カイ二乗分布(chi-squared distribution)とは、独立に標準正規分布に従う $k$ 個の確率変数の 2 乗和の分布であり、自由度 $\nu>0$ のものは密度 $v^{\nu/2-1}e^{-v/2}/(2^{\nu/2}\Gamma(\nu/2))$ をもち、平均 $\nu$、分散 $2\nu$、積率母関数 $(1-2s)^{-\nu/2}$ をもつ。標準正規分布に従うベクトル $Z$ と実対称行列 $A$ について、$Z^{\top}AZ$ が自由度 $r$ のカイ二乗分布に従うのは $A$ が階数 $r$ の直交射影の行列であるときに限り、ここから平方和の分解についての Cochran の定理が従う。度数のずれを測る Pearson の統計量は、試行の回数を増やすと自由度 $k-1$ のカイ二乗分布に分布収束し、適合度の検定に使われる。
カイ二乗分布(chi-squared distribution)は、独立に標準正規分布に従う $k$ 個の確率変数の 2 乗和 $Z_1^2+\cdots+Z_k^2$ の分布である。$k$ を自由度といい、自由度 $k$ のカイ二乗分布を $\chi^2_k$ と書く。密度を使えば自由度は正の実数 $\nu$ まで広げられ、$\chi^2_\nu$ はガンマ分布の特別な場合になる。
カイ二乗分布は統計学の三つの場面に現れる。第一に、正規分布に従う標本の偏差の平方和 $\sum_i(X_i-\bar X)^2/\sigma^2$ が $\chi^2_{n-1}$ に従う(t分布 の定理「Student の定理」)。第二に、標準正規分布に従うベクトル $Z$ と対称な行列 $A$ について、2 次形式 $Z^{\top}AZ$ が自由度 $r$ のカイ二乗分布に従うのは $A$ が階数 $r$ の直交射影の行列であるときに限る。第三に、観測度数と期待度数のずれを測る Pearson の統計量 $\sum_i(N_i-np_i)^2/(np_i)$ は、試行の回数 $n$ が大きいとき近似的に $\chi^2_{k-1}$ に従う。
この記事では、積率母関数と積率を求めたあと、2 次形式がカイ二乗分布に従うための必要十分条件、平方和の分解についての Cochran の定理、Pearson の統計量の極限分布を証明する。定義と、2 乗和がカイ二乗分布に従うこと(再生性)の証明は t分布 の記事にあり、ここでは見出しで引く。
以下、確率空間の上の実数値確率変数を考える。$X$ が密度 $f$ をもつとは、$f\ge0$ が可積分で、すべての実数 $x$ について $P(X\le x)=\int_{-\infty}^xf(u)\,du$ となることをいう。
$\nu>0$ とする。密度
$$
g_\nu(v):=\frac{1}{2^{\nu/2}\,\Gamma(\nu/2)}\,v^{\nu/2-1}e^{-v/2}\quad(v>0),\qquad g_\nu(v):=0\quad(v\le0)
$$
をもつ分布を自由度 $\nu$ のカイ二乗分布といい、$\chi^2_\nu$ と書く。確率変数 $V$ がこの分布に従うことを $V\sim\chi^2_\nu$ と書く。
Γ関数 の例「尺度変換と Laplace 型積分」の式 $\int_0^\infty v^{z-1}e^{-av}\,dv=\Gamma(z)/a^z$($a>0$、$z>0$)を $z=\nu/2$、$a=1/2$ で使うと $\int g_\nu=1$ となるので、$g_\nu$ は確率密度である。この定義は t分布 の記事の定義「自由度 $\nu$ のカイ二乗分布」と同じである。形のパラメータ $\alpha>0$ と率 $\lambda>0$ のガンマ分布の密度 $\lambda^\alpha v^{\alpha-1}e^{-\lambda v}/\Gamma(\alpha)$($v>0$)と比べると、$\chi^2_\nu$ は $\alpha=\nu/2$、$\lambda=1/2$ のガンマ分布である(Dur19 Example 2.1.17, p. 51)。
自由度が正の整数 $k$ のときは、冒頭の 2 乗和による説明と一致する。すなわち次の二つが成り立つ。どちらも t分布 の記事で証明されている。
