普遍アーベル被覆(universal abelian covering)とは、弧状連結かつ局所弧状連結な空間 $X$ のアーベル被覆、すなわち被覆変換群が可換な弧状連結の正規被覆のうちで、ほかのすべてのアーベル被覆へ被覆の射をもつものである。アーベル被覆は対応する部分群が基本群の交換子部分群 $C$ を含む被覆として特徴づけられ、$C$ に対応する被覆は普遍アーベル被覆で、被覆の同型を除いて一意である。その被覆変換群はアーベル化 $\pi_1(X)^{\mathrm{ab}}\cong H_1(X)$ と同型で、$X$ が半局所単連結なら存在する。$n$ 個の円周のウェッジ和では $\mathbb{R}^n$ の格子の辺の和になり、8 の字では平面の正方格子になる。
空間 $X$ の 普遍被覆 は、弧状連結な被覆空間のすべてをさらに被覆する、いちばん大きな被覆である。その被覆変換群は基本群 $\pi_1(X)$ そのものであり、一般には可換でない。そこで、被覆変換群が可換な正規被覆(アーベル被覆)だけに範囲を絞る。$X$ が普遍被覆をもつ空間(弧状連結・局所弧状連結・半局所単連結)なら、その中で最も大きなもの、すなわちほかのすべてのアーベル被覆を被覆するアーベル被覆が存在する。これが 普遍アーベル被覆 である。
普遍アーベル被覆は、基本群の 交換子部分群 $C=[\pi_1(X),\pi_1(X)]$ に対応する被覆であり、被覆変換群はアーベル化 $\pi_1(X)^{\mathrm{ab}}$、すなわち 1 次元ホモロジー群 $H_1(X)$ と同型になる。2 つの円周の ウェッジ和 $S^1\vee S^1$(8 の字)の普遍被覆が無限に枝分かれする木であるのに対し、普遍アーベル被覆は平面の正方格子になる。この記事では、アーベル被覆を部分群で特徴づけ、普遍アーベル被覆の普遍性と一意性を証明し(thm-uac-main)、円周のブーケの普遍アーベル被覆が格子であることを示す(prop-uac-lattice)。
この記事を通じて、$X$ を弧状連結かつ局所弧状連結な空間(局所弧状連結空間)、$x_0\in X$、$\pi:=\pi_1(X,x_0)$ とし、$\pi$ の交換子部分群を $C:=[\pi,\pi]$ と書く。被覆写像 $q\colon E\to X$ で $E$ が弧状連結なものについて、$e_0\in q^{-1}(x_0)$ をとり $H:=q_*\pi_1(E,e_0)$ とおく。2 つの被覆 $q\colon E\to X$、$q'\colon E'\to X$ について、連続写像 $f\colon E\to E'$ で $q'\circ f=q$ を満たすものを 被覆の射 という。
正規であることは基点 $e_0$ の選び方によらない(被覆変換 の補題「基点を取り替えたときの部分群」)。普遍アーベル被覆は、交換子部分群に対応することから 最大アーベル被覆 とも呼ばれる。
$q\colon E\to X$ を $E$ が弧状連結な被覆とする。$q$ がアーベル被覆であるための必要十分条件は $C\subset H$ である。このとき $G(E/X)\cong\pi/H$ である。
$q$ がアーベル被覆なら、$H$ は正規で、被覆変換 の系「正則被覆の特徴づけ」により $G(E/X)\cong\pi/H$ である。これが可換なので、交換子部分群 の命題「アーベル商と交換子部分群」により $C\subset H$ である。
逆に $C\subset H$ とする。$x\in\pi$、$h\in H$ について $xhx^{-1}=h\cdot(h^{-1}xhx^{-1})$ で、$h^{-1}xhx^{-1}\in C\subset H$ なので $xhx^{-1}\in H$ であり、$H$ は正規である。$\pi/H$ は可換群 $\pi/C$ の商なので可換であり、同じ系により $G(E/X)\cong\pi/H$ は可換である。$\square$
とくに、弧状連結な被覆 $p\colon\hat X\to X$ で $p_*\pi_1(\hat X,\hat x_0)=C$ となるものは、被覆変換群が $\pi/C=\pi^{\mathrm{ab}}$ のアーベル被覆である。
$p\colon\hat X\to X$ を $\hat X$ が弧状連結な被覆とし、$\hat x_0\in p^{-1}(x_0)$ について $p_*\pi_1(\hat X,\hat x_0)=C$ であるとする。
1:lem-uac-subgroup と、その直後の注意による。$\pi^{\mathrm{ab}}\cong H_1(X)$ は Hurewiczの定理 の定理「1 次元の Hurewicz の定理」である。
