代数閉包(algebraic closure)とは、体に代数的な元だけを付け加えて得る代数閉体である。どの体にも存在し、元の体上の同型を除いて一意だが、その同型は一般に一意ではない。任意の代数拡大は固定した代数閉包へ埋め込める。例えば複素数の中の代数的数の全体は $\mathbb{Q}$ の代数閉包で、$\mathbb{C}$ は $\mathbb{R}$ の代数閉包であり、有限体 $\mathbb{F}_p$ の代数閉包は有限体 $\mathbb{F}_{p^n}$ たちの合併として得られる。
体 $F$ の多項式 $X^2+1$ は、$F=\mathbb R$ なら根を持たず、$F=\mathbb C$ なら持つ。根を付け加える操作を一つの多項式について行うだけでは、別の多項式にまだ根が足りないかもしれない。代数閉包は、$F$ から代数的な元だけを付け加え、もはや非定数多項式の根を付け加える必要がないところまで広げた体である。ここで対象は「代数閉じているという性質を持つ体」一般ではなく、指定された $F$ を含む拡大体である。
この違いは具体例で見える。$\mathbb C$ は代数閉体だが、$\mathbb Q$ の代数閉包ではない。$\mathbb C/\mathbb Q$ には超越的な元も含まれるからである。$\mathbb C$ の中で $\mathbb Q$ 上代数的な元だけを集めた $\overline{\mathbb Q}$ が、$\mathbb Q$ の代数閉包となる。一方、$\mathbb C/\mathbb R$ は代数的な拡大なので、$\mathbb C$ は $\mathbb R$ の代数閉包である。元の体に対する相対的な条件が、両者を分ける。
拡大体 $L/F$ の元 $\alpha$ が $F$ 上代数的であるとは、$\alpha$ を根とする $F[X]$ の非零多項式があることである。すべての元がそうなら $L/F$ は代数拡大という。$L$ が代数閉体であるとは、$L[X]$ の任意の非定数多項式が $L$ に根を持つことである。後者の同値条件や一般的な例は代数閉体で扱う。
体 $F$ の拡大体 $\Omega/F$ が代数閉包(algebraic closure)であるとは、$\Omega/F$ が代数拡大であり、かつ $\Omega$ が代数閉体であることである。選んだ一つの代数閉包を $\overline F$ と表す。
代数閉包に入る元はすべて $F$ 上代数的であり、しかも代数閉包を係数体にする多項式はすべて一次式の積に分解する。この二条件は両方必要である。前者を外すと、$\mathbb C/\mathbb Q$ も該当してしまう。後者を外すと、$\mathbb Q(i)/\mathbb Q$ のように $F$ 上代数的ではあるが、まだ $X^2-2$ の根が足りない拡大も該当してしまう。どれか一つの多項式の分解体とも区別する。分解体は有限個の根を加えるだけでよく、一般に他の多項式の根までは含まない。
「最小の代数閉体」と言うこともあるが、この語は包含関係を固定せずに用いると曖昧になる。正確には、$\Omega/F$ が代数閉包で $\Omega$ 内の $F$ を含む代数閉部分体 $L$ があれば、$L=\Omega$ である。実際 $\Omega/F$ が代数的なので $\Omega/L$ も代数的であり、代数閉体 $L$ は真の代数拡大を持たないからである。この主張は固定された $\Omega$ の中での最小性であり、異なる体の集合としての等号を意味しない。
$F\subset\Omega$ を体の拡大とし、$\Omega$ が代数閉体だとする。$A=\{\alpha\in\Omega:\alpha\text{ は }F\text{ 上代数的}\}$ と置くと、$A$ は $\Omega$ の部分体であり、$F$ の代数閉包である。
$F$ の元は $X-a$ を零にするから $F\subset A$。$\alpha,\beta\in A$ のとき、$F(\alpha,\beta)/F$ は有限次拡大である。これは $\alpha$ を加えた拡大が有限次であり、その上へさらに $\beta$ を加えても有限次で、拡大次数が乗法的だからである。従って $\alpha+\beta,\alpha-\beta,\alpha\beta$ と $\beta\ne0$ のときの $\alpha/\beta$ はすべて $F$ 上代数的である。よって $A$ は部分体になる。
