商ベクトル空間(quotient vector space)とは、ベクトル空間 $V$ とその部分空間 $W$ に対し、差が $W$ に入るベクトルどうしを同一視した剰余類 $v+W$ の全体に和とスカラー倍を入れたベクトル空間 $V/W$ のことである。標準射影 $\pi\colon V\to V/W$ は核が $W$ の全射な線形写像で、$W$ 上で $0$ になる線形写像はただ 1 通りに $V/W$ を経由し、線形写像 $T$ について $V/\ker T$ は $T$ の像と同型になる(準同型定理)。有限次元では $\dim V/W=\dim V-\dim W$ である。補空間を選ばずに「$W$ の方向を忘れた空間」を与えるので、同型定理、零化空間による双対の記述、不変部分空間を使った線形変換の分解に使われる。
ベクトル空間 $V$ とその部分空間 $W$ があるとき、$W$ に入るベクトルをすべて $0$ とみなし、差が $W$ に入る 2 つのベクトルを同じものとみなすと、新しいベクトル空間 $V/W$ ができる。これが 商ベクトル空間 である。たとえば $\mathbb{R}^3$ を $z$ 軸で割ると、$z$ 座標の違いを忘れて $(x,y)$ だけを見ることになり、$\mathbb{R}^2$ と同じものが得られる。
商ベクトル空間は、ある方向の情報を「忘れる」操作を、基底や補空間を選ばずに行うための道具である。線形写像 $T$ の像は $V/\ker T$ と同型であり(cor-qvs-first-iso)、不変部分空間をもつ線形変換は、部分空間への制限と商空間に誘導される写像の 2 つに分けて調べられる(prop-qvs-induced)。この記事では、商ベクトル空間の構成、普遍性、部分空間の対応、双対空間との関係、誘導される線形変換を証明する。
以下、$K$ は体、$V$ は $K$ 上のベクトル空間、$W\subset V$ は部分空間とする。$v\in V$ について、$W$ を $v$ だけ平行移動した集合を
$$
v+W:=\{v+w\mid w\in W\}
$$
と書き、$v$ の $W$ による 剰余類 という。
$V$ 上の関係 $\sim_W$ を「$v\sim_W v'$ $:\Longleftrightarrow$ $v-v'\in W$」で定める。これは同値関係であり、$v$ を含む同値類は剰余類 $v+W$ に等しい。同値類の全体
$$
V/W:=\{v+W\mid v\in V\}
$$
に、和とスカラー倍を
$$
(v+W)+(v'+W):=(v+v')+W,\qquad c\,(v+W):=(cv)+W\qquad(v,v'\in V,\ c\in K)
$$
で定めたものを、$V$ の $W$ による 商ベクトル空間(quotient vector space)または 商空間 という。写像 $\pi\colon V\to V/W$、$\pi(v):=v+W$ を 標準射影(商写像)という。
$\sim_W$ が同値関係であることは、$W$ が部分空間であることから分かる。$v-v=0\in W$(反射律)、$v-v'\in W$ なら $v'-v=-(v-v')\in W$(対称律)、$v-v'\in W$ かつ $v'-v''\in W$ なら $v-v''=(v-v')+(v'-v'')\in W$(推移律)である。また $v'\sim_W v$ は $v'=v+w$($w\in W$)と書けることと同じなので、$v$ の同値類は $v+W$ である。
$v,v'\in V$ について、次の 3 条件は同値である。
(i) $v-v'\in W$。
(ii) $v+W=v'+W$。
(iii) $(v+W)\cap(v'+W)\ne\emptyset$。
とくに、異なる 2 つの剰余類は交わらず、$V$ は剰余類たちに分割される。
(i)⇒(ii):$v-v'\in W$ とする。$w\in W$ について $v+w=v'+\bigl((v-v')+w\bigr)\in v'+W$ なので $v+W\subset v'+W$ である。$v'-v\in W$ でもあるので、同様に $v'+W\subset v+W$ である。
(ii)⇒(iii):$v=v+0\in v+W=v'+W$ なので、共通部分は $v$ を含む。
