平行線公準

同義語:parallel postulate平行線の公理第5公準

概要

平行線公準(parallel postulate)とは、直線 $\ell$ とその上にない点 $P$ について、$P$ を通り $\ell$ と交わらない直線はただ 1 本であるという平面幾何の公理で、Euclid『原論』の第 5 公準と同値である。平行線公準を除いた中立平面では、内角の和が $180^\circ$ の三角形が 1 つあること、長方形が 1 つあること、合同でない相似な三角形が 1 組あることのいずれからも平行線公準が従い、平行線公準が 1 か所で崩れれば、どの直線とどの点についても平行線は無数にあり、どの三角形の内角の和も $180^\circ$ より小さい。平行線公準はほかの公理から証明できず、それが崩れる平面の代表が双曲平面である。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 平行線公準(高校数学), Saccheri–Legendreの定理, 背理法

何を問う公準か

Euclid『原論』の第 5 公準(平行線公準)は、平面幾何のほかの公理から証明できるかどうかが 2000 年以上問われ続けた主張である。高校の記事 平行線公準(高校数学) では、平行線公準が「直線外の 1 点を通る平行線はただ 1 本」(Playfair の公理)とも「どの三角形でも内角の和は $180^\circ$」とも同値であることを示し、Poincaré 円板では平行線が無数に引けることを見た。Saccheri–Legendreの定理 では、平行線公準を使わずに「内角の和は $180^\circ$ 以下」であることを示した。
この記事では、平行線公準を使わない平面(中立平面)の公理をはっきり決めたうえで、次のことを証明する。

  1. 内角の和が $180^\circ$ の三角形が 1 つでも あれば、平行線公準が成り立つ。長方形が 1 つあること、合同でない相似な三角形が 1 組あることも、平行線公準を導く。→ thm-pp-equivalent、cor-pp-wallis
  2. 平行線公準がどこか 1 か所で成り立たなければ、どの直線とどの点についても平行線は無数にあり、どの三角形の内角の和も $180^\circ$ より小さい。→ thm-pp-dichotomy
    つまり、中立平面は「平行線公準がいたるところで成り立つ」か「いたるところで大きく崩れる」かのどちらかで、その中間はない。後者が 双曲幾何学 である。
    高校の記事で示したことこの記事で示すこと
    第 5 公準 ⇔ Playfair の公理長方形・相似な三角形・1 つの三角形でも同じ強さ
    すべての三角形で内角の和が $180^\circ$ ⇔ Playfair1 つの三角形で $180^\circ$ ⇒ すべての三角形で $180^\circ$
    Poincaré 円板で平行線が無数平行線公準が 1 か所で崩れれば、どこでも平行線は無数

中立平面の公理

平面幾何を公理から組み立てる方法には、点・直線・「間にある」・合同を無定義の言葉とする Hilbert の公理系(Hilbertの公理系、Lee18 pp. 142–143)と、長さと角を実数で測ることを公理に含める方法がある。この記事では後者を使い、高校の記事 平行線公準(高校数学) の注意「中立幾何で使う事実」と同じ立場で、次を仮定する。

中立平面

集合(点の全体)と、その部分集合の族(直線の全体)があり、次を満たすものを 中立平面 という。
(A1)(結合)相異なる 2 点を通る直線はちょうど 1 本ある。どの直線にも 2 点以上あり、1 本の直線に乗らない 3 点がある。
(A2)(順序と平面の分離)1 本の直線に乗る相異なる 3 点については、そのうちちょうど 1 点がほかの 2 点の間にある。直線 $\ell$ に乗らない点の全体は 2 つの部分($\ell$ の 側)に分かれ、同じ側の 2 点を結ぶ線分は $\ell$ と交わらず、反対側の 2 点を結ぶ線分は $\ell$ と交わる。
(A3)(長さ)線分 $AB$ には正の実数の長さ $AB$ がある。半直線と正の実数 $x$ を与えると、その半直線の上に始点からの長さが $x$ の点がただ 1 つある。$B$ が $A$ と $C$ の間にあれば $AB+BC=AC$ である。
(A4)(角)角 $\angle XVY$ には $0^\circ$ より大きく $180^\circ$ より小さい実数の大きさがある。半直線 $VX$ と直線 $VX$ の一方の側と $0^\circ<\theta<180^\circ$ を与えると、その側に $\angle XVY=\theta$ となる半直線 $VY$ がただ 1 つある。半直線 $VZ$ が角 $\angle XVY$ の内側にあれば $\angle XVZ+\angle ZVY=\angle XVY$ であり、一直線をなす 2 つの角の和は $180^\circ$ である。$Y$、$Z$ が直線 $VX$ の反対側にあり $\angle XVY+\angle XVZ<180^\circ$ なら、半直線 $VX$ は角 $\angle YVZ$ の内側にある。
(A5)(合同)2 つの三角形で 2 辺とその間の角がそれぞれ等しければ、残りの辺と角もそれぞれ等しい(SAS)。