$g\in A[X]$ を非定数とする。その係数は有限個なので、係数をすべて含むある有限次拡大 $E/F$ を $A$ 内で作れる。$\Omega$ が代数閉体だから $g$ は $\Omega$ 内に根 $\gamma$ を持つ。$\gamma$ は $E$ 上代数的であり、$E/F$ も代数的なので、代数性の推移性から $\gamma$ は $F$ 上代数的である。従って $\gamma\in A$。任意の $g$ に根があるので $A$ は代数閉体である。定義から $A/F$ は代数拡大であり、$A$ は代数閉包となる。
この命題は $\mathbb C$ の中で $\overline{\mathbb Q}$ を具体的に作るときに使う。ただし前提として $\Omega$ の存在が必要である。任意の $F$ を包含する代数閉体をどう確保するかは、次の存在定理で解決する。
任意の体 $F$ に代数閉包が存在する。
$F$ の代数拡大の濃度は $\kappa=\max(|F|,\aleph_0)$ 以下である。なぜなら $F[X]$ の非零多項式は高々 $\kappa$ 個で、各多項式が持ち得る根は高々その次数個だからである。$F$ を含み、濃度が $\kappa$ より大きい集合 $S$ を一つ取る。$F\subset E\subset S$ で、$E$ に体の加法・乗法を与えて $E/F$ を代数拡大にする全ての組を考える。これは $S$ 上の演算を指定する組の集合の部分集合なので、集合である。
組に拡大関係で順序を入れる。すなわち $E\subset E'$ で演算が制限として一致するとき $E\leq E'$ とする。全順序部分集合の和集合は自然に体となる。分母の逆元も、元が属する段階で既に存在し、どの元もどこかの段階で $F$ 上代数的である。従って和集合は同じ種類の組であり、全順序部分集合の上界になる。Zornの補題を適用して極大な代数拡大 $E/F$ を得る。
もし $E$ が代数閉体でなければ、$E[X]$ に次数 $2$ 以上の既約多項式 $P$ がある。商 $E'=E[X]/(P)$ は体で、$P$ の根を一つ含み、$E'/E$ は非自明な有限次拡大となる。代数性の推移性から $E'/F$ も代数拡大で、濃度は $\kappa$ 以下である。$|S|>\kappa$ だから、$E'$ の新しい元を $S\setminus E$ へ写して $E$ 上の包含を保つように体の構造を運べる。すると $S$ 内に $E$ より真に大きい組ができ、極大性に矛盾する。ゆえに $E$ は代数閉体であり、代数閉包である。
集合 $S$ を用意するのは、全ての体の拡大を無制限に集めると集合にならないという集合論上の問題を避けるためである。証明の中核は「まだ根が足りなければ、既約多項式の根を一つ加えて真に広げられる」という構成と、極大元の存在である。ここでの濃度の見積りと極大性の証明は Stacks09GP Theorem 9.10.4 に沿う。存在は代数閉包の特定の記号やモデルを指定しない。後で $\overline F$ と書くときには、一つを選んで固定している。
代数閉包は根を収める十分に大きな体として使える。具体的には、$F$ の代数拡大 $M$ を一つ持っているとき、$\overline F$ を選んであれば $M$ の元を $F$ の元を動かさずに $\overline F$ へ写せる。これは元どうしの加法・乗法を保つ体の単射である。与えられた $M$ があらかじめ $\overline F$ の部分体になっている必要はない。
$\Omega/F$ を代数閉包、$M/F$ を任意の代数拡大とする。このとき $F$ 上の体の埋め込み $\iota:M\hookrightarrow\Omega$ が存在する。