(iii)⇒(i):$v+w=v'+w'$($w,w'\in W$)となる元があれば、$v-v'=w'-w\in W$ である。$\square$
剰余類 $v+W$ は、$v$ を通り $W$ と「平行」な集合であり、アフィン部分空間 の典型である。$V/W$ は、$W$ と平行なアフィン部分空間の全体を 1 つの集合にまとめたものと見ることができる。
def-qvs-main の和とスカラー倍は代表元の取り方によらずに定まり、$V/W$ はこの演算で $K$ 上のベクトル空間になる。零元は $0+W=W$、$v+W$ の加法の逆元は $(-v)+W$ である。標準射影 $\pi\colon V\to V/W$ は全射な線形写像で、$\ker\pi=W$ である。
段 1(和が定まること):$v_1+W=v_2+W$、$v'_1+W=v'_2+W$ とする。prop-qvs-coset-equal により $v_1-v_2\in W$、$v'_1-v'_2\in W$ であり、$W$ は和で閉じているので $(v_1+v'_1)-(v_2+v'_2)=(v_1-v_2)+(v'_1-v'_2)\in W$ である。再び prop-qvs-coset-equal により $(v_1+v'_1)+W=(v_2+v'_2)+W$ となり、和は代表元によらない。
段 2(スカラー倍が定まること):$v_1+W=v_2+W$、$c\in K$ とする。$W$ はスカラー倍で閉じているので $cv_1-cv_2=c(v_1-v_2)\in W$ であり、$(cv_1)+W=(cv_2)+W$ である。
段 3(ベクトル空間の公理):演算の定義から、どの剰余類の計算も代表元の計算に置き換えられる。たとえば結合律は
$$
\bigl((u+W)+(v+W)\bigr)+(x+W)=\bigl((u+v)+x\bigr)+W=\bigl(u+(v+x)\bigr)+W=(u+W)+\bigl((v+W)+(x+W)\bigr)
$$
であり、真ん中の等号は $V$ の結合律である。可換律、分配律 $c\bigl((v+W)+(v'+W)\bigr)=c(v+W)+c(v'+W)$ と $(c+d)(v+W)=c(v+W)+d(v+W)$、$(cd)(v+W)=c\bigl(d(v+W)\bigr)$、$1\cdot(v+W)=v+W$ も同じく $V$ の対応する公理から従う。$(v+W)+(0+W)=v+W$、$(v+W)+((-v)+W)=0+W$ なので、零元と逆元は主張のとおりである。
段 4(標準射影):$\pi(v+v')=(v+v')+W=\pi(v)+\pi(v')$、$\pi(cv)=(cv)+W=c\,\pi(v)$ は演算の定義そのものなので、$\pi$ は線形である。どの元 $v+W$ も $\pi(v)$ なので全射である。$\pi(v)=0+W$ は prop-qvs-coset-equal により $v=v-0\in W$ と同値なので、$\ker\pi=W$ である。$\square$
$V$ が有限次元なら $\dim(V/W)=\dim V-\dim W$ である。これは 次元 の記事の命題「商と直和の次元」で示されている($W$ の基底を $V$ の基底に延長すると、追加したベクトルの剰余類が $V/W$ の基底になる)。$\dim(V/W)$ を $W$ の余次元という。
商空間 $V/W$ の元は「$W$ 方向のずれを無視したベクトル」である。$\mathbb{R}^2$ を直線 $W$ で割ると、$W$ に平行な直線 1 本 1 本が $V/W$ の 1 点になる。これらの平行な直線は、$W$ と交わる 1 本の直線 $C$ のちょうど 1 点ずつと交わるので、$V/W$ は $C$ と同じ 1 次元の空間に見える。ただし、どの $C$ を選ぶかには自由があり、$V/W$ 自体は $C$ の選び方によらずに定まる。この「補空間を選ばなくても定まる」点が、商空間を使う理由である(prop-qvs-complement)。
