p_h(I)^q$、$Z^p_h(I)^q$、$H^p_h(I)^q$ と書く。反可換性から $d_v$ は $d_h$ の核と像を保つので、$q$ を動かすと、$d_v$ が誘導する射によって $B^p_h(I)^\bullet$、$Z^p_h(I)^\bullet$、$H^p_h(I)^\bullet$ はそれぞれ複体になる。

Cartan–Eilenberg分解

余鎖複体 $K$ の Cartan–Eilenberg 分解 とは、入射対象からなる二重複体 $I^{\bullet,\bullet}$($q<0$ で $I^{p,q}=0$)と、複体の射 $\varepsilon\colon K\to(I^{\bullet,0},d_h)$ で $d_v\circ\varepsilon=0$ をみたすもの(増大射)の組であって、各 $p$ について次の 2 条件をみたすものをいう。

  1. $K^p=0$ ならば第 $p$ 列 $I^{p,\bullet}$ は $0$ である。
  2. $\varepsilon$ が誘導する $B^p(K)\to B^p_h(I)^\bullet$ と $H^p(K)\to H^p_h(I)^\bullet$ は、どちらも入射分解である。すなわち、増大した列 $0\to B^p(K)\to B^p_h(I)^0\to B^p_h(I)^1\to\cdots$ と $0\to H^p(K)\to H^p_h(I)^0\to H^p_h(I)^1\to\cdots$ は完全で、項はすべて入射対象である。

$\varepsilon$ は複体の射なので、$B^p$、$Z^p$、$H^p$ の間の射を誘導する。条件 2 は $B$ と $H$ についてだけ述べているが、次の命題により、輪体と各項の列も入射分解になり、各行は「分裂した」複体になる。とくに 超コホモロジー の定義「Cartan–Eilenberg分解」が要求する 4 つの列の条件はすべてみたされる。

輪体と項の列・行の分裂

$\varepsilon\colon K\to I$ を Cartan–Eilenberg 分解とする。各 $p$、$q$ について次が成り立つ。

  1. $Z^p_h(I)^q$ は入射対象であり、行の短完全列 $0\to B^p_h(I)^q\to Z^p_h(I)^q\to H^p_h(I)^q\to0$ と $0\to Z^p_h(I)^q\to I^{p,q}\xrightarrow{d_h}B^{p+1}_h(I)^q\to0$ はどちらも分裂する。
  2. $Z^p(K)\to Z^p_h(I)^\bullet$ と $K^p\to I^{p,\bullet}$ はどちらも入射分解である。

要点:入射対象への短完全列は分裂し、分解の短完全列では 2 つが完全なら残りも完全である。

詳しい証明を開く

1:$0\to B^p_h\to Z^p_h\to H^p_h\to0$ は $q$ 行の輪体と境界の定義から完全で、$B^p_h(I)^q$ は入射対象なので分裂する(入射対象・射影対象 の命題「射影対象・入射対象への(からの)短完全列は分裂する」)。よって $Z^p_h(I)^q\cong B^p_h(I)^q\oplus H^p_h(I)^q$ は入射対象である。$0\to Z^p_h\to I^{p,q}\xrightarrow{d_h}B^{p+1}_h\to0$ は $d_h$ の核と像の定義から完全で、$Z^p_h(I)^q$ が入射対象なので分裂する。

2:$d_v$ はこれらの短完全列の射と可換なので、$q$ を動かすと複体の短完全列 $0\to B^p_h(I)^\bullet\to Z^p_h(I)^\bullet\to H^p_h(I)^\bullet\to0$ が得られ、$\varepsilon$ による増大は短完全列 $0\to B^p(K)\to Z^p(K)\to H^p(K)\to0$ の上に乗る。増大した 3 つの複体(次数 $-1$ に $B^p(K)$ などを置いたもの)は複体の短完全列をなし、両端は条件 2 により完全である。δ-関手 の補題「短完全な複体の列から長完全列」のコホモロジー長完全列から、中央の増大した複体も完全であり、$Z^p(K)\to Z^p_h(I)^\bullet$ は入射分解である。同様に、$0\to Z^p_h(I)^\bullet\to I^{p,\bullet}\to B^{p+1}_h(I)^\bullet\to0$ は $0\to Z^p(K)\to K^p\to B^{p+1}(K)\to0$ の上に乗る複体の短完全列であり、両端の増大した複体が完全なので、$K^p\to I^{p,\bullet}$ も入射分解である。$d_v$ の符号は完全性に影響しない。$\square$