$\nu=2$ では $\Gamma(1)=1$ より $g_2(v)=\frac12e^{-v/2}$($v>0$)であり、$P(V>x)=e^{-x/2}$($x\ge0$)となる。これは平均 $2$ の指数分布である。$P(V>c)=0.05$ となる $c$ は $c=2\log20=5.991\ldots$ で、多変量正規分布 の例「2 次元の楕円に入る確率」に現れる値と同じである。2 次元の標準正規分布に従う点の原点からの距離の 2 乗が $\chi^2_2$ に従うからである。
$\nu=1$ では $\Gamma(\frac12)=\sqrt\pi$ より $g_1(v)=(2\pi v)^{-1/2}e^{-v/2}$ であり、$v\to+0$ で $+\infty$ に発散する。$Z\sim N(0,1)$ のとき $Z^2$ は $0$ の近くの値をとりやすいことの表れである。一般に $\nu< 2$ では $g_\nu$ は $v\to+0$ で発散し、$\nu=2$ では $\frac12$ に収束し、$\nu>2$ では $0$ に収束して $v=\nu-2$ で最大になる($\log g_\nu$ の導関数 $(\frac\nu2-1)/v-\frac12$ の符号から分かる)。
$\nu>0$、$V\sim\chi^2_\nu$ とする。
1:$s<\frac12$ なら、$a:=\frac12-s>0$ として Γ関数 の例「尺度変換と Laplace 型積分」を $z=\frac\nu2$ で使うと
$$
E[e^{sV}]=\frac{1}{2^{\nu/2}\Gamma(\frac\nu2)}\int_0^\infty v^{\frac\nu2-1}e^{-(\frac12-s)v}\,dv=\frac{1}{2^{\nu/2}\Gamma(\frac\nu2)}\cdot\frac{\Gamma(\frac\nu2)}{(\frac12-s)^{\nu/2}}=(1-2s)^{-\nu/2}
$$
である。$s\ge\frac12$ なら被積分関数 $e^{sv}g_\nu(v)$ は $v\ge1$ で定数 $c>0$ を使って $c\,v^{\frac\nu2-1}$ 以上であり、$\frac\nu2-1>-1$ なので $\int_1^\infty v^{\frac\nu2-1}\,dv=\infty$ となる。
2:$E[V^r]=\frac{1}{2^{\nu/2}\Gamma(\frac\nu2)}\int_0^\infty v^{\frac\nu2+r-1}e^{-v/2}\,dv$ である。$v\ge1$ の部分は指数関数の減衰によりつねに有限であり、$0< v< 1$ の部分は $e^{-v/2}\ge e^{-1/2}$ なので、$\int_0^1v^{\frac\nu2+r-1}\,dv$ が有限であること、すなわち $\frac\nu2+r>0$ と同値である。そのとき同じ式を $z=\frac\nu2+r$、$a=\frac12$ で使うと、積分は $\Gamma(\frac\nu2+r)\,2^{\frac\nu2+r}$ に等しく、主張の式を得る。$r=1,2$ では Γ関数 の命題「関数等式と階乗」の $\Gamma(x+1)=x\Gamma(x)$ により $E[V]=2\cdot\frac\nu2=\nu$、$E[V^2]=4\cdot\frac\nu2(\frac\nu2+1)=\nu(\nu+2)$ であり、$\mathrm{Var}(V)=\nu(\nu+2)-\nu^2=2\nu$ である。$\square$
$\nu=k$ が整数のとき、平均 $k$ は $E[Z_i^2]=1$ を $k$ 個足したもの、分散 $2k$ は $\mathrm{Var}(Z_i^2)=E[Z_i^4]-1=3-1=2$ を $k$ 個足したものと見ることもできる。積率母関数が $(1-2s)^{-\nu/2}$ という積の形をしていることは、再生性 $\chi^2_a*\chi^2_b=\chi^2_{a+b}$ の言い換えである。
自由度が大きいとき、$\chi^2_\nu$ は平均 $\nu$、標準偏差 $\sqrt{2\nu}$ の正規分布に近い。
$V_\nu\sim\chi^2_\nu$ とし、$U_\nu:=(V_\nu-\nu)/\sqrt{2\nu}$ とおく。$\varphi(x)=(2\pi)^{-1/2}e^{-x^2/2}$ とすると、$U_\nu$ の密度 $h_\nu$ は $\nu\to\infty$ で各点 $x$ において $\varphi(x)$ に収束し、
$$