$V=K^n$、$0\le k\le n$ とし、$W:=\{(x_1,\dots,x_k,0,\dots,0)\mid x_i\in K\}$ とする。写像 $p\colon K^n\to K^{n-k}$、$p(x_1,\dots,x_n):=(x_{k+1},\dots,x_n)$ は全射な線形写像で、$\ker p=W$ である。cor-qvs-first-iso により $K^n/W\cong K^{n-k}$ であり、同型は $(x_1,\dots,x_n)+W\mapsto(x_{k+1},\dots,x_n)$ で与えられる。2 つのベクトルが同じ剰余類に入るのは、後ろの $n-k$ 個の座標が一致するときである。$n=3$、$k=1$ なら、$\mathbb{R}^3$ を $x$ 軸で割った空間は $(y,z)$ 平面と同型である。
$V=\mathbb{R}^2$、$W:=\{(x,2x)\mid x\in\mathbb{R}\}$(傾き $2$ の原点を通る直線)とする。$\varphi(x,y):=y-2x$ は全射な線形写像 $\mathbb{R}^2\to\mathbb{R}$ で、$\ker\varphi=W$ である。よって $\mathbb{R}^2/W\cong\mathbb{R}$ であり、剰余類 $(x,y)+W$ は直線 $\{(s,t)\mid t=2s+(y-2x)\}$、すなわち傾き $2$ で $y$ 切片が $y-2x$ の直線である。たとえば $(17,20)+W$ は直線 $t=2s-14$ で、$(7,0)+W$ と同じ剰余類である($(17,20)-(7,0)=(10,20)\in W$)。$\mathbb{R}^2/W$ の和は、$y$ 切片の和に対応する。
$p\in K[x]$ を次数 $d\ge1$ の多項式とし、$W:=pK[x]=\{pq\mid q\in K[x]\}$ とする。$W$ は $K[x]$ の部分空間である。このとき $1+W,\ x+W,\ \dots,\ x^{d-1}+W$ は $K[x]/W$ の基底であり、$\dim K[x]/W=d$ である。
実際、$f\in K[x]$ を $p$ で割ると $f=qp+r$($r=0$ または $\deg r< d$)と書けるので、$f+W=r+W$ は $1+W,\dots,x^{d-1}+W$ の線形結合である。また $\sum_{i< d}a_ix^i\in W$ なら、これは $p$ の倍元で次数が $d$ 未満なので $0$ であり、$a_0=\dots=a_{d-1}=0$ である。$K[x]/W$ は剰余環 $K[x]/(p)$ の加法と $K$ 倍だけを見たものである(剰余環)。
$V$ を閉区間 $[0,1]$ 上の実数値連続関数全体のなす実ベクトル空間、$W:=\{f\in V\mid f(0)=0\}$ とする。$0$ での値をとる写像 $e\colon V\to\mathbb{R}$、$e(f):=f(0)$ は線形で、定数関数を考えれば全射であり、$\ker e=W$ である。よって $V/W\cong\mathbb{R}$ である。$V$ も $W$ も無限次元だが、商は $1$ 次元である。2 つの関数が同じ剰余類に入るのは、$0$ での値が等しいときである。
$V=K[x]$ とし、$W$ を偶数次の単項式 $1,x^2,x^4,\dots$ が張る部分空間とする。$f=\sum_ia_ix^i$ に奇数次の部分 $\sum_{i\text{ 奇数}}a_ix^i$ を対応させる写像は、$V$ から奇数次の単項式が張る部分空間 $U$ への全射な線形写像で、核は $W$ である。よって $V/W\cong U$ であり、$V/W$ は $x+W,x^3+W,x^5+W,\dots$ を基底にもつ無限次元の空間である。
$W=V$ なら剰余類は $V$ ただ 1 つで、$V/V=\{0+V\}$ は零空間である。$W=\{0\}$ なら剰余類は 1 点集合 $\{v\}$ で、$\pi\colon V\to V/\{0\}$ は $\ker\pi=\{0\}$ の全射なので同型である。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| $W$ が和で閉じている | $\mathbb{R}^2$ の 2 本の座標軸の和集合 $X$ | 「$v-v'\in X$」が同値関係であること(推移律) |
| $W$ がスカラー倍で閉じている | $\mathbb{R}^2$ の格子点の全体 $\mathbb{Z}^2$ | スカラー倍が代表元によらずに定まること |
