シンプレクティック多様体

同義語:symplectic manifoldシンプレクティック構造symplectic structure

概要

シンプレクティック多様体(symplectic manifold)とは、多様体 $M$ と、閉じていて各点で非退化な 2 次微分形式 $\omega$ の組 $(M,\omega)$ である。次元は偶数で $\omega^n$ は体積形式になり、閉多様体では $\omega$ のコホモロジー類が消えないので、$n\ge2$ の球面 $S^{2n}$ はこの構造をもたない。Darboux の定理により、各点のまわりで $\omega=\sum dx_i\wedge dy_i$ となる座標がとれ、局所的な不変量はない。余接束や Kähler 多様体が代表例で、関数 $H$ から作る Hamilton ベクトル場の流れは $\omega$ と $H$ を保ち、古典力学の運動方程式を与える。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 微分形式, 外微分, 可微分多様体, Lie微分

シンプレクティック多様体(symplectic manifold)とは、多様体 $M$ と、閉じていて各点で非退化な 2 次微分形式 $\omega$ の組 $(M,\omega)$ のことである。$\omega$ を シンプレクティック形式(シンプレクティック構造)という。典型例は古典力学の相空間 $\mathbb{R}^{2n}$ で、位置 $q_i$ と運動量 $p_i$ について $\omega=\sum_idq_i\wedge dp_i$ とおく。エネルギーを表す関数 $H$ から $\omega$ を使ってベクトル場 $X_H$ を作ると、その流れが Hamilton の運動方程式の解になり、流れは $\omega$ を保つ。
Riemann 計量が曲率という局所的な不変量をもつのに対し、シンプレクティック形式には局所的な不変量がない。Darboux の定理 は、どのシンプレクティック多様体も各点のまわりで座標をうまくとれば標準形 $\sum_idx_i\wedge dy_i$ になることを述べる。そのため、シンプレクティック多様体の違いは大域的な性質だけに現れる。この記事では、線形代数の標準形から始めて、シンプレクティック多様体の定義と例(Euclid 空間、曲面、余接束、Kähler 多様体)を述べ、Darboux の定理を Moser の方法で証明する。さらに Hamilton ベクトル場と Poisson 括弧を導入し、余等方部分多様体が Poisson 括弧で特徴づけられることを示す。

シンプレクティックベクトル空間

$V$ を有限次元の実ベクトル空間とする。双線形形式 $\omega\colon V\times V\to\mathbb{R}$ が 交代的 であるとは、すべての $v$ で $\omega(v,v)=0$ となることをいう(このとき $\omega(u,v)=-\omega(v,u)$)。

シンプレクティックベクトル空間

交代的な双線形形式 $\omega$ が 非退化 であるとは、$\omega(v,u)=0$ がすべての $u\in V$ で成り立つなら $v=0$ であることをいう。非退化な交代形式を $V$ の 線形シンプレクティック形式 といい、組 $(V,\omega)$ を シンプレクティックベクトル空間 という。部分空間 $W$ について $W^\omega:=\{v\in V\mid\text{すべての }w\in W\text{ で }\omega(v,w)=0\}$ を $W$ の シンプレクティック直交補空間 という。$W\subset W^\omega$ のとき $W$ を 等方的、$W^\omega\subset W$ のとき 余等方的、$W=W^\omega$ のとき Lagrange 部分空間 という。

Euclid 内積の直交補空間と違い、$W^\omega$ は $W$ と交わりうる。たとえば 1 次元の部分空間はつねに等方的である。

線形シンプレクティック形式の標準形

$(V,\omega)$ をシンプレクティックベクトル空間とする。

  1. $V$ の基底 $e_1,\dots,e_n,f_1,\dots,f_n$ で、すべての $i,j$ について $\omega(e_i,f_j)=\delta_{ij}$、$\omega(e_i,e_j)=\omega(f_i,f_j)=0$ となるものがある。とくに $\dim V=2n$ は偶数である。
  2. 部分空間 $W$ について $\dim W+\dim W^\omega=\dim V$、$(W^\omega)^\omega=W$ である。とくに Lagrange 部分空間の次元は $n$ である。
  3. $\dim V=2n$ の空間の交代形式 $\omega$ が非退化であることと、$\omega^n:=\omega\wedge\dots\wedge\omega\ne0$ は同値である。

