線形結合(linear combination)とは、ベクトルを有限個選び、それぞれを係数でスカラー倍して足したものである。任意の集合からの線形結合も使用するベクトルは有限個に限る。この有限性をもとに、線形方程式の可解性、一次独立な表示の一意性、線形写像による保存を説明し、ノルム空間の閉線形包や無限級数との違いを明らかにする。
ベクトル $v_1,\ldots,v_m$ と係数 $a_1,\ldots,a_m$ を選び、$a_1v_1+\cdots+a_mv_m$ と足し合わせたものを線形結合(linear combination)、または一次結合という。例えば実平面では $(3,1)=2(1,0)+(1,1)$ なので $(3,1)$ は $(1,0)$ と $(1,1)$ の線形結合である。「あるベクトルが与えられたベクトル族の線形結合で書けるか」は、連立一次方程式が解けるかという問いと同じである。係数の選び方が一通りかどうかは一次独立と結び付く(Axl24LC §2A)。
線形結合で最も大切なのは有限個だけを足すという約束である。候補のベクトルが無限個あっても、一つの線形結合を作るときに使うのは有限個に限る。無限に足した式は、それが収束するときに初めて級数として意味を持ち、通常の線形結合とは別の概念になる。この区別は、無限次元の関数空間や数列空間で明確に現れる。
この記事では線形結合という演算に焦点を当てる。その全体がなす線形包と「最小の部分空間」という性質は部分空間で、一次独立・基底の一般論はそれぞれの記事で扱う。ここでは、係数の有限性が何を保証するか、表示をどう調べるか、位相を入れたとき何が変わるかを詳しく述べる。
$K$ を体、$V$ を $K$ 上のベクトル空間とする。ベクトル $v_1,\ldots,v_m\in V$ と係数 $a_1,\ldots,a_m\in K$ に対して、$\sum_{i=1}^{m}a_iv_i$ を $v_1,\ldots,v_m$ の線形結合という。同じベクトルを何度選んでもよく、係数には $0$ も許す。$m=0$ の空和は零ベクトル $0_V$ と定める。この約束により空集合の線形包は $\{0_V\}$ になる(Axl24LC Definition 2.4)。
$S\subset V$ とする。$x\in V$ が $S$ の線形結合であるとは、ある非負整数 $m$、ベクトル $s_1,\ldots,s_m\in S$、係数 $a_1,\ldots,a_m\in K$ を選んで $x=\sum_{i=1}^{m}a_is_i$ と書けることである。$m=0$ の場合の値は $0_V$ とする。$S$ の線形結合全体を $\operatorname{span}_K(S)$ と書く。
集合 $S$ が無限でも、この定義には「ある有限個を選ぶ」という存在量化が入っている。添字集合 $I$ で番号を付けた族 $(v_i)_{i\in I}$ なら、係数族 $(a_i)_{i\in I}$ のうち $a_i\ne0$ となる添字が有限個であるとして $\sum_{i\in I}a_iv_i$ と書いてよい。この和は実際には有限和であり、$V$ に距離やノルムがなくても定義できる。無限個の非零係数を許すには、和の順序や収束の定義を別に与えなければならない。
「$x$ は $S$ の線形結合である」と「$x\in\operatorname{span}_K(S)$」は同値な言い方である。ただし一つの $x$ の表示は一般に一意でない。例えば $e_1=(1,0),e_2=(0,1),e_3=(1,1)$ なら $e_3=1e_3=1e_1+1e_2$ という二つの表示を持つ。族に重複や零ベクトルが含まれる場合にも係数の自由度が生じる。集合と、重複を許す列・族とを区別する必要があるのはこのためである。
$K^2$ で $S=\{(1,0),(1,1)\}$ とすると、任意の $(x,y)$ は $(x-y)(1,0)+y(1,1)$ と書けるので、$S$ の線形結合全体は $K^2$ である。$S=\{(1,0)\}$ なら得られるのは $(a,0)$ だけである。$S=\emptyset$ なら使えるベクトルは一つもなく、空和だけが許されるため線形結合全体は $\{(0,0)\}$ になる。
この例で係数を見つける操作は、座標の各成分を等しくする方程式を解くことだった。一般の有限次元空間でも、列ベクトルを並べた行列を作れば同じ計算になる。一方、無限次元空間では全ベクトルに共通する有限の列数を用意できるとは限らないが、個々の線形結合は有限という定義はそのまま通用する。