| 補空間を 1 つに固定する | $\mathbb{R}^2$ の $x$ 軸 $W$ の補空間 $C_t=\mathbb{R}(t,1)$ | $V/W$ を $V$ の部分空間として一意に実現すること |
| $V$ が有限次元 | $K[x]$ とその部分空間 $xK[x]$ | 「$W\cong V$ なら $V/W=0$」 |
| $W$ が $T$ で不変 | $\mathbb{R}^2$ の $90^\circ$ 回転と $x$ 軸 | 誘導写像 $V/W\to V/W$ が定まること |
1 行目:$X=\{(x,0)\}\cup\{(0,y)\}$ とする。$(1,0)-(0,0)\in X$、$(0,0)-(0,1)\in X$ だが、$(1,0)-(0,1)=(1,-1)\notin X$ なので推移律が成り立たず、剰余類による分割ができない。$X$ はスカラー倍では閉じているが和で閉じていない。
2 行目:$\mathbb{Z}^2$ は和と $-1$ 倍で閉じているので「差が $\mathbb{Z}^2$ に入る」は同値関係で、和も代表元によらずに定まる。しかし $(1,0)$ と $(0,0)$ は同じ類に入るのに、$\frac12$ 倍した $(\frac12,0)$ と $(0,0)$ は差が $\mathbb{Z}^2$ に入らず、別の類である。$\mathbb{R}^2/\mathbb{Z}^2$ は加法群(剰余群)にはなるが、実ベクトル空間にはならない。
3 行目:どの $t\in\mathbb{R}$ についても $\mathbb{R}^2=W\oplus C_t$ であり、$C_t$ は $t$ ごとに異なる直線である。prop-qvs-complement によりどの $C_t$ も $\mathbb{R}^2/W$ と同型だが、補空間は 1 つに決まらない。$\mathbb{R}^2/W$ はこの選び方によらずに定まる。
4 行目:$xK[x]$ は $f\mapsto xf$ により $K[x]$ と同型だが、$K[x]/xK[x]$ は定数項を取り出す写像により $K$ と同型で、$0$ ではない。有限次元なら、$W\cong V$ から $\dim W=\dim V$、よって $\dim(V/W)=0$ となる。
5 行目:$T(x,y)=(-y,x)$、$W=\{(x,0)\}$ とする。$(1,0)+W=(0,0)+W$ だが、$T(1,0)+W=(0,1)+W$ と $T(0,0)+W=W$ は異なる。「$T(v)+W$」は代表元によって変わり、$V/W$ 上の写像にならない。
商空間 $V/W$ から出る線形写像は、$W$ 上で $0$ になる $V$ 上の線形写像と同じものである。
$T\colon V\to U$ を線形写像とし、$W\subset\ker T$ とする。このとき、線形写像 $\overline{T}\colon V/W\to U$ で $\overline{T}\circ\pi=T$ を満たすものがただ 1 つ存在する。
$$
\xymatrix{
V \ar[r]^{T} \ar@{->>}[d]_{\pi} & U \\
V/W \ar@{.>}[ru]_{\overline{T}} &
}
$$
図式が可換であるとは $\overline{T}(v+W)=T(v)$($v\in V$)ということである。さらに $\operatorname{im}\overline{T}=\operatorname{im}T$、$\ker\overline{T}=\pi(\ker T)=\{v+W\mid v\in\ker T\}$ であり、$\overline{T}$ が単射であることと $\ker T=W$ は同値である。逆に、線形写像 $S\colon V/W\to U$ で $S\circ\pi=T$ となるものがあれば $W\subset\ker T$ である。
一意性:$\overline{T}\circ\pi=T$ なら $\overline{T}(v+W)=T(v)$ であり、$\pi$ は全射なので $\overline{T}$ の値はすべて決まる。
