Betti数(Betti number)とは、位相空間 $X$ の有理数係数ホモロジー群の次元 $b_k(X)=\dim_{\mathbb{Q}}H_k(X;\mathbb{Q})$ のことで、$X$ の $k$ 次元の独立な「穴」の個数を表す。整係数ホモロジー群が有限生成ならその階数に等しく、捩れの情報は含まない。有限 CW 複体では交代和 $\sum_k(-1)^kb_k$ が Euler 標数になり、向き付け可能な閉多様体では $b_k=b_{n-k}$ が成り立つ。たとえば球面 $S^n$($n\ge1$)では $b_0=b_n=1$、$n$ 次元トーラスでは $b_k=\binom nk$ である。
円周 $S^1$ には 1 次元の「穴」が 1 つあり、球面 $S^2$ には 2 次元の「空洞」が 1 つある。トーラス $T^2$ には、ひと回りする方向の異なる 2 つの輪と、内側の空洞が 1 つある。こうした $k$ 次元の穴の個数を、空間の位相だけで決まる数として定めたものが Betti数(Betti number)$b_k$ である。ホモロジー群そのものは、穴の個数のほかに「何周すると消えるか」という捩れの情報も含むが、有理数を係数にとるとその情報が落ち、残るのはベクトル空間の次元、すなわち独立な穴の個数だけになる。Betti 数は Euler 標数の各項への分解であり、多様体の Poincaré 双対、微分形式による de Rham コホモロジー、複素多様体の Hodge 理論、有限体上の多様体の Weil 予想などで、空間の大きさを測る基本的な数として現れる。
以下、$H_k(X;A)$、$H^k(X;A)$ は位相空間 $X$ の $A$ 係数の特異ホモロジー群・特異コホモロジー群(特異コホモロジー の定義「特異鎖複体と特異ホモロジー」「特異コホモロジー」)を表し、$H_k(X):=H_k(X;\mathbb{Z})$ と書く。$\mathbb{N}$ は $0$ を含む。
位相空間 $X$ と $k\in\mathbb{N}$ に対し、有理数係数のホモロジー群 $H_k(X;\mathbb{Q})$ の $\mathbb{Q}$ 上の次元
$$
b_k(X):=\dim_{\mathbb{Q}}H_k(X;\mathbb{Q})\in\mathbb{N}\cup\{\infty\}
$$
を $X$ の $k$ 次の Betti 数($k$-th Betti number)という。すべての $b_k(X)$ が有限で、有限個の $k$ を除いて $0$ であるとき、$X$ は 有限型 であるといい、多項式
$$
P_X(t):=\sum_{k\ge0}b_k(X)\,t^k
$$
を $X$ の Poincaré 多項式(Poincaré polynomial)という。
Betti 数はホモロジー群の同型類だけで決まるので、同相な空間、さらにホモトピー同値な空間の Betti 数は等しい(ホモトピー同値写像はホモロジーの同型を誘導する。Hat02 Corollary 2.11)。Euler標数 の定義「ホモロジーによる Euler 標数」は、$H_n(X)$ が有限生成のときの階数 $\operatorname{rank}H_n(X)$ を $n$ 次の Betti 数と呼んでいる。次の節の thm-betti-characterizations の 1 により、この 2 つの呼び方は食い違わない。
Betti 数は整係数のホモロジー、有理数係数のコホモロジー、微分形式の de Rham コホモロジーのどれからも読み取れる。そのための代数的な準備を 2 つ置く。有限生成アーベル群 $A$ は、有限群 $T(A)$(捩れ部分群)と $\mathbb{Z}^r$ の直和 $A\cong T(A)\oplus\mathbb{Z}^r$ に分かれ、この $r$ を $A$ の階数 $\operatorname{rank}A$ という(自由アーベル群 の系「有限生成アーベル群の捩れ部分の分離」、Euler標数 の補題「階数の性質」)。
有限生成アーベル群 $A$ について $\dim_{\mathbb{Q}}(A\otimes_{\mathbb{Z}}\mathbb{Q})=\operatorname{rank}A$ である。
テンソル積は直和と交換するので $A\otimes\mathbb{Q}\cong(T(A)\otimes\mathbb{Q})\oplus(\mathbb{Z}\otimes\mathbb{Q})^r$ であり、$\mathbb{Z}\otimes\mathbb{Q}\cong\mathbb{Q}$ である。$m:=\lvert T(A)\rvert$ とおくと、$t\in T(A)$ と $q\in\mathbb{Q}$ について $mt=0$ なので
$$
t\otimes q=t\otimes m\cdot\frac qm=mt\otimes\frac qm=0
$$
となり、$T(A)\otimes\mathbb{Q}=0$ である。よって $A\otimes\mathbb{Q}\cong\mathbb{Q}^r$ である。$\square$
