多様体の構造の階層(hierarchy of manifold structures)とは、位相多様体の上の構造 DIFF(滑らかな構造)・PL(区分線形構造)・LIP(Lipschitz 構造)・TOP(位相構造)と三角形分割可能性の間の、「上の構造は下の構造を定める」という関係と各段の差のことである。$r\ge1$ の $C^r$ 構造は滑らかな構造と差がなく、滑らかな構造は PL 構造を一意に定め、PL 構造は三角形分割と Lipschitz 構造を定める。逆向きは 4 次元以上で崩れ、滑らかな構造をもたない PL 多様体、PL 構造をもたない位相多様体(障害は $H^4(M;\mathbb{Z}/2)$ にある)、三角形分割できない位相多様体がある。3 次元以下ではすべての構造が一致する。
前提知識: 位相多様体, C^r多様体, 単体複体, Lipschitz連続
位相多様体の上に「座標変換がどんな性質の写像か」を指定すると、いろいろな種類の多様体が得られる。座標変換が同相写像なら位相多様体(TOP)、$C^\infty$ 微分同相写像なら滑らかな多様体(DIFF)、区分線形な同相写像なら PL 多様体(PL)、局所的に双 Lipschitz な同相写像なら Lipschitz 多様体(LIP)である。これとは別に、単体複体の多面体と同相であるという「三角形分割可能」という性質もある。多様体の構造の階層とは、これらの構造の間の「上の構造は下の構造を定める」という関係と、各段の差を指す。
大まかな地図は次のとおりである。$C^r$ 構造($r\ge1$)と $C^\infty$ 構造の間には差がない(C^r構造の平滑化)。滑らかな多様体は PL 構造を一意にもつ。PL 構造は Lipschitz 構造と三角形分割を定める。各段の逆向きは一般には成り立たず、その反例は 4 次元以上にだけ現れる。3 次元以下ではすべての構造が一致する。この記事では、構造の定義と「上の構造が下の構造を定める」ことを証明し、各段の差を深い定理の引用として整理する。
以下、位相多様体は Hausdorff かつ第 2 可算とし、$n$ はその次元とする。すべての種類の構造は、次の共通の型で定義される。
$\Gamma$ を、$\mathbb{R}^n$ の開集合の間の同相写像からなる類で、次を満たすものとする:(i) 恒等写像を含む、(ii) 合成と逆写像で閉じている、(iii) 開集合への制限で閉じている、(iv) 同相写像 $h$ が定義域の各点の近傍で $\Gamma$ に属するなら $h\in\Gamma$。位相多様体 $M$ のアトラスで、座標変換がすべて $\Gamma$ に属するものを $\Gamma$ アトラスといい、極大な $\Gamma$ アトラスを $\Gamma$ 構造、$\Gamma$ 構造をもつ位相多様体を $\Gamma$ 多様体という。$\Gamma$ 多様体の間の同相写像で、局所表示が $\Gamma$ に属するものを $\Gamma$ 同型という。
$\Gamma$ アトラスはただ 1 つの $\Gamma$ 構造に含まれ、2 つの $\Gamma$ アトラスが同じ $\Gamma$ 構造に含まれるのは和が $\Gamma$ アトラスのときに限る。証明は可微分多様体の記事の命題「極大アトラスの存在と一意性」と同じで、(ii)(iii)(iv) だけを使う。この記事で使う $\Gamma$ は次のとおりである。
$U,V\subset\mathbb{R}^n$ を開集合、$h\colon U\to V$ を同相写像とする。
PL 写像の定義は RS82 1.4(p. 5)の「各点の錐近傍の上で錐的(conical)」という定義と同値である(同書 Theorem 2.2・Corollary 2.3、p. 12、および 1.5 (4)、p. 5)。PL 写像の合成は PL で、PL 同相写像の逆写像は PL である(同書 1.6 (2)(5) の演習、pp. 5–6。逆写像については Rud01 §3、p. 29 も参照)。PL 構造を PL アトラスで定義するのは Rud01 §3(p. 29)と同じである。PL 多様体は、各頂点のリンクが球面と PL 同相である単体複体(組合せ的な三角形分割)としても定義でき、2 つの定義は同値である(Rud01 序論、p. 11)。組合せ的な三角形分割の詳しい扱いは PL多様体 の記事に譲る。LIP 構造の定義は Tel83 p. 42 にもある(そこでは座標変換が Lipschitz であることを課すが、座標近傍を小さくとり直せば同じ構造を与える)。