長さを実数で測るので、どんな長さ $p>0$ と $L>0$ についても $2^mp>L$ となる自然数 $m$ がある(Archimedes の性質)。中立平面では、平行線公準(高校数学) で証明した次の事実を使う。そこで使った中立幾何の事実(同 注意「中立幾何で使う事実」の (N1)〜(N6))が (A1)〜(A5) から導けることはこの記事では証明せず、中立平面ではこれらも成り立つものとする。

  • 外角の定理(平行線公準(高校数学) の定理「外角の定理(中立幾何の形)」)と、三角形のどの 2 つの内角の和も $180^\circ$ より小さいこと(同 系「三角形の 2 つの角の和」)。
  • 錯角が等しい 2 直線は交わらない(同 定理「錯角が等しい 2 直線は交わらない」)。とくに、直線外の点を通る平行線は少なくとも 1 本ある。
  • 三角形の合同条件 ASA・SSS、直線外の点から下ろす垂線の存在と一意性。
    さらに、Saccheri–Legendreの定理 の定理「Saccheri–Legendre の定理」により、三角形 $T$ の 欠損 $\delta(T)=180^\circ-(\text{内角の和})$ はいつも $0^\circ$ 以上で、同 系「欠損の加法性」により、三角形を頂点から対辺の点へ引いた線分で 2 つに分けると、欠損は 2 つの欠損の和になる。
平行線公準と長方形

2 直線が 平行 であるとは、共有点がないことをいう。中立平面で次が成り立つとき、平行線公準(Playfair の形)が成り立つという。

  • 直線 $\ell$ と $\ell$ の上にない点 $P$ について、$P$ を通り $\ell$ に平行な直線はただ 1 本である。
    4 つの角がどれも直角の四角形を 長方形 という。

Euclid の元の形(2 直線に横断線が交わり、一方の側の内角の和が $180^\circ$ より小さければ、2 直線はその側で交わる)が中立平面で Playfair の形と同値であることは、平行線公準(高校数学) の定理「第 5 公準と Playfair の公理の同値」で示した。以下では Playfair の形を平行線公準とよぶ。

中立平面の例
  1. 座標平面 $\mathbb R^2$ で、直線を普通の直線、長さを普通の距離、角を普通の角とすると (A1)〜(A5) が成り立ち、平行線公準も成り立つ(この記事では証明しない。Hilbert の公理系について同じ確かめをするのが Lee18 Exercise 5.29、p. 144 である)。
  2. 上半平面 $\{(x,y)\mid y>0\}$ で、直線を 双曲幾何学 の双曲直線(縦の半直線と、$x$ 軸に中心をもつ半円)、長さを双曲距離、角を普通の角とすると、(A1)〜(A5) が成り立ち、平行線公準は成り立たない。平行線が無数にあることは 双曲幾何学 の命題「平行線は無数にある」で証明している。(A1)〜(A5) のすべてが成り立つことはこの記事では証明しない。平行線公準を否定した幾何を Euclid 平面の中に作り、その無矛盾性を示したのは Beltrami(1868 年)である(Hit18 p. 6)。
  3. が (A1)〜(A5) を満たすので、平行線公準は (A1)〜(A5) から証明できない。これが平行線公準の 独立性 である。

準備:垂線の足と長方形

垂線の足は対辺の内側に落ちる

中立平面の三角形には鋭角が少なくとも 2 つある。三角形 $ABC$ の $\angle B$ と $\angle C$ が鋭角なら、$A$ から直線 $BC$ に下ろした垂線の足 $D$ は $B$ と $C$ の間にある。