アーベル群の鎖複体 $(C_\bullet,\partial)$ について、$H_k(C_\bullet\otimes\mathbb{Q})\cong H_k(C_\bullet)\otimes\mathbb{Q}$ である。とくに任意の位相空間 $X$ について $H_k(X;\mathbb{Q})\cong H_k(X)\otimes\mathbb{Q}$ である。
$\mathbb{Q}$ は平坦 $\mathbb{Z}$ 加群なので、関手 $-\otimes\mathbb{Q}$ は完全列を完全列に写す(平坦加群 の命題「完全関手としての言い換え」と例「局所化と有理数」)。$Z_k:=\ker\partial_k$、$B_k:=\operatorname{im}\partial_{k+1}$ とおく。完全列 $0\to Z_k\to C_k\xrightarrow{\partial_k}C_{k-1}$ に $-\otimes\mathbb{Q}$ を施しても完全なので $Z_k\otimes\mathbb{Q}=\ker(\partial_k\otimes1)$ であり、$C_{k+1}\to B_k\to0$ と $0\to B_k\to C_k$ も完全のままなので $B_k\otimes\mathbb{Q}=\operatorname{im}(\partial_{k+1}\otimes1)$ である。最後に $0\to B_k\to Z_k\to H_k(C_\bullet)\to0$ から $H_k(C_\bullet)\otimes\mathbb{Q}\cong(Z_k\otimes\mathbb{Q})/(B_k\otimes\mathbb{Q})=H_k(C_\bullet\otimes\mathbb{Q})$ が従う。後半は $C_\bullet$ を $X$ の特異鎖複体にとればよい($H_k(X;\mathbb{Q})$ は定義により $C_\bullet(X)\otimes\mathbb{Q}$ のホモロジーである)。$\square$
$X$ を位相空間、$k\in\mathbb{N}$ とする。
1 は lem-betti-flat と lem-betti-rank-tensor による。2:特異コホモロジー の定理「普遍係数定理」により、体係数では $H^k(X;\mathbb{Q})\cong\operatorname{Hom}_{\mathbb{Q}}(H_k(X;\mathbb{Q}),\mathbb{Q})$ である。有限次元のベクトル空間とその双対空間(双対空間(線形代数))の次元は等しく、無限次元のベクトル空間の双対空間は無限次元である。3:$C_\bullet(X)\otimes_{\mathbb{Z}}F\cong(C_\bullet(X)\otimes_{\mathbb{Z}}\mathbb{Q})\otimes_{\mathbb{Q}}F$ であり、$\mathbb{Q}$ 上のベクトル空間の間の完全列に $-\otimes_{\mathbb{Q}}F$ を施しても完全(ベクトル空間は基底をもつので自由、したがって平坦)なので、lem-betti-flat の証明と同じ議論で $H_k(X;F)\cong H_k(X;\mathbb{Q})\otimes_{\mathbb{Q}}F$ となり、$\dim_F(V\otimes_{\mathbb{Q}}F)=\dim_{\mathbb{Q}}V$ である。コホモロジーについては 2 と同じ議論を $F$ 上で行う。4:de Rhamの定理 の定理「de Rham の定理」により $H^k_{dR}(X)\cong H^k(X;\mathbb{R})$ であり、3 による。$\square$
2 で両者の値が等しいと言えるのは有限の場合で、無限の場合は、次元を濃度として比べると一致しないことがある。可算無限個の円周の一点和 $X=\bigvee_{i\in\mathbb{N}}S^1$ では $H_1(X)$ は $\mathbb{Z}$ の可算個の直和なので(Euler標数 の例「反例:無限個の円周のウェッジ和」)、$H_1(X;\mathbb{Q})$ は可算次元で、その双対 $H^1(X;\mathbb{Q})\cong\mathbb{Q}^{\mathbb{N}}$ は非可算次元である(可算次元の $\mathbb{Q}$ ベクトル空間は可算集合だが、$\mathbb{Q}^{\mathbb{N}}$ は $\{0,1\}^{\mathbb{N}}$ を含むので非可算である)。Betti 数をホモロジーで定義したのはこのためである。
$b_0(X)$ は $X$ の弧状連結成分(弧状連結空間)の個数に等しい(無限個なら $b_0(X)=\infty$ である)。とくに $X$ が空でなく弧状連結なら $b_0(X)=1$ である。