主定理

Cartan–Eilenberg分解の存在と全複体

$\mathcal A$ を十分な入射対象をもつアーベル圏とする。

  1. $\mathcal A$ の任意の余鎖複体 $K$ は Cartan–Eilenberg 分解 $\varepsilon\colon K\to I$ をもつ。
  2. $K$ が下に有界(ある $p_0$ について $p< p_0$ で $K^p=0$)なら、全複体 $\operatorname{Tot}(I)$ は下に有界な入射対象の複体であり、$\varepsilon$ と包含 $I^{\bullet,0}\to\operatorname{Tot}(I)$ の合成 $K\to\operatorname{Tot}(I)$ は 擬同型 である。とくに $K$ は入射分解をもつ。
馬蹄補題を2度使う

1。各 $p$ について、$B^p(K)$ と $H^p(K)$ の入射分解 $B^p(K)\to J_B^{p,\bullet}$、$H^p(K)\to J_H^{p,\bullet}$ を選ぶ。ただし対象が $0$ のときは分解も $0$ に選ぶ。短完全列 $0\to B^p(K)\to Z^p(K)\to H^p(K)\to0$ に 馬蹄補題 の系「入射分解の馬蹄補題」を当てて、$Z^p(K)$ の入射分解 $J_Z^{p,\bullet}$ と、次数ごとに分裂する短完全列 $0\to J_B^{p,\bullet}\to J_Z^{p,\bullet}\to J_H^{p,\bullet}\to0$ を得る。次に短完全列 $0\to Z^p(K)\to K^p\xrightarrow{d_K}B^{p+1}(K)\to0$ と分解 $J_Z^{p,\bullet}$、$J_B^{p+1,\bullet}$ に同じ系を当てて、$K^p$ の入射分解 $\varepsilon^p\colon K^p\to I^{p,\bullet}$ と、次数ごとに分裂する短完全列 $0\to J_Z^{p,\bullet}\to I^{p,\bullet}\to J_B^{p+1,\bullet}\to0$ を得る。$I^{p,\bullet}$ の微分を $\delta$ と書く。$K^p=0$ なら $B^p,Z^p,H^p,B^{p+1}$ はすべて $0$ なので、$I^{p,\bullet}=0$ である。
横の射 $d_h\colon I^{p,q}\to I^{p+1,q}$ を合成
$$ I^{p,q}\to J_B^{p+1,q}\to J_Z^{p+1,q}\to I^{p+1,q} $$
(射影、第 1 の馬蹄の包含、第 2 の馬蹄の包含)で定め、縦の射を $d_v:=(-1)^p\delta$ とおく。$d_h$ の 3 つの成分は短完全列の射なので $\delta$ と可換であり、$d_h\delta=\delta d_h$ である。中央の合成 $J_Z^{p+1,q}\to I^{p+1,q}\to J_B^{p+2,q}$ は $0$ なので $d_hd_h=0$ である。符号の付け替えにより $d_hd_v+d_vd_h=0$ となり(二重複体 の注意「可換の流儀と符号の付け替え」)、$I$ は入射対象からなる二重複体である。
$\varepsilon=(\varepsilon^p)$ が複体の射であることを見る。$d_K\colon K^p\to K^{p+1}$ は $K^p\to B^{p+1}(K)\to Z^{p+1}(K)\to K^{p+1}$ と分解し、馬蹄補題の増大射の条件から、3 つの射はそれぞれ $d_h$ の 3 つの成分と増大射を通じて可換になる。よって $d_h\varepsilon^p=\varepsilon^{p+1}d_K$ である。$d_v\varepsilon=\pm\delta\varepsilon^p=0$ は分解であることからわかる。
最後に条件 2 を確かめる。$J_B^{p+1,q}\to J_Z^{p+1,q}\to I^{p+1,q}$ はモノ射なので、$Z^p_h(I)^q=\ker(I^{p,q}\to J_B^{p+1,q})=J_Z^{p,q}$ である。$I^{p-1,q}\to J_B^{p,q}$ はエピ射なので、$B^p_h(I)^q$ は $J_B^{p,q}$ の像である。よって $H^p_h(I)^q=J_Z^{p,q}/J_B^{p,q}\cong J_H^{p,q}$ であり、これらの同一視は($d_v$ の符号 $(-1)^p$ を除いて)縦の微分とも増大射とも両立する。したがって $B^p(K)\to B^p_h(I)^\bullet$、$H^p(K)\to H^p_h(I)^\bullet$ は選んだ入射分解 $J_B^{p,\bullet}$、$J_H^{p,\bullet}$ そのものである。
2。$p< p_0$ または $q<0$ で $I^{p,q}=0$ なので、$\operatorname{Tot}(I)^n=\bigoplus_{p+q=n}I^{p,q}$ は有限個の入射対象の直和で入射的であり、$n< p_0$ で $0$ である。prop-ce-columns の 2 により各列 $I^{p,\bullet}$ は $K^p$ の分解なので、$q>0$ で $H^q_v(I)^p=0$、$H^0_v(I)^p=\ker(d_v\colon I^{p,0}\to I^{p,1})=\varepsilon(K^p)$ である。二重複体 の定理「列が正の次数で非輪状な二重複体の全複体」(各対角線上の項が有限個なので、一般のアーベル圏でも同記事の注意により成り立つ)から、包含 $H^0_v(I)^\bullet\to\operatorname{Tot}(I)$ は擬同型である。$\varepsilon$ は $K$ から $(H^0_v(I)^\bullet,d_h)$ への複体の同型なので、合成 $K\to\operatorname{Tot}(I)$ は擬同型である。$\square$