外角の定理を使う

段 1(鋭角は 2 つ以上)。2 つの角がどちらも $90^\circ$ 以上なら、その和は $180^\circ$ 以上で、「どの 2 つの内角の和も $180^\circ$ より小さい」に反する。よって $90^\circ$ 以上の角は高々 1 つである。
段 2($D\ne B$、$D\ne C$)。$D=B$ なら直線 $AB$ が直線 $BC$ に垂直で $\angle ABC=90^\circ$ となり、$\angle B$ が鋭角であることに反する。$D=C$ も同じである。
段 3($D$ は $B$ と $C$ の間)。(A2) により、$B,C,D$ のうちちょうど 1 点がほかの 2 点の間にある。$B$ が $D$ と $C$ の間にあったとする。三角形 $ABD$ は $D$ で直角で、$\angle ABC$ は三角形 $ABD$ の頂点 $B$ における外角である。外角の定理から $\angle ABC>\angle ADB=90^\circ$ となり、$\angle B$ が鋭角であることに反する。$C$ が $D$ と $B$ の間にある場合も、$\angle ACB>90^\circ$ となって同じく矛盾する。よって $D$ は $B$ と $C$ の間にある。$\square$

lem-pp-foot と欠損の加法性から、欠損が $0^\circ$ の三角形を、欠損が $0^\circ$ の直角三角形 2 つに分けられる。直角三角形から長方形を作るのが次の補題である。以下の証明では、点 $R$ が角 $\angle QPS$ の内側にあること($R$ が直線 $PQ$ について $S$ と同じ側、直線 $PS$ について $Q$ と同じ側にあること)を、(A2) により「線分 $RS$ は直線 $PQ$ と、線分 $RQ$ は直線 $PS$ と交わらない」ことで確かめる。交わらないことは、2 直線が平行であること(同じ直線に垂直な 2 直線は錯角がどちらも $90^\circ$ で等しいので、平行線公準(高校数学) の定理「錯角が等しい 2 直線は交わらない」により交わらない)か、線分が端点を除いた半直線に含まれることから分かる。

欠損 0 の直角三角形から長方形を作る

$C$ で直角の三角形 $ABC$ の欠損が $0^\circ$ なら、長方形 $ACBD$ で $AC=BD$、$CB=DA$ となるものがある。

斜辺の反対側に合同な三角形を置く

段 1(作図)。欠損が $0^\circ$ なので $\angle CAB+\angle CBA=90^\circ$ である。直線 $AB$ について $C$ と反対側に、$\angle BAD=\angle ABC$ かつ $AD=BC$ となる点 $D$ をとる((A4)、(A3))。
段 2(合同)。三角形 $ABC$ と $BAD$ で、$AB$ は共通、$\angle ABC=\angle BAD$、$BC=AD$ なので、(A5) により $\angle ADB=\angle BCA=90^\circ$、$\angle ABD=\angle BAC$、$BD=AC$ である。
段 3($A$ と $B$ の角)。$C$ と $D$ は直線 $AB$ の反対側にあり、$\angle CAB+\angle BAD=\angle CAB+\angle CBA=90^\circ<180^\circ$ なので、(A4) の最後の文により半直線 $AB$ は角 $\angle CAD$ の内側にあり、
$$ \angle CAD=\angle CAB+\angle BAD=90^\circ $$
である。同じく $\angle CBD=\angle CBA+\angle ABD=\angle CBA+\angle BAC=90^\circ$ である。
段 4(まとめ)。四角形 $ACBD$ の 4 つの角 $\angle CAD$、$\angle ACB$、$\angle CBD$、$\angle BDA$ はどれも $90^\circ$ で、長方形である。辺については $AC=BD$(段 2)、$CB=DA$(段 1)である。$\square$