1.$\dim V$ に関する帰納法による。$V=0$ なら明らかである。$e_1\ne0$ をとると、非退化性から $\omega(e_1,u)\ne0$ となる $u$ があり、定数倍して $f_1$ とすれば $\omega(e_1,f_1)=1$ である。$U:=\operatorname{span}(e_1,f_1)$ とおく。$v\in V$ について
$$ w:=v-\omega(v,f_1)\,e_1+\omega(v,e_1)\,f_1 $$
とおくと、$\omega(f_1,e_1)=-1$ を使って $\omega(w,e_1)=\omega(v,e_1)-\omega(v,e_1)=0$、$\omega(w,f_1)=\omega(v,f_1)-\omega(v,f_1)=0$ となり、$w\in U^\omega$ である。また $ae_1+bf_1\in U^\omega$ なら $e_1$、$f_1$ との値から $b=a=0$ である。よって $V=U\oplus U^\omega$ である。$u\in U^\omega$ が $U^\omega$ のすべての元と $\omega$ の値 $0$ をとるなら、$U$ とも値 $0$ なので $V$ 全体と値 $0$ で、$u=0$ である。したがって $\omega|_{U^\omega}$ も非退化で、帰納法の仮定から $U^\omega$ の基底 $e_2,\dots,f_n$ が得られ、$e_1,f_1$ と合わせて求める基底になる。
2.$v\mapsto\omega(v,\cdot)|_W$ は $V$ から双対空間 $W^*$ への線形写像で、核が $W^\omega$ である。非退化性から $v\mapsto\omega(v,\cdot)$ は $V\to V^*$ の同型で、制限 $V^*\to W^*$ は全射なので、この写像は全射である。よって $\dim W^\omega=\dim V-\dim W$ である。$W\subset(W^\omega)^\omega$ は定義から明らかで、次元が等しいので一致する。$W=W^\omega$ なら $2\dim W=2n$ である。
3.1 の基底の双対基底 $e^i,f^i$ で $\omega=\sum_ie^i\wedge f^i$ と書け、$\omega^n$ は $n!\,e^1\wedge f^1\wedge\dots\wedge e^n\wedge f^n\ne0$ である。逆に $v\ne0$ が $\omega(v,\cdot)=0$ をみたすなら、$v=v_1$ を含む基底 $v_1,\dots,v_{2n}$ について、$\omega^n(v_1,\dots,v_{2n})$ は $\omega(v_a,v_b)$ の $n$ 個の積の 1 次結合で、どの積も $v_1$ を含む因子をもつので $0$ であり、$\omega^n=0$ である。$\square$

標準形の基底を シンプレクティック基底 という。$\mathbb{R}^{2n}$ の座標 $(x_1,\dots,x_n,y_1,\dots,y_n)$ について $\omega_0:=\sum_idx_i\wedge dy_i$ を 標準シンプレクティック形式 という。1 は、どのシンプレクティックベクトル空間も $(\mathbb{R}^{2n},\omega_0)$ と線形同型で移り合うことを述べている。

シンプレクティック多様体

シンプレクティック多様体

多様体 $M$ の上の 2 次微分形式 $\omega$ が シンプレクティック形式 であるとは、$d\omega=0$(閉形式)であり、各点 $p$ で $\omega_p$ が $T_pM$ の線形シンプレクティック形式であることをいう。組 $(M,\omega)$ を シンプレクティック多様体 という。シンプレクティック多様体の間の微分同相写像 $\varphi\colon(M,\omega)\to(M',\omega')$ で $\varphi^*\omega'=\omega$ となるものを シンプレクティック同相写像 という。

thm-sm-linear-normal-form により $\dim M=2n$ は偶数で、$\omega^n$ は至るところ $0$ でない $2n$ 次形式、すなわち体積形式である。とくにシンプレクティック多様体は向き付け可能で、以下 $\omega^n$ が正になる向きを入れる。