この構成は CE56 Chapter XVII, Proposition 1.2(pp. 363–364、射影分解の形)と Wei94 Lemma 5.7.2(p. 146)による。射影分解の版では、鎖複体を射影対象からなる上半平面の二重複体で置き換える。$\mathcal A$ が十分な射影対象をもてば、反対圏で上の議論をすることで得られる。

関手を施した二重複体

Cartan–Eilenberg 分解の各行は分裂した短完全列でできているので、加法関手を施しても行のコホモロジーが保たれる。これが普通の列ごとの分解との違いである。

加法関手は行のコホモロジーと可換

$\varepsilon\colon K\to I$ を Cartan–Eilenberg 分解、$F\colon\mathcal A\to\mathcal B$ をアーベル圏の間の 加法関手 とする。二重複体 $F(I)$ の各 $q$ 行について、$F(Z^p_h(I)^q)$、$F(B^p_h(I)^q)$ は $F(I^{p,q})$ の部分対象として $F(I)$ の第 $q$ 行の輪体・境界に一致し、
$$ H^p_h\bigl(F(I)\bigr)^q\cong F\bigl(H^p_h(I)^q\bigr) $$
である。この同型は縦の微分と両立し、$q$ を動かした複体の同型 $H^p_h(F(I))^\bullet\cong F(H^p_h(I)^\bullet)$ を与える。