存在:$\overline{T}(v+W):=T(v)$ と定める。$v+W=v'+W$ なら prop-qvs-coset-equal により $v-v'\in W\subset\ker T$ なので $T(v)-T(v')=T(v-v')=0$ であり、値は代表元によらない。$\overline{T}\bigl((v+W)+(v'+W)\bigr)=T(v+v')=T(v)+T(v')$、$\overline{T}\bigl(c(v+W)\bigr)=T(cv)=cT(v)$ なので線形である。
像と核:$\overline{T}$ の値は $T(v)$ の形のものに限るので $\operatorname{im}\overline{T}=\operatorname{im}T$ である。$\overline{T}(v+W)=0$ は $T(v)=0$ と同値なので $\ker\overline{T}=\{v+W\mid v\in\ker T\}$ である。$\overline{T}$ が単射なのは $\ker\overline{T}=\{0+W\}$、すなわち「$v\in\ker T$ なら $v\in W$」のときで、$W\subset\ker T$ と合わせて $\ker T=W$ と同値である。
逆:$S\circ\pi=T$ なら、$w\in W$ について $T(w)=S(w+W)=S(0+W)=0$ である。$\square$
線形写像 $T\colon V\to U$ について、$v+\ker T\mapsto T(v)$ は線形同型 $V/\ker T\xrightarrow{\ \sim\ }\operatorname{im}T$ を与える。
thm-qvs-universal を $W=\ker T$ に使うと、$\overline{T}(v+\ker T)=T(v)$ は単射な線形写像で、像は $\operatorname{im}T$ である。値域を $\operatorname{im}T$ に制限すれば全単射な線形写像、すなわち同型である。$\square$
これは商加群 の記事の命題「商加群の普遍性」と、準同型 の記事の定理「準同型の像と商」の、ベクトル空間の場合にあたる。$V$ が有限次元なら、cor-qvs-first-iso と 次元 の記事の命題「商と直和の次元」から $\dim V=\dim\ker T+\dim\operatorname{im}T$(次元 の記事の定理「階数と退化次数の公式」)が得られる。
部分空間 $C\subset V$ が $V=W\oplus C$(直和)を満たすとき、$C$ を $W$ の 補空間 という。
$V=W\oplus C$ なら、$\pi$ の $C$ への制限 $\pi|_C\colon C\to V/W$、$c\mapsto c+W$ は線形同型である。
単射:$c+W=0+W$ なら $c\in W\cap C=\{0\}$ である。全射:$v\in V$ を $v=w+c$($w\in W$、$c\in C$)と分けると、$v-c=w\in W$ なので $v+W=c+W=\pi|_C(c)$ である。$\square$
有限次元なら、$W$ の基底を $V$ の基底に延長し、追加したベクトルが張る部分空間をとれば補空間が得られる。しかし ex-qvs-counterexamples の 3 行目のように補空間は一般に 1 つに決まらず、同型 $\pi|_C$ も $C$ の選び方に依存する。商空間 $V/W$ と標準射影 $\pi$ は何も選ばずに定まるので、「$W$ の方向を忘れた空間」として扱いやすい。
(i) $W$ を含む $V$ の部分空間 $U$ に $V/W$ の部分空間 $U/W:=\pi(U)=\{u+W\mid u\in U\}$ を対応させると、$W$ を含む $V$ の部分空間の全体から $V/W$ の部分空間の全体への全単射が得られる。逆写像は $\overline{U}\mapsto\pi^{-1}(\overline{U})$ であり、この対応は包含関係を保つ($U_1\subset U_2\iff U_1/W\subset U_2/W$)。
(ii) $W\subset U\subset V$ なら、$(v+W)+U/W\mapsto v+U$ は線形同型 $(V/W)/(U/W)\xrightarrow{\ \sim\ }V/U$ を与える。