線形結合の係数は、どの体の上で空間を考えるかによって変わる。複素数全体 $\mathbb C$ を複素ベクトル空間と見れば $1$ 一つで全体を張る。実ベクトル空間と見れば $1$ の実係数倍は実軸だけで、$1,i$ の二つを使えば全体を張る。したがって $\operatorname{span}_{\mathbb C}\{1\}=\mathbb C$ だが $\operatorname{span}_{\mathbb R}\{1\}=\mathbb R\subsetneq\mathbb C$ である。同じ集合でも添字に体を付けるのは飾りではない。
体を指定しないまま「$i$ は $1$ の線形結合であるか」と尋ねると答えは定まらない。複素係数なら $i=i\cdot1$ で答えは「はい」、実係数なら答えは「いいえ」である。この違いは複素線形写像と実線形写像の区別にも現れる。複素線形写像は $T(iv)=iT(v)$ を満たすが、実線形写像にはそれを要求しない。係数体を変える操作は、許される線形結合を変える操作でもある。
$K\subset L$ を体の拡大とし、$V$ を $L$ 上のベクトル空間、$S\subset V$ とする。$V$ を $K$ 上の空間とも見たとき、$\operatorname{span}_K(S)\subset\operatorname{span}_L(S)$ である。包含は真になることがある。
$x\in\operatorname{span}_K(S)$ なら $x=\sum_{j=1}^{m}a_js_j$ と書け、各 $a_j\in K$ である。$K\subset L$ だから同じ係数は $L$ にも属し、同じ有限和は $L$ 係数の線形結合である。従って包含が成り立つ。$K=\mathbb R,L=\mathbb C,V=\mathbb C,S=\{1\}$ では $i$ は右辺に属し左辺には属さないから、真の包含も起こる。$\square$
ただし、係数体を変えた後の次元や基底を単純に同一視してはいけない。$\mathbb C$ の実次元は $2$、複素次元は $1$ である。線形結合は選んだ演算と係数体に付随する概念であり、単にベクトルの集合だけで決まるものではない。
固定した列 $v_1,\ldots,v_m$ に対して、同じ $x$ が $\sum a_iv_i$ と $\sum b_iv_i$ の二通りに書けたとする。差を取れば $\sum(a_i-b_i)v_i=0$ である。従って「零ベクトルを作る係数がすべて $0$ に限る」ことが、すべての表示の一意性と一致する。これが一次独立の基本的な読み方である(Axl24LC §2A)。
列 $v_1,\ldots,v_m$ について次は同値である。(i) 零ベクトルを表す線形結合 $\sum a_iv_i=0$ では必ず全係数 $a_i=0$。(ii) $\operatorname{span}_K(v_1,\ldots,v_m)$ の各元は、この列を用いた係数の組をちょうど一つ持つ。
(i) を仮定する。$\sum a_iv_i=\sum b_iv_i$ なら $\sum(a_i-b_i)v_i=0$ だから、(i) より各 $a_i-b_i=0$、すなわち $a_i=b_i$ である。線形包の元には定義から少なくとも一つ表示があるので (ii) が従う。逆に (ii) を仮定し $\sum a_iv_i=0$ とする。零ベクトルは全係数を $0$ とする表示も持つ。二つの表示の一意性から各 $a_i=0$ であり (i) が従う。$m=0$ でも空の係数組はただ一つなので同じ議論が成立する。$\square$
一次従属な列でも、線形結合で書ける元の集合は問題なく定義できる。失われるのは係数表示の一意性である。例えば $(1,0),(2,0)$ の線形結合で $(3,0)$ を作るには $a+2b=3$ を満たす任意の $(a,b)$ が使え、$(3,0)=3(1,0)+0(2,0)=1(1,0)+1(2,0)$ となる。ベクトルを一つ増やしても表せる元が増えないとき、その追加ベクトルは元の族の線形結合だったという見方ができる。
$S\subset V$、$w\in V$ とする。$\operatorname{span}_K(S\cup\{w\})=\operatorname{span}_K(S)$ となることと、$w\in\operatorname{span}_K(S)$ であることは同値である。