$H_0(X)$ は弧状連結成分ごとに 1 つずつの $\mathbb{Z}$ の直和である(Hat02 Proposition 2.7)。lem-betti-flat により $H_0(X;\mathbb{Q})\cong H_0(X)\otimes\mathbb{Q}$ は成分ごとに 1 つずつの $\mathbb{Q}$ の直和で、その次元は成分の個数である。コホモロジーの側では、特異コホモロジー の命題「0 次コホモロジーと弧状連結成分」の $H^0(X;\mathbb{Q})\cong\prod_{\pi_0(X)}\mathbb{Q}$ が、成分が有限個のとき同じ次元を与える。$\square$
$X$ を有限 CW複体 とし、$n$ 胞体の個数を $c_n$ とする。このとき $X$ は有限型で、$k>\dim X$ なら $b_k(X)=0$ であり、
$$
\chi(X)=\sum_{k\ge0}(-1)^kb_k(X)=\sum_{n\ge0}(-1)^nc_n,\qquad\text{すなわち}\quad\chi(X)=P_X(-1)
$$
である。
Euler標数 の系「2 つの Euler 標数は一致する」により、$H_n(X)$ はすべて有限生成で $n>\dim X$ では $0$ であり、$\sum_n(-1)^nc_n=\sum_n(-1)^n\operatorname{rank}H_n(X)$ である。thm-betti-characterizations の 1 により $\operatorname{rank}H_n(X)=b_n(X)$ である(Hat02 Theorem 2.44 も同じ等式を述べる)。$\square$
Euler 標数は胞体の数え方からも読めるが、個々の Betti 数は胞体の個数だけでは決まらない。胞体の個数は Betti 数の上界を与えるにとどまる($b_n(X)\le c_n$。胞体鎖複体(Hat02 Lemma 2.34・Theorem 2.35)の $n$ 次の項は階数 $c_n$ の自由アーベル群で、$H_n(X)$ はその部分群の商だからである)。
$X,Y$ を有限 CW 複体とすると
$$
b_k(X\times Y)=\sum_{i+j=k}b_i(X)\,b_j(Y),\qquad\text{すなわち}\quad P_{X\times Y}(t)=P_X(t)\,P_Y(t)
$$
である。
Künneth の定理(Hat02 Theorem 3.15)を係数環 $\mathbb{Q}$ で使う。$H^j(Y;\mathbb{Q})$ は有限次元の $\mathbb{Q}$ ベクトル空間、すなわち有限生成の自由 $\mathbb{Q}$ 加群なので、同定理の仮定がみたされ、クロス積は同型 $\bigoplus_{i+j=k}H^i(X;\mathbb{Q})\otimes_{\mathbb{Q}}H^j(Y;\mathbb{Q})\cong H^k(X\times Y;\mathbb{Q})$ を与える(有限 CW 複体の直積は有限 CW 複体である。Hat02 Theorem A.6)。両辺の次元を比べ、thm-betti-characterizations の 2 でコホモロジーの次元を Betti 数に直せばよい。$\square$
次の表の値は、下の確認のとおり、既知のホモロジー群と上の命題から得られる($n\ge1$、$g\ge0$)。
| 空間 | Betti 数 $b_0,b_1,\dots$ | Poincaré 多項式 | $\chi$ |
|---|---|---|---|
| 一点 | $1$ | $1$ | $1$ |
| 球面 $S^n$ | $b_0=b_n=1$、ほかは $0$ | $1+t^n$ | $1+(-1)^n$ |
| トーラス $T^n=(S^1)^n$ | $b_k=\binom nk$ | $(1+t)^n$ | $0$ |
| 向き付け可能な閉曲面 $\Sigma_g$ | $1,\ 2g,\ 1$ | $1+2gt+t^2$ | $2-2g$ |
| 実射影空間 $\mathbb{RP}^n$($n$ 偶数) | $b_0=1$、ほかは $0$ | $1$ | $1$ |
| 実射影空間 $\mathbb{RP}^n$($n$ 奇数) | $b_0=b_n=1$、ほかは $0$ | $1+t^n$ | $0$ |
| 複素射影空間 $\mathbb{CP}^n$ | $b_{2i}=1$($0\le i\le n$)、奇数次は $0$ | $1+t^2+\cdots+t^{2n}$ | $n+1$ |
一点:特異コホモロジー の例「一点と離散空間」。球面:同記事の例「球面のコホモロジー」を $A=\mathbb{Q}$ で使い、thm-betti-characterizations の 2 による($S^0$ は 2 点なので $b_0=2$)。
トーラス:$P_{S^1}(t)=1+t$ と prop-betti-product により $P_{T^n}(t)=(1+t)^n$ であり、二項定理で $b_k=\binom nk$ となる。