閉シンプレクティック多様体のコホモロジー

$(M,\omega)$ を $2n$ 次元の閉(コンパクトで境界のない)シンプレクティック多様体とする。$k=1,\dots,n$ について、$\omega^k$ は完全形式でない。とくに $n\ge1$ なら de Rham コホモロジー $H^2_{dR}(M)$ は $0$ でない。

$\omega^k=d\beta$ と仮定する。$d\omega=0$ と外微分の Leibniz 則から $d(\beta\wedge\omega^{n-k})=d\beta\wedge\omega^{n-k}=\omega^n$ である。Stokesの定理 の系「閉多様体上の積分と完全形式」の 1 により $\int_M\omega^n=0$ となる。一方 $\omega^n$ は正の向きの各座標で正の関数と $dx^1\wedge\dots\wedge dx^{2n}$ の積なので、積分の定義(Stokesの定理 の定義「向き付けられた多様体上の $n$ 形式の積分」)から $\int_M\omega^n>0$ であり、矛盾する。$\square$

球面のシンプレクティック構造

$n\ge2$ なら、球面 $S^{2n}$ はシンプレクティック形式をもたない。

$n\ge2$ なら $H^2_{dR}(S^{2n})=0$ である(Lee13 Theorem 17.21、p. 450)。prop-sm-cohomology に反する。$\square$

$S^6$ は概複素構造をもつ(概複素構造 の例「6 次元球面」)ので、概複素構造があってもシンプレクティック形式があるとは限らない。逆に、どのシンプレクティック多様体にも $\omega(Ju,Jv)=\omega(u,v)$、$\omega(u,Ju)>0$($u\ne0$)をみたす概複素構造 $J$ がある(CdS06 Corollary 12.7、p. 71)。

例

シンプレクティック多様体の例
  1. Euclid 空間とトーラス:$(\mathbb{R}^{2n},\omega_0)$ はシンプレクティック多様体である。$\omega_0$ は平行移動で不変なので、トーラス $\mathbb{R}^{2n}/\mathbb{Z}^{2n}$ の上の形式を定め、閉トーラスもシンプレクティック多様体になる。
  2. 曲面:向き付け可能な曲面の上の至るところ $0$ でない 2 次形式 $\omega$(面積形式)はシンプレクティック形式である。2 次元多様体の上の 3 次形式は $0$ なので $d\omega=0$ であり、2 次元では交代形式が $0$ でないことと非退化は同値である(thm-sm-linear-normal-form の 3 で $n=1$)。
  3. Kähler 多様体:Kähler 形式は閉じた実 $(1,1)$ 形式で、各点で正定値の Hermite 計量から作られるので非退化であり、シンプレクティック形式である(Kähler形式 の定義「正の $(1,1)$ 形式と Kähler 形式」)。たとえば複素射影空間 $\mathbb{CP}^n$ の Fubini–Study 形式(Fubini–Study計量 の定理「Fubini–Study 形式」)や、複素射影多様体へのその制限がそうである。
余接束の標準シンプレクティック形式

$Q$ を $n$ 次元の多様体、$\pi\colon T^*Q\to Q$ を余接束とする。$T^*Q$ の上の 1 次形式 $\lambda$ を
$$ \lambda_{(q,\xi)}(v):=\xi\bigl(d\pi_{(q,\xi)}(v)\bigr)\qquad(\xi\in T_q^*Q,\ v\in T_{(q,\xi)}T^*Q) $$
で定める(標準 1 形式)。$Q$ の座標 $(q_1,\dots,q_n)$ と、余接ベクトルを $\xi=\sum_ip_i\,dq_i$ と書いて得られる $T^*Q$ の座標 $(q,p)$ について $\lambda=\sum_ip_i\,dq_i$ であり、$\omega:=-d\lambda=\sum_idq_i\wedge dp_i$ は $T^*Q$ のシンプレクティック形式である。