等号が成り立てば $w=1w$ は左辺に属するため右辺に属する。逆に $w=\sum_{j=1}^{r}b_js_j$ と書けるとする。$S\cup\{w\}$ の任意の線形結合に含まれる $w$ の項 $aw$ を、この有限和 $\sum ab_js_j$ に置き換えられる。置換後も有限和だから $\operatorname{span}_K(S)$ に入る。逆の包含は $S\subset S\cup\{w\}$ から直ちに従う。$\square$
この命題は、基底を求める際に余分なベクトルを消していく操作の基礎である。ただし「新しいベクトルが元の族の極限として近づけられる」だけでは、有限線形結合で書けるとは限らない。その差は後で閉線形包の例で見る。
$K^n$ のベクトル $v_1,\ldots,v_m$ を列に並べ、$n\times m$ 行列 $A=(v_1\ \cdots\ v_m)$ を作る。係数を縦ベクトル $a=(a_1,\ldots,a_m)^{\mathsf T}$ にすれば、$Aa=\sum_{j=1}^{m}a_jv_j$ である。従って $x$ が列の線形結合かどうかは、連立一次方程式 $Aa=x$ の解の有無と一致する。解が複数あれば同じ $x$ に複数の係数表示があり、解が一つならその表示は一意である。
$A$ の列を $v_1,\ldots,v_m$ とすると、$Aa=x$ が可解であることと $x\in\operatorname{span}_K\{v_1,\ldots,v_m\}$ は同値である。さらに、可解なとき解が一意であることと、$A$ の核が $\{0\}$ であることは同値である。
行列積の定義より $Aa=\sum_j a_jv_j$ なので前半が従う。$a_0$ が一つの解なら、任意の $h$ に対して $A(a_0+h)=x$ となることと $Ah=0$ は同値である。従って解全体は $a_0+\ker A$ であり、解が一意であることと $\ker A=\{0\}$ は同値である。$m=0$ の場合には $A$ は列を持たない写像 $K^0\to K^n$ で、像は $\{0\}$、核は $\{0\}$ と読めば同じ結論になる。$\square$
例えば $A=\begin{pmatrix}1&1\\1&-1\end{pmatrix}$ で $x=(p,q)^{\mathsf T}$ とする。$Aa=x$ は $a_1+a_2=p$、$a_1-a_2=q$ だから、$a_1=(p+q)/2$、$a_2=(p-q)/2$ である。ただしこの計算には $2$ が可逆であることが必要で、標数 $2$ の体では同じ行列の二列が等しくなる。この例も、係数体が変われば表示可能性と一意性が変わることを示す。$K=\mathbb R$ や $\mathbb C$ では任意の $x$ に一意の表示がある。
解の存在だけを知りたいときは拡大係数行列を掃き出し法で処理すればよい。自由変数があれば表示は複数になり、矛盾する行が現れればその $x$ は列の線形結合ではない。具体的な掃き出し計算は連立1次方程式で扱う。ここでの概念的な対応は、行列の像が列の線形包に等しい、という一文で表せる。
線形写像は、有限線形結合を保つ写像である。$T:V\to W$ が線形なら $T(\sum a_iv_i)=\sum a_iT(v_i)$。逆に、すべての二項の線形結合についてこの等式を満たせば、加法とスカラー倍を保つので線形写像である。有限和に限るから、線形写像の定義だけで帰納的に等式が導ける。無限級数の極限を $T$ の外へ出すには別途連続性が必要になる。
$T:V\to W$ を $K$ 線形写像、$S\subset V$ とする。このとき $T(\operatorname{span}_K(S))=\operatorname{span}_K(T(S))$ である。
$x\in\operatorname{span}_K(S)$ なら $x=\sum_{j=1}^{m}a_js_j$ と書ける。線形性から $T(x)=\sum a_jT(s_j)$ なので、左辺は右辺に含まれる。逆に $y\in\operatorname{span}_K(T(S))$ なら $y=\sum_{j=1}^{m}a_jT(s_j)=T(\sum a_js_j)$ と書け、括弧内は $\operatorname{span}_K(S)$ に属する。従って右辺も左辺に含まれる。空和の場合は線形写像が零ベクトルを零ベクトルへ送ることによる。$\square$