要点:横の微分は「分裂エピ・分裂モノ・分裂モノ」の合成であり、加法関手はこの形を保つ。

詳しい証明を開く

第 $q$ 行を $X^p=I^{p,q}$、$Z^p=Z^p_h(I)^q$、$B^p=B^p_h(I)^q$、$H^p=H^p_h(I)^q$ と略す。$d_h\colon X^p\to X^{p+1}$ は $X^p\to B^{p+1}\to Z^{p+1}\to X^{p+1}$ と分解し、prop-ce-columns の 1 により最初は分裂エピ射、残り 2 つは分裂モノ射である。加法関手は分裂短完全列を分裂短完全列に写すので、$F(X^p)\to F(B^{p+1})$ は分裂エピ射で核は $F(Z^p)$、$F(B^{p+1})\to F(Z^{p+1})\to F(X^{p+1})$ はモノ射である。よって $\ker F(d_h)=\ker\bigl(F(X^p)\to F(B^{p+1})\bigr)=F(Z^p)$、$\operatorname{im}F(d_h)$ は $F(B^{p+1})$ の $F(X^{p+1})$ での像である。したがって $H^p(F(X^\bullet))=F(Z^p)/F(B^p)$ であり、分裂短完全列 $0\to F(B^p)\to F(Z^p)\to F(H^p)\to0$ からこれは $F(H^p)$ と同型である。縦の微分 $d_v$ は各行の $Z$、$B$ を保つ射で、$F(d_v)$ を $F(Z^p)$ に制限したものは $F(d_v|_{Z^p})$ である($F$ が合成を保つため)。よって同型は縦の微分と両立する。$\square$

以下、$F\colon\mathcal A\to\mathcal B$ を左完全な加法関手、$K$ を下に有界な複体とし、$\varepsilon\colon K\to I$ を Cartan–Eilenberg 分解とする。$F$ は有限直和を保つので $F(\operatorname{Tot}I)=\operatorname{Tot}F(I)$ である。

超導来関手

$\mathbf R^nF(K):=H^n\bigl(\operatorname{Tot}F(I)\bigr)$ を $F$ の $K$ における $n$ 次の 超導来関手(hyperderived functor)という。$K=A$(次数 $0$ だけの複体)なら $R^nF(A)$ に一致する(ex-ce-object)。

thm-ce-existence の 2 により $\operatorname{Tot}(I)$ は $K$ の下に有界な入射分解であり、下に有界な入射分解どうしはホモトピー同値なので(超コホモロジー の定理「入射複体への射の持ち上げ」と同じ議論)、$\mathbf R^nF(K)$ は分解の選び方によらず同型を除いて定まる。$F=\Gamma(X,-)$ のときが超コホモロジー $\mathbf H^n(X,K)$ である。

超導来関手の2つのスペクトル系列

上の設定で、$\mathbf R^{p+q}F(K)$ に収束する 2 つのスペクトル系列
$$ {}^{I}E_1^{p,q}=R^qF(K^p),\quad {}^{I}E_2^{p,q}=H^p\bigl(R^qF(K^\bullet)\bigr)\ \Longrightarrow\ \mathbf R^{p+q}F(K), $$
$$ {}^{II}E_2^{p,q}=R^pF\bigl(H^q(K)\bigr)\ \Longrightarrow\ \mathbf R^{p+q}F(K) $$
がある。ここで ${}^{I}E_1$ の $d_1$ は $d_K$ が誘導する $R^qF(K^p)\to R^qF(K^{p+1})$(符号を除く)である。