位相多様体 $M$ が三角形分割可能(triangulable)であるとは、単体複体 $K$ と同相写像 $|K|\to M$ が存在することをいう(単体複体の記事の定義「三角形分割と多面体」)。
三角形分割可能性は、座標変換の類で定義される構造ではなく、位相多様体の性質である。三角形分割のうち、各頂点のリンクが球面と PL 同相なものを組合せ的な三角形分割といい、PL 構造はこれと同じものである。
$$
\xymatrix{
\text{DIFF}=C^r\ (r\ge1) \ar[r] & \text{PL} \ar[r] \ar[d] & \text{LIP} \ar[d] \\
& \text{三角形分割可能} \ar[r] & \text{TOP}
}
$$
矢印 $X\to Y$ は「$X$ 構造は $Y$ 構造(または性質)を定める」ことを表す。すなわち、$X$ 構造をもつ位相多様体は $Y$ 構造をもち(三角形分割可能なら、三角形分割をもち)、その $Y$ 構造は $X$ 構造から決まる。図の上段の左端の等号は、$r\ge1$ の $C^r$ 多様体の分類と $C^\infty$ 多様体の分類が一致すること(C^r構造の平滑化の系「$C^s$ 構造への平滑化」)を表す。各矢印の根拠は次のとおりである。
| TOP | 三角形分割可能 | LIP | PL | DIFF | |
|---|---|---|---|---|---|
| 座標変換・定義 | 同相写像 | $\lvert K\rvert$ と同相 | 局所双 Lipschitz | 区分線形 | $C^\infty$ 微分同相 |
| 構造の存在($n\le3$) | ― | つねに | つねに | つねに | つねに |
| 構造の存在($n=4$) | ― | 一般には存在しない | ― | 一般には存在しない | PL と同じ |
| 構造の存在($n\ge5$) | ― | 一般には存在しない | つねに | 障害 $\in H^4(M;\mathbb{Z}/2)$ | 一般には存在しない |
| 構造の一意性($n\ge5$) | ― | 一意でない | 一意 | $H^3(M;\mathbb{Z}/2)$ で数える | 一意でない |
$\Gamma\subset\Gamma'$ を def-hms-pseudogroup の条件を満たす類とする。$M$ の $\Gamma$ 構造 $\mathcal{S}$ は $\Gamma'$ アトラスであり、$\mathcal{S}$ を含む $\Gamma'$ 構造 $\mathcal{S}'$ がただ 1 つある。$\Gamma$ 同型は、定まる $\Gamma'$ 構造の間の $\Gamma'$ 同型である。
$\mathcal{S}$ の座標変換は $\Gamma$ に属するので $\Gamma'$ に属し、$\mathcal{S}$ は $\Gamma'$ アトラスである。$\Gamma'$ アトラスはただ 1 つの $\Gamma'$ 構造に含まれる(def-hms-pseudogroup の後の注意)ので、$\mathcal{S}'$ が一意に定まる。$h\colon M\to N$ が $\Gamma$ 同型なら、$\mathcal{S}_M$ と $\mathcal{S}_N$ の座標近傍による局所表示は $\Gamma\subset\Gamma'$ に属する。$\mathcal{S}_M'$、$\mathcal{S}_N'$ の任意の座標近傍による局所表示は、各点の近くで、$\mathcal{S}_M$・$\mathcal{S}_N$ の座標近傍との座標変換($\Gamma'$ に属する)と上の局所表示の合成なので、(ii)(iv) により $\Gamma'$ に属する。$\square$
$C^r$ 構造が $C^s$ 構造($s\le r$)を定めること(C^r多様体の記事の命題「下にある $C^s$ 構造」)は、この命題の $\Gamma=C^r\subset\Gamma'=C^s$ の場合である。次の 2 つの命題は、$C^1$ と PL がともに LIP に含まれることを示す。
$\mathbb{R}^n$ の開集合の間の $C^1$ 微分同相写像は、局所的に双 Lipschitz である。したがって $C^1$ 構造(とくに滑らかな構造)は LIP 構造をただ 1 つ定め、$C^1$ 微分同相写像は定まる LIP 構造の間の LIP 同型である。