$F\subset E\subset M$ と、$F$ の各元を固定する埋め込み $\varphi:E\hookrightarrow\Omega$ の組を集め、包含と延長で順序を入れる。空でないのは $(F,\operatorname{id}_F)$ があるからである。全順序に並んだ組の和集合は部分体と埋め込みを与える。二つの元に必要な演算は、全順序性によって両者を含む段階で行えるからである。Zornの補題により極大な組 $(E,\varphi)$ を取る。
$E\ne M$ と仮定して $\alpha\in M\setminus E$ を選ぶ。$M/F$ が代数的なので $\alpha$ は $E$ 上も代数的である。その $E$ 上の最小多項式を $P\in E[X]$ とする。係数へ $\varphi$ を適用して得る $P^\varphi\in\varphi(E)[X]\subset\Omega[X]$ は、$\Omega$ が代数閉体なので根 $\beta\in\Omega$ を持つ。$E(\alpha)$ は $E[X]/(P)$ と同型であり、$\varphi(E)(\beta)$ は $P^\varphi$ の根を加えた体である。$\alpha\mapsto\beta$ と $a\mapsto\varphi(a)$ により $\varphi$ は $E(\alpha)\hookrightarrow\Omega$ へ延長される。これは $E$ より真に大きい組なので極大性に反する。従って $E=M$ であり、$\varphi$ が求める埋め込みである。
一つの根の行き先には選択肢がある。$M=F(\alpha)$ なら、$F$ 上の埋め込みは $\alpha$ をその最小多項式の $\Omega$ 内の根へ送ることで定まる。根が複数あれば、異なる埋め込みが生じ得る。例えば $\mathbb Q(\sqrt2)$ の $\mathbb C$ への二つの $\mathbb Q$ 上の埋め込みは、$\sqrt2$ を $\sqrt2$ または $-\sqrt2$ へ送る。両方とも加法と乗法を保ち、$\mathbb Q$ の各元を固定する。埋め込みの存在は、その選択が一意であるという主張ではない。
埋め込み先を固定することにより、複数の代数拡大を同じ体の部分体として比較できる。たとえば $F$ の二つの有限次拡大が抽象的に別々に与えられていても、各々を $\overline F$ に埋め込んだ後、そこで両方を含む最小の部分体、すなわち合成体を考えられる。ただし最初の埋め込みの選び方によって、$\overline F$ 内での部分体の位置は変わり得る。「二つの拡大を合成する」と言うときに閉包の固定と埋め込みの選択を意識するのは、このためである。
$\Omega_1/F$ と $\Omega_2/F$ が二つの代数閉包なら、$F$ 上の体の同型 $\Omega_1\simeq\Omega_2$ が存在する。しかし一般にその同型は一つに定まらない。
前の埋め込み定理を $M=\Omega_1$、埋め込み先を $\Omega_2$ として適用し、$F$ 上の埋め込み $\iota:\Omega_1\hookrightarrow\Omega_2$ を得る。その像 $B=\iota(\Omega_1)$ は $\Omega_1$ と同型なので代数閉体である。一方 $\Omega_2/F$ は代数的で、$F\subset B$ だから $\Omega_2/B$ も代数的である。代数閉体の代数拡大は自明であるため、$B=\Omega_2$。よって $\iota$ は全射でもあり、同型である。
「非標準」とは、結果として同型の存在は保証されるが、それを一意に指定する仕組みがないという意味である。実際、$\mathbb Q$ の代数閉包 $\overline{\mathbb Q}\subset\mathbb C$ には、$a+bi\mapsto a-bi$ という複素共役の制限が作用する。$\overline{\mathbb Q}$ は共役で保たれ、この写像は $\mathbb Q$ を固定し、$i$ を $-i$ へ送るので恒等写像ではない。従って同じ代数閉包から自分自身への同型だけでも複数ある。この違いがGalois理論で自己同型群を研究する理由にもなる。Stacks09GP は、代数閉包は同型を除き一意だが「一意な同型を除き一意」ではないと明記している。