この等式は $T$ が単射でも全射でも成立する。例えば $T$ がいくつかのベクトルを同じ像へ潰せば、像側の係数表示はさらに一意でなくなるかもしれない。それでも「作れるベクトルの集合」は、先に線形結合してから写す方法と、各ベクトルを写してから線形結合する方法で一致する。行列の列の例は、$T:K^m\to K^n$ を $T(a)=Aa$ とした特別な場合である。
$K[X]$ を一変数多項式全体とする。$1,X,X^2,\ldots$ は無限個あるが、各多項式 $p(X)=a_0+a_1X+\cdots+a_dX^d$ は、そのうち有限個の線形結合である。従って $K[X]=\operatorname{span}_K\{1,X,X^2,\ldots\}$。この族は無限であり、どの有限部分集合も全多項式を張れない。有限個の冪しか使わなければ次数に上限ができるからである。ここでは空間全体が無限次元でも、個々の元の表示には有限性が残る。
数列の例でも同じことが分かる。$e_n$ を第 $n$ 成分だけ $1$、他を $0$ とする数列とする。$e_n$ の有限線形結合は、非零成分が有限個しかない数列であり、その全体を $c_{00}$ と書く。例えば $(1,1/2,1/3,\ldots)$ は非零成分が無限個あるため、$e_n$ の線形結合ではない。たとえ何らかの収束の意味で部分和がこの数列へ近づいても、定義で要求した有限和には変わらない。
線形結合の係数族の「有限個だけ非零」を有限台という。添字集合がどれほど大きくても、この条件なら和の順序を気にしなくてよい。有限個のベクトルの和はベクトル空間の公理だけで決まるからである。対して無限和には、どの有限部分和をどう極限に送るかが問題になる。可算列なら級数、一般の添字集合なら有限部分集合を増やすネットなどが考えられるが、それぞれ追加の位相と収束条件を要する。
任意の集合 $S\subset V$ に対して、$x\in\operatorname{span}_K(S)$ であることと、ある有限部分集合 $F\subset S$ が存在して $x\in\operatorname{span}_K(F)$ となることは同値である。
左辺を仮定し $x=\sum_{j=1}^{m}a_js_j$ と書く。$F=\{s_1,\ldots,s_m\}$ は有限集合であり、同じ表示は $F$ の線形結合だから右辺を満たす。逆向きは $F\subset S$ によって $F$ の任意の線形結合が $S$ の線形結合にもなることから従う。$m=0$ なら $F=\emptyset$ と取ればよい。$\square$
この命題は「すべての元を同じ有限集合で表せる」とは言っていない。多項式空間では、多項式ごとに必要な最高冪が異なる。有限台という条件は一つの元ずつの性質であり、空間全体が有限次元であるという性質と混同してはならない。
ノルムを備えた空間では、有限線形結合の極限まで含めた閉線形包を考える。記号 $\overline{\operatorname{span}_K(S)}$ は、線形結合全体のノルム位相での閉包を表す。一般には $\operatorname{span}_K(S)$ より大きい。線形結合そのものの定義に極限を入れるわけではない。閉包を取る操作を後から明示的に行うのである(Axl20LC Chapters 8, 10)。
$V$ をノルム空間、$S\subset V$ とする。$\overline{\operatorname{span}_K(S)}$ は $S$ を含む最小の閉部分空間である。
$M=\operatorname{span}_K(S)$ と置く。$x,y\in\overline M$ なら、ノルム空間は距離空間なので $x_n,y_n\in M$ で $x_n\to x$、$y_n\to y$ となる列を選べる。$M$ は部分空間ゆえ $x_n+y_n\in M$、$ax_n\in M$ であり、和とスカラー倍の連続性から $x_n+y_n\to x+y$、$ax_n\to ax$。従って $\overline M$ は部分空間で、定義から閉じており $S$ を含む。任意の閉部分空間 $N$ が $S$ を含めば、$N$ はその有限線形結合をすべて含むので $M\subset N$。$N$ が閉じているため $\overline M\subset N$ であり最小性が従う。$\square$