$h\colon U\to V$ を $C^1$ 微分同相写像とする。$h$ と $h^{-1}$ はともに $C^1$ 級なので、Lipschitz連続の記事の命題「連続微分可能な写像の局所Lipschitz性」によりともに局所 Lipschitz 連続である。念のため具体的に書くと、$a\in U$ について $\overline{B}(a,\rho)\subset U$ となる $\rho>0$ をとれば、$L:=\max_{\overline{B}(a,\rho)}\|Dh\|$ は有限で、$\overline{B}(a,\rho)$ は凸なので平均値の不等式(逆関数定理の記事の補題「凸開集合上の平均値の不等式」)により $\lvert h(x)-h(y)\rvert\le L\lvert x-y\rvert$($x,y\in B(a,\rho)$)である。よって $C^1\subset\text{LIP}$ であり、残りは prop-hms-inclusion による。$\square$
$\mathbb{R}^n$ の開集合 $U$ 上の区分線形写像 $f\colon U\to\mathbb{R}^m$ は局所 Lipschitz 連続である。したがって PL 同相写像は局所的に双 Lipschitz であり、PL 構造は LIP 構造をただ 1 つ定め、PL 同相写像は LIP 同型である。
$a\in U$ とし、$a$ の近傍 $P=\Delta_1\cup\dots\cup\Delta_q\subset U$ で、$\Delta_i$ の上で $f$ がアフィン写像 $x\mapsto A_ix+b_i$ に一致するものをとる。$P$ は $a$ の近傍なので、$C:=\overline{B}(a,\rho)\subset P$ となる $\rho>0$ がある。$L:=\max_i\|A_i\|$ とおき、$C$ の上で $\lvert f(x)-f(y)\rvert\le L\lvert x-y\rvert$ を示す。
$x,y\in C$ とし、$\gamma(t):=x+t(y-x)$($0\le t\le1$)とおく。$C$ は凸なので $\gamma(t)\in C\subset P$ である。$I_i:=\{t\in[0,1]\mid\gamma(t)\in\Delta_i\}$ は、凸な閉集合 $\Delta_i$ の逆像なので $[0,1]$ の閉区間(空でもよい)であり、$\bigcup_iI_i=[0,1]$ である。$I_i$ の端点をすべて並べて $0=t_0< t_1<\dots< t_N=1$ とする。各小区間 $[t_{l-1},t_l]$ の内部の点 $t$ は、ある $I_i$ に属し、$I_i$ の端点は $(t_{l-1},t_l)$ の中にないので、$[t_{l-1},t_l]\subset I_i$ である。その $I_i$ の上で $f(\gamma(t))=A_i\gamma(t)+b_i$ なので
$$
\lvert f(\gamma(t_l))-f(\gamma(t_{l-1}))\rvert=\lvert A_i(t_l-t_{l-1})(y-x)\rvert\le L\,(t_l-t_{l-1})\lvert y-x\rvert
$$
である。$l=1,\dots,N$ について足し合わせると、三角不等式により $\lvert f(y)-f(x)\rvert\le L\lvert y-x\rvert$ を得る。
PL 同相写像 $h$ は $h$ と $h^{-1}$ がともに区分線形なので、ともに局所 Lipschitz 連続である。よって $\text{PL}\subset\text{LIP}$ であり、残りは prop-hms-inclusion による。$\square$
2 つの命題により、滑らかな構造と PL 構造は、それぞれ LIP 構造を定める。
$h\colon\mathbb{R}\to\mathbb{R}$ を、$t\ge0$ で $h(t)=2t$、$t<0$ で $h(t)=t$ と定める。$h$ は $[0,1]$・$[-1,0]$ などの区間(1 次元の単体)の上でアフィンなので区分線形で、逆写像も同じ形なので PL 同相写像であり、prop-hms-pl-lip により局所的に双 Lipschitz である。しかし $h$ は $0$ で微分可能でないので $C^1$ 微分同相写像でない。よって $\{(\mathbb{R},\mathrm{id}),(\mathbb{R},h)\}$ は PL アトラスかつ LIP アトラスだが $C^1$ アトラスではない。満たす性質は「PL 構造の座標近傍どうしである」こと、満たさない性質は「$C^1$ 級で両立する」ことで、破る含意は「同じ PL 構造に属する座標近傍は $C^1$ 級で両立する」である。逆に $t\mapsto t+t^3$ は $C^\infty$ 微分同相写像だが、どの区間の上でもアフィンでないので区分線形でない。PL と DIFF は座標変換の類としては互いに含まれず、両者を結ぶのは Cairns–Whitehead の定理である。