2:lem-uac-subgroup により $C\subset H=q_*\pi_1(E,e_0)$ である。$\hat X$ と $E$ は局所弧状連結な $X$ の被覆なので局所弧状連結であり(局所弧状連結空間 の系「被覆写像と局所弧状連結性」)、弧状連結である。$p_*\pi_1(\hat X,\hat x_0)=C\subset H$ なので、持ち上げの判定法(被覆変換 の補題「持ち上げの判定法」を被覆 $q$ と写像 $p$ に当てる)により、$q\circ f=p$、$f(\hat x_0)=e_0$ を満たす $f$ がただ 1 つ存在する。
$f$ が全射であることを示す。$e\in E$ をとり、$e_0$ から $e$ への $E$ の道 $\beta$ をとる。$q\circ\beta$ の $p$ に沿った持ち上げで $\hat x_0$ から始まるもの $\hat\beta$ をとると(被覆空間 の定理「道の持ち上げ」)、$f\circ\hat\beta$ と $\beta$ はともに $q\circ\beta$ の $q$ に沿った持ち上げで $e_0$ から始まるので、持ち上げの一意性により一致し、$e=f(\hat\beta(1))$ である。
$f$ が被覆写像であることを示す。$e\in E$、$x:=q(e)$ とし、$p$ と $q$ の両方について均一に被覆される弧状連結な開近傍 $W\ni x$ をとる(両者の均一被覆近傍の共通部分の中に、局所弧状連結性によりとれる)。$e$ を含む $q$ のシートを $W_e$ とする。$p$ の $W$ 上のシート $V$ は弧状連結なので、$f(V)\subset q^{-1}(W)$ はただ 1 つの $q$ のシート $W'$ に含まれ、$f|_V=(q|_{W'})^{-1}\circ p|_V$ は $V$ から $W'$ への同相写像である。よって $f^{-1}(W_e)$ は $f(V)\subset W_e$ となる $p$ のシート $V$ の互いに交わらない和で、各 $V$ は $W_e$ の上へ同相に写る。$f$ は全射なので被覆写像である。
3:$H':=p'_*\pi_1(X',x'_0)$($x'_0\in p'^{-1}(x_0)$)とおく。$p'$ はアーベル被覆なので lem-uac-subgroup により $C\subset H'$ である。$p'$ の普遍性から被覆の射 $g\colon X'\to\hat X$ があり、$p'=p\circ g$ なので
$$
H'=p_*g_*\pi_1(X',x'_0)\subset p_*\pi_1(\hat X,g(x'_0))=C
$$
である。最後の等号は、基点を取り替えると部分群が共役に替わり(被覆変換 の補題「基点を取り替えたときの部分群」)、$C$ が正規であることによる。よって $H'=C$ である。2 により $f\colon\hat X\to X'$、$f(\hat x_0)=x'_0$ があり、持ち上げの判定法により $f'\colon X'\to\hat X$、$f'(x'_0)=\hat x_0$、$p\circ f'=p'$ がある。$f'\circ f$ は $p$ の持ち上げで $\hat x_0$ を固定するので、持ち上げの一意性(被覆空間 の定理「持ち上げの一意性」)により恒等写像であり、同様に $f\circ f'=\mathrm{id}$ である。$\square$
$X$ がさらに半局所単連結(半局所単連結空間)なら、$X$ は普遍アーベル被覆をもち、それは被覆の同型を除いて一意で、$C$ に対応する被覆である。
被覆空間 の定理「普遍被覆の存在と被覆空間の分類」の 2 により、弧状連結な被覆 $p\colon\hat X\to X$ で $p_*\pi_1(\hat X,\hat x_0)=C$ となるものが存在する。thm-uac-main の 2 によりこれは普遍アーベル被覆で、3 により一意である。$\square$
CW複体 や 多様体 は弧状連結なら上の仮定をすべて満たす(被覆空間 の注意「分類定理の証明について」)。
$n\ge1$ とし、$B_n$ を $n$ 個の円周の ウェッジ和、$v$ をその基点、$a_i\in\pi_1(B_n,v)$ を $i$ 番目の円周を 1 周するループの類とする(群の表示複体 の定義「円周のブーケと語のループ」で $S=\{1,\dots,n\}$ としたもの)。$\pi_1(B_n,v)$ は $a_1,\dots,a_n$ 上の自由群である(同記事の補題「円周のブーケの基本群」)。$\mathbb{R}^n$ の部分空間
$$
L_n:=\{x\in\mathbb{R}^n\mid x\text{ の座標のうち整数でないものは高々 1 つ}\}
$$