長方形を 2 倍にする

隣り合う 2 辺の長さが $p$、$q$ の長方形があれば、隣り合う 2 辺の長さが $2p$、$q$ の長方形もある。

合同な長方形を横に並べる

要点:長方形の対辺が等しいことを対角線と欠損から示し、辺を延ばした点と合同な三角形 2 組で隣にもう 1 つ長方形を作る。

詳しい証明を開く

段 1(対辺は等しい)。長方形 $ABCD$(頂点はこの順、$AB=p$、$BC=q$)の対角線 $AC$ で 2 つの三角形 $ABC$、$ACD$ に分ける。直線 $AB$ と $DC$ はどちらも直線 $AD$ に、直線 $AD$ と $BC$ はどちらも直線 $AB$ に垂直なので、それぞれ平行である。よって $C$ は角 $\angle BAD$ の内側に、同じく $A$ は角 $\angle BCD$ の内側にあるので、2 つの三角形の内角の和を足すと長方形の内角の和 $360^\circ$ になる。どちらの内角の和も $180^\circ$ 以下(Saccheri–Legendre の定理)なので、どちらもちょうど $180^\circ$ である。よって $\angle BAC+\angle BCA=90^\circ$ で、$\angle BCA=90^\circ-\angle BAC=\angle CAD$、同じく $\angle BAC=\angle ACD$ である。ASA により三角形 $ABC$ と $CDA$ は合同で、$CD=AB=p$、$DA=BC=q$ である。

段 2(作図)。半直線 $AB$ の上で $B$ の先に $BE=p$ となる点 $E$ を、半直線 $DC$ の上で $C$ の先に $CF=p$ となる点 $F$ をとる。$\angle EBC=180^\circ-\angle ABC=90^\circ$、$\angle BCF=180^\circ-\angle BCD=90^\circ$ である。

段 3(合同)。三角形 $EBC$ と $ABC$ で、$EB=AB$、$\angle EBC=\angle ABC=90^\circ$、$BC$ は共通なので、$EC=AC$、$\angle BCE=\angle BCA$、$\angle BEC=\angle BAC$ である。$A$ と $D$ は直線 $BC$ の同じ側($AD\parallel BC$)にあり、$E$、$F$ はそれぞれその反対側にあるので線分 $EF$ は直線 $BC$ と交わらず、線分 $EB$ は直線 $CF$($=DC$、$AB$ に平行)と交わらない。よって $E$ は角 $\angle BCF$ の内側にあり、$\angle ECF=90^\circ-\angle BCE=90^\circ-\angle BCA=\angle ACD$ である。三角形 $ECF$ と $ACD$ で、$EC=AC$、$\angle ECF=\angle ACD$、$CF=CD=p$ なので、$EF=AD=q$、$\angle EFC=\angle ADC=90^\circ$、$\angle CEF=\angle CAD$ である。

段 4($E$ の角)。線分 $CF$ は直線 $BE$($=AB$)と交わらず、直線 $EF$ と $BC$ はどちらも直線 $CF$ に垂直で平行なので線分 $CB$ は直線 $EF$ と交わらない。よって $C$ は角 $\angle BEF$ の内側にあり、$\angle BEF=\angle BEC+\angle CEF=\angle BAC+\angle CAD=\angle BAD=90^\circ$ である。

段 5(まとめ)。四角形 $AEFD$ で、$\angle EAD=90^\circ$、$\angle AEF=\angle BEF=90^\circ$、$\angle EFD=\angle EFC=90^\circ$、$\angle FDA=\angle CDA=90^\circ$ で、長方形である。$AE=AB+BE=2p$((A3))、$EF=q$ である。$\square$

lem-pp-double を横と縦にくり返すと、隣り合う 2 辺が $2^mp$、$2^nq$ の長方形が得られる。Archimedes の性質により、どんなに大きな長方形も作れる。

主定理 1:平行線公準と同じ強さの主張

平行線公準の同値な言い換え

中立平面で、次の 4 つは同値である。

  1. 平行線公準が成り立つ。
  2. どの三角形でも内角の和は $180^\circ$ である。
  3. 内角の和が $180^\circ$ の三角形が少なくとも 1 つある。
  4. 長方形が少なくとも 1 つある。
1 つの三角形から長方形、長方形からすべての三角形へ