(i):線形写像による部分空間の像と逆像は部分空間なので、$\pi(U)$ と $\pi^{-1}(\overline{U})$ は部分空間である。$\pi^{-1}(\overline{U})\supset\pi^{-1}(0)=W$ である。$\pi$ は全射なので $\pi(\pi^{-1}(\overline{U}))=\overline{U}$ である。$W\subset U$ なら $\pi^{-1}(\pi(U))=U$ である。実際 $\supset$ は明らかで、$v\in\pi^{-1}(\pi(U))$ なら $v+W=u+W$ となる $u\in U$ があり、$v=u+(v-u)\in U+W=U$ である。よって 2 つの対応は互いに逆である。包含を保つことは、像と逆像がともに包含を保つことから従う。
(ii):$\rho\colon V/W\to V/U$、$\rho(v+W):=v+U$ を考える。これは $V\to V/U$ の標準射影に thm-qvs-universal を使ったもの($W\subset U$ がその核)なので、矛盾なく定まる全射な線形写像で、$\ker\rho=\{v+W\mid v\in U\}=U/W$ である。cor-qvs-first-iso を $\rho$ に使えばよい。$\square$
$U,W$ を $V$ の部分空間とすると、$u+(U\cap W)\mapsto u+W$ は線形同型 $U/(U\cap W)\xrightarrow{\ \sim\ }(U+W)/W$ を与える。
$\sigma\colon U\to(U+W)/W$、$\sigma(u):=u+W$ は線形である。$u+w\in U+W$ について $(u+w)+W=u+W=\sigma(u)$ なので $\sigma$ は全射であり、$\sigma(u)=0+W$ は $u\in W$、すなわち $u\in U\cap W$ と同値なので $\ker\sigma=U\cap W$ である。cor-qvs-first-iso を $\sigma$ に使えばよい。$\square$
有限次元なら、両辺の次元を比べて $\dim U-\dim(U\cap W)=\dim(U+W)-\dim W$ となる。これは 次元 の記事の命題「部分空間の和の次元」の等式である。
$V^*$ を $V$ の双対空間(線形代数) とし、$W$ の 零化空間 を $W^0:=\{f\in V^*\mid f(w)=0\ (w\in W)\}$ とする(双対空間(線形代数) の記事の定義「零化空間」)。
$\pi^*\colon(V/W)^*\to V^*$、$\varphi\mapsto\varphi\circ\pi$ は単射な線形写像で、像は $W^0$ である。したがって $(V/W)^*\cong W^0$ であり、この同型は基底を選ばずに定まる。$V$ の次元に有限性は仮定しない。
$\pi^*$ の線形性は $(\varphi+\psi)\circ\pi=\varphi\circ\pi+\psi\circ\pi$、$(c\varphi)\circ\pi=c(\varphi\circ\pi)$ による。単射:$\varphi\circ\pi=0$ なら、$\pi$ が全射なので $\varphi=0$ である。像が $W^0$ に含まれること:$w\in W$ なら $(\varphi\circ\pi)(w)=\varphi(0+W)=0$ である。像が $W^0$ を含むこと:$f\in W^0$ なら $W\subset\ker f$ なので、thm-qvs-universal により $\overline{f}\circ\pi=f$ となる $\overline{f}\in(V/W)^*$ があり、$f=\pi^*(\overline{f})$ である。$\square$
$V$ が有限次元なら、thm-qvs-dual と有限次元空間とその双対空間の次元が等しいこと(双対空間(線形代数) の記事の命題「双対基底の性質」)から $\dim W^0=\dim(V/W)=\dim V-\dim W$ となる。これは 双対空間(線形代数) の記事の定理「零化空間の次元」の内容を、商空間を通して言い直したものである。
線形変換 $T\colon V\to V$ が $T(W)\subset W$ を満たすとき、$W$ を $T$ の 不変部分空間 という。
$T\colon V\to V$ を線形変換、$W$ を $T$ の不変部分空間とする。