$v=\sum_i(a_i\,\partial/\partial q_i+b_i\,\partial/\partial p_i)$ について $\pi(q,p)=q$ なので $d\pi(v)=\sum_ia_i\,\partial/\partial q_i$ であり、$\lambda(v)=\sum_ip_ia_i=\bigl(\sum_ip_i\,dq_i\bigr)(v)$ である。よって $\lambda=\sum_ip_i\,dq_i$ で、$-d\lambda=-\sum_idp_i\wedge dq_i=\sum_idq_i\wedge dp_i$ となる。$\lambda$ は座標によらずに定義されているので $\omega$ も大域的に定まり、完全形式なので閉じている。座標では標準形 $\omega_0$ と同じ形なので、各点で非退化である。$\square$

古典力学では $Q$ が配置空間、$T^*Q$ が相空間にあたる。

閉 1 次形式のグラフ

$\alpha$ を $Q$ の上の 1 次形式とし、$s_\alpha\colon Q\to T^*Q$、$q\mapsto(q,\alpha_q)$ をその切断とみる。$s_\alpha^*\lambda=\alpha$ であり、$s_\alpha(Q)$ が $(T^*Q,\omega)$ の Lagrange 部分多様体(各点の接空間が Lagrange 部分空間である部分多様体)であることと $d\alpha=0$ は同値である。

$\pi\circ s_\alpha=\mathrm{id}_Q$ なので $d\pi\circ ds_\alpha=\mathrm{id}$ であり、$w\in T_qQ$ について $(s_\alpha^*\lambda)(w)=\lambda_{s_\alpha(q)}(ds_\alpha w)=\alpha_q(d\pi\,ds_\alpha w)=\alpha_q(w)$ となる。$s_\alpha$ は左逆写像 $\pi$ をもつはめ込みで、像は $n$ 次元の部分多様体であり、$s_\alpha$ はその上への微分同相写像である。したがって像の接空間が等方的であることと $s_\alpha^*\omega=0$ は同値で、$s_\alpha^*\omega=-d(s_\alpha^*\lambda)=-d\alpha$ である。次元は $n$ なので、等方的なら Lagrange 部分空間である(thm-sm-linear-normal-form の 2)。$\square$

$\alpha=0$ とすれば零切断が Lagrange 部分多様体であり、$\alpha=dh$ とすれば関数 $h$ の微分のグラフが Lagrange 部分多様体である。

Darboux の定理

Darboux の定理

$(M,\omega)$ を $2n$ 次元のシンプレクティック多様体、$p\in M$ とする。$p$ のまわりの座標 $(x_1,\dots,x_n,y_1,\dots,y_n)$ で $p$ を原点に写し、その定義域の上で
$$ \omega=\sum_{i=1}^ndx_i\wedge dy_i $$
となるものがある。

証明の考え方(Moser の方法)は、標準形 $\omega_0$ と $\omega$ を線分 $\omega_t=\omega_0+t(\omega-\omega_0)$ でつなぎ、時刻に依存するベクトル場の流れ $\varphi_t$ で $\varphi_t^*\omega_t$ が一定になるようにすることである。流れが満たすべき条件は、Cartan の公式によって 1 次形式についての 1 次方程式になり、$\omega_t$ の非退化性で解ける。