は、格子点 $\mathbb{Z}^n$ と、隣り合う格子点を結ぶ長さ 1 の線分の和である。写像 $\lambda\colon L_n\to B_n$ を、$m\in\mathbb{Z}^n$ と $0\le t\le1$ について $m+te_i$ を $i$ 番目の円周の特性写像の $t$ での値に写すと定める($e_i$ は標準基底)。
$n=2$ のとき $L_2$ は平面の正方格子であり、水平な辺が $a_1$、垂直な辺が $a_2$ の持ち上げである。左下を原点 $(0,0)$ として、その一部を描くと次のようになる。
$$
\xymatrix{
\bullet \ar[r]^{a_1} & \bullet \ar[r]^{a_1} & \bullet \\
\bullet \ar[r]^{a_1} \ar[u]^{a_2} & \bullet \ar[r]^{a_1} \ar[u]^{a_2} & \bullet \ar[u]_{a_2} \\
\bullet \ar[r]^{a_1} \ar[u]^{a_2} & \bullet \ar[r]^{a_1} \ar[u]^{a_2} & \bullet \ar[u]_{a_2}
}
$$
原点から交換子 $a_1a_2a_1^{-1}a_2^{-1}$ を持ち上げると単位正方形の縁を 1 周して原点に戻るが、$a_1a_2$ を持ち上げると $(1,1)$ で終わる。$n=3$ なら $L_3$ は立方格子の辺の和である。
$\lambda\colon L_n\to B_n$ は $B_n$ の普遍アーベル被覆である。その被覆変換群は $\mathbb{Z}^n$ による平行移動 $x\mapsto x+m$ の全体である。
被覆写像であること:$\lambda$ は各線分の上で連続で、$L_n$ の線分の族は局所有限な閉集合の族なので連続である。$B_n$ の $v$ の近くの開集合 $W_v$(各円周の特性写像の $[0,1/3)\cup(2/3,1]$ での像)の逆像は、格子点 $m$ を中心とする $L_n\cap\{x\mid\max_i|x_i-m_i|<1/3\}$($m\in\mathbb{Z}^n$)の互いに交わらない和で、それぞれは $2n$ 本の半開線分を $m$ で束ねたものとして $W_v$ の上へ同相に写る。$i$ 番目の円周の中ほど(パラメータ $(1/6,5/6)$ の像)の逆像は開線分 $\{m+te_i\mid1/6< t< 5/6\}$ の和で、それぞれ同相に写る。これらの開集合が $B_n$ を覆うので、$\lambda$ は被覆写像である。
被覆変換:$L_n$ は弧状連結で、平行移動 $\tau_m(x)=x+m$($m\in\mathbb{Z}^n$)は $\lambda\circ\tau_m=\lambda$ を満たし、$v$ のファイバー $\mathbb{Z}^n$ に推移的に作用する。被覆変換は 1 点での値で決まる(被覆変換 の補題「被覆変換は 1 点で決まる」)ので、被覆変換群は $\{\tau_m\}\cong\mathbb{Z}^n$ である。
対応する部分群:$a_i^{\pm1}$ の語 $w$ に対し、$w$ のループ $\varphi_w$(群の表示複体 の定義「円周のブーケと語のループ」)の原点からの持ち上げは、文字 $a_i^{\pm1}$ ごとに $\pm e_i$ だけ進む格子の上の道で、その終点は $\sigma(w):=(w\text{ における }a_1,\dots,a_n\text{ の指数の和})\in\mathbb{Z}^n$ である。$\pi_1(B_n,v)$ の元はすべて $[\varphi_w]$ の形なので、被覆空間 の定理「基本群との関係」の 1 により、$\lambda_*\pi_1(L_n,0)$ は $\sigma(w)=0$ となる $[\varphi_w]$ の全体、すなわち準同型 $\sigma\colon\pi_1(B_n,v)\to\mathbb{Z}^n$、$a_i\mapsto e_i$ の核である。自由群 の定理「自由群のアーベル化」により $\sigma$ はアーベル化を与え、その核は交換子部分群 $C$ である。thm-uac-main の 2 により $\lambda$ は普遍アーベル被覆である。$\square$
8 の字 $B_2$ の普遍被覆は各頂点で 4 本に枝分かれする木である(普遍被覆 の例「8 の字の普遍被覆」)。木から格子への被覆の射は、木の頂点(自由群 $F_2$ の元)をその指数の和 $\sigma(w)\in\mathbb{Z}^2$ へ送る。格子は群 $\mathbb{Z}^2$ の、生成系 $e_1,e_2$ に関する Cayley グラフでもある(Cayley複体 の定理「円周のブーケの正規被覆と Cayley グラフ」)。
普遍アーベル被覆は、すべてのアーベル被覆を上から押さえる。逆に、アーベル被覆は $H_1(X)$ の部分群だけで分類できる。