二重複体の2つのフィルトレーション

$F(I)$ は $p\ge p_0$、$q\ge0$ の範囲にある二重複体なので、各対角線上の項は有限個であり、二重複体 の定理「二重複体の2つのスペクトル系列」により、列と行のフィルトレーションから $H^{p+q}(\operatorname{Tot}F(I))$ に収束する 2 つのスペクトル系列がある。
列によるもの:${}^{I}E_1^{p,q}=H^q_v(F(I))^p=H^q\bigl(F(I^{p,\bullet})\bigr)$ である。prop-ce-columns の 2 により $I^{p,\bullet}$ は $K^p$ の入射分解なので、これは $R^qF(K^p)$ である(縦の微分の符号はコホモロジーを変えない)。$d_1$ は $d_h$ が誘導する射で、$d_h\varepsilon^p=\varepsilon^{p+1}d_K$ だから $d_h$ は $d_K$ の入射分解への持ち上げであり、導来関手 の定義「左導来関手・右導来関手」により $d_1=\pm R^qF(d_K)$ である。
行によるもの:prop-ce-additive-functor により ${}^{II}E_1$ の第 $q$ 行は $H^p_h(F(I))^q\cong F(H^p_h(I)^q)$ であり、$d_1$ は縦の微分が誘導する射である。$H^p_h(I)^\bullet$ は $H^p(K)$ の入射分解なので、${}^{II}E_2$ の(フィルトレーションの次数 $q$、補助の次数 $p$ の)項は $H^q\bigl(F(H^p_h(I)^\bullet)\bigr)=R^qF(H^p(K))$ である。添字の名前を入れ替えれば ${}^{II}E_2^{p,q}=R^pF(H^q(K))$ を得る。$\square$

第 1 の系列から、項が $F$ 非輪状な複体では超導来関手が素朴に計算できる。これは Grothendieckスペクトル系列 の証明の要になる。

非輪状な項をもつ複体

上の設定で、すべての $p$ について $K^p$ が $F$ 非輪状($q>0$ で $R^qF(K^p)=0$)なら、$\mathbf R^nF(K)\cong H^n(F(K))$ である。

要点:$F(I)$ の列は正の次数で非輪状で、$0$ 次のコホモロジーが $F(K)$ になる。

詳しい証明を開く

上の証明のとおり $H^q_v(F(I))^p=R^qF(K^p)$ なので、$q>0$ で $0$ である。$q=0$ では、$F$ の左完全性により $H^0_v(F(I))^p=\ker\bigl(F(I^{p,0})\to F(I^{p,1})\bigr)=F(\varepsilon(K^p))\cong F(K^p)$ であり、$\varepsilon$ が複体の射なので、この同型は $F(d_K)$ と $F(d_h)$ を対応させる。二重複体 の定理「列が正の次数で非輪状な二重複体の全複体」により $H^0_v(F(I))^\bullet\to\operatorname{Tot}F(I)$ は擬同型であり、$H^n(\operatorname{Tot}F(I))\cong H^n(F(K))$ を得る。$\square$

射の持ち上げとホモトピー

複体の射 $f\colon K\to L$ と Cartan–Eilenberg 分解 $K\to I$、$L\to J$ について、$f$ の上に乗る二重複体の射 $I\to J$ があり、ホモトピックな射の上の 2 つの持ち上げは二重複体の意味でホモトピックである(CE56 Chapter XVII, Proposition 1.2、pp. 363–365。Wei94 では Exercise 5.7.2・5.7.3、pp. 146–147)。この記事では証明しない。これにより 2 つのスペクトル系列は $E_2$ 以降で分解の選び方によらず、$K$ について関手的になる。

例

1 つの対象

$K=A$ を次数 $0$ だけの複体とする。$B^0(K)=B^1(K)=0$、$H^0(K)=A$ で、ほかの次数の $K^p$ は $0$ なので、Cartan–Eilenberg 分解は $A$ の入射分解 $A\to I^{0,\bullet}$ を第 $0$ 列に置いたものにほかならない。$\mathbf R^nF(A)=H^n(F(I^{0,\bullet}))=R^nF(A)$ であり、2 つのスペクトル系列はどちらも 1 本の行または列に集中する。