方針:1 ⇔ 2 は 平行線公準(高校数学) の定理「平行線公準と内角の和の同値」である。2 ⇒ 3 は明らかなので、3 ⇒ 4 ⇒ 2 を示す。
段 1(3 ⇒ 4)。三角形 $ABC$ の欠損が $0^\circ$ とする。lem-pp-foot により、2 つの鋭角の頂点を $B$、$C$ とすると、$A$ からの垂線の足 $D$ は $B$ と $C$ の間にある。欠損の加法性から $\delta(ABD)+\delta(ADC)=\delta(ABC)=0^\circ$ で、どちらの欠損も $0^\circ$ 以上なので $\delta(ABD)=0^\circ$ である。三角形 $ABD$ は $D$ で直角なので、lem-pp-rectangle により長方形がある。
段 2(4 ⇒ 大きな長方形の半分の欠損は 0)。長方形 $ABCD$ があるとし、$AB=p$、$AD=q$ とする。直角三角形 $XYZ$($Z$ で直角、$ZX=x$、$ZY=y$)を任意にとる。lem-pp-double をくり返し、Archimedes の性質を使うと、$A'B'\ge x$、$A'D'\ge y$ の長方形 $A'B'C'D'$ がある。lem-pp-double の証明の段 1 と同じ議論で、対角線 $B'D'$ で分けた三角形 $A'B'D'$ の欠損は $0^\circ$ である。
段 3(直角三角形の欠損は 0)。辺 $A'B'$ の上に $A'X'=x$ の点 $X'$ を、辺 $A'D'$ の上に $A'Y'=y$ の点 $Y'$ をとる。三角形 $A'X'D'$ は三角形 $A'B'D'$ を $D'$ から辺 $A'B'$ の点 $X'$ へ引いた線分で分けた一方なので($X'=B'$ なら同じ三角形)、欠損の加法性から欠損は $0^\circ$ である。同じく三角形 $A'X'Y'$ は三角形 $A'X'D'$ を $X'$ から辺 $A'D'$ の点 $Y'$ へ引いた線分で分けた一方なので($Y'=D'$ なら同じ三角形)、欠損は $0^\circ$ である。三角形 $A'X'Y'$ と $ZXY$ は 2 辺とその間の角(直角)が等しいので (A5) により角がそれぞれ等しく、$\delta(XYZ)=0^\circ$ である。
段 4(4 ⇒ 2)。任意の三角形 $ABC$ をとる。lem-pp-foot のとおり垂線の足 $D$ が対辺 $BC$ の内側に落ちるように頂点に名前をつけると、三角形 $ABD$、$ADC$ は直角三角形で、段 3 からどちらも欠損 $0^\circ$ である。欠損の加法性から $\delta(ABC)=0^\circ$ である。$\square$

3 ⇒ 2 は、Saccheri–Legendreの定理 の注意「1 つの三角形で決まること」で紹介した結果にあたる。証明の要は、欠損が「分けると足し算になり、負にならない」量であることで、0 は小さな三角形に伝わり(段 1・段 3)、長方形を並べることで大きな図形にも伝わる(段 2)。

相似な三角形があれば平行線公準が成り立つ

中立平面に、3 つの角がそれぞれ等しく、合同でない 2 つの三角形があれば、平行線公準が成り立つ。

2 つの三角形の差の四角形を見る

方針:小さい三角形を大きい三角形の角に重ね、2 つの間にできる四角形の内角の和が $360^\circ$ になることから、欠損 $0^\circ$ の三角形を見つける(Wallis の着想)。
段 1(重ねる)。三角形 $ABC$ と $A'B'C'$ で $\angle A=\angle A'$、$\angle B=\angle B'$、$\angle C=\angle C'$ とする。$A'B'=AB$ なら ASA により合同になるので $A'B'\ne AB$ で、必要なら入れ替えて $A'B'>AB$ とする。半直線 $AB$ の上に $AB''=A'B'$ の点 $B''$ を、半直線 $AC$ の上に $AC''=A'C'$ の点 $C''$ をとる。(A5) により三角形 $AB''C''$ と $A'B'C'$ は角がそれぞれ等しく、$\angle AB''C''=\angle B$、$\angle AC''B''=\angle C$ である。$B$ は $A$ と $B''$ の間にある。
段 2($C$ は $A$ と $C''$ の間)。直線 $BC$ と $B''C''$ に横断線 $AB''$ が交わり、同位角 $\angle ABC$ と $\angle AB''C''$ が等しい。対頂角を考えると錯角が等しいので、2 直線は平行である。$C''=C$ や、$C''$ が $A$ と $C$ の間にある場合には 2 直線が交わってしまうので、$C$ は $A$ と $C''$ の間にある。