Moser の方法

段 1(1 点で合わせる). $p$ のまわりの座標で $p$ を原点に写すものをとり、その像に含まれる原点中心の開球 $B$ の上で考える。$\omega$ を $B$ の上の形式とみて $\omega_1$ と書く。$T_pM$ のシンプレクティック基底(thm-sm-linear-normal-form の 1)に合わせて座標を線形に取り替えれば、原点で $\omega_1=\omega_0$ としてよい。
段 2(差の原始形式). $\sigma:=\omega_1-\omega_0$ は $B$ の上の閉形式で、原点で $0$ である。$B$ は星状なので 微分形式 の定理「Poincaré の補題」により $\sigma=d\alpha$ となる 1 次形式 $\alpha$ がある。定数係数の 1 次形式 $\alpha_0:=\alpha(0)$ は閉じているので、$\alpha$ を $\alpha-\alpha_0$ に替えて $\alpha(0)=0$ としてよい。
段 3(線分の非退化性). $\omega_t:=\omega_0+t\sigma$ は閉形式で、原点ではすべての $t$ で $\omega_0$ に等しく非退化である。$\omega_t$ の成分の行列式は $(t,x)$ について連続で、コンパクト集合 $[-1,2]\times\{0\}$ の上で $0$ でないので、原点中心の開球 $B'\subset B$ を、$(t,x)\in[-1,2]\times B'$ で $\omega_t$ が非退化になるようにとれる。
段 4(Moser の方程式). $t\in(-1,2)$、$x\in B'$ について、ベクトル場 $X_t$ を
$$ \iota_{X_t}\omega_t=-\alpha $$
で定める。成分で書けば、$\omega_t$ の行列(正則で $(t,x)$ について滑らか)の逆行列を $-\alpha$ の成分に掛けたものなので、$X_t$ は $(t,x)$ について滑らかである。$\alpha(0)=0$ なので $X_t(0)=0$ である。時刻に依存するベクトル場の流れ $\varphi_t$($\varphi_0=\mathrm{id}$)は、定義域が $(-1,2)\times(-1,2)\times B'$ の開集合で、各 $\varphi_t$ はその定義域から開集合への微分同相写像である(Lee13 Theorem 9.48、p. 237)。原点は動かないので $\varphi_t(0)=0$ であり、定義域が開集合で $[0,1]$ がコンパクトなことから、原点の開近傍 $U_0$ で、すべての $t\in[0,1]$ について $\varphi_t$ が $U_0$ の上で定義されるものがある。
段 5(流れで引き戻す). 時刻に依存する流れについての Lie 微分の公式(Lee13 Proposition 22.15、p. 573)と Cartan の公式(Lie微分 の定理「Cartan の公式」)により、$U_0$ の上で
$$ \frac{d}{dt}\bigl(\varphi_t^*\omega_t\bigr)=\varphi_t^*\Bigl(\mathcal{L}_{X_t}\omega_t+\frac{d\omega_t}{dt}\Bigr)=\varphi_t^*\bigl(d\iota_{X_t}\omega_t+\iota_{X_t}d\omega_t+\sigma\bigr)=\varphi_t^*\bigl(-d\alpha+0+\sigma\bigr)=0 $$
である。よって $\varphi_1^*\omega_1=\varphi_0^*\omega_0=\omega_0$ が $U_0$ の上で成り立つ。
段 6(新しい座標). 段 1 の座標を $\psi$ とすると、$\psi':=\varphi_1^{-1}\circ\psi$ は $p$ の近傍 $\psi^{-1}(\varphi_1(U_0))$ の上の座標で、$\psi'(p)=0$ であり、$(\psi'^{-1})^*\omega=(\psi^{-1}\circ\varphi_1)^*\omega=\varphi_1^*\omega_1=\omega_0$ となる。この座標が求めるものである。$\square$

Darboux の定理の座標を Darboux 座標 という。余接束の座標 $(q,p)$ は prop-sm-cotangent により Darboux 座標である。Riemann 計量では、計量を座標で $\sum_idx_i^2$ にできるのは曲率が $0$ の場合に限られる(Lee18 Theorem 7.10、p. 200。この記事では証明しない)。シンプレクティック形式では、曲率にあたる局所的な不変量が存在しない。