一意性の証明で「像が代数閉体」と言うのは、代数閉体の性質が体の同型で保たれるためである。また $\Omega_2/B$ が代数的なことは、$B$ が $F$ を含み、$\Omega_2$ の全元が $F$ 上代数的だから直ちに従う。代数閉性と代数性の二条件を最後にもう一度用いている。
$\mathbb C$ の中の $\mathbb Q$ 上代数的な元全体を $\overline{\mathbb Q}$ と書く。これは $\mathbb Q$ の代数閉包である。$\sqrt2$、$i$、および有理係数多項式の根は含まれる。一方、$\mathbb C$ のすべての元を含むわけではない。
先に証明した「代数閉体の中での相対的閉包」を $F=\mathbb Q$、$\Omega=\mathbb C$ に適用したものである。$\mathbb C$ が代数閉体であることは代数学の基本定理による。$\overline{\mathbb Q}$ が $\mathbb C$ より小さいことは濃度からも分かる。有理係数の非零多項式は可算個しかなく、一つの多項式の根は有限個なので、代数的数の全体は可算である。これに対し $\mathbb C$ は非可算である。したがって $\mathbb C$ は代数閉体だが $\mathbb Q$ の代数閉包ではない、という最初の注意が具体的に確かめられる。
記号の上線は、実数や複素数の位相的閉包を意味しない。$\overline{\mathbb Q}$ は複素平面の中で稠密な可算集合であり、複素平面の通常の位相について閉集合ではない。実際 $\mathbb Q\subset\overline{\mathbb Q}$ が実軸上で稠密であり、$a+bi$ の $a,b$ を有理数で近似すれば $\mathbb Q(i)\subset\overline{\mathbb Q}$ が複素平面で稠密になる。この二つの「閉包」は、用いている操作自体が異なる。
$\mathbb C=\mathbb R(i)$ は $\mathbb R$ の代数閉包である。$i$ は $X^2+1$ の根だから $\mathbb R$ 上代数的であり、$a+bi$ は $\mathbb R$ 上二次以下の拡大 $\mathbb R(i)$ の元として代数的である。さらに代数学の基本定理で $\mathbb C$ は代数閉体である。従って定義の両条件を満たす。
$\mathbb R$ 自身は $X^2+1$ の根を持たないので代数閉体でなく、閉包を取る操作はここで真に体を大きくする。他方、$\mathbb C$ はすでに代数閉体だから $\mathbb C$ 自身が自分の代数閉包となる。この対照は、代数閉包が元の体に対して相対的なものであることをよく表している。
素数 $p$ に対し、固定した代数閉包 $\Omega$ の中で、位数 $p^n$ の唯一の部分体を $\mathbb F_{p^n}$ と書く。$m\mid n$ なら $\mathbb F_{p^m}\subset\mathbb F_{p^n}$ である。従って
$$
\overline{\mathbb F}_p=\bigcup_{r\geq1}\mathbb F_{p^{r!}}
$$
は体をなし、$\mathbb F_p$ の代数閉包となる。
各元はどこかの有限体 $\mathbb F_{p^{r!}}$ に属するから、$\mathbb F_p$ 上代数的である。逆に $\Omega$ の任意の元 $\alpha$ は有限次拡大 $\mathbb F_p(\alpha)$ に入り、その位数はある $p^n$。十分大きい $r$ で $n\mid r!$ とすれば $\alpha\in\mathbb F_{p^{r!}}$ となる。この和集合は $\Omega$ の全元を含むので $\Omega$ に等しく、代数閉体である。ここで $\mathbb F_{p^n}$ を抽象的な体として別々に選ぶだけでは、互いを部分集合として並べる包含写像が定まらない。まず一つの $\Omega$ の中に置くことで、和集合の意味が定まる。これは有限体と刊行書 Lan02 Chapter V の記述と整合する。