(i) $\overline{T}(v+W):=T(v)+W$ により線形変換 $\overline{T}\colon V/W\to V/W$ が矛盾なく定まり、$\overline{T}\circ\pi=\pi\circ T$ である。
(ii) $V$ が $n$ 次元のとき、$W$ の基底 $w_1,\dots,w_k$ に $v_{k+1},\dots,v_n$ を付け加えて $V$ の基底にする。この基底に関する $T$ の表現行列は
$$
\begin{pmatrix}A&B\\O&C\end{pmatrix}\qquad(A\in M_k(K),\ C\in M_{n-k}(K))
$$
の形であり、$A$ は $W$ への制限 $T|_W$ の基底 $w_1,\dots,w_k$ に関する表現行列、$C$ は $\overline{T}$ の基底 $v_{k+1}+W,\dots,v_n+W$ に関する表現行列である。
(iii) 固有多項式について $p_T(x)=p_{T|_W}(x)\,p_{\overline{T}}(x)$ である。
(i):$\pi\circ T\colon V\to V/W$ は線形で、$w\in W$ なら $T(w)\in W$ より $(\pi\circ T)(w)=0$ なので $W\subset\ker(\pi\circ T)$ である。thm-qvs-universal により $\overline{T}\circ\pi=\pi\circ T$ となる線形写像 $\overline{T}$ がただ 1 つあり、それは $\overline{T}(v+W)=T(v)+W$ である。
(ii):$j\le k$ なら $T(w_j)\in W$ なので、$T(w_j)$ は $w_1,\dots,w_k$ だけの線形結合であり、表現行列の第 $j$ 列の下側 $n-k$ 個の成分は $0$ である。上側の成分は $T|_W$ の表現行列 $A$ の第 $j$ 列である。$j>k$ について $T(v_j)=\sum_{i\le k}b_{ij}w_i+\sum_{l>k}c_{lj}v_l$ と書き、$\pi$ を施すと $\pi(w_i)=0$ なので
$$
\overline{T}(v_j+W)=T(v_j)+W=\sum_{l>k}c_{lj}\,(v_l+W)
$$
である。$v_{k+1}+W,\dots,v_n+W$ は $V/W$ の基底である($v=\sum_{i\le k}a_iw_i+\sum_{l>k}b_lv_l$ なら $v+W=\sum_{l>k}b_l(v_l+W)$ なので張り、$\sum_{l>k}b_lv_l\in W$ なら $w_1,\dots,w_k$ の線形結合と等しくなって $V$ の基底の線形独立性から $b_l=0$ となる)。したがって $(c_{lj})$ は $\overline{T}$ の表現行列 $C$ である。
(iii):$xI_n$ から (ii) の行列を引いた行列も同じ形の区分上三角行列なので、行列式 の記事の命題「三角行列と区分三角行列の行列式」(成分を多項式環 $K[x]$ にとっても成り立つ)により $p_T(x)=\det(xI_k-A)\det(xI_{n-k}-C)=p_{T|_W}(x)\,p_{\overline{T}}(x)$ である。$\square$
prop-qvs-induced は、不変部分空間を 1 つ見つけるたびに問題を $W$ と $V/W$ の 2 つの小さな空間に分けられることを示している。たとえば $T$ の固有ベクトル $v$ があれば $W=Kv$ は不変で、$\overline{T}$ は次元が 1 小さい空間 $V/Kv$ の線形変換になる。固有多項式 $p_T$ が 1 次式の積に分解するなら、(iii) により $p_{\overline{T}}$ も 1 次式の積に分解するので $\overline{T}$ も固有ベクトルをもち、同じ操作を $V/Kv$ で続けられる。こうして次元についての帰納法で、$p_T$ が 1 次式の積に分解する線形変換は上三角行列で表せる。冪零な行列をまとめて上三角化するときにも同じ論法を使う(冪零行列)。
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