\sup_{A}\bigl\lvert P(U_\nu\in A)-P(Z\in A)\bigr\rvert\le\int_{-\infty}^\infty\lvert h_\nu-\varphi\rvert\to0\qquad(Z\sim N(0,1))
$$
である($A$ は $\mathbb{R}$ の Borel 集合全体を動く)。
要点:$k:=\nu/2$ とおき、密度を Stirling の公式で評価する。全変動の収束は t分布 の定理「正規分布への収束」の 2 と同じ Scheffé の議論による。
$h_\nu(x)=\sqrt{2\nu}\,g_\nu(\nu+\sqrt{2\nu}\,x)$ であり、$\nu=2k$、$\sqrt{2\nu}=2\sqrt k$ を代入して整理すると、$x>-\sqrt k$ で$$h_\nu(x)=\frac{\sqrt k\,k^{k-1}e^{-k}}{\Gamma(k)}\Bigl(1+\frac{x}{\sqrt k}\Bigr)^{k-1}e^{-\sqrt k\,x}$$となる。Γ関数 の定理「Stirling の漸近公式」により $\Gamma(k)=\Gamma(k+1)/k\sim\sqrt{2\pi}\,k^{k-1/2}e^{-k}$ なので、前の因子は $1/\sqrt{2\pi}$ に収束する。$x$ を固定し $y:=x/\sqrt k\to0$ とすると、$\log(1+y)=y-\frac{y^2}2+O(y^3)$ より$$(k-1)\log\Bigl(1+\frac x{\sqrt k}\Bigr)-\sqrt k\,x=(k-1)\Bigl(\frac{x}{\sqrt k}-\frac{x^2}{2k}+O(k^{-3/2})\Bigr)-\sqrt k\,x=-\frac{x^2}2-\frac{x}{\sqrt k}+O(k^{-1/2})\to-\frac{x^2}{2}$$である。よって $h_\nu(x)\to\varphi(x)$ である。後半は、任意の Borel 集合 $A$ について $\lvert P(U_\nu\in A)-P(Z\in A)\rvert\le\int\lvert h_\nu-\varphi\rvert=2\int(\varphi-h_\nu)^+$ であり、$0\le(\varphi-h_\nu)^+\le\varphi$ と各点収束に 優収束定理 を使えばよい。$\square$
以下、ベクトルは縦ベクトルとし、$Z\sim N_k(0,I_k)$ は $Z$ の成分 $Z_1,\dots,Z_k$ が独立にどれも $N(0,1)$ に従うことを表す(多変量正規分布 の定理「無相関なら独立」)。実対称行列 $A$ に対し、$Z^{\top}AZ$ を $Z$ の 2 次形式 という。
$Z\sim N_k(0,I_k)$、$A$ を $k$ 次の実対称行列、$r$ を $1\le r\le k$ の整数とする。次の二つは同値である。
段 1(回転して対角にする)。 対称行列 の定理「直交対角化できる実行列」により、直交行列 $Q$ と実数 $\lambda_1,\dots,\lambda_k$ で $A=Q\Lambda Q^{\top}$、$\Lambda=\operatorname{diag}(\lambda_1,\dots,\lambda_k)$ と書ける。$Y:=Q^{\top}Z$ とおくと、多変量正規分布 の定理「1 次変換で多変量正規分布は保たれる」により $Y\sim N_k(0,Q^{\top}Q)=N_k(0,I_k)$ であり、$Y_1,\dots,Y_k$ は独立にどれも $N(0,1)$ に従う。そして
$$
Z^{\top}AZ=Y^{\top}\Lambda Y=\sum_{i=1}^k\lambda_iY_i^2
$$
である。$A^2=A$ は $\Lambda^2=\Lambda$、すなわちすべての $i$ で $\lambda_i\in\{0,1\}$ と同値であり、$\operatorname{rank}A=\operatorname{rank}\Lambda$ は $0$ でない $\lambda_i$ の個数である。
段 2(2 から 1)。 段 1 により $\lambda_i$ のうちちょうど $r$ 個が $1$、残りが $0$ なので、$Z^{\top}AZ$ は独立な $r$ 個の $Y_i^2$ の和であり、t分布 の系「標準正規分布の 2 乗和」により $\chi^2_r$ に従う。