正の標数では、代数閉包に含まれる根がすべて異なるとは限らない。$F=\mathbb F_p(t)$ を考え、代数閉包内で $u^p=t$ となる元 $u$ を取る。標数 $p$ の二項定理により $X^p-t=(X-u)^p$ で、この多項式の根は $u$ 一種類だけである。$u$ は $F$ 上代数的だが、この拡大は分離拡大ではない。一般に代数閉包の中で $F$ 上分離的な元だけを集めた部分体が分離閉包 $F^{\mathrm{sep}}$ である。標数 $0$ の体や有限体などの完全体では、代数的な元は分離的なので $F^{\mathrm{sep}}=\overline F$ となる。$\mathbb F_p(t)$ のような非完全体では、$F^{\mathrm{sep}}$ は真の部分体となり得る。
両者は同じ目的で自由に交換できるわけではない。多項式の根をすべて扱うためには代数閉包が便利だが、自己同型によって根を入れ替えるGalois理論では分離閉包が中心になる。固定した $\overline F$ の中の $F^{\mathrm{sep}}$ に対し $\operatorname{Gal}(F^{\mathrm{sep}}/F)$ が絶対Galois群である。純非分離な根は共役な別の根を持たないため、自己同型群だけでは検出しにくい。$\overline F$ を選ぶことは、その中で $F^{\mathrm{sep}}$ を具体的な部分体として固定することにもなる。異なる閉包を選べば同型を通じて対応するが、同型の選択は先の通り一般には標準的でない。
代数幾何では、係数体 $F$ 上に書いた多項式方程式を $\overline F$ 上で解く。例えば $X^2+1=0$ は $\mathbb R$ 上の解を持たないが、$\overline{\mathbb R}=\mathbb C$ に移せば二点 $i,-i$ を持つ。$\mathbb Q$ 上の $X^2-2=0$ も $\overline{\mathbb Q}$ 上では二点を持つ。この「基礎体の拡大」は方程式そのものの係数を変えずに、点を探す範囲を広げる操作である。Hilbertの零点定理を代数閉体上で述べると、極大イデアルと座標点の対応が明瞭になる。$F$ が代数閉体でないときには、$F$ 上の点だけでなく $\overline F$ 上の幾何学的な点を見ることで、根の不足と図形の性質を分けて考えられる。
ただし $\overline F$ 上の点がすべて $F$ 上の点になるわけではない。先の $X^2-2$ は $\overline{\mathbb Q}$ に二点を持つが $\mathbb Q$ 上には点を持たない。また、代数閉包は多項式の根を含めるための構成であり、解析的な極限をすべて含める完備化ではない。$\overline{\mathbb Q}$ は代数閉体だが、複素数の通常の絶対値から来る距離について完備ではない。これらの「閉じる」操作は問いが異なる。
代数閉包の定義の二条件と、この記事の命題・定理の仮定を一つずつ外すと、次のように結論が崩れる。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| $\Omega/F$ が代数拡大であること | $\mathbb C/\mathbb Q$ | $\Omega$ の中の $F$ を含む代数閉部分体は $\Omega$ 自身に限ること、代数閉包どうしが $F$ 上同型であること |
| $\Omega$ が代数閉体であること | $\mathbb Q(i)/\mathbb Q$ | 任意の代数拡大が $\Omega$ に $F$ 上埋め込めること(代数拡大の埋め込み) |
| 相対的閉包の命題で、大きい体 $\Omega$ が代数閉体であること | $\mathbb Q\subset\mathbb R$ の中の実代数的数の体 | $F$ 上代数的な元全体が $F$ の代数閉包になること |
| 分離閉包と一致させるときの、$F$ が完全体であること | $F=\mathbb F_p(t)$ | $F^{\mathrm{sep}}=\overline F$ |