2 直線が交わることの確かめを開く

$C''=C$ なら 2 直線は $C$ を共有する。$C''$ が $A$ と $C$ の間にあったとする。$B$ は $A$ と $B''$ の間にあるので、$A$ と $B''$ は直線 $BC$ の反対側にある。$C''$ は直線 $BC$ の上にない(直線 $AC$ と $BC$ の共有点は $C$ だけ)。$C''$ が $A$ と同じ側なら線分 $B''C''$ が直線 $BC$ と交わり、$B''$ と同じ側なら線分 $AC''$ が直線 $BC$ と交わる((A2))。後者の交点は直線 $AC$ と $BC$ の共有点 $C$ のはずだが、$C$ は線分 $AC''$ の上にないので起こらない。よって直線 $BC$ と $B''C''$ は交わる。


段 3(四角形)。四角形 $BB''C''C$ の 4 つの角は、$B$ で $180^\circ-\angle B$、$B''$ で $\angle B$、$C''$ で $\angle C$、$C$ で $180^\circ-\angle C$ で、和はちょうど $360^\circ$ である。直線 $B''C''$ と $BC$ は平行(段 2)で、線分 $CC''$、$BB''$ はそれぞれ $A$ を除いた半直線 $AC$、$AB$ に含まれるので、$C''$ は角 $\angle B''BC$ の内側に、$B$ は角 $\angle B''C''C$ の内側にある。よって対角線 $BC''$ で 2 つの三角形に分けると内角の和の合計が $360^\circ$ で、どちらも $180^\circ$ 以下なので、どちらもちょうど $180^\circ$ である。thm-pp-equivalent の 3 ⇒ 1 により、平行線公準が成り立つ。$\square$

平行線公準が成り立つ座標平面では、三角形を拡大すれば合同でない相似な三角形が得られる。cor-pp-wallis は、Euclid 幾何で当たり前に使う「図形の拡大」が、平行線公準なしには許されないことを示している。

主定理 2:平行線公準が崩れる平面

平行線公準が 1 か所で崩れるとき

中立平面で、ある直線 $\ell_0$ と $\ell_0$ の上にない点 $P_0$ について、$P_0$ を通る $\ell_0$ の平行線が 2 本以上あるとする。このとき次が成り立つ。

  1. どの三角形の内角の和も $180^\circ$ より小さい。
  2. 長方形はない。3 つの角がそれぞれ等しい 2 つの三角形は合同である。
  3. どの直線 $\ell$ と $\ell$ の上にないどの点 $P$ についても、$P$ を通る $\ell$ の平行線は無数にある。
欠損が増えることから平行線を作る

段 1(1 と 2)。内角の和が $180^\circ$ の三角形、長方形、合同でない相似な三角形のどれかがあれば、thm-pp-equivalent と cor-pp-wallis により平行線公準がすべての直線と点について成り立ち、仮定に反する。Saccheri–Legendre の定理から欠損は $0^\circ$ 以上なので、どの三角形の欠損も正である。
段 2(平行線を作る)。$\ell$ と $P$ を与え、$P$ から $\ell$ に下ろした垂線の足を $Q$ とする。$\ell$ の上に、$Q$ の同じ側に点 $R_1,R_2,R_3,\dots$ を、$R_k$ が $Q$ と $R_{k+1}$ の間にあるようにとる((A3))。各 $k$ について、直線 $PR_k$ について $Q$ と反対側に、$\angle R_kPU_k=\angle PR_kQ$ となる点 $U_k$ をとる((A4))。直線 $PU_k$ と $\ell$ は、横断線 $PR_k$ に対する錯角 $\angle U_kPR_k$ と $\angle PR_kQ$ が等しいので平行である。
段 3(角を計算する)。$Q$ と $U_k$ は直線 $PR_k$ の反対側にあり、
$$ \angle QPR_k+\angle R_kPU_k=\angle QPR_k+\angle PR_kQ=180^\circ-90^\circ-\delta(PQR_k)<180^\circ $$
なので、(A4) の最後の文により半直線 $PR_k$ は角 $\angle QPU_k$ の内側にあり、
$$ \angle QPU_k=90^\circ-\delta(PQR_k) $$
である。とくに $U_k$ は直線 $PQ$ について $R_k$ と同じ側にある。
段 4(角はみな違う)。$R_k$ は三角形 $PQR_{k+1}$ の辺 $QR_{k+1}$ の内側の点なので、欠損の加法性と段 1 から
$$ \delta(PQR_{k+1})=\delta(PQR_k)+\delta(PR_kR_{k+1})>\delta(PQR_k) $$
である。よって段 3 の角 $\angle QPU_k$ は $k$ とともに真に小さくなる。半直線 $PU_k$ はどれも直線 $PQ$ の同じ側にあり、半直線 $PQ$ となす角が互いに違うので、直線 $PU_1,PU_2,\dots$ は互いに異なる。これらはどれも $\ell$ に平行なので、平行線は無数にある。$\square$