具体例として $\ell^2$ の標準単位ベクトル $e_n$ を取る。その有限線形結合全体は $c_{00}$ である。$x=(x_1,x_2,\ldots)\in\ell^2$ に対し $x^{(N)}=(x_1,\ldots,x_N,0,0,\ldots)$ は有限線形結合で、$\|x-x^{(N)}\|_2^2=\sum_{n>N}|x_n|^2\to0$。従って $\overline{c_{00}}=\ell^2$。しかし例えば $(2^{-n})_{n\ge1}$ は $\ell^2$ に属して非零成分が無限個なので $c_{00}$ に属さない。すなわち $c_{00}\subsetneq\ell^2$ である。
この例で $\sum_{n=1}^{\infty}2^{-n}e_n$ と書けるのは、右辺を有限部分和のノルム極限として解釈した場合である。元の線形結合の定義に無限和を持ち込んだのではない。基底をめぐる議論でも、有限線形結合で全元を表す代数的基底と、適切な収束を許す解析的な展開とを区別する。関数解析では閉線形包が空間全体となることを「稠密に張る」ともいうが、それは等号 $\operatorname{span}(S)=V$ より弱い条件である。
実数を係数体とする空間で、$\sum_{i=1}^{m}a_iv_i$ に $\sum a_i=1$ という条件を加えたものをアフィン結合という。さらに各 $a_i\ge0$ も要求したものを凸結合という。どちらも線形結合の特別な場合だが、線形結合そのものは係数の総和や符号に制限がない。二点 $u,v$ に対する $(1-t)u+tv$ はアフィン結合であり、$0\le t\le1$ なら両点を結ぶ線分上の凸結合である。$t=2$ なら同じ式は線分の外側へ出る。
この区別は座標原点を移したときに分かりやすい。すべての $v_i$ を $v_i+b$ に変えると、線形結合の値は $\sum a_iv_i+(\sum a_i)b$ へ変わる。係数の総和が $1$ なら値も $b$ だけ平行移動し、点の位置関係として意味を持つ。総和がそれ以外なら一般に同じ振る舞いをしない。したがってアフィン結合は原点を選ばないアフィン空間の議論に自然に現れ、非負性をさらに課した凸結合は幾何的な内側を捉える。
実直線で $u=0,v=1$ を取る。任意の線形結合 $a u+b v=b$ は $\mathbb R$ 全体を走る。$a+b=1$ を課したアフィン結合も $b$ を自由に選べるので $\mathbb R$ 全体を走る。さらに $a,b\ge0$ を課した凸結合は $0\le b\le1$ だから区間 $[0,1]$ に限られる。この例では線形結合とアフィン結合の到達集合が偶然一致するが、許される係数の組は異なる。
零ベクトルと線形結合の関係にも注意する。どんなベクトル族からも全係数を $0$ とすれば零ベクトルを作れる。しかし、零ベクトルを作る係数が零だけかは別問題で、一次独立性を決める。空集合からも空和として零ベクトルが得られるので、「線形結合が作れるなら少なくとも一つのベクトルを使った」という推論も正しくない。
「線形結合」は線形写像と関係するが、一般の関数の合成やベクトルの積ではない。$av+bw$ では $a,b$ が係数体の元、$v,w$ が同じベクトル空間の元であり、許されるのはスカラー倍と和である。行列同士を掛けた $AB$ は通常の意味で行列 $A,B$ の線形結合ではない。もちろん行列全体もベクトル空間なので $aA+bB$ なら線形結合である。対象と演算を明確にすれば用語の混乱を避けられる。
線形包に含まれるかという問いは「表示が存在するか」を問うだけで、「表示が一意か」は問わない。前者は $Aa=x$ の可解性、後者は解の自由度の問題である。候補を増やすと可解な $x$ は増えるか同じだが、係数の一意性は失われることがある。例えば $K^2$ の標準的な二ベクトルにその和を追加しても張る範囲は変わらず、表示だけが多重になる。
無限個の候補を持つときは、線形包と閉線形包を取り違えない。$\ell^2$ の例では各 $e_n$ の有限和が作る $c_{00}$ は、ノルムで任意の $\ell^2$ 元へ近づけるが、全体とは等しくない。極限を使う議論には位相を明記する必要がある。位相がない代数的ベクトル空間では「収束する無限線形結合」という語にはまだ意味がない。