段 3(1 から冪の和へ)。 $Z^{\top}AZ\sim\chi^2_r$ とする。すべての $\lambda_i$ が $0$ なら $Z^{\top}AZ=0$ となり $\chi^2_r$ に従わないので、$c:=\max_i\lvert\lambda_i\rvert>0$ である。$\lvert s\rvert< \min\{\frac1{2c},\frac12\}$ とする。$Y_i^2\sim\chi^2_1$ と $s\lambda_i< \frac12$ から、thm-chi2-mgf の 1 により $E[e^{s\lambda_iY_i^2}]=(1-2s\lambda_i)^{-1/2}$ である。$e^{s\lambda_iY_i^2}$($i=1,\dots,k$)は独立で正なので、期待値は積に分かれ(Dur19 Theorem 2.1.13, p. 49)、
$$
\prod_{i=1}^k(1-2s\lambda_i)^{-1/2}=E\bigl[e^{sZ^{\top}AZ}\bigr]=(1-2s)^{-r/2}
$$
となる。両辺の対数をとり、$\lvert u\rvert< 1$ での展開 $-\log(1-u)=\sum_{m\ge1}u^m/m$ を使うと
$$
\sum_{m\ge1}\frac{(2s)^m}{m}\sum_{i=1}^k\lambda_i^m=\sum_{m\ge1}\frac{(2s)^m}{m}\,r
$$
が $0$ を含む開区間の $s$ で成り立つ。冪級数の係数は一意なので、$p_m:=\sum_i\lambda_i^m$ はすべての $m\ge1$ で $r$ に等しい。
段 4(冪の和から固有値へ)。 ある $\lvert\lambda_i\rvert>1$ があれば $p_{2m}\ge\lambda_i^{2m}\to\infty$ となり $p_{2m}=r$ に反するので、すべて $\lvert\lambda_i\rvert\le1$ である。$J:=\#\{i:\lvert\lambda_i\rvert=1\}$ とおくと、$m\to\infty$ で $p_{2m}\to J$ なので $J=r$ である。すると $\sum_{\lvert\lambda_i\rvert< 1}\lambda_i^{2}=p_2-J=0$ で、各項は $0$ 以上なので、$\lvert\lambda_i\rvert< 1$ の $\lambda_i$ はすべて $0$ である。最後に $p_1=\sum_{\lvert\lambda_i\rvert=1}\lambda_i$ は $r$ 個の $\pm1$ の和で、それが $r$ に等しいので、すべて $+1$ である。よって $\lambda_i\in\{0,1\}$ で、$1$ はちょうど $r$ 個あり、段 1 により $A^2=A$、$\operatorname{rank}A=r$ である。$\square$
実対称で $A^2=A$ を満たす行列は、像 $W=\operatorname{Im}A$ への直交射影の行列である(射影行列 の定理「射影行列は対称で冪等な行列」)。このとき $Z^{\top}AZ=Z^{\top}A^{\top}AZ=\lvert AZ\rvert^2$ なので、thm-chi2-quadratic は「標準正規分布に従うベクトルを $r$ 次元の部分空間に正射影した長さの 2 乗は $\chi^2_r$ に従う」と言い換えられる。自由度は、ベクトルが動ける方向の数である。
$Z\sim N_k(0,I_k)$ とし、$A_1,\dots,A_m$ を $k$ 次の実対称行列で $A_1+\cdots+A_m=I_k$ を満たすものとする。$r_j:=\operatorname{rank}A_j$ とし、$r_1+\cdots+r_m=k$ と仮定する。このとき
段 1(像の直和分解)。 $V_j:=\operatorname{Im}A_j$ とおく($\dim V_j=r_j$)。どの $x\in\mathbb{R}^k$ も $x=A_1x+\cdots+A_mx$ と書けるので $V_1+\cdots+V_m=\mathbb{R}^k$ である。線形写像 $V_1\times\cdots\times V_m\to\mathbb{R}^k$、$(v_1,\dots,v_m)\mapsto v_1+\cdots+v_m$ は全射で、両辺の次元はどちらも $r_1+\cdots+r_m=k$ なので単射でもある。すなわち、$\mathbb{R}^k$ の元を $V_1,\dots,V_m$ の元の和に書く方法はただ一通りである。