ここからは、見取り図の矢印の逆向きが成り立たないこと、すなわち各段の差を述べる。いずれも深い定理であり、この記事では証明しない。所在は各項の末尾に書き、詳しくは各項に挙げた記事で扱う。
$r\ge1$ の $C^r$ 構造は、両立する $C^\infty$ 構造を含み、それは $C^\infty$ 微分同相を除いて一意である。これはC^r構造の平滑化の記事で完全に証明した(原典は Whitney 1936、Hir76 Ch. 2 Theorem 2.9・2.10)。とくに $C^r$ 微分同相な滑らかな多様体は $C^\infty$ 微分同相であり、$C^1$ と $C^\infty$ の間に構造の違いはない。構造の違いが現れるのは $C^0$ と $C^1$ の間だけである。
$4$ 次元以外の位相多様体は Lipschitz 構造をもち、それは恒等写像に近い Lipschitz 同相を除いて一意である(Sullivan、1979。Tel83 序文、p. 39 の紹介による。Lipschitz多様体とSullivanの定理)。したがって $n\ne4$ では、三角形分割できない位相多様体(Manolescu)も Lipschitz 構造をもち、Lipschitz 構造をもつことは三角形分割可能であることを導かない。
| 次元 | 構造の関係 |
|---|---|
| $n\le3$ | TOP=PL=DIFF:位相多様体は PL 構造をもち、それは一意($n=2$ は Radó、$n=3$ は Moise と Bing)。PL から DIFF も存在して一意 |
| $n=4$ | PL=DIFF だが TOP と異なる:$E_8$ 多様体は PL 構造も滑らかな構造も三角形分割ももたない。$\mathbb{R}^4$ には微分同相でない滑らかな構造が非可算個ある |
| $n=5,6$ | PL=DIFF。PL と TOP の差は $\kappa\in H^4$ と $H^3$ で完全に記述される |
| $n\ge7$ | DIFF と PL も異なりうる(異種 $7$ 次元球面、Kervaire の $10$ 次元多様体) |
表の所在:$n\le3$ は Bry02 §9 と Rud01 Summary 1(p. 86。ただし Summary は連結で有限 CW 複体のホモトピー型をもつ多様体を仮定している)、PL から DIFF は Rud01 Remark 6.7(p. 41)、$\mathbb{R}^4$ は Lee13 Ch. 2(p. 40。エキゾチックR⁴)。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| $r\ge1$ | 滑らかな構造をもたない位相多様体($E_8$ 多様体) | $C^r$ 構造は $C^\infty$ 構造を含む(C^r構造の平滑化) |
| 滑らかな構造 | Kervaire の $10$ 次元 PL 多様体 | PL 多様体は滑らかな構造をもつ |
| 微分同相 | 異種 $7$ 次元球面と $S^7$ | PL 同相な滑らかな多様体は微分同相 |
| PL 構造 | $E_8$ 多様体、$E_8$ 多様体と $T^k$ の積 | 位相多様体は PL 構造をもつ |
| PL 同相 | $\mathbb{R}P^n$($n\ge5$)と同相な PL 多様体 | 同相な PL 多様体は PL 同相(基本予想) |
| 組合せ的 | $S^5$ と同相な、Poincaré ホモロジー球面の二重懸垂 | 三角形分割は組合せ的 |
| 三角形分割可能 | $E_8$ 多様体($4$ 次元)、Manolescu の多様体($5$ 次元以上) | 位相多様体は三角形分割可能 |
| $C^1$ 級 | ex-hms-coarser の $h$ | PL 同相写像は $C^1$ 微分同相写像 |
各行の反例はいずれも、同じ行の「成り立たなくなること」の仮定のうち、左の列の条件以外を満たす。例えば 4 行目の $E_8$ 多様体は閉単連結な位相多様体であり、PL 構造をもたないので「位相多様体は PL 構造をもつ」を破る。表の最後の行だけがこの記事で証明した反例で、ほかは上の節の引用である。
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