この記事の命題の仮定を一つずつ外すと、次のように結論が崩れる。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| 一次独立(零の表示が自明なものだけ) | $(1,0),(2,0)$ で $(3,0)$ を表す | 係数の組が一つに定まること |
| $2$ が可逆であること(係数体の標数) | $\mathbb F_2$ 上の $\begin{pmatrix}1&1\\1&-1\end{pmatrix}$ | すべての $x$ が列の線形結合で書けること |
| 係数体が大きいこと | $\mathbb C$ を $\mathbb R$ 上で見て $S=\{1\}$ | $i$ が $1$ の線形結合であること |
| 有限和であること(極限を許さない) | $\ell^2$ の $e_n$ と $w=(2^{-n})_{n\ge1}$ | $w$ を加えても線形包が変わらないこと |
| 空間が有限次元であること | $c_{00}\subset\ell^2$ | 線形包が閉集合であること |
$(1,0),(2,0)\in\mathbb R^2$ は $2(1,0)-(2,0)=0$ という自明でない零の表示を持ち、一次独立でない。このため $(3,0)=3(1,0)+0(2,0)=1(1,0)+1(2,0)$ と二通りに書ける。破る仮定は命題「線形結合の係数が一意になる条件」の (i) で、崩れる結論は (ii) の一意性である。
$K=\mathbb F_2$ では $-1=1$ なので、節「行列と連立一次方程式」の行列は $A=\begin{pmatrix}1&1\\1&1\end{pmatrix}$ となり、二列が等しい。$Aa=(1,0)^{\mathsf T}$ は $a_1+a_2=1$ と $a_1+a_2=0$ を同時に要求するので解がなく、$(1,0)$ は列の線形結合でない。命題「行列の列の線形結合と解の存在」により $(1,0)\notin\operatorname{span}$ である。$\mathbb R$ 上で解 $a_1=(p+q)/2$、$a_2=(p-q)/2$ を得た計算は $2$ の逆元を使っており、破る仮定は「$2$ が可逆」である。
$\mathbb C$ を $\mathbb R$ 上の空間と見ると、$\operatorname{span}_{\mathbb R}\{1\}=\{a\cdot1:a\in\mathbb R\}=\mathbb R$ で、$i\notin\mathbb R$ だから $i$ は $1$ の実係数の線形結合でない。$\mathbb C$ 上なら $i=i\cdot1$ である。命題「係数体を拡大すると線形包は広がる」の包含が真になる例であり、「線形結合で書けるか」は係数体を指定しないと決まらない。
$\ell^2$ で $S=\{e_n:n\ge1\}$、$w=(2^{-n})_{n\ge1}$ とする。$w$ の部分和 $\sum_{n\le N}2^{-n}e_n$ は $S$ の線形結合で、$\|w-\sum_{n\le N}2^{-n}e_n\|_2^2=\sum_{n>N}4^{-n}\to0$ だから $w$ は $\operatorname{span}(S)=c_{00}$ の元の極限である。しかし $w$ の非零成分は無限個なので $w\notin c_{00}$ で、命題「追加しても線形包が変わらない条件」により $\operatorname{span}(S\cup\{w\})\ne\operatorname{span}(S)$ である(実際 $w$ は左辺にだけ入る)。破る仮定は「$w\in\operatorname{span}_K(S)$」、代わりに使った「極限として近づけられる」は線形結合の有限和の条件を満たさない。
同じ例で $c_{00}$ は $\ell^2$ の部分空間だが閉集合でない(閉包 $\ell^2$ が $w$ を含む)。有限次元のノルム空間では部分空間はすべて閉じているので、この現象は「空間が有限次元」という仮定を外したときに起こる。
Axl24LC の Section 2A は有限線形結合、線形包、一次独立を定義し、空列の線形包も扱う。本稿の有限和と表示の議論はこの標準的な定義に従う。Axl20LC の Banach 空間・Hilbert 空間の章はノルムによる閉包と無限次元空間の背景に用いた。$c_{00}$ が $\ell^2$ に稠密である証明は本文で直接与えた。
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