Hamilton ベクトル場と Poisson 括弧

Hamilton ベクトル場と Poisson 括弧

$(M,\omega)$ をシンプレクティック多様体とする。滑らかな関数 $H$ に対し、$\iota_{X_H}\omega=dH$、すなわち $\omega(X_H,\cdot)=dH$ で定まるベクトル場 $X_H$ を $H$ の Hamilton ベクトル場 という。2 つの関数 $f,g$ について $\{f,g\}:=\omega(X_f,X_g)$ を Poisson 括弧 という。

$\omega_p$ は非退化なので $X_H$ はただ 1 つに定まる。符号の規約は文献によって異なる(この記事は Floer理論 の記事と同じ規約をとる)。Darboux 座標で $X_H=\sum_i(a_i\,\partial/\partial x_i+b_i\,\partial/\partial y_i)$ とおくと $\iota_{X_H}\omega=\sum_i(a_i\,dy_i-b_i\,dx_i)$ なので、
$$ X_H=\sum_i\Bigl(\frac{\partial H}{\partial y_i}\frac{\partial}{\partial x_i}-\frac{\partial H}{\partial x_i}\frac{\partial}{\partial y_i}\Bigr) $$
であり、$X_H$ の積分曲線は Hamilton の運動方程式 $\dot x_i=\partial H/\partial y_i$、$\dot y_i=-\partial H/\partial x_i$ の解である。

Hamilton の流れの保存則

$X_H$ の流れ $\varphi_t$ は、定義される範囲で $\varphi_t^*\omega=\omega$、$H\circ\varphi_t=H$ をみたす。とくに体積形式 $\omega^n$ も保たれる。

Cartan の公式により $\mathcal{L}_{X_H}\omega=d\iota_{X_H}\omega+\iota_{X_H}d\omega=d(dH)+0=0$ であり、Lie微分 の命題「流れによる不変性と Lie 微分」から $\varphi_t^*\omega=\omega$ である。また $X_HH=dH(X_H)=\omega(X_H,X_H)=0$ なので、$H$ は積分曲線に沿って一定である。$\varphi_t^*(\omega^n)=(\varphi_t^*\omega)^n=\omega^n$ である。$\square$

最後の主張は相空間の体積が時間発展で保たれるという Liouville の定理である。$H$ の等位集合が保たれることはエネルギー保存則にあたる。
部分多様体 $C\subset M$ が 余等方的 であるとは、各点 $p\in C$ で $T_pC$ が $T_pM$ の余等方部分空間であることをいう。次の命題は、余等方性を関数の Poisson 括弧で言い換える。D加群 の記事に現れる特性多様体の「包合性」も、この種の条件である。

余等方性と Poisson 括弧

$C$ を $M$ の部分多様体とし、$C$ の上で $0$ になる滑らかな関数の全体を $I_C$ とする。$C$ が余等方的であることと、すべての $f,g\in I_C$ について $\{f,g\}$ が $C$ の上で $0$ になることは同値である。

$p\in C$ を固定する。$f\in I_C$ なら $df_p$ は $T_pC$ の上で $0$ なので、$v\in T_pC$ について $\omega(X_f(p),v)=df_p(v)=0$、すなわち $X_f(p)\in(T_pC)^\omega$ である。逆に $(T_pC)^\omega$ はこのような $X_f(p)$ で張られる。実際、$p$ のまわりの $C$ のスライス座標 $(x,y)$($C=\{y=0\}$)と、$p$ の近くで $1$、台がその座標近傍に含まれるコンパクト集合の隆起関数 $\chi$ をとると、$\chi y^b$ を外へ $0$ で延ばした関数は $I_C$ に属し、$p$ での微分 $dy^b_p$ は $T_pC$ を消す余接ベクトルの全体を張る。$v\mapsto\omega(v,\cdot)$ は $(T_pC)^\omega$ をこの全体の上に写すので、主張が従う。
したがって、すべての $f,g\in I_C$ で $\{f,g\}(p)=\omega(X_f(p),X_g(p))=0$ となることは、$(T_pC)^\omega$ が等方的、すなわち $(T_pC)^\omega\subset((T_pC)^\omega)^\omega$ であることと同値で、thm-sm-linear-normal-form の 2 により右辺は $T_pC$ である。$\square$