2 倍写像の複体

アーベル群の複体 $K=(\mathbb Z\xrightarrow{2}\mathbb Z)$(次数 $0$、$1$)を考える。$B^1(K)=2\mathbb Z$、$Z^1(K)=\mathbb Z$、$H^1(K)=\mathbb Z/2$ で、ほかの $B$、$Z$、$H$ は $0$ である。入射アーベル群 $\mathbb Q$、$\mathbb Q/2\mathbb Z$(可除群)を使い、
$$ I^{0,0}=\mathbb Q,\quad I^{0,1}=\mathbb Q/2\mathbb Z,\qquad I^{1,0}=\mathbb Q\oplus\mathbb Q/2\mathbb Z,\quad I^{1,1}=\mathbb Q/2\mathbb Z\oplus\mathbb Q/2\mathbb Z $$
とおく。縦の射は $\delta(x)=x\bmod2$(第 0 列)、$\delta(x,y)=(x+y,\ 2y)$(第 1 列、$x$ は $\mathbb Q/2\mathbb Z$ へ送ってから足す)、横の射は $d_h(x)=(x,0)$、増大射は $\varepsilon^0(z)=2z$、$\varepsilon^1(z)=(z,\ z\bmod2)$ である(第 1 列の縦の射に符号 $-1$ を付けて反可換にする)。これは $K$ の Cartan–Eilenberg 分解である。第 1 列は短完全列 $0\to2\mathbb Z\to\mathbb Z\to\mathbb Z/2\to0$ の馬蹄補題による分解で、非対角成分 $y\mapsto y$ がこの列が分裂しないことを表す。

確かめ

第 0 列:$0\to\mathbb Z\xrightarrow{2}\mathbb Q\to\mathbb Q/2\mathbb Z\to0$ は完全である。第 1 列:$\delta\varepsilon^1(z)=(z+z,\,2z)=(2z,0)=0$($\mathbb Q/2\mathbb Z$ で)。$\ker\delta$ は $2y=0$、すなわち $y\in\{0,1\}$ で、$y=0$ なら $x\in2\mathbb Z$、$y=1$ なら $x$ は奇数なので、$\ker\delta=\{(n,n\bmod2)\}=\operatorname{im}\varepsilon^1$ である。$\delta$ は全射($2y=b$、$x\equiv a-y$ と選ぶ)。$d_h\varepsilon^0(z)=(2z,0)=\varepsilon^1(2z)$ なので $\varepsilon$ は複体の射である。第 0 行 $\mathbb Q\to\mathbb Q\oplus\mathbb Q/2\mathbb Z$ と第 1 行 $\mathbb Q/2\mathbb Z\to(\mathbb Q/2\mathbb Z)^2$ はどちらも第 1 成分への包含なので、$H^0_h=0$、$B^1_h$ は第 1 成分、$H^1_h$ は第 2 成分である。$B^1_h$ の列は $\mathbb Q\to\mathbb Q/2\mathbb Z$ で $2\mathbb Z$ の入射分解、$H^1_h$ の列は $\mathbb Q/2\mathbb Z\xrightarrow{2}\mathbb Q/2\mathbb Z$ で $\mathbb Z/2$ の入射分解である。$F=\operatorname{Hom}(\mathbb Z/2,-)$ を施すと $F(\mathbb Q)=0$、$F(\mathbb Q/2\mathbb Z)=\{0,1\}\cong\mathbb Z/2$ で、$\operatorname{Tot}F(I)$ のコホモロジーは次数 $1$、$2$ で $\mathbb Z/2$ になる。これは ${}^{II}E_2^{0,1}=\operatorname{Hom}(\mathbb Z/2,\mathbb Z/2)$、${}^{II}E_2^{1,1}=\operatorname{Ext}^1(\mathbb Z/2,\mathbb Z/2)$(入射分解 の命題「巡回群に対する一次 Ext」)と合う。