$X$ が弧状連結・局所弧状連結・半局所単連結なら、$X$ のアーベル被覆の同型類と、$H_1(X)\cong\pi^{\mathrm{ab}}$ の部分群 $A$ とが一対一に対応する。$A$ に対応するアーベル被覆の被覆変換群は $H_1(X)/A$ と同型である。
被覆空間 の定理「普遍被覆の存在と被覆空間の分類」の 2 により、弧状連結な被覆の同型類は $\pi$ の部分群の共役類と一対一に対応する。lem-uac-subgroup により、アーベル被覆に対応するのは $C$ を含む部分群 $H$ であり、それは正規なので共役類は $\{H\}$ だけである。$C$ を含む $\pi$ の部分群 $H$ と $\pi/C$ の部分群 $A=H/C$ とは一対一に対応し、$G(E/X)\cong\pi/H\cong(\pi/C)/(H/C)$ である。最後に $\pi/C=\pi^{\mathrm{ab}}\cong H_1(X)$(Hurewiczの定理 の定理「1 次元の Hurewicz の定理」)で読み替える。$\square$
$A=0$ が普遍アーベル被覆、$A=H_1(X)$ が恒等写像 $X\to X$ にあたる。円周のブーケでは、アーベル被覆はさらにグラフとして描ける。Cayley複体 の定理「円周のブーケの正規被覆と Cayley グラフ」により、$B_n$ の弧状連結な正規被覆は、$n$ 個の元 $g_1,\dots,g_n$ で生成される群 $G$ の Cayley グラフ(頂点 $G$、$g$ から $gg_i$ への辺)であり、被覆変換群は $G$ である。よって $B_n$ のアーベル被覆は、$n$ 個の元で生成される可換群の Cayley グラフにほかならない。たとえば $B_2$ の、$a_1\mapsto1$、$a_2\mapsto0$ で定まる $\pi\to\mathbb{Z}$ の核に対応するアーベル被覆は、$\mathbb{Z}$ の生成系 $(1,0)$ に関する Cayley グラフで、実数直線の各整数点に $a_2$ の持ち上げであるループを 1 つずつ付けたグラフである($\mathbb{Z}$ の生成系として $g_1=1$、$g_2=0$ をとる)。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| $q$ が正規被覆 | $B_2$ の 3 重被覆で、$a_1,a_2$ のモノドロミーが互換 $(1\,2)$、$(2\,3)$ のもの | 被覆変換群は自明(可換)だが、$\lambda$ から被覆の射がない |
| $G(E/X)$ が可換 | $B_2$ の普遍被覆(木) | 正規被覆だが、$\lambda$ から被覆の射がない |
1 行目:頂点 $\{1,2,3\}$ に、各 $i$ から $(1\,2)(i)$ への $a_1$ の辺と $(2\,3)(i)$ への $a_2$ の辺を引いたグラフ $E$ は、prf-prop-uac-lattice と同じ近傍の取り方で $B_2$ の被覆になり、2 つの互換が $\{1,2,3\}$ に推移的に作用するので弧状連結である。被覆変換 $\tau$ は辺の持ち上げを辺の持ち上げに写すので頂点の置換として 2 つの互換と可換で、$(1\,2)$ と可換なら $\tau(3)=3$、$(2\,3)$ と可換なら $\tau(1)=1$ となり、$\tau=\mathrm{id}$ である。3 点のファイバーに推移的でないので、被覆変換 の系「正則被覆の特徴づけ」により正規でない。被覆の射 $f\colon L_2\to E$ があると、$C=\lambda_*\pi_1(L_2)\subset q_*\pi_1(E,f(0))$ となり、lem-uac-subgroup の証明の後半により $q_*\pi_1(E,f(0))$ は正規で、$q$ は正規被覆になって矛盾する。2 行目:被覆の射 $L_2\to\tilde B_2$ があると $C\subset\{1\}$ となるが、$a_1a_2a_1^{-1}a_2^{-1}$ は既約語なので $F_2$ で $1$ でない(自由群 の定理「既約語の群」)。
普遍アーベル被覆の存在・一意性と、$S^1\vee S^1$、$S^1\vee S^1\vee S^1$ の場合の具体的な記述は、Hat02 §1.3 Exercise 18(p. 80)の主題である。被覆空間の分類と持ち上げの判定法は同節の Proposition 1.33(p. 61)、Proposition 1.36(p. 66)、Theorem 1.38(p. 67)にある。
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