段 2(1 の証明)。 $j$ を固定し、$x\in V_j$ とする。$x=\sum_iA_ix$($A_ix\in V_i$)と、$x$ 自身を $V_j$ の成分とし他の成分を $0$ とする書き方を比べると、段 1 の一意性から $A_jx=x$、$i\ne j$ で $A_ix=0$ である。任意の $y$ について $x=A_jy\in V_j$ に使えば $A_jA_jy=A_jy$、$A_iA_jy=0$ となり、1 を得る。
段 3(直交性と基底)。 $i\ne j$、$x\in V_i$、$y\in V_j$ なら、$A_i$ が対称で $A_ix=x$、$A_iy=0$(段 2)なので $x^{\top}y=(A_ix)^{\top}y=x^{\top}A_iy=0$ である。よって $V_1,\dots,V_m$ は互いに直交する。各 $V_j$ の正規直交基底を並べると $\mathbb{R}^k$ の正規直交基底 $q_1,\dots,q_k$ が得られる。$B_j$ を $V_j$ の基底の番号の集合とする。段 2 により $A_jq_l=q_l$($l\in B_j$)、$A_jq_l=0$($l\notin B_j$)なので、両辺を基底で比べて $A_j=\sum_{l\in B_j}q_lq_l^{\top}$ である。
段 4(2 の証明)。 $q_1,\dots,q_k$ を列とする直交行列を $Q$ とし、$Y:=Q^{\top}Z$ とおくと、prf-chi2-quadratic の段 1 と同じく $Y_1,\dots,Y_k$ は独立にどれも $N(0,1)$ に従い、$Y_l=q_l^{\top}Z$ である。段 3 により
$$
Q_j=Z^{\top}A_jZ=\sum_{l\in B_j}(q_l^{\top}Z)^2=\sum_{l\in B_j}Y_l^2
$$
である。$B_1,\dots,B_m$ は互いに交わらないので、$Q_1,\dots,Q_m$ は独立な確率変数の互いに交わらない組の関数として独立であり(Dur19 Theorem 2.1.10, p. 47)、t分布 の系「標準正規分布の 2 乗和」により $Q_j\sim\chi^2_{r_j}$($r_j\ge1$ のとき)である。$\square$
$n\ge2$ とし、$\mathbf 1:=(1,\dots,1)^{\top}\in\mathbb{R}^n$、$A_1:=\frac1n\mathbf 1\mathbf 1^{\top}$、$A_2:=I_n-A_1$ とおく。$A_1$ は $\mathbf 1$ の方向への直交射影で階数 $1$、$A_2$ は $\mathbf 1$ に直交する $n-1$ 次元の部分空間への直交射影で階数 $n-1$ である。$Z\sim N_n(0,I_n)$、$\bar Z:=\frac1n\sum_iZ_i$ とすると
$$
Z^{\top}A_1Z=n\bar Z^2,\qquad Z^{\top}A_2Z=\sum_{i=1}^nZ_i^2-n\bar Z^2=\sum_{i=1}^n(Z_i-\bar Z)^2
$$
であり、thm-chi2-cochran により $n\bar Z^2\sim\chi^2_1$ と $\sum_i(Z_i-\bar Z)^2\sim\chi^2_{n-1}$ は独立である。$X_i=\mu+\sigma Z_i$ とすれば、正規分布に従う標本について $\sum_i(X_i-\bar X)^2/\sigma^2\sim\chi^2_{n-1}$ を得る。これは t分布 の定理「Student の定理」の 2 であり、そこでの回転 $Q$ による証明を、射影の言葉で言い直したものになっている。
$k\ge2$ とし、$p_1,\dots,p_k>0$、$p_1+\cdots+p_k=1$ とする。結果が $1,\dots,k$ のどれかで、$i$ が出る確率が $p_i$ である試行を独立に $n$ 回行い、$i$ が出た回数を $N_i$ とする。$np_i$ は $N_i$ の期待値(期待度数)である。
$$
X_n^2:=\sum_{i=1}^k\frac{(N_i-np_i)^2}{np_i}
$$
を Pearson のカイ二乗統計量 という。
上の設定で、すべての実数 $x$ について
$$
\lim_{n\to\infty}P(X_n^2\le x)=P(V\le x)\qquad(V\sim\chi^2_{k-1})