条件を外した反例

外す条件反例成り立たなくなること
定義の条件 2(境界とコホモロジーの列が入射分解)ex-ce-times-two と同じ $K$ で、両方の列に $\mathbb Z\to\mathbb Q\to\mathbb Q/\mathbb Z$ を選び、$d_h$ を $2$ 倍写像とした二重複体 $D$列はどれも入射分解だが、$F=\operatorname{Hom}(\mathbb Z/2,-)$ について $H^1_h(F(D))^1\cong\mathbb Z/2\ne F(H^1_h(D)^1)=0$ で、行による系列の $E_2$ は $R^pF(H^q(K))$ にならない
項が入射対象であること$K=\mathbb Z/2$(次数 $0$)と、列 $0\to\mathbb Z/2\to\mathbb Z/4\xrightarrow{2}\mathbb Z/4\xrightarrow{2}\cdots$条件 1・2 の完全性はみたすが、$F=\operatorname{Hom}(\mathbb Z/2,-)$ で $H^n(\operatorname{Tot}F)=\mathbb Z/2$(すべての $n\ge0$)となり、$n\ge2$ で $0$ になる $R^nF(\mathbb Z/2)=\operatorname{Ext}^n(\mathbb Z/2,\mathbb Z/2)$ と一致しない
確かめ

1 行目:$\mathbb Q\xrightarrow{2}\mathbb Q$ は同型、$\mathbb Q/\mathbb Z\xrightarrow{2}\mathbb Q/\mathbb Z$ は全射で核は $\{0,1/2\}\cong\mathbb Z/2$ である。よって第 1 行の $H^0_h$ は $\mathbb Z/2$ で、$H^0(K)=0$ の上の列 $0\to0\to0\to\mathbb Z/2\to\cdots$ は完全でない($B^1_h$ の列 $\mathbb Q\to\mathbb Q/\mathbb Z$ も $2\mathbb Z$ の分解でない)。$H^1_h(D)$ は $0$ である。$F(\mathbb Q)=0$、$F(\mathbb Q/\mathbb Z)=\{0,1/2\}$ で $F(2)=0$ なので、$F(D)$ の第 1 行は $\mathbb Z/2\xrightarrow{0}\mathbb Z/2$ で $H^1_h=\mathbb Z/2$ である。行による系列の $E_2=E_1$ は、フィルトレーションの次数 $1$ に補助の次数 $0$ と $1$ の $\mathbb Z/2$ をもつが、$R^pF(H^q(K))$ は $(p,q)=(0,1)$、$(1,1)$ に $\mathbb Z/2$ をもつので、$(1,0)$ の項が合わない。列はどれも分解なので $\operatorname{Tot}(D)$ は $K$ の入射分解であり、収束先 $\mathbf R^nF(K)$ は正しい(次数 $1$、$2$ で $\mathbb Z/2$)。

2 行目:列は完全で($\mathbb Z/4$ で $2$ 倍写像の核と像はどちらも $\{0,2\}$)、$H^0_h$ の列は $\mathbb Z/2$ のこの分解そのものなので、入射性のほかの条件はみたす。$F(\mathbb Z/4)=\{0,2\}\cong\mathbb Z/2$、$F(2)=0$ なので、$F$ を施した複体のコホモロジーはすべての次数で $\mathbb Z/2$ である。一方 $\mathbb Z/2$ の入射分解 $0\to\mathbb Z/2\to\mathbb Q/\mathbb Z\xrightarrow{2}\mathbb Q/\mathbb Z\to0$ は長さ $1$ なので $n\ge2$ で $\operatorname{Ext}^n=0$ である。

関連項目

参考文献

[1]
Charles A. Weibel, An Introduction to Homological Algebra, Cambridge Studies in Advanced Mathematics 38, Cambridge University Press, 1994, §5.7 Hyperhomology:Definition 5.7.1(p. 145、射影版)、Exercise 5.7.1・Lemma 5.7.2(p. 146)、Exercise 5.7.2・5.7.3(pp. 146–147、射の持ち上げとホモトピー。演習)、Proposition 5.7.6(p. 148)、Cohomology Variant 5.7.9(pp. 149–150)
[2]
Henri Cartan, Samuel Eilenberg, Homological Algebra, Princeton Landmarks in Mathematics, Princeton University Press, 1956, Ch. XVII §1 Resolutions of complexes(Proposition 1.1・1.2、pp. 362–365。射影分解の形で、存在・射の持ち上げ・ホモトピー)

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