閉曲面:$\Sigma_g$ は $4g$ 角形の辺を $a_1b_1a_1^{-1}b_1^{-1}\cdots a_gb_ga_g^{-1}b_g^{-1}$ の順に貼り合わせた曲面($g=0$ は $S^2$)で、0 胞体 1 つ、1 胞体 $2g$ 個、2 胞体 1 つの CW 構造をもつ(Hat02 Example 2.36)。thm-betti-euler により $b_0-b_1+b_2=1-2g+1$ である。$\Sigma_g$ は連結なので $b_0=1$、向き付け可能な閉曲面なので Poincaré双対 の系「Betti 数の対称性と Euler 標数」から $b_2=b_0=1$、よって $b_1=2g$ である。Hat02 Example 2.36 は胞体境界写像がすべて $0$ であることから $H_1(\Sigma_g)\cong\mathbb{Z}^{2g}$ を直接求めており、一致する。
実射影空間:$H_k(\mathbb{RP}^n)$ は $k=0$ と $k=n$($n$ 奇数)で $\mathbb{Z}$、$0< k< n$ の奇数 $k$ で $\mathbb{Z}/2$、ほかは $0$ である(Hat02 Example 2.42)。thm-betti-characterizations の 1 により $\mathbb{Z}/2$ は Betti 数に寄与しない。
複素射影空間:各偶数次元 $2i\le2n$ に胞体を 1 つずつもつ CW 構造から $H_{2i}(\mathbb{CP}^n)\cong\mathbb{Z}$、ほかは $0$ である(Hat02 §2.2、p. 140)。
微分形式の側から見ると、de Rhamの定理 の例「円周と角形式」「トーラスと周期」は $H^1_{dR}(S^1)=\mathbb{R}[\theta]$、$H^1_{dR}(T^2)=\mathbb{R}[dx]\oplus\mathbb{R}[dy]$ を与え、$b_1(S^1)=1$、$b_1(T^2)=2$ と一致する(thm-betti-characterizations の 4)。
$M$ を向き付け可能な $n$ 次元の閉多様体(コンパクトで境界のない多様体)とする。
1 は Poincaré双対 の系「Betti 数の対称性と Euler 標数」の 1 である(そこでは $b_k$ を $\dim_{\mathbb{Q}}H^k(M;\mathbb{Q})$ で定めているが、コンパクトな多様体のホモロジーは有限生成なので(同記事の系「体係数の非退化対」の証明)、thm-betti-characterizations の 2 により一致する)。2:連結なら prop-betti-zero により $b_0=1$ なので、1 から $b_n=1$ である。滑らかなら thm-betti-characterizations の 4 により $\dim H^n_{dR}(M)=1$ であり、Stokesの定理 の系「閉多様体上の積分と完全形式」の 2 により、そのような $n$ 形式 $\nu$ の類は $0$ でないので $H^n_{dR}(M)$ を張る。$\square$
2 の後半は、積分 $\int_M\colon H^n_{dR}(M)\to\mathbb{R}$ が同型であることを意味する(積分は類だけで決まり、$[\nu]$ で $0$ でない)。ほかにも、既存の記事に次のような Betti 数の計算がある。
| 期待すること・外す条件 | 例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| 係数体を標数 $p$ の体にする | $\mathbb{RP}^2$ | 「どの体を係数にしても同じ次元」 |
| 捩れを見る | $\mathbb{RP}^2$($H_1=\mathbb{Z}/2$) | 「Betti 数から整係数ホモロジーが決まる」 |
| Betti 数がホモトピー型を決める | $T^2$ と $S^1\vee S^1\vee S^2$、$\mathbb{CP}^2$ と $S^2\vee S^4$ | 「Betti 数が等しければホモトピー同値」 |
| 有限型 | 可算無限個の円周の一点和 | Betti 数の有限性、$\chi$ と Poincaré 多項式の存在 |
「Betti 数」という名前は、特異ホモロジー以外のコホモロジー理論の次元にも使われる。Weilコホモロジー では、係数体上のコホモロジー $H^n(X)$ の次元を(その理論に関する)Betti 数と呼ぶ。Weil予想 の定理「有理性・関数等式・Riemann 予想の類似・Betti 数」の 4 は、有限体上の多様体が標数 $0$ の滑らかな射影多様体のよい還元なら、合同ゼータ関数 の因子の次数が複素多様体としての Betti 数に等しいことを述べる。コンパクト Kähler 多様体の Hodge 数 $h^{p,q}$ は $b_k=\sum_{p+q=k}h^{p,q}$ により Betti 数を細かく分けたものである(Hodge分解 の命題「Hodge 数の関係」)。
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