$$
が成り立つ。すなわち $X_n^2$ は自由度 $k-1$ のカイ二乗分布に分布収束する。
段 1(和の形に書く)。 $m$ 回目の試行の結果が $i$ なら $1$、そうでなければ $0$ となる確率変数を $I_{m,i}$ とし、$\xi_m\in\mathbb{R}^k$ を第 $i$ 成分が $(I_{m,i}-p_i)/\sqrt{p_i}$ のベクトルとする。$\xi_1,\xi_2,\dots$ は独立で同じ分布に従い、$N_i=\sum_{m=1}^nI_{m,i}$ なので
$$
W_n:=\frac1{\sqrt n}\sum_{m=1}^n\xi_m\quad\text{の第 }i\text{ 成分は}\quad\frac{N_i-np_i}{\sqrt{np_i}},\qquad X_n^2=\lvert W_n\rvert^2
$$
である。
段 2(共分散)。 $E[I_{m,i}]=p_i$ であり、$I_{m,i}I_{m,j}$ は $i=j$ なら $I_{m,i}$、$i\ne j$ なら $0$ なので、$\operatorname{Cov}(I_{m,i},I_{m,j})=p_i\delta_{ij}-p_ip_j$ である。よって $\xi_m$ の平均は $0$、共分散行列は
$$
\Pi:=I_k-uu^{\top},\qquad u:=(\sqrt{p_1},\dots,\sqrt{p_k})^{\top}
$$
である。$\lvert u\rvert^2=\sum_ip_i=1$ なので、$\Pi$ は $u$ に直交する $k-1$ 次元の部分空間への直交射影であり、$\Pi^{\top}=\Pi=\Pi^2$、$\operatorname{rank}\Pi=k-1$ である。
段 3(多次元の中心極限定理)。 Dur19 Theorem 3.10.7($\mathbb{R}^d$ の中心極限定理、p. 200)により、$W_n$ は特性関数 $\exp(-\frac12\theta^{\top}\Pi\theta)$ をもつ確率ベクトル $W$ に弱収束する。多変量正規分布 の定理「多変量正規分布の特性関数と存在」により $W\sim N_k(0,\Pi)$ であり、$Z\sim N_k(0,I_k)$ について $\Pi Z\sim N_k(0,\Pi\Pi^{\top})=N_k(0,\Pi)$ なので、$W$ と $\Pi Z$ は同じ分布に従う。したがって $\lvert W\rvert^2$ は $\lvert\Pi Z\rvert^2=Z^{\top}\Pi Z$ と同じ分布に従い、thm-chi2-quadratic により $\chi^2_{k-1}$ に従う。
段 4(集合の確率の収束)。 $x\in\mathbb{R}$ を固定し $A:=\{w\in\mathbb{R}^k:\lvert w\rvert^2\le x\}$ とする。$A$ の境界は $\{\lvert w\rvert^2=x\}$ に含まれ、$\lvert W\rvert^2$ は密度をもつので $P(W\in\partial A)=0$ である。Dur19 Theorem 3.10.1 の (v)(p. 196)により $P(X_n^2\le x)=P(W_n\in A)\to P(W\in A)=P(V\le x)$ である。$\square$
自由度が $k$ でなく $k-1$ になるのは、$\sum_i(N_i-np_i)=0$ という 1 つの制約のために、$W_n$ がつねに $u$ に直交する $k-1$ 次元の部分空間にあるからである。Dur19 Example 3.10.9(p. 201)も、さいころの目の度数について極限の正規分布がこの種の部分空間に集中することを指摘している。
$k=2$、$p_1=p$、$p_2=1-p$ では $N_2-n(1-p)=-(N_1-np)$ なので
$$
X_n^2=(N_1-np)^2\Bigl(\frac1{np}+\frac1{n(1-p)}\Bigr)=\Bigl(\frac{N_1-np}{\sqrt{np(1-p)}}\Bigr)^2
$$
である。$N_1$ は二項分布に従い、括弧の中は標準化した二項分布である。thm-chi2-pearson はこの場合、中心極限定理 の定理「中心極限定理」と $Z^2\sim\chi^2_1$ を合わせたものにほかならない。