Lagrange 部分多様体は余等方的である。余接束の中では、部分多様体 $S\subset Q$ の余法束($S$ の接空間を消す余接ベクトルの全体)が Lagrange 部分多様体になる(CdS06 Corollary 3.7、p. 18)。

反例:条件を外すと崩れる例

外す条件反例成り立たなくなること
$\omega$ が閉形式$\{x_1>-1\}\subset\mathbb{R}^4$ 上の $dx_1\wedge dy_1+(1+x_1)\,dx_2\wedge dy_2$各点のまわりで標準形になる座標がある
$\omega$ が非退化$\mathbb{R}^4$ 上の $dx_1\wedge dy_1$$\omega^n$ は体積形式
$M$ がコンパクト$(\mathbb{R}^{2n},\omega_0)$$\omega^k$ は完全形式でない
$\alpha$ が閉形式$Q=\mathbb{R}^2$ 上の $\alpha=x\,dy$$s_\alpha(Q)$ は Lagrange 部分多様体
表の反例の確かめ

1 行目:各点で $dx_1\wedge dy_1$ と正の係数の $dx_2\wedge dy_2$ の和なので非退化だが、$d\omega=dx_1\wedge dx_2\wedge dy_2\ne0$ である。座標変換の引き戻しは外微分と可換なので、閉じた $\omega_0$ に座標で一致する形式は閉じていなければならず、どの点のまわりにも Darboux 座標はない。
2 行目:閉形式だが、$\partial/\partial x_2$ は $\omega$ の核に入る。$\omega\wedge\omega=0$ である。
3 行目:$\omega_0=d\bigl(\sum_ix_i\,dy_i\bigr)$ は完全形式である。$\mathbb{R}^{2n}$ はコンパクトでなく、Stokes の定理の系が使えない。
4 行目:$d\alpha=dx\wedge dy\ne0$ なので、prop-sm-graph によりグラフは Lagrange 部分多様体でない。直接には、$s_\alpha^*\omega=-dx\wedge dy\ne0$ である。

補足

  • Moser の安定性:Darboux の定理の証明と同じ方法で、閉多様体の上のシンプレクティック形式の族 $\omega_t$ で de Rham コホモロジー類 $[\omega_t]$ が一定のものは、互いにシンプレクティック同相であることが示される(CdS06 Theorem 7.2・7.3、pp. 43–44。この記事では証明しない)。
  • 大域的な不変量:局所的な不変量がないので、シンプレクティック幾何の問題は大域的になる。Hamilton 同相写像の固定点の個数についての Arnold 予想と、それを解くための Floer ホモロジーは Floer理論 にある。
  • 文献:線形代数の標準形は CdS06 Theorem 1.1(p. 3)、Lee13 Proposition 22.7(p. 566)、余接束は CdS06 §2(pp. 9–10)、Lee13 Proposition 22.11(p. 569)、閉 1 次形式のグラフは CdS06 Proposition 3.4(p. 16)、Lee13 Proposition 22.12(p. 570)、Darboux の定理と Moser の方法は CdS06 Theorem 7.4・8.1(pp. 45–46)、Lee13 Theorem 22.13(p. 571)による。

関連項目

参考文献

[2]
John M. Lee, Introduction to Smooth Manifolds, Graduate Texts in Mathematics 218, Springer, 2013, Theorem 9.48(時刻に依存する流れ、p. 237)、Theorem 17.21(球面のコホモロジー、p. 450)、Proposition 22.7(p. 566)、Proposition 22.11(p. 569)、Proposition 22.12(p. 570)、Theorem 22.13(Darboux、p. 571)、Proposition 22.15(p. 573)

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