prf-pp-dichotomy で作った平行線 $PU_k$ は、$k$ を大きくすると半直線 $PQ$ となす角が小さくなり、$\ell$ の向きに近づいていく。双曲平面では、$P$ を通る平行線のうち $\ell$ と無限遠の点を共有する 2 本(極限平行線)が、交わる直線と交わらない直線の境目にある(双曲幾何学 の命題「平行線は無数にある」)。
thm-pp-equivalent と thm-pp-dichotomy を合わせると、中立平面は次の 2 つのどちらかである。

平行線公準が成り立つ平面平行線公準が崩れる平面
1 点を通る平行線どこでも 1 本どこでも無数
三角形の内角の和どれも $180^\circ$どれも $180^\circ$ より小さい
長方形ある(どんな大きさでも)ない
相似な三角形合同でないものがある角が等しければ合同
例座標平面双曲平面

Saccheri は、底辺の両端に等しい長さの垂線を立てた四角形の 2 つの頂角について「直角の仮説」と「鋭角の仮説」を立てた(Saccheri–Legendreの定理 の命題「Saccheri の四角形の頂角」)。表の 2 つの列は、それぞれの仮説にあたる。

曲率から見る

平面の公理から離れて、曲面の上の幾何として見ると、欠損は曲率の積分である。曲面の 3 本の測地線で囲まれた三角形 $T$ の内角を $\alpha,\beta,\gamma$(ラジアン)とすると、Gauss–Bonnetの定理 の命題「測地三角形の角度の過不足」により
$$ \pi-(\alpha+\beta+\gamma)=-\int_TK\,dA $$
である。Gauss 曲率 $K$ が一定の値 $-c<0$ なら、欠損(ラジアン)は面積の $c$ 倍で、どの三角形でも正である。これは thm-pp-dichotomy の 1 と合っている。$K=0$ なら欠損はどれも $0$ で、thm-pp-equivalent の 2 の場合である。平行線公準が崩れる平面では、小さい三角形の欠損はいくらでも小さいが $0$ にはならない(ex-pp-small-defect)。
完備で単連結な、曲率が一定の曲面は、$K=0$ なら座標平面、$K<0$ なら双曲平面(を拡大・縮小したもの)、$K>0$ なら球面(を拡大・縮小したもの)に等長である(Killing–Hopf の定理、Lee18 Theorem 12.4、p. 348)。球面は 2 点を通る直線が 1 本とは限らないので中立平面ではない。中立平面の 2 つの型の代表例は、この 3 つのうち $K\le0$ の 2 つである。高次元への一般化が 双曲空間 である。

例と反例

外す条件反例成り立たなくなること
(A5)(SAS)座標平面に距離 $\lvert x\rvert+\lvert y\rvert$ を入れる(直線と角は普通のもの)2 辺とその間の角から残りの辺が決まること、lem-pp-rectangle の段 2 のような合同による角の移し
thm-pp-equivalent の 3 の「内角の和がちょうど $180^\circ$」Poincaré 円板の小さい三角形(欠損はいくらでも小さいが正)平行線公準
比較:球面と楕円平面
  1. 単位球面で大円を直線とすると、北極と南極を通る大円は無数にあり、(A1) が成り立たない。直線上の 3 点の「間」(A2) も定まらず、長さは $\pi$ 以下なので (A3) も成り立たない。どの 2 つの大円も交わるので平行線は 1 本もなく、北極と赤道上の 2 点 $(1,0,0)$、$(0,1,0)$ を頂点とする三角形の内角の和は $270^\circ$ である(Saccheri–Legendreの定理 の例「反例:球面では作図が三角形を作らない」)。
  2. 球面の向かい合う 2 点を同じ点とみなした実射影平面 $\mathbb{RP}^2$ で、大円の像を直線とすると、(A1) は成り立ち、どの 2 直線も交わる(楕円平面、Lee18 Example 5.30、p. 145)。直線は円周と同じ形の閉じた曲線なので、直線は平面を 2 つの側に分けず(直線を 1 本除いても残りはつながっている)、(A2) が成り立たない。長さは $\pi/2$ 以下なので (A3) も成り立たない。中立平面では平行線が少なくとも 1 本ある(平行線公準(高校数学) の定理「錯角が等しい 2 直線は交わらない」)ので、どちらの例でもその証明が使う公理のどれかが崩れている。どちらも複数の公理を同時に破るので、反例の表には入れていない。
反例:距離 $|x|+|y|$ の平面