さいころを $60$ 回振り、目 $1,\dots,6$ がそれぞれ $8,12,9,11,6,14$ 回出たとする。各目の期待度数は $10$ なので
$$
X^2=\frac{4+4+1+1+16+16}{10}=4.2
$$
である。$\chi^2_5$ の上側 $5\%$ 点は $11.07$(数値積分)であり、$4.2$ はこれより小さいので、有意水準 $5\%$ で「どの目も確率 $\frac16$」という仮説は棄却されない。$P(V>4.2)=0.52\ldots$($V\sim\chi^2_5$)である。thm-chi2-pearson は極限についての定理なので、この判定は $n=60$ で近似が十分よいことを前提にしている。
上側 $5\%$ 点 $c_{0.95}(\nu)$($P(V>c)=0.05$ となる $c$)の値は次のとおりである($\nu=2$ は ex-chi2-two の $2\log20$、ほかは数値積分による)。
| 自由度 $\nu$ | $1$ | $2$ | $3$ | $4$ | $5$ | $10$ |
|---|---|---|---|---|---|---|
| $c_{0.95}(\nu)$ | $3.841$ | $5.991$ | $7.815$ | $9.488$ | $11.070$ | $18.307$ |
$\nu=1$ の値は $1.960^2$ である。$Z^2\le c$ と $\lvert Z\rvert\le\sqrt c$ が同値だからである。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| $A^2=A$(thm-chi2-quadratic の 2) | $k=1$、$A=(2)$(階数 $1$) | $Z^{\top}AZ=2Z^2\sim\chi^2_1$ |
| $Z$ の共分散行列が $I_k$(thm-chi2-quadratic) | $k=2$、$Z_1=Z_2\sim N(0,1)$、$A=\frac12\begin{pmatrix}1&1\\1&1\end{pmatrix}$ | $Z^{\top}AZ\sim\chi^2_1$(実際は $2Z_1^2$) |
| 階数の和が $k$(thm-chi2-cochran) | $k=1$、$m=2$、$A_1=A_2=(\frac12)$ | $Q_1,Q_2$ が独立で $\chi^2_1$ に従う |
| 試行が独立(thm-chi2-pearson) | $k=2$、$p=\frac12$、$n$ 回とも 1 回目と同じ結果 | $X_n^2$ が $\chi^2_1$ に分布収束する |
どの行も、仮定のうち表に挙げた 1 つだけが外れている。
1 行目:$E[2Z^2]=2$ だが $\chi^2_1$ の平均は $1$ である(thm-chi2-mgf)。$A$ は対称で階数 $1$ であり、外れているのは $A^2=A$ だけである。
2 行目:$A$ は $\frac1{\sqrt2}(1,1)^{\top}$ の方向への直交射影で、$A^2=A$、階数 $1$ を満たす。しかし $Z=(Z_1,Z_1)^{\top}$ なので $Z^{\top}AZ=\frac12(2Z_1)^2=2Z_1^2$ であり、平均が $2$ で $\chi^2_1$ に従わない。外れているのは $Z\sim N_2(0,I_2)$ だけである($Z\sim N_2(0,\Sigma)$、$\Sigma=\begin{pmatrix}1&1\\1&1\end{pmatrix}$)。
3 行目:$A_1+A_2=(1)=I_1$ で対称だが、階数の和は $2\ne1$ である。$Q_1=Q_2=\frac12Z^2$ は平均 $\frac12$ で $\chi^2_1$ に従わず、また $P(Q_1\le1,Q_2>1)=0\ne P(Q_1\le1)P(Q_2>1)$ なので独立でもない。
4 行目:$N_1$ は確率 $\frac12$ ずつで $n$ か $0$ になり、どちらでも $X_n^2=(\pm\frac n2)^2/(\frac n4)=n$ である。$P(X_n^2\le x)\to0$ がすべての $x$ で成り立ち、$\chi^2_1$ の分布関数に収束しない。各回の結果の確率は $\frac12$ のままで、外れているのは独立性だけである。
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