$\mathbb C$ は代数閉体であり $\mathbb Q$ を含むが、$\mathbb C/\mathbb Q$ は代数拡大でない。有理係数の非零多項式は可算個で、それぞれ根は有限個なので、$\mathbb Q$ 上代数的な複素数は可算個しかなく、非可算な $\mathbb C$ には $\mathbb Q$ 上代数的でない元がある。満たす性質は「代数閉体」、満たさない性質は「$F$ 上代数的」である。
このとき「$\Omega$ 内の $F$ を含む代数閉部分体は $\Omega$ に等しい」が崩れる。例「有理数の代数閉包」の $\overline{\mathbb Q}$ は $\mathbb C$ の中の $\mathbb Q$ を含む代数閉部分体だが、可算なので $\mathbb C$ に等しくない。また $\mathbb C$ と $\overline{\mathbb Q}$ はどちらも $\mathbb Q$ を含む代数閉体だが、濃度が違うので体として同型でない。同型を除いた一意性の定理は、代数性の仮定なしには成り立たない。
$\mathbb Q(i)=\{a+bi: a,b\in\mathbb Q\}$ は $\mathbb Q$ 上 $2$ 次の拡大なので代数拡大である。しかし $X^2-2$ は $\mathbb Q(i)$ に根を持たない。実際 $(a+bi)^2=2$ なら虚部を比べて $2ab=0$ である。$b=0$ なら $a^2=2$ となり $a\in\mathbb Q$ に反し、$a=0$ なら $-b^2=2$ となって $b$ が実数であることに反する。満たす性質は「$\mathbb Q$ 上代数的」、満たさない性質は「代数閉体」である。
このため代数拡大の埋め込みの定理が崩れる。$\mathbb Q(\sqrt2)/\mathbb Q$ は代数拡大だが、$\mathbb Q$ 上の埋め込み $\iota:\mathbb Q(\sqrt2)\hookrightarrow\mathbb Q(i)$ があれば $\iota(\sqrt2)^2=\iota(2)=2$ となり、$\mathbb Q(i)$ に $X^2-2$ の根ができてしまう。証明で最小多項式の根 $\beta$ を $\Omega$ の中に取った段で、代数閉性を使っていたことが分かる。
$\Omega=\mathbb R$、$F=\mathbb Q$ とし、$A$ を $\mathbb Q$ 上代数的な実数の全体とする。命題「代数閉体の中での相対的閉包」の証明の前半は $\Omega$ の代数閉性を使わないので、$A$ は $\mathbb R$ の部分体であり $A/\mathbb Q$ は代数拡大である。しかし $A\subset\mathbb R$ だから $X^2+1$ は $A$ に根を持たず、$A$ は代数閉体でない。破る仮定は「$\Omega$ が代数閉体」、崩れる結論は「$A$ が $F$ の代数閉包である」である。証明の後半で $g$ の根を $\Omega$ の中に取った段が働かなくなる。
$F=\mathbb F_p(t)$ とし、$\overline F$ の中で $u^p=t$ となる $u$ を取る。節「分離閉包と幾何学での位置」で見たように $X^p-t=(X-u)^p$ である。$u$ の $F$ 上の最小多項式は $X^p-t$ の因子なので $(X-u)^k$($1\le k\le p$)の形をしている。$k< p$ なら $(X-u)^k$ の $X^{k-1}$ の係数 $-ku$ が $F$ に入り、$k$ は $p$ で割れないから $u\in F$ となるが、$u^p=t$ を満たす有理関数は(次数を比べて)存在しない。したがって最小多項式は $(X-u)^p$ で重根を持ち、$u$ は $F$ 上分離的でない。ゆえに $u\in\overline F\setminus F^{\mathrm{sep}}$ で、$F^{\mathrm{sep}}\ne\overline F$ である。破る仮定は「$F$ が完全体」、崩れる結論は「$F^{\mathrm{sep}}=\overline F$」である。
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