座標平面で、直線と角は普通のものとし、2 点 $(x_1,y_1)$、$(x_2,y_2)$ の間の長さを $|x_1-x_2|+|y_1-y_2|$ とする。向き $(\cos\varphi,\sin\varphi)$ の直線の上では、この長さは普通の長さの $|\cos\varphi|+|\sin\varphi|$ 倍なので、(A3) は成り立つ。(A1)・(A2)・(A4) は座標平面のままである。
三角形 $O=(0,0)$、$(1,0)$、$(0,1)$ と $O$、$\left(\frac12,\frac12\right)$、$\left(-\frac12,\frac12\right)$ は、どちらも $O$ から出る 2 辺の長さが $1$ と $1$、その間の角が $90^\circ$ である。第 3 辺の長さは前者が $1+1=2$、後者が $1+0=1$ で異なり、(A5) が成り立たない。lem-pp-rectangle の段 2 のように、合同を使って角や長さを移す議論はこの平面では使えない。

反例:欠損がいくらでも小さい三角形

平行線公準(高校数学) の例「Poincaré 円板の中の平行線」の Poincaré 円板で、$0< r<1$ について 3 点 $O=(0,0)$、$A=(r,0)$、$B=(0,r)$ を頂点とする三角形を考える。$O$ での角は $90^\circ$ である。
辺 $AB$ は、$A$、$B$ を通り単位円と直交する円の弧で、対称性からその中心は $(c,c)$ の形である。$(r-c)^2+c^2=2c^2-1$ から $c=\dfrac{1+r^2}{2r}$ である。$A$ から中心へのベクトル $\left(\dfrac{1-r^2}{2r},\dfrac{1+r^2}{2r}\right)$ に垂直で $B$ の方へ向かう接線の向きは $(-(1+r^2),\ 1-r^2)$ なので、辺 $AO$ の向き $(-1,0)$ とのなす角 $\theta$ は
$$ \tan\theta=\frac{1-r^2}{1+r^2}=\tan\left(\frac\pi4-\arctan r^2\right) $$
を満たし、$\theta=\dfrac\pi4-\arctan r^2$ である(正接の加法定理)。$B$ での角も同じなので、欠損は
$$ \pi-\left(\frac\pi2+2\theta\right)=2\arctan r^2 $$
である。$r=\dfrac12$ なら $2\arctan\dfrac14\approx0.4900$(約 $28.07^\circ$)で、高校の記事の例「内角の和が 180° より小さい三角形」の値と一致する。$r\to0$ で欠損は $0$ に近づくが、どの $r$ でも正で、thm-pp-equivalent の 3 の「ちょうど $180^\circ$」は弱められない。

歴史と位置づけ

平行線公準の問題の歴史

平行線公準をほかの公準から導こうとする試みのうち、Saccheri と Legendre の仕事は Saccheri–Legendreの定理 で紹介した。19 世紀前半に Gauss・Bolyai・Lobachevsky が、平行線公準を否定した幾何が矛盾なく展開できることを見いだし、1868 年に Beltrami が、その幾何が Euclid 平面の中に作れること、したがって Euclid 幾何が矛盾しない限り矛盾しないことを示した(Hit18 pp. 4–6)。その後 Hilbert が、Euclid が暗に使っていた順序や合同の性質を含めた公理系を整えた(Lee18 p. 142)。

関連項目

参考文献

[1]
John M. Lee, Introduction to Riemannian Manifolds, Graduate Texts in Mathematics 176, Springer, 2018, Euclidean and Non-Euclidean Geometries(Hilbert の公理系、Exercise 5.29、双曲的平行線公準、pp. 142–144);Example 5.30(楕円平面、p. 145);Theorem 12.4(Killing–Hopf、p. 348)

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